勧誘とパペットスキル
「あ、ああ、さっきの」
親切に調合の仕様を教えてくれた少女だ。
驚きに心臓をバクバク鳴らしながらこくりこくりと頷いていると、少女は「それは良かったです」と言った。
「先ほどは失礼しました。ついお節介を焼いてしまって」
「いえ、助かりました」
少女は無表情を貼り付かせて私を見ている。
理由も分からず、首を傾げると少女は小さく頷いた。
「私はツキノです。失礼ですが、あなたは第二陣ですか?」
「えっと、はい。そうですけど」
「……なるほど。失礼お名前は?」
「リンクスです」
ツキノと名乗った少女が神妙に頷く。
名乗られたことにより、頭の上にツキノという名前が表示された。
「ではリンクスさんはもう草原のボス、狼を倒したということで間違いはないでしょうか?」
「……えっと、はい」
なんの質問だ?
ツキノさんの質問責め、彼女の表情が変わらず、淡々としているから尋問されているような気分になる。
不快にならないのは、彼女の容姿と声のおかげだ。
でもちょっぴり窮屈な気持ちなのもある。
「
「すみません。質問の意図がわからなくて……」
そう伝えると、ツキノさんはぺこり、と頭を下げた。
「申し訳ありません。私は鑑定スキルを持っていて、自分より低いレベルのプレイヤーのレベルが分かります。リンクスさんのレベルが非常に高かったのでこの短期間でボスを倒したのならとんでもない逸材だと思い、声を掛けさせていただきました」
「そうですか。一応、ボスは倒しましたけど運が良かっただけです」
「謙遜ですね。運が良かったからといって初心者が勝てるようなボスではないですよ。改めて自己紹介をさせてください。私はギルド『
スカウト。
腐乱研究会というギルドは知らないけど、第一陣が第二陣をスカウトして攻略メンバーに入れるということもあるのか。
まあ、実力がある人ならその方が効率的にレベルも上げられるし、アイテムも貰えるだろう。
「あなたが組んでいるパーティーメンバーごと、うちのギルドに勧誘しようと思ったのですがどうでしょう?」
残念ながら私はもう先約がいる。
六星の誓いに操を立てているようなものだ。
「すみません。先約がいるので」
「そうですか……残念です。あなたのパーティーメンバーにも一応お聞きしておいてください」
表情は変わらないが、しょぼんと肩を落とすツキノさん。
そんなツキノさんについでに気になっていることを聞いておくことにした。
「ちなみにどうして私がソロで攻略したと思わなかったんですか?」
単純な疑問だ。
だが、その言葉にツキノさんはきょろん、として口もとに手を当てて鈴のように笑う。
あ、笑ったらすごくかわいい……
「草原を統べるものは、基本一人では倒せません。それこそ、馬鹿げたPS持っていない限り……腐乱研究会のギルドマスターやそれこそ
確かに体験した。
にしてもなるほど、そういうことか。
でも、ネタバラシをしてしまうと、勧誘をもっと粘られるだろうしそもそも目立つ予定はない。
今のところはだが。
でもいつかは盛大に目立ってやるつもりだ。
それはみんなに見つけてもらうためのものでもあり、そして私を証明するためのものだ。
「まあ、だからこそ一人で倒してみたいのもそうなのですが……、それでは私は失礼させていただきます。もし気が変わったときは連絡をください」
『ツキノからフレンド申請が届きました』
「分かりました」
申請を受け入れて、フレンドになる。
これでフレンドは3人目だ。
そのうち連絡がくるだろう姉さんを含めれば4人。
自分のコミュ力を過信しそうになるぐらいだ。
ツキノさんがいなくなったのを見計らって、さっき取った『パペット』スキルの使用感を確かめるためにもっと人気のないところへ向かう。
スキルの練習ってのは誰にも邪魔されず、自由でなんというか救われてなきゃあダメなんだ、ということでやってきたのはエトルタの砂浜の一番隅っこ、どこからの視線も通らない岩陰で『パペット』スキルを発動させた。
『パペット』スキルの説明文はこうだ。
MPを消費して、パペットを召喚する。
パペットは術者本人の指示によって動き、敵に攻撃するが、攻撃を受け、耐久力を失えば消えてしまう。
MPの消費量は50。
ドッペルゲンガーの固有能力『擬態』と同じ消費量だ。
発動させると、その場に黒い影が落ちる。
それはゆっくりと人の形を模していき、やがて見覚えのある黒い人形になった。
顔はのっぺらぼうの間接人形は、紛れもなくデッサン人形だった。
これってどうやって動かすんだ?
