束の間の休息

 内装は至って質素であり、横に長いテーブルに椅子が2つ、棚に少しの食器と、家具のすべてが木製で出来ている。それ以外にこれといったものは見当たらない。照明のようなものもなく、部屋は窓からの陽光だけが充満していた。


「遠慮しなくていいよ。ほら、座って座って」


 メイは手前側の椅子を引いてこちらを見る。催促されるままにその席に腰かけると、彼女はそのまま対面へと移動して腰に差していた長い剣をテーブルの上に置く。


「魔法を使うのに何で剣なんか持ってるんだ?」

「これは補助用の武器。リズには固定のクラスみたいなのがないから、能力さえあれば剣士にでも魔術師にでもなれるの」


 近くに短剣が落ちていたから、てっきりクラスは剣士で固定なのだと思っていた。今はその短剣もないわけだから、いっそのこと別のクラスに変えてみても良いかもしれない。


「あとは……ちょっとしたお守りみたいなものかな」


 メイは横になった剣の黒い鞘をやさしく撫でる。何とはなしに、これ以上この話に踏み入るのは躊躇ためらわれた。 


「何かいる? 水とか食べ物とか」

「いや、大丈夫だ。それよりもリズのことについていろいろと聞きたい」

「おっけー、なんでも答えるよ」


 メイは座ると、机の上に腕を組んでこちらに顔を向ける。


「さっき言ってた能力ってのはどうやったらわかるんだ、ステータス値みたいなものでもあるのか?」

「能力の推定値は出せるらしいけど、はっきりとした値はでないかな。だから大抵は感覚と実践をもとにこれくらい、って大体の指標を持っておくの」

「クラスも能力もほとんど自己申告制か」


 異世界も魔法があったり変わった種族がいること以外は前世とあまり変わらないようだ。むしろこっちのほうが値やカテゴリに囚われていない印象も受ける。神の転生基準が結果至上主義だから、そこら辺のこともきっちり決まっていそうなものなのだが、少し意外である。


「人間以外だとどんな種族がいるんだ?」

「そうだね……、この辺だと獣人とかアルフとかかな。獣人族は峡谷のほうに領地があって、アルフ族はこの森の近くに領地があるよ。あ、アルフ族っていうのはエルフとかドワーフのことを総称したもで、リズだとこういう複数集合型の総称族が多いんだよ」


 座ったまま大体の位置を大げさに指さして説明をしていく。


 リズには大きく分けて6つの国と地域が存在しており、それぞれに主となる種族が統治しているという。とはいえ地域によって体制が違い、名も無き峡谷には獣人族のみが生息しており、アルフェイムにはエルフやドワーフ、ノームなど様々な種族が集合体としてそれぞれが村を形成して生息する。ほかにも、地域の気候に適応した種族だけで集まった国というのもあるらしい。


「まあこういう区分ってあらかじめ決まってるものじゃなくて、作られたり消えたりして現状は6つの地域区分で収まってるって感じなの。かなりむかしにヒトの国を創立しようとした大集団もあったって聞くし」

「創立しようとしたってことは、やはりできなかったのか」

「そう、それであたしたちヒトは彷徨種族のまま今に至るってわけ」


 魔法を使うことが出来るのなら、決して人間も弱いわけではないはず。この世界にいる他種族はそんなにも強いのだろうか。


「人間はやっぱりメイさんみたいに個々で生活してるのか?」

「ときどき小さな集団で生活してるヒトもいるし、スタイルは人それぞれって感じかな。それこそ、国を創ろうとした集団もいたわけだし」

「生活には困らないのか?」

「うん、リズだと飲み食いしなくても生きていけるからね」


 そういえば、転生してから時間が経つが空腹やのどの渇きは一切感じない。


「リズの生き物は魔力をもとに形成されてて、魔力を得ることで身体を維持することが出来るの。魔術師とか魔導士みたいに魔力をたくさん使う人たちは寝食で魔力を補う必要があるんだけど、普通に生きるためだけなら周囲の大気に含まれた魔力を勝手に取り込んでくれるんだ」

「メイさんみたいな人には必要ってわけか」

「そうそう、って言ってもあたしもそんなに魔力を使う方じゃないから寝るだけで十分なんだけどね」


 道理でこの部屋には寝具や食糧庫のようなものがないわけである。ところで、さっき食べ物が必要かと聞かれたが、もし頼んでいたら何処から出すつもりだったのだろう。床下にでもため込んでいるのだろうか、それともすぐそこの森で何かとってくるつもりだったのか。山菜なら喜んで食べるが、スライムは……可食でないことを祈る。


「質問はこれくらいかな?」

「そうだな、いきなり詰め込み過ぎても仕方ないしな」

「そっか、それならちょうど良かった」

「ちょうど、って一体何の……――っ⁉」


 突然、急激な睡魔が襲ってくる。


 睡眠薬……? だが、ここに来てまだ何も口にしてはいないはずだ。


「気づかなかったでしょ? まさか椅子に細工があるなんて」


 重くなった瞼の間から、浮き出た光がほんの少し見える。


「魔法か……」

「そういうこと」


 己の意思とは反対に、身体がテーブルの上に力なくのりかかる。


「しばらくおやすみ、新人君」

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