#1 邂逅
天地を結わくモノ
「いってて…………」
芝の生えた地に手を立てて、痛みの残る身体を起こす。落下した地面にふと目を落とすと、自身と同じ同じ大きさの浅い窪みが出来ていた。落下する瞬間にうまく全身で着地したとはいえ、よくこれだけで済んだものだ。あのレクリムという神が何らかの細工をしてくれたようだが、それができるならもう少し下ろし方は何とかならなかったのか。
「ここが、
目の前には原風景のような緑が広がり、草木がのどやかに揺れ動く。この身が落ちてきた空は荘厳な山々に支えられ、高く向こう側まで青く透き通っていた。
近くの湖で自分の身体を確認する。少し痩せた頬にボサついた黒茶の髪、屈強とも華奢ともつかない手足。水面に映る自分は生前の己の姿そのものだった。服装も幅の広い黒のパンツにゆとりのあるコートと、現世で着古した服と似たようなものだった。
その姿を見て、安堵と不服の入り混じったため息が漏れる。正直、あれだけ実績がないと酷評されていたから、もしやスライムやドワーフにでもなっていないかと肝を冷やしていた。とはいえ、いざ人間に転生したとわかると少々物足りなさを感じてしまう。
「ん?」
足元を見ると、
「ま、状況はなんとなくわかったから、とりあえず何か探しに」
ドンッッッ!!
短剣を腰に差した瞬間、凄まじい地響きと風がすぐ背後で発生する。砂埃の舞い上がるなかでゆっくりと横に顔を向けると、巨大な剣を握る人型の獣が目に映った。
「見つけたゼ、
「獣人……!」
2メートルは優に越しているであろう青毛の獣人は、片手に持った大剣を高く振り上げる。
「避けんじゃねエぞ」
「っ⁉」
風音を立てて一気に大剣が振り下ろされる。地に打ち付けられるそれを間一髪のところで真横に回避すると、大剣は湖面を叩いて周囲に飛沫をあげた。
「避けるなッ!!」
荒げる獣人の声が響く。何処から跳んできたのか知らないが、俺を殺すことが目的である以上、やられる前にやるしかない。恐れる暇もないまま、獣人が大剣を引き戻している隙を狙って短剣を鞘から抜いて、むき出しの上半身に切りかかる。
「――――ア?」
短剣は獣人の横腹に届くが、切れたような感触がしない。まるで堅い岩石へと叩きつけたかのように、刃が先に進まない。ほんの少し青毛が舞い散っただけである。
「人間のガキ程度が、
刃こぼれだらけの大剣が振り下ろされる。身体に突き立った刃が真っ二つに割れて砕ける。その衝撃によって後方へと大きく飛ばされる。起き上がって腰をつく俺の足もとに、獣人の影が忍び寄る。
「最初の狩りがテメエみたいなので良かったゼ。じゃあナ、ガキッ!!」
大剣を天高く
「グアッ‼」
俺は短剣を握りしめて、獣人の顔へと思い切り投げつけた。すると短剣は獣人の左目へ突き刺さった。獣人は左目を押さえて、大剣を地に立て
「テメェ……やりやがったな!!」
獣人は片手で眼を押さえながら大剣を再度振り上げる。
「ウグッ⁉」
爆発音が鳴り、獣人の周囲に煙が舞う。一瞬のことでよく見えなかったが、赤い何かが獣人に衝突したようだった。
「間に合ったようだね、新人くん」
声の方向に目を向けると、遠くに赤髪の女性がひとりで立っていた。青毛の獣人は何か叫んで女性の方へと大剣を翳しながら駆け出す。獣人の走力は凄まじく、ケガを負ってもなお女性へと一気に近づいていく。
「元気なのはいいけど、そんなに若いとケガするよっ!」
女性は動じることなく両手を前に突き出すと、そこから炎が現れ、獣人に向かって放たれる。炎は獣人の身体に命中し、黒煙が獣人を包みこむ。獣人はその場で再び
「逃げるんだったら今のうちだよ、青い獣人さん」
「ク、クソッ、邪魔者ガッ!」
獣人は煙を手で払うと、谷の見える方角へ一目散に逃げていった。
「大丈夫、ケガはない?」
「あ、ああ。おかげで助かった」
ほら、と女性はこちらに手を差し伸べてくる。俺はその手を軽く握り、地に手をついて立ち上がる。
「君も無茶するね、あの後どうするつもりだったの?」
「どうするって、死角を使って逃げるつもりだったけど」
「その後の話だよ、さっきみたいなのとまた出会ったらどうするの。武器もないのに」
「そういえば、短剣……」
初期の武器とはいえ、まさかこんな序盤に壊れて無くなるとは思ってもみなかった。その上、柄の部分は獣人の目に刺さったままであるため修繕すら不可能である。これで、俺はついにただの私服人間になり下がってしまった。
「君、名前は?」
「ユキトだ」
「あたしはメイ・ヴィ―タム・レイズルード。ユキト君は行く宛とかあるの? もし無いならあたしのところに来ない? 近くに小屋があるんだ」
