擬態とシャドウ
この世界は細部まで細かく作られている。
砂浜の砂一粒一粒まで表現されていて、小さな生物だって生息している。
凄い技術だ。
海岸で、ヤドカリをつつきながらそんなことを思っていた。
擬態?
試した。試したさ。
でも生まれたのはMPがゼロの一般人。
顔をマネして消しての繰り返しだ。
その中で分かったことがいくつかある。
まずはステータスの変化。
フィリス様だけではなく海岸にいた手頃なNPCの顔も借りたがステータスの変化はない。
唯一変化があったのは減ったMPだけだ。
もう一つはNPCへの効力。
海岸にいたNPCの顔を借りた後にもう一度、会いにいったら顔を合わせた瞬間に逃げられてしまった。
NPCには有力なのは間違いないらしい。
ただNPCへの敵対行為に当たるらしく、1分間だけ頭の上に黄色いマークが点滅していた。
ただこれは別人であった場合はきっと気づかれないし、何かに使うことは可能だ。
あとは自分の顔もストックできた。
何の意味が……?
以上だ。
与えられていた情報以外の発見はなかったと言っていい。
どうやって使えばいいんだ。
ただルガさんはこの能力は使えるといっていた。
MPの自然回復を待ちながら考える。
そういえば姉さんが言っていたっけ。
自分の理想を常に思い浮かべることが大事だって。
姉さんのポジティブさはそういうところからきている。
ドッペルゲンガーの理想。
他者の顔だけじゃなくて、他者の能力をコピーできたり……、自由に動くもう一人の自分を作ったりできるのが理想だ。
……もうひとりの自分ね。
思い浮かんだのはハウンドの存在だ。
ハウンドがいてくれればどんなに心強いか。
STRとAGIが高くて、長剣で舞うように戦うキザな剣士。
だけどハウンドはもういない。
いるとしたら調教したパペットぐらいだ。
パペットに剣を持たせたぐらいではハウンドにはなれないだろう。
にしてもドッペルゲンガーの説明を読んでいるとドッペルゲンガーという都市伝説を一つの個体として考えたことはなかった。
ドッペルゲンガーといえばあれだ、もう一人の自分で顔を合わせれば死ぬ。
ドッペルゲンガーという個体というよりはもう一人の自分……
もう一人の自分か……
ぱちっ、とした閃きのような何かに、MP回復薬を取り出す。
これもタダではないし、街に戻ってMPを回復させるのが一番てっとりばやい。
だけど、衝動に任せてMP回復薬を飲む。
もし、そんなことができるなら……面白いことになる可能性がある。
『パペット』
MPを回復して、パペットを呼び出す。
調教しきったパペットにおすわりをさせて、祈りを込めながらその顔に触れた。
『擬態』
___ははっ
無機質なのは変わっていない。
そもそも私が無表情だから、表情の変化の無さも別に気にならない。
おすわりをした私が、こちらを見つめている
『条件を達成したため、スキルに『シャドウ』を追加しました。シャドウの能力は一部制限することができます。『パペット』スキルは消去され、シャドウに内包されます』
表示されるポップアップは、スキルの追加で、パペットは自壊してその場に消えてしまった。
新しいスキルの追加……そしてこの追加の仕方はドッペルゲンガーの有用なスキルかもしれない。
期待を胸にシャドウの詳細を確認してみる。
シャドウ
MPを消費し、自らのシャドウを生み出す。
シャドウは自らのステータス、シャドウ以外のスキルをコピーし、指示または思考によって動くが、非常に脆く、攻撃を受けると消えてしまう。
どうやらパペットの上位スキルらしい。
取得条件は分からないが、擬態がトリガーになっているのは確かだろう。
そうなると正攻法ではドッペルゲンガーしか手に入れることができないスキルの可能性はある。
そして
『シャドウ』スキルを使用する。
現れたのは真っ黒な影そのもので、瞳だけが怪しく光っている。
夜に出逢ったら真っ先に逃げるタイプのやつだ。
これもきっと、擬態をかけることができるのだろう。
ただ消費MPは200……キツイ。
そしてシャドウが現れると同時に、ポップアップが表示される。
『現在、シャドウの思考動作はOFFになっています。思考動作はプレイヤーへの負担が大きいため、推奨されません』
思考動作?
スキルの説明にあった思考によって動くという部分からして思考で動かすことだろう。
一応、パペットに調教したように、右指をくい、と上にあげるとシャドウは真っ黒な体を動かし、ファイティングポーズを取ったから引継ぎはされているようだ。
負担が大きい思考動作とやら。
ただ思考でも操作できれば、やれることが広がる。
「思考動作をONにできる?」
『思考動作をONにしますか?』
問いかけると、ポップアップが表示された。
おそるおそるYesを押す。
……なるほどね。
顔を
「さいっあく……」
なんとなく並列思考に近いと思っていた。
でもこれは全く違う、自分の視界と他者の視界が頭の中に同時に存在している。
高熱を出したときのようなふらつきを感じながら、浅い呼吸を繰り返し、SLOではなくエルサからの警告がとんできた。
『心拍数が上昇しています。ログアウトしますか?』
「大丈夫」
……これで戦闘は相当慣れないとキツイな。
だけど
頭の中でシャドウを動かす。
立ち上がり、前へ歩き、しゃがみ、私に肩を貸す。
ややかくかくした動きでシャドウは私に近づいて、しゃがみ、肩を貸してくれた。
このスキルを使いこなせば、リンクスはもっと強くなれる。
私は、シャドウの顔に触れて、擬態を発動させる。
無表情なリンクスが肩を貸しながら私を見ていた。
ステータスとスキルが私と同じ、もう一人のリンクス。
一人ではひ弱でも、二人ならきっと誰よりも強くなれる。
リンクス、私が強くするから。
そんな決意表明をしながらも、押し寄せる嘔吐感に一旦落ち着くまでログアウトすることにした。
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