Second Life –トラウマ少女はのんびりゲームを楽しみたい

森野 ノラ

前を向くために

始まりの日

VR技術の進歩により既にゲーム業界では当たり前となっているフルダイブ型のVRゲーム。

時代が流れると共に、よくリアルに、より鮮やかに進化していったVR技術は既に私たちの日常の一部となっていた。


____夏休み。

大学の夏休みというのは長い。

もちろん、少しは大学のほうに顔を出さないといけない用事はあるがそれを抜きにしても長い。


今日も一日、月額たった五百円の動画配信サイトで昔好きだったアニメを垂れ流しにしてクーラーの効いた部屋で携帯を弄っていると珍しく、ノックもされずに部屋の扉が開いた。


「あんた、華の大学生が毎日ぐうたらぐうたらして飽きないの?」

「ああ、姉さん」


望月もちづき 撫子なでしこ

撫子なんて名前をしているが、清楚のせの字もない脳筋廃ゲーマーだ。

ついでに私の姉である。


「バイトも辞めたし暇だからね」

一ヶ月前に高校二年の頃から働いていたバイトを辞めたから、絶賛暇人キャンペーン中の私に、姉さんはなにを思ったのか腰に手をあてて笑い出す。

「ふっふっふ、そんな暇人大学生のためにいいものを持ってきてあげたんだよ」

姉さんは小さな袋を取り出す。

「なにそれ?」

「まあまあ、開けてみて」


ぴったり商品らしき小さな箱に張り付いたビニール袋のテープを取って、開けると中から現れたのは『Second life online』と書かれたゲームパッケージだ。


「流石のあんたでも知ってるでしょ?」

「……一応ね」


Second Life Online 略してSLO

VRゲームの金字塔ともいわれたVRMMORPG『Escape』を作り、一躍有名になったフランダム社が制作するVRMMORPGでその自由度の高さはSecond life第二の人生を謳うに相応しいとまでいわれている作品だ。


「SLOの第二陣が今日からなのよ。で、姉さんはβテスター特典の招待コード、ああ、これがあれば二陣から誰でもSLOの参加できる特別チケットなんだけど余っててね。暇人なあんたにあげようと思ったの」

