第三章 エルフの国 -シャーハンド- Ⅳ

阿鼻叫喚の前衛陣。何をしていいのか分からなくなる中衛後衛。


「くそっ!!」


私はたまらず前に出ようとする。


その目の前で前を向きながら私に来るなと手をこちらへ向けるのはガナブとバリヌ。


「隊長は指示を出し続けてください。」


「あんなネズミ如き俺達で十分ですっての。」


「しかし!」


「まったく。いつも隊長は誰より先に敵に突っ込むんですから。たまには俺達にも格好付けさせて下さいよ。」


「ですね。」


「ガナブ。行くぞ!怖気付くなよ!!」


「どっちが。」


二人は私を置いてワイバーンの元へと走っていく。


私が今やるべき事は、指示を出し続ける事。


「我ながら良い部下を持ったな……

貴様ら!それでもフルズの隊員かぁ!!」


「た、隊長…?!」


「そんなにワイバーンが怖いか?!私より怖いものがこの世には無いことを教えて欲しい奴ばかりなのか?!」


「……はっ。ちげぇねぇ。あんなおっかない隊長他にはいねぇわ。」


「だな。」


「隊長にぶっ殺される事を考えたらワイバーンなんてクソみたいなもんだよな。」


「分かってるじゃないか!ならさっさとぶっ殺してこい!!」


「「「はい!!」」」


フルズ隊員の動きが俄然良くなる。


ワイバーンを翻弄する様に飛び交う隊員。訓練場での動きが生きている。


「おいおい!フルズの奴らに負けてたまるかよ!冒険者はモンスター狩りのプロだぞ!!」


「おっしゃぁああ!やったらぁあ!!」


「我々が国を守らずしてなんとする!続けぇ!」


「おおぉぉお!」


冒険者集団も兵士達も気力が戻ったらしい。


ワイバーン達を押し返している。皆恐れずに立ち向かっている。

確かにワイバーンは強敵だ。少なからずこちらにも死傷者が出ている。それでも仕留められない程ではない。


「いけぇぇ!!」


「押し潰せえぇ!!」


ワイバーンを圧倒し屠る事に成功する。


「よっしゃあ!!」


「こんくらい楽勝だぜ!」


「どうだ!見たか!!」


ワイバーンを倒した私達の目の前に現れたのはオーガよりも更に一回り大きな体躯、大きな2本のツノ。


誰が見ても一目で分かる強敵。


「ミノタウロスだぁ!!」


森から出てきたのは大きな石柱を持ったミノタウロス。


Aランクのモンスターだ。


私達では勝てない相手。


ものの数秒の間に2人が犠牲になってしまった。


「離れろ!近付くな!!」


私の指示に従って離れても尚犠牲者が増えていく。


「こっちだデカブツ!!」


そこへ躍り出たのはバリヌだった。


「何してる!早く離れろ!」


「トジャリ隊長!違うでしょ!!」


「なっ…?」


「こいつは俺達には倒せねぇ!ならやる事は一つだけ!早く皆に指示を出してください!じゃなきゃ全滅しちまう!」


バリヌの言っていることは至極当然の事だ。

ここで私の取るべき行動は決まっている。

皆を退かせ、ポーチが来てくれるまでの時間を稼ぐ。


分かってはいる。そんな事は百も承知。


それでもここで退かせる命令を出すという事はたった今この時にミノタウロスの攻撃をギリギリで躱しているバリヌに死ねと言う事と同義。


(少数を切り捨てる覚悟)


マコトから言われた一言が頭を過ぎる。


そんな…それしか無いのか…


「早く!!そう長くは持ちません!隊長!!」


「……くっ……退けぇ!!退いてサイトン様の到着まで時間を稼げぇ!!」


「それでいいんですよ。」


バリヌの顔は笑っていた。まるで死を受け入れるかのように。


「俺の最後の大一番!付き合ってもらうぜ牛野郎!!」


「バリヌ!!」


まるでスローモーションの様に見えた。


バリヌに向かってくる石柱を躱し、懐に入ったバリヌがミノタウロスの腹に刃を突き立てる。


「うぉらぁぁあ!!」


バキッ


突き立てた刃はミノタウロスに刺さることなく虚しく折れる。


ドンッ!


石柱が振られバリヌの首が無くなった。


「バリヌーー!!!!」


「隊長!ダメです!!」


「ガナブ!!離せっ!!バリヌが!」


「ダメです!バリヌが作った時間を無駄にする気ですか!!」


「うっ……くっ…」


まるで足に力が入らなかった。


手が震え腹の底からはドス黒い何かが湧き上がってくる。


私が指示したのだ。死ねと。そしてバリヌは笑った。私が間違ってなどいないと言う様に。


「くそっ!くそぉ!!」


「隊長!!」


分かっている。ここで私が取り乱せばバリヌの死が無駄になる事くらい。


「皆!下がって持ち堪えろ!!」


バリヌが死んだと言うのに私に出来ることはこれだけしかないのか…私はなんて無力なんだ…隊長などと聞いて呆れる。


「死んだ友の為にもここを死守しろぉ!!」


「はい!!」


皆満身創痍だ。傷だらけになって回復薬などとうに尽きている。


それでも剣を、杖を構えているのだ。友の死を無駄にしないために。無力だろうと今の私は隊長だ。ならばせめてこれ以上犠牲が出ないようにするしかない。


「よく持ち堪えたのじゃ!」


ポーチが来てくれた。


額から頬へと流れる汗を見てどれだけの戦場で戦っていたのかは一目で分かる。


「ファイヤーウォール!」


馬鹿げた大きさの火の壁がミノタウロスの前に立ち塞がる。


「ミノタウロスは儂に任せるのじゃ!」


火の壁の中に消えていくポーチ。


「バリヌ……

皆!今こそ我々の好機!サイトン様がミノタウロスを倒すまでに他を全て駆逐しろ!!」


「おぉぉぉお!!」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「これであの通路は大丈夫じゃの。マコトめ。儂にここまで働かせるとは…覚えておるのじゃぞ!」


キャラ達に通路を任せ、儂は前線へと戻る。


森の中から止めどなく流れてくる魔力のオーラが目に映る。


「そろそろかの。」


儂は最後にトジャリの元へと向かい様子を見た後、最も危険そうな前線へと向かう。


「ちっ!いきなりキングスケルトンとはの!」


キングスケルトン。Aランクのモンスターでオーガ程もある大きな骨のモンスター。


身に付ける武器や防具は質が良く、ミスリル製だったり魔法武具だったりする。

そして単体でも恐ろしく魔法防御力が高いというのに特殊な能力によって際限なくスケルトンを生み出す厄介な相手。


「皆の者!儂がキングスケルトンを倒すまでの間スケルトンを頼むのじゃ!」


「お任せ下さい!」


「ストーンランス!」


儂の作り出した石の槍が数多いるスケルトンを吹き飛ばし、キングスケルトンまでの道を作る。

その道を走り抜け、キングスケルトンの前まで到着する。


「ワラワラと群がりおって。鬱陶しい奴らじゃ。」


カラカラと骨がぶつかる音。


「悪いがさっさとせねばならぬのじゃ!

フレイムヘル!!」


超高温の火球が出現する。


「魔法防御力が高くてもそれ以上の魔法を叩き込めば良いのじゃ!!」


スケルトンを溶かし、キングスケルトンへと向かうフレイムヘル。


剣や防具はドロドロに溶け、キングスケルトンは為す術なく蒸発する。


「サイトン様がやったぞ!続けぇ!!」


「儂は次の戦場に向かうのじゃ!」


「お任せ下さい!ご武運を!」


森から出てくる個体の中でAランク相当のモンスターはまだまだいる。

ここだけに留まっていては直ぐに戦線が崩壊する。


次の戦線へと駆ける。


「こんなに走らされたのは久しぶりなのじゃー!!」


愚痴を言っても聞いてくれる奴なぞおらぬ。


駆けた先では既に数人が殺られている。


「シュルルルル。」


チロチロと舌を出しては戻す大蛇。

ヌラヌラとした黒い体表。ブラックスネーク。

闇魔法を得意としたAランクモンスターで外殻は硬く魔法も効きにくい。

本来であれば縄張りを出る事は無く遭遇自体がほぼ無いモンスター。


「まったく次から次へと厄介な奴が出てくるのじゃ!

皆下がれ!儂が相手をするのじゃ!」


「サイトン様が来てくださった!皆下がれぇ!」


「ウッドバインド!」


大蛇の体に巻き付く蔦。

それを身体をくねらせてブチブチと引きちぎる。


「この馬鹿力が!大人しくしとくのじゃ!

