太平洋戦争で撃沈したはずの海軍士官が意識を取りもどすとそこは靖国……ではなく現代日本! しかも現役アイドルである大和ナナのからだのなかだった!?
奇想天外、でもいつだって真剣な命を燃やすアイドル活動のはじまりだ!
ずっとずっと拝読したいとフォローをつけていたものの、イッキ読みしたくてなかなか読めずにいたこちらの小説。ようやく拝読することが叶いました。
アイドルと海軍士官というとまったく相反するものに感じますが、その実、そうではなかったのだとこちらの小説を拝読してすとんと腑に落ちてきました。
日本における元祖アイドルは「明日待子」ともいわれています。昭和8年にムーランルージュ新宿座にてデビューした女優で、一般市民からの人気はさることながら大日本帝国陸軍を筆頭として兵隊さんや軍人さんからの人気も厚く、苛酷な戦地に出征する若者たちの心の支えとなりました。
当時「死んで帰れ」と励ますのが当然であった日本のなかで、明日待子は「かならず帰ってきてください」とファンひとりひとりに声をかけ、握手をしました。あの時代の風潮からしたら明日待子の行動は非難されるべきものでした。彼女も取り締まられる覚悟で「それでも」と彼らに声をかけたのだとおもいます。
ですが、その声が、その願いが、そして溌剌とした彼女の姿が、どれほどの兵隊さんたちの心を支え、鼓舞したことでしょうか。
アイドルと日本軍。こんなにも遠いものとおもっていたふたつの要素が、私たちが産まれるずっと前からつながっていたなんて浪漫を感じませんか?
アイドルは華の命を燃やして、一瞬一瞬を輝こうとする星です。
だからこそ、彼女等の歌は、踊りは、声や姿は今も昔も、これほどまでに戦うひとたちの胸を熱く燃やすのです。
この小説の主人公である海軍士官 飛羽もまた、そんなアイドルたちの姿勢に感銘を受けたからこそ、入れ替わってしまった(?)大和ナナに恥じぬよう、持ち前の生真面目さでアイドル活動を続けていくのです。
想わず噴きだしてしまうような昭和軍人と現代アイドルのジェネレーションギャグ、そこに隠された意外な伏線、読者の心を燃やして滾らせる怒涛の展開。
プロの投稿だった!といわれても疑いようのない大傑作を、こうしてカクヨムで読めることに感謝と敬意を表し、筆をおかせていただきます。
面白い小説には『閃き』と『努力』が欠かせない。
せっかく面白いアイディアを閃いても、そのアイディアに説得力を加えるための掘り下げた調査を怠り、その面白さを読者に伝える努力をしなければ「その設定いらんだろ」と冷笑され、ただの企画倒れになってしまう。
逆にどんなに説得力のある文章を書ける努力家であっても、面白いアイディアが閃かなければ独創性がないので、他の数多の作品に埋没してしまう。
故に閃きと努力は欠かせないわけだが、努力し続けるモチベーションを維持するには『好き』であることが欠かせない。好きだからこそ地道な調査も苦でなくなるし、好きだからこそその面白さを読者に伝える努力をし続けることができるのだ。
さて、前置きが長くなったが、この作品は作者の閃きと努力と好きが見事に調和した珠玉の傑作と言える。
太平洋戦争において戦死した堅物の海軍少尉が現代においてアイドル活動をしている少女にTS憑依転生してしまい、以後アイドルとして活躍するという、一見かなり無理のある設定だが、軍オタでアイドルオタの作者の徹底的な調査と巧みな物語構成により、決して混ざりえないはずの2者が見事に調和よく組み合わさり、素晴らしい作品に昇華されている。
読み終えた今、堅物海軍少尉が現代アイドルにTS転生というぶっ飛んだ設定は必要か? と問われれば自信をもって必要であると答えよう。それはこの作品における屋台骨であり、魅力そのものであるので、それなくしてはこの物語は語れない。
1章は完結し、2章は未完であるが、1章だけでも見事に物語として完結しているので、ぜひ読んでもらいたい。この作品の魅力はこのレビュー欄には書ききれないので、ぜひ自分の目で確かめてほしい。
アイドルドラマ×TS転生という、不思議要素と夢と友情を掛け合わせた、サクセスストーリー。
同シリーズ「IDOLIZE」より20年以上前の舞台設定であり、「IDOLIZE」親世代たちの現役アイドル時代を垣間見ることができるという、シリーズファンには嬉しい仕掛けもなされています。
物語の始まりは「第二次世界大戦末期」。海軍士官である飛羽隼一は味方を守るため敵機に自爆攻撃をし、戦死したはずでした。しかしなぜか彼は見知らぬ場所で目を覚まし、その身体は女性のものに変化していたのです。
激しく混乱しつつも、彼は、自分が「大和ナナ」という女性アイドルの中に入ってしまった事実を受け入れます。
いつか本当のナナに身体を返すため、彼はナナの親友である林檎嬢に支えられながら、アイドル活動を続けることを決意するのですが——。
この物語の見所は、書ききれないほど沢山あります。
二十一世紀の世界に戸惑う大正生まれの軍人さんという、真面目さとジェネレーションギャップの融合はついつい笑ってしまいますし、林檎嬢との(百合ではないのに)甘いやりとりも必見ですし。
エリート士官である少尉さん(中の人)の一人称によって綴られる記憶は戦前の文化を読む側に追体験させてくれるのですが、時代考証がしっかりしているので非常に興味深い。加えて、ワンポイント講座という、当時の文化や習慣を少尉さんが教えてくれるコラムもあります。
もちろん、安定してて読みやすい文章、時に甘く時に激しく心を揺さぶる筆致、伏線を張り巡らせた緻密な構成、——読み物としての安心感と面白さは言うまでもなし、です。
さて、この物語は現実と深くリンクしています。終盤になるにつれて目が離せなくなってく展開は、彼がこの時代で与えられた役目、現代に誘われた理由の一つを示唆しているのかもしれません。
少女たちの夢を守るため果敢に戦うナナさん(少尉さん)の眼光は、それを見守る私たちにも勇気を与えてくれることでしょう。
アイドルに詳しくなくとも、困ることはまったくありません。ぜひ一気読みで、この感動を味わってみてください。
少年誌ばりの熱い戦いが繰り広げられる『IDOLIZE』とは打って変わって、当世流行りのWEBラノベの定番ネタ「TS転生」を主題とした異色のアイドル小説。
『IDOLIZE』と同じ世界をベースとしていながら、読み口は大きく異なっており、作者の作風の引き出しの多さをうかがわせる。
堅物の軍人からアイドルに転生する主人公、飛羽隼一の誠実かつ聡明な人格には非常に好感が持てる。「何の取り柄もない高校生が……」「くたびれた30代の 社畜が……」といった主人公像を提示しがちのWEBラノベの中で、しっかりと若きエリートとして好感の持てる主人公を立てていることは、本作の見所の一つ だろう。
そのエリートのはずの主人公が、戦前の知識と現代の文明・文化とのギャップに戸惑い、トンチンカンな言動を繰り返す日常パートは大変に愉快。
百合関係を思わせる同居人の林檎嬢との関係も微笑ましいものだが、そうした日常の積み重ねの中に細かな伏線を散りばめておき、クライマックスの事件解決編で一気にこれまでの積み重ねを回収する流れは見事としか言いようがない。
アイドルに興味のない読者でも手に汗握ること間違いなしの一作である。