第14話 義妹は才能で満ち溢れている。
学校の図書室――というのは古今東西、読書するためのスペースなはずだ。
文学小説から参考書、辞典など多岐にわたるジャンルの本が何千とあるわけで。専門的な知識を得るため、娯楽のためと、そういう用途で使用するべき神聖な場所なはずだ。
だから僕は渋りまくった。
自分が不甲斐ないせいで、図書室の一角を占領してしまうのは僕の自尊心が許さなかったから。
「摩耶ちゃんここの問題って解けた〜?」
「うんっ、そこはねこうやってやるとね――」
それなのに、どうしてこうなった……。
わがまま娘二人と虫一匹を説得できるはずもなく、閑散としていた図書室を騒がしくしてしまった(元より他の生徒で騒がしかったが)。
父さんが休みだから自宅で勉強会をできなかったという一因もあるけど、それ以上に僕が押し負けたせいだ。すまない、図書室。
ただまぁ、自主的に三人が勉強会を開催し、僕が自らそれに付き合う形になっただけだけど。
三人とも根本的な理解能力は悪くなかったので、要点だけしっかりと教えたら大半の問題は自分でできるようになった。
だから僕はこうして見守るだけ。
たまに分からない問いの解を教えて、ずっと視線をスマホに落としていた。
「…………(ブクマ増えないな)」
「叶人なんか言ったー?」
「あ、いや……なんでもないよ」
僕は虚言を吐き出した。
つい先日、僕は新作をネット小説投稿サイトに連載したのだ。だが読者からの反応がイマイチで、日間ランキングも中位止まり。
ランキング入りできること自体、困難なわけで他人からしたら羨望の的かもしれないが、僕はこの結果に納得できないでいた。
PV(アクセス数)の伸びもあまりよくない。パッケージに問題があるのか……?
運云々もあるのだろうが、そんなのは言い訳にしかならない。
「………………」
じーっと、夢花からの視線を浴びた。
本当はなんでもなくなんかない。絶望してる。この作品なら爆発的な人気が出ると思ったから。愚痴や弱音を吐き出したい。
でも弱い所を夢花に見せたくなかった。カッコ悪いから。兄はいつでも妹を引っ張るべき存在だ。
苦し紛れに拳を強く握り、表情を取り繕った。
ただ後にして俯瞰すれば、義理とは言えど兄妹である妹に隠し通すことなど不可能だったのだろう。
そのことについては、僕はまだ知りすらしなかった――。
***
どんよりと静まり返った夜道を辿り、夢花と帰宅後。
どんとした疲労と、やるせない精神にまいり僕はベッドに沈んでいた。
――ブックマーク58件。
――評価5件。
――ジャンル別日間ランキング46位。
何度リロードをしても変化しない数字。既に一万五千文字ほど書いて投稿しているが、ブクマ数が三桁にすら到達していないのは過去作のデータと照らし合わしても絶望的だ。
「面白くない、のか…………」
自己嫌悪に浸りながら、自分の作品を分析していく。
「やっぱり、ラブコメよりファンタジーの方が読者層が厚いか……?」
画面をスクロールして流し読みするが、ストーリーは素晴らしいくらいに面白い。文章だってとても洗礼されているし、非の打ち所がない。
となると、やはりパッケージの問題か……?
「でも、タイトルもあらすじも惹かれる要素しかないんだよなぁ……」
……わからん。なんもわからん!
もう単純に運なのだろうか。もしそうなら、ヤケになって夢花がぶち犯されるR18指定のエロ小説でも書いてやろう。
想像しただけでニヤニヤと口元が歪んできた。危ない危ない。
「…………寝るか」
この調子では執筆もままならない。少し休息して、夜中から書き始めよう。
そんな軽い気持ちで瞼を伏せ、夜中に起きたところで睡魔に負けるのは明白だろうが。
だが、静けさに包まれた深夜帯に僕の動悸は治らないでいた。眠気も、憂鬱感も、なにもかもが吹き飛んでいたのだ。
「はっ……ははは、なんだよそれ……」
乾いた笑いが溢れた。
『夢花夏目:この作品、私のお気に入りなんですっ! みんなも読んで応援してあげてくださいっ!』
夢花のツイッターアカウントから通知が届いていた。その内容は僕の新作を応援するもので、その効力は凄まじいものだった。
――ブックマーク132件。
――評価18件。
睡眠前とは比較しようもない伸びである。
リロードするとブクマ件数がまた増えた。新着感想も多数届いている。
従順な夢花の下僕とやらが支持してくれているのか。ははっ、笑えるな。
「…………笑えるか、クソ」
憤怒に駆り立てられた僕は、隣接する義妹の部屋に押しかけていた。
「っ……開けろ、開けろ! バカにしやがってッ!」
荒々しくドアを叩き、ガチャリと開かれると同時に夢花は欠伸をかいて出迎えた。
「な、なにどうしたの急に……ぐっすり寝てたのに――」
「バカにするのもたいがいにしろッッ!!」
恍ける夢花に怒号した。
強く握っていたスマホの画面を見せつけると、夢花は全てを察したように瞠目した。
ただ、困った素振りもなく、喜びを噛み締めてるいるような態度に余計腹が立ってくる。
「僕の作品があまりにも不人気すぎるから手助けしたつもりか……? いつ僕がそんなこと頼んだ……? ランキング上位にも入れない弱者を救済したつもりか……? ふざけるなよッッ!!」
激昴して夢花を責め立てる言葉を紡いだ。
すると察したかのように、無表情になった夢花は小さな声で謝罪をしてきた。
「……そんなつもりじゃなかった、ごめん」
なんだよ、なんなんだよそのごめんは。
「じゃあどういうつもりだったんだよッ! 僕はこんなことで嬉しくもならないし、そんなこと少しも望んじゃあいないんだよッ!」
「……うん」
「君の助力がなくたってな、僕は自力でなんとかするんだよッ! これまでもそうしてきたし、これからもなッ!」
「……うん」
「自分が天才だからって他人をバカにするのもいい加減にしろッッ!! 凡人は凡人なりに頑張ってんだよッッ!! 人の努力を踏みねじってさぞ愉快だろうなぁッ!!」
「…………」
「お前みたいなやつと関わるんじゃあなかったよ――」
――バチンッ!
