異国の妃の姿絵を描けと命じられた宦官の"洛雪"と国を滅ぼされ皇帝の妃とされた"胡"のふたりが紡ぐ静謐なる幻想……
言語がなめらかに通じないからこそ、ひとつひとつの言葉が重く、読者の心に響いてくる演出は見事そのもの。
『シャエル』 馬
『シーバ』 青
シャエルシーバ…… 「青い馬」
異国の妃の美しい名が明かされた時から、妃と絵師ふたりだけのせかいが紡がれ、それこそ一幅の絵のように読者の眼のまえに宮廷の風景とともに拡がっていきました。
言葉は絵となり得る。
あらためて、その事実を教えていただいたような。
ほんとうに素晴らしい読書体験でした。
ぜひとも皆様に読んでいただきたく、拙いながらも筆を執らせていただきました。おすすめです。
【あらすじ】
時は陶王朝、馥宗の御代。
元宮廷画家の宦官・洛雪は皇帝からある命を受ける。
それは、この度皇帝が平らげた西方の遊牧民族・イル族出身の胡妃の絵姿を描くことであった。
……
「座る」
『グマルハー』
「あなた」
『サエスメ』
「前」
『メスルヤラ』
……
洛雪は胡妃の元を訪い、画の制作を進めていく。
異民族出身の胡妃に、陶の言葉は通じない。
洛雪が描く間、いつも花窓の外を眺めている胡妃。
その視線の先にあるものとは……?
【おすすめポイント】
(1)言葉が通じないからこそ
互いに異なる言葉を操る洛雪と胡妃。それ故にスムーズにやり取りをすることは出来ないですし、小さな行き違いなどを生じることもあります。しかし、だからこその丁寧なやり取りが印象的です。
個人的には、洛雪が胡妃を描くため、彼女に化粧を施すシーンが好きです。
(2)水墨画のようなトーンで語られる語り
基本的には洛雪に寄り添った視点から語られる本作。洛雪の眼を通して描き出される世界は、静かで、どこか乾いたような哀しみを湛えています。それは、本人の性格と、宦官となるに至った洛雪の過去に起因するのでしょう。この語りが読み手を物語の世界に深く呼び込んでいきます。そしてまた、抑えられたトーンが故に、その中で描かれる胡妃の瞳が鮮烈に印象づけられています。
(3)穏やかながら清々しさのある読後感
皇帝の命通りに胡妃の画を描き上げた洛雪。「もう会うことはないだろう」と胡妃に別れを告げる洛雪を待ち受ける事態とは……?
途中ハラハラするシーンもありますが、最後は未来を感じさせる感動的な終幕でした。
後日談も含め、よく練られた構成で読み応えがあります。
中華な世界観が好きな方は勿論、物語世界に浸りたい方にもおすすめです!