第10話 義妹に絆される!?

「なあ、いつまで模写しているつもりだ……?」


「こ、これで終わるからっ……まだ帰らないでえぇぇぇぇぇっ! あ、あと5分! あと5分で描き終わるからぁ!」


「はぁ……」と、僕は深くため息をついた。


 失敗した。完全なミスだ。どこの誰だ、消去法で夢花を連れてきたのは? ぶっ飛ばしてやりたい。あ、僕でした。


 もう一度ため息を吐き出す。


 まさか、夢花が帰りたくないと駄々を捏ねだすとは思いにもよらなかった。僕はプロットを作成し終わったので、ホテルに戻ってゆっくりと本文を書き始めたいのに……なんて青息吐息だ。


「両手で収まらないくらい何ページも描いたろ。それでやめなかったら、僕は先に帰る」


「わ、わかったからぁ……(叶人の人でなし…………)」


「やっぱり置いてく」


「ず”みませんでじたあぁぁぁぁぁ…………」


「………………」


 本当に青息吐息だ。

 ――PS:この後まだ描きたいと上目遣いしてきたので、恐竜博物館から強引に引きづり出した。





***





 恐竜博物館を見物するという大役を終えた僕らは、ホテルへ向かった。

 帰りのバス停付近にあるビジネスホテルはクチコミサイトでの評価も高く、ロビーのシャンデリアが僕らを大きく出迎えた。白い壁に、大理石のような床。掃除の手入れも行き届いていて、僕の調べに間違いはなかったようだ。


 フロントで受付を済ませて、カードキーを一枚だけ受け取った。予備のカードキーは室内に保管されているらしい。チェックアウトの際に予備の分も含めて返却するシステムとのことだ。


 エレベーターで上階に向かい、早速入室しようとすると、夢花が怪訝そうな表情をして尋ねてきた。


「なんとなく勘付いてはいたんだけどね……もしかして、いや、もしかしなくても……叶人と同室で泊まるの……?」


「カードキーを一枚しか貰ってない時点で、もしかしなくてもそれしかないでしょ」


 バカかコイツ? 義理とはいえ僕たちは兄妹だ。なんら問題ないだろ。

 僕に追って夢花が入室し終えると、ガチャリと鍵を閉めた。先に預けていた荷物もちゃんと置かれている。


「叶人さ、私たちは義理とはいえ兄妹だから問題ないとか考えてたでしょ」


 ……エスパーかお前は。心臓に悪いのでドンピシャで的中させないでほしい。

 僕はコクリと頷き、相槌を打った。


「も・ん・だ・い! だらけだからぁー! アホかぁ!!」


 そうだな、とだけ告げて僕はソファーに腰をかけた。セミダブルほどの大きさだが、ベッドだって二つある。やはり問題ないじゃないか。


 夢花を無視して、背負っていたリュックから愛用のノートパソコンを抜き取り画面を開いた。


「こ、このっ――」


 テキストを開いて、縦書き用の白紙が出てくる。

 タイピングを始めると――


「プロロろおおおおおおおおおおおおおおおおっ!?」


 ――布切れが飛んできた。

 咄嗟に叫んでしまう。ついでにテキストも『お』の羅列が並んでいた。

 クソ、ミスタイプしたじゃないか。


 飛んできたブツを確認するために広げると……って、なんでパンツ投げてるんだよ!?


「このっ――クソ鈍感ラノベ主人公があぁぁぁぁぁっっっ!!」


 夢花がそう怒号し、ビクッと身体を震わせてしまう。


「く、クソ……鈍感、ラノベ……主人公……? 誰のこと指してるんだ……?」


「ぐぐぐ、ダメかぁ……私、今回ばかりは間違ったこと言ってない……神様なんとかしてあげて……」


 夢花は、「摩耶ちゃんも守らないと……」とかボソクソと呟いている。

 一体全体、なんのことやら……それより、小説を書かなければ。


 パンツの端をつまんで、ぽいっと床に捨てると夢花は愕然としていたが気にしないったら気にしない。


「もういい……私もイラスト描くもんっ……」


「ああ、そうしてくれ。僕は君に時間を割かれてろくに書けていないんだ」


「むうぅ〜〜〜〜〜〜っっっ!!」


 観念したのか、夢花も荷物からアイパッドを取りイラストアプリを起動していた。

 よし、これでゆっくりと書けるな。

 プロローグ、とサブタイトルを刻んで物語の幕上げだ――


「高校生の主人公は、平凡な毎日を送っていた。普通の家庭に生まれて、普通の学力で、普通に友達を作って。そんな彼が夏休みの旅行先で出会った少女が、自分が通っている高校に転入してきたのだ――いったいなぁ!?」


「本気で私のことを怒らせたいのっ!?」


 殴った拳をプルプル小刻みに揺らしながら、夢花は額に青筋を張っていた。


「君にはなにもしちゃいないだろ!?」


「しまくりだぁっ! うるさいし黙って打て! 第一、なにその実体験織り交ぜた話!? 聞いてるこっちが恥ずかしいってのー! アレですか自分がモテるとでも勘違いしてるんですか!? あーやだやだっ!」


 ぐうの音も出ず、僕は歯を噛み締めた。

 た、確かに半分は体験談だし、下着屋のお姉さんのことを多少モデルにはしているが、自分がモテるなんてそんな自意識過剰じゃあない! むっかつく!


