第4話 義兄に負けない。

「えへえへぇ〜、ゆーちゃんしゅきぃ〜っ!


「わ、わかったから! 歩き辛いから!? そのおっきい乳を押し付けないでよっ!!」


 な、なんでこうなったの……っ!?

 私の腕に自分の腕を絡ませてくる摩耶ちゃんを見て、こめかみを抑えそうになる。

 間宮摩耶――制服から溢れそうな大きな胸と、笑った時の八重歯が特徴的な元気な子だけど……百合なの!? レズなの!? 変態じゃんっ!


 通学路を辿って自宅に向かっているけど、さっきから通行人の視線が痛い。

 しかも流れで摩耶ちゃんを自宅に招き入れることになってしまった……。友達連れてきてもいいよ、と直樹さんからの許しは出ているから問題ないけど……。


「ちゅー! ちゅーしよーよ! ん〜っ」


「し、しないからね!? それよりここ! ここ私ん家だから!」


 周囲の視線から逃れるように私は玄関を超えた。

 客用のスリッパを取り出し、摩耶ちゃんに渡してリビングに向かう。


「摩耶ちゃんなに飲む〜? お茶か紅茶かオレンジジュース、どれがいいっ?」


「ゆーちゃんの愛しの液がいいなぁ〜!」


「ば、バカなこと言わないの〜っ!」


 一体全体、この子の狙いはなんなの……調子狂うな、もうっ。

 私は2つのコップにオレンジジュースを注ぎ、テーブルに置いた。


「ありがと〜! って、ゆーちゃん家はスイッチ2つもあるの?」


「あはは……片方は叶人のやつなんだ〜」


 最新の据え置き型ゲーム機が横並びに2つ。

 家庭に一台あれば十分だから、売ってスケブ代にしようか迷ったけど……。


「アイツが触れたもので遊びたくないからさっ!」


「ゆーちゃん、なかなか辛辣だね!?」


「まーまー! なにはともあれ、マリパしようよ!」


 摩耶ちゃんはかなりのゲーム好きだと聞いたので、家に招き入れた。

 過去にCPU戦かネット対戦しかしてこなかった私の、初リアル対戦相手だ。負けるわけにはいかないっ!

 スイッチの電源を入れ、マリパを開いた。サイコロを振って、イベントをこなし、集めたスターの数で勝敗が別れるシンプルで白熱する王道ゲームだ。


 気合いを入れ直し、ソファーに戻ろうとすると――


「な、なにその体制……見せびらかしてるの!?」


 摩耶ちゃんはソファーの上で体操座りをして、膝にボンッと巨大なおっぱいを乗せていた。

 しかも制服姿だから、地味に白色のパンツが見えてるし……。


「んー? この方が集中できるんだよねー」


「そっかそっかぁ、見せびらかしてるんだね〜。いいもんっ! どうせ私は小さいもん!」


「えええっ!? そ、そんなことないよ〜! ゆーちゃん普通……(より少し小さい)くらいだよ〜!」


「聞こえたもんっ! 小さいって言ったぁ! もう容赦しないからねっ!」


 ゲームが開始し、自然とコントローラーのボタンの打撃音が強くなっていく。

 ミニゲームでは私が全勝し、結果として圧勝したわけだけど……この子、弱すぎない!? 雑魚じゃん!


「あははー、ゲームは好きなんだけど……実はそこまで上手くないんだね〜」


「摩耶ちゃんのバカ」


「な、なんでぇー!?」


 ……もーちょっと張り合いあると思ったのになぁ。

 不貞腐れているのか、怒っているのかわからず、自分でも筆舌に尽くし難くなった。


 なんだか上の空になっていると、摩耶ちゃんが「そうだ」と口を開いた。


「ゆーちゃんって叶人くんとすごい仲良いけど、ぶっちゃけどうなのっ!」


「仲良くなーい! まず前提がおかしいよっ!」


 どこをどう解釈したらそう見えるのだろうか。

 天変地異が起ころうが、今の関係がひっくり返ることなど有り得ない。


 だって……アイツは私のイラストをヘタクソって侮辱したもんっ! 人様の作品をコケにするような輩と仲良くなんてしたくない!

