第30話 戦場①
北方の小国、ゼスト王国。その国境にある要塞は緊迫した空気に包まれていた。
今から1ヵ月前、北方にすむ魔族から人間諸国へと宣戦布告が出された。
これまでにも魔族による襲撃は何度もあったが、今回はかつてない規模での侵略である。すでに北方にある小国のいくつかは滅ぼされており、ゼスト王国にも侵略の魔の手が迫っていた。
「・・・今日はずいぶんと冷えるな」
「・・・・・・」
城塞の上から北の大地を見張っている兵士の一人が、ぽつりとつぶやいた。
兵士の隣には毛布を頭までかぶった小柄な少年がいて、兵士の言葉に応えることなく両手に白い息を吐きつけている。
自分よりも年下の少年に無視される形になった兵士はわずかに顔をしかめるが、毛布をかぶった肩が小刻み震えているのを見て肩をすくめた。
「その年で志願兵とは、お前さんも酔狂だな。12歳だっけか」
「・・・・・・13だよ。もう子供じゃない」
震える声で少年が返してくる。
毛布から覗いた瞳には不満そうな色が浮かんでおり、講義をするように兵士を睨みつけてくる。
「うちのガキと同い年か・・・十分、子供じゃねえか。出稼ぎか?」
「・・・・・・」
「しゃべってた方がいいぞ? 口を動かしてないと、上下の唇が凍って二度と言葉が出せなくなるからな」
「・・・ッ!?」
兵士が口にしたデタラメを真に受けて、少年が目を見開く。
慌てたように指先で自分の唇を撫でて、安堵したように息を吐く。
「・・・出稼ぎじゃない。家族はもういないから」
「・・・そうか、戦災孤児か。苦労したな」
少年の言葉に、兵士は憐れむように瞳を細める。
ゼスト王国の北方にあった隣国が魔族に滅ぼされたことにより、この国にも帰る場所や家族を失った難民が流れ込んでいた。
その中には幼い子供もいて、目の前の少年のように魔族への敵討ちのために義勇兵に志願する者も多かった。
「やはり、魔族が憎いか?」
「・・・憎くない、と思うのか?」
「・・・悪りいな。失言だ」
兵士は困ったように片手を兜の中に突っ込み、ガリガリと頭を掻いた。
自分にだって妻も子供もいる。愛する者達を理不尽に奪われて、憎しみを抱かないほうがどうかしている。
兵士はしばらくの間、気まずそうに視線をさまよわせて、やがて思い出したように口を開いた。
「そういやあ、アイリスト王国の魔女の話は聞いたか?」
「・・・魔女? 魔族の仲間か?」
「違う違う」
兵士は首を振って否定して、親指で東の方角を指さした。
「この間、東のアイリスト王国が魔族に攻め込まれただろ? そのときに、魔女を名乗る女が現れて魔族を蹴散らしたらしいぜ」
「くだらねえ、ただの噂じゃないか」
少年が唇を尖らせて言うと、兵士はニヤリと笑う。
「それが噂でもねえんだよ。俺の友人の行商人がアイリストから流れてきたんだが、実際に魔女の戦いを目にしたらしい」
「ふうん」
「バカスカと雨みたいに雷を降らして魔族を焼き殺して、おまけにケガをした兵士を魔法で治癒していったとか」
「治癒って・・・魔女じゃなくて、聖女じゃないか」
数ある魔法の中でも『癒し』の属性は非常に珍しく、その使い手は聖女や聖人などと呼ばれて尊ばれることが多い。
「それが魔女なんだよな。助けてもらった兵士が彼女を『聖女様』と呼んだら、『私は魔女です。聖女なんて呼ばないでください』って睨まれたそうだぜ」
「・・・ふんっ」
身振り手振りを交えて兵士が語るが、聞き手の少年は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「聖女でも、魔女でも、どっちでもいいよ。本当にそんな救世主様がいるなら、俺の国が滅びる前に来てくれたらよかったのに!」
「あー・・・」
不機嫌になってしまった少年の様子に、また失言だったと兵士はピシャリと自分の頬を叩いた。
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