トラウマ

水分補給やらトイレやら風呂やらを済ませて、もう一度ログインする。

リスポーン位置は先ほどの草原。


のんびりと歩きながら、スキルを確認していく。


まずは『飛翔』

戦闘中に一定の高度までジャンプする。ジャンプ高度の増加。


軽く地面を蹴ってみる。

一気に視界がぶれて、そのままトラップを使ってジャンプした高さまで到達した。


「いてっ」

どうやら落下ダメージはくらうらしい。


次は、『罠師』

罠系統の魔法、道具で与えるダメージや状態異常の時間増加。

現状では、ファイヤートラップしか効果はのらないが後々に役に立つ魔法だ。


あとは魔法。

取得可能 『フレアボム』

高威力のフレアボムを発射する。

フレアボムは一定時間で爆発し、周囲に一定時間残り続ける。


焼夷弾みたいなものだろうか。

フレアボムの爆発にダメージがあり、その周囲で継続ダメージ。なかなかに使えそうな魔法だ。


試しに撃ってみると、ふわふわと提灯のような炎の球体がゆっくりと前方に進み、二、三メートルほど先で爆発した。

炎はサークル上に広がり、その場で十秒ほど燃え続けた。


取得可能『シャドウステップ』

一定距離内であれば、指定した場所にテレポートすることができる。


テレポートを使用すると、目の前に円状の印が現れる。

1メートルほど前に場所を指定して使用すると浮遊感と共に、その場所に立っていた。


これも強いな。

おそらく音か何かで近くにテレポートされたら相手が気づけるようには調整されていると思うが上手く使えれば、とても有利に立ち回れる魔法だ。


さてステータスだけど。


_______________________________

リンクス。

HP 230

MP 430


STR:0 VIT:5 AGI:55 DEX:55 INT:75


_____________________


おわかりいただけただろうか?

STRが0、無である。それでいて、VITも5まで下がっている。

MPは高くなっているが、これはそのうち一撃でもダメージをくらってしまえば終わりみたいな世界になりそうで怖いな。


俗にいうオワタ式と呼ばれるものはしたくない、常に一撃死のストレスがつきまとうとか怖すぎる!


これは次の街に行く前に、ギルドに報告して装備買いたいかな。

ローブは固定だけど中の皮鎧とかは買えるだろうしなんとかVITを上昇させたい。


とぼとぼ、と顎に手を当てながら帰っていると前から人が歩いてくるのが見えた。

もしかして今からボス戦だろうか?

男女数人のパーティは何やらこちらを見て訝しげな顔をしている。


なんだ、と顔を上げると「ひっ」と小さな悲鳴が漏れた。


人の顔を見て悲鳴をあげるなんて失礼なやつだ。

少し急ぎ足で、隣を抜ける。最後までそのパーティの視線は私に釘付けだった。


私に何か付いている?

今の格好は初期のローブを狂乱のローブに変えて、フードを被っただけの普通の姿の筈だ。


ふと嫌な考えが過ぎる。

そういえば、狂乱のローブを着た姿を見てなかったなと。


おそるおそる右手を振って、装備の着脱画面を表示させる。


このゲームには二種類の装備の着脱方法が存在する。

一つはそのまま服のように着たり脱ぐこと。

ローブなど着脱しやすいものはこの方法で着替えることが多い。

もう一つは、装備画面を表示させて、装備を変更する方々。

この画面では装備を着た姿を確認することができる為、鏡を見なくても見た目を確認することが可能である。


「うわぁ」

思わず声がもれた。

これはさっきのパーティの反応も納得だ。


背中に刺繍されているのは、白と黒が入り混じった狼の姿。

フードを被れば、本来顔がある場所は黒いスモッグのような闇が渦巻いており、その奥には琥珀色の瞳が爛々らんらんと輝いている。


狂乱のローブ。

狂気に見定められた者は、狂気に身を落とす。


この種族にするときに悪役みたいだと思ったけど、これだと本当にそうだな。


というかこれ、街入れるかな……?


