第2話 義兄妹と衝突した!?

「な、な……なんなのアイツは……っ!」


 私は唇を思いきし噛み締め、行き場のない怒りをぬいぐるみに殴りつけて霧散させていた。


「ムカつく、ムカつく、ムカつくっ!!」


 蹴飛ばして部屋から追い出したアイツの声が脳内を過ぎる。


 ――絵が生きてないんだよ。

 ――ハイライトの入れ方が致命的に下手くそだ。

 ――影の付け方も曖昧にしてるから余計おかしく感じる。

 ――リアリティが絶望的に欠けてるよ。


 確かに、塗りについてはまだまだ課題が多いところだけど……的確に的をつかれて私は反駁できなかった。


「わかってる! わかってるもん、そんなことっ!」


 わかってるけど……そんな簡単に上手くいかないの! 物書き風情がイラストの大変さなんてコレっぽっちもわかるわけないのに! ムカつく!


 ――ヘッタクソなイラストだな!


 彼のその一言が脳裏に焼き付いて離れない。離してくれない。

 イラつきはしばらくして治ったが、代償として憮然と肩を落としてしまう。


「……わかってる、もん……そんなこと………」


 中学の終わりには同世代コンテストで金賞を授かった。

 ピクシブだって、私をフォローしているユーザーは沢山いる。ツイッターだって3000人もの下僕フォロワーがいる。


 私を承認してくれている人は、大勢いるんだ。私は才ある人種なんだ。誰にだって劣りはしない。私が一番なんだ。私には未来がある。

 小一時間ほど前まで抱いていた私の前向きな思考は、壊滅してしまった。


 本当は心の奥底で勘づいてはいたのだ。

 プロの絵描きには到底及んでいないと。細かいところまで丁寧に行き届いた塗りは、私には真似出来ない。


 私は、私自身を狭量な人間に追いやっていた。それに気づかせてくれた義理の兄には感謝するべきなのかもしれない。


「……でも、やっぱりムカつく!」


 仕返ししてやる、あんなやつの作品コケにしてやる。

 アイツだけが私の作品を見て、一方的に批難するのは公平じゃない。私だって難癖つけてやるんだ。

 思いだった矢先、私はアイツにラインでメッセージを飛ばしていた。


『さっさとアンタのゴミ作品も見せなさいよ!』


 いかにも高圧的で生意気そうな文章だけど、アイツにはピッタリよね。うんうん。

 そして一分も経たないうちに既読が付き、添付されたURLと共に返事が来た。


『夢花の知能じゃ読めない漢字もあるかもしれない。ごめんな』


 …………な、な、なっ――


「舐めすぎよっ! ばかっ!!」


 ガンッ、と殴りつけた壁に鈍い音が響く。

 この壁の先には憎たらしい義兄がいることは入居した時に確認した。憂さ晴らしというやつだ。地味に呼び捨てにされてるのもムカつく!

 とはいえ、ここは相手側の家だと今更ながら思い出し、少し自責の念に駆られてしまう。


「ふ、ふんっ……私は悪くない……もんっ……」


 やけくそになって布団に潜り込むと、私は送信されたURLを開いた。

 小説のことなんて微塵も詳しくない私でも、耳にしたことのある大手ネット小説投稿サイトに移った。そこで彼が投稿したと思われる作品が表示される。


 導入部分を読み進めると、現代舞台のラブコメ作品ということがすぐにわかった。

 主人公に様々なヒロインがついて回る、学園ラブコメディーを謳っているストーリー。一見ハーレム要素が強そうに見えて、繊細な関係が築かれている。

 深いシナリオにも惹かれる。読者の手を止めない文章力だってある。きっと、このレベルならプロも顔負けだろう。


 ただ――一つの欠点を除けば、だけど。


「な、なにこれ……ふさげて書いてるの……?」


 作品の感想ページを取り急ぎ開くと、何十件ものコメントが寄せられていた。え、私より応援コメント多くない!? じゃなくて!


「や、やっぱり……」


 私が抱いた違和感と類似する感想をいくつか発見し、確信を得たところで気づけば自室を飛び出していた。


「開けて、開けてよっ!!」


 隣室の扉を強く叩きつけると、ゆっくりと開き義理の兄が顔を見せた。


「なんだ急に……僕の作品を読んでそんなに感激したのか?」


「――自惚れないで!」


 室内に突入し、扉を閉めると私は叫んだ。



「――ヘンテコなキャラクターねっ!!」



「な、なっ……!? ……ふっ、唐突にディスりとはさっきの腹いせか?」


「それもあるけど……いや、そうじゃなぁーい! これよ!」


 一番おかしいと感じたキャラの会話文をスマホに映し、彼の目前に差し出した。


「ご主人様ぁ〜、私のことをどうぞ罵ってくださいませにゃんにゃんっ!」


 キャラのセリフとついでに、原作通りの仕草も真似してみた。にゃんにゃんっ!


「なんなのこれは!? 頭おかしいんじゃないの!? こんなキモいキャラは現実世界にいなーい!!」


「き、キモいってなんだよ! 創作の中なんだからこういうキャラがいてもおかしくはないだろ!?」


「うんうん、この作品がファンタジーとかだったらね! でも現実舞台のラブコメでこんなキモキャラがいるのは初めて見たわ!」


「で、でもこの作品をフォローしてくれてる人は500人もいるんだ。結論から述べるに、夢花の感性がおかしいと思うけど?」


「私は正常な感性だもん! 叶人のファンがおかしいだけだもん!」


 悔しいけど、きちんとした登場人物で構成されていたら作品のフォロー数なんてとっくに四桁は超えてるはず。


 それくらいの実力をコイツは持ってる。

 でも裏を返せば、こんな作品でもこれだけの読者を獲得できているということ。ラノベとイラストでは天と地ほどジャンルが違うけど、それがどれだけ凄いことかは私にだってわかる。


 プロのイラストレーターが業界で生き残るには、見ただけで描いている人間がわかるような特徴を持つことが必須だ。ラノベもきっと同様に、そういう自分だけのオリジナリティ――才能を所持していなければ多大な数の作品に埋もれてしまうはず。


 圧倒的な才能の片鱗を垣間見た私は、つい強く拳を握りしめてしまった。


「ふ、ふふっ……愚妹、お前はクリエイターが一番犯してはいけない行為をしてしまったようだな……ファンをディスるなんて言語道断だ!」


 ふふふふ、と不敵な笑い方をする義兄に、少し引いてしまう。気持ち悪い。


「な、なによ……だって事実でしょ。どこの世界にドMな奴隷やパンツを被ってる後輩や公共の場で下ネタ連呼する先輩がいるっていうのっっ!!」


「この作品の世界にだよ」


「アホかぁーっ!!」


 どれだけ脳内お花畑なのコイツは! もったいない、もったいないもったいない! 才能の持ち腐れじゃん!


「とにかくもう出ていけ! ファンを大切にできないクリエイターに存在意義なんてない!!」


「結構ですーっ! 叶人なんかぜっっったいにプロになれないからっ!」


 しっしっと、手で追い払われて私は叶人の部屋を退室した。

 本当にムカつくやつねっ! ゴミ作家のくせに! あと10個くらいはダメな部分を見つけてバカにしてやるっ!


 私は自分の部屋に戻って、またイチャモンを付けるために義兄の作品を読み返したのだった――。

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