 悔しさで唇を噛みしめていると、ガチャリとリビングと扉が開いた。


「その義妹とは反目の関係にあるからね。死んでも仲良くはなれないよ」


 憎たらしい口調が背中から飛んできた。

 振り返ると義兄は薄笑いしながら私を据えている。ついでに興梠くんも一緒にいた。


「……なにしに来たの」


 声のトーンを落として、叶人に尋ねた。


「ここは僕の家でもあるんだ。僕がどこにいようと勝手だろ」


「叶人とゲームしに来たんだぜ、夢花ちゃん!」


「余計なこと言うなっ」


「いてっ!?」


 叶人が興梠くんに軽く蹴りを入れたけど、見なかったことにしよう。虫は無地だね。


「おおーっ! せっかくだし、4人でやろーよ! ねっ、いいでしょゆーちゃん?」


「えっ!? う、うーん……」


 私は少し逡巡したのちに「いいけど……」と叶人を見つめながら嘆息した。

 よく考えれば、このモヤモヤをぶつけるのに格好の相手だろう。憂さ晴らしというやつだ。すると私の思考を読み取ったのか、叶人は鼻で笑った。


「はっ、この僕様を倒そうだなんて頭が高いぞ。義妹」


 ――カッチーン。

 頭の中で怒りの予防線が切れた。


「ふ、ふふふふ……上等よ! 叶人なんてボッコボコにしてあげるんだからっ!」


「望むところだな! スマブラで勝負だ!」


「もちろんっ! 先に二連勝した方が勝ちってことで!」


「日頃の恨み、晴らしてやる!」


「やっぱり二人とも仲良いじゃんっ!」


「「よくな〜いっっ!!」」


私と摩耶ちゃんは定位置のソファーに腰をかけ、叶人と興梠くんはカーペットに尻をつけた。

 ふっふっふ、スマブラは私の十八番……こんな義兄に負けるはずがないっ!

 そう信じ込み望んだ試合から、早一時間が経過した。


「も……もう一回だ……(指痛くなってきた……)」


「う、うん……もちろんっ……(首が痛いよぉ……)」


「「もうやめない!?」」


 私は摩耶ちゃんから、叶人は興梠くんからコントローラーを強奪された。

 わ、私が先越ししてたのに……勝利へのリーチかけてたのに……。

 でも、勝負心は失われつつあった。それは叶人も同様に。


「ありゃりゃ、もうこんな時間だよ〜……そろそろわたし、帰らないとマズいかも……」


「オレも、夜は外食するって言ってたから。そろそろお暇するかな」


 入学式という記念の日なのだ。

 世の中の家庭は、外食で高校入学を祝うのは日本のしきたりとも言える。うちでも、今日は二人とも早く帰ってくるらしいし。


「でもその前……ゆーちゃんの部屋を覗きに行きまーすっ!」


「……えぇ!? だ、ダメだよぉ!?」


 摩耶ちゃんが私の身体に飛びかかってくる。

 液タブの電源は切ったはずだし、参考書とかも全部本棚に片付けたはずだけど……。

 躊躇した後に、私は「今日は無理だよぉ」と拒否した。


「なるほど……夢花はオープン派じゃなくてむっつり派なんだな」


「叶人、なんのこと言ってんだ?」


「な、なんにもないから気にしないでっ!」


 こ、コイツぅ……!!

 ギリギリと手を握りしめて、叶人を睨みつけた。

 オープン派というのは、創作を喧伝するタイプのこと。むっつり派というのは、創作していることを隠すタイプのこと。


 クリエイターだからこそ言葉の意味がわかり、私は確実に後者だった。オタク要素を含むイラストを描いているのが学校で噂されでもしたら、たちまちクラスカーストの末席に位置付けられてしまう。

