第5話 義妹におねだりさせる。
「あっ……そこ、だめ……っ」
「ふっ、これが欲しいのか?」
「ほ、欲しいのぉ……ね、ねぇ……ずるい……」
「お願いします叶人様、ってほら、頼んでみなよ」
「お、お願いしま――いい加減にしてっ!!」
「――グハッ……」
ティッシュ箱が僕の脳天めがけて飛んできた。
直撃し、僕は瞑目し天を仰ぐ。
クソ義妹……唐揚げの取り合いで負けたからって、当たることはないだろ……。
挙句の果てには僕がキープしていた唐揚げを箸で奪い取り、頬張っているしまつである。可能ならば夢花の存在をブラックホールに吸い込ませたいところだ。
「ん〜っ、美味しい。お母さんの料理は世界一〜」
「それは否定しないけど……」
杏奈さんの手料理はとても美味しい。
だがしかし、それが一因となっておかずの取り合いが始まるのはもはや日常茶飯事だ。
僕はこめかみを抑えて、残りのご飯を胃袋に収めた。
「ごちそうさま……そうだ、夕飯代渡さなきゃ」
「……なん、のこと?」
モグモグと口を動かしながら夢花は尋ねてくる。
「父さんも杏奈さんも今日は遅いみたいだし、僕もこの後出かけるから」
「どこ、行くの?」
「服屋だよ――」
キラリと、夢花の瞳が光った――。
***
「電車、まだかなぁ」
夢花がポツリと呟いた。
「……なんでこうなった」
最寄り駅のホームで、義妹と立ち並ぶこの光景は一体全体なんだろうか。
ピンク色のパーカーに黒のスキニーと、シンプルなコーデをしている夢花はにんまりと笑顔を浮かべている。
「なーにため息吐いてるのっ! 可愛い可愛い妹とのデートなのにっ!」
「デートじゃない!!」
「ふ〜ん、可愛いは否定しないんだね?」
……否定しなくて悪かったな。
僕は顔を背けた。可愛さではクラス一位二位を争うだけあって、例え嫌いなコイツでもやはり可愛いものは可愛いのだ。
「…………(そこは照れるから否定してよ、ばかぁ……)」
「………………」
なんとも筆舌に尽くし難い空気に見舞われながら、僕たちは電車に乗り、目当ての駅で降車した。
ここのターミナル駅のすぐそばにショップがあるのだが、比較的リーズナブルな値付けがされているので僕はよく訪れているのだ。もう慣れたことなので足取りにも迷いなく、数分後には目的地に到着した。
「服屋って、古着屋のことだったんだー?」
古着屋の店前に佇む夢花は、意外そうにそう言った。
「品揃えいいし、かなり安いんだよ」
「品、揃え……?」
「あ〜、なんでもない……行こうか」
僕は言葉を濁し、店内へと向かった。
入り口付近にレジカウンターがあり、手前がレディース商品、奥手にメンズ商品が配置されている。某有名なブランド商品は見栄えのいい天井壁際に高額な値札とともに吊るされていた。
「僕はメンズ服見てくるから。終わったらそっち向かうよ」
「んー、りょーかいっ!」
夢花に断りを入れてから、僕は颯爽とメンズコーナーへと移動した。
事前にチェックアップしておいた買い物リストをスマホで確認し、僕は早速漁りに入った。
「良さそうな商品が今日は多いな」
ジーンズ、ポロシャツ、Tシャツ――色々とカゴに放り込み、計7着を購入することにした。
僕は古着転売を副業として営んでいる。中学生の頃、お小遣いの面でラノベが買い足りないことに悩んでいた僕はなんとなくで始めたのだが……見事に成功してしまった。お年玉を投資したため、あの時はかなり緊張したものだ。
また収入ができるとワクワクしながら、僕は夢花の元へ踵を返した。
「うぅ〜〜、どっちにしようっ!?」
アホヅラを晒している義理の妹は右手にワンピース、左手にロングスカートを掴みながら逡巡していた。
「よしっ、ここは神様の言う通りで! か〜み〜さ〜ま〜――」
…………恥ずかしい。服を選ぶだけでこんなにはしゃぐか普通……?