___両手を上にあげて
声に出さずに命令してみる。
すると、パペットはしゅびん、と両手を上にあげた。
___しゃがんで。
パペットがしゃがむ。
おもしろいなこれ。
……ただ、これは戦闘中にもこうやって指示出しをしないといけないのだろうか?それとも、単純な命令、例えば攻撃しろ、守れ、とかは自動で行ってくれるのだろうか。
よし、試そう!
ちょうどそこに、歩いているノンアクティブモンスターの蟹『ツインクラブ』がいる。
___攻撃して!
パペットに命令をすると、パペットくんは徘徊する人体模型みたいに大きな歩幅で走っていき、ぺこん、と蟹を殴る。
蟹へのダメージが少しだけ入り、蟹がアクティブになった。
蟹が爪を振り上げて、ハンマーのように叩きつけてくるのを、防御して!と命令する。
するとパペットくんは両手をバッテンにして爪を受け、そのまま消滅した。
……?
宇宙ドッペルゲンガーの顔になる。
「『フレア』『フレアボム』」
こちらにターゲットを変えて突っ込んでくる蟹に、魔法を当て焼き蟹にして倒すとふーっと息をついた。
弱くない?
いや、まだ全然試してないだけだけど……少なくとも素手での攻撃のダメージと体力を見る感じはそこまで有用に思えない。
でも掲示板では有用って言われてたしなぁ……いや、そうか。
相手が大きい蟹だったこともあって、ポケットなモンスターのトレーナーみたいな気分だったが、実際はこのパペットと私は共に戦う。
もう一度、近くの蟹に『フレア』を使い、こちらへ呼び寄せると、パペットを召喚する。
今度は女性のデッサン人形みたいでパペットちゃんだ。性別はランダムらしい。
向かってくる蟹に向かってもう一度『フレア』を当てると、パペットに『蟹の裏にまわって攻撃して』と命令を出しながら走る。
パペットは命令通りに蟹の後ろに入ると、そのままぺこん、とパンチをした。
ダメージはしょっぱいが、2発目のぺこんが入るとヘイトがパペットに向く。
____後ろに下がって、と命令を出しながらもう一度『フレア』を撃つと蟹はHPを全損させた。
……これ、疲れるな。
自分の思考と行動の指示を同時にやる、できなくはないが疲れる。
もうちょっと効率化すべきだ。
ショートカットキーを作る。
もちろん、VRだからAltF4だとかCtrlRだとかいうキーボード操作はできないがVRだからこそできるショートカットを作る。
「私が一回その場を右足で軽く叩けばジャンプだ」
パペットをこちらに呼び戻し、向かい合いながら踵を軸に軽く足踏みを一回する。
するとパペットはその場でジャンプをした。
「これを覚えてくれ。できる、YESなら首を縦に振る、できない、つまりNOなら首を横に振ってくれ。できるか?」
問いかけるとこくりと頷く。
できるらしい。
「なら一度、パペットを消す」
スキルを解除して、パペットを消す。
パペットが消えたときから始まるクールタイムを待ち。
もう一度召喚すると今度は男のパペットだった。
私は右足を叩く。
パペットはその場でジャンプする。
「覚えてるか?」
こくり、と頷く。
それはYESの意味だ。
成功だ。
満足げに頷き、小さくガッツポーズをする。
どれをどれに結びつけようか、本来ならめんどくさい作業も今は楽しくて仕方がなく、私は遅くまでパペットの調教をしていた。
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