ライトチェーンバインド!!」


第四位光魔法のライトチェーンバインド。光の鎖で縛り付ける魔法。

通常のバインド系魔法よりも拘束力が高く、闇魔法を得意とするブラックスネークには効き目が高い属性。


嫌がるように身体をくねらせるが今度は簡単には切れない。

それが分かると口から黒い霧を吐き出す。


「皆!その黒い霧に触れるでないぞ!毒じゃ!」


ゆっくりと地面に広がっていく黒い霧。

このままでは儂らの行動が制限されてしまう。

早めに決着をつけねば。


「ホワイトフォール!!」


第六位光魔法ホワイトフォール。高密度で光魔法の柱を頭上から打ち付ける魔法。

いかに強靭な鱗を持っていてもこれを防げる程ではない。

本来であればそれ程スピードの無いこの魔法でも、ライトチェーンバインドによって動けない相手に当てる事は容易い。

頭上から落ちてきたホワイトフォールを一時的に防いだ物の、そのまま押し潰されて完全に頭が潰れる。


「後は任せたのじゃ!」


次から次へと湧き出てくるAランクのモンスター達。


走っては潰し走っては潰していく。


「こうも多いと追い付かないのじゃ…」


まだ魔力には余裕があれど、手が足りぬ。

それでも文句を言っている暇など無い。


何度目かのAランクモンスターを屠った所でトジャリ達の部隊が戦っている戦場に出現したであろうAランクモンスターの魔力を察知した。


「踏ん張るのじゃぞ!」


トジャリ達の守る戦線に行って直ぐに分かった。


痛みを堪えるようなトジャリの顔。ミノタウロスの傍に横たわる死体。そしていつもお調子者で空気を明るくしていた男の姿が見えない。


「よく持ち堪えたのじゃ!」


友の死を簡単に受け入れられる者などきっとこの世にはおらぬ。


儂から言える言葉など存在しないだろう。


痛みを堪え、なんとか戦線を維持してくれた皆に掛ける言葉などこれくらいしか見つけられぬ。長生きをしていてもこれくらいしかしてやれぬ自分が恨めしい。


「ファイヤーウォール!!」


兎に角今は目の前の驚異を排除する。

ミノタウロスを隔離し、トジャリを見るが、酷い顔だ。


「ミノタウロスは儂に任せるのじゃ!」


ファイヤーウォールの中へ入る。


「ブルルル…」


鼻息を荒くするミノタウロス。


「直立歩行の牛如きが……」


「ゴァァァァ!!」


「黙れ虫けらが!

マルチチュードフレイムボウ!!」


第七位の火魔法。数多の火の矢が天上から降り注ぐ。儂が作り出したオリジナルの魔法。


一本では倒せる程の威力はない。


だがそれが、100本ならば?1000本ならば?死ぬまで矢を降らせてやるわ。

天上から降り注ぐ火の矢がザクザクと音を立ててミノタウロスの身体へと突き刺さる。

石柱を振り回し抵抗を試みるが、ファイヤーウォールに阻まれて何も出来ない。


暫く暴れ続けたミノタウロスだったが、遂に膝をつき、火に飲まれていく。


「……」


「トジャリ。」


「……ポーチ…」


まるで雨に濡れた子犬の様な目をしている。


「……儂に掛けてやれる言葉は少ない。すまぬの…」


「……」


「まだ終わってはおらぬのじゃ。ここを任せても大丈夫かの?」


酷な質問だと言うことは儂自身がよく分かっている。

それでもやってもらわねばこの国は滅びてしまう。


「…えぇ…任せて。」


強く胸の前で握った拳に決意が見える。


「頼むのじゃ…」


トジャリに場を任せてそこを去る。


「死ぬんじゃないぞ。」


まだまだ続く敵襲に恨めしい気持ちが募っていく。


「マコト…早く……」


儂は一人の青年に思いを託し再度戦線へ向けて足を踏み出す。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「これで全員かしら?」


