第52話 終幕
かくして、マーリンの勇者パーティとしての冒険が始まった。
「はああああああっ!」
「グギャアアアアアア!」
聖剣に選ばれた少年、アーサーが裂帛の気合とともに剣を振る。
光り輝く剣が山羊頭の魔族を斜めに切り裂き、胴体を真っ二つに両断した。
「おのれ……人間……ガハッ!」
「ふう、これでこの砦も陥落。また一歩前進ですね」
砦を守っていた魔族が絶命していたのを確認して、聖女であるライナ・ライトが安堵の息をつく。
「マーリン様も……問題はなさそうですね」
「ええ、こちらも片付きましたわ」
マーリンは魔法で葬った魔族の死骸を指さして、ライナににっこりと微笑みかけた。
マーリンが勇者パーティーとして旅を始めてから1ヵ月が経過した。
彼らの主な仕事は魔族の支配領域に潜入して敵拠点を襲撃。魔族の指揮系統を破壊することである。
勇者パーティーが切り開いた活路を人間の軍隊が追随していき、拠点を失って右往左往する魔族を撃滅していく。
彼らの活躍により魔族に押し込まれていた人類は息を吹き返しつつあり、すでに奪われた領地の半分以上を取り返すことに成功した。
「あ、女神様! おケガはありませんか!?」
「ええ、大丈夫ですよ、アーサー。それと女神様はやめてください」
「いえ! あなたは僕の女神ですから!」
この砦を守っていた総大将を討ち取ったアーサーがマーリンへと駆け寄ってくる。その背後にブンブンと犬の尻尾が振り乱れているのを幻視して、マーリンは苦笑で答えた。
「マリアンヌに近寄るな、発情した犬めが」
「むっ、出たなフュルフール! 俺と女神様の仲を邪魔するな!」
「貴様とマリアンヌの間に何の関係もない! 私は彼女の恋人だぞ!」
フュルフールはマーリンとアーサーの間に割って入り、噛みつくように吠える。
二匹の犬がケンカをしているような光景に、マーリンは頭痛を堪えるように指先で額を抑えた。
この二人のケンカもすでに勇者パーティーの日常茶飯事となっており、この光景を何度見たことだろうか。
(まったく……どうしてこんなことになったのかしら?)
かつて、マーリンは婚約者と妹。自分を捨てた国に復讐をするために力を求めてフュルフールと契約を交わした。
自分が歩む道は復讐の道。修羅の道であると思っていた。
(それなのに、まさかこんなふうに誰かと旅をすることになるなんて。勇者パーティーの一員として正義を掲げて戦うことになるなんて)
「マーリン様、どうかいたしましたか?」
「いいえ、何でもありませんわ。ライナ様」
気遣わしげに訊いてくるライナに、マーリンは頷きを返した。
この旅の中で、同性であるライナとも随分と親しくなっていた。
勇者パーティのメンバーは天使と悪魔を合わせて七人。そのうち五人が男性なのだ。必然的に女性メンバーの二人は一緒に行動する時間が長くなり、すっかり距離も近くなっていた。
野営をするときには同じテントで寄り添うように寝ており、すっかり親友になってしまったのだ。
(孤独な復讐の旅のはずがこんなに明るい道が待っているなんて。人生とは本当にわかりませんね)
勇者パーティー……魔族が支配する領域への決死隊である彼らだったが、その旅路は思いのほかに明るい雰囲気に包まれていた。
少なくとも、復讐の果てに死ぬことを考えていた頃よりもずっと晴れやかな気持である。
「恋人って言っても、しょせんは人間と悪魔だろう? 結婚したり、子供をつくったりはできないじゃないか」
「ふんっ、子供は造れないが、結婚だったらできるぞ! それに、悪魔と魔女は年を経ることなく永遠を一緒に寄り添うことはできる! 貴様ら人間のカップルとは絆が違うのだ!」
「二人とも、ケンカはそれぐらいにしていただきたい。じきに魔族の軍勢が戻ってくる。ここを離れたほうがよろしいかと」
言い争いを続ける二人の間にガイウスが割って入った。ライナもこの機を見て仲裁に加わる。
「そうですね、敵将を討ち取ったのですから長居は無用です。一度、後方に下がって軍と合流して……」
「た、大変だ! 北から敵の援軍が来たぞ!」
雑用係として勇者パーティに参加しているジェイドが顔を真っ青にして部屋に駆け込んできた。
マーリンが窓から視線を外に向けると、その窓枠に弓矢が突き刺さった。
「マリアンヌ! 下がれ!」
「大丈夫ですよ、フュル……どうやら以前よりも敵の対応が早くなってきたようですね。我々の存在を魔族も無視できなくなってきたということですか」
フュルフールに抱き寄せられながらマーリンは溜息をついた。
すでに勇者パーティーの存在は魔族も無視できないものとなっており、集中的に攻撃を仕掛けてくるはずだ。
これからさらに厳しい戦いになるだろう。
「さて、このままだとこの砦も敵に包囲されてしまいますが……どうしますか」
「斬り込む! 魔族は一人残らず皆殺しだ!」
「突破せねばなるまい。安全圏まで離脱する」
アーサーとガイウス、前衛の二人が力強く答えた。ライナも頷いて口を開く。
「それでは、敵軍を蹴散らして撤退するとしましょうか。先頭はアーサー様とガイウスさん。私とマーリン様が援護をします。ええと、ジェイドさんは死なないように」
「うひいっ!」
ジェイドが間抜けな声を上げて顔を蒼白にする。
そんな非戦闘員の男を無視して、ライナが頭上に錫杖を掲げた。
「さあ、みなさん……参りましょうか!」
ライナの掛け声とともにマーリン達は外へと飛び出した。
敵陣の真っただ中を割っていく勇者パーティーへと魔物が殺到して、雨のように矢が降り注いでくる。
「ハアアアアアアアッ!」
マーリンの手から全手を焼き払うように眩い雷が放たれた。
膨大なエネルギーが津波のように無数の魔物を飲み込んでいく。
魔族との戦いはまだまだ始まったばかり。
マーリンの……マリアンヌの復讐もまた旅の途上である。
(それでも……私は決してこの復讐をあきらめたりしない。どれだけ険しい旅だったとしても、どこまでだって進んで行ける!)
「マリアンヌ、無理をするな! いざとなれば私がいる!」
「ええ、背中は任せました。フュル」
自分は一人ではない。
たとえ最果ての地に行くことになったとしても、ついてきてくれる
こうして、かつて聖女と呼ばれた魔女は勇者となった。
その復讐と英雄譚は、まだまだ続いていくのだった。
魔女と呼ばれた聖女ですが、色々あって勇者になりました レオナールD @dontokoifuta0605
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