第13話 Eランク令嬢の成果
「生命を共にした水よ。世界を創る水よ。我が内なる魔力よ。この場に水龍を発生させたまえ」
聞き惚れてしまう音色のような声とともに、フィアメッタの手のあたりからサファイアの光が発生する。ここからステージは少しばかり遠いのだが、それでも分かるほどの。
先生の眉が動く。目にあまり変化がないことを鑑みると、【スモール・アクア】と同じような結末になると思っているのだろう。
だけれど、今は違う。少し心構えを変えたから。だから——。
「いっけぇぇぇーー!」
大丈夫ですよ、お嬢さま。
突き刺すような言葉が飛んだかと思うと、水の龍が結界に当たり、空間ごとビリビリと震えだす。
見たことないような威力に令嬢たちは刮目してステージ上の精霊に見入っていた。
先生はというと、思ったより強い威力に驚いたようで、咄嗟に結界強化の詠唱を始めていたが。
「なっ……!?」
パリィン、とガラスが割れるような音と先生の小さな声とともに、舞台や前列が水浸しになる。まるで水害にでもあったような惨状だ。
甲高い令嬢の声が特に前のほうから聞こえてくる。興奮や驚き、恐怖が混じったような叫びに、俺は微かな笑みを知らず知らずのうちに浮かべていた。
当のお嬢さまは、まさかここまでの威力が出るとは思っていなかったようであわあわとしている。驚きのあまり魔術も止まったようだ。だが、水魔法全般は魔術を解いたところで威力は消えるが水は消えない。
仕方がない、教え子のミスは俺が始末してやるか。ここまで脆い結界も結界だけどな。
さすがに零れた水をピンポイントで乾かす魔術など知らなかったので、創造魔術を展開する。
最前列に座っていたのだろう、水浸しになっていた令嬢が驚きの声をあげることでこの魔術の成功を悟った。だが、何か不具合があったら困るので、最前列に近寄ってみる。
水は乾いていたようで、誰かが干からびていることもなさそうだ。ないとは思っていたが。
しかし、ここにいては視線で身体が穴だらけになりそうだな。
令嬢たちからの不審者でも見るような目線が痛く、そう思ってしまう。早いところ帰ろう、と考えまた後ろのほうへ戻ろうとしたのだが。
「待ちなさい!」
鼓膜をビリビリと振動させる声と、胸ぐらを掴む手によってそれを阻止されてしまう。
誰だ、こんな野蛮な真似をするやつは。と思い顔をよく確認してみるとクロエだった。納得である。
「フィアメッタの魔術、あれは何よ!」
せっかくの顔立ちが台無しになるほど目を吊り上げ、下品に声を張り上げながら尋問するクロエに、かえって冷静になりながら応答する。
「とても人にものを聞く態度とは思えませんがね。ですが、答えて差し上げましょう」
だけど、舐められては困るので一応怒りを出しながら、言う。
「ひとえに、お嬢さまの努力の結果でございます」
「嘘よ!」
ヒステリックに喚き始めるクロエの手を無理やり引きはがす。
こんなことで身の程を弁えずに裁判を起こしたとしても、こちらは侯爵と公爵、相手は伯爵。しかも俺たちに非はないので完全勝利を刻めるだろう。そう思っての行動だ。
「乱暴しないでほしいものね! アイツなんかアタシの奴隷の分際の癖に……。絶対何かトリックがあるに違いないわ!」
まだ諦めていないらしい。戦闘スタイルがしぶといのは問題ないが、他人の悪事を信じ続けるのもどうかと思う。そりゃあ疑いたくなる気持ちはあるのだろうけれど。
まず、禁忌魔術や替え玉によって魔力を上げるなり、魔術を打たせたところでせいぜいリターンはS判定、A判定というところだろう。なお、バレたら退学。
まったく釣り合っていないのでやる者は愚者以外の何者でもないだろう。俺も、そこまで愚かになった覚えはない。
禁忌魔術はデメリットも多数あり、最悪の場合命を落とすこともある。リターンは魔力の質を上げるか、量を上げるかのどちらか。
