第49話 勇者①

 それからマーリンは再びライナ・ライトのもとを訪れて、勇者パーティに加わる旨を伝えた。ライナは喜んでマーリンのことを迎えてくれて、晴れて魔王討伐の旅に参加することが決定した。


 そして、後日。

 マーリンは改めて聖地ユートピアへと招かれて、勇者パーティのメンバーと顔合わせをすることになった。


「・・・前言撤回だ! 勇者パーティなど参加するな!」


 魔王討伐部隊。通称勇者パーティ。

 その参加者の姿を見て、フュルフールが憤然と叫んだ。


「お久しぶりです、女神様! またお会いできて光栄です!」


「ええと・・・貴方が聖剣に選ばれた勇者様?」


 そこにいたのは、かつて北方の要塞で魔族と戦った際に出会った少年であった。

 少年はキラキラと瞳を輝かせて困惑するマーリンの手を握ってくる。背後に現れたフュルフールが額に青筋を浮かべて雷の雨を降らそうとするのを、マーリンは慌てて押しとどめた。


「女神様も勇者パーティに参加するんですね! すごい! やっぱりこれは運命です!」


「あら? マーリン様は勇者様とお知り合いだったのですか?」


「ええ、ちょっとだけ・・・」


 ライナの問いに応えて、マーリンは困ったように首を傾げた。

 少年は相変わらずマーリンの手を握りしめており、その顔は喜び一色に染められている。もしも彼が犬だったら尻尾をブンブンと振り回して風を巻き起こしていただろう。


 北の要塞で魔族との戦いが起きたのと同時刻。遠く離れた聖地でもまた異変が起こっていた。

 教皇府の奥に安置されていた聖剣が淡い光を放ち、まるで誰かを呼ぶように脈動したのである。

 聖剣はひとりでに動き出し、その切っ先が向いたのは北の方角。ちょうど要塞がある方角だった。

 聖地に住む司祭達は要塞に聖剣が選んだ人間がいるのではないかと考えて、要塞にいた兵士一人一人に聖剣を握らせた。

 大人の兵士全員が聖剣の柄を握るも何の反応もなく、最後に義勇兵であった少年に順番が回ってきた。少年が柄を握った瞬間、聖剣を包んでいた光が勢いを増してまるで日の出のように周囲を照らしたのである。


 もはや疑いようもない。この少年が聖剣に選ばれた勇者に違いなかった。

 少年は勇者として聖地に招かれ、最後の神器の保有者が選ばれたことで本格的に魔王討伐を行うことが決定されたのだった。


「お知り合いでしたら話が早いですね。無事に旅が始められそうで安心いたしました」


「無事に・・・でしょうか?」


「貴様、それ以上マリアンヌに触るな! 寄るな、見るな、消え失せろ! この世界から消滅しろ!」


「女神様はマリアンヌさんというんですか? たしかマーリンさんじゃ・・・」


「マリアンヌと呼んでいいのは私だけだ! 貴様ごときがその名を口にするな!」


 噛みつくようにフュルフールが少年に詰め寄り、少年はのほほんとした様子でそれを受け流している。これから一緒に旅をするというのに先行きが思いやられるような光景であった。


「本当に、大丈夫なのでしょうか? なんだか不安になってきたのですが・・・」


「女神様~!」


「あ、貴様っ! マリアンヌに近づくなと・・・!」


 フュルフールの横をすり抜けるようにかわしてマーリンの手を再度握り、少年は太陽のように笑った。


「俺の名前はアーサーといいます! これからよろしくお願いしますね、女神様!」


「はあ?」


 マーリンは困り果てて顔をひきつらせ、愛想笑いを返すのであった。


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