見得ぬ枷、弱者の罰 その2

 メイが気を取り戻した時には、彼女は暗く狭い場所で倒れていた。彼女の目の前には緑青色の棒がいくつも並列している。しかし、自身は牢屋の外側にいた。メイは格子の向こうに誰かがいることに気づく。わずかな明かりを頼りにして牢の中に目を凝らす。


「アカリ…………っ!」


 そこにはボロボロになったアカリの姿があった。彼女は眼を閉じてぐったりと身体を横にしていた。メイはそんな彼女に近づこうと格子に触れる。


「っっ!!」


 その瞬間、電流が走ったような衝撃がメイの身体を襲う。彼女は一瞬で格子から手を離し、床に手をついて息を荒げる。


「触らない方が身のためだ」


 背後からドスの効いた声がする。振り向くと、そこにはメイたちを襲った張本人が腕を組んで立っていた。


「それは生命体から魔力を奪うための装置だ。その娘には魔力切れを起こすまでここに入っておいてもらう」

「そんな…………っ!」


 生命体の魔力切れはすなわち去絶を意味する。彼女は消えるまで道具かの如くその身を削られるのだ。


「おねがい、彼女を出して。代わりにあたしがここに入るから」

「駄目だ。お前は炎術師として未熟、魔力変換も魔力槽も一般人と大差ないなら入れ替えるだけ無駄だ」


 メイは両手をぐんと前へ押し出し、再び男へ炎を突き付ける。


「放てるものなら放て、当たったところで大した傷にもならん」

「くっ…………!」


 男は顔色一つ変えず、腕組みのままメイを見る。震える炎は次第に勢いを失い、消えてしまう。


「せいぜい消える瞬間まで傍で見ておくんだな。この檻が空になったら、次はお前の番だ」


 男はそう言い残すと、鉄の扉を強く締めて出ていった。


 メイは冷たい石の壁に背をつけ、膝を抱えてじっと座りながらアカリを見つめ続けていた。彼女は牢の端で気を失うように眠り続けており、目覚める気配は全くない。メイは何度も彼女に声をかけるが、何の反応も見られない。


 早くここから出さないと、彼女の魔力が尽きて去絶してしまう。だが、メイの魔法ではこの檻を破壊することなど到底出来ない。檻にはカギ穴と戸が存在するが、その鍵は先ほどの男がおそらく保持している。あの男から鍵を奪うのも現実的な話ではない。


「あたしに……力があれば……」


 思い返すといつもそうだ。メイの傍には、いつもアカリがいた。アカリは事の大小に関わらず、常にメイのことを助けてきた。今もアカリは牢獄へと入り、メイの代わりに戦っている。メイはただその背中に甘んじ、事の次第を眺めることしかできないでいる。彼女は自身の腕に爪を立て、己の非力と軽薄さを呪った。


「…………メ……イ……」

「――――!」


 アカリの口から友人の名前がこぼれる。彼女は苦悶の表情を浮かべてうわ言を繰り返していた。魔力量の感知ができないメイにも、アカリの魔力が命の危険にさらされるほどに乏しくなり始めていることは理解できた。


「あたしが――――何とかしないと」


 弱さを嘆くだけでは何も変わらない。アカリもあの時、不可能を承知で男に立ち向かったのだ。このまま何もせずただ縮こまって彼女の死を待つくらいなら、例え自分の命に代えてでも彼女を助ける方が良い。


 今度はあたしがメイを護る。この檻が空になったとき、自分もここにいることのないために。


 幸いなことに、メイには何の拘束もされていない。おおよそアカリをおいて逃げはしないと踏んでいるのだろう。彼女は脚の震えを止めて立ち上がり、檻の前に立つ。そして、精いっぱいの念を込めて炎術を発動し、格子へと衝突させた。しかし、炎は棒に吸収されるようにして消失してしまう。やはり格子を魔法で壊すのは難しい。格子横の壁にも攻撃するが、少し傷がつくくらいで到底壊せそうもない。


 今の自分では圧倒的に力が足りないことは彼女自身痛いほどわかっている。それでも、その後幾度も壁に向かって炎を打ち付けた。己の魔力の限界など歯牙にもかけず、ただひたすらに炎術を繰り返した。回数を重ねるうちに威力はあがっていくが、それでも壁は少しも削れない。


「そんなことしてたらすぐ倒れちゃいますよー」


 疲れ切って息の上がったメイの前に、メガネをかけた少女が男が出ていった扉から現れた。


「あなた……誰……」

「わたしはこの牢屋の設計者ー、横のほうが騒がしいから覗いていたんですよー」

「あの男の仲間……!」


 メイはその娘にすぐさま手のひらを向けて炎術を発動する。


「やだなーそんなんじゃないですってー。わたしも事情があってこれを作らされただけなんですよー」


 少女は扉の前に立ったまま乾いた笑いをしてメイに目を向ける。


「……なら、邪魔だけはしないでね!」


 手を壁の方に向け直して炎を放つ。


「だーかーらー、そんなことしたって駄目なんですよー。無理するからあなたの手もボロボロじゃないですかー」


 間近で何度も炎術を使ったメイの両手は赤くただれていた。


「この檻のなかのヒトー、あなたを庇って自分からここに入ったんですよー。それなのにあなたがこんなに傷ついたら元も子もないんじゃないですかー」

「アカリが……」


 確かにあの子ならやりかねない。だが、それなら尚更彼女を救わなければならない。


「……でも、他に方法なんて」

「そんなお困りのあなたに良い提案を持ってきたんですよー」


 少女の提案は”民がための奴隷ドロップ・メイカー”をもう一つ増設するというものだった。彼女の説明によると、この檻はなかにいる生命体のうち最も魔力を保有している一体からマナを吸収していくらしい。現状、設定されているマナ吸収率は非常に高く、並みの人間では一日も経たずに消えてしまうという。


