第7話 義妹に勝利する。
高校生活――どこかのラノベでは青春がどうのこうのと主人公が論じていたが、結論から述べさせてもらうに僕は不要だと思っている。
友達がいれば放課後や休日に時間を割かれるし、部活動なんかに参加すれば体力を無駄に消費して集中力を切らせてしまいそうだ。優雅は読書好きなので例外にしているものの、創作者としてそういうものは極力避けなければならない。
ただ、友達がいないということはすなわち昼飯ぼっちが確定するということでもあり――創作のためならどんな犠牲を伴うことも、とうの昔に了承していたはずだが……。
「……おい優雅……なんで休んでるんだよ」
当の本人に聞こえるはずもない。優雅は体調不良で欠席しているからだ。
優雅しか友達がいない僕は畢竟、本日のぼっち飯が確定したのだ。
「あっれれ〜、叶人ってば一人なのっ!?」
くっ……やはり来たか……。
部分的に強調して、後部から煽りを入れてくる義妹。
だが残念なことに、僕には反抗できる切り札がない。レアカード抜きで勝負に望んでいるようなものだ。
「叶人ってば友達、いないもんねぇ」
友達の部分だけやけに強調して、憎たらしく悪態をついてくる。
常日頃、夢花を弄りすぎた報いなのかもしれない。報復されるのは至極当然の流れだろう。
「ねぇねぇ、ぼっちの叶人くーんっ!!」
僕がなにも言い返せないと踏んだ夢花は、ぼっちの部分だけ強調してさらに追い打ちをかけてきた。
……やり返したい。
「ちょ、ちょっとゆーちゃん……叶人くんが可哀想になってきたよぉ……そんなアリを踏み潰さないであげて……っ」
お前の方がよっぽど酷いわっ!? なんだよアリを踏み潰さないであげて、って!? 踏み潰すみたいにならわかるけどさ!?
夢花と間宮さんからの誹謗中傷を無視して、そそくさと弁当箱を取り出した。ぐすん、ちょっと泣きそう。
これがイジメの標的にされるぼっちの末路か……。
まぁ、これもいい経験だ。小説に活かせると思えば屁でもないけど……。
「…………(帰りたい)」
ノーパソと睨めっこして、執筆に没頭したい。
この屈辱を忘却させてくれるのは、最大の友であるマックブックくんだけだ。
新作の長編をどんなストーリー構成にするか悩みながら弁当の蓋を開けると、背中をつんつんと小突かれる。
「叶人くんも一緒に食べよーよ。ねっ、いいでしょゆーちゃん?」
突拍子な発言をする間宮さん。夢花は「え……」と、顔を歪めていた。
そんなに嫌なのか義妹……お兄ちゃんちょっと悲しいよ……。
クリエイターとしての夢花は大嫌いだが、妹として接するだけならそれなりに優しく振る舞っていたつもりなのに。
それなのに夢花は……――
「……隣で陰湿な義兄がいるのも食欲なくなるし、仕方ないから一緒に食べてあげるっ」
こんな有様だ。ムカつく。
「いいよ、別に」
こんな態度を取られてまで共に食事をする理由もない。むしろ断固拒否。
早々に箸を取り出すと、目を皿にした間宮さんが僕の肩を揺らした。
「え、ええぇぇぇっ!? なんなのこのひねくれ兄妹は!? ね、叶人くん、一緒に食べてよぉ!」
「う〜ん、夢花がお願いしますって頼み込んだら考えるよ」
「ふざけるなぁっっ!!」
夢花が前のめりになり、ペチンと僕の頭部を叩いた。
――カッチーン。ははっ、舐めやがってこのクソ義妹が!!
とさかに来た僕は、最終奥義『脅迫』を使用した。ポチ。
「(おい義妹、調子に乗りすぎるなよ? 貴様のイラストをクラス中にばら撒くぞ)」
ピクリと、夢花のこめかみが震えた。
「(ず、ズルい……それだけはダメだから……)」
「ふ、二人ともなに話してるのっ!?」
「ああ、話しならもう終わったから。ほら、言うことあるだろう夢花?」
歯を食いしばり、目尻に少し涙をためた夢花は、ボソリと声を出した。
「……ごめんなさい。叶人と、一緒に……ご飯食べたい、です……お願いします…………」
「この兄妹はそういう関係なの!? 主従関係にあるの!?」
「こんな従者いらないよ。それより、ご飯食べようか」
「やっぱりドSだぁ!?」
それもこれも、思索が浅い夢花のせいなんだけどね。
僕たちは付近の机を適当にくっ付けて、ようやく昼ご飯に入った。
「お弁当いいなぁ……毎日コンビニご飯は飽きちゃうよぉ……」
「な、泣かないでっ!? ほら、私の唐揚げあげるからっ」
持ち上げた唐揚げを、間宮さんはパクッと口に含んだ。
「美味しい……わたしも二人の兄妹になりたい!」
「これ以上やかましいのが増えるのはちょっと……」
「確かに……って、私のこと!?」
お前以外に誰がいるんだよ!?
