義兄妹になった物書きと絵描きの相性が最悪すぎる件について!?

にいと

第1話 義兄妹がクリエイターだった!?

 二人以外で食卓を囲むのは、実に何年ぶりだろうか。


 僕、父さん、それと――新しい母と妹。


 本当の血の繋がった母は、いない。そういう設定にした、僕がそう決めた。

 僕が生きる上でのストーリーに、必要とされない存在だったはずが……。


「どうかな、直樹なおきさん? 味付け変じゃないかな?」


「うん、美味しいよ杏奈あんなさん」


 新しい母ができた、それと妹も。


 一人で僕を育ててくれた父が、一週間ほど前に再婚の話を持ちかけてきた。

 別段、僕にとって支障が出ることもないし了承したけどね。


 新しい母の隣――僕の対面に座る義妹は無言でご飯を咀嚼している。

 彼女は居心地が悪そうに縮こまっていた。唐突にできた家族にどう接すればいいのかわからないのは僕も同じだ。


「あ、叶人くん――」


 父さんとイチャコラしていたはずの、義母になった杏奈さんから呼び声がかかった。


「直樹さんから聞いたんだけど、小説書いてるんだってね。夢花ゆめかはイラストを描いてるから、よかったら仲良くしてあげてね」


 イラストを……描いてる?

 夢花という義妹の名前も、杏奈さんからの仲介も気にはならなかったが、ただ、イラストを描いてるということ一点に限り興味が湧いた。


「ちょ、ちょっと……お母さん……っ」


 箸を置いて、杏奈さんを揺さぶり慌てふためく義妹。


 それに呼応してボブショートの綺麗な黒髪が揺れた。

 スラットした体型に、鼻梁が高く整った顔立ち。100人に聞いたら、100人が可愛いと答えるだろう高く澄んだ甘い声。


 リア充の権化とも言わんばかりのこの義妹が、イラストを描いてるなんて気にならないわけがない。心なしか兄妹ラブコメ、青春ドラマなんていうラノベ的展開を期待してしまっていた。


「そうだっ! ご飯食べ終わったら夢花の部屋に遊びに行ってあげて! この子、結構上手なのよ〜」


「それはいいね。叶人、頼んだよ」


「……わかったよ」


 二人の関係を崩すまいと、僕は渋々了承したようにみせかける。

 建前を築きながら、内心僕はウキウキしていた。

 同い年の妹(僕の方が生まれるのが早かった)のレベルがどれほどのものか見物できるチャンスだったからだ。


 食事を終えると、僕は義妹とともにリビングを退室した――。





***





 再婚した相手一族は僕の家へと越してきた。

 どこで杏奈さんと知り合ったのかまでは聞いていないが、父さんは大手電機メーカーの社長を担っている。そんな機会は山ほどあるのだろう。


「………………」

「………………」


 新しく出来た義妹の部屋にやってきたはいいもの、沈黙が続いた。


 昨日、取り急ぎ購入したカーペットやベッドは既に設置されている。パソコンや液タブを置くデスクに椅子。ピンク色のカーテンや、本棚の上に飾られたぬいぐるみなど、少し前まで物置部屋だったのに今では打って変わって可愛らしい女の子の部屋になっている。