「はい。トイナジフ様。」


「それじゃあここの事は任せるわ。」


「ご武運を。」


私は闘技場にいた人達を安全な場所まで移動させたあと、任された戦線へと向かう。


「ネフリテス…許さない。」


学校の校長になってから随分と感じていなかったこの怒りという感情。


マコト達の予感は的中した。それはつまりネフリテスの連中も絡んでいる可能性が高い事を示している。


前線へと到着すると既に冒険者、フルズ、兵士が集まっていた。


「トイナジフ様!」


「皆さん。今日はよろしくお願いします。酷な頼みというのは承知の上ですが…」


「何を仰いますか。我々よりもトイナジフ様の方がより危険な任務でありましょう。私達が弱音を吐いていては失礼と言うものです。」


気にしないでくれと笑顔を見せてくれる兵士に少しだけ心が軽くなる。


「さぁて。やっと私達の出番の様ですね。」


森の中に信じられない数の魔力反応がある。


「全員構え!!来るぞ!」


ゾロゾロとゴブリンやグリーンウルフが見える。


木々の中を見てもAランクのモンスターはまだ見えない。


「後はお願いします!」


「お任せ下さい!」


その場を離れて最も大きな魔力反応がある場所まで行く。


「トイナジフ様!!」


「下がって下さい!私が相手をします!!」


「皆下がれ!トイナジフ様の邪魔をするな!」


「ウッドパイル!!」


ウッドパイル。第五位木魔法。地面から出てきた木々の根が対象に突き刺さり、そのまま地面へと釘付けにする範囲魔法。

戦場にいるゴブリンやグリーンウルフ程度の弱いモンスターであれば即死する。

しかし目の前にいるのはAランクのモンスター。リッパー。


赤黒い体表に人型にも見える外見。

六本の足で地面を這うように移動し、頭のすぐ傍から生えている2本のツノはまるで大剣。その硬さはミスリル製の大剣と変わらない。

素早い動きが特徴であり、風魔法を使うモンスター。


「流石に捕まる程弱くはないわよね。」


他のモンスターは地面に釘付けに出来たけどリッパーだけは余裕で避けている。


「釘付けにしたモンスターはお任せします!リッパーには近付かないでください!」


「聞いたな!?掛かれー!!」


私はリッパーの前へと移動する。


キリキリとどこから鳴っているのか分からない音を出してこちらを伺っている様子。


「こっちは時間を掛けていられないのよ。速攻で終わらせるわよ。

ハンガープラント!!」


第五位木魔法ハンガープラント。


太い蔦が地面から生え、その蔦がリッパーを追う。

リッパーが風魔法を用いてハンガープラントを切りつけ、蔦は裂ける。

しかし即座に蔦は修復しリッパーを追い続ける。


このハンガープラントは対象の血肉を吸収するまでひたすら追い続けるという魔法だ。

切られても燃やされても、正常な部分が残っていれば即座に復活する。

リッパーが使う風魔法ではこのハンガープラントを消滅させる事は出来ない。

しかも時間を掛ければ掛けるほどハンガープラントは地面を覆い逃げ場を削り取っていく。


Aランクのモンスターともなれば知性を併せ持つタイプもいるが、このリッパーはそれ程知性が高くない。

術者である私を狙うという判断には至らなかったらしい。

狙われた所で特に問題はなかったのだけれど。


遂に蔦に追いつかれたリッパーが必死に抵抗するがハンガープラントは徐々にリッパーの全身を覆い、身体が蔦の中に埋まった瞬間、ハンガープラントがギュッと縮む。


蔦の間からモンスターの血が滴り落ちる。


「後は任せましたよ!」


「はい!お気を付けて!」


その場を後にすると次の戦場へと向かう。


次の戦場へ向かう途中、走っているボボドルと遭遇する。


「あら。」


「おっと。」


「ちょうど中間地点だから被ってしまったかしら?」


「だな。と言っても…」


「そうね。少し数が多いみたいだから一緒に行きましょう。」


「助かるよ。」


「英雄ボボドル様なら余裕でしょうに。」


「その呼び方はやめてくれ。」


「ふふふ。あなたに魔法剣士として勝てる者はなかなか現れないわね。」


「俺もそろそろ引退したいんだがな。」


「あら。英雄に引退の二文字は無いわよ?」


「勘弁してくれ。老体に鞭打つのは楽じゃ無いんだぞ?」


「ふふふ。まだまだ若い者には負けないなんて言ってたのはどこのどなたかしら?」


「…まったく…シャーリーには昔から口で勝てた試しが無い。」


「女とはそういう生き物よ。」


「恐ろしい生き物だ。」


「ふふふ。」


二人で向かった前線へと辿り着くとそこは今まで見てきた中でも一番壮絶な場所だった。


敵味方が入り交じり、戦闘員のほとんどが傷を負って敗北の色が濃くなっている。

戦場の空気を見れば心が折れかかっている事は明白だった。


「馬鹿者共がぁ!!」


鼓膜を揺らすボボドルの大音声。


「貴様らの肩にはこの奥にいる全国民の命が掛かっておるのだぞ!負けは許されん!!」


実に単純明快な喝。


戦闘員の顔に生気が戻り始める。


「奥の奴らは私達が請け負う!他の奴らくらい倒して見せろ!!」


「「「はい!!」」」


「本部長も大変ね。」


「死ぬよりはマシだろう?」


「…そうね。さ、私達は私達の仕事をしましょうか。」


奥に見えるのはキングスケルトン一体とリッパー二体。


キングスケルトンが次から次へとスケルトンを生み出し戦場には無数の骨が転がっている。


リッパー二体もかなり厄介。


「さっさと終わらせるぞ。」


「えぇ。」


ボボドルが腰から直剣をスラリと抜く。

ミスリル製の刃には黒いオーラの様な物が見える。

闇魔法で剣を強化しているらしい。ボボドルの得意とする魔法だし昔はよく見た。

闇魔法で剣を覆うことで切れ味も上がり、切った所の治りが遅くなる性質を付与する魔法。


キングスケルトンにはあまり効果を期待出来ない魔法かもしれないけど、リッパーにはかなり有効な魔法。

ボボドルはリッパーに向かって走っていく。


私はとりあえずキングスケルトンを倒さなければならない。


「プラントシード!!」


プラントシードは私が作り出したオリジナルの第七位木魔法。

無数の種を飛ばし、それに触れた瞬間爆発的に成長する植物に巻き付かれ、締め上げられる。


スケルトンには刺突系の魔法であるウッドパイルは効果が薄いけど、これなら関係ない。

キングスケルトンにも振り解けない程の強度を宿しているから問題は無い。

ただ、リッパーの様な相手には効果が薄い。


周りにいたスケルトンとキングスケルトンは完全に無力化したけど、リッパーは伸びた植物を自慢の腕で切り裂いて無効化する。


「ふん!」


しかし隙は作れた。その間に近付いたボボドルが一体のリッパーに攻撃を仕掛け、胴を真っ二つに斬り裂く。


「ウッドシールド!!」


背後からボボドルに近づいていたリッパーの攻撃を防ぐ。


「ファイヤーボール!」


小さめの火球を作り出してリッパーに向けて放つ。

それを身をよじって躱し、私に向き直る。


「私に注目して良いのかしら?」


リッパーの胸部から直剣が生える。


背後からボボドルの攻撃が命中した。そもそも威力の低いファイヤーボールで倒せるとは思っていない。

体勢を崩させられればくらいに思っていたのにまさかボボドルを無視するとは。


「背中を向けてどうにかなる相手じゃ無いわよ。」


胸部から頭部までをそのまま斬り裂かれ大量の血を吹き出して倒れる。


周りのモンスターは他の人達に任せていても大丈夫そうね。


「ここはもう大丈夫かしら。私は移動するわね。」


「あぁ。引き続き頼む。」


ボボドルと別れて次の場所へと向かう。

今のところはなんとか抑えられているけれどこのまま続けば抑えきれなくなる事は目に見えている。


「マコト…頼んだわよ…」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「ちっ!どんだけいるんだよ!」


俺達は何度目になるか数えるのも面倒臭くなるほどの戦闘を終わらせた所だった。


「こいつらどっから湧いてくるんだ?!」


「嫌な配置だな。だがやっと着いた。」


「マコト様。」


「プリネラ。様子はどうだ?」


「報告に何人か来たのを始末しておきましたのでまだバレていないかと。」


「それは助かった。この先か?」


「はい。一人の指揮の元で動いている様です。」


「どうする?突っ込むか?」


「いや。それじゃあ逃げられるからな。初手で逃げられない様にしないとマズい。」


「つってもこんな山の中で逃げられない様にするのは難しいぞ?」


「……今回バーミルのおかげで光魔法が使える様になったからな…ちょっとやってみたい事がある。逃げられない様にはするからその後は頼む。」


「真琴様がやってみたいことがあるって時は大体派手な事になるからなー。」


「そうか?そんな事ないと思うが……それよりバーミル。大丈夫か?」


「はい。」


「落ち着け。しっかり舞台は整えてやるから。」


「……はい。」


怒りに震える肩を軽く叩いてやる。


「んじゃ行くぞ。」


先に進むと木の影から確かに20人程度の集団が見える。


一人を除いて輪になり、その中心に大きな魔法陣が見える。


予想通り。


俺は杖を取り出し、その集団に向けて振る。

魔法陣の少し上に光の玉が現れる。

全員の目がそこに向かった瞬間にその光の玉は破裂して強烈な閃光を生み出す。

完全な光の世界に突然落ちた集団の目は眩み、全員が顔を下に向け目を瞑る。


もう一度杖を振り、木々の間から飛び出す。

魔法陣の周りにいた奴らのうち数人は健と凛によって屠られる。しかし目が戻りはじめた奴によって進撃は止められる。


「ちっ…」


一人だけ離れていた奴が舌打ちをして即座に離脱しようと背を向ける。


「なっ?!なんだ?!」


「悪いがの。ここからは出られないぞ。妾のいる限りはの。」


「せ、精霊だと?!何故人種の味方など?!」


「妾は手を出さぬ。その様に言いつけられておるからな。」


ドライアドを呼び出して周辺を木で囲ってもらった。

正直あまり呼び出したくは無かったが背に腹はかえられない。


「どうじゃ?!マコト様!妾偉いか?!」


「お、おぉ。偉い偉い。」


「そうか!ふふふ……」


ドライアドさんの不敵な笑いは置いておく事にする。これで逃がす事は無いだろう。


「はっ。だからなんだ。ここで足止めをされたとしてなんの意味がある。」


「足止めじゃなくて殺しに来たんだが。」


「はっ!!それこそ馬鹿というものだ!我々に勝てる気でいるとわな!テイキビに現れた馬鹿とはお前達の事だったか!そんな魔力量で私達の禁術が破れるとでも思ったのか?!勘違いもそこまで行くと芸術だな!」


そう言えば偽りの護石を着けたままだった。ドライアドがいる時点でどんな相手か分かりそうなものだが…


威勢のいい男のフードの下に見えるのは、長い耳、痩せこけた頬。気色の悪い目付きのエルフ。


「貴様か…貴様が父上を……」


「バーミルの邪魔をさせるなよ。」


「分かりました。」


「バーミル。他の奴らの事は俺達に任せておけ。行け。行って父の無念を晴らしてこい!」


「はぁぁああ!!」


「雑魚がどれだけ頑張っても雑魚なんだよ!死ね死ね死ねー!!シャドウソード!!」


男は杖を振る。周辺に三本のシャドウソードが出現しそれがバーミルの元へと向かってくる。


「たかが一匹の魔法剣士如き切り刻んでやるよ!!」


三本のシャドウソードを操り攻撃している所を見るとそれなりの手練なのだろう。ただ、モンスター寄せを使わなければ戦えない様な奴はそれなりでしかない。


今までずっとあのダークエルフの里を護り続けてきた本物の戦士に届く程の実力は無い。

いかに三本のシャドウソードを操れたとしても、その術者の剣技がゴミの様な物だったらそれはただの児戯でしかないのだ。


「な、なぜ当たらん?!くそっ!くそっ!」


バキィン!