「貰ってもしないよ」

「いうと思った。昔はあんなにやってたのになんで急にしなくなったの?」

「別に理由なんてない」


嘘だ。


「へー、まあそれ置いてくから気が向いたらやってみたら?」

「わかったよ。一応ありがとうね」

「うーい」


姉さんは右手を軽くあげて部屋を出ていく。

残されたパッケージを机に置くと、私は既に最終話を終えてしまったアニメをまた一話に戻すとソシャゲの周回に戻った。



_____懐かしい夢を見た。


三年前、私がまだVRゲームをやっていた頃の夢だ。

たまたま知り合ったプレイヤーと意気投合してギルドを結成し、そこそこ名が売れるほどの戦績を残していた。


それが変わってしまったのは私たちが境を超えてしまったからだ。


甘いマスクで甘い言葉を吐く気障キザな伊達男。

それがあの世界での私だった。


そういうロールを演じて、良い関係を築けていたから良いと思っていたし、きっとギルドメンバーもそう思ってくれていた。


その結果が、今の私だ。


頬を染めて、想いを告白した少女ギルメンを涙に歪ませ、少女に想いを寄せていた人間に憎悪を向けられる。


悪いのはきっと騙し続けてきた私であり、壊すのが嫌で、調子の良いことを言い続けてきたのもまた私だ。


まだ幼い少女の恋心に気づかなかったわけじゃない。知って、はぐらかし続けてきた私はズルい人間だった。

そのツケがきたのだろう。


私は逃げるようにゲーム内グループに謝罪をいれると直ぐにアカウントを削除した。

それからずっと私はVRゲームをしていない。



パチリ。目を覚ます。

携帯を見ると時刻は夜の18時。


懐かしい夢を見た。

だが寝汗でシャツがびしょびしょになるぐらいには嫌な夢だった。


両親は長期休暇をとって、旅行だったか。誰もいないリビングに行くと『あっためて』とケチャップで書かれたオムライスが置いてある。


姉さんが作ってくれたのか。


だが生憎、食欲はまだない。

シャワーを浴びようと、風呂場へ向かうと鏡の前で長い黒髪が揺れる。


三年前、キザな伊達男だった彼は、現実の世界で死んだ目をした細身の少女として生きていた。


◆◆◆


__ネナベ。

女性プレイヤーが男性プレイヤーとして、プレイすることを差す昔のネットスラングだ。

私は性別を偽って、ゲームをプレイしていた。

一部、特別仲の良かった人たちとはよく通話をしていたから私が女だってことは知っていたけど、ほとんどのメンバーが知らなかった。そして嘘をつき続けたまま、姿を消した。


それは三年経った今でもささくれのように心に突き刺さっている。


風呂から上がり、ベッドの上で仰向けになって、小さく息を吐く。

風呂上がりの倦怠感と溢れ出てきた嫌な思い出で、何もする気が起きない。


すると携帯が震える。


姉さん?

メッセージの送り主は姉さんだ。

どうやら画像を送ってきたようだ、何も考えずに送られてきた画像を開く。



「ふわぁ」



____絶景だった。


絶景なんて言葉では言い表せない。

撮影者が立っている丘は辺り一面の緑に、野ばらを走り回る兎の姿が見える。

丘の先には海が見え、海からちょうど太陽が上がっているところだ。


どんな言葉で言い表そうとも陳腐に思える絶景に、私は魅入ってしまっていた。


ピコン。

『ようこそ、SLOの世界へ!』


姉さんのドヤ顔が目に浮かぶようだ。


高揚感が、かつての自分に重なる。

VRゲームを楽しんでいた頃の自分に。

戦って、素材を集めて、たまには生産をして、何気ない世間話をしたり、野良の人と一緒に攻略を頑張ったり。


思い出してしまった。


ゲームの楽しさを。

記憶に残った嫌なことだけじゃない。

楽しんでいた頃を。仲間と一緒に馬鹿やって一緒に夜が明けるまで楽しんだ日のことを。


「ちょろいなぁほんと」


クローゼットからダンボールを取り出す。入っているのは三年前に使っていたVR機器一式だ。

ヘッドギアタイプの古いものではあるが、まだ使えるはずだ。


「エスケのパケ、ここにあったんだ」


三年前にやっていたゲーム、『Escape』のパッケージを手にとって、引き出しにしまう。


久々にするゲームが、過去に辞める原因になったゲームと同じ会社とか、どんな偶然なのか。


線を繋いで、SLOのパッケージからコードの入ったチップを取り、ヘッドギアに繋がったコントローラーに挿入する。

入ったことを確認してヘッドギアを被るとちょうどこめかみの辺りにある起動スイッチを押した。


頭の中で起動音が響くと、目の前にウィンドウスクリーンが表示され、直ぐに無機質な声が響いた。


『お久しぶりです。日色ひいろ様』


久しぶり、エルサ。


VRエルサ。

三年前に発売されたVR機器だ。当時の最新機器は今でも現役だ。


……随分とほったらかしにしてしまったな。


『髪伸ばしましたね』


ああ。似合ってない?


『いえ、その方が似合っております』


お喋りな人工知能のお世辞を聴きながら、右手を軽く動かしてスクリーンを操作する。


エルサ、SLOのダウンロードってどれぐらいかかるかな。結構かかる?