 それだけは、なんとしてでも避けたいのだ。


「うぅ〜……玩具が散乱してるなら仕方ないっ! じゃあ約束、今度来る時に見せてね!」


「そんなものないからねっ!? わかったけど!!」


 なんとか無事に追い返した。

 そういうことで、私たち四人の初日は幕を下ろした――はずだが、二人のプロローグは依然として続いていた。


「おい義妹、部屋に戻らないのか?」


「なにその態度、勝ち越しされたくせに生意気っ。叶人が戻ればいいじゃん」


「くっ……僕はまだリビングにいたい気分なんだよ」


 ドスンと叶人が私の隣に座り込んだ。足を組み、腕を組んでムスッとした表情を貫いている。

 すると、私のスマホがピロリンと鳴った。確認すると、義兄からのメッセージでURLが送信されてきた。


「……これ、なに?」


「いいから、読んでくれ」


「……わかった」


 スマホの画面に触れ、文字を読み進めていく。

 ……新作、書いたんだ。


 前回読んだものとは違う作品で、作風も少し変わっていた。

 異性に無頓着な高校生の主人公が、幼なじみのヒロインと色恋沙汰に目覚めていく鈍感系ラブコメディのようだ。


 ふむふむ……ヒロインは性格が悪くて、この上なく口下手で、ボブショートの髪型で、顔は可愛いけど、胸は控えめで……。


「ん……?」


「どうしたんだ?」


 私は「別に」と答えて、指を進めた。

 以前に拝見した展開の早かった文章とは一転し、ゆっくりとした時間軸でストーリーが紡がれている。壊滅的だったキャラクターも、ごくごく普通に成り立ってるし……。


 私は戦慄いた。足元を見る隙もない。

 途中、ギクシャクしたシリアス要素になったが、ラストシーンではそれを有効的に活用したりと、読者を飽きさせないシナリオも最高だった。


 最後のキスシーンなんて、目が潤ってしまったくらいだ。

 くうぅ……お、面白い……。

 続きが読めるなら、金銭を払うことも吝かではない。そう感じさせるほど、面白い。


 この言葉だけは簡単に口にしたくはないけど……それでも――


 ――天才、だ。


 紛れもない、微塵も疑いようのない天才。

 圧倒的な成長速度と、群を抜く筆力。王道やテンプレを使いまわしても、陳腐だと感じさせない構成力。


 それ以上詳しいことは絵描きの私にはわからないけど、天才だと思った。高校生に成り立ての男の子が、感動の一作を生み出したことに――創作者として敬服してしまった。


「ほほぉ……涙を流して、そんなに面白かったのか?」


「……え? ……ち、違うもん…………」


 あれ……なんで私、頬が濡れてるんだろう……。

 セーラー服の袖で拭うと、叶人はしたり顔で微笑んでいた。


「これで夢花も僕のファンになったわけだ」


「そ、それは……」


 ――そんなことはない。

 なんて発言は、私自身が許してくれなかった。


「で、でもっ……私、ちょっと怒ってるからね!?」


「な、なんだよ急に……」


「この小説、ヒロインのモデル私なのはどういうこと!?」


「いや、そんなことないけど」


「ぜっっったいにそんなことあるもんっ!! 口調とかまんま私だし!! 作中で主人公にちっぱい弄りされてるのも悪意しか感じないからーっ!!」


 バンバンと双手でソファーを叩きつけ、暴れた。

 ついでに叶人も叩きつけた。


「や、やめろよ……落ち着いて、痛いから!?」


「認めるまでやめなーいっ!」


「完全に完璧に夢花の被害妄想だよ! 自意識過剰すぎ――いてっ、わ、わかったから!?」


「さっさと変えろーっ、ヘボ作家ぁ!」


 ケツを叩かれるように、渋々といった感じで叶人は「わかったよ」と了承した。


「ちっぱいは悪かったよ……せめて貧乳に……」


「――は?」


「……じゃなくて、まな板に……」


 ギロリと刺々しい目線で、叶人を見つめる。

 本物の獣は目で殺せるというが、あながち間違えじゃないかも。


「いや……壁? まな板? 洗濯板? 食パンにレーズン乗せただけ?」


「表現を変えればいいってもんじゃなーいっ!!」


 私は大きく息を吸い、立ち上がると――


「私は普乳だあああああああぁっっっ!!」


 ――バチンッ!

 同時に、叶人の頬に強烈な張り手が襲った。

 大きな足音を立てて、リビングを抜け、階段を上り自室に戻った。

 のしかかるようにデスクチェアに座ると、私は怒り心頭に発するとともに寂寥感に包まれた。


 …………負け、た。


 PCを起動し、液タブにペンを走らせる。


 …………負けた、負けた、負けた。


 作品に対する熱意も、創作の才能も、なにもかもが――負けた。

 ポトリと、雫が液タブの画面に落ちた。


「…………こんなんじゃダメだ」


 アイツのレベルに、全然達してない。

 足元にすら及んでいない。

 少しも届いていない。

 悔しい。


「…………もっと、もっと」


 創作に時間をかけなきゃ。

 あの作品――あれはきっと、叶人が睡眠を取らず徹夜で仕上げたものだろう。昨日にはなかった瞳の下の大きな隈がいい証拠だ。


 その間、私はなにをしてた? 線画を少し描いて、眠りについていただけだ。

 この差は致命的だ。絶望的だ。


 創作というのは、時間をかければかけるほど着実に技量が身についていく。

 時間がものを言う世界で戦っているのに、私は実力者だと驕って惚けていた。

 とんだ笑い話だ。

 この下手くそが。

 下手くそなら下手くそらしく、絵に時間を注ぎ込むしかない。その分、絵は応えてくれる。


「…………絶対に、負けない」


 私はそう、決意した。

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