バーミルが軽く刀を振っただけなのに、それに当たったシャドウソードは三本とも砕け散る。


「魔法剣だと?!ダークエルフの分際で!!」


何度も何度も魔法を打ち出すが、その全てを斬り落とすバーミル。


「な、なんだ貴様は!?死ねよ!死ねぇ!!」


着実に迫ってくる死の恐怖に引き攣る顔。辺りにいた奴らが加勢しようと試みるが、もちろんそんな事はさせない。


「どっち向いてんだよ!」


「させません!!」


健が一人に迫り斬りつけ、リーシャの矢が頭部を射抜く。

余所見をしたら終わりという事が分かっていないらしい。


「くそっ!クズが!死ねぇ!」


自暴自棄になったのかシャドウソードを手にバーミルに駆け寄ってくる。


ブンッ


動きも何もなっていない。バーミルが軽く躱しただけで空を切るシャドウソード。


ザシュッ


無慈悲に振り下ろされたバーミルの刀がシャドウソードごと腕を斬り飛ばす。


「うぎゃぁぁぁぁああああ!!」


「騒ぐな。この程度で。」


「や、やめろ!やめてくれ!!」


肘から先が無くなった腕からピューピューと血が吹き出している。


「…お前の様な雑魚に父上が殺されたとはな。切り刻んでやろうかと思っていたが、その気すら失せてしまったよ。」


「へ、へへへ…な、なぁ?もうやめようぜ!俺もこれに懲りてもう悪さなんてしないからよ!な!?」


「そうだな。もうやめにしようか。」


「へへへ…へ?」


「お前のような奴を生かしておく必要性を微塵も感じない。せめて早く死んで世界に貢献しろ。」


振り上げられた刀身が月光に照らされて水色に光る。


「や、やめ………」


言葉を全て聞く前に男の首は綺麗に取れた。


「……」


「良くやったな。バーミル。」


「マコト様……」


バーミルの今の感情は読み取れない。虚しさなのか、達成感なのか…どんな気持ちが渦巻いているのだろう。


俺も父と母の仇を取ったら分かるのだろうか…


それにしてもこんな戦闘力の低い奴らだったとは、拍子抜けだ。


「真琴様。」


「そうだったな。」


「これは…モンスター寄せの魔法陣?」


「ん?ドライアドは知ってんのか?」


「過去に何度か見た事が……確かこっちでは戦時中だったか…」


「こんなもん戦争に使ってたのかよ…」


「こっちの世界の奴らは恐れを知らぬからな。」


「まぁ一部の奴らだけだとは思うが…否定は出来ないよな…」


「ま、マコト様達は違うからの!妾は分かっておるからの!」


「ありがとな。」


「ふふふ。それより妾は頑張ったか?!」


「そうだな。助かったよ。」


「ふふふ…ふふふふふ…」


ドライアドさんほんと怖すぎるんですけど…


「この魔法陣どうすんだ?」


「壊すんですか?」


「んー…いや、書き換えよう。」


「書き換える…ですか?」


「この魔法は指定した位置にモンスターを寄せ付ける魔法なんだが、その指定した位置をここに変える。」


「モンスター集まってきてしまいますよ?」


「当然そうなるが、この山にいる奴らは駆逐出来ると思うぞ。」


「なるほど…確かにそうですね。」


「よし。ちゃっちゃと終わらせてここで暫く待っとくぞ。」


ドライアドの作った木の塀の中で暫く待っていると外がかなり騒がしくなってきた。


「集まってきたな。」


木の壁の外では叫び声や魔法の光が明滅している。


「静になるまで待ちますか?」


「そうだな…と言いたい所だが…」


俺が上を見上げていると木の壁の上から人が2人降ってくる。


俺達の目の前に降りたその人影がこちらへと向かってくる。


一人は女エルフ、もう一人は人種の男だ。


女のエルフは長い緑色の髪に緑色の瞳。何より目立つのが首元から顔にかけて大きな刺青のような黒い模様が入っている。


男の方は短めの茶髪に茶色の瞳。そして左腕に大きな刺青のような黒い模様が見える。


「なんだ?こいつらがやったのか?」


「状況的にそうじゃないかしら。」


「かっ!んだよ。もっと食いでのある奴かと思ったらガキばっかじゃねぇか。

ん?女の方は違う意味で食いでがありそうだな。」


気色の悪い目付きで舐め回すような視線。不快だ。


「なんでもいいからもう行きましょ。ここはもうダメよ。」


「こんなんになっちまったらなぁ。ったく。使えねぇ奴らばっかりだぜ。」


「行くわよ。」


「おいおい。待てよ。俺はもう少し食い荒らしてから行くぜ。」


「……はぁ。私は行くから。」


「はいはい。じゃあな。」


女のエルフは俺達の顔を一瞥して塀の外へと出ていった。


「さてと。どうすっかなー。」


男の方は俺達と事を構えるらしい。


「なぁあんた。ネフリテスの一員なのか?」


「あ?なんで勝手に質問してんだよ。おめぇにそんな権利なんざねぇんだよ。」


有無を言わさずいきなり魔法を放ってくる。


ストーンエッジ。しかも複数。魔力操作もそれなりに鍛えているらしい。


バキバキ!


