門出

街の宿屋の一室には、少しばかり重い空気が漂っていた。


「なんかすみません。ははは」

愛想笑いを浮かべてみるが、ニャルさんの表情は硬い。


「なあ、リンクスちゃん。うちはカウンセラーでもないし聖人様でもあらへん。偶々今日初めて話す子に言うことでもないと思っとるけど、これだけは言わせてほしい、うちは味方や。うちの話を聴いてくれたから、今度は……いや、話してほしいわけやないんやな。うちはリンクスちゃんにゲームを楽しんでほしい」


真っ直ぐな表情で、こちらを見るニャルさんに堪えてきたものが……瓦解する。


「私のエスケの時の名前は『ハウンド』です」


大きく、ニャルさんの目が見開かれるのが見えた。翡翠色の綺麗な目だ。


「……なるほどな。『未知の駅』か」


久々に聞く名だ。

ハウンドが所属していたギルドの名である。


「理解できたわ。うちもあのギルドとは懇意にしてたさかい……ハウ君がいなくなった後のこと教えることもできるけど……どないする?」


私の心象を表すと、半ばヤケクソである。一度瓦解してしまえば、崩れるのは一瞬だ。


緊張しながらも「お願いします」とだけか細い声で伝えた。


「まず結論から言うと、『未知の駅』は解散した」

「えっ!?なんで」

驚きで、思わず立ち上がる。


解散なんて、なんで……


「こればかりはハウンドっていう子の重要性をハウ君自身が認識しきれてなかったという他ないなぁ。ハウ君初期メンバーの一人やし、初期メンバーはみんなハウ君のこと大好きやったからな。だから解散した」


「まずは犯人捜しがはじまった、少なくともハウ君が抜けた理由にちゃんと納得できないと腹の虫が収まらんかったんやろうなぁ。だけどそれも直ぐに終わった。姫さまもゲームをやめたんや。姫さまは包み隠さずに全部話してゲームをやめた」


通称姫さま。

私がゲームをやめる原因となった少女。そして私が騙していた少女……


姫さまはそのカリスマ性で、近衛兵と名乗る、たくさんの取り巻きがいつも周りにいた。

私のことを師匠と呼んで、慕ってくれていた。


「あんたを責めたり、色々根も葉もないことを言っていた取り巻きはギルドから全員追放。一部は垢バンされてる。それが原因で未知の駅は実質解散となって、それからは本当に一部としか関わってなかったように見えたなぁ」

「そんなことが……」

「勘違いしてほしくないんは、ギルマス含めたみんな、誰もあんたのことを責めてないんよ。ちょっぴりおかしなやつはおったけどあんたのことも姫さまのことも、責めてない。でも、欲を言うなら、みんな相談ぐらいはしてほしかったんちゃう?」


ぐうの音もでない。

相談していたら何か変わっていたんだろうか、まあ少なくとも一人で抱え込んでずっと苦しむことにはならなかったのかもしれない。


「後悔先に立たず……」

「せやなぁ」

「ありがとうございます。話してくれて、少しだけ気が楽になりました」

「ううん、なんならこの世界でもやり直せるんよ?」

「え?」

「ゲーム大好きな奴らやからな、もちろんこの世界にもきてるで」


ニャルさんが軽くウィンドウを操作して、スクショを見せてくる。


そこに写っていたのは懐かしい姿で……

四人の男女が、昔と何も変わらない姿でそこにいた。


「第一陣にみんなで乗り込んどったよ。ギルドも作ってて名前は『六星の誓い』、クサい名前やろ?四人しかおらんギルドやからたぶん待ってんねやろな。姫ちゃんとハウ君の二人を」

