実用性と策士

___慣れてきた気がする。


現在、私がいるのは始まりの街で、森の中でのんびりとシャドウを試している。

とりあえずもうひとりの私ことシャドウを手足のようにとは言えないものの、実用できる程度には動かせるようにはなった。


だが視界を共有し、別々の動きを求められるシャドウの存在はあまりにも負担が強く、現状では長時間使うのは難しい。


でも、結局これじゃ足りない。


私はシャドウに、近接戦をさせることを目標にしている。

そのためには今の練度では使い物にはならないだろう。


『狂乱』というスキルがある。

草原の主、狼との戦闘で手に入れたスキルでHPが残り二割以下になると発動。

STR、AGI以外のステータスを合計して、STR、AGIに半分ずつ振り分ける。

STRAGI以外は0になるスキルだ。


そして『シャドウ』は攻撃を受けると消えてしまうと書いてある通り、HPは1に設定されている。


つまりシャドウは常に『狂乱』スキルを発動させることが可能になる。


AGIが跳ね上がり、近接での戦いに今の私はついていけない。



……まあ、追々慣れるしかないか。


気に病んでも仕方がない。


こうやって勝ちや目標に囚われてゲームを楽しめなくなった人間を何人も知っている。


今できないことを悩んでも仕方がない。


私は早々に引き上げて、街へ戻った。


◆◆◆


街に戻り、大通りで露店を眺める。

ファンタジー特有の何かの串焼きや謎の果物を包んだ飴が売られている。


露店をしているのはNPCやプレイヤーが混じっているだけど数はプレイヤーのほうが多い。


ニャルさんみたいに第二陣への商売をしている人が多いんだろうか?


吸い込まれるように美味しそうな匂いをさせる串焼き屋の前に行って注文する。


「串焼き一つください」

「あいよ」


1つ100Gで財布が寂しい私にも優しく、長い串に香ばしい匂いのする大きな肉がいくつも刺さっている。


その場で大きく口を開けて、かぶりつくと香辛料の暴力的な旨味が口いっぱいに広がる。


うま~~~!

普段が少食でこんなにがっつり肉食べることないのと疲れもあって身に沁みる美味しさだ。


食べるのを気にしないでいいのはVRの良いところの一つだ。

一時期、VRダイエットなんかが流行ったのを思い出す。

VRの中で食べて、現実の空腹を紛らわすといった力技だが、結局のところ、脳と身体のギャップで余計お腹が空くから逆効果という結論に落ち着いた。


だけど小食の私からすればいくらでも食べれるからいっぱい味わえる。

これはVRの最大の利点の一つに違いない。


このまま買い食いに移行だ。

衝動と欲望に身を任せて、次は違う露店でクレープを頼む。

アプの実という得体の知れない紫色のリンゴみたいなものが入ったクリームたっぷりのクレープを買って、受け取るとどこからか聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「ん?」


言い合い、視線を向けた先にあるのはそう形容するしかない現場で、その中心にいるのは私の知り合いのニャルさんだ。

特徴のある声と関西弁のおかげで直ぐに分かった。


「だぁから!ウチは対価をもらってスキルの情報や武具を提供してるんよ!いきなり現れてスキルをタダで教えろってなんやねん!お前ら!」


ニャルさんの大きな声での言葉に、とりあえずめんどくさいのに絡まれていることが分かった。

穏便に済む……って感じでもなさそうだ。


相手をしているのは3人の男で、3人とも初心者っぽい。

どうやら私みたいに、初心者相手の商売をしていたところを見られて、俺らも、ってなったのかもしれない。


3人でニャルさんに聞くに堪えない暴言を吐くやつら。

ニャルさんはまだ通報する気はないようだ。暴言だけでは数日程度のBANしかできない。

もう少し、行動を誘って通報するつもりなようだ。


ここは見ているのが正解なのかもしれない。


だけど、ニャルさんは私を救ってくれた人だ。

このまま傍観者でいることだけは許せなかった。


それに……私はこういうときの気持ちを知っている。


複数人に暴言を吐かれるときの気持ちを。


それはゲームを楽しめなくなったきっかけで、

それがどんなにつらいことかもわかっている。


だから。


遠巻きに見ているプレイヤーやNPCを押しのけて、私はニャルさんのもとへ行く。


「ニャルさん」

「……リンクスちゃん?」


声を掛け、ニャルさんを庇うように前に出た。


「なんだお前」

男の1人が言う。


私は怒っている。

理性的であろうと頑張るものの、この怒りが、衝動が、理性的に落ち着くことを拒否していた。


「他者への言いがかりや暴言はBAN対象なの知ってる?」


敬語は必要ない。


男たちが「ふん」とバカにするように笑った。


「知ってるぜ。だけど、何日かだろ?」


「そうだよ。だけど悪質なのが認められたらもっと伸びる。それは知ってる?」


男たちが後ずさる。

それでビビるってことは自分たちが悪質なことをしているのを認めたということだ。


「この人は商人だ。商人は対価を得て物を売る。対価を払わずに何かを強請ることが間違っているのは現実もゲームも変わらない」


「そ、そいつは他のやつにはスキルをタダで教えてたぞ!」


「なわけないやん。うちの防具を買ってくれたらスキルの習得方法をおしえるってだけや。そもそもスキルの獲得方法なんてめんどくさがらずに掲示板チェックすれば何個かは分かんねん。ったく……通報せんからはよどっか行ってくれ。めんどいわお前ら」


ニャルさんが疲れた様子でしっしと手を振る。


だけど男はそんなニャルさんの様子が気に食わなかったようで、男の1人が怒り狂った様子で叫んだ。


「ふっざけんな!決闘だ!決闘で負けたらお前が持ってる装備を寄越せ!」


めちゃくちゃだ。

怒り狂った男のパーティーメンバーたちはそんな男を止めようとするがまったく聞こうとはしない。


ちらっ、とニャルさんを横目で見ると馬鹿にするような笑みを浮かべていて、先ほどのわざと怒らせるような物言いといい、敢えてこの状況を作り出したようにも感じる。

もしそれが正しければ恐ろしい人だ。

でも久々にニャルさんの戦闘が見れる。それはそれで少しだけ楽しみだったりする。


「ええで。その代わり、お前らが負けたらおとなしく通報を受け入れて有り金全部置いてって2度とうちに関わらんと誓ってもらうで」


「ああ!通報でもなんでもしやがれ!」


「言質は取ったで。決闘を受け入れるわ。その代わり、代理人を立てさせてもらうけどな」


ん?


なんだか嫌な予感と共にニャルさんを見ると「てへっ」と舌を出している。


「そもそも一定の期間、第二陣と第一陣の決闘はできないようになってるんよ。やから頼むわリンクスちゃん!」


「え」


えええええええ!


「うちもっとリンクスちゃんのかっこいいところみたいなぁ。それに買ってくれたら好きな武具あげるよ?」


まあハウくんなら大丈夫やろとでも言いたげに笑いながら手を合わせるニャルさん。


そして商人らしい金欠な私へのダイレクトなご褒美に、私はがっくりと頷くことしかできなかった。

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