「あ?」


と言っても一般よりはと言うだけだ。クリスタルシールドで簡単に粉々になった。無詠唱という事を見るとかなりやり手の者らしいが。


「クリスタルだ?生意気なもん出しやがって。」


より大きな魔法を使ってくるらしい。


その隙を突いてバーミルが切り掛る。


「あぶねぇな。」


後ろに飛んで躱した。バーミルの刀を避けられるという事はさっきの奴らと比較しても別物だろう。


「あー。めんどくせぇ。

もういいや。全員死ねよ。」


男が放ったのは第六位土魔法ストーンサイクロン。

石礫の混ざった竜巻だ。

辺りのものを巻き込んで破壊する広範囲魔法で威力はかなりのものだ。


「もしやお主。マコト様に勝てる気でおるのか?」


「あ?」


ドライアドが手をふっと上げると竜巻を吹き飛ばす様に大樹が地面から生えてくる。


流石精霊。魔力の使い方が段違い。


「なっ?!」


「下らん。この程度で驚いていてマコト様に楯突くとは。身の程を知れ。」


「てめぇ…」


「悪いけど。お前に付き合ってる暇は無いからさっさと終わらせるぞ。」


「あ?!」


「一ノ型。波紋。」


健の刀が振られる。


「っ?!」


咄嗟に体を捻って致命傷は躱したらしいが、左腕がドサリと地面に落ちる。


「ぐぁっ!」


「避けられるとは思わなかったな…次行くぞ。」


「ちぃ!」


男がもう一度ストーンサイクロンを呼び出す。


場所は男の真ん前。

ドライアドがもう一度ストーンサイクロンをかき消したが、そこには既に男の姿は無かった。


「…逃げられたか。」


「追いますか?」


「いや。良い。多分またそのうち会いに来ると思うからな。」


「どう言うことですか?」


「女のエルフにもあったけど黒い模様が体に入ってたろ?」


「はい。」


「あれは禁術だ。」


「禁術ですか…?」


「黒の契約という第六位の闇魔法だよ。」


「どの様な効果があるんですか?」


「寿命を犠牲にする代わりに魔力量を大きく増やすんだ。その魔法を使うとあぁして体の一部に黒い模様が浮き出てくる。

模様の大きさによってどれだけ寿命を犠牲にしたか分かるんだが、見た感じ相当犠牲にしてるな。」


「そこまでして禁術を使いたいのでしょうか?」


「何か目的があるのかもしれないけどな…」


「禁術を使っているという事はやはりネフリテスのメンバーでしょうか?」


「だろうな。言ってたこととか戦闘力を考えると幹部クラスの奴らかもな。」


「調べてみますか?」


「それとなくで良いから軽く探ってみてくれ。」


「分かりました。」


「そういや外。静かになったな。」


「本当だな。魔法陣を壊して終わりにするか。」


モンスター寄せの魔法陣を破壊してモンスターの気配が遠のいた所で木の壁を解除する。


木の壁の外は死屍累々で見るも無残な惨状になっていた。


「ほぼ全滅か。」


「何人か息がある奴はフルズに突き出せば良いだろ。縛るだけ縛って置いていこう。」


「はいよー。」


「ドライアドも助かった。ありがとな。」


「ふふ…ふふふ…頭を撫でてくれてもいいのだぞ!」


「はいはい。頑張りました。」


「ふはぁー!!これで当分幸せだー!」


叫びながら消えていくドライアド。上位精霊とは思えない行動だよな…


「マコトー!!」


帰ろうかと思っていたらシャーリーとポーチがこちらへと向かってきていた。


「シャーリー。ポーチ。遅くなってすまない。今片付いた。」


「よくやってくれたわ。」


「被害は少なくは無いが最小限に抑えられたのじゃ。」


「首謀者はそこに転がってる奴だ。」


「そうか…よくやったのじゃ!」


「首謀者は死んだが手下の奴らの中には生きてる奴らもいるからそっちで好きにしてくれ。」


「引き受けたわ。それよりマコトとは違う強い魔力を感じた気がするんだけど…」


「気にするな。当分呼び出す気は無い。」


「??」


「それよりも詳しい話をしてくれんかの?」


「ここじゃなんだしボボドルにも聞かせたいからフルズ本部にでも行くか。」


「そうじゃの…皆。生きておる奴は縛ってフルズ本部へ連れて行くのじゃ。」


「はっ!」


後からついてきていた兵士達が言われた通りに動き始める。


「バーミル。村の連中は街にいるのか?」


「はい。」


「後のことはいいから皆の所に行ってやれ。」


「……ありがとうございます!!」


「重荷を負わせたのは俺だ。気にすることは無い。」


「いえ。今回の件でもお世話になりっぱなしでした。このバーミル。今後一生を掛けてマコト様に忠誠を尽くしたく!」


「なら今はとにかく村の連中の所に行ってやれ。」


「……はっ!」


バーミルは最後にもう一度頭を下げてから走っていった。


ボボドルは被害状況等の確認でこちらには来ていないらしい。俺達はその足でフルズ本部へと向かう。


「邪魔するのじゃ!」


「おぉ。来たか。」


「かなり酷い有様だな…」


「あれだけの数のモンスターが襲ってきたんだ。寧ろこれだけの被害でよく抑えられたというものだよ。」


「……」


「何を悔いているのかは分からないが、君達はよくやってくれたんだ。気にすることは無い。

君達がいなければ今回の件を解決すら出来ず国ごと地図から消える羽目になっていたかもしれないんだ。」


「だとしてももっと上手くやれていたんじゃ無いかと考えちゃうだろ。」


「その答えはずっと出ないままだ。考えるだけ無駄というやつさ。前向きに考えなければずっとその影を追い続ける事になるぞ。

あまり考えすぎるな。年寄りの言う事は聞いておくもんだぞ。」


「……ありがとう。」


「こちらが礼を言うべきなんだがな。

それより、詳しく話を聞かせてくれないか?」


「あぁ。」


俺はシャーリーがボボドルや国王に説明した内容と食い違いが出ないように今回の件を説明する。


「なるほど。やはり情報にあったネフリテスという連中が行った蛮行という訳か。」


「あぁ。」


「魔法陣を破壊して事なきを得たらしいが…また来る事は無いのか?」


「今回この件に関わっていた連中はほとんどが死んだか捕まっているし直ぐにという事は無いと思う。」


「警戒は必要か…」


「可能性がゼロだとは言いきれないからな。」


「となればこれからはモンスターの動向を記録しておく必要があるか。」


「奇行に走るモンスターがいれば警戒出来る状況にしておいた方が安心だろうな。」


「…分かった。それで?逃げ出した2人については何か分かった事でもあるのか?」


「そうだな…実力や言動を見るに下っ端では無いとは思うが、そもそもネフリテスという組織についてはほとんど何も知らないからな。」


「私も初めて聞いた名前だからな…マコト達が知らないのも無理は無いか。そいつらがまた別途襲ってくる事は無いだろうか?」


「男の方は健が左腕を切り落としたから傷が癒えるまでは動かないだろうな。女のエルフの方は正直分からない。

ただ、二人の実力を基準にして考えた場合シャーリーとポーチがいればまず安心だとは思う。」


「……そうか。分かった。情報に感謝する。

俺の方からも少しだけ情報がある。ネフリテスとは関係ない話になってしまうが…」


「??」


「実は秘密裏にこの国にいるSランク冒険者、ダイダン-トルカノフに仕事をしてもらっていたんだが…」


「なんじゃ。それでダイダンの奴の姿が見えなかったのじゃな?」


「ポーチにも黙って彼を動かした事は謝るが、こちらにも事情があったからな。」


「それで?あやつを動かしただけの収穫はあったのかの?」


「あぁ。ダイダンは討伐依頼でしか動かない事は有名だと思うが、今回ダイダンには北にある海岸まで行ってもらった。」


「海岸?」


「マコト達が討伐したブラッディシャークがいただろ。いくら禁術が凄いとは言え海にいるブラッディシャークをあの地底湖まで引き寄せるのは難しいとは思わないか?」


「確かにそうじゃの…」


「そこで地底湖に近い海岸まで行ってブラッディシャークを討伐してもらってきたんだ。」


「海のモンスターってそんな簡単に討伐できるのか?」


「海の中でしか行動出来ないモンスターならやり方はいくらでもある。とにかく、ダイダンに討伐してもらったブラッディシャークなんだが、浅瀬にいる奴を討伐してもらったんだよ。」


「浅瀬に?ブラッディシャークは浅瀬にはいないはずじゃが?」


「だからだよ。あの一匹のみを引き寄せるというのは無理があるだろ。他にも禁術の影響を受けた個体がいるんじゃないかと思ってな。」


「調べてみたら見事浅瀬にいた奴を引き当てたのね。」


「そうだ。ダイダンの討伐した個体を先程解剖したらこんな物が出てきた。」


「これは…血染石(ちぞめいし)?」


「綺麗だけど…なんか特別な石なのか?」


「この石自体はそれ程珍しくは無い。」


「赤色の染料として使われる石の一つじゃよ。」


「染料…それがなんでブラッディシャークの中から?」


「この石はもう一つ特殊な効果を持っている石なのよ。ブラッディシャークを誘き寄せるというね。」


「モンスター寄せのアイテムなのか。」


「ブラッディシャークはこの石が好物なのか近くにあると食べてしまうのよ。ただ消化は出来ないから体の中に残ってしまうけれどね。」


「でもそれが体内にあったからって誰かが誘き寄せたとは限らないだろ?」


「そんな事はないのじゃよ。この石はあの海域や周辺には産出しない石なのじゃ。」


「つまりどっかから持ち込まれたと?」


「そうじゃの。じゃが普通には持ち込めぬのじゃ。」


「??」


「ブラッディシャークを引き寄せる性質上海の近くには持ち込めない様に規制されているのよ。」


「許可が必要なのか?」


「えぇ。」


「そこで最近あの海域に血染石を持ち込んだ者を調べてみたら、一人だけ持ち込んだ奴がいた。」


「記録に残ってんのか?!そんなバカいるのかよ?」


「あぁ。しかも本名だ。」


「はぁ?!バカすぎだろ?!」


「俺も耳と目を疑ったよ。その名前がヒャルトだったからな。」


「ヒャルトじゃと?!」


「な、なんだなんだ?有名人か?」


「バカ者が。ヒャルトとはの…ヒャルト-シャーハンド。この国の第二王子じゃよ。」


「王子?!」


「そうじゃ…」


「待てよ…あのブラッディシャークは禁術のせいじゃなくて血染石のせいだから、故意的にあの地底湖に連れてこられた訳だし、恐らく月の雫を取らせないための策って事になるよな。」


「そうじゃの。」


「月の雫を取れない。となると死ぬのはシャーハンド王。つまりシャーハンド王の病気はそもそもがヒャルトのせいって事か?」


「王座を狙ったのでしょうか。」


「第一王子がいるだろ?」


「父を殺そうとしたのよ。」


「兄も変わらないという事か…」


「もしそれが誰かの陰謀じゃないとしたらかなり大変な事件だよな?」


「王の殺害未遂だからな。」


「ネフリテスの影にタイミング良く隠れただけか?」


「下手をするとネフリテスとの繋がりがあるやもしれんのじゃ。」


「いや。それは無いと思うぞ。王座に着いても国が無ければ意味が無いからな。」


「偶然が重なったのか。」


「慎重な審議が必要な件にはなるが、真実は直ぐに分かるだろうな。」


「それで第三王女達は急いで城に帰ったのじゃな。」


「まぁ公開はされないだろうが、王族の危機に違いは無いからな。」


「どうなっとるのじゃ。この国は。」


「まったくだな…かと思えば国の者じゃ無いマコト達が国を救ってくれるのだからな。」


「嘆かわしいのじゃ….」


「…というかそんな事俺達が聞いても良かったのか?」


「マコト達はどの件にも深く関わっているからな。誰にも喋らないだろう?」


「こんな話誰にも話せないわ!」


「なら問題ない。」


「理屈が分からねぇ…」


「俺からの誠意だと思ってくれ。この国を救ってくれた英雄に嘘も隠し事もしたくなかったんだよ。」


「英雄はやめてくれ…」


「まぁ一番伝えたかったのはこの件で第三王女であるラキトリ姫の立場はかなり良くなっただろうって事だ。月の雫を取ってきて国の危機に前線に立っていた事は俺を含め国中が知る所だからな。