 そこで檻を増やすことによって魔力吸収量の分散をおこない、一人にかかる負担を軽減するのだ。それにより生命体が持つ魔力変換能力も相まって、魔力を消耗しきるまでの時間をぐんと伸ばすというのだ。


「あたしがそのもう一つの檻に入ればいいってこと?」

「いいえー、いくら分割したとしても剣士と魔導士見習いでは魔力変換が間に合いませんよー。それにただ檻を増設するだけなんてあの人は絶対に許しませんしー」

「ならどうすれば」

「そこであなたの出番ってわけですよー」

「あたし?」

「取ってきてもらうんですよー、もう一つの檻に入れる生命体をー」


 メイがすべきことは2つ。増設した檻に入れるための生命体の捕獲とアカリの魔力を確保である。牢屋を増設するかわりに檻の中に入れる生命体をメイが用意するとなれば、男としても悪い話ではない。アカリに食料を与えて延命させることにも大して口を出さないだろう。


「でも、それなら檻に入った生命体は」

「魔力を失って去絶*するでしょうねー」

「そんなっ……!」


 それでは間接的に殺しを行っていることと何ら変わりはない。彼女を助けるためとはいえ他の命を犠牲にするなど普通では許されない。


「んー、あなた根本的なとこで勘違いしてませんかー?」


 少女は白妙の服をひらひらとさせて戸惑うメイのすぐ横まで歩いて近づく。


「弱者の理想はただの妄想、非力な上に代償も払わない願望なんて浅ましいとは思いませんかー?」


 少女はメイの顔を見上げて彼女の瞳をまっすぐに見つめる。メイはすぐにその彼女の目から顔をそらした。何となく、少女に瞳の向こうを覗かれているようで気味が悪かった。


「うぅ…………」


 アカリの呻き声がメイの耳に残る。彼女の体力も刻一刻と限界に近づいてきている。


「さてどうしますかー、あの人を助けたいんですよねー? 彼女の安全装置スタビライザーが発動したらいよいよ手遅れになりますよー」


 先の少女の言葉がメイの心に針となって刺さり、現状を思い知らされる。わたしが願望に手を伸ばすために差し出すことのできる踏み台は名誉と恥しか残されていないのだ。


「わかった。その提案、乗る」


 あの男の倒してまたふたりでこの世界の地を歩く。そのためにはたとえこの手が汚れようとも構いはしない。命の上に足をつけることを是とする、その業を一生涯背負い続ける覚悟を彼女は決めた。


「そう言ってもらえて何よりですー。では話はこっちでうまいことつけておくんでよろしくお願いしますねー」


 少女は扉へ向かって歩き出し、メイに背を向けながら手を振る。扉をくぐる際も一切メイの方を見ることなく、「それではー」と少女は扉を閉めた。


 その後、檻の増設は即座に行われた。メイも森へと足を運んで食料と獲物の確保を行った。食料は幸いにも豊穣祭のお土産がちゃんと残っていた。獲物は森に棲むスライムや獣を捕らえた。森の生物は弱いとはいえ、炎術をうまく使用できないメイには一体捕獲するにも一苦労であったが、決して檻の中を空にすることはなかった。


 しかし、この方法は問題があった。弱い生物は保有魔力量が少なく魔力変換率も低いため、檻に入れるとすぐに去絶してしまうのだ。そのため捕獲する個体数は必然的に多くなり、効率が悪く場合によっては檻が空になる可能性も高かった。


「それなら転生したてのヒトを捕獲すればいいじゃないですかー」


 ヒトならば彷徨種族の中では群を抜いて魔力関係のことに優れており、転生したばかりなら強くない個体がほとんどである。加えて、この森に隣接する"原初の箱庭"は生命体が降生してくる場所として有名であり、捕らえるにはちょうど良い環境だった。


 メイは初めこの提案に否定的であったが、「転生したてのヒトとスライムなんて然程変わりはない」「魂数的にみればむしろ良心的」などという少女の言葉に渋々ながら了承した。何より、そんな贅沢な悩みを持っていられる立場でないことは十分理解していた。


 その話し合いをしてすぐ後、メイは原初の箱庭へと向かいながらどのようにして捕まえようか考えていた。このときには多くの捕獲や鍛錬を経てそれなりに炎術が使いこなせるようになっていたため、荒業で連れ去ることも出来た。しかし、身体にケガを負った場合その治療に魔力が使用されるため、無傷のまま確保した方が長持ちするという少女の助言から、出来ることなら小屋まで連れてきて眠らせるという方針となった。


 問題はどうやって小屋まで誘導するかである。こちらに裏があることを感づかれるようなことがあってはならない。


「何か接近できるきっかけがあれば良いんだけど……」


 そのとき、木の葉の間から見える空から何かが落ちてきているのが見えた。


「あれは、転生者…………!」


 メイは走り出し、箱庭へと急いだ。


 その開けた高原の先にいたのは、青き獣人に襲撃された一人の少年だった。



*去絶…リズで命を落とすこと。

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