第11話 義兄に覗かれる。
「はあぁ〜〜〜〜、なんで私のおっぱいはこんなに小さいの……」
私は洗面所の鏡に映る、虚しいソレを見て落胆した。
お風呂から上がって、身体は滴っている。髪から滴る水滴は胸を見事に避けて床に落ちた。喧嘩売ってるのだろうか。
やはり何度眺めても心が虚しくなる。私のおっぱいには虚しさしか詰まっていない。
「おっぱいマッサージって効果あるのかな……それともナイトブラ? お母さんに買ってもらおうかな……」
寝てるだけで胸が大きくなるのなら、全国の日本人女性はこんなにも苦悩していないだろうが。気持ちだけでも縋り付いていなければ、鬱になってしまう。
それもこれも全部――貧乳弄りをしてくる叶人のせいなんだけど。
ここ最近はなんだか叶人に振り回されて、空回りしてばかりだ。なんなの、もう。
自分の頬を張り手して、暗い気分を吹き飛ばした。バスタオルを身体に巻いてドライヤーで髪を乾かす。
「もう、ほんとにもう。なんなのもう。叶人のばか」
いつしか頭の中は叶人でいっぱいで、独り言をブツブツ呟いていた。
ドライヤーの騒音も相まってだろう。床を乱雑に踏みつける音も、洗面所の扉が開かれたのも、私が微塵も感知できなかったのは。
そう――叶人を視認した時には、手遅れだったのだ。
「あ、あ、ああ!? え、ええ!?」
こんな素っ頓狂な声を荒げたのも、きっとそのせいだ。
バスタオル一枚に包まれた状態の私は、唐突に現れた叶人にまるで対応できなかった。
そのくせ、叶人は私の真っ裸(ではない)を目の当たりにしているというのに、それに惹かれずにいた。興味なさげにだが、視線は私の胸に注いでいる。
「悪い、風呂入ろうかと思ったんだけど……まさか夢花がいるとは」
「ぜ、絶対にわかってたでしょー!?」
外からドライヤーの音が聞こえていたはずだから、わからないわけがない。
てかコイツ着替え持ってきてないしっ!
完全に完璧に覗きだ。鍵を掛け忘れた私も悪いけど、セクハラで訴えてやるぅ!
「いやいや、そんな貧相な胸を覗きに来たとか、そんな劣情を抱いてたりとかはしてないから」
「――嘘をつくなあぁぁぁぁぁっっっ!!!」
両親がいなくてよかった。
今日こそは全身全霊を持って叶人をコテンパンにしてやるんだっ!
大きく腕を振りかぶると同時に、「あ……」と叶人が呆けたようにキョトンとした。
「え………………み、見るなあぁぁぁぁぁっっっ!!!」
動いた影響で、物の見事にバスタオルがすれ落ちた。
すぐに片手で下腹部を、もう片手で胸を覆い隠したけど……うっ〜〜〜〜、絶対に見られたっ!!
こ、こうなったら叶人の頭思いっきり殴り飛ばして記憶喪失にさせるしかない。
そう思い立ってからの私の行動は素早かった――。
***
「さ〜て、叶人くん? 覗きの動機はなんだったのかなぁ?」
可愛いサン○オキャラクターのカーペットの上に正座する叶人。言うまでもなく、私がタオルで手足を縛って自室まで連行したのだ。叶人の存在が汚らわしすぎて、マイ○ロちゃんが気の毒だけど。
「ふん……だから、なにもないって……」
「罪を自供しないのなら、私にも考えがあるからね。絶賛ラブラブ中のお母さんたちには仕方ないから黙秘しててあげるけど……摩耶ちゃんに頼んで学校中に言い広めてもらうから」
「……ふっ、愚策だな。そんなことをすれば、お前だって裸を見られたと噂されて視姦されるようになるぞ?」
「そこは問題ないっ! ほんの少しだけ善意を与えて、覗こうとしているのがバレたってことにしとくからっ!♪」
「悪意しかないけど!? 意義ありまくり反論させてもらう!」
「残念ながら学校で不人気の叶人と違って、私は人気者なの。どちらの言い分が正しいとされるかはわかるよね?♪」
「くっ…………」
叶人を言い負かしたおかげで、少し溜飲が下がったがまだ足りない。
しかめっ面で黙り込む叶人の姿がとっっっっても滑稽だが、これくらいでは到底許せないほど私は怒り心頭に発している。
なにに怒ってるって? 私の裸見たくせに全然興味持たなかったからだよっ!