「図星かなぁ叶人くぅん? 私を誑かした罰だね、懺悔しろっ!」


 黙ってりゃ好き放題に罵りやがって……。

 僕はスマホで床に投げたパンツを撮影し、それを夢花に見せびらかせた。反抗開始だ。


「な、なにしてるの……っ」


 夢花の顔は急激に青ざめていった。

 どうやら、自分が下手を繰り出していたことを自覚したようだ。


「これを君のクリエイターネームとともにばら撒くぞ? いいのか?」


「ふ、ふん……そんな下着だけの画像じゃ私の物だって特定できるわけが――」


「おいおい、僕は夢花と同じ屋根の下で暮らす家族なんだぞ? そんなの、ブクマ1000人到達するよりも容易いことだから」


「…………例えが悪くて、想像しにくい」


「ご、ごほん……まぁ兎にも角にも、そういうことだから。君がここで素っ裸で土下座するなら許してやらないことも――」


「だ・れ・が! するかあぁぁぁぁっっっ!!」


 ズゴン――過去一番のクリンヒットが僕を襲ったのだった。痛い。


「もういいこのド変態っ! 私は下に行ってご飯食べてくるっ!」


「…………僕も行きます」


 ソファーに埋もれた顔を上げて、ヒリヒリする頬を撫でながら夢花をつけた。

 まさか、僕の立てた算段が通用しないなんて……。


 後ろから義妹を睥睨してやると、すごい剣幕で睨み返されたのでやめた。

 エレベーターを再び使用してロビーに着くと、そこから繋がる大扉の先に進む。

 黒壁とシャンデリアに包まれた、小洒落たレストラン。洗礼された手際でスタッフに席へと案内された。流石は二つ星を付けられるだけのレストランだ。


「…………叶人の奢りだよね? 怒らせたから割り勘とかないよね?」


 メニュー表の料理金額を見て、目を丸くしていた。


「夢花みたいに、怒ったくらいでそんなことしないよ」


「わ、私だって別にそんな意地悪じゃないし……」


 人様を散々痛めつけておいて、どの口がそんなことを言うんだ……全く。

 二人とも視線をメニュー表に落として、しばらく悩んだ末に決まり注文する。お冷で乾いた口内を潤わせて、さっきのことだけどと僕は話し出した。


「ごめん、土下座はともかく素っ裸かは不謹慎だった」


「な、なに急に……? 土下座も変わらない気はするけど……許してあげる。叶人だって健全な男の子だもんねっ」


 なにかを察したようにニタリ笑いする夢花。

 おい、少なくとも僕は義理の妹に興奮するような性癖は持ち合わせていないぞ。


「それと……私もゴメンなさい。連れてきてもらってる立場で、本当は感謝しなきゃなのに散々暴力奮っちゃって」


「お互い様だね。ほら、喧嘩するほど仲がいいって言うし、程よくならいいよ」


「それって定期的に殴ってくれってこと……? え、叶人ってもしかしてドM……?」


「違うわっ!!」


 そういうところだよ君のダメなところはッ!!

 なんて、また喧嘩が勃発するのは目に見えているため、口にするのは堪えておいた。どちらかが折れなければならないのなら、僕でいい。


 そうだ、口にすると言えば、あのことを言うの忘れてたな。


「夢花、博物館で話してたことに遡るんだけど」


「……? 才能がどうのこうののところ?」


「そうそう。夢花にだけ言わせて、僕はなにも論じてなかったなって」


「ふむふむ、じゃあ私とは違う考えを叶人は持ってるってわけ?」


「まぁ、そうなるかな――」


 初心に戻れば、クリエイターは皆同じ気持ちになるはずだけど――


「創作をする上で大切な才能は、創作を楽しめることだよ」


「っ――!?」


 想像を絶する回答だったのか、夢花は口をぽかんと開けたまま硬直した。


「だってさ、作品を作ることに対して楽しいと、面白いと思えなかったらさ、最高の作品ができるはずがないじゃん?」


 ――つまんないなんて気持ちで物作りをしているなら、それは冒涜だ。侮辱だ。

 ――これは小説に対しての持論だが、自分の作品を面白いと思えなかったら、読者が読んだってつまんないに決まってる。

 ――だから、自分が生み出した作品は自分が一番愛せてなきゃダメなんだ。

 ――創作を楽しめなきゃ、作品は愛せない。面白い作品は生み出せない。最高の作品は完成しない。


 流暢に語ると口は止まらず、そして夢花は目尻に少し涙を溜めていた。


「ど、どうしたんだ……?」


「ううん、なんでもない…………(もしかしたら、叶人には敵わないかもなぁ…………)」


 流石に心配になって彼女に踏み込もうとしたが、合間を縫うようにスタッフの人が料理を運んできた。僕の元に海鮮パスタが、夢花の元に鮭のムニエルを主菜とした定食が、真ん中にエビチリやサーモンのカルパッチョなどが並ぶ。