これは普通に二種類あるのだが、何分成功確率より死ぬ確率のほうが遥かに大きい。お嬢さまの量や質になるまでに何回掛ければいいのか分からないし、俺の知らないところで掛けた可能性も薄い。
つまり、お嬢さまは完全なるシロである。
「疑いたいなら疑えばいいのではないですか。しかし、そのあいだにもお嬢さまはどんどん成長してゆきますが」
「何ですって!?」
「クロエ・アッファーリ。口を慎みなさい」
上から先生の冷酷な声が降ってきて、クロエは口を噤む。内申点満点でも狙っているのだろうか。このくらいクラスメイトの家庭教師にもしてほしいのだが。
「しかし、私も何か禁忌を犯したのではないかと疑っております」
「えっ」
先生の言葉に、お嬢さまが悲しさを切り取った声をあげる。クロエには普段から嫌がらせされていたのだろうけれど、まさか先生からも疑われるとは思っていなかったのだろう。
かくいう俺もかなり怒っている。教え子にありもしない罪を吹っ掛けて努力を認めようとしないのだ、当たり前だ。
「先ほど魔術の履歴を閲覧しましたが、それらしき痕跡はありませんでした。なので、かなり悪質であると判断致します」
俺はその言葉に声をあげることすらできずに、ただ突っ立つ。それはお嬢さまも同じらしく、碧い瞳から一閃の水晶の涙を流していた。
周りの令嬢はフィアメッタの不正疑惑に自分なりの意見をひそひそと友人に話しているらしく、どことなく不穏な雰囲気になっている。
「大変恐縮ですが、ミス・カリサ・マエストロ。履歴を覗いても見当たらないのに、なぜ不正を疑って?」
「そんなの決まっているではありませんか。フィアメッタの実力をご存知ですか、ミスター・ソロモン。つい最近まで初級魔法すら満足に放てなかったのですよ!? それも、中級魔法の詠唱なのに上級魔法レベルのものです。こんなの不正以外の何物でもないでしょう!」
「あの、禁忌魔術を使っていないか知りたいからと履歴を覗く魔術が誕生したのですよ? なのにそれで見つからないって。人を疑うのも大概にしてください。それに、今回の課題は春休み中努力したか見るものでしょう? それで何にも証拠がないのに」
「うるさい!」
耳をつんざく声がホール中に響き、令嬢たちも喋る口を閉じる。
静寂があたりを支配したとき、口を開いたのはフィアメッタだった。
「あの、私、ちゃんと練習してきました。いっぱい、魔術を展開して、今度はA判定とか。S判定とか。そういう評価を取って、自身を持って『私は帝国魔術師団に入団する』って言えるように」
フィアメッタの澄んだ青い瞳が先生を射抜く。
その瞳は、どんな言葉よりも雄弁に不正はしていないと語っていた。
「いい成績を取れるように。両親を安心させられるようにって。……でも」
そこで、フィアメッタの瞳が大きく見開かれる。大海に焔の渦でもできたかのような情熱を灯して宣言した。
「あなたが私を認めようとしないのならば、私はあなたの力を借りずとも帝国魔術師団に入団します。あなたの手を借りず、私は伝説になります。だから、このテストは白紙に戻すなり何なりしてください。その場合、証拠ひとつないのに点数をゼロにしたこと、未来永劫覚えておきます」
今まで見たどんなお嬢さまよりも堂々としていて、凛としていて、強かった。
言っていることは反抗期のそれに近いものの、やられたことを鑑みれば妥当だろう。
「謝ることすらできないのですね! 試験は中止です。無論、あなたの成績は最低ですからね!」
これで少しは考えなおすかと思ったものの、全然そんなことはなかったようで。
カツカツとヒールを鳴らしながらホールを出て行ってしまった。皆が見当付けたように、お嬢さまが最後でまだよかったといえるのだろうか。
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