断絶
「そんな…………どうして……」
メイは唖然として立ち尽くし、息のない少女に目を落とす。少女のかけていたメガネは
「――――お前の勝手な行いの所為だ」
森の影から背丈の高い男が姿を現す。声の主である茶短髪の男は、鋭い眼でこちらを刺さるほどに向いている。
「こいつはお前の脱出を許した、その罰だ」
ドスの効いた声で話しながら、男は少女の
「紙の人、本当に外には誰もいなかったんだよな」
「はい、つい先ほどまであの魔力は感知にされませんでした」
メイの話からすると、男の能力は骸を生成することであったはず。地下の異変を察知して、何らかの方法で飛んできたとでもいうのか。
「そのルーン魔術―――刻筆師によるものか。アイツらしいやり方だな」
俺が持つ紙を見て男は話す。知り合いなのか尋ねるが、紙の少女は見たことすらないと言う。
「それはそうだろう、だが
「キズの数……もしかしてっ」
紙の少女が何か言葉を発そうとした、その時だった。
「ユキト君、後ろっ!」
メイの声に反応して振り向くと、いつの間にか真黒の骸骨が背後に起立していた。
こちらに向かって細い手を伸ばして仕掛けてくる黒骸の攻撃を前方に身を躱して回避する。しかし、鋭い指が裂いたのは俺の身体ではなく持っていたルーンの紙であった。破れたルーン紙は宙で分解されて消えてしまった。
「ルーン魔術は厄介だ、それさえ処理すればお前らを捕獲するなど容易い」
通信用であったルーンが破かれてしまったため、紙の少女と連絡を取ることも出来ない。これでは当然そのほかのルーンを使用することもできない。黒骸はもう一度その鋭利な指先をこちらに向けて襲い掛かってくる。
そのとき、炎球が隣から勢いよく出現して黒骸の頭に衝突した。黒骸はその勢いで横に倒れ、身体は地に落ちる前に砕け散って見えなくなった。
「上達したようだな、黒骸を砕く程度には」
男は涼しい顔をしてメイのことを見下す。あの骸骨を倒した程度では男に動揺は見られない。
「…………ユキト君、アカリのこと、お願い」
メイがこちらに近づいてアカリを俺に預けると、前に立って男と対峙する。
「あの男を倒して君とアカリを護る、それがあたしなりのケジメのつけ方だから」
「出来るものならやってみろ、戯言にならんようにな」
男の立つ地面の周囲から数体の黒骸が地を這い出るように出現する。生み出された黒骸は一斉にこちらへと駆け走る。しかし、彼女は両手を翳さずに迫る骸骨をじっと目視する。
「――――点火」
メイが呟くと、空中に炎の塊が黒骸の数と同じだけ現れる。浮遊する炎球は空を切って黒骸を狙撃し、撃墜されたすべての黒骸は爆音を立てて崩壊する。
「空中での複数発現、あの期間で習得するとは大したものだ」
「それくらいしないとアンタは倒せないからっ!」
生成される幾つもの炎球が男の方へと一直線に飛び、対象と衝突して爆発する。男の姿は黒煙によって包まれる。
「心外だな、その程度で俺を倒せるとは」
男は横に手を大きく振って煙を払う。その身体には傷ひとつ付いておらず、彼の足元には黒色の残骸が散乱している。
「急成長したところで、お前にこの身体を焦がすことは出来ん」
再び黒骸が地から這い出る。だがその数は先ほどとは比べ物にならない。数十、或いは数百体の黒骸が地表に現れ、寸刻の間にここにいる全員を取り囲んでしまった。
「お前にこの数を捌くだけの技量があるか」
「少し借りる!」
メイの腰から剣を抜いて、背後の差し迫る黒骸の腕を剣身で弾く。そして思い切り剣を横に振るうと骸は折れた腰からバラバラになって消えた。
俺とメイは背を向け合ってアカリを護りながら応戦するが、黒骸の数は一向に減少する気配がなく、絶え間ない攻撃を仕掛けてくる。前世の身体を引き継いでいることもあってか体力もだんだん限界に近づいており、重量のある剣を持ち上げて攻撃を防ぐだけで関の山だった。
「っ!」
切りかからんとしたとき、別の黒骸の素早い蹴りによって剣が手元から離れてしまう。すぐさま腕を構えるが黒骸の横払いにより遠くへと吹っ飛ばされ、持っていた数枚の紙が地に散らばる。
「ユキトく―――」
振り返ろうとしたメイに黒骸が一瞬間で近づく。接近を許した彼女は炎術が間に合わず、攻撃をまともに喰らって地面に倒れる。
「所詮は外れ者の集、取るに足らん」
起き上がる俺の足元に黒骸の影が伸びる。剣はアカリたちの近くに落ちているため反撃することが出来ない。
「まずはその男だ、捕まえろ」
男の指示で骸は動き出し、突き刺さんばかりの勢いで手を俺の方に動かす。俺は手元の紙を不意に掴んで、身を守ろうと手を前に出す。
向けられた黒く細い手が紙に触れたときだった。黒骸の腕が何かに弾かれ、黒骸は仰け反るようにして後退する。見ると、持っている紙のルーン文字は強く輝きを放ち、紙の先には半透明な壁がうっすらと出現していた。
「――――
その瞬間、辺りを囲う黒骸の足元から一斉に火の手が上がる。その勢いは正しく烈火のごとく、中央に位置する己すら焼き切られるかと思うほどの熱量が放たれる。
火柱が落ち着いたときには、無数に存在した骸の集団が一瞬にして焼失していた。男の後ろ側から何者かがこちらに歩いてくる姿が見える。男は片口角を上げてその者の方へと振り返る。
男の目線の先には黒羽檻を着た小柄な少女が凛とした姿で立っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます