第一章 人間の国 -ジゼトルス- Ⅳ

マージ村。その東の端に一際大きな屋敷が建っている。


ビリンド-ハイカシ。


それがこの馬鹿みたいに大きな屋敷に住む主人の名だ。そして、ここにプリネラと言うくノ一がいるはずだ。


日が暮れるのを待って屋敷を訪れる。

大きな門の前には二人の門番が立っている。

全身鎧に身を包み、手には槍を持っている。どれも金のかかった装備だと言う事は子供でも一目で分かる。

静かに侵入しても、派手に侵入しても、結局このビリンド-ハイカシと言う男と対峙した時点で俺達のジゼトルスでの生活は終わりを迎える。それならば別にコソコソする必要も無いかと堂々と4人で門へと向かう。

この屋敷に関わる奴らは皆ビリンドからの甘い汁を吸って、この村で唯一美味しい思いをしている連中だ。はいどうぞお通り下さい。とはいかないだろう。


「お前達何者だ。ここはビリンド-ハイカシ様の屋敷。許可無く立ち入るな。」


「ここに隠密が得意な女がいるだろ?」


「なんの事だ?そんな奴はいない。さっさと立ち去れ。」


「知ってても教えるわけないか。」


「さっさと立ち去れ!さもなくばこの場で処罰を下すぞ!!」


「それは困るから抵抗させてもらおうかな。」


杖を振ると二人の門番の足元から水が湧き上がるように生成され、肩まですっぽりと覆ってしまう。


「魔法か?!くそっ!離せ!!」


「静かにしててくれよ。」


もう一度杖を振る。


バキィン


「な、なんだこれは?!氷?!」


門番に取り付いていた水が完全に凍ってしまう。


「くっ…離せ!!」


「風邪ひかないようにな。」


「ま、待て!おい!」


二人の間を通り抜けて門を通過する。


「氷魔法ですか?」


「前に少し試したら凍ったからな。それで思いついたんだ。」


「一部の人が使える魔法と言われていますが…」


「簡単な原理だぞ?

熱ってのは突き詰めれば空気中の分子とかが活発に動いている事によって起きるから、逆にその振動とかを止めただけだ。」


「止めただけ…とは言いますが…未だ誰にも解けていない謎とされているのですが…」


「そうなの?魔力は結構使うから効率よく使わないといけないしあまり人気が無いだけかと思ってた。」


「そもそも真琴様の言う無属性の魔法という概念自体がありませんので。」


「あぁ…そうか。風魔法も使える人がほとんど居ないんだっけか?」


「はい。」


「少し考えたら分かりそうなものなのにな?」


「化学を知らなければ気が付かないものなのでしょうか?」


「そのうち気付く奴も現われるんじゃないか?俺は魔法自体使えないからなんとも言えんけど、少しずつ魔法も進歩してんだろ?」


「そうですね。見たことの無い魔道具なんかもいくつかありましたし。」


「んじゃ先取りって感じだな。」


「流行の最先端だな。」


話しながら門の先に広がる庭園を歩いていたが、特に誰とも会わない。普通これくらい大きな屋敷になると庭園にも何人かの兵を配置すると思うのだが…


「誰もいませんね。」


「いないならいないで別に問題は無いけどな。」


「そこの奴ら!!何者だ!!」


突然声を掛けられる。


屋敷の周辺にのみ兵が配置されているらしい。普通こんな所に乗り込んでくる奴はいないし屋敷周辺の警護で十分という考えだったのだろう。

いないと思っていたらさっきの門番とよく似た…というか同じ格好の奴らが立っている。


許可なく立ち入った時点で不審者確定。


ゾロゾロと出てくる出てくる。10人近い鎧のお兄さん達が集まってきた。


「ここにプリネラって女がいるだろ?」


「プリネラ?知らないな。」


「俺達はそのプリネラってのに用があるだけなんだがな。」


「知らない。と言っているだろ?」


「…だよな。まぁ勝手に調べさせてもらうよ。」


「させるわけ無いだろ!おい!かかれ!!」


鎧姿の男性諸君に囲まれて嬉しいなんて趣味は無いし御免蒙る。


「健。」


「あいよ。

恨みは無いが、すまんな。」


健が刀を抜こうとした瞬間の事だった。


「お久しぶりですーーーーーーーーーー!!!!!!」


突然屋敷の二階部分から何か小さな黒い塊が大音量で叫びながら落ちてくる。


「ぷぎゃ!!!!」


健が鞘で、凛が木の盾でその黒い何かを俺の目の前で止める。

顔面に鞘を、腹で盾を受けて止まった勢い。

黒い何かは地面に落ちると顔と腹を覆って悶絶している。


記憶の中で見たくノ一。


長い黒髪を左手にサイドテールで結んでいる。

背は小さいがぱっちりした目と赤くなった小さな鼻が可愛らしい。


「お兄様とお姉様もお元気なようで……」


「いきなり真琴様に飛びかかる奴はお前くらいのもんだ。」


「お久しぶりですからね!取り敢えず抱擁を!」


「取り敢えずで抱擁しないで下さい。」


「ぷぎゃ!!」


二人に更に追い討ちを掛けられる。


「お、おい。そんなことして大丈夫なのか…?」


「あ、大丈夫ですよ。」


「ぐへへ…お兄様もお姉様も変わらず容赦がありません…」


「な、なんで気持ちよさそうなんだ…?」


「こいつは重度のドM。だからむしろご褒美だな。」


「えぇ……」


こんな可愛い小動物の様な女の子がドMとは…


「何をしているんだ!?」


「あ、忘れてた…」


完全に空気が変わったことで忘れていたが、俺達は今鎧のお兄さん達と一悶着中だった。

突然降ってきたプリネラが衝撃的過ぎて鎧のお兄さん達も反応が遅れたらしい。鎧を着たお兄さん達が槍をこちらに向けて構える。

今の今までまるで小動物かの様に可愛らしかったプリネラが突然ゾクリと背筋が凍るほどの殺気を放つ。


「誰に…誰に刃を向けているの?」


その目は多くの人を殺してきた者のそれだ。

冒険者をやっているとそう言う奴らもたまに見かけるし盗賊なんかをやってる奴らにはそんな目をした奴も多い。


「どうした?」


その時突然屋敷の扉が開き中から他の兵士より一回り大きな男が出てくる。全身鎧に背中に携えた大剣が目を引く。兵士達のまとめ役と言った感じだろうか。


「た、隊長!」


「プリネラさんが!」


「一体これはどう言うことだ?プリネラ。ハイカシ様の護衛であるお前が我々に剣を向けるとは。」


「どう言うことって言われても…私の大切な人達に剣を向けたから殺そうと思ったんだよ?」


「……本来ならばそっちにプリネラが剣を向けているはずだが?ハイカシ様から金を受け取っているのだろう?」


「お金?うん。受け取ってるけど。それが何か関係あるの?」


プリネラは相手を馬鹿にして挑発しているのかと最初は思った。激昂した相手と言うのは行動が読みやすくなるし戦いを有利に進める事ができる。

しかしそれは間違っていた。

プリネラは本気で言っている。ただただ純粋に言われている事が分かっていないのだ。報酬を受け取っているから果たさなければならない役目がある。

そんな単純な事が分かっていない。

過去どんな事があったのかは分からないが、きっと普通の育ち方はしてきていないだろうと思う。


「……まぁいい。裏切ったからには責任はとってもらうぞ。」


「裏切った?最初から仲間になったなんて思ってないよ?」


「クズが。」


大剣を抜いた隊長がプリネラに襲いかかる。

大きく振り下ろした大剣が庭の地面をごっそりと抉る。

しかしプリネラは既にそこにはおらず隊長の左手に立っている。

プリネラは何故か攻撃もしないで立っているだけだ。


「なんで攻撃してくるの?別に君達の事を殺したいわけじゃないんだよ?」


「言いやがる。」


「そんなに死にたいの?」


「うるせぇ!お前が死ねぇ!!」


ブンブンと重々しく大剣が空を切る音。

正面から受けてしまえばプリネラの様な小さな体は軽々と吹き飛ばされてしまうだろう。

隊長とやらもそれなりに腕に自信がある兵士だろう。しかしそれをまるで踊るようにヒラヒラと躱し続けてみせるプリネラ。大剣が振られるスピードよりも速く移動している。物理的に考えても一生当たらないだろう。

それを分かっているのかいないのか、隊長は延々と大剣を振る。周りの兵士達はこの戦闘に参加出来るほどの腕が無いのか呆然と見ているだけだ。

まぁあのハリケーンみたいな戦闘に突っ込める奴はなかなかいないとは思うが…


「プリネラ腕を上げたな。」


「そうですね。動きにキレがありますね。」


「へぇ。覚えてないからなんとも言えないけど…

ドMという衝撃が強すぎて感覚がおかしくなったのだろうか…」


「何言ってんだよ。プリネラをドMにしたのは他でもない真琴様だぜ?」


「ぶぉ?!なんだそれ?!」


「元々は俺にも凛にも懐かない奴だったんだがな…真琴様が超ドSで虐め抜いた結果ドMに変身を遂げたわけだ。」


「懐かない奴と虐め抜くが繋がらないんだが?!」


「それは俺にも分からないっての。真琴様の考えなんか俺達に理解できるわけないだろ。」


「わ、分からねぇ…」


「それより。そろそろ決着みたいだぞ。」


今まで単に避け続けていたプリネラだったが、腰の後ろに持っていた短刀を抜き取る。

健と同じく刀タイプの武器はこの世界では見た事が無い。


「君達のこと別に嫌いじゃないけど…そこまでされるなら仕方ないよね。」


「うぉおおお!!」


大きく振りかぶった隊長の目の前からプリネラの姿が黒い霧の様になって消えてしまう。


ザクッ


鋭利なものを肉に突き刺した音が聞こえた。

プリネラの持っていた短刀が隊長の首筋に突き刺さった音だ。抜き取られた部分から勢いよく血が吹き出す。


「隊長!!!」


「プリネラ!!」


「よくもぉ!!」


周りにいた兵士達が一斉にプリネラに襲いかかる。

しかし、隊長ですら手も足も出ない相手を圧倒できるはずもない。またしても黒い霧の様に消えたプリネラ。

取り囲んでいたはずの兵士達は呆気に取られる。

今まで目の前にいたはずのプリネラが目の前から消えてしまえば誰でも同じ反応になるだろう。

例え隊長が同じ様に殺られたとしても実際に目の前から消えられればどうしたら良いか分からないはずだ。

そんな兵士達を嘲笑うかのように、プリネラは次々と急所を確実に捉え殺していく。

叫ぶ間も無く死へと誘われていく兵士達。

綺麗だった庭園は血みどろに変わっていた。

プリネラの顔は特に感情を持っているようには見えなかった。


ただその必要があったから殺した。それだけの事とでも言いたげな顔をしていた。


「終わりましたー!」


振り返って俺の方へと向かってくるプリネラの顔はこれ以上無いくらいの笑顔だった。

普通は怖いと感じるだろう。どこか壊れているのではないかと。

でも何故かプリネラを見て怖いとは思わなかった。

それがプリネラという人間だとどこかで納得していた。


「プリネラ。今は真琴様と名乗っています。私は凛。こっちは健。そしてリーシャです。」


「マコト様ですね!分かりました!

それで?この奴隷は?」


「色々あってな。支援系の魔法と弓を使える。仲良くしろよ。」


「分かりました!」


「それよりビリンドはどうなってんだ?」


「これだけ騒いでも出てこないとなると逃げられましたかね?」


「ビリンド-ハイカシなら殺したよ?」


「え?」


「だって私がマコト様の所に行くって言ったら行くなって言って攻撃してきたから。」


「あー。プリネラにそんな事したら確かに良くないな…」


「顔も見ることなくとは…まぁ当初の目的はプリネラと会う事だしまぁ良いか。」


「マコト様から預かっていた箱の事ですか?」


「あぁ。それを受け取りに来たんだ。」


「いつでも大丈夫ですよ!しっかり守ってましたから!」


自慢げに形の良い胸を張るプリネラはどう見てもドMには見えないのだが…

世の中不思議が一杯だ…


「そういや何人かビリンドの奴隷見たけど、それは大丈夫なのか?プリネラの奴隷って事にならないか?」


「あ、それは大丈夫ですよ。殺す前に奴隷を破棄させましたから。」


「そんな事出来るのか?」


「出来ますよ。ただ、フリーの奴隷になると色んな人に狙われたりするので逆に危なくなりますけど。」


「大丈夫なのか?」


「私が主になるなんて嫌ですからね…大丈夫かは分かりません!」


「無責任過ぎないか?」


「破棄させずにマコト様の奴隷にした方が良かったですか?かなり数が多いですよ?」


「そ、それは困るな…」


「フリーでも生きているだけマシですよ。国に帰るなりここで過ごすなり自分達でなんとかしてもらいます。そこまで面倒見るのは御免です。」


「まぁ…厳しい様だけど仕方ないか…」


「マコト様はこれからどうするんですか?」


「ビリンドはジゼトルスの貴族とも関係が深かったし俺達の事も直ぐにバレるはずだ。

そうなればこの国には居られない。」


「別の国に行くって事ですか?」


「あぁ。一応そのつもりだ。プリネラから箱を受け取ったら次に訪ねるべき人の顔が浮かぶんだが、ジゼトルスの住人じゃ無いことを祈るよ…」


「じゃあ早く渡した方が良いですか?」


「いや、少し落ち着ける場所に行こう。宿に報告しておきたいしな。」


「分かりました!じゃあ行きましょう!ぐぇ?!」


健の刀の鞘がプリネラの頭を直撃する。


「こっちだ馬鹿。」


「さ、さすがお兄様…私に快感を与える事のできる数少ない人の一人なだけはありますね…」


「お前が隙だらけだからだ。」


「私の隙をつける人なんてそんなに多くないんですよ?!ごはっ!お、お姉様…突然なんて…」


「あら、ごめんなさい。多くないって聞いたから試してみたくて。」


「このお二人の容赦の無い責め……来る!」


「「来なくて良い!」」


「あふーーーん!!!!」


さっきの戦闘よりも恐怖を感じた気がする。屋敷を後にしてそのまま宿に直帰した。


「おかえりなさいませ。」


「あぁ。今日も客は少ないな。」


「…はい…」


「そう嘆く事も無くなるな。」


「え?」


「ビリンド-ハイカシが死んだ。」


「……え?!」


「次に貴族が来たとして、そいつが良い奴かは分からないが、取り敢えず今だけは平穏だろうな。」


「ま…まさか皆様が?!」


「やったのはこのプリネラだがな。」


「あ…ありがとうございます!ありがとうございます!!」


「分かった分かった。それより、囚われていた女性達が屋敷にいるんだろ?誰もいないからさっさと助け出してやってくれ。」


「はい!!!

あなたーー!!」


「良かったですね?」


「どうだかな。さっき言った様に次はもっと嫌な奴が来るかもしれないしな。」


「不幸を考えても際限なんか無いですよ。」


「まぁ…そうだな。現状打破出来ただけでも良かったと考えておくよ。」


「はい!」


結局屋敷には数人の女性が囚われており、体中に痣が出来ていたらしい。どんな事をされたかを聞くのは酷な事だろう。奴隷にされなかっただけでも良かったと思う事にした。


「さてと。早速3つ目の箱を貰うとするか。」


「はい!!」


プリネラは俺の前にポスンと座ると目を閉じる。

いや、目を閉じる必要は全く無いのだが…気分的なものだろうか…

プリネラの胸に手を当てると箱が出現してそれが開く。光に包まれ、記憶の波が押し寄せてくる。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「ふん!ふん!」


「今日も変わらず刀を振り続けてるんだな。ジャイルは。」


「俺にはこれしか無いからな。フィルリアさんと約束したしな。」


「それは良いことかもしれないけど、体壊すなよー。」


「分かってる…さ!…ふん!」


「グラン様。」


「おぉ。おはよう。ティーシャ。」


「おはようございます。」


「なんだ?なんか元気ないな?」


「い、いえ。そんな事は…」


「何年一緒にいると思ってるんだよ。それくらい分かる。」


「……実は……」


凛の話によると、フィルリアの探してくれたこの家に住んでから外には出ていないもののどこからどう話が伝わったのか、俺達の事が小さな噂になっているらしい。

大きな家を持っているのに顔を見せない事も不審がられている原因の一つ。

凛は家の前で井戸端会議をしているおばさん達の声を聞いてしまったらしい。

噂というのは何より足が速い。娯楽の少ないこの街ならそれこそ風が吹き抜ける速さで噂は広がっていく。


「そうか…ここには暫く住んでたし気に入ってたんだがなぁ。」


「今すぐに何かあるという事は無いとは思いますが…」


「出る準備だけはしておくとするか。」


「ここを出てどうするんですか?」


「ドワーフの国、テイキビに行くつもりだ。」


「テイキビですか?」


「ドワーフの国はハスラーよりもライラーが多い国だ。俺を捕まえようとしている連中は恐らくハスラーとしての能力を見ての事のはず。」


「ハスラーとしての能力をあまり注視しないテイキビは外れるって事ですか?」


「その可能性が高いって事だな。完全に除外はしないぞ。」


「注意は常に必要という事ですね…」


「すまないな…俺の魔力量が多いばかりに…」


「グラン様。私達はそれでもグラン様に仕えたいと心から思っているのです。いくら突き放されても、這ってでも着いていきますから。」


「……ありがとう。」


「はい!」


ある程度方針が決まった事を健に伝えると分かったとだけ言ってまた剣を振り始めた。

健はあまり物を持たないからそれこそ刀さえあれば良いくらいのものだろう。

異空間収納を発明してから荷物に困った事は無い。家の中の物を全て入れられる。ほとんどの物を異空間収納した所でフィルリアが来た。


「え?!なにこれ?!」


「あ、フィルリア。えっと…ちょっと最近この辺りで俺達の事が噂になってるらしくてさ。」


「噂?!」


「この国にいるのも辛くなってきたし場所を変えようかと思っててさ。」


「そんな?!グラン達は悪くないのに!!」


「悪くなくても捕まれば酷い目に会うことくらい分かるよ。」


「うー…悪くないのにぃ…」


「フィルリアは本当に大人なのか分からなくなるなぁ…寝室に忍び込んできたりするし。」


「え?!グラン様!?今の話詳しく教えてください!!」


「え?いや、朝起きるとな…」


「フィルリアさん?!」


「ふーふふーーん。……ん?なに?」


「聞こえてない振りしても意味無いですからね!?」


「良いじゃないのよ。ティーシャだってたまにグランの寝床に入ってるしー。」


「私は良いんです!!」


「それなら私だって良いんですー。」


「まぁまぁ…それより、今すぐじゃないけど、2,3日後には発つから何かあったら早めにお願いね。」


「私も行くわ!!」


「ダメだって。フィルリアは優秀な先生でもあるんだよ。生徒達はどうするの?」


「う…」


「俺達の事は大丈夫。優秀な先生がいてくれたおかげで強くなれたから。」


「……ぶぇーー!!寂しいよーー!!」


「またいつか戻ってくるから。」


本気で泣きじゃくるフィルリアをなんとかなだめて落ち着かせる。

こういうところが大人とはおもえないんだよなー。

泣き止んだフィルリアは後ろ髪を思いっきり引っ張られながら帰っていった。結局俺達には挨拶しておく人間はフィルリアしかいない。これで心置き無くここを去れるというものだ。


「グラン様。」


「ティーシャ。どうした?眠れないのか?」


「その……少し寂しくなってしまって…」


「まぁフィルリアとも離れてしまうからな。」


「はい……それに、ここは私にとって第二の家になりました…それがなくなってしまうと考えると…」


「まぁその気持ちは俺も持ってるよ。すまないな…」


「いえ!そんなつもりでは!」


「わかってるけど少し申し訳なくてな…俺の事情に巻き込んでしまっているからな…」


「それはもう言わないでください。好きでやっているんですから。」


「ありがとう。」


「いえ。………あれ?」


「ん?どうした?」


「これって……」


「なんだこれ?俺の物じゃないぞ。」


「何かの紐ですかね?」


「見た感じは髪を結ぶのに使う紐みたいだな。かなり汚いけど。」


「なんでこんなものがここにあるのですかね?」


「…………?!」


ガキンッ


「グラン様!!」


「大丈夫。クリスタルシールドのお陰だな。

さて…一体どこのお客さんかな?」


小さな体。俺達3人と同じ黒い髪。長いと言うよりはボサボサな髪を胸の下まで垂らした女の子だ。そのボサボサで汚い前髪の奥から覗く目は死んだ魚の様な、心がここにあるかどうか分からない。服装という服装ではなく黒いシミがいくつか着いた布を巻いているだけ。

相当酷い目にあってきたのか一切の感情を読み取る事が出来ない。


「あなた。誰に剣を向けたのか分かっているのですか?」


たった今人を殺そうとした女の子はぼぅっと立ったままこちらを見つめている。

こんな子供が何故こんなことをしているのか。

考えてしまうが、今はそれどころでは無い。


「グラン様!!」


「ジャイル。」


「……貴様…何をしているか分かっているのか知らないが。グラン様に手を出したんだ。覚悟は出来ているのだろうな。」


「………」


本当にぴくりともしない。


話が分かるのだろうか?


ふっと姿勢が低くなったと思ったら突然一番前にいた健に斬り掛かる。手に持っているのは小さなナイフ。

パッと見だけでも相当傷んだナイフだと言うことが分かる。

刃はボロボロで斬るという行為が可能なのか怪しい程だ。

スピードはかなりあるが、健と比べると…


既にフィルリアから太鼓判を貰っている健にそんなナイフで勝てるはずもなく難なく取り押さえられる。


「ぐっ!」


「なんだ。声はでるんじゃないか。

グラン様。どうされますか?」


「んー…」


健に上から乗られて取り押さえられている女の子の目は未だ死んでいる。

どこからの刺客なのか、殺す事だけが目的なのか、そもそも誰かからの刺客なのかタダの物取りなのかさえ分からない。


「これはお前のか?」


「………」


「グラン様がお聞きになっているのに無反応とは…死にたいのですね?」


「待て待て!焦るな!

ジャイル。取り敢えず縛ってくれ。」


「分かりました。」


女の子とはいえ刃を向けた相手だ。

健の時とは違ってここまで反応の無い者だと対処に困る。

健が初めて来た時にはその目に生きたいと言っている力を感じたが、この子にそれは無い。

読めない相手となるとそのまま放置したり逃がしたりは出来ない。

健は後ろ手に縛り上げて柱に括り付ける。

小さな女の子を柱に縛り付けるという見た目には非常に宜しくない状況ではあるが、現状では最善だろう。

普通ならば痛めつけたりするのだろうが、多分この子にその手は通用しない。痛みがこの子をこの様に変えてしまったのならばより深い闇に貶めるだけだ。

俺はこの女の子の前にどかっと座ってただその子の目を見つめた。


「…………」


「………」


凛と健には外すように言ってある。

最初はもちろん危険だからと猛反対されたが、なんとか引いてもらった。


互いに無言。


完全に声のない静かな状況で俺は飽きること無くその女の子の目を見つめ続けた。

最初は俺の事を不思議に思っていたのか俺の目を見つめ返してきていた女の子だが、次第に居心地が悪くなってきたのか目を逸らしたり、下を向いたりする様になってくる。

それでも無言で見つめていると、今度はソワソワしだす。

何時間もそれを続けていると、遂に女の子の口が開く。


「な、なんで見つめてるの?」


「喋ってもらいたくてね。」


「だったらそう言えば良いのに。」


「そう言っても君は喋らないだろ?」


「……」


「せっかく喋ってくれたんだ。少し話をしよう。

俺の名前はグラン。グラン-フルカルト。」


「……」


「別に自己紹介しなくても知ってるかもしれないけどな。

さっきの二人は俺の従者をやってくれている、ティーシャとジャイルだ。」


「知ってる…」


「まぁだよな。」


「何が聞きたいの?」


「んー……君は……」


「………」


「この紐で髪を縛ってたのか?」


「え?」


「この紐だよ。汚れちゃいるけど大切に使っていた様に見えるからな。誰かに貰ったのか?」


「………」


「言いたくないか。まぁ良いけど。

大切なものなら返すけど捕縛を解くわけにもいかないからどうやって結んでたのか知りたくてさ。」


「……」


「また喋らなくなるのか?

なら、勝手に縛らせてもらうとしようかな。」


「やめろ!触るな!!」


「良いから良いから。」


「触るな!!このっ!!」


「そんな事しても無駄無駄。俺はわりと強いからね。」


「くっ!!」


「うんうん。よし。これでいい。さっきより幾分マシだ。」


「解け!!」


「髪を?縄を?」


「両方だ!!殺してやる!!」


「なんで髪を結んだくらいで殺されるんだよ。

ん?元々殺しに来たのか。なら間違ってないのか?」


「解けーー!!」


「その縄は俺の作った縄だからそんな簡単には切れないぞ。特別製だからな。

それよりやっと感情を見せてくれたな。怒ったし、腹減らないか?」


「解け解けー!!」


「だよな!腹減るよなー。確かこの辺にー…お、あった。」


「な、なんだそれ?!」


「これか?ティーシャの作ったお菓子だ。美味いんだぞ?食べるだろ?」


「や、やめろ!来るな!」


「良いから一口食ってみろって。美味いから。毒なんて入ってないから。」


「やめろ!来るな!!」


「ふふふ。なんか面白くなってきた。」


「ちょっ…来るな!やめろーー!!」


「はい。食べてねー。」


「ぐ……」


「口開けて。無理矢理でも良いんだぞ?」


「触るな!」


「なら仕方ないね?」


「な、なんだ?!何をする?!や、やめあーーー?!」


「ふふふ。魔法で口を開けさせたのさ!さ、噛んで飲み込んで。」


「んーー!!んーー!!」


「それも出そうとしても無駄だぞ?魔法で口を閉じてるからな。」


「んーー!!んーー………ん?」


「ほら。美味いだろ?」


「………もぐもぐ…」


「もう一個いるか?」


「…………」


「よし。無理矢理いこうか。」


「ひっ?!」


なんだか楽しくなってしまって無理矢理食わせ続ける。


「どうだ?美味かったろ?」


「………うん…」


「だよなー!ティーシャの料理は世界一だと思うんだよなー。」


「私に食事を与えてもいいのか?」


「え?なんで?」


「私は……刺客だぞ。」


「刺客だったのか。なら尚更いいんじゃないか?」


「なんでだ?」


「どんな生活をしてきたのかわからんけど、多分お前を送り込んで来た奴はお前が死んでもどうとでもなると考えてんだろ?」


「……」


「じゃなきゃこんな女の子を一人で突入させるなんて無謀な事をさせるわけないからな。」


「それと食事になんの関係があるんだ。」


「あるだろ。死んでも良いと捨てられたとしても君は人間。戻っても殺されるしここで暴れても死ぬ運命なんて可哀想だろ?だから俺が生かす。なんてな。」


「意味が分からないし…話が繋がってないぞ。」


「まぁなんとなくだからな。結局自分でもなんでこうしてるのか分かってないからな。」


「なんだそれは…」


「良いんだって。皆死ぬよりマシだろ?」


「私は別に死んでも構わない。もう生きる理由がこの世には無いから…」


「生きる意味?………その紐か?」


「…………これは…私の友のものだ…」


「へぇ。友達いるのか。」


「いた…だよ。もう死んだ…ううん。私が殺した。」


「友達を?なんで?」


「それしか無かったから…」


「究極の選択だな…なんでそんなことになったんだ?」


「それが私の役割だから。」


「役割?そんな大層なもんがあるのか?」


「大層なもの?」


「そりゃそうだろ?人が生きる上で役割なんて無いのに君にはあるわけだろ?」


「役割が…無い?」


「無いぞ?俺だって色々大変だけどそれが役割だからなんて思った事無いからな。」


「……」


「なんだ?」


「……いや……」


「死ぬなんて勿体ないしもうちょい生きてみないか?」


「………」


「何か気がかりがあるなら俺達がなんとかしてみるぞ?どうせここには長くは居ないしな。」


「……」


「ま、考えてみてくれ。」


誰かからの刺客。という事は分かったが、それが誰からのかは分からない。

口振りからすると国が絡んでいる様な大きな話では無いとは思うが、断言出来ない以上早めに結論を出してもらう必要がある。

これから外に向かうと言うのにその誰かを無理に突き止める必要は無い。もしこの子が本当は違う生き方をしたいと望むならそれなりに動くつもりではいるが…


次の日の朝、女の子が俺に話をし始めた。


「……ねぇ。」


「ん?」


「少し聞いてくれる?」


「良いぞ。」


「…私は……名前が無いの。」


「名前が無い?」


「生まれた時からかは知らないけど、気が付いたらあそこにいた。

あの暗い牢屋の中に。」


「……」


「親が捨てたのか、どこかから攫われてきたのかすら分からない。分からないし関係ない。

体が動くようになってからは毎日毎日何かを殺し続けてた。

小動物、小型のモンスター、檻の中に放り込まれたそれらを小さなナイフ一本で殺すの。

同じ様な子達が何人かいた。牢屋は一つじゃ無かったから。」


「その子達も同じ様に?」


「うん。

それで、ある時牢屋に放り込まれたのは人間の赤ちゃん。」


「赤ん坊?!」


「うん。最初は嫌だったけど…それで時間内に殺せないと、兵士が来て殴られる。

それでも殺せないと……」


「……殺されるのか…」


「そう。だから皆殺した。誰の子供かも分からない。」


「どんな鬼畜野郎だよ…」


「でも、皆同じだったから…檻の中にいても話をしたんだ。特に仲が良かったのは隣にいた女の子。2番って呼ばれてた。

私は3番。」


「……」


「2番の顔は見た事無かったけどさ…同じ様に感じてお互いに支え合ってた…気がする。」


「友達ってのは…その2番か?」


「うん。それからは毎日人間が放り込まれた。

赤ちゃんから少しずつ大きくなっていくんだ。」


「……」


「同じくらいの子供だったり、お兄さんお姉さん、大人になっていくんだ。

人間は皆私と同じナイフを持ってた。」


「戦ったのか…」


「うん。皆ね。

大人から兵士になって、相手の武器が剣や槍になるんだ。それでも私達はナイフしかない。」


「この小さなナイフ1本か…」


「うん。

そうなるとね。少しずつ檻の中にいる子が減っていくんだよ。一人一人声が聞こえなくなる。」


「……辛いな…」


「最初はね。でも途中から皆何も喋らなくなるんだ。死んだ事を知りたくなくて…」


「……」


「でも私と2番は毎日少しだけでも話してた…明日も生き残ろうって…

でも、そうやって毎日誰かを殺してきて、殺す事が簡単に感じる様になった時にね。子供が来たの。ずっと大人だったのにね。

1人の女の子。」


「……まさか…」


「そ。すぐ分かった。顔も見たこと無かったのにね。2番だって。」


「……」


「最初はお互いに動けなかった。

でも、2番は襲ってきた。私と同じそんなナイフで…」


「戦ったのか…2番と…」


「……ううん。戦ってない。」


「え?どう言うことだ?」


「私がナイフを受けようと構えたらね。

自分からそのナイフを掴んで胸に刺したの。」


「……」


「言われたよ。今まで生きてこられたのは3番のお陰だからって…

そんなの私も同じなのに……

口から血を吐いて倒れた2番を見て思ったんだ。あぁ、私は2番と一緒に死んだんだなって…」


「この紐は2番の?」


「そ。2番が着けてた髪を結ぶ紐。」


「……」


「その時知ったけど沢山いた仲間は全員死んでて残ったのは私達だけだった。

2番が死んで私はもうどうでも良くなったんだ。殺すのも死ぬのもどうでも良い。」


「なんで死ななかったんだ?」


「分からない…誰かに殺して欲しかったのかもね。」


「君の人生を体験したわけじゃないから何も言えないけど…それ程の事をされながらなんで言いなりになってるんだ?見たところ奴隷というわけでもなさそうだけど?」


「私達の胸には杭が仕込まれているんだよ。主人の命に背いたと知られれば即座に心臓に食い込む杭。奴隷より融通が効くけど、命は握られている。」


「……タチが悪いな。」


「そんな奴だよ。あいつは。」


「その杭。未だ帰らないとなればいつ発動してもおかしくないんじゃないのか?」


「まぁ…そうだね。」


「その杭。抜いてやれるとしたら。

君はどうやって生きて行きたいんだ?」


「そんな事は出来ない。そう言う魔法を使ってあるからね。」


「もしもの話だよ。もしも。」


「……そうだね……分からないよ。もし抜けたとしても私はこの生き方以外は知らないから。

一生あいつの犬として生きていくかもしれない。」


「………どっか行きたい所とかやりたい事とか無いのか?」


「無いかな…強いて言えば…あんな主人より貴方のような人に使われてみたかったかな。こんな殺す為の技術が役に立つとは思えないけど…」


「…………」


「グラン様。」


「ティーシャ。どうした?」


耳打ちで教えてくれた事は大方予想通り。

この子が帰らない事でより多くの人間が襲ってきた。という事だ。

実際は家の周辺を固めている所らしいが、乗り込んでくるのも時間の問題だろう。


「どこの奴らか分かるか?」


「恐らくブリトー家の者たちかと…」


「分かるのか?」


「フィルリアさんに教わった貴族の紋章にあったので。」


「紋章?」


「はい。鎧を着た兵士達のマントに紋章が入っています。」


「暗殺じゃなくて堂々と正面から来るのか。」


「貴族として危険因子を排斥するとか言いそうですね。」


「それにしてもなんでブリトー家の奴らが?」


「それは貴方が魔法を作ったからだよ。」


「俺が?」


「フィルリアの成果として申請されているけど、少し調べれば直ぐに分かること。この家によく出入りしてたしね。」


「俺が魔法を作ったとしてなんでブリトー家が俺を?」


「貴方が魔法を作った事で、魔法でのし上がってきたブリトー家の価値が一気に下がったんだよ。その恨み。」


「逆恨みもいいところですね。」


「俺達の事がバレたわけでは無い事は救いだけどな。」


「バレて?」


「俺と…というか俺は国から追われてるんだよ。この国かは分からないけどな。」


「なんでそんな事に…?」


「魔力量が多すぎた。それだけだ。それだけで親を殺された。このティーシャの親もな…」


「………」


「さて、時間が無いな。君はどうする?」


「私は…どうする事も出来ないよ。捕まってるしね。」


「……その杭。抜いてやろうか?」


「え?」


「俺なら多分抜けるぞ。」


「そんな事…」


「出来るぞ。」


「……」


「そいつを抜いたら君は自由だ。逃げるなりなんなりして幸せに暮らせばいい。」


「………」


「好きにするといいさ。」


「グラン様…?」


「大丈夫。もう彼女は俺達を襲わないさ。な?」


「……約束する。」


「な?」


「はぁ……本当にお人好しなんですから…」


「俺の長所だろ?」


「分かりました。お手伝いします。」


「いつも助かるよ。ティーシャ。」


俺は女の子の縄を解く。

突然ナイフを突き立てられ…なんて事は無い。

大人しく俺の言う事を聞いて杭を見せてくれる。

確かに胸の中心部に杭が刺さっている。

黒い杭を取り巻くように、禍々しい赤い筋が脈打ちながら胸へと繋がっている。


「これは呪いの類か?」


「みたいですね。かなり強いものですよ。」


「だから言った。無理だって。」


「それは違います。確かに呪いは強いものですけど、グラン様にとってはそれ程難しいものではありませんよ。」


「え?」


「いけそうだな。」


「はい。」


俺は杭に手を掛ける。

手には硬質な杭の感触が伝わってくる。


「痛いぞ。」


「……分かったよ。」


俺はその杭を力一杯引き抜く。

ブチブチと何かが引きちぎれる様な音が聞こえてくる。


「ぐぁぁあああ!!」


痛みに声を張り上げ、体を仰け反らせる。

それでも一気に引き抜く必要がある。呪いを解呪しつつ引き抜くのだ。

凛も解呪を手伝ってくれている。傷跡は残るが、血が吹き出すという事は無いはず。


「ぐぁ……あぁぁぁああああ!!」


ズリュリと引き抜く。


あまりの痛さに一瞬気を失ったのか女の子は倒れかける。それを受け止めて胸を見ると、成功した様だ。


「どうだ?スッキリしたろ?」


「………本当に……本当に抜けたの?」


「あぁ。ほら。」


「…………ありがとう……ございます…」


「さ、逃げな。後のことは俺達に任せておけば大丈夫だから。これからは幸せに暮らせるように願ってるよ。」


「………」


「どうした?ブリトー達が来る前に早く。」


「……………行かなければ……ダメですか?」


「………さっきも言ったけど、俺達は追われている身だ。ついてきてしまえばその生活に巻き込む事になる。幸せとは程遠い生活だ。」


「分かっています…でも、私は貴方の……グラン様の傍に居たいです。」


「………辛い生活になるぞ?それに、そのままじゃダメだ。もっと強くなる為に、これまでより厳しい生活になるぞ?」


「覚悟の上です。」


「……ほんと俺ってそういう真っ直ぐな目に弱いよなぁ…」


「グラン様はそれで良いと思いますよ。昔からずっと変わりません。」


「ティーシャが言うんだからこのままで良いのかもなぁ…まぁ。これからよろしくな。」


「はい!!」


「そうなると名前が必要だな。」


「3番でも大丈夫ですよ?」


「それじゃ味気ないし何より俺達が嫌だからな。何か思い付かないか?」


「グラン様がつけてください!」


「俺が?良いのか?」


「その方が嬉しいです!」


「そっか……そうだな……プリネラってのはどうだ?」


「プリネラですか?」


「あまり知られていないが、山岳部に生える花でな。小さな白い花なんだ。」


「見た事はありませんが、聞いたことはあります。確か必ず二輪の花が咲くんですよね?」


「あぁ。だから友情や愛情を表現する際の花として、山岳部では用いられる事が多いらしいぞ。

その花を2番に供えてやれると良いかなって思ったんだよ。墓は無いだろうけど気持ちでな。」


「………はい。プリネラ…今日から私はプリネラです!」


「そうと決まれば次は…」


「家の者!!出てこい!!」


「お出ましだ。」


近所に丸聞こえの大音声。

ほとほと貴族という生き物が嫌いになってきた。

強く叩かれるドア。

正直放置しておこうかと思ったが、今まで世話になった家がこの暴徒共に荒らされるのは癪に障る。


「どちら様ですか?」


「我々はブリトー様に仕える者だ。ブリトー様が出頭する様にとの事だ。行くぞ。」


「え?嫌だけど?」


「は?」


「だから嫌だって言ったんだよ。会いたいならブリトーとやらが来たら良いだろ?なんでわざわざ俺達が足を運ぶ必要があるんだ?」


「自分達が何を言っているのか分かっているのか?!」


「おかしなこと言ったか?」


「いえ?私には至って普通の事だと思いますが?」


「来ないと言い張るのだな?」


「あぁ。悪いけど帰ってくれ。礼儀も知らない奴に会うつもりは無い。」


「き、貴様……良かろう。では悪いが強制的に連行させてもらう!!」


いきなり数十人いた兵士達が抜剣。

窓や扉の隙間から見ていた近所の住民達は慌てて隠れたらしい。

とばっちりは御免だわな。


「おいおい。ここは住宅街だぞ。こんな所で抜剣とか…本当にブリトーとやらは礼儀を知らんらしいな。」


「一度ならず二度までも……その言葉を吐いたことを後悔しろ!!」


正面で話をしていた兵士が剣を振る。

こちらも喧嘩腰だったから強くは言えないが、暗殺対象だったわけだし、殺しても構わないと言われていたのだろう。


ブンッ


振り下ろされた剣は俺には届かなかった。

俺の目の前には健が立っている。

健に与えた刀は鍛錬を入念に行った一振。

強度が全く違う刃を合わせれば弱い方がどうなるか素人でも容易に想像出来るはずだ。


「な、なんだその剣は…?!そんな細身の剣で私の……いや、魔法だな!?なんと卑怯な!!」


「いや、卑怯って…いきなり斬り掛かる奴に言われたかねぇよ。それにこれは魔法じゃねぇ。うちの主様はそこいらの奴らより数段凄いんでね。」


「や、やれ!お前達!やれぇ!!」


「はいはい。そんじゃ行きますかね。」


結局家の真ん前で大戦乱。

健が武器や防具を切り裂き、凛が魔法で無力化していく。俺の出番はまったく無いらしい。


結局は数分でカタがついてしまった。


こんな場所だし一人も死んではいないが、武器や防具等多くの物を失った兵士達が地面に転がって唸っている。


「ぐっ……」


「なぁ。そのブリトーってのに伝えておいてくれないか?俺達は明日にでもここを発つつもりだ。これ以上手出ししてこないならこちらからは何もしない。

これ以上手出ししてくるようなら今度は屋敷までお邪魔させてもらうって。」


嫌味たらしく微笑んでやると顔を青くして脱兎のごとく帰還していった。


「まったく…ここともお別れだってのに最後の最後で来訪した相手があれってのは嫌になるね。」


「静かにしているはずなんですけどね…」


「それよりプリネラ。もう大丈夫だぞ。」


「……」


「ブリトーの奴らはお前の事なんか一言も言わなかったな。」


「既に死んだものとして考えてるんだと思います。」


「それなら尚更好都合だな。これからは俺達と一緒に生きていくぞ。」


「………はい!!」


次の日。


「はぁ…本当に行っちゃうのね…」


「あぁ。でもまた会いに来るから。」


「うん。分かってるわ。気を付けてね。」


「あぁ。」


フィルリアに見送られてジゼトルスを出る。

プリネラの事は話していない。これはプリネラからの願いだった。

あまり人に自分の存在を明かしたくないとの事だったためフィルリアには黙っておいた。

何か気が付いているような感じはしたが、フィルリアの事だから何も聞かないでいてくれたんだと思う。

ジゼトルスを出ると南にあるドワーフの国、首都テイキビに向かう。馬車はフィルリアが用意してくれると言っていたが、プリネラを鍛える為この旅路を使おうと考えていた俺は歩いていくことに決めた。

行く道はモンスターも出てくる上場所によってはかなり危険だ。

プリネラを鍛えるには良い旅路だ。

本道を通ると色々な人に見られて目立つため側道を行く。村々を繋ぐ細い道で人通りは無くはないが一日に一回人を見かければ良い方だ。そんな道を進むとなるとかなりの確率でモンスターに遭遇する。

その全てをプリネラ一人に任せる。

勿論危ないと判断した場合は手を貸すが、死なない程度であれば完全に放置する。

プリネラは確かに強い。

ジゼトルスの兵士の平均の強さが分からないが、恐らくトリッキーな戦い方で考えれば平均以上。

隠密、ナイフによる暗殺術等は秀でている。だが、あくまでも兵士基準。フィルリア基準で言えば……

という事でモンスターは任せた上で毎日俺達3人による戦闘訓練を行った。

初めは健にも凛にもまったく懐かず、俺の傍から離れようとしなかったが、命令口調で二人の指導を受けろと言ったところでやっと指導を受けることになった。見たところ懐いていないと言うよりは人見知りだと思うが…


「お、お願いします!!」


「こちらこそ。と言っても俺は完全に独学だからな。それがプリネラに当てはまるか分からん。

そこで勝手に吸収してくれ。」


「勝手に吸収…ですか?」


「とにかく俺と手合わせしてその中から必要な技術があれば勝手に盗め。教えるのは俺には無理だ。」


「言い切りますね…」


「そう言うのは性にあわないからな。」


「分かりました!」


「よし!行くぞ!」


健らしいと言えばらしいのだろうが、技術を盗むどころかまったくスピードにもパワーにも追いついて行かずボコボコにされて終わる。


「うぅ…」


「ちゃんと避けないからだろ?」


「速すぎてわからないですよー…」


「ったく…ほら。」


「あ、ありがとうございます……」


「次はティーシャの番だな。気を付けろよ?あいつは容赦ないからな。」


「聞こえてますよ。」


「げっ?!」


「何を勘違いしているのか分からないですけど、別に怖いことなんか無いですよ。普通に教えますからね。

さっき見せてもらった限りプリネラには少しだけど闇魔法を使う素養があると思います。」


「私が…魔法ですか?」


「闇魔法自体は珍しい物だけど魔力もあるし普通に使えると思いますよ。」


「し、信じられません…」


「まずは魔法を発動させるところから始めましょう。」


凛は健とは対照的で手取り足取りと言った感じで丁寧に説明を挟みながら教えている。

元々優しい性格だし、健の様に体育会系の教え方している凛は流石に想像できないから当たり前なのかもしれないが。魔法の属性の中でも光魔法と闇魔法は使う事が難しいと言われている。要因は簡単で物体では無いからだ。

感じる事が出来ないものを操るというのは非常に難しく、適性があっても使えないという人もかなりいる。光と闇に関する化学的な理解が無いこの世界ではそれも当たり前だろう。

幸い魔法の窓から見た化学の世界では既にその理解も進んでいるため俺は難なく使える。その理解を凛にも共有する事で使える様になっているし安心して見ていられる。とは言えそんなに簡単に使えるはずもないので暫く掛かりそうだが。


そして最後は俺の番。


「お願いします!!」


「あぁ。そんじゃ始めるかね。」


「何をするんですか?」


「そうだな…どうしたい?」


「え?私ですか?」


「ここからテイキビまではいくらか時間がある。だが、十分とは言えない。テイキビまでに戦える様になる超ハードコースと優しめのソフトコースがあるけど。」


「……超ハードコースでお願いします!」


「いいのか?本当に辛いぞ?」


「望む所です!」


「よし。分かった。それじゃあまずはスピードから行こうか。今から俺が魔力がこもった魔法をプリネラに向けて撃ち込む。相当痛い。それを避けろ。」


「それだけですか?」


「それだけ…と言えるかどうかはやってから決めるんだな。」


俺は土魔法で石礫を数十個作り出す。

俺の周りに浮かぶ数十個の石礫を見てプリネラの表情が激変する。


「行くぞ?」


「は……はいぃ!」


次々と飛び掛かる石礫をなんとか避けているプリネラ。


「おいおい。こんなスピードでギリギリか?やる気あんのか?」


「くっ!はっ!」


「どんどんスピード上げてくぞー。」


「あ!いっ!!」


少しスピード上げただけでプリネラは石礫を避ける事が出来なくなりいくつも被弾する。かなり痛そうだが容赦はしない。

超ハードコース。簡単に言えば避けなければ痛い。出来なければ痛い。つまり超絶痛いコース。

下手すれば死ぬ所まで行くかもしれないが、プリネラの成長に期待しよう。

スピード、魔力、パワー。あらゆる要素を鍛える練習を行う。

気の遠くなる程その訓練を続ける。

来る日も来る日もテイキビに辿り着くまで繰り返される特訓により、いつの日かプリネラは痛みを受け入れるようになってしまった。

俺が特訓中はかなり酷い言い方もしていたし、変なスイッチを押してしまったらしい。

最終的にはかなり動きも上達して共に戦っていくだけの力を手に入れられたのだが、プリネラが、避けられる攻撃をわざと受けて痛みを求めに行く事もあった。

あまり気にしていなかったが、健と凛に対してプリネラはあまり心を開いていなかったらしい。

そんな風には見えなかったが、2人はそう感じていたと聞いた。しかし、手合わせして健と凛に本気で向かって行ってボコボコにされた時から2人を兄様、姉様と慕っており、忠犬の如く二人の言う事にも従った。

