絆という言葉があまりにも「縛る」というニュアンスが強すぎて苦手なのですが(あくまで、個人的に)、この物語はまさに、かつて強く結びついていたふたりの関係の、ゆっくりと後戻りしようもなくほどけていく様子を、とても美しくえがいています。
ここに登場する人物の、誰もが誰もを想っている。関係性が変わってしまっても、そのこと自体はまったく変わらず、相手を大事に思う。そのやさしい空気感が文体にとても溶け込んで、心地よい読後感を与えてくれます。京王線というのが絶妙ですね。きっと主人公の向かう新宿方面は、この心地よい空間とはちがう場所なのだろうと、印象付けられます。だからこそこの公園は、特別な場所になる。
登場人物たちの心情を読み取って、楽しむ、まさに小説の醍醐味を味わせる掌編です。
テクニックも構成も抜群、お若いのに一体なにを読んで育ったのかな、一晩ヒザを詰めて語りたいくらいです。
この手の物語は、
いきおい私小説風になりがちですが、適度な距離感が心地よく、わたしのような人生のベテランはすでに手放してしまっているサラサラ感があります。
もどかしくもあるが
ネバっこくない
刹那的に見えて
歴史もある。
誰かに受け入れてもらうという経験のないワカモノではないのに、なぜだか誰のことも受け入れられない。
そのあたりの不思議を
もう少し掘り下げていくと…
…ドロドロしちゃうかもですね、
難しいところなのです。
経験値が、作者をどこかへ連れていく。
連れて行かれないように頑張るのか、
連れて行かれた先で別の視点を持つのか。
楽しみな作家さまです。
ひとは矛盾のなかで呼吸をしている。《私》もあなたもわたしも。おとなになるということは矛盾を飲みこむことで、おとなになったというのは矛盾を味わえるようになることかもしれません。
読んでいるとき、視線は文章をなぞっているのですが、何故か琥珀を眺めているような心地になりました。何千何万の刻を経て結晶になり、海の浪に揉まれながら砂浜に打ちあげられた琥珀。本物の琥珀には結晶のなかに《グリッター》というものがあり、これがきらきらとまるで黄昏の雲のように輝いてほんとうに美しいのですが、この《グリッター》とは結晶の内部にできた瑕や罅割れなのだそうです。
琥珀においてはこうした瑕こそが、美しいのです。
ひともきっと、そう。
やさしく、ひとつひとつ、確かめるようにこころについた矛盾という瑕をなぞる描写の数々。悲しみでもなければ喜びでもない、そのあわいに漂っている感情の機微。
倖せではない経験が、有り触れた幸福よりも遥かに豊潤な時を紡ぐこともある。そもそも幸も不幸も、ひとが決めるものであって、ほんとうはきっとそんなものに意味などはないのでしょう。
なんとも美しく、味わいぶかく……久し振りに文学というものを堪能させていただきました。読み終えた後もずっと心地よい余韻に浸らせていただけるような、素晴らしい純文学でございます。
純文学、あるいは琥珀の輝きを堪能したい読者様は是非。
とっても素敵な時を過ごせるはずです。