「それじゃあ叶人、私の言葉をよく反芻して答えてね。なんで覗きなんて下劣極まりないことしたの?」
「…………そこに壁があったから」
――カッチーン。
私は椅子からおもむろに立ち上がると、ローリング飛び膝蹴りを発動した。
心地よい(鈍い)音が鳴り、叶人は彼方まで飛んでった。なんちゃって♪
「次にぃ、貧乳弄りしたらぁ、どうなるかぁ、わかるよね?♪」
トントンとスッテップを踏み、いつでも殺れるぞとアピールする。
ベッドにしばらく顔をうずくめてから、先と同じ位置に叶人は正座したので私も椅子に腰をかけ直した。
「……本当に壁があるんだよ――ちょ、ご、誤解だから足下ろせ!?」
かかと落としを食らわせてやろうかと思ったが、叶人があまりにも弱った表情をするのでやめた。
「今までギャグ多めで書いてきたせいか、そういうシーンが上手く書けないんだよ……」
……なーんだ、壁ってそっちのことか。紛らわしいな。
確かに叶人の過去作はどれもギャグシーンは多かったけど。
「そういうシーンって、例えばどういうシーンなの?」
私は物書きではないため、叶人が思い描いているシーンがどういったものなのかわからなかった。
「だ、だからだな……その、あっち系のシーンだよ……」
はっはーん、なるほどなるほど。そういうことかぁ?
これは弄りネタとして最適と判断した私は、首をわざと傾げた。
「…………………………エッチなシーンだよ」
くすぐったいような顔で、ポツリと叶人が漏らした。
「ふ〜ん? へ〜? つまり、エロシーンを上手く書けるようになるため、私の裸を覗いたと……やっぱり死ねっ!」
「くっ、今回ばかりは罵詈雑言を並べられても文句は言えない……」
「当たり前でしょっ!? またクソ鈍感ラノベ主人公の真似をすれば、体験をすればストーリーが盛り上がるとでも思ってるのっ!? こんのアホがーっ!!」
はぁ、はぁ……いけない、感情の熱が高ぶってきてしまった。
叶人も私がそこまでキレるとは予想外だったのか、たじろいでいる。
私は傍にあるマイ○ロのクッションを拾い抱きかかえ、精神を落ち着かせた。はぁはぁはぁ可愛いよはぁ。
「まぁでも……この前博物館連れてってくれたし、私のツイッターをフォローしてくれたら恩返しとしてして上手く書ける手伝いをしてあげてもいーよ?」
「なんだか高圧的な態度が気になるが……それくらいなら」
叶人の拘束を解くと、彼はスマホを触り始めた。
程なくして、私のツイッターフォロー欄に『坂戸恵那』という叶人のペンネームのアカウントが追加される。
本名を並び替えただけの陳腐なアイデアだけど、語呂はいいよね……じゃなくて! ふっふ、私の策略にハマったなこのマヌケがぁっ!
「おい……なにニヤニヤしてるんだよ。気持ち悪いな」
「はぁ? 下僕のくせに、私様になにその口の悪さは?」
「……は? 頭大丈夫か、って……そういうことか」
察しがついたのか、叶人は項垂れた。
「もしかして夢花、君は自分のファンのことを下僕として扱ってるのか?」
「むしろそれ以外になにがあるのっ?♪」
「クリエイターとして三流以下だな。夢花だから仕方ないか」
「まーまー。ところで、具体的にどうするのつもりなの、その壁とやらを?」
「助かるよ。質問に質問で返すようで悪いけど、逆にどうしたらいいと思う?」
「そんなこと聞かれても、そもそも私書き手じゃないし……逆に逆に、どういうシーンを書こうと思ってるのっ?」
「そうだな――再会したヒロインが、いきなり主人公に求婚を迫って強引にキスして押し倒そうとするシーンとか?」
「……は?」
「他には――主人公が入浴中に、幼なじみが唐突に混ざってくるシーンとか?」
「…………は?」
「後は――後輩が主人公に逆セクハラしまくるシーンとか?」
「………………は?」
なんだその脳内お花畑なやつが妄想したようなシーンは。そんなくだらないことで逡巡し、覗きを謀ったというのか。万死に値する。
そもそもそんな内容ではR15指定どころか、18禁でアウトな気もする。いや、叶人の存在自体が18禁だから、叶人が書いた小説も18禁になるのは必然か。
クッションに顎を乗せて、蔑むように叶人を見つめた。
「100万回くらい死んだら? 多少はまともなシーンが書けるようになるんじゃない?」
義理の兄を、私は見下すように笑った。にっこり。
「っ……なんだろう、僕は生涯初めて殺意ってものを感じたかもしれない」
そりゃあ殺意放ちまくりですから。キ○アが天空闘技場で放った殺意より強力だからっ! ハンハンファン舐めんなっ!
