さようなら、また会う日まで

 白い天井、白い床、白い壁、白い体。くるめくほどに眩しい部屋。見渡す限り一色の部屋。空な頭で室内を見回すと、一方の壁に透き通る硝子が貼られている。その向こう側には白が一つもない世界が美しく彩られている。枠のない窓へぐっと手を伸ばす。しかし、伸ばせば伸ばすほど色彩は遠くなる。思い切って白を振りほどき色へ手を伸ばす。


 伸ばす、伸ばす、伸ばす…………。



 *



「……キト…………ユキト君……!」


 誰かが自分の名前を呼んでいる。眩さに耐えながら目を開けると、メイとアカリが横たわった俺のすぐ横で膝をついて座っていた。起き上がって自身の腹部を注視する。棒が刺さっていたはずの腹にそのようなものは見当たらず、何事もなかったように穴も塞がっていた。


 メイは後ろの方で立っている紙の少女に向かって俺が目を覚ましたことを伝えると少女は


「あれだけのことを施したんですから、当然です」


 と言って顔だけをこちらに向ける。どうやら、少女の力によって命が救われたみたいだ。


「でも、あんな状態からどうやって治したんだ?」

「あなただからこそ出来た蘇生法です」


 少女が話すには、去絶しかけていた俺の身体に生死に関するルーンを書いた途端、効力が発揮して息を吹き返し、腹部の穴もきれいに塞がったそうだ。


「効力があまりに強かったせいか文字は消えてしまいましたが、人の命が助かったのなら安いものです」


 空を見上げながら少女は穏やかな声色で話す。


「ありがとう、助けてくれて」

「お礼を言うのはこちらの方です。あなたが守ってくれなければ倒れていたのはわたしですから」

「お互いに命の恩人か」


 あの後、一体だけいた黒骸は独りでに砕け散ったらしい。例の男の身体も知らない間に消えていたという。


「結局、あの男は何者だったんだ? キズがどうとか言ってたが」

「わたしにもわかりませんでしたが、きずの件については考えなくても良いと思います」

「そうなのか?」

きず持ちはとある衆に属していることを意味するのですが、その集団の威を借りるためだけにあのようなことを言う輩は多いのです。事実、あの方は創持ちの衆人ほど強くはありませんでしたから」


 おおよそ魔力を収集していた理由も自身を強化してその集団に入るためだったんでしょう、と少女は最後に結論付けた。


  俺と少女が話しているうちに、メイとアカリは森の手前まで移動していた。ふたりはメガネ少女の遺体の前で立ち尽くしている。


「この人の作ったもので苦しめられたけど、この人のおかげで生き延びられた。すごく複雑な気持ちだけど、今は感謝の方が大きいの」


 近寄るとメイは悲哀に満ちた表情で地に顔を向けていた。


「せめて、名前くらいは聞いておけば良かったな」


 しゃがみ込み、目を閉じて手を合わせる。そんなメイの姿を見てアカリも同じように手を合わせる。


「想い続ければ、またいつか、別のかたちで出会うことができると思う」

「はい、もしかしたら今も何処かからあなたのことを見ているかもしれませんし」

「あの人がそんなことするとは思えないけど……まあ、ここでずっと思い悩んでても仕方ないよね」


 よしっ、と声を上げてメイは勢いよく立ち上がる。


「ふたりも、ホントにありがとう。君たちがいなかったら、あたしたちがあそこから出られることはなかった」


 メイとアカリがこちらに対して深くお辞儀をする。


「ふたりはこれからどうするの?」

「わたしは今まで通り左手の秤スケーラーとしての役目を果たしていくのみです。あなたはどうするのですか?」


 少女が俺の顔を見上げて尋ねてくる。転生してから今に至るまでごたごたが続いていたから気にもしなかったが、落ち着いて考えてみるとこの世界でやりたいことなど特に思いつかない。


「それならノルガーカって街に行ってみたらどう? そこならヒトも受け入れてくれるって聞いたことあるよ」

「なるほど、ならそこに行くかな」

「ではわたしがそこまで同行しましょう。わたしとしても、あなたのルーンを発現する体質に関しても少し興味があるので」


 少女の強さは先の戦闘で十分にわかっている。彼女が道先案内をしてくれるならこれほど心強いこともない。


「メイさんたちは?」

「今より力をつけて、またあの男みたいなのに会ってもを倒せるくらい強くなったら森から出るよ。それまではこの森で、自分のやってきた行いを償っていくつもり」

「そうそう、あとこれ」


 アカリが俺の前にやってきて、持っていた剣をこちらに差し出す。


「剣、持ってないんでしょ? ならこれ使ってよ」

「いいのか?」

「うん、一応スペアもあるし、何より今のわたしには"頼れる親友"がいるからさ!」


 振り返ってニコッと笑うアカリに、メイも微笑んで返す。


「でも、少し綻んでるところもあるから一度見てもらった方がいいよ。アルフェイムの中にある工房なんだけど、わかるかな?」

「そこならわたしも知っているので大丈夫です。場所も近いのでまずはそこへ向かうことにしましょう」


 俺は礼を言ってアカリから剣を受け取ると、腰に差す。剣はずしりと重い。


「あたしたちはそろそろいくよ。それじゃあふたりとも、次会うときは森の外で」

「ああ、それまで気を付けて」


 こちらに手を振るメイとアカリを俺たちは森の奥へと消えていくまで見守った。


「さて、それではわたしたちも出発しましょうか」


 少女が向き直してこちらの顔を見る。


「改めまして、刻筆師のフミと申します、しばらくの間ですがよろしくお願いいたします」

「ユキトだ、こちらこそよろしく頼む」


 晴れ渡った空の下、俺たちはアルフェイムへ向かうため誰もいなくなった空き地を後にした。

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