___街についた。

既に門番すらギョッとした顔で私を見ている。

流石にいたたまれなくなり、ローブを外して初期ローブに着替える。


流石にこのままではおちおちと買い物もしてられない。


まずはギルドだ。

先ほどと同じ受付嬢さんにクリア報告を行う。


「草原を統べる者の撃破を確認しました。お疲れ様です。お怪我はありませんか?」

「大丈夫です」

「そうですか。あまり無理はなさらないでくださいね。では、こちら報酬の5000Gになります」

「ありがとうございます」


お金を受け取って、ギルドを出る。

次に向かうのは武器や防具を売っているNPCのショップだ。

流石に防御力の増強は、最優先目標である。


ショップへ向かうために、多くの屋台が出ている大広間を抜ける。

第一陣の人たちが、第二陣のために屋台を開いているようだ。PT募集をしている人もいる。


「なあなあ、そこのお嬢さん」


「ねーってば、そこのローブを着た人!」


ん?もしかして私のことだろうか?

きょろきょろと辺りを見回すと、屋台から身を乗り出す人懐っこそうな獣人族の女性と目が合った。


……なんか見覚えがあるな。


自分を指差し、首を傾げると大きく女性が頷く。


「なんですか?」

「やー、見目麗しゅうお嬢さんには声をかけないといけないという古い習わしがあってやな」

「私、フードで顔見えてないと思うんですが」

「まずは掴みから入るのは商売の基本やろ、人間男でも女でも褒めときゃ大体なんとかなるってのがうちのモットーや。まあ、足も止めてくれたわけやし本題に行くんやけど」


なんだこのマシンガントーカー……それでいて、声が綺麗なもんだからそんなマシンガントークもあんまり不快ではない。



「あんた、防具とか探してんちゃう?」

「……なんでわかったんですか?」

「簡単な推理や。あんたは今初心者装備のローブを着てる、やけどレベルは13。明らかに釣り合ってへんからな。そろそろ防具とか欲しくなるころやと思ってな」

「ちょっと待ってください。他人のレベルってわかるんですか?」

「ふっふっふ、これも鑑定スキルのおかげや。鑑定は魔物とか植物の情報をもっと詳しく見ることができるんやけど、スキルのレベルが上がると、自分より低いレベルのプレイヤーのレベルがわかるようになるんよ」


