SLOでの姉

姉の知られざる一面を知ってしまった私は、次の日、エトルタの中心で待ち合わせをしていた。


あれから少し調べてみたところ、ギルド総合スレなるものを見つけ、このゲームには既にトップギルドと呼ばれるギルドがいくつか存在していることがわかった。


姉が所属している『腐乱研究会』を始め、『ジョーカー』『PUiPUi』『ばるはら』『Lullabyララバイ

これらは多くのプレイヤーを擁し、攻略に精を入れているギルドらしい。


規模では腐乱研究会、実力ではlullabyやジョーカーと言われていた。

PUiPUiとばるはらは共に生産ギルドらしい。


一応、『六星の誓い』の名もあった。

実力者ばかりのギルド、ハーレム野郎がリーダーのギルドだの言われていて笑ってしまった。


相変わらず時間にルーズな姉を待っていると「ごめん、待った?」と上から声が降ってくる。

いつの間にか近くにきていた姉、腐乱研究会のギルドマスター様がそこにいた。


「待った」

「ごめんごめん、でもリアルとあんまり変わらないから直ぐに見つけられてよかった」


「いや、だいぶ変わってると思うけど」


髪は伸びてるし色も違う。


「でも顔は変わらないでしょ?」


「そりゃ……そうだけど……」


私なら絶対に気づかない自信がある。

気づいて当たり前みたいな顔をしている姉に腹を立てながら、目的を済ますことにした。


「名前はリンクス。フレンド申請送るね」


「リンクス……良い名前じゃん。私はモチだよ」


「知ってるよ。腐乱研究会のギルドマスターさん」


「知ってたの?私がモチだって」


「昨日偶々配信覗いたらいたから」


「なるほど……じゃあ今度、姉妹で配信してみる?」


「絶対に嫌。フレンド申請送るから」


姉さんとフレンドを交換する。


さて、これでもう予定は済んだ。

今日は何しようかな。図書館があるらしいからそこに行ってみてもいいし、エトルタのボスに一度挑んでみてもいい。


「じゃあ、私は行くから」


よし、まずは図書館へ行こう。


ドッペルゲンガーの資料とかもあるかもしれないし。


ミニマップで図書館の位置を確認して歩き出そうとすると、その腕が掴まれ、視線を向ける。


そこにはありえないといった表情をした姉がいた。


「なに?」


「いーやいやいやいや、ありえないでしょ!こうやって姉妹仲良くゲームするのなんて久々なんだから一緒に狩り行こうとか美味しいもの食べようとかするもんじゃない?」


「いや、知らんけど」


「予定空けてきたからデート行くよデート」


姉さんに腕を引かれる。

いつも強引な姉さんにはもう慣れたもので、私は呆れながらも大人しく腕を引かれていた。


◆◆◆


「ここはエトルタでおススメの店。プレイヤーがやってるけど来たことある?」

「いや、ないけど」


姉さんが紹介してくれた店は海の砂浜に建てられた小さな木造の家、看板には『海の道具屋』と書かれている。


「ここは何の店なん?」

「ふふふ、入ってからのお楽しみ」


中に入ると、壁一面にモリや釣り竿が掛けられている。

店員だと思われるプレイヤーは、筋骨隆々で褐色の大男だ。


「いらっしゃい……って、モチじゃねえか。どうしたんだ?」


「今日は妹にこの街の楽しみ方を教えてあげようと思ってね」


「妹!?お前、妹なんていたのか。どう考えても姉ってキャラじゃねえだろ」


それはそう。

男の言葉にうなずいていると、男がこちらに話しかけてくる。


「俺はフィッシャーマン。鍛冶スキルでモリやら釣り竿やら船なんかも作ってる代わり者だ。よろしくな」


「私はリンクスです。モチの妹です。よろしくお願いします」


「おう、よろしく!」

にかっ、と白い歯で笑う男。

失礼だけどちょっとだけ暑苦しい。


「それで姉さんはなんでこの店に?」

「あ、そうそう釣り竿を買おうと思ってね。やっぱエトルタといえば釣りだから」

「ははは、そりゃ違いねえ」


釣り竿があるのは嬉しいし、釣り自体は好きだけど……なぜ、釣り?


疑問に思っていると、姉さんがせっせと釣り竿を購入して私に手渡してきた。


「自分の分は自分で払うよ」

「この釣り竿、10万Gするけどいいの?」


「……貰う」


10万……これが……

いや、まあ鍛冶で釣り竿を作る難易度とか知らないし、値段にはあれこれ言うべきではないけど10万……魔導書もだいたいの装備も全部揃えられるな……


「じゃあ釣りしてくるね」

「おう!いいの釣れたらもってこい」

「りょうかい」


姉さんに手を引かれ、ぺこりと店主に頭を下げて店を出る。


向かったのは何の変哲もない堤防のような場所だ。

ここで釣りをするんだろう。


「てかなんで釣り?」

「ふふふ、SLOの釣りは現実の釣りとは全然違うのよ」

「魚釣るんじゃないの?」

「それはそうなんだけど、この世界では一定の確率でアイテムが釣れるの」


アイテムが釣れる?

某有名サンドボックスゲームを思い出す、あれも釣りで馬の鞍だったりが釣れていた。


「つまりレアなアイテムが手に入るってこと?」

「それだけじゃないの。換金アイテムや魔導書、スキル書なんかも釣れる、まさにフィッシングドリーム!ってわけ」


スキル書が手に入る……それはデカい。


「ちなみに確率は0.05とかそんな感じだから基本は魚釣ってその場で調理して食べるだけみたいなところはあるけどね」

「でも出るんでしょ?」


「うちのメンバーに釣り狂いがいるけど釣果があるときは一日潜ってスキル書と旧金貨って換金アイテムは手に入れてた」


「まあ、そこそこだね。でもスキル書ゲットできるのは大きい」


私は内心はしゃぎながらも、釣り竿を取り出す。


姉さんはそんな私を見て、楽しそうにしている。

そんな姉さんに、急にはしゃいでいるのが恥ずかしく感じて、「なに」と不愛想に問いかけると姉さんは小さく笑みを浮かべて、答える。


「リンクスが楽しそうにしているの久々だなって。リンクスって、VRゲーム辞めたときからいつもつまんなそうだったでしょ。まあ、確実に対人関係で何かあったんだなぁって思ってるけど」


なんで当てれるんだこの姉。


問いかけてもいいが、どうせ『姉だから』とかいう意味不明な返答しか返ってこないだろう。


「だけど、こうやって楽しんでくれているようで良かったよ。チケット渡した甲斐あったね」


「……まあ、チケットは感謝してる。ありがとう」


姉さんは私の言葉に、はにかむように笑った。



もし、この世界に来なかったら……

私は今日も無為に日々を過ごしていただろう。それもきっと幸せなことだったのかもしれない。


だけど、目を背けてばかりの人生で、やっと嫌なことに向き合う決心がついた。


私は、このゲームを楽しんでいる。

そしていつかきっと、彼らに手を届くようになったときには正面切って謝りたい。


『絶対に逃がさない』


ニャルさんがルゥの言葉を伝えてくれた。

それがどういう意図での言葉かは分からない。


だけど安心してほしい。


私も、もう逃げるつもりなんてないから。





ちなみに今日の釣果は3。

どれも新鮮な魔アジで、焼き魚となった。美味しかった。

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