第31話 戦場②

「ん………ありゃあ、何だ?」


 唐突に、城塞の上に見張りに立っていた兵士は『それ』に気づいた。


 雪が降り続ける北方の大地。そこに黒い点が生まれたのだ。

 天はやがて数を増やしていき、やがて大地と空を覆い尽くす巨大な黒い波へと変わっていく。


「ま、魔族だ! 魔族が攻めてきたぞおおおおおッ!」


 兵士は慌ててラッパを吹いた。

 重低音の音が響き渡り、要塞中へと敵の襲来を告げる。

 要塞中の兵士が慌ただしく駆け回り、戦闘準備を整えていく。


「まさか本当に来やがったか! ついてねえな!」


「魔族………」


 遠くに見える魔族の姿に、少年は表情を憎悪に歪める。

 自分から故郷と家族を奪った敵がすぐ目の前に迫ってきていた。


 要塞に向かってくる魔族は2種類がいた。

 一つは地上を走る獣型の魔族。鎧を着た二本足のイノシシのような顔をした魔族が、雪を踏みしめて怒号を上げて迫ってくる。

 もう一つは空を飛ぶ魔族。背中に蝙蝠の羽を生やした魔族が、空中で雪をかき分けて要塞の上方へと陣取る。


「弓を放てええええええええっ!」


 先に戦端を切ったのは人間側である。

 指揮官の合図とともに、城塞の上の兵士達が迫ってくる魔族に弓を斉射する。


「ゴアアアアアッ!」


「要塞を落とせっ! かかれ!」


 数十、数百の矢が放たれるが、空を舞う魔族には届くことはなく、地上の魔族も大楯をかざして防いでしまう。


 人間の攻撃を受けて、魔族も反撃に踏み出してきた。

 空中から魔族が勢いよく城塞の上の兵士へと襲い掛かる。兵士は弓から槍に持ち替えて、迫りくる魔族を迎撃する。


「今だっ! 城門を壊せええええっ!」


「ガアアアアアアアッ!」


 弓矢の雨が止まったタイミングを見計らい、イノシシ獣人が城門へとと殺到する。


「くっ………こりゃ、まずいな!」


「俺が行く!」


「お、おいっ!?」


 城門をこじ開けようとするイノシシ魔族の姿を見て、義勇兵の少年が駆けだした。

 腰から剣を抜いた少年は、ひらりと城壁から飛び降りて城門に取りつくイノシシ魔族を斬りかかる。


「お前は父さんの仇! お前は母さんの仇!」


「人間が下りてきたぞ! 殺せ!」


 わざわざ要塞の外に出てきた人間を見て、イノシシ魔族がここぞとばかりに襲いかかる。

 しかし、少年は鋭い視線で群がる魔族を睨みつけて、抜き手もみせぬ剣撃を放つ。


「お前は………妹の仇だ!」


「ギャアアアアアアアッ!?」


 少年の身体が舞うたびに血潮が吹き、イノシシ魔族が倒れている。

 十代前半ほどの少年に魔族の軍勢が翻弄され、攻城が止められてしまった。


「お、おいおい、マジかよ! あのガキ、あんなに強かったのか!?」


 城門の上から少年の姿を見下ろして、年配の兵士が顔を引きつらせる。

 少年の動きは明らかに人間離れしていて、まるでおとぎ話に出てくるヒーローのようであった。


「一人を相手に何をしている! 囲んで焼き尽くせ!」


「ッ!」


 しかし、一人の少年による快進撃は長くは続かなかった。

 上空を飛ぶコウモリ魔族が少年を囲むように旋回して、炎の魔法で攻撃してきた。


「ああああああッ! お前は、村のみんなの仇だ!」


「ギイッ!?」


 少年は全身に火傷を負いながらも炎の中から転がり出て、手に持っていた剣を空中の魔族に投げつける。

 剣は狙い通りに飛んでいき、コウモリ魔族の首に突き刺さる。


「武器を手放したぞ! そのまま押しつぶせ!」


「くうっ!?」


 丸腰になった少年へと、イノシシ魔族が押し寄せる。

 少年は火傷を負った身体に鞭を打って必死に戦場を駆け回るが、やがて取り囲まれてしまう。


「く、くそっ! いま助けて………ぐっ!」


 城壁の兵士達も小さな英雄を助けようとするが、コウモリ魔族と交戦中の彼らにそんな余裕はない。

 少年が身動き取れなくなったことで城門を壊す作業が再開され、大柄のイノシシ魔族が破城槌を軽々と振り回して城門に叩きつける。


「く、そおおおおおおおっ!」


 イノシシ魔族が少年に殺到する。

 両手両足が抑えられて倒され、地面に顔面を叩きつけられる。

 同時に、城門が破壊されてイノシシ魔族が要塞の中へと侵入する。


 絶体絶命。

 少年も、要塞も。その中にいる兵士達も。

 そこにいる人類、全ての命運がいままさに尽きようとしていた。


ドオオオオオオオオオオオオン!!


「ギャアアアアアアアッ!?」


 そのとき。

 戦場にまばゆいばかりの稲妻が突き抜けていった。

 目を灼くような閃光に包まれて、魔族の絶叫が轟いた。

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