そこへ来てこの事件となれば第二王子に連なる連中は国民からの信用を失ったも同然だ。逆にラキトリ姫は…」


「なるほどな。余計な世話焼きやがって。」


「これでこの国を救って良かったと思えるなら安いもんだろ。マコト達はラキトリ姫達には目を掛けていたみたいだしな。」


「これだから年寄りは。」


してやったり顔はムカつくが、半分はいい情報だったのだし素直に転がされておくとしよう。


「これで一先ず情報の擦り合わせは終わったわけだが…」


「なんだ?」


「……すまないが、トジャリの所に寄ってはくれないか?」


「……何があった…?」


「……バリヌが死んだ。」


「っ?!」


「皆を守る為にな。」


「…すまぬのじゃ…儂がもう少し早く着いておれば…」


「……いや。誰のせいでもない。悪いのはネフリテスの連中だ。」


「……ガナブは現場で後処理の仕事を志願してな。今トジャリは一人なんだ。」


「分かった。今から顔を出してくるよ。」


「頼んだ。」


俺達は部屋から出ると、戦死者達が運び込まれているという訓練場まで足を向ける。

ズラリと並んだ遺体の傍に子供や女性のエルフが膝を着き、涙を流している。


いたたまれない気持ちの中、トジャリの背中を見つけた。

傍らにはバリヌの遺体が横たわり、首が完全に切り離されている。


「……トジャリ。」


「……マコト……」


俺の声に振り返ったトジャリの目は赤く腫れ、隠すこと無く涙を流していた。


力の無い声を聞くと心臓が縮んだ様に感じる。


「……バリヌが……」


「…あぁ。」


「このバカは…一人で前に出てな…」


「あぁ。」


「皆を守って一人で行ってしまったよ…」


「あぁ…」


「なんで…なんで一人で……」


「勇敢に戦ったんだな。バリヌは。」


「……あぁ…最後の瞬間までな……」


「助けて貰った命。大切に使わないとな。」


「……」


バリヌの冷たくなったであろう手を握りまた涙を流すトジャリ。

自分に言い聞かせる様に何度も頷いて声を殺す様に泣き続けた。


何も言えず、何もしてやれない。それでも泣き疲れるまでトジャリの傍にいて背中をさすった。


「すまない…情けない所を見せてしまったな…」


「何言ってんだ。こんな時くらい情けない姿を見せてくれよ。友達だろ。」


「……ありがとう。」


「気にするな。」


「まだバリヌの事を受け止めるには時間が掛かるかもしれないが…バリヌのためにも休んではいられないな。」


「話がしたかったら、泣きたくなったらいつでも来いよ。」


「はは。マコトは本当に優しいな…」


「いや…こんな事しか出来ないだけだ。」


「十分過ぎるさ…でも、大丈夫だ。あまり落ち込んでばかりではバリヌに合わせる顔が無いからな。バリヌの為にも今後こんな事が無いようにしなくては…」


「……あぁ。」


空元気だということは誰にでも分かった。無理をし過ぎないようにして欲しいが、それは口に出来なかった。


そうしていないと折れてしまう気がして。


「現場の指揮に戻るよ。ありがとう。」


「あぁ。」


現場に戻っていくトジャリを見送る。


「悔しいですね。」


「悔しいな。」


「ネフリテスには絶対対価を払って貰わないとな。」


「必ず払わせるさ。」


悲しみや寂しさの奥に強く重い怒りの感情が湧き出すのを感じる。


それから数日後。


「よーし。席に着けー。ってうぉ?!」


事件の事が一段落した所で久しぶりに学校が始まる事になった。

その初日。六人だった授業に全員が出席していた。


「ど、どうしたんだ?」


聞かずとも闘技大会の事が影響している事は明らかだった。


ジーゾナまでしっかり出席している。


「あー…ラキトリ。」


「はい!出席取りますね!」


「頼んだ…」


ラキトリはその後、王城内での待遇がかなり改善したとパーナとピーカから聞いた。

また、白花隊への入隊希望者が激増して学校内でも引っ張りだこらしい。

当の本人は飄々とすり抜けているあたり、精神的にもかなり強くなったみたいだ。

国を乗っ取ろうとしている訳では無い為白花隊にそれ程の人数はいらないらしく、全て断っているらしい。

数人は了承したらしいが、その相手はヒュールとプリタニだった。というかラキトリからお願いしたらしい。

2人は二つ返事でOKしたと聞いた。


ビリダグはトジャリに紹介したら直ぐに連れて来いと言われ連れて行くと意気投合して卒業後はトジャリの隊に配属される事まで決まってしまった。


トジャリは未だ悲しみを抱えてはいるが、それでも前に進んでいる。


キャラはというと、何故か学校内の人気者となっていた。

活躍したラキトリ達が姉の様に慕っていた事からそうなったらしいが、本人としてはありがた迷惑なのか少し煩わしそうに耳が垂れていた。


「えーっと。皆出席してくれて悪いんだが…今日で俺の授業は終わりだ。」


「えっ?!」


「なんでですか?!」


「せっかく来たのに!!」


「ケガが良くなってな。俺の中継ぎは今日で終わりだ。」


「えー!」


「そんなー!」


自分たちでボイコットしておきながらなんてふてぇヤツらだ。とは思ったが言わないでおく。


「まぁ最後だし聞きたいことがあったら答えられる範囲で答えるから聞きに来て良いぞ。」


その一言は余計だったと後で悟った。


その瞬間から俺達の周りに集まり次から次へと質問攻めに合う羽目になった。

俺だけじゃなく健や凛、リーシャまでもが質問攻めに合う事となり、後で恨み節を聞かされることとなったのだ。


「疲れたー…」


「ふふふ。マコト様の一言が皆様に火をつけてしまいましたね。」


「まさかあれ程になるとは思ってなかったんだよー…」


「マコト様は今や私達を優勝へ導いた師であり、国を救った英雄ですからね。」


「ぐへぇ…」


「はぁ。でも今日でマコト様達とはお別れなんですね…」


「こら。パーナ。そういう後ろ向きな事は言わないと皆で約束したでしょ?」


「うー…ですが姫様ー。」


「そうですわ。パーナさん。気持ちよく送り出して差し上げるのも私達生徒の役目ですわ。」


「はーい…」


「寂しく思ってくれているのは嬉しいけど別にこれでもう二度と会えないってわけじゃ無いんだからそう落ち込むな。」


「分かってますけど寂しいじゃないですかー!」


「じゃあそうだな…ラキトリと夢を叶えられたらまた逢いに来てやるよ。」


「「「本当ですか?!」」」


予想外にラキトリとピーカまで反応してきた…


「あ、あぁ。」


「これは急がなくては…」


「ですが、姫様。あまり詰めずに行動を起こされますと…」


真剣な顔をして話し合う3人に少し笑ってしまう。


「ヒュールは大丈夫か?」


「は、はい…サイトン様にも合格を頂きました…」


「そうか。それは良かったな。」


「先生のおかげです…」


「俺は何もしてないだろ?自分の努力が実っただけだ。」


「……はい…」


少し照れたように、恥ずかしそうに下を向いたが、気付いたように顔を上げ、笑顔を俺に見せてくれた。


「2人は卒業したら直ぐに白花隊に行くのか?」


「もちろんですわ!休んでいる暇なんてありませんわ!」


「そうか。ラキトリも負けてられないな?」


「もちろん負けません!」


「次こそは私が勝ちますわ!」


「ははは。おっと。そろそろだな。じゃあまたそのうちな。」


「「「ありがとうございました!」」」


盛大過ぎるお礼を言われて俺達はシャーリーの元に向かう。


扉をノックしようとしたらその前に扉が開いてピクピク耳を動かしながらキャラが出てくる。


「察知したのか?!やるな…」


「マコト様の教えの賜物です。」


「よしよし。」


何となくで頭を撫でたら超高速ピクピク。


ちょっとびっくりした。


「校長。皆様がいらしております。」


「通して。」


「邪魔するぞ。」


「お疲れ様。教師生活はどうだった?」


「悪くは無かったが二度とごめんだな。」


「ふふふ。そう言う人ほど教師に向いていたりするものよ。」


「勘弁してくれ…」


「ふふ。本当によく頑張ったわね。色々と。」


「あ、またそうやって…」


「し!静かに。」


「……」


なんでシャーリーのこれは拒絶出来ないのだろうか…


「ここでの事は一通り落ち着く所に落ち着いたけどこれからどうするつもり?」


「次に向かうよ。」


「そう。寂しくなるわね。」


「また会いに来るよ。」


「待ってるわ。でも次はそんなに遅くならないでよ?」


「分かってるよ。」


「気を付けてね。」


「あぁ。」


俺達はシャーリーから見送りの言葉を貰って退室する。


俺達にとってシャーリーは姉の様な存在であり、それはずっと変わらない。そう遠くないうちに会いに来る事を心に誓って学校を後にする。


次に向かったのはフルズ本部。


まずはボボドルの所へ顔を出したが、未だ事後処理に忙しいのか挨拶を交わしたくらいの別れになってしまった。

まぁどの世界でも男ってのはそんなもんなんだろう。


「トジャリ。ガナブ。」


「おう!マコト!」


「こんにちは。」


「別れの挨拶に来た。」


「もうお別れか。寂しくなるな。」


「俺もだよ。」


「本当に色々と世話になってしまったな。」


「世話をしたつもりは無いよ。」


「はは。マコトはマコトだな。」


「色々と勉強になりました。父もよろしくと。」


「俺の方もバリトンさんには世話になったからよろしく伝えておいてくれ。」


トジャリが突然ビシッと直立になる。

すると訓練場にいた全員がトジャリの後ろに整列する。


「我々の国を救って下さった英雄様に感謝と旅の祈願を込めて!!」


「「「ありがとうございました!!」」」


超豪快で暑苦しい別れの挨拶に圧倒されてしまう。


「元気で。」


最後にトジャリが八重歯を見せて笑ってくれた。


「そっちもな。」


俺達が見えなくなるまで、彼らはその姿勢を崩す事は無かった。


「アーラさん。」


「これはこれは英雄様!」


「やめてくれって…」


「ふふふ。」


「ポーチはいるか?」


「えぇ。ご案内しますね。」


いつもの様にポーチの部屋へと通される。


「マスター。マコト様達がいらっしゃいましたよ。」


中で書類に埋まるポーチを見て変わらないなぁと笑いそうになった。


「なんじゃ?今朝出ていく時に挨拶は済ませたじゃろ。」


「それでも色々と世話になったからな。」


「律儀な奴じゃの。」


