見得ぬ枷、弱者の罰 その1

 メイとアカリが初めて出会ったのは中学の頃だった。メイは中学生のときに親の仕事の関係で海外へ移り住むことになった。転校後、言葉を話せない彼女にはなかなか友人が出来ず、そのことをからかう男子もいた。そんな彼女の前に顕れたのがアカリだった。


 アカリは元気で友達も多い学級委員長だった。彼女は一人でいるメイの手を引っ張り、からかう生徒を跳ね除け、勉強のときも遊びのときもずっと時間を共にした。言葉が分からなければ互いに学んだ、つらいことも楽しいことも二人で分け合った。そうして、彼女たちは親友となった。


 死後、転生の際には双子としてリズに生を受けた。リズでは前世の血縁などは関係なく、両者の合意があれば兄弟になることができる。とはいえ形式的な面が強いため多くは兄や弟という観念をもっておらず、メイたちもその例に漏れない間柄であった。


 ふたりは森の小さな宅でひそかに居住していた。特に何か大きな目的があるわけでもなく、たまに森の中を散歩しては森を通る人間やエルフと交流したりと、日々気ままな人生を送っていた。不自由なこともなく、彼女らの異世界での毎日は幸せで満ち満ちていた。


 ある日、メイたちは豊穣祭ほぜまつりの帰りに暗くなった森のなかを歩いていた。豊穣祭とは、リズで唯一農耕を行うエルフによって執り行われる豊作を祝福するための祭りで、当日は多種族を招いてその年採れたもので作った料理が振舞われる。森の中に住んでいたふたりもその祭事に招待され、初めて参加したのである。


 豊穣祭は夕暮れまで続き、帰路についた時には完全に陽が沈んでいた。


「楽しかったね豊穣祭、あれだけいろんなものを食べたのは久しぶりだよ!」

「こーら、ちゃんと前向かないと転ぶよ」


 籠いっぱいの野菜を両手に持ってはしゃぐアカリを灯りを手に持つメイが注意する。しかし、アカリが喜ぶのも無理はない。彼女たちは転生してから約一年ほど経つが、食にありつくのはエルフからおすそ分けを貰ったときくらいだった。そのため腹を十二分に満たした機会などほとんどなく、そもそも魔力を多分に使用することもなかったため食を必要とすることもなかったのだ。


 だからこそ、リズでは食事が数少ない娯楽の一つとして扱われており、普段散歩くらいしか大きな楽しみのない彼女たちにとってはこれ以上にない娯楽なのである。


「こんなにお土産ももらえたし、何よりいろんな種族も見られたからね」


 メイたちは森の外に出たことはほとんどなく、アルフ族や森の彷徨種族以外のことは話でしか聞いたことがなかった。だから、他の種族の姿を見かけるだけでも彼女たちには新鮮なことであった。


「わたしたちもいつかはこの森の外を旅できたらいいねっ」


 アカリが後ろにいるメイの方へと振り返ると、メイも「そうね」と彼女に笑いかける。アカリは好奇心が旺盛であり、リズを旅することが夢であった。


「まあ、その前に少しは強くなっておかないとね」

「大丈夫大丈夫、誰が来てもわたしの剣でメイを守るから!」


 胸を張って腰の長い剣をカチャリと響かせる。わたしがメイを守るから――、その言葉はアカリの口癖であり、メイもそれを聞くたびに心が安らいだ。


「メイだってついに炎が出せるようになったじゃん。わたしの剣術にメイの炎術があればなんとかなるよ!」

「あたしのはまだ使えるような段階じゃないわ」

「それなら出来るようになるまで待つよ、時間はいくらでもあるから」


 彼女はそういって薄暗い森の青い草葉を再び踏み分ける。未だ知らない外側の景色をこの目に映す、それが彼女たちの目的になりつつある時期でもあった。


「これだけ食料もあれば修行もやり放題だし、さっそく帰って料理を……ん?」


 アカリが足を止めて暗がりの先を指す。その方角にメイが灯りを向けると、背丈のある人影が照らし出される。


「豊穣祭の後なら丁度良さそうな獲物が見つかるとは思っていたが、まさか人間が現れるとはな」


 男は一人で明かりも持たず、静かな森林の暗闇を進んでメイたちに近づく。不気味な雰囲気が男と娘たちの間に流れる。


「あのっ、どなたです―――」


 恐る恐るアカリが尋ねようとした瞬間だった。森が一斉に騒めき始め、胸を締め付けるような圧に襲われる。


「答える義理はない、お前たちはただ生贄として大人しく捕まれば良い」


 距離が縮まるほどに空間が歪み、不快さがいっそう増す。今までに体験したことのない感覚。だが、これが何らかの術によるものだということは直感的に理解した。


 ――――間違いなく、あの男は只者ただものではない。


「逃げるよっ!」


 アカリは籠をその場に置き、メイの手を取って横へと走り出す。その走りだした勢いで手中の灯りが消えてしまう。彼女たちは月明かりがこぼれる森を必死に駆け抜けていく。


「わっ⁉」


 しかし、行く手を数体の真黒な人影らしきものによって阻まれてしまう。


「逃げられると思うな」


 逃げてきた道は男によって立ち塞がれる。葉の隙間を抜ける淡い白光を男の焼け肌が反射する。正面にいる人影の正体は暗くてはっきりと確認することが出来ないが、人にしては腕や胴が異常に細い。


「メイ、ここでちょっと待ってて」

「まさか、戦うつもりなの?」

「言ったでしょ、メイだけはわたしが守るって!」


 アカリは腰の剣に手をかけて前方の人影へと走り出す。そして前かがみの状態から人影の目の前で勢いよく抜刀する。


 だが、その影は剣よりも細い腕で易々やすやすと剣身を防いでしまう。影は攻撃を受け流し、アカリの横腹へ思い切り蹴りを入れる。彼女は蝉声せみごえをあげて、一瞬にして木の幹へと衝突する。


「アカリっ!!」


 根元で倒れたアカリに向かってメイが叫ぶ。


「……て」


 足がフラつきながらも木にもたれかかって何とか立ち上がり、赤く塗れた口もとを手で拭う。


「せめて……メイだけでも逃がすっ!」


 両手で剣の柄を強く把持すると、そのまま生身の男を目掛けて駆ける。彼女の剣が男に向かって振り下ろされる。だがそれもどこからか現れた影によって阻まれてしまう。


「剣士、それもかなりの粗削り。話にならないな」


 剣身が弾かれるとアカリの身体は宙に浮き、影の手が彼女を地面にたたきつける。アカリは呻き声を出してその場に伏せる。


「メイ……逃げ……」


 戸惑うメイにアカリのかすれた声が届く。メイは男に向けて両手を掲げて炎を発現させる。だが、彼女はそれを放つことが出来ない。このときのメイにはまだ炎を飛ばせるだけの炎術を身に着けられていないのだ。


「そっちの炎術師も大したことはないな」


 男は人影に合図を送ると、影は一気に木々の間を疾駆する。あまりに一瞬のことでメイは一歩も動くことが出来なかった。


 人影の一瞬の攻撃によって意識がプツンと途切れる。気を失う寸前、彼女の目に映ったのは、迫りくるおぞましい漆黒の骸であった。

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