「いいのか?」
「うん、君みたいな人を保護することがあたしのやってることだから。それに、君もこのまま一人で旅するのは厳しいでしょ?」
メイは長い赤髪をなびかせて俺を追い越し、森がある方へと歩いていく。
「おいで、歩きながらいろいろ教えてあげる」
*
木漏れ日が差す森の中で、メイが言う建屋を目指して歩く。森の中に整地された道はなく、森に入ってすぐに居場所が分からなくなってしまったが、彼女はうっそうとした木々の間を何の迷いもなく抜けていく。
「ユキト君はリズについてどれくらい神様に教えてもらったの?」
「『リズは死後の世界、キミは死んだから転生する』ってことくらいで、それ以外のことは着いてから理解しろって」
「人生いきなりハードモードだね……」
アハハ……、とメイは苦笑い交じりの返答をする。
「ていうことは、もしかしてレクリム様の転命*?」
「知っているのか?」
「噂でよく聞くってだけなんだけどね。レクリム様は転生使の中でもかなり適当なことで有名だから。とはいえ、そこまで説明を
彼女は肩を揺らして笑っている。あの神、やはり信用ならないタイプの者のようだ。……そもそも、何も教わっていないが。
「じゃあ種族とか区域の話はまったくされてないんだ、なら急に襲われたら驚くよね」
「そういえば、俺はなんで襲われたんだ?」
一番気になっていたことを問いかける。あんなことが理由もなく行われるような世界なら、これからどんな心持で生活しなければならないのか分かったものではない。
「あー、あれね。あれは "転生者狩り"って呼ばれる奴らで、君みたいな
リズには転生の方法が二つあり、俺は"降生"といわれる方法で転生したらしい。降生とは一定の姿の状態で転生する方法で、多くの転生者がこの方法で転生するという。降生者は時間経過による成長がない代わりに特定の行動で能力を上げることができ、そのなかで一番効率的な方法が狩りを行うことなんだとか。
「つまり、確実かつ効率よく成長するには転生したばかりの弱いやつを叩くのが一番ってことか」
「そういうこと」
「世知辛い世界だな……」
俺の転生生活もただの経験値になるところだったのだから他人ごとではない。
「それにしても見た感じ自然しかないが、リズってどこもこんな感じなのか」
周囲を見渡しながらメイの背中に話しかける。まだリズに転生して間もないとはいえ、建物らしきものがひとつも見当たらない。さらに言うと、俺たち以外の生物もほとんど見られていない気がする。
「いや、ここら一帯が特別に多いだけで、どこの地域もそれなりに文明は栄えているよ。ここから一番近いのは確か……アルフェイム、だったかな」
魔導士には似つかわしくない腰の剣を揺らしてメイは小川の飛び石を軽快に渡る。
「人間の地域はここからどれくらい遠いんだ?」
「え? ああ。ヒトの地域は無いよ」
「えっ」
思いもよらない返答につい石の上でバランスを崩しかける。
「だから、ヒトで構成された地域っていうのはリズにないの」
小川を渡り終えた彼女がこちらに振り返ってそう言う。
「人間だけの地域がないとはいっても、人が多くいる街くらいはさすがにあるだろう?」
「残念だけど、君の思うような場所は無いと思うよ。なんせこの世界でのヒトの扱いは
「彷徨種族?」
「つまり、そこら辺のスライムと同じってこと」
そういって端の方で跳ねている一匹のスライムを指さす。
「マジか……」
「大マジ。まあ、知能が高い分ほかの彷徨種族より少しはマシだけどね」
大きく息を吐いて肩を落とす。まさか人間とスライムが同等の扱いとは夢にも思わなかった。
「まあまあ、そんな落ち込まないで。人間にだって長所はあるんだからさ」
メイは手のひらを上に向けると、そこに火の玉が揺らめき現れる。
「魔法はヒトの専売特許なんだよ」
「それ、もしかして元素魔術……?」
「あぁー……これは炎術っていう魔法で、厳密に言えば炎系の元素魔術とは違うらしいんだけど、そこらへんはあたしにもよくわからないのよね……、あはー…あははー……」
弱弱しく笑いながらメイは自身の頭を軽く押さえる。
「そ、そんなことよりも、ほら、見えてきたよ!」
メイが行く先の方向を指さす。道が明るくなり、開けた場所が見えてくる。そこには木造の小屋が一つだけ、広めの平地にポツンと立っていた。
*転命…転生使による転生の施し、その儀式。
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