「ここに来てポーチに会えなかったら色々と上手くいかなかった事も山ほどあるんだ。礼くらい言わせてくれよ。」


「いらんのじゃ。そんな物より甘い物の方が良いのじゃ。」


「んな事言って本当は俺達のこと好きだったくせにー。」


「ガブッ!」


「いててて!!!」


「ふん。そんな事ないのじゃ!行くならさっさと行けば良いのじゃ!!」


「……ありがとな。」


「えーい!撫でるな!鬱陶しい!」


「また来たら顔を出すよ。」


「ふん。その時は甘い物でも持ってくるのじゃ!」


「分かったよ。じゃあ世話になったな。」


「……気をつけるのじゃぞ。」


「え?」


「なんでもないのじゃ!さっさと行くのじゃーー!!」


「あ!こら!危ないっての!」


追い出される様に部屋を出る。


ポーチらしいな。


最後に俺達は西の山へと入る。

バーミルの村に向かおうと思っていたのだが、村の者達が全員麓で待っていた。


「ど、どうしたんだ?」


「……マコト様。」


バーミルを先頭に全員がその場に膝を着く。


「一度ならず二度までも我々ダークエルフを救って下さり、感謝の言葉では既に足りない程の恩を受けました。」


「いや、別にそんな事は…」


「我々ダークエルフは、この心身を全てマコト様に捧げます。」


「大きく出たなー…」


「この先幾許の年月が流れようと、この恩に報いる為であれば、命を賭してマコト様の為に働く事を誓います。」


「重いなー…ってか話聞いてくれないなー…」


「我らダークエルフ。マコト様に絶対の忠誠を。」


そう言って下げた頭をさらに下げた。


本当なら茶化して断りたいところだが、ここまでされて断るとなればバーミルの場合自害するとかになりかねない…


「……分かった。ダークエルフの忠誠をここに受け取る。」


「はっ!!」


「バーミル。」


「はっ!」


「辛い任を負わせたと言ったが、敢えてもう一度バーミルに任せる。ダークエルフの村をもう一度守り通してみろ。」


「はっ!!マコト様より賜りし氷雪華に誓い、この身が朽ちるまで!!」


「朽ちるな。俺はお前を含めてダークエルフの命が一つたりとも失われない事を望んでいるんだ。」


「慈悲深きお言葉…感謝致します…」


「誓え。次に会う時まで、ここにいる者を誰一人として欠かす事無く守り通すと。」


「ここに誓います!!」


俺はバーミルの元に行き、腰を下ろし顔を傍に寄せる。


「バーミルの父さんもきっとそんなバーミルを誇りに思ってるぞ。」


誰にも聞こえないようにそっと囁くように言う。


「っ?!……」


肩を震わせ、じっと下を向くバーミル。


父を亡くし、悲しむ暇さえ与えられず皆の前で気丈に振舞っていただろう。

そんなバーミルに少しだけ悲しむ時間を取ってほしかった。


「俺達の見送りはここでいい。お前達は少しここで死んでいった仲間の冥福を祈ってから村に戻れ。」


「……うっ……」


「うぅ…」


亡くしたのはバーミルだけでは無い。皆も同様に悲しむ時間さえ取れなかったはずだ。


ダークエルフ達の涙の落ちる音を隠す様に木々から落ちた葉がカサリと鳴る。


俺達はそのままシャーハンドを出て北へと向かった。


「ダークエルフってのは皆あぁも不器用なのかね?」


「嫌いじゃねぇけどな。

それより次はガイストルだったよな?」


「あぁ。名前は確かソーリャだったか?」


「はい。」


「ってなると海渡るんだよな?」


「筋肉バカは記憶を失っていないのに何故疑問文なのですか?やっぱり記憶力が皆無なのですか?脳みそツルツルなのですか?」


「鋭利な言刃が刺さるんですけど?!」


「姉様姉様!私はどうですか?!」


「くぉら!プリネラ!そこで食いつくな!」


「えー。兄様ばっかり狡いです。」


「羨ましがるなー!というか変わって貰えるなら変わって欲しいわ!」


「真琴様。北に向かえばそこから船が出ておりますので、ガイストルへはその船で向かう事になります。」


「船の事はわかってるが、実際どれくらい掛かるんだ?」


「一週間程度ですね。船で4日、渡った先から歩いて3日といった具合です。」


「この時期の船とか死ぬ程寒くないか?」


「一応火属性の魔石によってある程度の温度は保たれていますが、快適にとはいかないですね。」


「それは嫌だなぁ…船の中で暖房的な何かを作るか。」


「それは嬉しいですね。」


「冬の海風は本当に冷たいからな。」


「北の港まではどれくらい掛かるんだ?」


「直ぐですよ。山を越えた先の麓です。」


「そうか。逃がしたネフリテスの2人のこともあるし警戒だけはしていこう。」


「はい。」


シャーハンドを後にした俺達は一夜を山の中で過ごし港まで辿り着いた。


リーシャが言っていたように街という街はシャーハンドだけで本当に船着場しかない様な港になっていた。

物流を考えると港に街を作るのは普通の事だと思っていた俺にとってはかなり不思議な光景だった。


「船はシャーハンドの物なのか?」


「いえ。全て商人達の船ですね。」


「国は船を所持してないのか?」


「シャーハンドは所持していませんね。ガイストルは所持していたと思いますよ。」


「エルフってのはそこまで徹底してんだな。」


「変わってくれると良いですけどね。」


「あぁ。」


「そういや船はどうすんだ?」


「バリトンの所が使ってるガイストルとシャーハンドの定期便に乗せてくれるって話だ。船の乗組員には話をしてあるって事だったが…」


海辺を見回すと、船首に大きな鐘がついた帆船が見える。


バリトンが教えてくれた特徴だ。

船の方へと寄ると船の乗組員達が荷積みをしている最中だった。

沢山の乗組員が作業をしているが、どの人も耳と尻尾があり、中にはもふもふな人もいる。


ガイストルは獣人種の国。アニマル大国という事だ。

獣人種と一言で言っても色々な姿をしている人がいる。完全に獣がそのまま二足歩行している様な姿の人から人種の姿に耳と尻尾を付けただけの様な姿の人もいる。

獣としての血が濃いと獣に、薄いと人種に近付くらしいが、ここで見ただけでも色々な見た目の人がいる。


乗組員達の事を腕を組んで見ているのは、ドーベルマンだった。ドーベルマンが二足歩行していて皆に指示を出している。犬人種だ。

左目には眼帯を付けている。


「おし!そっちに持っていけ!」


「船長!こいつはどうしやす?」


「そいつは下だな。」


「うっす。」


「ん?お前達は…」


「バリトンから話が来てると思うんだが。」


「あぁ。聞いてるぞ。マコトだったな。俺はロチャロ。よろしくな。」


「こっちこそよろしく頼むよ。」


「商船だから居心地は良くないかもしれんが場所は用意しといたぜ。」


「助かるよ。」


「荷積みがもうすぐ終わるから、そしたら出航だ。甲板に上がって待っててくれ。」


「ありがとう。」


俺達はロチャロの指示通りに先に船に上がっておく。


足を踏み出すとギシギシとなる甲板は年期を感じる。

それでもよく手入れされていて風格を感じさせる。


「どうだ?俺の船は。すげぇだろ。」


後ろから声を掛けられて振り返るとロチャロが立っていた。


「何度も俺達とこの大海原を渡った歴戦の戦士だぜ。」


「そいつは心強いな。」


「部屋に案内してやる。着いてこい。」


ロチャロの後についていくと小さな船室に通される。


「ここだ。人数に部屋の大きさが合ってないのは勘弁してくれ。」


「十分だよ。ありがとう。」


「おぅ。ガイストルに行くのは初めてか?」


「初めてじゃないけど初めてみたいなもんだな。」


「??…よく分からねぇが、それなら一応説明しておくぞ。

ガイストルはジゼトルズがある南大陸から海を隔てた先、北大陸にある。一応陸続きにはなってるが大きく東へ迂回しなきゃならないからシャーハンドからなら船を使った方が全然早いんだ。

まぁだから俺達のような商船が重宝してるってこったな。」


「俺達みたいにシャーハンドから商船に乗って北に向かう奴はどれくらいいるんだ?」


「ほぼいねぇよ。商船にコネを持ってる奴なんてそうそういねぇし外に出たがらねぇ奴らの国からは人が出てこねぇからな。

だからなのかここから北へ人を運ぶのは基本的には奴隷商船くらいだ。」


「人じゃなくて荷として運ぶって事か。」


「そう言うこった。

話が逸れちまったな。俺達獣人の国であるガイストルは大きな街が近場に3つ、三角形になる様にあるんだ。」


「なんでそんな作り方を?一つにまとめた方が色々とやりやすくないか?」


「種族の問題さ。」


「種族?」


「俺達獣人ってのはどんな獣の血を持つかによって大きく相性ってのが変わってくるんだ。こいつは血の持つ相性ってやつだから気の持ちようとかそんな簡単な話じゃなくてな。」


「なかなか厄介な話だな…」


「まぁそんな訳で大きく3つの街に分けて暮らしてるんだよ。1つは俺達の住む地の都ガイストル。王都だな。次は空の都キュリーブ。そして最後は海の都ピュチャトだ。」


「分かりやすいと言えば分かりやすいのか。」


「一応その3つの都市の中心にはどこにも属さない小さな都市もある。テューギという街なんだが、ここは聖域と呼ばれていて普通は入る事が出来ないんだ。」


「入れない都市?」


「どこにも属さないという特殊な都市という事で三都市のいざこざの仲裁や大きな問題の解決に必要不可欠な都市なんだよ。」


「裁判長みたいな感じか。」


「おもしれぇ例え方するな。まぁそんな感じだ。三都市にとってはかなり重要な都市である事からどこにも肩入れしない為に基本的な接触は有事のみ。それ以外での接触は禁止されてるんだ。」


「まぁどっかの都市とだけ仲良くするってなるとまずいわな。」


「テューギで変な事件が起きても困るから外の奴らももちろん出入り禁止。

一応例外はいくつかあるが、まぁそれはかなり特殊な例だし関係ないと思うぞ。」


「なるほど。大体分かった。助かったよ。」


「これを説明せずに連れていくといきなりテューギに入ろうとして捕まる奴もいるからな。」


「それは嫌だなぁ…

その3つの都市の中だと外からの来訪が多いのは、やっぱり王都のあるガイストルか?」


「だろうな。他の国との交流が一番盛んに行われているし居心地も悪くは無いと思うぜ。」


「他の都も見てみたいが、取り敢えずはガイストルに入る方が良さそうだな。」


「無難だろうな。それに三国間の行き来は簡単に出来るから他に行きたくなったら行けば良いさ。実際3つに大きく別れてはいるが地の都に住む奴が移り住んでる事も普通にある事だからな。」