夜中に奇声が壁越しに伝わってくるのだ。
幸いなことに親の寝室は一階にあるし、僕も執筆中は会話文を口にしながら書いているから、やめろと強制することもできない。
決して、カワボだから許してやってるとかは断じてない……はず。
「摩耶ちゃん……私と妹役変わる……? あんなことやこんなことされるけど……」
ギュッと自分の身を抱きしめて、意味深な発言をする夢花。
「天真爛漫な性格の摩耶ちゃんも、きっと一晩で……」
「そこ、ほらを吹くなッ!」
「あながち間違えじゃなかったりして……怖いよぅ……」
間宮さんまでギュッとしだすしまいに、僕はため息を吐くとともに大きく瞠った。
…………やっぱり爆乳だ。
強調された胸が更にラインを出していた。目のやり場に困った僕は、咄嗟に視線を弁当に落とした。
「っ…………。よしよし〜、摩耶ちゃんは私が守ってあげるっ! 淫獣叶人なんかに指一本触れさせないからねっ!」
「……帰ったら覚えとけ」
本当に淫獣になってやるぞコノヤロウ。
DとTの名の称号も、そろそろ剥奪したい頃だし……。
「そういえば興梠くん、大丈夫かな? 昨日までピンピンしてたのに」
箸を止めて喋ることを覚えた夢花が、少し心配そうにそう言う。
そういえば確かに……昨日だって間宮さんとあんなに諍いを起こしていたのに。元気の権化とも言えよう優雅が体調を崩すとは思いがたい。
「さ、さぁ〜? バカは風邪ひかないって言うけど、虫は対象外だったりしてっ」
間宮さんが一瞬、目を逸らした気がした。
「せっかくだし、放課後にでも優雅の家に寄ってみようかな。二人もどう?」
ベッドに横たわっていることしか出来ないのなら格好のチャンスだし。僕のドロドロバッドエンドラブコメ作品を読ませてやろう。
「わ、わたしたちは放課後にカフェ行く予定があるからさっ! 叶人くん代わりに頼んだねっ!」
「う、うん……?」
「えぇっ!? そんな約束してたっ――」
「(しーっ! わたしの奢りでいいから話合わせてっ)」
「…………?」
妙に慌しくなった間宮さんの対応に、喉に骨が刺さったような不自然さを感じつつも僕たちは弁当を完食した。
そして、時は放課後に移る――
「…………はあ」
夢花が深くため息をついていた。
三人揃って下駄箱に向かい、上履きから外履きに履き替えるところで唐突に夢花の表情が曇ったのだ。
「ゆーちゃん、どーしたのっ?」
「う、ううん……なんでもないよ。叶人、ちょっとペン貸して」
「ああ、いいけど」
筆箱からシャーペンを一つ摘み取り、夢花に渡した。
すると、手紙のようなものに『ごめんなさい』と書き足している。
「ラブレター、か……」
「うん……」
夢花は二度目のため息を大きく吐いた。
この調子だと、これが初という訳ではなさそうだな。
手紙の裏に明記された、名前の主の下駄箱にそれを返却する夢花は三度目のため息をついた。
本当に青息吐息のようだ。こんな状態でまともなイラストが描けるのか……?
普段の笑顔とは程遠い、作り笑顔を浮かべる義妹に対して心配の念を抱いた。
「この前も呼び出されたけど、すっぽかしちゃったんだよね……あはは……」
「……そのうち顰蹙を買いすぎて、変なこと起きなければいいけど」
「うーん……なるべくわたしも学校内では一緒に居るようにするよっ!」
「摩耶ちゃんありがとおおおぉっ!!」
間宮さんに抱きつき、夢花は大声でそう叫んだ。
義妹にとって、彼女は最後の砦なのかもしれない。下手をすれば不登校にもなりかねない状況だ。夢花の首の皮一枚を繋げている間宮さんには、そのうち義兄として礼をしなきゃな。
「じゃあわたしたちはカフェ行ってくるねっ! あのゴミ虫のことよろしく叶人くんっ!」
「ま、待ってぇ――」
颯爽と去っていく間宮さんの背中を追いかける夢花。
ま、当分はこれでいっか。
そんなお気楽思考に陥った僕は、優雅に通話をかけて彼の家に向かった――。
***
「へっくしゅん――ッ!!」
「優雅、大丈夫か……なんで風邪なんか引いたんだよ」
「………………間宮に川に突き落とされた」
「マジか…………」
どうりで、頑な態度を取っていたわけだ。
この日、僕は改めて二人の不仲さを確認したのだった。
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