第15話 決闘の約束

「はぁ!? 何なの、せっかく従順だからお金多めに出してあげたのに! アンタの家なんか男爵だからさして価値ないのよ!!」


 そうヒステリックに喚き散らすと、彼女の滑らかな薄桃の髪をぐっと掴み、上に引っ張る。


「痛い! 痛いですクロエさま!」

「アタシに逆らうからよ! ご主人様には絶対従うって言ったでしょ。それを破るアンタが悪いから。今から火、つけてあげる」

「やめてください! お兄さまが毎日、わたしの髪を褒めてくれて、よく手入れしてくれるのです! わたしたち兄妹の絆の証なのです!」


 彼女の橙の瞳が涙に濡れ、頬に水晶の涙が伝う。残酷、そのひとことに尽きた。

 いてもたってもいられなくなり、俺はその子のほうへ駆けてゆく。


「ほら、アンタのせいであの家庭教師が来ちゃったじゃない。アンタが始末しなさいよね」

「わ、わたし人を殺すなんて……!」

「そんなこと言っていていいのかしら。アンタの——マーレ男爵家のお得意先は誰なのでしょうね?」

「そ、それはっ」


 おどおどとしながらトパーズの瞳を右にやったり左にやったりする。虐げられるのならばいっそ魔術でもなんでもやってほしい。全力で阻止するから。


「お前、よくも俺のお嬢さまを殺そうとしてくれたな」

「あら」


 遠くだったから若干時間がかかってしまったが、何とか大した被害がないうちに来れてよかった。


「何のことかしら。アタシはただ、神聖な学院の公正な試験で不正を働いた者を断罪しようとしただけよ。公爵だろうが何だろうが関係ないわ。裏切り者は火炙りの刑。分かるでしょう?」

「生憎法律には疎いものでな。そのような刑は存じ上げていなかったよ」

「あっそ。で、何アンタ。伯爵のアタシに逆らえばどうなるか分かって言っているのよね?」

「では俺も言うが、侯爵と公爵を敵に回してどうなるか分かっているのですよね?」

「は? なにそれ。アンタの爵位が侯爵? バッカじゃないの。そういう夢でも見たのね?」


 うん、全然信じてくれない。そりゃそうか。王家の家庭教師ならば侯爵もいるが、公爵の家庭教師が侯爵ということはほとんどないからな。疑いたくなる気持ちは分かる。


「本当だ。フレデリック・ソロモン。それが俺の名前だ。分かったらその手を離せ」

「は? 何それ。もしかしてあれね。天才っていわれているらしいフレデリックの名前を騙りたかったのね?」


 おお、伯爵令嬢の耳にも届くほどの存在になっていたのか。おおかた俺の家かクラスメイトの家と取引でもしたのだろう。


「褒めていただき光栄だ。信じてくれないのは残念だが」

「え、嘘、本当? まぁいいわ。手は放したわよ」


 やっと信じる気になったのか、雑に桜色の髪を放す。それはいいのだが、大切なのはもう二度としないことなのだ。それが終わらないとまた繰り返してしまうことになる。


「もうそんなこと二度とするなよ。髪を掴むだの、殺人命令をするだの」

「はぁ? 何アンタ。説教なんて何も拘束力ないじゃない。しかも、それをやめたところでアタシにメリット一個もないし。バカなの?」

「ほう」


 まさに反抗期真っただ中といった感じの態度を前に、俺はかえって感心していた。

 まさか、これほどまで愚かな者がこの学院にいたとは、と。


「そんなお偉いことができるならば、当然かなりの実力があるのだろうな?」

「当たり前じゃない。前の実戦演習ではランキング一位だったのよ、アタシ」


 ふてぶてしく、何を当たり前のことを言っているのかと言いたげな表情を浮かべながら言葉を吐いた。さすが校内に奴隷集団を作るだけある。相当な精神を持っているようだ。


「ならば、うちのお嬢様にも勝てると」

「当たり前じゃない! アタシを舐めるのも大概にしてほしいわ。なんであんなやつと比較されなきゃいけないのよ!」


 うむ、いい反応だ。このまま戦いの約束を取り付けてしまおう。今朝からこの話はしているし、勝手にするのは申し訳ないと思っているが大丈夫なはずだ。


「では、次の月曜日——」

「先生、ちょっとお待ちください」


 ないと思うが、クロエの気が変わらぬうちに約束を交わそうとしたところにお嬢さまがやってきた。やっぱり戦いは嫌なのだろうか。それだったら申し訳なかったな。


 しかし、銀髪を揺らしながら肩で息をするお嬢さまが発したのは、俺の予想とは大きく相違するものだった。


「自分の喧嘩くらい、自分で取り付けます」

「お嬢さま……」


 燃え滾る闘志を目に宿しながら俺を牽制し、前に出る。その姿はさながら——戦乙女。


「クロエさま、あなたの蛮行は目に余ります。私と戦い、あなたが勝ったら私はあなたの奴隷となり、私の財産である二億をあなたに差し上げます。ですが、あなたが負けたら奴隷とされている者をすぐさま解放してください。受けていただけますか?」


 クロエをじっと見据えながら挑戦状を叩きつける姿は、まるで獅子のようだ。

 有無も言わせない雰囲気に一介の中学生が断れるはずもなく。


「ええ、受けて立つわ。何ならアタシが負ければ財産あげるわよ。もちろん家のものではなくアタシが持っているものになるけどね」

「では、それをあの少女たちに配ってください。契りは成立した、ということでよろしいですね?」


「ええ。さっきの家庭教師が言いかけていた日時、次の月曜日でいいわ。場所は闘技場でも確保しておいてあげる」

「ありがとうございます。ではまた」


 お嬢さまはそう言い、軽く頭を下げると銀髪をひらめかせながら出口へ向かってしまう。


 俺は当然そのあとを追いかけ、ついでにクロエ戦の対策でも練っておこうかとしたところ。


「わ、私、今日何人に喧嘩を売れば済むのでしょうか……。このままでは公爵令嬢を名乗れません!」

「いや、名乗っていいですから。クロエさんと約束を交わしたときのお嬢さまはとても格好よかったですよ。自信を持ってください」


 顔を手で押さえながら耳まで真っ赤にするお嬢さまに半ば呆れながら、もう半分は愛しさを感じながら言葉を零した。


「もう、からかうのはやめてくださいよ! 何だか先生に会ってから私変です!」

「俺のせいにしないでくださいよ。でも確かに、少し好戦的になったような気もしますね」


 相変わらず攻撃魔法はからっきしなのだが、これまでクロエに戦いを申し込むなどなかったことを考えれば変化はあったらしい。


 それがいいのか悪いのか、俺には到底分かりそうもないが帝国魔術師団に入りたい彼女からしてみればいい変化ではないのだろうか。


「本当ですよ! これで私が四六時中血で血を洗うような戦いの日々に身を投じ始めたらどうするつもりですか!」

「そんな戦場の血を拭うのがお嬢さまの目標なのでは?」

「そ、それは……。先生はズルいです!」


 言い返す言葉が見つからなかったのだろうか、お嬢さまは俺の胸板をポカポカと叩き出した。柔らかい印象を持たせる痛みに『これが幸せの痛みなのか』などと思っていると。

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聖女育成のハウツー ~最低ランクの公爵令嬢を伝説級の存在にする方法~ 日向伊澄 @hasumiminato14

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