第15話 修行②

「あら? マリアンヌちゃん。今日の修行は終わったのかしら?」


 魔法の訓練を終えたマリアンヌが家に帰ると、ラクシャータが笑顔で迎えてくれた。

 年齢に似合わず、フリルのついた可愛らしいエプロンを付けたラクシャータは、ご機嫌な様子で火にかけた鍋をかき回している。


「今夜はシチューよ。もうすぐ準備できるから、手を洗って待っててねー」


「す、すいません・・・夕飯の支度を任せてしまって」


 まるで子供を相手にするように接してくるラクシャータに、マリアンヌは恐縮して縮こまった。

 森にあるラクシャータの家で生活を始めて1ヵ月になるが、その間、ラクシャータはなにかとマリアンヌの世話を焼こうとしていた。


 居候である自分が家主に家事を押し付けてしまっているのは、生来、まじめな性格のマリアンヌにとっては耐え難いことであった。


「いいの、いいの。マリアンヌちゃんのお世話をするのは楽しいから」


 ラクシャータにとって、それは偽らざる本心であった。

 悪魔と契約して魔女になったラクシャータは、悪魔との契約により男性との関係を結ぶことが出来ない。

 そのため、当然ながら子供を産むことなどもできなくなっていた。


 マリアンヌとの共同生活はまるで年頃の娘と接しているような気がして、世捨て人の魔女にとっても新鮮なものだった。


 ラクシャータは申し訳なさそうな顔をしたマリアンヌを強引に椅子に座らせ、テーブルの上に食器を並べていく。


「だいぶ魔術も覚えてきたみたいね。マリアンヌちゃん、やっぱり才能あるわよ」


「ふんっ! 私の契約者なのだから当然だ!」


 椅子に腰かけたマリアンヌの背後に、虚空からフュルフールの姿が浮かび上がった。


「マリアンヌは間違いなく、天才だ! すでに雷属性の魔法は大賢者クラスまで習得しているし、他の魔術の覚えもいいからな!」


「あら? さすがは私の弟子ね?」


「わたしの、契約者だ!」


 にこやかな笑顔を浮かべたラクシャータと、嫌悪を隠そうともしないフュルフールが正面からにらみ合う。

 この魔女と悪魔は、マリアンヌを巡ってしょっちゅうケンカをしていた。


「・・・それでも、治癒属性の魔法は使えないみたいです」


 マリアンヌがぽつりと言った。

 うつむいた端正な顔には悲しげな表情が浮かんでおり、ラクシャータとフュルフールは慌ててにらみ合いをやめる。


「し、仕方がないわよ! 呪いで治癒属性を奪われているんだから! マリアンヌちゃんは何も悪くないわ!」


「そうだとも! 悪いのは君の妹であって、断じて君ではない!」


 上ずった声でフォローに入る二人。

 マリアンヌは顔を上げて、二人ににっこりと微笑んだ。


「ありがとうございます。二人がいてくれて、本当に良かったです」


「う、うん・・・」


「うむ・・・」


 上手いこと乗せられてしまったような気がする。

 ラクシャータとフュルフールは顔を見合わせて、苦々しい表情を浮かべた。

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