平常心も保てそうにないので、僕は夢花の手に取っている服を横取りした。それを自分の買い物カゴの中に放り込む。
「……買ってあげるから。頼むからこれ以上騒がないでくれ」
我ながら目端が利く提案だ。二着程度なら大した出費にもならないしね。
困惑した表情で、夢花は「いいからっ」とカゴに手を伸ばした。それを見越して、カゴを後ろに逸らす。
「なっ――!? 返してよっ、自分でどっちも買うからぁ!」
「はぁ……恥ずかしい…………」
夢花からの追撃を華麗に躱しながら、レジにてカゴを差し出した。
スマホの電子マネーで支払いを速やかに済ませて、分けてもらった彼女の分の袋を渡した。
「…………ありがと」
上目遣いで、義妹は礼を言う。
「どういたしまして」
別に義理だろうがなんだろうが、家族なんだからかしこまらなくてもいいのに……。
夢花は僕の義理の妹で、僕は夢花の義理の兄。それ以上にも以下にも関係が変わることはないのだから。
自動ドアを潜り、てくてくと後ろから夢花が付いてくる。
「ねぇ叶人、この近くに新しく出来たタピオカ屋さんあるんだけど、そこ行かないっ?」
なるほど、夢花はこれが目的で僕と……。
半ば強引に説得させられたことに、辻褄がいった。
「いいよ」とオーケーの返事をくれてやると、夢花は飛び跳ねて僕を先導した。
これじゃまるで本物のデートみたいじゃないか……。
ニヒヒ、と嬉嬉たる表情をする夢花に対して嫌味のひとつも思いつかなかったけど。
「うはぁ〜、想像以上に映えるお店だぁー!」
タピオカ屋は木造の外観で、入口の上の看板には可愛らしいクマの絵が描かれていた。
メニュー看板も前に立て掛けられていて、この店の推しはクマが描かれたカップとハチミツ入りのタピオカミルクティーらしい。
女子には受けそうなブランディングだけど……意外と小説のネタに使えそうだな。
既に自分ではなく、小説の餌に成り果てたタピオカだが興味はある。飲んでみたい。
ゴクリと喉を鳴らすと、僕は夢花とともに入店した。
「おぉ……JKで溢れてる……」
休日だからそりゃあ学生は多いはずだけど、男女比がここまで傾いているとは……。
タピオカに溺れた女が、ほとんどの席を占領していた。
「(しーっ! 私まで変な目で見られるからっ!)」
ついでに夢花に叱責されてしまう。
「叶人もハチミツタピオカミルクティーでいーい?」
コクリと首を縦に振り、相槌を打つ。
僕らの前に数組並んでいたが、回転がよく待ち時間はそこまで長くはならなかった。
受け取ったカップを少し揺らすと、タピオカも同時に揺らいだ。
「これがタピってるってやつかぁ……」
「(だからー! 変な目で見られるからぁー!)」
よほどの羞恥だったのか、夢花に引っ張られて店を退出することになった。
タピオカ処女を捨てて喜んでいるだけなのに、不躾なやつだ全く。
後学(小説の描写で忘れない)のため、僕は夢花と揃えてタピオカの写真だは撮っておいた。
「んーっ、変わった味だけど美味しいねこれっ! すっごい甘いけどっ!」
「ハチミツの風味が結構強いね。甘党だから癖になりそう」
「(へ、へぇ……甘いの好きなんだ……)」
「なんか言ったか?」
「ううん、なんでもなぁい」
「そうか」とだけ返し、僕はタピオカを平らげた。スタバ至上主義だったけど、値段もそう変わらないしタピオカも悪くないものだな。
「甘いの食べたから、お肉食べたくなってきた」
「そこはしょっぱい物じゃないんだ」
「三度の飯も肉ってやつー!」
そんな言葉はないけど……そうだな、確かにいいタイミングかも。
僕も夢花も、肉好きということはおかず争奪戦で発覚している。
別段、これっぽっちも、本当に少しも、夢花に喜んでもらおうとしたわけではないが、僕は目星を付けていたレストランの予約をスマホでしておいた。
そう、これは二人以上からでなければ予約が不可能なだけであって、夢花を連れていくのは致し方ないのだ。うんうん。
「よし、っと……まだ時間あるけど、どっか行きたいところある?」
街路際の、歩道側を歩く僕は彼女に問うた。
「そうだなぁ……カラオケ、とかかな〜。って、時間あるってなーに?」
「それは後でのお楽しみだよ」
ただ、ほのかに喜んでもらえたらなんて期待してしまっている自分がいたことに嘘はつけなかった――。
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