ドM覚醒したとはいえ、三人の攻撃以外はちゃんと避けるため、そこは良かったのだが…良かったのだろうか…?

わざと変な事を言ってツッコミとして攻撃を受け、愉悦の表情を浮かべるプリネラはかなり恐怖だ…

自由になって自分の付き従うべき相手を見つけ、その人からの痛みには愛があるから痛くない。とか言ってたが…いや、深く考えるのは止めておこう。きっと考えてしまってはいけない世界だ。

プリネラは隠密や闇魔法を習得した事で異界の忍者と呼ばれる存在に酷似した存在になった。

そこで旅の途中作っていた短刀を完成させ、凛が作ったくノ一衣装と合わせて送ることにした。

短刀というのか小太刀というのか分からないがとにかく刀の短いバージョン。黒を基調とした作りで健のもつ刀と遜色ない出来だ。


「さてと。プリネラ。」


「はい?」


「そろそろテイキビだ。ここまでよく頑張ったし腕も上がった。そこでお祝いにこれから着る服と武器を渡す。」


「服に武器ですか?!」


「武器は俺が、服はティーシャが作った物だ。異界のくノ一という隠密が得意な女性を参考にしたんだ。気にいるかわからないが使ってくれ。」


「ありがとうございます!!

これは……あまり見ない作りの服ですね?」


「着方は私が教えますので安心してください。下には鎖帷子を着るといいですよ。」


「分かりました!」


「そんでこいつが武器だ。」


「黒い…短剣ですか?にしてはツバも無いですし変わった形ですね。」


「抜いてみろ。」


「はい………こ、これは……刀ですか?」


「あぁ。健の持っているものより短いものだ。小回りがきくし取り回しやすい。

ツバが付いていないのはそもそも刃を合わせる事を想定してないからだ。」


「ショートソードと言うよりは少し長いナイフといった感じですか?」


「その認識で大丈夫だ。ただ、ナイフよりずっと硬いし切れ味も良いからな。片刃で使い方も独特だから練習してくれ。」


「分かりました!大事に使いますね!!

この子に名前はあるんですか?」


「一応名は黒椿と彫ってある。」


「黒椿……分かりました。」


「気に入ってくれてよかったよ。」


「気に入るに決まってるじゃないですか?!皆さんからの贈り物ですよ?!」


「はは。良かったよ。

それで、これからの事なんだが…プリネラには隠密として動いて欲しい。」


「と言いますと?」


「裏で動いて欲しいって事だな。」


「それは得意ですし、そもそもそのつもりなので任せてください。」


「助かるよ。」


「助けていただいたのは私の方ですけどね。これからは私にお任せ下さい。」


こうしてプリネラは俺達と行動を共にする事になった。


「マコト様?」


白い世界から戻ってくると目の前にプリネラの顔がドアップに…


「近いな。大丈夫だから。記憶がまた戻った。」


「プリネラに関することか?」


「あぁ。出会った頃からテイキビに到着するまでの記憶だな。」


「んじゃなんでプリネラがこうなったのか分かったな?」


「反省しております。」


「マコト様は悪くありません!むしろ私の新しい一面を見出して下さったのです!」


「お前はだまってろ!」


「あふーーん!!」


「ダメだ。こいつに打撃は逆効果だ!!」


「わ、私は奴隷ですが…そっちの方向への開花は…難しいかもしれません…」


「いや!しなくていいから!ってか俺が好んで開花させたみたいになってるけど違うからね?!」


「冗談です。」


「悪い冗談やめて?!」


「まぁリーシャが冗談言えるくらいには打ち解けてくれたって事で納得しておくとしよう。」


「真琴様は今回どんな魔法が使える様になったのですか?」


「闇魔法だな。」


「魔力も大きくなっていますし、順調に進んでいますね。」


「こっから先もそうあって欲しいとは思うがな。」


「次に会うべき方は分かりましたか?」


「なんか小さな赤髪、赤髭のおっさんだった。」


「となると目的地はテイキビで良さそうですね。」


「ドワーフって事か?」


「真琴様が想像してたドワーフとは違ったか?」


「あぁ。なんかずんぐりむっくりってイメージだったんだが。」


「あっちの想像でのドワーフってのはそんなのが相場だったからな。

こっちでのドワーフってのはただ成人しても背が低いだけの種族だからな。見た目が若ければ子供と間違えても仕方ない人も多いぞ。」


「赤髪のおっさんはムキムキだったけどな。」


「あの人は別だ。鍛冶屋だからな。」


「ドワーフ内でも有名な腕利きの鍛冶屋ですよ。」


「私がテイキビに行って仲良くなった人のうちの一人です!」


「プリネラと仲良くなったって…変態か?」


「その辛辣さ……良い……」


「プリネラは俺達以外には普通だからな。それに、ギャンボのオヤジさんはサバサバした人だからプリネラみたいに物事はっきり言う奴が好きなんだよ。」


「ギャンボって言うのか。」


「ギャンボ?!あのギャンボさんですか?!」


「リーシャの反応からすると有名なんだな。」


「私でなくても知ってますよ?!伝説とまで言われている鍛冶師ギャンボ!作る武器や防具は超一級品。国宝に並ぶとまで言われている腕の持ち主です!」


「あー。そういやジゼトルスの宝物庫にはギャンボのオヤジさんの作品も仕舞いこまれてるって聞いたっけな。」


「な、なんでマコト様の知り合いの方はそんな方ばかりなんですか…?」


「いや、今の俺に聞かれても分からんな。」


「真琴様……何か外が騒がしくありませんか?」


「え?」


宿泊している部屋から窓を通して見ると確かに村の人達がザワついている。

誰か有名な人でも来たのだろうか?