「うぐぐ」

「どういう感情やねんそれ。ニヤけるか恥ずかしがるかどっちかにしいや」


やばい、どういう感情かわからないけどやばい。顔はにやけが止まらないし、ちょっぴり恥ずかしくもある……


でもやっぱ……


「嬉しいな」

「それ聞いたら喜ぶんちゃう?リンクスちゃんが連絡取りたいなら繋ぐよ?」

「……大丈夫です。まだ私はみんなと一緒に歩けるほど強くないから、強くなって出直してきます」

「んー?そう、絶対気にせえへんと思うけど、リンクスちゃんがそう言うなら」

「でも、その代わり伝言いいですか?」

「おっ!ええよええよ!なになに?」


小さく息を吐き出す。

これは門出の言葉だ。

ハウンドではなく、リンクスとしての。


「____________________!」

「ぷはは、さいっこう!」




__________________________________


ギルド『六星の誓い』

ギルドホーム。


今日は珍しくギルドホームに六星の誓いの面々が揃っていた。


「ニャル、話ってなんだ?」

身長190ほどの筋骨隆々の大男『ガジル』の言葉にニャルは笑みを深くした。


「まあまあ、そう急かしなさんな」

「いつにも増して様子が変」

「いつもこんなもんっすけどね」


小柄な少女『ルゥ』がジトッとした目でそう言うと、ナイフを片手でくるくると回している真っ赤な赤髪の少女『クレア』が小さく呟いた。


「失礼ですわよクレアちゃん!本当のことかもしれませんけど!」

「あんたが一番失礼やけどな」

修道服を着た金髪の女性『マリア様』の言葉に、苦笑いを浮かべたニャルは手で大きなウィンドウを表示させる。


「ボイスメモっすか?」

「せやで、これが用事やな」

「動画も写真も自由自在なのに、いまどきボイスメモなんて珍しいな。いったい、なんなんだ?」

「聞いてからのお楽しみや じゃ再生するで〜!」


いつにも増してテンションの高いニャルを気味が悪そうな目で見ている面々。


だがボイスメモが再生されると、動きを止めた。


『お久しぶりです……』


その声は、ひどく懐かしいものであった。聞き覚えのある声に四人の肩が跳ねる。

ギルド『未知の駅』の初期メンバーである五人は普段から作業通話を行うことが多かった。

だから彼らはちゃんと知っていた、ハウンドが男ではないことを。


「おい、これって!」

「にゃはは、反応最高やな〜 まあ最後までおとなしく聞いてや」


『まず、三年前、相談しないでいなくなってごめん。文句でもなんでも受け付けるけど、今言われたらたぶんメンタルぐちゃぐちゃになっちゃうから、いつか、いつか隣に立てる人間になれるまで待ってて。必ず追いつくから』


____プツッ

メモはそこで終了する。

残ったのは、唖然とする四人とどや顔で胸を張るニャル。


ふと、幽鬼のように立ち上がったクレアがニャルにふらりふらりと向かっていく。


「これを録れたってことはフレンド登録とかしてるんすか?てかニャルさんの性格からしてしてるんすよね?」

「お、おん」

クレアの顔にははっきりと『教えろ』と書かれていた。


メッセージガン無視である。


「こちとら三年待ってるんすよ?さらに待たされるのは勘弁してほしいんすけど」

「一理」

「……まぁ、欲を言えばですわね」

「……まあ」


四人とも、クレアの言葉に肯定の意を示す。

ニャルは愛想笑いを浮かべて『末期やな』と内心呟いた。


「まぁ、この話はするつもりなかったんやけど、最初会ったときはエスケの話題出すだけで気持ち悪そうにして蹲ってしまうぐらい酷い有様やったんよ?やけど、頑張って一歩踏み出してこの世界にやってきて、もう一歩をやっと踏み出せたところなんやから、もう少しぐらい待ってあげえや。友だちなんやろ?」


「じゃあ。伝えといて」

ルゥが、ニャルに歩み寄り、か細い声で言った。

「ん?何をや?」

「私たちは文句なんて一つも言うつもりはない、だってハーは悪くないから。だけど、次は。次は絶対に逃がさないから」

「あっはい」


リンクスちゃん……大変やなこれは……

ニャルが苦笑いを浮かべていると、「よしっ」とガジルが立ち上がった。


「どないしたんや?」

「あいつが帰ってくるなら、俺たちももっと強くならないとだろ?」

「えぇ……第二陣やで?あんたら本気出したら追いつけんなるんとちゃうん?」


ニャルの疑問に、四人が口を揃えて言う。


「流石に舐めすぎだ」

「ハーは強いから」

「お帰りなさい会の準備しないとですわね」

「あはは、ハウたんの信頼厚すぎてウケるっすね。私も心配してないっすけど」


________うーん、この後方理解者面オタクたち


テンションが振りきれんばかりに、何やら話し合いだした彼らをみて、ニャルは再度ため息をついて、苦笑する。


「愛されてんなぁほんま」


________みんながんばれ。

ニャルは小さくエールを送って、ギルドホームから出ていく。

彼らの未来がより良いものであることを願って。

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