琥珀は《瑕》が美しい、ひともまたそう。

ひとは矛盾のなかで呼吸をしている。《私》もあなたもわたしも。おとなになるということは矛盾を飲みこむことで、おとなになったというのは矛盾を味わえるようになることかもしれません。
読んでいるとき、視線は文章をなぞっているのですが、何故か琥珀を眺めているような心地になりました。何千何万の刻を経て結晶になり、海の浪に揉まれながら砂浜に打ちあげられた琥珀。本物の琥珀には結晶のなかに《グリッター》というものがあり、これがきらきらとまるで黄昏の雲のように輝いてほんとうに美しいのですが、この《グリッター》とは結晶の内部にできた瑕や罅割れなのだそうです。
琥珀においてはこうした瑕こそが、美しいのです。
ひともきっと、そう。
やさしく、ひとつひとつ、確かめるようにこころについた矛盾という瑕をなぞる描写の数々。悲しみでもなければ喜びでもない、そのあわいに漂っている感情の機微。
倖せではない経験が、有り触れた幸福よりも遥かに豊潤な時を紡ぐこともある。そもそも幸も不幸も、ひとが決めるものであって、ほんとうはきっとそんなものに意味などはないのでしょう。
なんとも美しく、味わいぶかく……久し振りに文学というものを堪能させていただきました。読み終えた後もずっと心地よい余韻に浸らせていただけるような、素晴らしい純文学でございます。

純文学、あるいは琥珀の輝きを堪能したい読者様は是非。
とっても素敵な時を過ごせるはずです。

その他のおすすめレビュー

夢見里 龍さんの他のおすすめレビュー560