第9話 義兄に問いかけられる。
ライトノベル――さらにラブコメというジャンルに限って言うならば、主人公とヒロインは必ず恋愛関係に陥るはずだ。
それが幼なじみ、兄妹、クラスメイト、先輩、後輩……それが例え、私たちのような義理の兄妹だったとしても例外ではない。
もちろん! 小説の中でしかそんなラブコメ展開はありえないのだが! なぜか私は義理の兄である叶人と共に遠出することになったのだった。
しかも! 今晩宿泊するホテルも同室の予感!? これはもしや、もしかしなくてもラノベ展開という非現実的なシナリオが――えっちなハプニングがあるのかも!?
なんて少しドギマギしながら、私はブンブンと首を振った。
「ないない……叶人とそんな展開なんて……」
さっきだって、可愛い店員さん相手に鼻を伸ばしていたような男だ。
そんなクズ男はお断りである。
「なにか言ったか?」
「う、ううんっ!? なんにもっ!?」
あ、危ない危ない……。
叶人は変に勘が鋭いところがあるから、気をつけなきゃ。
それに……今は楽しまなくちゃね! せっかく恐竜博物館に来たし!
入場ゲートを潜り、エスカレーターで階下に向かった先にはティラノサウルスっぽい恐竜やキリンより首が長い恐竜の全身骨格レプリカが並び立っていた。
必然的にそれを見上げる形になり、「わぁ……」と感嘆の声を漏らしてしまう。
「凄いね叶人! って、めっちゃ写真撮ってるし……」
人前を憚らず、連続でシャッターを焚く叶人につい苦笑いしてしまう。
「だって小説のネタにするために来たとはいえ、これは凄すぎるだろう」
「あはは、わかんなくはないけど」
世界三大恐竜博物館の所以を持つだけの迫力さは確かにある。
「ほら叶人っ! 早く進も進もっ!」
「ま、待てって……自分で歩くから腕引っ張らないでくれ……」
「こーでもしないとずっとスマホ弄ってるでしょーっ!」
「わ、わかった……やめるから早く離してく――」
「いーやっ!♪」
この堅物男を自由にさせてしまってはいけないと、私の右眼の疼きが知らせてくれているのだっ! なんちゃって♪
久方ぶりにハイテンションになった私は、叶人の心情お構いなしにとにかく連れ回した。
あ、もちろん叶人の腕を組んだままねっ!
こんな美少女を前にして他の女ににへらとした叶人が悪いんだ。だからこれは仕方ない行為であって、決して私が叶人に好意があるとかそういうことでは断じてないっ!
「あれ、ここにもティラノサウルスいる?」
「君は阿呆か? 大型肉食恐竜の骨格をしていれば、みんなティラノサウルスだって? 貴様、恐竜を侮辱する気か?」
「いやいや、いきなりそんな真顔にならないでよ……」
「なんせ僕はムシキ○グより恐竜キ○グ派だからな」
「聞いてないし……」
駅にあった恐竜博物館のポスターを眺めてた時は、こんなにはしゃいでなかったのに……。
あそこにポツリと佇んでいたのは一体全体誰だったのかと問いたくなる。やはりこういう所が玉に瑕だ。
「ちなみにこれはマプサウルスって言って――」
「だからぁ! 聞いてないしっ!」
私はそこまで恐竜に興味ないっての!!
つい頬を膨らませてそっぽを向いてしまう。
「…………これだから貧乳は。貧乳だから恐竜の良さがわからないんだこのBカップごときが調子に乗って――」
「は?」
「だからこのBカップ野郎が――」
「死ねっ!!」
ボコリマース! 拳を叶人の顔面にシュゥゥゥーッ!! 超! エキサイティング!!
