第18話 暗雲②
「その・・・すいません。お金をお貸しいただいて」
「いいんですよ。困ったときはお互い様ですから」
申し訳なさそうに頭を下げるセーナに手を振って答え、マーリンは銀仮面の下で笑顔を浮かべた。
あれからマーリンはセーナの代わりに代金を支払い、孤児院の子供達の食料品を購入した。
二人は購入した食料品を分担して持ち、セーナが務める孤児院への道を歩いていた。
「見知らぬ旅の方にお金をお借りするなんて・・・本当に申し訳ないです」
セーナは恐縮しきったように目を伏せて、荷物を抱える両手にギュッと力を込める。
どうやらセーナはマーリンの正体がマリアンヌ・カーティスであることに気がついていないようである。ラクシャータの魔法がかかった銀仮面の力は確かなようであった。
「お金は必ずお返しします・・・その、孤児院の経営が厳しくて、いつになるかわからないんですけど・・・」
「いいんですよ。返してもらわなくても」
「そんなっ! そういうわけにはいきません!」
セーナは必死な様子で首を振り、「絶対に返しますから!」と強く訴えている。
(変わっていませんね、この人は)
聖女として何度か顔を合わせたことがあるが、この女性は初めて会ったときから律義で真面目で、融通の利かない人物だった。
婚約者と妹に裏切られ、家族から見放されたマーリンにとって、昔からの知り合いが変わらずにいてくれているというのはそれだけて嬉しいことだった。
「セーナさんは孤児院に努めているんですよね? でしたら、このお金は孤児院への寄付であると考えてください」
「でも・・・」
「神の前に徳を積むことを損であるとは、私は考えていません。善行を積んで神の国に近づく機会をいただけませんか?」
すでに信仰を失っているマーリンであったが、『神』を動機として挙げるのが信心深いセーナにとって最も効果的である。
セーナはしばらく考え込んだ後で、ようやく首を縦に振ってくれた。
「わかりました・・・それでは、ご厚意は有り難く頂戴したいと思います」
「はい、そうしてください」
「その代わり、マーリンさんが困ったことがあったら、私達は必ず手を差し伸べます! 絶対に私達のことを頼ってくださいね!」
「・・・そうさせてもらいます」
力強く放たれたセーナの言葉に涙がにじみそうになるのを堪えて、マーリンは顔見知りの修道女から視線をそらす。
「そういえば、随分と孤児院の経営は苦しいんですね? 神殿から寄付金は入っていないのですか?」
マーリンは話題を変えるように切り出した。
マリアンヌが聖女をしていた頃には、毎月決まった額の寄付金が孤児院へと支払われていた。
決して高額ではないため贅沢はできないが、それでも子供達が飢えることはないだけの金額だったはずである。
「寄付金は・・・切られてしまったのです」
「え・・・?」
その言葉にマーリンは目を見開き、隣を歩くセーナへと詰め寄った。
「そんなっ・・・どうしてですか!?」
「えっと・・・私も詳しくはわからないのですけど・・・」
セーナはマーリンの剣幕にたじろぎながらも、震える声で説明をしてくれた。
いまから半年前、当時の聖女がお役目を降ろされて新しい聖女が跡を継いだ。
新しい聖女はドレスや装飾品などを片っ端から欲しがり、そのせいで神殿の財政が傾きつつあった。
そのため、様々な方面で支出が切り捨てられ、孤児院への寄付金も徐々に減額してきたとのことである。
「そんな・・・、聖女は質素倹約、清らかであるべきなのに!」
「そうですね、少なくとも前の聖女様はそうでした」
怒りに声を震わせるマーリンに、困ったようにセーナは溜息をついた。
シスターである彼女としては今の聖女を声高に批判することはできない。それでも、その贅沢でワガママな在りように納得していないことは明白である。
「前の聖女様の頃は・・・いえ、これ以上はやめておきますね」
「・・・・・・」
「マリアンヌ様・・・元気でいらっしゃるといいんですけど」
「・・・ッ! すいません!」
「えっ?」
マーリンが口にした突然の謝罪に、セーナは細い首を傾げた。
「いえ、何でもありません。これ、少ないですけど寄付させてください! それじゃあ!」
「あ、ちょっと・・・!」
ちょうど孤児院の前にたどり着いたので、マーリンは食料品が入った麻袋を玄関において、セーナのポケットに強引に自分のサイフをねじ込んだ。
慌てて呼び止めてくるセーナの声を背中に受けながら、バタバタとその場から離れる。
路地裏まで逃げ込んだマーリンはセーナが追いかけてきていないのを確認して、銀仮面を外してその場に崩れ落ちる。
「メアリー・・・なんて愚かな!」
『マリアンヌ・・・』
地面に座り込んでポロポロと涙をこぼすマーリンを、姿を現わしたフュルフールが背後から抱きしめる
「私が聖女であれば、こんなことには・・・!」
「・・・・・・」
子供をあやすような手つきで、悪魔の手が頭を撫でてくる。
その温かな感触を感じながら、マーリンは悲痛な悔し涙を流し続けるのであった。
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