第21話 豹変②

 レイフェルトとメアリー。

 二人の結婚式は滞りなく進行していった。


 式の進行を務めているのは聖地から派遣された大司祭ライナ・ライトである。

 壇上に立ったライナは新郎新婦に向けて言葉をかける。


「それでは、これより誓いの言葉を神にささげる」


 銀髪の少女の口から鐘が鳴るような澄んだ声が放たれる。それは13歳の少女の口から出たとは思えないほど厳かな言葉であった。


「新郎、レイフェルト・ロクサルト」


「はっ!」


「汝は新婦に永遠の愛を誓い、その思いが永遠たることを神に誓えるか」


「もちろん、誓おう。偉大なる神に」


「新婦はどうだ? 誓えるか?」


「はい・・・誓います。レイフェルト様に永遠の愛を!」


 二人の言葉を受けて、ライナが大きく頷いた。


「誓いは神の身許に捧げられた。その証として、神より聖杯で清められし水を賜らん!」


「え・・・?」


 ライナの言葉に、なぜかメアリーが目を白黒とさせる。


「どうかしたか、メアリー?」


「い、いえ。聖杯なんて、結婚式に予定されていましたか?」


 レイフェルトが納得したように頷いた。


「ああ、大司祭様が来られることになって、聖地からお持ちいただいたのだよ。それで急遽、聖杯の儀式を行うことになったのだ!」


「そ、そうなんですか・・・」


 メアリーが動揺を隠しきれないと言わんばかりに視線をさまよわせる。

 そんな新婦の様子に首を傾げつつ、レイフェルトは運ばれてきた聖杯に目を向ける。


 かつて神から授かったとされる聖杯には水が張られている。

 注がれているのはタダの井戸水であったが、どれほど汚れた水であっても聖杯に入れられるだけで魔を払い、厄災を退ける聖水へと変わるのだ。


「それでは・・・新郎新婦の未来の平穏を祈り、神より聖なる水を賜らん。まずは新郎レイフェルト」


「ははっ!」


 レイフェルトが前に出てきて、聖杯の水を手ですくって口に含む。すると、白い礼服を着た身体を白い光が包み込んだ。


「おおっ!」


「あれが聖杯か・・・!」


 後ろで見守っていた客の間から感嘆の声が上がる。


「次は新婦メアリー。前へ」


「っ・・・!」


 ライナの言葉に、メアリーがビクリと震える。

 白いドレスを着た花嫁は凍りついたようにその場に立ち尽くしてしまい、いっこうに前に出てこようとしなかった。


「新婦・・・? どうかしたのかしら?」


「・・・・・・」


 ライナが尋ねるが、メアリーは口を固く閉ざして顔を背けてしまう。

 聖地の大司祭である彼女は、国際的にはロクサルト王国の国王よりも上位の権力者である。このような無礼は許されることではなかった。


「メアリー! どうしたんだ!」


 それに慌てたのはレイフェルトであった。

 自分の妻となる女性が大司祭に無礼を働くなど、彼にとっても傷となることである。


「レイフェルト様。私、聖杯の儀式はやりたくありません!」


「馬鹿なっ! どうして・・・!」


「だって・・・その、もう寒い季節ですから水には触りたくないですし・・・それに、せっかくのドレスが濡れてしまったら困りますし・・・」


 ワガママとしか言いようのないメアリーの反応に、レイフェルトが焦ってメアリーの手をつかむ。


「そんなことを言っている状況じゃないだろ!? いいから来るんだ!」


「イヤッ!」


 レイフェルトに触れられて、メアリーは過剰なほどの抵抗を示した。


「やめてっ! そ、その手で触らな・・・ああアアアッ!!」


「なっ・・・!?」


 メアリーの腕。聖杯の光に包まれたレイフェルトの手で触れられた部分が、火傷を負ったように黒く染まっていく。

 花嫁の口からは慟哭のような悲鳴が放たれ、聖堂の空気が凍りつく。


「離れなさい!」


 ライナが一喝する。

 レイフェルトが慌てて手を放して、その場を飛び退く。


「ぎゃあああああああああああアアア!!」


「そんな・・・嘘だ・・・」


 レイフェルトの目の前で、メアリーの姿が見るも無残に変わり果てていく。

 肌は青黒く染まり、髪は燃えるような赤に。指先からは鋭いナイフのような爪を生やし、背中には蝙蝠の羽。

 さらに――頭からヤギの角を生やした姿は、まるでおとぎ話に登場する悪魔のようだった。

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