鑑定スキル。

プレイヤーのレベルには興味がないが、魔物や植物の情報などがもっと詳しく見れるようになる、というのは気になる。


「ち、因みに取得条件は……?」

「金とるで?って言いたいところやけど、うちで防具買ってくれるんならタダで教えるで」

「タダ……」

「防具も買えて、スキルも覚えられるなんてうまいと思わん?」

「思いますけど……」

「じゃあ決まりや。いいのなかったら買わんくてもええから」


目の前にウィンドウが表示される。

一つ一つに目を通していく、初心者装備と比べれば破格の性能ばかりである。

狂乱のローブがあるから、買うのは下に着る皮鎧などが嬉しいけど……


『黒牡丹のブラウス・ショートパンツ』

VIT10↑ AGI30↑ INT10↑


強い……

試着をタップすると、装備した私の姿が小ウィンドウに現れる。


黒を基調としたブラウスとショートパンツ。

ショートパンツなんて普段はしない格好だから、少しばかり違和感があるがお洒落でとても良い。

流石にファッションが現代すぎるように思えるけど……


だがこの上に黒い初心者ローブを羽織るのは違和感があるな。

基本的に戦闘中は狂乱のローブでいいが、あれとは別に見られてもいいようなローブも買っておきたい。

幸い、金はあるためローブを探してみる。


『白蓮のローブ』

VIT 5↑ INT5↑ DEF15↑


これもなかなか強い。

これも試着してみる。

白を基調として、金色のラインが入っているローブだ。

着てみると膝下まで隠れてしまうが、ショートパンツは少し恥ずかしいしこれでいいだろう。


「じゃあこれとこれを」

購入ボタンを押して、『着替えますか?』の問いに「はい」と答える。


幻想的な光と共に一瞬で服装が切り替わった。


「おー、美人さんやとは思っとったけど思ってた百倍は美人さんやったわ」

「ん?ああ。フード」

フードを被ると、女性から少しだけ残念そうな声がもれた。


「ああ、せっかくの眼福が。にしてもよう似合ってるよ。ミステリアスって感じが最高や」

「ありがとうございます?」

「せやった。フレンド登録せぇへん?」

「えっとなぜ?」

「スキルの取得条件教えようと思ったけど、誰か聞いてるかわからんからなフレンドになって個別チャットした方が安心や。それに将来有望なあんたに唾もつけときたいし」

「まあ、いいですけど」


『ニャルさんからフレンド申請がきています』


「ニャルさん?」

「ん?うちの名前、なんか変やったか?」

「いや、なんでもないです」


見覚えがあった理由がやっとわかった。

エスケでも同じ名前で活躍していたプレイヤーだ。

商売している姿と結びつかなかったが……おそらくバチバチに戦闘職をしていた彼女で間違いはないだろう。


『申請を承認する』


「おっけー、じゃあ送るな~」


『鑑定の取得条件は、対象を一時間見続けること』


「うへぇ、大変ですね。因みにこれはなんで気づいたんですか?」

「なんとなくぼーっとうさぎ見てたら覚えてた」

「一時間もですか?」

「考え事しながら黄昏ててん」

「へー、珍しい・・・……あっ」


エスケ時代を知っているが故に思わず本音が出てしまった私を、ジトッとした目でニャルさんは見ている。


「……いや、第二陣やんな。あんた、うちを知ってるってことはエスケやってたんか?」

「いや、あの言葉のあやというか」

「んー?ならなんでそんな不味そうな顔して、後ずさってるん?」


やばい。完全に目が笑ってない。

ニャルさんといえばエスケの中では、有名ではなかったが関わった人にはそれなりのインパクトを残す人だった。自らグラップラーと名乗って、魔法は一切使わず物理だけで戦うことを好んでいた。


ふと、何故という疑問がわく。

だがそれはプレイスタイルを変えたことではない。

私だって、気障な伊達男をやめてこうやって性別すら変わってる。


むしろ気になるのは、温和でムードメーカーであったニャルさんがなぜここまで自らを知っていることに反応するのか。

私の知っているニャルさんは、「こっちでもよろしくな」と八重歯を輝かせてにこりと笑うような人だった。


「ニャルさんのことを知っていちゃまずいことが何かあるんですか?」

「……あんたは言わんのやな『なんで商売なんかやってるんや』って」

「それはまぁ、別にゲームですし好きなことをやればいいんじゃないでしょうか?」


小さく首をかしげると、ガシッと両手を掴まれる。


「そう!それなんや!うちは商売がやりたいんや!それなのにあいつらは、攻略だのPTに入れだの、キャラメイクし直せだの。アホか!うちはうちがやりたいことをやりたいんや!……だから少し強めに断ってたらエスケの時のフレンドもぜんぜんおらんくなった……結局、長年いっしょにゲームやってきた仲でも利益がなければ切り捨てられるんやなって……虚しくなってん」


「まあニャルさん上手かったですし、それに戦闘中のニャルさんは本当にカッコよかったのでニャルさんには戦闘してほしいって気持ちもわからなくはないです。でも、ゲームは楽しむものなので、その選択は正しかったと思います」


ゲームは楽しむもの。

今の私がまさにそうだ。ゲームを楽しむためだけにここにいる。


「ははっ、あんた良いやつやな。名前、教えてくれへん?」

「さっきフレンド登録したじゃないですか」

「ちゃうわ、エスケの時の名前や。うちは記憶力だけはええからな。さっき、戦闘中のうち知ってるって言ってたやろ?動画も配信もやってへんし、うちなんてマイナーもマイナーなプレイヤーやからな、戦闘を見たことあるなら知ってると思うねん」


「えっ、嫌です」


考えるより先に拒絶が口から飛び出す。

ハウンドより後にエスケをやめたであろうニャルさんに名前を知られたりでもしたら、後のギルドの状況とか私の悪口大会とか、そういった話を聞かされるかもしれない。


いや、ちょっと気になるけど……気になるけど!

精神がもたない……


「ああ、顔そんな青して、ごめんごめん、うち少し無神経なところあるから……ほんまごめん」

「いえ、あの、大丈夫です……はい」


少しばかりの吐き気にも似た気持ち悪さを感じながら、愛想笑いを浮かべる。

心配そうなその表情が少しばかり、心に突き刺さる。


多少はマシになったと勘違いしていたんだと気づいた。

開きかけてきた蓋を閉じようと頑張るが上手く笑みも浮かべることすらできなくなって、その場で蹲ってしまう。


かっこ悪すぎるだろ……


「あ、ああ、ちょっと待ってな。ログアウト、いや、とりあえず宿まで行くのがええか。ごめんな、ちょっと立たせるで」


ニャルさんの言葉に従いながら私は開きかけた蓋を必死に閉じようと、口もとを結んでいた。

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