チュートリアルと始まりの街

景色は、大きな修練場のような場所に移り変わった。

コロッセオのようなレンガで作られた場所にいくつもの武器が並べられており、試し切りの人形や的が設置されている。


「ようこそ」

降りかかった声に、振り向くとそこには『私』がいた。

先程キャラメイクをしたまんまの姿の私が手を振っていた。


「こんにちは。ドッペルゲンガーのチュートリアルを担当する『ルガ』だ」

「えと、こんにちは。それってもしかして能力ですか?」

顔に触れることで姿を真似ることができるドッペルゲンガーの固有能力。

説明にはあったが、ここまでそっくりに慣れるのか。


「ああ。ドッペルゲンガーは生物の顔に触れることで変身できるんだ。そこらへんはフィリス様から聞いているだろう?」

「はい」

「じゃあ、もう少しだけ詳しく説明しよう。ドッペルゲンガーは触れた顔をスタックできる。最大十個までスタック可能だ」

なるほど。その場に応じて顔を使い分けることが可能ってわけか。


「じゃあ私が変身するから、顔に触れてみてくれ」

ルガさんは自らの顔に触れると、その姿が瞬く間に変わっていく。

やがて現れたのは先ほどまで話していたフィリス様であった。


おそるおそる顔に触れる。


『固有能力:擬態を習得しました』

メッセージウィンドウが表示される。どうやらこれで能力が使えるようになったようだ。


「よし、使えるようになったな。じゃあ次は自身の顔を触るんだ。変身したい顔を思い浮かべながらな」

フィリス様のことを思い浮かべて、右手でそっと自らの顔に触れる。


すーっと何かが抜ける感覚があり、自身の体に違和感を感じているとルガさんは手鏡を差しだしてきた。

先ほどまで『リンクス』だった私は、フィリス様の姿でぽけーっとあほ面を晒していた。


「……フィリス様になってる」

「魔力を確認してみろ。擬態のレベルも低いから結構魔力を吸われているはずだ。」


ステータスを開くと、MPを50も消費していた。


うっ、思ったより燃費が悪い。


「成長と共に擬態のレベルも上がっていくからそれまでの辛抱だな。次は解除だが、これは念じるだけでいい」

ルガさんは再び私の姿に戻った。

戻れ、と念じるとルガさんの差し出された手鏡には、リンクスが映っている。


「これでドッペルゲンガーとしてのチュートリアルは終わりだ。あとは武器の選択だな。ここにあるものは好きに使ってもいい。決まったら話しかけてくれ」


さて、武器か。

非力な遠距離タイプだからそもそも剣や大盾はNG、弓も気になるが選ぶとすれば魔法攻撃にボーナスがつくメイスか杖のどちらかだろう。


んー、杖にしようかな。

初心者用の質素な杖と表示されるそれは100cmほどの大きさで、STRへの補正は1しかないが、魔法の攻撃力増加とMP消費の減少といったなかなかの効果がついている。まぁ、それも最初だから微々たるものだけど。