痛烈に批判していると、夢花が僕の頬を叩いてきた。
「ッ……痛いな、なにするんだよ……」
「…………最低……っ」
涙ぐんで、鼻をすする夢花は布団を覆わせてベッドにこもってしまう。
…………余計なことまで言ったな。クソ。
ドアを背に腰がずり落ち、僕は俯いた。
本来なら喜んで然るべきなのだ。ブックマーク件数が爆増したのも、大勢の読者が僕の作品を気に入ってくれた証拠なのだから。
だけど僕は、自分の実力で人気が出なかったことに怒りを覚えた。これっぽっちも夢花は悪くなくて、本当は僕のためにしてくれたことだってわかってる。
いつだって僕は凡人だ。創作に特別優れた才能がない。勉学は割と得意だが、人間関係やスポーツなんかはてんでダメだ。
だから好きなことには心血を注いできた。
それなのに、僕だけの大切な世界を踏み潰された。才能が凡才の光を根こそぎ奪い取ってきた。
そう思わずにはいられなかった。
そうだよ――これはただの八つ当たりだ。
「………………叶人はさ、読者の数でクリエイターとしての尺度を測ってるの?」
力のない、細い声が聞こえた。
「……プロが売上で実力を測るように、僕らネット作家は読者数で上下を見比べるんだよ。当然だろ……」
「そっか……どうりで作品に愛がないわけだ」
「っ――!?」
「埋もれて当たり前だよ……そんなクズ作家は。ちょっと前までは楽しそうに小説を書いてたのに、今の叶人は苦しそうに書いてる。作者が作品を愛せなくてどうするの」
「それは…………」
反論の余地もないほどに、全く持ってその通りだ。
なにより、新作執筆前から夢花の発言を胸の中に潜めていたのは僕自身である。
ゴソッと布団が翻り、夢花が顔を見せた。
「私はね――叶人の作品が好きなの」
据わった瞳で睨みつけられる。
だからね、と夢花は大きく息を吸って続けた。
「――自惚れるなこの勘違い男がっ!! 義理とはいえ兄だから私が手を貸したとでも思ったのっ!? ふざけるなっ!! 私はそんな邪な考えでクリエイターの名に泥を塗ったりはしないっ!!」
夢花の華奢な身体から放たれた怒声に、ビクッと肩を震わせた。
「私は、私が叶人の作品を面白いって思ったから宣伝しただけだよっ!! この作品をみんなに伝えたいって思ったからっ!!」
マイ○ロのぬいぐるみが僕めがけて飛んできた。
「アンタが書く作品を私は愛してるのっ!! 私だけじゃなくて、他の読者もっ!! クリエイターならそのことを忘れるなこのバカっっっっ!!!!」
瞳が潤って、視界が歪んだ。
あぁ……僕って、醜いなぁ……。
夢花の言葉が何度も頭の中で反芻する。
「…………ごめん、ごめん、ごめん……」
「うん、もういいよ……こっち来て、叶人」
腕を広げて、誘う夢花。
立ち上がり、ベッドに乗ると夢花がグイッと僕の身体を引いてくる。
「ねぇ叶人、実際に作品を作るのは自分一人だけどね、作品は自分一人で作るものじゃないんだよ」
抱きしめられて、耳元で囁かれる。
夢花の髪から綿菓子のような甘い匂いが漂う。夢花の細い身体が僕を温かく包み込み、心が安らいだ。
「私だってそう……叶人や色んな人に支えられて、今の私がいるの。今の作品ができているの」
「…………うん」
薄々と感じてはいたんだ。
最初に夢花のイラストを見てから、住んでいる世界が違うんだって。
それは徐々に確信に変わっていった。
夢花が楽しそうにイラストを描いているところを見て。他を捨ててイラストに没頭しているところを見て。才能を肌身で感じてしまった。
「だからね、義理の兄妹だからとかそんなの関係なしに、クリエイターとしての私に頼ってくれてもいいんだよ」
夢花とイラストは一心同体なんだって、それに感化されて僕もより一層真剣に取り組んだ。彼女に指摘されたところも、少しずつ改善されてきた。
でも、やっぱりそう簡単に上手くはなれなくて。それなのに夢花は僕が批判したことをすぐに克服していて。
改めて、僕と彼女とでは見渡している景色が違うのを痛感させられた。
「…………ありがと」
「えへへ、どういたしまして」
優しく後頭部を撫でられ、おでこを引っ付けられる。
脳を揺さぶられるような、蕩ける声音に意識を持って行かれた。
こういう時くらいは妹に甘えてもいいのかもしれない。
今はまだ対等ではないけど、いつか秀逸した夢花と比肩できるくらい凄いクリエイターになってやる。
それが懸命に僕を正してくれた、坂戸恵那のファンである夢花への恩返しだ。
そんな覚悟を掲げて、僕は船を漕いだ――。
余談だが、朝起きて夢花に蹴り飛ばされたのはまた別の話だ。
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