なんか三分くらい顔をうずくめていたが、私は何も知らないったら知らない。
その間に、背負っているリュックからスケッチブックと鉛筆を取り出した。
常日頃からこのセットだけは所持しているのだ。出先で練習になりそうな場所を逃す手はない。
なぜかって? デッサン力は絵描きにとって100%と断言していいほど必需要素だからだ。絵を描き始めてデッサンを欠かしたことは一日たりともない。
一番映えそうで、難しそうな構造の場所を手でカメラのポーズを作って探る。
…………よし、ここにしよう。
私は集中力を極限まで高めて、白紙のスケッチブックの上に鉛筆を滑らせた。
「……そのプロ意識には僕も頭が下がるよ」
「プロ目指すならこれくらい当たり前」
動く手を止めず、淡白にそう返す。
「その当たり前をこなせない大多数が、匙を投げて夢を捨てるんだろうな」
「自分は自分、他人は他人じゃない? 結局のところ、自分が上にのし上がれればいい世界」
「違いないな……僕も始めるか」
叶人が私の隣にちょこんと座り、同じくリュックからノートパソコンを取り出した。
一瞬だけそちらを見やると、設定を練っているようだ。二人が並んでノートパソコンとスケッチブックを睨みつけている光景に、衆目を集めてきてのか異様に視線を感じてきた。気にも留めてないけど。
「また性懲りもなくラブコメ?」
「そうだよ。ちなみに性懲りもなく、ってのは嫌な過去や失敗があっても懲りずにって意味だから。全然適切じゃないから。僕なにも失敗してないから」
あまりに早口でまくしたてるので、「はいはい」とあしらっておいた。
「今回のは多分、だけどさ……とびきり面白い作品になると思うんだ」
ワクワクしたような感情を押し殺すように、嬉々たる顔をして叶人が口にする。
ジト目で彼を睨んで、私は嫌味を吐き出した。
「へぇ〜、そんなにヘンテコなキャラが出てくるの?」
「……あれは忘れてくれ。最近、自分でも気づいたんだ」
「叶人って、ラブコメよりギャグ一筋で狙った方が案外向いてたりして」
「なくはないかもな」
叶人が苦笑いする。
「で? その新作とやらは書籍化できるくらい凄いの?」
「どうだろ。新人賞の三次審査に残れる自信はあるけど」
三次審査……か。
ラノベ作家としてプロデビューする方法は私も調べてみたが、異常な倍率には驚いたものだ。
毎期開催される新人賞。その三次審査通過作品は片手で数えれば足りるし、受賞作品は一作出るかもわからないような鬼門なのに――この男は、そんなことを平然と言いのけたのだ。相変わらずムカつく。
「ふーん……うまくいけば担当編集の人がつくかもしれないわけだ」
「かもしれないな。もしそうなれば状況が一気に好転するけど」
「そしたら叶人の伝で私もデビューできたりしてっ」
「そんな妄想するくらいならもっとイラスト描け。実力上げろ」
「言われなくても描いてるって……」
ここ最近なんか、叶人に負けたくなくて睡眠時間すら削ってるっていうのに! のうのうとふざけたことばかり口にしてっ!
ムカついたので、肘で一発入れておいた。
「――グハ……タイピング、ミスったじゃあないか……」
「自業自得よバカ、このゴミクズ」
「君にそこまで罵倒される理由はないはずだけど……」
「知らないもんっ!」
ふふっと、少し笑ってしまった。
他のクリエイターとこうして過ごす時間は、案外悪くないかもしれない。
3体目の恐竜が描き終わったころに、叶人は少しあくびをかいて私を見やった。
「夢花ってさ、才能で溢れている人ってどんな人だと思う?」
「……なによ急に。嫌味?」
「意味がよくわからないんだが……ただ単純に気になっただけだよ」
叶人は天を仰ぎ、虚空を眺めた。
他人の才能を羨むような、そんな瞳をしている。強欲で、傲慢で、嫉妬している、まるで七つの大罪を体現しているような、強気な姿勢。
なにかに感化されたのかな。筆舌に尽くし難いその気持ちは理解できるけど……。
「才能にもいっぱいあるじゃんー? 成長速度が尋常じゃないくらい速い人とか、常人とは思考回路が外れている人とか」
それから……そうだ。
「あとは諦めが悪い人。クリエイターに求められる才能で、一番必須なのはこれだと思うなっ!」
私みたいにねっ!!