「杖にします」

「おっけー。ではその杖を、インベントリを開いてしまってくれ」

ここら辺はエスケと変わっていないようだ。右手を軽く振るとインベントリやスキルといった項目が表示される。

杖をインベントリにしまうとルガさんは満足そうに頷いた。


「フィリス様が言っていた通り、君はのみ込みが早いね。フィリス様が管理していた別の世界の住人はみなこうなのかな?」

「おそらく。基本的なことは変わらないので」

「そうかそうか。さて、これでチュートリアルは終わりだ。君はこの世界で第二の人生を送ることになる。ぜひ悪いことなんてしないで、楽しんで過ごしてくれ」

「はい。ありがとうございます」

「では、また会えるのを楽しみにしているよ。リンクス」


ルガさんが私に微笑みかけると同時に、周りを柔らかい光が包んでいく。


『チュートリアルを完了しました』

『ドッペルゲンガーの長の加護を手に入れました』

『始まりの街へ転送します』

システムメッセージを眺めながら、私の視界は真っ白な光に塗りつぶされた。


◆◆◆


_____ここは。

雑踏と喧騒のなかで、ゆっくりと目を開く。

大きな噴水と談笑する人々、初心者歓迎といったパネルを掲げた集団やいくつもの屋台。

思わずステップを踏みたくなる石畳の床と、巨大な時計塔。

そのすべてが私をSLOの世界へやってきたんだと認識させる。


初期装備であるローブのフードを被って、軽く右手を振る。

項目の中からミッションを選択し、初心者ミッションと書かれた項目をスクロールしていく。


『ギルドへ行く』

ギルド……エスケと同じなら依頼などが受けられる場所だけど……


調べるか~

エスケ同様、このSLOにも『掲示板』がゲーム内に存在しているみたいだ。

この掲示板は運営直属のAIが管理しているため、公序良俗に反するものは送信前に削除されるし、あまり過激なことを発信するとゲーム内でペナルティが発生する。

といっても、荒れるときは荒れるんだけどね。


掲示板をタップするとSLO初心者版がトップに出てくる。

ありがたいことに用語解説なんかもしてくれているようだ。


ギルド。

国や街、個人から依頼を斡旋してくれる便利な場所。

冒険者ギルド、商業ギルド、薬師ギルドと三種類のギルドが存在して、プレイヤーはギルドに入会することで依頼を受けることができる。

また、ランクが存在しており、ランクが上がるほど依頼の内容や受けられるサービスが上昇する。


ふむ、ここら辺は基本的にエスケと変わらないみたいだ。


じゃあ、とりあえずギルドはギルドに行こうかな。

そういえばジョブシステムは廃止されたんだよねぇ、魔法ってどうやって覚えるんだろ。

エスケの頃は魔法使いといったような職業があり、職業レベルを上げると職にあった魔法が覚えられた。掲示板で『魔法』と検索をかける。


魔法。

魔法を覚えるには、魔導書が必要になる。

魔法は『火、水、風、土、光、闇』の六つの属性に分かれていて、その属性にあった魔導書を所持して、経験値を得ることで魔導書も成長し、魔法を取得していく。

魔導書はレベルが10まで存在し、10に到達すると『クリエイトマジック』、魔法を創ることが可能らしい。まぁいろいろ制約があるらしいが、自分だけの魔法というのは厨二心をくすぐられる。魔導書は、冒険者ギルドで1000Gで購入可能だ。


……1000G

ステータス画面のプレイヤーネームの隣に浮かぶ1000Gという文字。

もしかして魔法メインにするなら初手でお金全部消える……?


物理攻撃も少しはある種族ならまだしも、私の場合は非力極まりない種族だからこの1000Gを消費するのは確定か~


ミニマップを画面の右端に表示させつつ、冒険者ギルドを目指す。


ギルドは大広間と呼ばれている場所を抜けた先にあって、剣と杖が交差するわかりやすい大きな看板があるらしい。


歩いていると、次第に看板が姿をのぞかせる。

おそらくこの世界の言語である文字が使われているが、日本語に自動変換され、読むことができる。


ギルドの中に入ると、人で溢れていた。

受付には二人の受付嬢が並んでいて、受付に並ぼうとした人間が次々と消えていく。

混雑を避けるために別の空間に飛ばされているのだろう。

私も受付へ向かう、すると直ぐに景色は移り変わり、受付に座る愛らしい女性と私だけになった。


「ご用件はなんでしょうか?」

「ああ、冒険者登録がしたいんですけど」

「かしこまりました。ではこちらに名前を入力してください」

紙を差し出されると、目の前に名前を入力するウィンドウが現れる。

『リンクス』と入力すると、紙は風に吹かれたタンポポの種子のようにぱらぱらと消えていく。


「これで登録完了です。リンクス様のランクは、銅3級になります」

ステータスがピコンと鳴り、確認すると名前の横に冒険者ランク『銅3級』と表示されている。

タップしてみたら、冒険者ランクの一覧が表示された。

どうやら銅級の3から2、1、と上がっていき更に銀、金と上がっていくようだ。


「他にご用件はありますか?」

「魔導書を購入したいです」

「魔導書の購入ですね。では、こちらの六種類からお選びください」


表示されるのは、先ほど掲示板に載っていた六種類の属性だ。

特徴としては、火は攻撃特化。水、風、土は攻撃補助が両立してるバランス型。光は補助特化。闇は妨害特化。といった感じらしい。


どうせ、お金が貯まったら別属性の魔導書も買うだろうし序盤は攻撃力が必要だから『火』の魔導書を購入するか。


「火の魔導書は1000Gになります」

『購入しますか?』の問いに『はい』を選択して、一文無しになる。

だが、これで攻撃手段は手に入れた。

ステータスを見ると魔法の欄に『フレア』と表示されている。


「他にご用件はありますか?」

「あー、依頼を見せてください」

「リンクス様は銅3級ですので、受けられる依頼はこちらになります」


『ホーンラビット五体の討伐。推奨レベル1〜』

『ウィンドイーグル三体の討伐。推奨レベル5〜』

『草原を統べる者の討伐。推奨レベル10〜』


ホーンラビットの討伐を選択する。

推奨レベルが1なのもあって、これが一番初心者向けだろう。


「他にご用件はありますか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」


受付嬢に軽く会釈をして、その場から離れる。

向かうのはもちろん街の外、このゲーム初めての狩りの始まりだ。




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