第40話 聖地①

 聖地ユートピア。

 大陸北方にあるその場所は世界中の教会を統括する総本山であり、司祭以上の聖職者は王族すらも凌ぐ権威を有している。魔族との戦いでは国々を統括して戦いの指揮を執る役割も果たしており、人類守護を司る総本部でもあった。


 ユートピアは円形の城壁で囲まれている。戦時中ということもあって厳重な警備が敷かれていたのだが、城門の所でライナ・ライトから受け取った招待状を見せると、仮面をかぶったままという妖しい風体でも入ることができた。


「……思ったよりも普通の町なんですね。もっとこう、煌びやかな場所だと思ってました」


 石造りの町にはどこにでもあるような風景が広がっている。市場では人があふれて買い物をしており、広場には子供が走り回って追いかけっこをしている。

 他の町と違うところがあるとすれば、この町に住む人々すべてが聖職者とその家族であること。そして、彼らの表情が明るく不安とは無縁であることくらいだろう。


「……他の町とは全然、違いますね。みんな笑っていて、戦争の最中とは思えないくらいです」


 現在、大陸北方の町々は魔族との戦争のせいで暗いムードで覆われており、人々の表情にも陰が差していた。しかし、この町の人々の顔は誰もが明るく、まるで魔族の脅威を知らないようであった。


「それだけこの町が安全ということですね。魔族に怯えることなく暮らしていけるくらい、人々が町の守りを信じているのでしょう」


『フッ……はたしてその安全がいつまで続くだろうな』


 マーリンの背後で、姿を消したフュルフールが皮肉そうに言う。


『ここが魔族との戦いの司令塔であるというのなら、当然、魔族もなんとかこの場所を落とそうとしてくるだろうな。その時になって初めて、彼らは自分達の安全が薄氷の上にある不確かなものだと知るのだろう』


「……幸せな時間というのは、崩れるときはあっという間ですからね」


 自分の経験談と重ね合わせてマーリンは表情を曇らせた。

 この町が攻め落とされる日が来るのならば、それは人類の破滅と同義だろう。もはや大陸に魔族を止められる勢力はなく、世界は魔族に席巻される。


「そんなことは許されませんよ。私の人生を滅茶苦茶にした者達が勝利に笑うことなど、私は断じて許しません」


『それでいい。それでいいのだ。マリアンヌ、私の愛しい契約者よ。君はただ望めばいい、君が望むものは全て私が与えよう。勝利も、栄光も、君に仇なす者の破滅も。私の全存在は君のためにあるのだから』


「ありがとう、フュル」


 フュルフールの頼もしい言葉に笑顔で答えて、マーリンは町の中央へと足を向けた。

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