どれだけ高い壁に当たっても、どんなに苦しい思いをしても、最終的に頂点に辿り着く人間は諦めが悪いやつと相場が決まっている。
「だけどね……私はそれ以上に、なんとなくで出来てしまう人が一番怖いかな」
突飛しすぎた才は、人を恐れさせてしまう。
だって、と私は続けた。
「初心者がさ、なんとなくで初めて、なんとなく覚えて、なんとなくでとんでもない作品を作ったらさ、私たちの努力はなんだったんだって後ろめたくなるじゃん?」
「……まぁ確かに。たまに見かけるね、そういうの」
「うん。そんなのあんまりだよ。こっちは死ぬ気で頑張り続けてきたのに、それを一瞬で越してしまう人が私は怖い」
「努力を踏みにじられるような心地になるだろうな」
「一周回って死にたくなるね」
あはは、と私は乾いた笑いを漏らした。
つい、思い出したくもない中学の頃に記憶が蘇ってしまったらしい。頭をブンブンと振って、止まった手を再び動かした。
中学のイラストコンテストで入賞していた作品が脳裏にチラつく。作品のコメント欄には……
――いっぱい練習して、初めて全部描ききった絵です。
と、そう書き残していた。
最初は瞠目した。そんなバカなはずがあるかと。その作品は、そのイラストは、その中に写っている女の子は生きていた。そう実感した。才能の違いを感じた。でもよく観察すれば確かに雑な箇所が複数見られた。本当に初心者なのかって。その分、私のショックは大きくなったけど……。
結局、才能で片付けられてしまうのか。
中間審査発表で見かけた時は、絵描きを辞めようかと思ったくらいだ。でも、最終結果発表で私の作品は見事金賞に選ばれて、なんとか首の皮一枚繋がった。
それでも、やっぱり悔しかった。いつか見返してやりたい。
その一心で何枚も描き続けたけど、その相手はそれ以降イラストを投稿することはなかった――
「よしっ、でーきた! ほら見て、上手いでしょっ!」
思い描いた構図が完成した。
やはりというべきか、最近は睡眠時間を創作の時間に当てたためより一層成長している気がする。
「君がプロに遜色してる部分は塗りだけだから、上手くて当然だし今更驚かないな」
「…………え?」
「だから、あの日に言ったろ。塗りが下手くそっだって。線画については言及してない」
「…………どゆこと?」
「あーもう……君はどうしてそんなに理解能力がないんだ…………。だから、塗り以外は上手だって認めてるんだよ。それくらいわかれ」
頭をぽりぽりと掻いて、視線を逸らす叶人。
えっと……つまり、叶人は私の実力を評価してくれてるってこと? ふぇ……? う、嘘……。
「あ、ああ、うぅ…………(叶人のばかぁ……)」
「……?」
恥ずかしくて、なんか叶人を見れない……。
両手で顔を覆いかぶせて……って!? なんで私の顔こんなに熱いの!?
「あぁぁぁぁぁぁぁ…………」
「だ、大丈夫か?」
「うっさいばかぁ!!」
ううぅぅぅぅぅ……なにそれ……反則だよ……。
いつしか叶人に認められたくて、今まで頑張ってきたのに、なにそれ。そんなの、ズルい。
「ばかってなんだよ……このワガママ女め……」
「うるさいものはうるさいのっ! もう私お腹すいたから! あっちにレストランあったから! 叶人の奢りで行くからぁ!」
「はいはい……好きにしてくれ……」
足早でレストランに向かう。
叶人と横に並ぶと、赤く染まった顔がバレそうだったからだ。気づかれれば、また変に弄られるに違いない。
私は叶人の金でたらふく食べてやると決意し、恐竜の口が入り口になっているレストランに足を踏み込んだ――
――PS:恐竜を見立てた料理、美味しかった。
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