『なめないでください。15分で終わらせます』


ふふっ、りょーかい。


少しツン、とした様子でエルサがダウンロードバーを表示させる。

確かに直ぐに終わりそうだ。


待つ間に、自分のVRルームに移動しようと思ったけどこれなら待つ必要もないかもしれない。



ごめんね。全然起動しなくて。


『起動していない間は私も眠っているので大丈夫です』


そっか。これからはもっと起動すると思うから、よろしくね。


『はい。その方が私も嬉しいです』


時折、軽く雑談をしながらぼーっと時計を眺める。


『SLOのダウンロードが完了しました。起動しますか?』


うん。お願い。


目を瞑る。

突如、体を包む浮遊感はここ数年感じなかったフルダイブ型ゲーム特有のものだ。


直ぐに浮遊感は収まり、電子音が響いた。


『Second Life onlineの世界へようこそ』


エルサではない女性の声に、瞼をあげる。


頬を撫でる風、お日様と風が運んでくる爽やかな香り。

瞳に映ったのは見渡す限りの草原と、目の前に佇む妙齢の女性の姿。


『お久しぶりです。美しい魂のお方。我が名は『フィリス』、この地を守護せし七神の一角を任されています』


フィリス様。この世界の神の一柱で『Escape』の時もめちゃくちゃお世話になった。


懐かしさを覚えつつ、口を開こうとするとふと疑問が浮かび上がった。


ん?久しぶり?


「えっと、久しぶりとは」

「あなたの魂には見覚えがあります。過去、『ハウンド』という名でお会いしたことがありました」


ハウンドは私が昔使っていた名前だ。データは消せても、AIの記憶からは消すことはできなかったようで、データ消去の意味をもう一度考えたくなる。


「……はい、そうですね。お久しぶりです、フィリス様」

「お変わりないようで嬉しく思います。早速ですが、あなたの魂を受け入れる器を決めてください」


『名前の入力』


名前か……、昔からネーミングセンスがないことにだけに関しては自信がある。


奇をてらわない普通な名前で、私をうまく表した名前……


あっ。

自分の瞼を軽く撫でる。

生まれ持った私の唯一の自慢できるものがこの目だ。琥珀色に輝く目は、姉さんからいつも褒めてもらっていた。


動物園に初めて行った時、山猫を見て、姉さんが言った言葉を思い出す。

『日色の目は山猫さんみたいだね』


思えばあれが自分の目を好きになったきっかけだと思う。


『リンクス』と入力して決定を押す。


オオヤマネコの名だ。

愛らしさと凶暴さを兼ね備えた動物。

そして黄色い目をした大好きな動物である。


『重複はありません。『リンクス』でいいですか?』


Yesっと。


『キャラクタークリエイト』


エスケと同じく沢山の種族がいるみたいだ。


えっと、魔法が苦手とか攻撃が高めとか随分とアバウトな説明がされている種族説明欄の中から気になる種族を見つけた。


『ドッペルゲンガー』


何者にも慣れない故に何者にも慣れる。とても打たれ弱い種族。


エスケの時にはなかった種族だ。


「フィリス様、このドッペルゲンガーというのは……?」

「無貌の悪霊と呼ばれ、忌み嫌われる種族でございます。見た目は人間と同じですが、変化したい貌に触れることで、その貌になることができる種族です。ですが種族としては非常に体が弱いため、オススメはしません。また種族特性を使い、風評を害するようなことを行うと運営により、存在が抹消アカウントBANされ、名を白日のもとに晒すこととなるので注意してください」