 まじまじと部屋を眺めると、本棚の中にイラスト関連の参考本が挟まれていることに気づいた。


「へぇ……遊びかと思ってたけど、案外本気なんだ……」


 僕の開口一番は感嘆の声だった。

 参考本が連なっている下の段は、両手の指で数え切れないほどのスケッチブックでパンパンに溢れていた。


 恐らくまだあるのだろう。スケッチブックというのは見た目によらず、ページ数がかなり少ないのだ。

 彼女の本気度合いは、それらが示唆してくれた。

 たったそれだけで、彼女のイラストに対しての熱意が嫌というほど伝わってくる。


「……なにそれ、私のことバカにしてるの」


 椅子に座る義妹は、床に尻付いている僕を見下ろす形でボソッと呟いた。


「ごめん、そんなつもりはなかったんだけど」


「ふん……っ」


 彼女はパソコンに顔を振り向けた。

 マウスを弄り、カチカチと心地良い音を響かせて一つのサイトを開いた。


 ――ピクシブ。


 創作者なら誰しもが触れているだろうサイト。

 別段僕は詳しくないが、主にはイラストをネット上に投稿するためのサイトだと認識している。


「これ、見て」


 義妹のアカウント先のページに飛ぶと、一斉に彼女が描いたと予想されるイラストが表示され、僕は恍惚と見入ってしまった。


「――っ!? ……はは…………なんだ、これ」


 レベルが、才能が、実力が違う…………。


 水着で着飾られた少女や、坂道の上で笑みを浮かべる制服姿の女子、それからゲームのキャラクターなどのイラストが表示されているが、どれもこれも総じて完成度の高いイラストだった。


 顔のパーツ、指先などの細部の描き込み、背景とキャラのパース使い。

 挙げれば挙げるほど褒める点は浮かぶが、その三点は特にずば抜けて優れている。


 いや、流行りを取り入れているのを含めたら四点か?

 今期放送の人気アニメキャラ、話題のVtuberなど、閲覧者の目に留まりやすいイラストを幾つも投稿していた。


 だけど…………――


「どうっ? 凄いでしょ、他の人と比べ物にならないでしょ!」


 柔和な眼差しと笑顔で、自慢してくる義妹。


「うん、凄いね。驚いたよ、軽く高校生……いや、大学生レベルは超えてるんじゃないか?」


 まぁ、創作に年齢は関係ないけど。


「叶人くんって見る目ないの? プロも顔負けの実力だもん」


「そりゃあ僕は小説専門だからね。イラストをまじまじと眺める機会なんてラノベの表紙と挿絵を見る時くらいさ」


「……もしかして書いてる小説ってラノベのこと?」


「ああ、そうだけど?」


 物腰柔らかな態度が一変し、彼女は剣呑な顔つきに変化した。


「もしかしてだけど、ただの自己満足でストーリー進行させていく自分の性癖とご都合至上主義を織り交ぜたあのラノベ?」


「……は?」


 していく、ではなく"させていく"などと、婉曲な言い回しや、偏見混じりなコメントが耳に引っかかる。


「もしかしてもしかしてだけど、登場人物の容姿描写を二行程度で済ませるあのラノベ?」


 バカかコイツ……? 読者が自由にキャラの想像をできるよう、あえて描写を少なくする技法だってあるのに。

 書き手ですらない絵描き風情の女に、自分の領域を土足で踏み込まれて僕はカチンときた。


「もしかしてもしかしてもしか――」


「もしかして、一巻打ち切りになるのがパッケージの悪さだと気づきもしないイラストレーターに肩を持っているのか?」


 立ち上がり、遮って悪意という名の横槍を投げる。

 ガチャンと音を立てて椅子から腰を上げると、義妹は案の定反抗してきた。


「あれれれれ〜っ? 中身が毛ほども面白くないから売れないのに、イラストのせいにするプロにもなってない書き手がいるのは気のせいかな〜?」


 ニヤリと口元を歪ませる義妹。

 クソっ、舐めやがって……! お前だってプロじゃないだろ!


「イラストっていうのはラノベなんかよりもオールジャンルなの! 色んな仕事ができるの! ラノベなんてイラストと比肩する価値もないからっ!」


「なんだと!? 今現在、お前は全ての物書きを敵に回したからな! ツイッターで拡散してやる!」


「それより、全世界のイラストレーター様に土下座してっ!」


「そっちこそ、全世界のライトノベル作家様に謝罪しろッ!」


 グギギという擬音が幻聴として聞こえるほど義妹といがみ合った。


「第一な、同世代と比べれば抜きん出てるかもしれないけど、全体的に見ればお前のイラストは大したことないんだよ」


「な、なにそれっ! そんなことないもん!」


 自分で勘づいてはいるくせに、強情なやつだ……。なら僕が君のダメな点を分からせてやるよ、義妹。


「ちょ、ちょっと……っ」


 僕は彼女を押しのけ、マウスに触れてイラストを拡大する。

 それを指差して、僕は豪語した――。



「これだよ――ヘッタクソなイラストだな!」

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