 …………そうだな。別段、無理に心情を吐露させることもないか。楽しませる方法なら、他にある。


「すみません。撮影お願いしてもいいですか?」


 はい、と快く了承してくれるスタッフさん。

「え、え?」と夢花は戸惑っていたが、僕が彼女の隣に近づくとスタッフさんはシャッターを鳴らした。


「……ど、どういうつもり?」


 スタッフの方が去ったあとで、夢花は口を尖らせた。


「うーん、記念撮影ってやつ? せっかく旅行しに来たわけだし」


 正直、グダグダすぎて旅行なのかすらわからないけど。


「むぅ……ありがと……」


「うん、どういたしまして」


 スマホの写真フォルダには、リンゴのように赤く顔を染めた夢花と、それに寄り添う僕が映っている画像が追加された。


 料理はあまりの美味しさに僕は舌鼓を打ち、夢花はほっぺたが落ちかけていた。


 その余韻に浸りながら客室に戻ると、真っ先に僕らは創作を再開し始めた。夢花もどうやらスイッチが入ったらしい。


 僕もある程度纏まった字数を書いては文章を修正し、また書いては修正の繰り返しだった。

 だけど、やはり確実に過去最高の出来になる実感が湧いた。だから夢中で筆を走らせた。


 ――旅行先で出会った女の子との、再開。

 ――それから主人公とは疎遠だった幼なじみとの関係が復活して。

 ――新しく後輩の女の子とも仲良くなり。

 ――そんな3人のヒロインに悩まされながらも、楽しい学園ラブコメ生活を送る。


 砂糖が溢れそうな甘いストーリーだが、王道やテンプレと唾をかけられそうな内容だが、絶対に面白くなる確信があった。


 どこからその自信が溢れてくるかは定かではないが、この大役を果たせるのは僕しかいない。僕が書くしかないんだ。


 その一心で文字を連ねていった。

 最後に時計を確認したのは、午前3時だった――


「ん、んん……トイレ…………」


 カーテンから朝日が差し込んでいた。

 だが時計を見ても、まだチェックアウトまでには相当時間がある。


 ふにゅん。用を済ませて二度寝……ふにゅん?

 手のひらに柔らかい不思議な感触を感じ、もう片方の手で目を擦ってそれを凝視した。


「お、お、おお、おおおおおおおおっ!?」


 おっぱ……じゃなくて、ちっぱい!? てか僕、今日『お』を連呼しすぎじゃない!? あ、日付変わってるから連日か! どうでもいいわ!


 夢花が「んん……」と呻き声を漏らした。な、なんでコイツが僕のベッドにいるんだよ!?


 記憶違いでなければ、睡魔にやられて先に眠ったのは僕の方だ。つまり、夢花が故意に僕のベッドに潜り込んできたってこと、か……? ははー、きっと寝ぼけてたんだなー、このおっちょこちょいめー。


 きっと、こんなにも思考回路が停止しているのは寝起きのせいだ。夢花が一緒に寝てきたとか、そんな妄想をする自分が嫌だったからとか、そんなことはない。


 トイレを済ますと、僕は未使用のもう一つのベッドで二度寝をした。

 ……Bカップでも、柔らかいもんなんだな。

 しばらく悦に浸っていたのは、言うまでもない。


 それから、二度寝から目覚めたら夢花が大層機嫌が悪かったのも言うまで……あるか。


 自分の分だけ荷物を纏めて、身支度も終えて、足を組んで踏ん反り返っていた。夢花検定2級を所持する僕はわかる! イライラしてるのがね!


 変に八つ当たりされたくないので、義妹のことはそっとしておいた。


 チェックアウトしてホテルを出ても、相も変わらず不貞腐れている。時折、口角が上がっていたり、自分の身体を抱きしめたりと不可解な部分はあったが……。


 それも構わず、帰りついでに優雅にお土産だけ購入してバスに乗車した。

 寝不足のせいで二人揃って相手の頭を枕にしていたが、家に帰宅した時にはすっかり機嫌がよくなっていたのでそれでいいだろう。終わり良ければすべて良し。


 僕たちはそれぞれ自室に戻っていった。

 のちに記念写真を夢花に送信したのは、また別の話しだ――。

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