民がための奴隷<ドロップ・メイカー>

「…………ん」


 冷えた石床の感覚に目を覚ます。周囲を囲っていた壁は木から石に変わり、一方には緑青ろくしょう色の格子が張られている。どうやらここに囚われてしまったようだ。


「お目覚めかい、新人君」


 顔を上げると、狭い牢屋の外にはメイの姿があった。彼女は直立して床に座した俺の方を見下ろしている。


「思ったより落ち着いてるね」

「暴れたってどうにもならないだろ」

「まあね。そんなことより、ここがどこか気になる?」


 彼女の言葉に軽くうなずく。


「ここはさっきまでいた小屋の地下、君のような子のために特別に用意した一室だよ」

「お世辞にもいい部屋とは言えないな」

「そりゃ、君は捕まってるわけだからね」


 薄暗い牢屋を身体を捻って見渡す。中には長めで薄っぺらい布が一枚、床に敷かれているだけで水道や電灯すら存在しない。まあ、リズならこれだけでも生きていくこと自体はできそうだが、よもやここに閉じ込めておくことが目的ではないだろう。


「何で俺を捕えるんだ。獣人から守ってまでやったんだから、何か理由があるんだろ?」

「その通り、って言っても君である必要はないんだけどね」


 メイはこちらにじっと顔を向けたまま、先ほどよりも冷ややかな口調で話をする。あの明るく優しい面影は見られない。メイの背後の壁に立てかけられたともしびが、彼女の背中と牢屋の内側をほのかに照らす。彼女の顔は影となり、表情を窺うことはむずかしい。


「わたしたちの目的は生物が持ってる魔力を集めることなの」

「魔力?」

「【民がための奴隷ドロップ・メイカー】。それが君を閉じ込めているこのハコの名前。特殊な素材で出来た檻が中にいる生物の持ってる魔力を奪ってくの。その証拠に、さっきより身体の調子があんまり良くないんじゃない」


 メイの言うように、ここに囚われる前と比べてずいぶんと身体が重く感じる。


「魔力を失っていくとだんだん身体に疲れがでてくるの。そのうち魔力を半分を失ったくらいから身体が透け始めて、完全に失うと消滅するってわけ」

「この檻が――」

「触らないほうがいいよ」


 目の前の格子に手を伸ばして触れようとすると、メイに腕を強く掴まれる。


「直だと吸収が素早いから、あっという間に魔力を持ってかれるの」


 彼女が手を離すと、その忠告を聞き入れてすぐに手を引っ込めた。そのとき、彼女の顔が近くで目視できたのだが、やはり表情に色があるようには見えなかった。


「あとは、これ」


 メイは横の方にあるパンが乗った木皿を取ると牢屋の前で膝を曲げてかがみ、格子の隙間からそれを床に置いた。


「味わって食べるんだよ、それが君にとって最後の晩餐になるかもしれないからね」


 彼女は腰を上げて、狭い通路を歩いていく。


「あんた達は魔力を集めてどうするつもりなんだ?」

「さあね、それは上の人間が決めること。わたしには関係ないよ」


 そうを言い残して、メイは扉を閉じる音とともに消えていった。


 一人になった牢屋にどこからか風が吹き入り、炎はゆらゆらと揺れる。俺は不規則に動き続ける一つの影をじっと座って眺める。


「なら、メイさんは何のために――――」



 §



 メイは地上へと続く幅の狭い階段を上る。一番上まで上り切って小屋のなかに出ると、彼女はすぐそこにある木棚に触れる。すると木棚は音を立てて横にスライドし、地上と地下を繋ぐ接点を塞いだ。


「いやー、あなたもなかなかエグいことしますねー」


 先ほどまでメイが座っていた椅子の方から抑揚のない声が聞こえる。そこには、丸メガネの少女が腰かけていた。


「あたしだってやりたくてこんな転生者狩りみたいなことをやってるわけじゃないし、そもそもこれはあなたの提案でしょ。あなたこそ、あの装置の整備とか管理はしなくていいの?」

「民のためのあれ奴隷くらいなら放っておいても半永久的に動作するんで大丈夫ですよー。だからこうして暇を持て余してるんじゃないですかー」


 前後の丈が長い白服に身を包んでいる丸メガネの少女は背もたれに体重を預けて身体を大きく前後に揺らす。


「それなら、生物を介さずに魔力の貯蔵が出来るような装置くらい作って欲しいものだけど」

「作れるものなら作ってますってー。エーテルやオドをマナへと変換できるのは生命体だけ、なんてリズでは常識ですよー」


 前後に揺れ続ける少女を横目に、メイは壁にかけてあった装飾の少ない剣を腰に差す。


「だいいちー、檻を二つに増設しただけでも褒めて欲しいんですがー。素材となる碧絶岩へきぜつがんは入手困難ですしー、依頼主はケチって必要量よりギリギリ足りないくらいの量しか用意してくれませんでしたしー。わたし、これでも結構がんばったんですよー」

「それについては素直に感謝するけど……」


 メイは少女の正面へと移動する。少女は顔は動かすことなく眼だけをメイに合わせている。


「まあ焦ってもしかたないですしー、下の者同士気長にやっていきましょうよー」

「あなたみたいな不純な動機を持ってる人と一緒にしないで欲しいんだけど」

「そんなこと言わないでくださいよー。お互い物を助けようとする気持ちは同じ」

「あの子は物なんかじゃ――……!」


 言いかけた言葉を呑み込み、余所に顔をそらす。


「やだなーメイさん、冗談に決まってるじゃないですかー。生命体も死なない限りは生命体ですからー」


 少女は椅子の動きを止めて、上目遣いでメイの顔を見つめる。メイは溜息を吐くと、自身の身支度をし始めた。


「あれ、おでかけですかー?」

「食料をとってくるの。最期の晩餐になるかもなんて言っちゃったけど、彼にはもっと長生きしてもらわないといけないから」

「ということはいつもの倍ですかー、メイさんも大変ですねー。いっそのことエルフから作物の栽培方法でも訊いた方がいいんじゃないですかー?」

「それこそ、出来るものならやってるわ」


 メイは身支度を終えるとドアの方へ向かい、ドアノブに手をかける。


「本当にこれを続けていくつもりなんですかー? 二人分の食料をコンスタントに入手するなんて結構無茶なことだと思いますがー。そのうちメイさんが先に倒れるかもしれませんよー?」

「……あたしに、あの子よりも長く生きる資格なんてないから」


 そう呟いてドアを閉めた。


「とはいえ、死に逝く人間に知識を与えるのは如何なものかと思いますがー……ん?」


 丸メガネの少女は、ドアの開閉が行われた際に入ってきた何かに気が付く。


「―― おー、これまた変わった来客ですねー」


 その正体を理解すると、少女は椅子を後ろへ大きく引いて立ち上がった。

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