おぉ。絶対成りすましをするやつがいると思ったけどそこらへんは意外と管理されているらしい。


ふむ。説明の雰囲気的に虚弱だけど、攻撃力とかは普通にあるのだろうか。


だまし討ちなど、結構色々なことに使えそうな種族だ。


ドッペルゲンガーにしてみようかな。

固有の能力が存在するキャラは面白そうだ。


次はいよいよ顔を作る。

エスケの時は男キャラにしたから最初は慣れるまでが大変だった。チュートリアルでひたすら体の動かし方を学んだのはいい思い出だ。


今回は……どうしようか。

RPロールプレイ自体は好きだけど、ハウンドのことがただトラウマとなっている。

エスケの時の知り合い、特にギルメンとかに出会ったらゲロ吐く。

ギルメンから見たら、私は自分勝手にも程があるだろう。

あの人たちに嫌われてるかもしれない、そう考えるだけで心を締め付けられる。

会ったら心臓爆発する絶対に。


今回はロールせずに、私としてゲームを楽しむことにする。

じゃあ、まずどんな風に戦うか決めないと。


種族はドッペルゲンガー。

どっちかというと対人戦のほうが活躍できそうな種族だ。このゲームは基本的にPvPではなくPvE、モンスターの方が戦う機会が多い。


打たれ弱い種族として、では何が最適解であるかと考えたら、やはり敵を迅速に倒す攻撃力が必要だろう。


まあ、火力でゴリ押すほうが爽快感があって好きだからたらたら理屈並べなくても戦い方は決まってたんだけど。


ドッペルゲンガーの特性を活かして油断させて近づくといった戦い方にしてみようか。

可愛い動物のアバターとかに出来たら油断させやすいのかもしれないけど、そもそもNPCにはそんな戦術効かないか。


姉さんもこのゲームやってるのを考えるとあんまり変えすぎるのもどうかと思う。

いけないというわけではないが見られて恥ずかしいものがある。


まずは設定でリアルモジュールにして、と。


目の前に無表情の私が現れる。

黒髪を肩までに伸ばし、死んだ目をした貧相な少女。

顔つきは姉さんと違い母ではなく父似だから結構中性的な見た目をしている。


顔は基本的に変えないで、髪の色を金髪にして腰まで伸ばす。

ところどころ跳ねている癖っ毛ロングになってしまった。


ここまで伸ばしたら手入れ大変そうだな、なんて思いながら160弱の身長を少し伸ばす。

165ぐらいでいいか。胸は、まあそもそもないし増やしたところで違和感が増えるだけだからやらないでいいだろう。


……髪型と色を変えただけでそこそこ印象が変わるもんだ。

自分で言うのもなんだがそこそこ見栄えの良い少女ができた。

初期装備はいくつかパターンがあり、自由に変えられるらしく私はフード付きのローブを選択した。この中では一番見た目が初期装備っぽくないからというのが理由だ。


「キャラメイクはこれぐらいでいいかな。あとはステータスだけど」


項目は。


HP体力 MP魔力  STR腕力  VIT防御力 AGI素早さ DEX器用さ  INT知力

の七項目。


まずは種族によってこのステータス値が振り分けられる。

そこから成長値と呼ばれるものを伸ばしたいステータスに振っていくMMOにありがちな最初のステ振り、この時が私は好きだ。


えっと、ドッペルゲンガーの初期ステは……

_______________________

Name:リンクス

Race:ドッペルゲンガー


HP:100

MP:100


STR:5 VIT:5 AGI:15 DEX:15 INT:20


成長値:16

_________________________


「フィリス様」

「はい。なんでしょう」

「人間の初期ステータスとかわかります……?」

「はい」


____________________

ヒューマン


HP:100

MP:50


STR:20 VIT:20 AGI:15 DEX:15 INT:15

_________________________


わぁお。

非力な種族とは聞いてたけど、平均的なステータスをしているはずの人間とここまで差が出るとは。

MPとINTは高いため、魔法メインで運用しろという種族みたいだ。


このステータスで物理を強くしても中途半端で終わるだけだろう。

それなら成長値も長所を伸ばすように振ったほうがいいだろう。


INT 32(成長値6)

DEX 25(成長値5)

AGI 21(成長値3)

MP 110(成長値2)


とりあえず振り分けとしてはこんな感じにした。


『保存して終了しますか?』との問いにYESと答えを返す。


「リンクス」

「はい」

「あなたがこの世界に再び舞い戻ってくれたことを嬉しく思います。ここからは、あなたの精神はこの場所を離れて、体の動かし方に慣れてもらいます。暫しの別れです。これはささやかな餞別です。受け取ってください」


『創造神の贈り物』

1000Gを手に入れた。

初級HPポーションを手に入れた。初級MPポーションを手に入れた。


「ありがとうございます。行ってきます」

「行ってらっしゃい。綺麗な魂のお方」


フィリス様に小さくお辞儀をしながら、『チュートリアルの開始』と書かれたボタンを押した。

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