第2話 婚約破棄②

「わ、私とラクシャータという女性は何の関係もありません! 私が聖女の力を失ったことは不貞の証拠になんてなりません!」


「見苦しいぞ、この期に及んでまだ己の罪を認めようとしないとは・・・!」


 なおも食い下がるマリアンヌであったが、レイフェルトはいっそう瞳に宿った憎しみの色を濃くさせる。


「まさか、本当にマリアンヌ様が・・・?」


「聖女が不貞を働くなんて許されぬことだ!」


「神と王国の顔に泥を塗る行為だぞ! 万死に値する大罪だ!」


 最初はどちらが正しいのか疑っていた周りの人間も徐々にレイフェルトの意見に引きずられて、マリアンヌに厳しい目線を送ってくるようになってしまった。

 マリアンヌは周囲から向けられる批難の目に怯えながらも、必死に自分の無実を訴える。


「私が力を失ってしまったのは、たしかに私に至らぬ点があったのかもしれません。でも、信じてください! 本当に私は不貞なんてしていないんです!」


「マリアンヌ、もうよしなさい」


 落ち着いた声が広い部屋の中に響き、ざわついていた貴族達も静まり返った。

 人の波が左右に分かれ、二人の男性が姿を現わす。


「国王陛下・・・!」


「父上・・・それに宰相も」


 現れたのはロクサルト王国の最高権力者であり、レイフェルトの父親でもある国王陛下である。その隣には、宰相であるマリアンヌの父もいた。

 マリアンヌも周りの貴族に合わせて、頭を深々と下げて臣下の礼をとる。

 先ほどまで声高にマリアンヌを責めていたレイフェルトでさえ口を閉ざした。


「よい、頭を上げよ」


「はっ」


 王が鷹揚に手を振って言うと、ようやくマリアンヌは礼を解いた。


「お前達の話は聞かせてもらった・・・最初に、レイフェルト」


「はっ、父上」


「お前の言い分には一つの根拠がある。しかし、マリアンヌが聖女の力を失くしたという一点をもって不貞を決めつけるのは、いささか強引な判断であろう。次期国王ともあろうものが、軽々しいことを申すな」


「・・・・・・申し訳ございません」


 レイフェルトは悔しそうに表情を歪めて、顔を見られないように頭を下げた。


「次に、マリアンヌ」


「・・・はい」


 マリアンヌは王に庇ってもらえたことへの安心と、何を言われてしまうのかという不安を胸に抱きながら、頭を下げて唇を噛んだ。


「お前が聖女の力を失ってしまったことは、ロクサルト王国としても大変に遺憾なことである。原因はわからないが、相応の処罰は免れない。それは理解しているな?」


「・・・・・・理解、しております」


「そうか、ならば沙汰を下す。マリアンヌ・カーティス。お前が持つ聖女の位を、ここに凍結する!」


「・・・・・・っ!」


 王の言葉にマリアンヌが身体を震わせる。

 何事かの弁解を口にしようと顔を上げるが、王の後ろに立っている父親に睨まれて口を閉ざした。


『黙っていろ』


 父の厳しい目線がそう言っているような気がして、言葉を詰まらせてしまう。


「これは『剥奪』ではなく、あくまでも『凍結』だ。マリアンヌに聖女の力が戻るようであれば、再び聖女として迎えるものとする。これは神殿との協議によって決まった正式な決定である!」


「そ、んな・・・」


 どうやら、マリアンヌの味方であった神殿でさえも彼女を斬り捨てることを選んだらしい。

 力を失くした聖女などいらない。あるいは、そういうことなのかもしれなかった。


「幸いなことに、次の聖女はすでに見つかっている。マリアンヌが所有する聖女としての一切の権利と義務は、次の聖女がそのまま受け継ぐこととする!」


「・・・・・・え?」


 王が口にした言葉に耳を疑い、マリアンヌは驚愕に目を見開いた。


「つ、次の聖女・・・?」


 信じられない、そんな思いを込めてマリアンヌはつぶやいた。


 一つの時代に複数人の聖女が在位した前例は存在する。

 しかし、それでも20年以上は時間を置いてから出現するものである。

 マリアンヌが聖女に選ばれたのは5年前のこと。新しい聖女が現れるには、あまりにも期間が短すぎる。


 マリアンヌと同じ疑問を抱いたのか、周りにいる貴族からも疑わしげなざわめきが生じる。

 そんなざわめきも、王が右手を上げるとピタリと止まった。


「せっかくの機会だから、この場を借りて紹介しよう。来たまえ」


「はい!」


 王の呼びかけに貴族の人波の奥から声が上がった。

 少女特有の高い声を聴いて、人々が再び左右に道を開ける。


「・・・っ! あなた、メアリー!?」


「ごきげんよう、お姉さま」


 その少女はマリアンヌの妹であるメアリー・カーティスであった。

 メアリーは小鹿が野を駆け回るような足取りでこちらにやってきて、レイフェルトの隣に立つ。

 貴族令嬢らしからぬ所作に眉をひそめる者もいたが、レイフェルトが睨みつけるとすぐに目を逸らした。


「はしたないぞ、メアリー」


「えへへ、ごめんなさい。レイフェルト様」


「まったく、仕方がない子だ」


 メアリーは親し気にレイフェルトの手を取り、自分の腕を絡めるようにする。

 レイフェルトはたしなめるような言葉をかけながらも拒絶することはなく、無礼としか言いようがないメアリーの行動を受け入れている。


 仲睦まじい二人の姿はどう見ても、恋人同士にしか見えなかった。


 レイフェルトの婚約者はマリアンヌだというのに。


(なぜ・・・貴女がそこに立っているの!?)


 二人の姿に会場が色めき立ち、マリアンヌも婚約者の隣に立っている妹に叫びだしそうになった。

 それでも、貴族令嬢としての誇りから感情を全力で抑え込んで、問い詰めるように王の背後に立っている父親を見やる。


 マリアンヌの厳しい視線を受けて、カーティス侯爵は目を細めて、


「ふう・・・・・・」


 肩をすくめて、諦めたように首を振った。


「っ・・・・・・!」


 その動作だけでマリアンヌは父が言わんとすることがわかってしまった。


(諦めろと、受け入れろというのですか・・・この状況を!)


 父、カーティス侯爵は事前に知っていたのだ。

 マリアンヌが聖女の位を奪われることも。

 妹のメアリーが新しい聖女となることも。

 そして、これから先に起こるであろう展開も。

 全て知ったうえで、マリアンヌを切り捨ててメアリーを選んだのだ。


「さて、見ての通り我が息子レイフェルトと、新たな聖女メアリーは想い合った仲である」


 王は会場のざわめきを吹き飛ばすように、大きな声を発した。

 これから紡がれるであろう言葉を恐れて、マリアンヌは両耳を手でふさいでうずくまった。

 ブンブンと現実を振り払うように首を振るが、それでも無情な宣言が止められることなく放たれた。


「ここにレイフェルトとマリアンヌ・カーティスの婚約破棄を認める。そして、新たにメアリー・カーティスとの婚約を宣言する!」


 わっと会場が沸き立ち、たちどころに無数の拍手で包まれる。

 マリアンヌは誰からも顧みられることなく、うずくまった姿勢のまま首を振り続けた。


「お前はすでに聖女ではない。汚れた魔女め。二度と私の前に姿を現わすな・・・!」


 レイフェルトが最後に告げた言葉は、耳をふさいでいてなおはっきりと心に突き刺さるのであった。

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