「皆さん!」


突然奥さんがノックもせずに飛び込んできた。

血相を変えて息を切らしている。


「ジゼトルスの貴族の方が探しています!」


「この騒ぎはそれが原因か?」


「はい!ハイカシを殺した奴を渡せと

出てこなければ村ごと焼き払うと…」


「好き放題やってるな…」


「なぜこんなに早く情報が伝わったのでしょうか?」


「それは分からないが、事実探されているわけだしな…その探している貴族ってのはどこの誰か分かるのか?」


「あの旗印はブリトー家のものだったかと…」


「ブリトー…ここで絡んでくるのか…」


「顔を出したらバレてしまいませんか?」


「だろうな。数年経っているとは言えあれだけ憎まれていたわけだし直ぐにバレるだろうな。」


「でしたら逃げますか?」


「そうなるとこの村がどうなるか…」


「………私達がなんとかします!ですからお逃げ下さい!」


「なんとかすると言っても…なんともならないだろ?」


「恐らく本当に焼き払われて終わりだろうな。」


「となるとやっぱり出ていくしか無さそうか。」


「そんな!!私達を助けて下さった方々にそんな事!」


「ま、元々この国からは出るつもりだったし丁度いいんじゃないか?逃げる事になっても…まぁなんとかなるだろ。」


「真琴様は真琴様ですね。」


「さて。そんじゃ最後に一働きして来ますかね。

宿、ありがとうございました。また来た時はよろしくお願いしますね。」


引き止めようとしたのか、何か言おうとしたのか口を開いたアイリーチェからの言葉を待たずに扉を開く。

宿の外に出て直ぐに分かった。ブリトーの私兵と言われていた兵士達が馬に乗って村に押し寄せていたからだ。

数で言えば20はいるだろうか。全身を鎧で包み込み村人達を威圧して回っている。

既に俺達がハイカシに手を掛けた事は村中に伝わっているはずだが、誰一人として口を割ろうとしない。

唯一口を割ったのはダンジョン目的で来ていた奴隷商人だけ。まぁ村に命を賭ける筋合いも無いわけだし当たり前の事だが…

商人の証言が元でこんな事になっているわけだ。


「おい!そこの!」


外に出て直ぐに声を掛けられる。背格好を聞いていたのだろう。

ローブを羽織っていながら黒髪となればこの世界ではかなり珍しいし目につく。


「なんだ?」


「現在我々はここの統治者であるハイカシ様を殺害した容疑で黒髪のローブ姿の男達を探しているのだが。」


「あぁ。それなら俺たちだが?」


「やはり…おい!いたぞ!!」


「そんなに騒がなくても逃げねぇから大丈夫だっての。」


ゾロゾロと集まってくる兵士達。その奥から一際派手な馬車が現れる。


「ブリトー様。」


馬車の横にいる兵士が声を掛けると馬車の扉が開き、中から1人の男が現れる。


どうやら本人登場だ。


数年前に俺達を捕まえられなかった事を活かして自分で出向くとは殊勝な話だ。中から現れたのは長い白髪。その間から蛇のように細く鋭い目つきの男。


サンマルク-ブリトー。ブリトー家の現当主。


数年前に俺達を殺そうとした男だ。

おじさんと呼ぶに相応しい年齢であるはずが、見た目はかなり若く見える。


「……」


まるでゴミでも見るように俺達のことを無言で見つめる。

何も言っていなくても人を蔑む目というのは見れば分かるものだ。しかし、俺の顔を見てその表情に変化が現れた。

最初はただ蔑みを込めた目であったが、何かを思い出すようにその目は怒りやら何やら色々な物が混ざった複雑な視線へと変わる。

本当に自分の考えが正しいのか判断を渋っている様に見えるが十中八九数年前のあの子供だと確信しているだろう。

俺は見た事ないというのに酷く好かれたものだ。


「き、貴様は!!」


「はい?」


「貴様はあの時の!!」


「あの時…??なんの事ですかね?」


「惚けても無駄だ!私の目は誤魔化されん!」


「何を言っているのかさっぱり分かりませんが…?」


「あの時の屈辱…忘れるものか!!」


ブリトーはマントの下、腰に差していた杖を取り出して俺に向けて構える。

周りにいた兵士達も抜剣しこちらに切っ先を向ける。

高位の貴族と言うだけあって雇うと高い魔道士が多い。剣士に見える奴らも魔道士としての能力を持ち合わせた魔法剣士。つまり剣術のみならず魔法をも使いこなすわけだ。精鋭部隊と言っても過言では無い。

魔道士達も今まで相対してきた連中よりも数段上の手練だろう事は明白だ。

こんな村のド真ん中で暴れれば村ごと地図から消える事になってしまう。少なからず世話になった人達もいるこの村を地図から消し去るわけにもいかない。


「悪いけどここでやり合う気は無いぞ。この村丸ごと消し去る気か?」


「私にとってこんな村などどうなろうと知ったことでは無い。」


「いや、貴族としてそれはどうなんだよ…まぁ何でもいいけどさ。悪いけど俺達はこの国から出ていくし邪魔しないでくれないか?」


「逃がすわけが無いだろ!それに、本当にこの国から逃げ続けられるとでも思っているのか?」


「……知ってたのか。」


「あの時色々と調べたからな。逃がした事をずっと後悔していたんだよ。悪いがお前は国王への貢ぎ物とさせてもらう。」


「そいつは困るなー。」


「な?!」


ブリトーの手足を植物のツタが絡めとる。

複雑に絡み合い人力では解くことが不可能な強度を実現している。こんなにも複雑なコントロールが出来るのはこの場において俺の知る限りでは一人。


「私達が着いていながら真琴様をそんなに簡単に連れていかせるわけがないでしょう?」


「くっ!!」


「無理ですよ。いくら力を強化したとしてもそんなに簡単に外せませんよ。」


「何をしている!早く捕らえろ!!」


ブリトーの声に我に返った兵士達の殺気が一斉に向かってくる。


「うっ……」


ブリトーの脇にいた魔道士2人が突然苦しそうな声を上げて倒れ込む。


「誰に向かって殺気を放っているのか分かってるの?」


いつの間にか視界から消え、いつの間にか魔道士の後ろに立っていたプリネラが2人を気絶させたのだ。殺さなかったのは俺の意図を汲み取ってくれたからだろう。ここで殺せば確実に戦闘が激化する。

ブリトーは実力でのし上がって来ただけのことはあるらしく、プリネラから即座に離れる。

その目には明らかな焦りが浮かんでいた。

プリネラの動きを見て、この兵力では自分達が劣勢である。という事を正確に認識したのだろう。

それに反してブリトーの私兵達はそこまで感じ取る事の出来る者がいなかったのか、数人の剣士が自身の剣に魔法を纏わせてプリネラに斬りかかろうと剣を振り上げた。

バキンッという硬質なものが折れる音が聞こえてきたと思ったら振りかぶった剣が全て根元の辺りで折れている。

リーシャの放った一本の矢が、全ての剣を破壊したらしい。これを見せられても気付かないなんてバカはいないらしく、後ずさる様にプリネラから距離を置いた。


「ここで争う気は無いと言っただろ。」


「………」


村の人達は皆家の中からこちらの様子を伺っている。


「これ以上ここにいる必要は無さそうだな。行くぞ。」


「はい。」


「待て!!」


ブリトーが杖を使って魔法を形成し始める。

見る限りここで放つには大き過ぎる魔法だ。

これだけやっても分からないのか…

さっと杖を振り、ブリトーが魔力を集中させようとしていた腕ごと氷漬けにしてやる。

肩まですっぽりと氷に覆われた腕は魔力を制御出来ず、集中させようとしていた魔力は霧散していく。


「ぐぁ!?」


「ブリトー様?!貴様!!」


「さっさと溶かさないと凍傷になるぞ。」


「くっ……氷魔法だと…」


「良いからさっさと帰れって。二度とここには来るなよ。」


「覚えていろ!!」


馬車に乗り込んだブリトー達は退散していく。

氷に込めた魔力が消えれば同時に氷も溶ける事は分かっていたとは思うが、単純にこのままでは勝てないと判断したんだろう。なんとか村の危機は去ったらしい。


「皆様!!」


宿のアイリーチェ達を含めた村の人達が一斉に寄ってくる。


「ありがとうございます!!」


「あの貴族の奴の顔みたかよ?!スッキリしたぜ!」


「とは言ってもまた来る可能性だってあるんだぞ?」


「そんときは俺達でなんとかしますよ!助けられてばかりじゃ大人として情けないからな!」


「そっか。」


本当になんとか出来るのかは分からないが、今のこの人達なら心配はいらないのかもしれない。

大丈夫だと言うのであればそれ以上心配するのは失礼になると思い口を閉じた。


「じゃあ俺達はそろそろ行くとするよ。」


「本当にありがとうございました。」


「気にするな。じゃあまたな。ムルゴもまたな。」


「うん!!」


村の人達に別れを告げて村を出る。


目的地はテイキビ。


道程は長いが、楽しんで行くとしよう。

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