#2 齟齬

旅は道連れ箸休め

 俺とフミは雲でやや暗くなった森の中をただひたすらに歩いていた。相変わらず、今どこにいるのか全くもって見当もつかないが、フミが言うには西の方角へ突き進んでいけばアルフェイムに辿り着くらしい。


「さっきは突然のことで考える暇もなかったが、人間の身体でルーンの効力が発現するのは稀なことなのか?」

「はい、基本的には生物の身体を媒体にすることは出来ません」


 フミはそう言って近くを通りかかった小さなウリボーを抱きかかえ、その子の額に筆を入れる。少しの間待つが、額の文字は一向に反応を見せない。


「このように、普通は生物に書いても反応はないのです。まあ、そのような例外がいたというのを聞いたことはありますが」


 彼女がウリボーをやさしく地面に下ろす。テクテクと俺たちが来た道のほうへと歩いていくウリボーを見て俺たちもまた西に足を進める。


「ルーンを司る魔術師にはそれぞれ書記媒体に得意な物質が存在するのです。わたしの場合は誓翰色紙せいかんしきしという魔力で生成する特殊な紙なのですが、それ以外のものに書き込むと極端に効力が落ちてしまうのです」


 確かに、彼女の羽織で発現した魔術は非常に弱弱しいものだった。だからこそ、生物を媒体にして効力が如何なく発揮されたことに驚いたらしい。


「ですが、ユキトさんの体質にはそれなりの制約もかかっているようです」

「制約?」

「書き込める文字の数に制限があることです。ルーン魔術は文字を複合することで応用の幅が広がるのですが、ユキトさんに書き込めるのは一文字だけのようなんです」


 ルーン文字の単体使用は、詠唱を破棄できるものの出来ることがうんと減るという。フミを黒骸から護ったときも、ルーンの重複が可能なら俺も無事だったかもしれない。


「さらに、効力の強い使い方をするとルーン自体が消失してしまうこともです」


 ルーン文字は有限であり、ルーン魔術師は各々が持つ限られたそれを繰り返して使っているという。俺を蘇生させるために使用したエイワズはフミが1つしか保有していなかった文字であり、消失してからは使えなくなってしまったらしい、


「それは悪いことをしたな……」

「別にいいのですよ。しかし、もうあのように蘇生は出来ないので、何かあっても無理はしないでくださいね」


 わかったと前を歩く彼女に返事をする。あのときはフミを助けることで必死だったが、俺も死ぬことは出来る限り避けたい。


 それにしても、結構歩き続けたはずなのだがアルフェイムには一向に到着しない。なんだか不思議と周りの景色も同じように見えてくる。


「本当にこのまま歩いて着くんだよな?」

「はい、こちらで間違いありません」


 凛とした表情でこちらにそう話す。先ほどよりもさらに雲行きが怪しくなっていて、もしかしたら雨が降り出すかもしれない。その前にアルフェイムに到着したい。


「……ん?」


 前方からまた小さめなウリボーが近づいて来る。俺たちの横を過ぎていったそのウリボーをよくよく見ると、額に黒く文字が入れられている。


「あの、さっきのウリボー……」

「たまたまです、きっとこの辺りをうろついているのでしょう」


 そういって、フミはずんずんと歩を進める。明らかに歩調が速くなっているのだが、それでも景色に変化が見られない。


「……もしかして迷ってたりはしないよな?」

「そ、そんなことはありません。直進するだけですよ、迷うなんてことありえません」


 フミはこちらに身体をひるがえして話す。そんな彼女の足元では、額文字のウリボーが彼女の脚に頬をすり寄せている。


「なあ、道を教えてくれるルーンってあったりするのか?」

「一応目的地の向きを知らせるものはありますけど……」

「それを俺に書いてみてくれ」


 彼女は言われた通り、俺の手の甲にルーン文字を書き込むと、すぐにルーン文字は光りだす。そして、アルフェイムと念じた瞬間、身体はグイっと反転して、来た道の方角を腕が指す。


「……フミ、リングワンダリングって知ってるか」

「……すみません、迷いました」


 森を通るときはいつも道標のルーンを使うが、残紙切れを起こしている今はそれが使えず、でも西に突き進むだけだから問題ないと高を括っていたらしい。


 結局、俺の腕が指す方向をまっすぐ目指すこととなった。フミは突き出した俺の腕の横について歩く。顔は下斜めに背けているが、明らかに片頬が膨らんでいる。何というか、普段はクールなのに妙なところで見た目相応というか、雑というか……。


 ちなみに、リングワンダリングとは方向感覚を失うことで無意識に同じ場所をぐるぐる回ることである。山や見通しの悪い森を歩くときは闇雲に進むと隣でいじけた少女のような目にあうので気を付けなければならない。


「何だか文字の光が強くなってきたんだが」

「それは目的地が近い証です。よかったですね、そろそろ到着ですよ」

「何でちょっと怒り気味な―――」


 フミの方を見た瞬間だった。


「っ!!」


 木の葉の間から矢が現れ、身体の近くをかすったのだ。さらに、矢は一本にとどまらず、何本も木の上から放たれてくる。


「何だ、これっ!」

「お気になさらず、よくあることなので」


 そういうとフミはその場で足を止める。


「わたしはヴェスターに住むエメリアの友人、フミです。隣の方は転生者なので安心なさってください!」


 彼女が一通り話し終わると、先ほどまで飛んできていた矢が止んだ。そして、行く先から弓を持った少女が現れる。


「申し訳ありません、何分離れて射ていたためフミ殿と気づきませんでした……」

「構いません、こちらも怪我はありませんので」


 頭を下げる少女へフミは優しく微笑みかける。急にいつもの調子を戻されるとそれはそれでどこかむず痒い。


「あっ、フミちゃんー!」


 弓を持った少女が来た道からもう一人、女性が走ってこちらに向かってくる。


「もう、来るんだったら連絡してくれれば良かったのに」

「すみません、色々とあったもので……」


 


「紹介します。こちらはエメリア・ランドッティ、アルフェイムに居住するエルフで、私の友人です」


 初めましてとエメリアはにっこりと笑う。凛々しく振舞うフミとは対照的にとても柔らかい印象である。


「この方はユキトさん、先ほど転生してきたばかりで、訳がありノルガーカまで同伴することになりました」

「あら、生まれたてなのね!」

「エメリア殿、その言い方はちょっと……」


 「あら?」と女性は手を合わせたまま首を傾げる。間違ってはいないが妙に生々しいのでその表現はやめて欲しい……。


「立ち話もなんですから、とりあえず私の家まで行きましょうか」

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刻筆纏身【エイワズ・ナート】 甜白 和叉 @AkabaMochi

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