手刀で首を落とせればいいのになんて思いながら、とりあえず叶人の頭を足で踏みつけた。
「ほぉらぁ、こんな美少女に素足で踏まれるなんてご褒美でしょっ? 叶人の想像してるキモいシーンの足しになるんじゃないっ?」
「……おい、パンツ見えてるけど」
「っ〜〜〜〜〜〜、死ねっ! 死ねっ! 死ね〜っ!」
バンドンバン。とにかく踏みつけまくった。
不覚、怒りすぎてミニスカ履いてるのを忘れてた……。
「い、痛い痛いっ、イダダダダダッ――!?」
やっぱり殺して神様に土下座させるしか更生させる方法ないよねっ! 死ねっ!
こんな底辺なゴミクズが天国にいけるかはさて置き、このままでは私の気が収まらない。だってこの男、私のパンツにも興奮してないもんっ!
やっぱり男を成敗するのは古今東西、急所を狙うべきだ。
私は脚を後ろに振りかぶり、遠心力を付けて狙いすました先に全力でぶつけた――
「――ぎぐふえぇッ…………」
叶人は白目を向き、顔は真っ青になって倒れた。
余談だが、叶人の股間は異様に硬かった――。
***
「……反省した?」
「それはもう、末代までの恥を自覚しましたので、僕としては今すぐにでも穴に入りたい気分です。はい」
「よろしい……」
小一時間ほど、最近の言動も含め説教垂れてやった。
ようやく自分の犯した罪を自覚してくれたようでなによりだが、どれだけ拷問しても私で興奮しなかったのかは吐き出さなかった。きっとしないと答えたら、また打たれるとでも思ったのだろう。
納得はいかなかったが、今日のところはこれくらいで観念しよう。
「……夢花ってさ、誕生日いつだ?」
「藪から棒にどうしたの? 7月30日だけど」
「ああ、新作のメインヒロインのモデルにしようかと」
「……ん? メインヒロインはあの下着屋の店員さんじゃないの?」
「まぁあの人もモデルにしてるっちゃしてるが……」
言葉を濁すように間を開けて、叶人は話を続けた。
「君だよ、一番のモデルにしてるのは。どこぞの誰よりも、君がモデルじゃなきゃこの小説は完成しないんだ」
「そ、それって……いや、でも……」
つまり、叶人は心のどこかで私のことを異性として認めてくれているってこと……?
つい、抱いていたクッションに力を入れてしまう。
「……? それと、だな。今回の件の詫びと、モデルにさせてもらうお礼として君の誕生日に新しい液タブをプレゼントしようかと考えてるんだけど、いいかな?」
「ふぇ……? い、いや、嬉しいんだけど……液タブって高価なものだし……」
そもそも、どかからプレゼントなんてそんな話が……あ、今か。
いやいやいや、でも!? 液タブってウン万円するし……た、確かに今使ってるやつは買ってからもう2年以上経ってるから新しいの欲しいけど……。
「僕は守銭奴じゃないんだ。本買うだけじゃ消費しきれなくて勝手に貯金が増えてく一方で……こんな時くらい奮発させてくれ? ダメか?」
上目遣いするように、叶人が下から私の瞳を据えた。
な、なにこの男……私のことを落とそうとしてるのっ!?
あぁ、心なしか心音が速まっている気がする。ドクンドクンドクドク。
「…………ありがと、ばか。そのうち私も恩返しするからっ!」
「バカは余計だ」
クスッと、私たちは微笑んだ。
「『お兄ちゃん、ありがとう』って恩返しの代わりに言ってくれてもいいぞ?」
「そこ、調子に乗らなーいっ!!」
これは余談だが、叶人のアソコが硬くなっていた理由をググりまくって、悶々としていたのはまた別の話だ。
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