第10話 魔族と呪い①
「ところで、マリアンヌ。君は自分にかけられている呪いに気づいているのかい?」
「呪い、ですか?」
契約を結んでからしばらく興奮冷めやらぬ様子の上級悪魔フュルフールであったが、やがて落ち着きを取り戻してそんなことを口にした。
意外な言葉を聞いて、マリアンヌは瞬きをしながら首を傾げた。
「君は生来、『雷』と『癒し』の二つの属性を持っているようだな。だが、そのうち「癒し」の属性を呪いによって奪われているようだ」
「え・・・」
フュルフールの説明を聞いて、マリアンヌは目を見開いた。
突然、使うことができなくなった魔法。それはマリアンヌが神から見放されたものだと思っていたが、呪いが原因だったというのか。
「魔法を奪うなんて呪いが可能なのかしら? 200年も魔女をやっている私にだってできる気がしないけど?」
話を聞いていたラクシャータが横やりを入れてくる。
二人の会話に割って入られたのが不愉快だったのか、フュルフールが表情をしかめた。
「人間の力では難しいな。これはおそらく魔族がかけた呪いだ」
「魔族・・・あなたと同じような悪魔が関わっているということですか?」
「まさか! 我ら悪魔を魔族ごときと一緒にしてくれるなよ!」
マリアンヌの疑問に、フュルフールは心外極まるといったふうに否定する。
「我ら悪魔はこの世ならざるアストラル界で生まれた上位存在である。いわば、神や天使に近い存在だ。しかし、魔族はしょせん、この世界に存在する亜人の一種族に過ぎない。まあ、人間よりも魔法に卓越してはいるのだが、根本的に存在が異なるのだよ!」
「そうなのですか?」
マリアンヌが信じていた神殿の教えでは、魔族は地獄からやってきた悪魔であるとされており、悪魔と魔族は同一の存在であるとされていた。
「人間は我々と魔族を邪悪なものだと一括りにしているが・・・悪魔は契約者の願いをかなえているだけ。我らに善悪の概念など存在せぬ」
「・・・聖女なんて呼ばれていながら、私は何も知らなかったんですね。神様のことも悪魔のことも」
幼くして聖女に任じられ、自分は狭い世界に閉じ込められていた。
そして、その世界の常識を世界の全てであると思い込まされていたのだ。
「知らないのであれば、これから知っていけばよいではないか! なんだ、その・・・私も付き合うのでな!」
表情を曇らせたマリアンヌを慰めようとしているのか、フュルフールが場違いに明るい声を上げる。
慌てた悪魔の左右でバチバチと白い火花が散るのを見て、マリアンヌもクスリと笑う。
「慰めてくださるのですね。ありがとうございます」
「う、うむ、当然だ! お前は私の契約者で・・・こ、恋人なのだからな!」
フュルフールは声を裏返らせながら、胸を張って言う。
恐ろしいはずの悪魔が人間らしく慌てる姿が妙におかしく、マリアンヌは表情をほころばせた。
柔らかな表情を浮かべるマリアンヌの顔に見惚れたのか、フュルフールが鼻の下を伸ばす。
「・・・イチャついてないで、話を進めて欲しいかなー。呪いがどうしたのさ」
「い、いちゃ・・・!?」
「うぐうっ・・・!?」
半目になったラクシャータの冷静なツッコミを受けて、マリアンヌとフュルフールはそろって顔を赤くした。
まるで付き合い始めの恋人同士のように顔を合わせては背けるという初心な姿を見せて、フュルフールはコホンと咳払いをした。
「マリアンヌにかけられた呪いだが、おそらくは魔族が関与している」
魔族は人間と敵対している亜人種族である。
この大陸の南3分の2はいくつかの国に分かれて人間やエルフ、ドワーフ、獣人などの種族が領有しているが、残る北3分の1は魔族によって支配されていた。
好戦的な魔族と他の種族の関係は良好ではなく、大陸北方ではたびたび小競り合いが行われていた。
「魔族がどうして私に呪いを・・・?」
それは素朴な疑問であった。
大陸の南部にあるこの国は魔族領からも遠く、マリアンヌも魔族という種族について書物の中でしか知らなかった。
彼らから恨まれる覚えなどなく、どうして呪いをかけられたのか分からなかった。
「マリアンヌちゃんは聖女だったんでしょ? それが関係しているんじゃない?」
ラクシャータの言葉に、彼女の肩の上でサロメも同意する。
『うむ、力ある聖女を失えば国は弱体してしまうだろう。癒しの属性だけでなく、雷の属性まで操ることができる娘は魔族にとっても邪魔だったのだろうな』
「でも・・・私がいなくなっても、妹が新しい聖女になりましたよ! 国が弱体化するということはないのでは・・・」
「その妹だが・・・本当に信用できるのか?」
「え・・・?」
フュルフールの言葉に、マリアンヌはきょとんとした顔をする。
何故だろうか。とんでもなく不吉な言葉をかけられているような気がした。
「属性を奪うほどの呪いは、魔法に長けた魔族であっても容易くかけられるものではない。しかし・・・ある条件がそろえば、それも可能になるだろう」
「条件・・・それは・・・」
「呪いをかけたのが親しい人間。例えば、血のつながった兄弟姉妹である場合だ」
ひっ、とマリアンヌは息をのんだ。
端正な顔が見る見る青ざめて蒼白になっていく。
「血統を触媒とする呪いは、数ある呪術の中でも特に強力なものだ。たとえ名を変えようと、姿かたちを偽ろうと、その身に流れる血流だけは変えることはできないからな」
「でも、そんな・・・」
マリアンヌは自分でも何を口にしているかわからないまま、あわあわと口を動かした。
マリアンヌにとって妹、メアリー・カーティスは自分の立場を奪った人間ではあるが、それでも長年、同じ時間を過ごしてきたたった一人の妹である。
その妹が自分に呪いをかけて、意図して苦境に追いやったなど信じたくはなかった。
「め、メアリーがそんなことをするわけが・・・」
復讐対象の一人であるはずのメアリーをなぜか擁護してしまうマリアンヌ。
マリアンヌの中に残った家族への最後の情が、過酷な現実を否定する。
しかし、ラクシャータの無情な言葉によって、その思いは打ち砕かれた。
「そういえば・・・マリアンヌちゃんが魔法を使えなくなって、代わりに妹ちゃんが聖女の力に目覚めたのよね」
「あ・・・」
「妹ちゃんの聖女の力、マリアンヌちゃんから奪ったものじゃないかしら?」
ラクシャータの言葉にふらりとマリアンヌの身体が傾ぐ。
フュルフールが慌てて彼女の背後に回り、倒れそうになる細い身体を支えた。
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