「そんなに厳密に別れてるわけじゃないんだな。」


「まぁ住み良い場所に住むだけの話だな。冒険者ギルドなんかはごちゃ混ぜだしな。」


「ありがとう。参考にするよ。」


「おぅ!」


手を挙げて仕事に戻るロチャロを見送る。


「……」


「リーシャ?どうしたんだ?」


「え?!は、はい?!」


「心ここに在らずだな?」


「……」


「何かあったのか?」


「その…ガイストルに入る前にマコト様達には聞いて頂きたい話がありまして。」


「時間はたっぷりあるんだ。いくらでも聞くぞ。」


「はい……」


部屋の中で全員が腰を落ち着けると、ポツポツとリーシャが話を始めた。


「私リーシャは、昔この先ガイストルにいた事があります。」


「それはつまり奴隷としてか?」


「はい。その時は父と母も健在でした。」


「3人とも奴隷として…?」


「私達一家はシャーハンドの中でも外側の山にある小さな村を生活の場としていました。そんなある日のこと、不運にも私達の村がモンスターに襲われてしまい、戦力の少なかった我々の村はあっという間に潰れ去り、なんとか逃げられたのも数人程でした。」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「くそっ!何故こんな事に!」


「あなた…」


「……すまない…」


「父さん…」


「…リーシャ。お前だけは絶対に守るからな。」


優しく触れてくれる父さんの手。強く抱き締めてくれる母さん。


「おっと。こんな所で何をしてるんだ?」


突然背後から声を掛けられた。


父さんと母さんはビクリと体を強ばらせ、恐る恐る後ろを振り返った。


そこに立っていたのは人種の男性。


私はまだその時は人種に会ったことがなく、いつも母さんと父さんに口酸っぱく、人種に関わるな。人種に弱い所を見せるな。と言われ続けていたことが不思議だった。


それをここで思い知る事になる。


父さんは私を抱いて母さんの手を引き山へと走り出した。

しかし、山の方から人種が何人かニタニタと笑いながら出てくる。


「突然逃げるなんて酷いじゃないか。」


「リーシャ!逃げるんだ!」


私は父さんに投げられてその輪を通り越し、地面にぶつかった。


「あぅ!」


「走れリーシャ!逃げるんだ!!」


囲まれる父さんと母さん。私は額を切ったのか血が頬を伝う。


「父さん!母さん!」


「逃げるのよリーシャ!!」


あっという間に父さんと母さんは囲まれてしまった。


「やぁ。お嬢ちゃん。」


「頼む!娘だけは!!」


「うるせぇ!」


バキッ!


父さんを酷くぶった男の人種。


「やめて!父さんをぶたないで!」


「んー。良い子だね。そうだ。君が一緒に来てくれるならもう父さんも母さんもぶたないと約束するよ。どうだい?」


「ダメだ!リーシャ!逃げろー!」


「黙れってんだよ!」


バキッ!


「やめて!着いていくから父さんをぶたないで!」


「良い子だね。さぁ。行こうか。」


私はリーダーらしき男に手を引かれて父さん達の元に向かう。


「…リーシャ……すまない……」


「あぁ…なんて事に……」


父さんも母さんも涙を流していた。

何故そんなに泣いているのか。それは直ぐに分かった。


船に乗って直ぐに私達は奴隷として首輪、手枷足枷を着けられた。

そして約束していたのに人種の男共は何度も父さんを殴りつけた。


「約束したじゃない!!ぶたないで!」


「俺はぶってないだろ?」


「?!」


そう言って父さんの顔は元の顔が分からなくなるくらい腫れ上がり、目も見えてなかった。


そして夜になると…


「何するのよ!やめて!」


男の人種がニタニタと笑いながら母さんの所に来る。


「うるせぇ!」


母さんをもその手でぶって服を破いた。


そう。私達の目の前で毎晩毎晩母さんは犯された。


船がガイストルに着く頃には既に母さんも父さんも酷くやつれていた。

父さんは下級回復薬を掛けられて顔を戻され、私と母さんと共に陸へと連れ出された。

しかし、それから地獄の数年間が始まった。

私達3人は直ぐに買い手が着いた。


地の都ガイストルに住むギョビョルと言うハイエナ種の貴族だった。

そしてこのギョビョルに買われた事で私達は地獄を見る事になった。

一家揃って買い取られた私達はその日からギョビョルの屋敷に連れて行かれた。


父さんは力仕事、母さんはギョビョルの部屋に連れて行かれた。私は地下の牢屋に入れられて、毎日一杯の水とカビの生えたパンを一切れだけ。


みるみるうちに私の体は骨と皮だけになった。


二年程経った時の事だった。既に動く気力も無かった私の牢屋に1つの大きな木箱が運び込まれた。

朦朧とした意識の中、ぼんやりとその木箱を見ていると、ギョビョルが私に一本の剣を手渡してきた。


そして私に向かって満面の笑みで言った。


「腹が減っただろ。お前にこれをやろう。」


そう言って私に見せたのはカビの生えていない一斤のパン。


「これが欲しいか?欲しいのなら一つだけお前にやってもらいたいことがあるんだ。簡単な仕事さ。この木箱の中央にこの剣を刺すだけ。それだけでこのパンをやろう。」


骨と皮だけの腕を持ち上げてその柄に青い宝石があしらわれた剣を受け取った。


そしてそれを木箱に刺す。


ゆっくりとだが確実に。


そして何かに当たる。


ゴトゴトと木箱が揺れ、中に入った何かがもがいているのだと気が付いた。


一瞬だけ手が止まるが、その手をギョビョルが握った。


「いいか。チャンスは一度きり。これを刺しこんだらこれをやる。ただし、一度でも手を離したらそこで終わりだ。これからお前には水も何も与えない。」


朦朧とした意識の中で私は生きる事を選んだ。


もがいている何かに剣を突き立てた。


木箱の間からドロリとした赤い血が流れ出てくる。


そして少しすると木箱の揺れが止まった。


「……くくく……あははははは!!良いぞ!堪らん!!」


あの時のギョビョルの顔を私は一生忘れる事が出来ないだろう。


木箱はそのまま外に出され、私はパンを頬張った。


私が何をしたのか、何をしてしまったのかは分からなかった。


ただその時食べたパンは美味しかった。


そしてその日から私の元にはカビの生えていないパンが運ばれる様になった。


そしてそれからまた二年が過ぎた。


牢屋での毎日を過ごしていた私の元に、またギョビョルが来た。

二年前のあの時と同じ様に私にギョビョルは私に剣を握らせた。

そして一度生きる事を選択した私は柄に赤い宝石があしらわれた剣を刺すことを躊躇わなかった。

その光景を見て満足気にギョビョルは笑い声を上げて出ていった。


その日から私のところに何度も木箱が運び込まれ、それを突き刺した。


私のいた牢屋の地面は日に日に赤く染まっていき、数日後には酷い鉄の匂いが地下室を覆い尽くした。


そんなことが続いていたある日のこと。屋敷が異常に騒がしい日があった。

地下にいても分かるくらい上が騒がしい。


私にとっては関係の無い事であったし別に何が起きようと動く気力も無かった。


ギィーという鉄の扉が開く音。


地下室の扉が開けられる時に聞こえる音だ。

また今日もあの木箱が運び込まれできたのかと思っているといつもとは違い軽い足音が聞こえてきた。


「うわっ。すげぇ匂いだな。」


「グラン様。ここへは入らない方がよろしいかと。」


「プリネラの話ではここに誰か囚われているんだろ?」


「ですが…」


「長居はしないから大丈夫だって。」


私の牢の前に現れたのは真っ黒な瞳と真っ黒な髪を持った私より少し歳上の人種の男の子だった。


「……」


私を見つけるとその男の子は一度止まり、じっと私の事を見つめてから手を牢屋の鍵に触れさせた。


バキンッ!


甲高い音がしたと思ったら頑丈そうな牢屋の鍵がゴトッと音を立てて地面に落ちた。


遂に死ぬ時が来たのだと私は悟った。


きっと私を殺す為に来た人達だと。


でもその男の子は牢屋の扉を開けて私に近付いてくると暖かく優しい掌で頬に触れた。

私が山を出てから初めて感じた他人の暖かさだった。


「名前はあるか?」


「………リーシャ…」


「そうか。リーシャ。外に出たいか?」


「……分からない…」


「ここにいた奴らは全員死んでしまったんだ。ここにいてももう何も運ばれてこない。」


「………」


「……俺達には君を本当の意味で助けてやる事は出来ない。もし出たいと言うなら扉はこのままにしておくから。好きにするといい。」


そう言って出ていった男の子。


私は何を言っているのか理解するのに数日を要した。


男の子達が去ってから屋敷は静かだった。

誰も来ない事を知り、私は牢屋を出た。


冷たい石畳の感触が足に伝わるいつもの床とは違い、上に上がるとサラサラとした木の感触が足に伝わってきた。

上に上がるとロビーや階段があり、どこもボロボロになっていた。まるでここで誰かが暴れたみたいに。

事実誰かが暴れたらしい。いくつもの死体が転がっていた。

階段をゆっくりと上がり一つの大きな扉を開けると、その部屋の真ん中でギョビョルが倒れていた。


苦痛の表情を浮かべて横たわるギョビョルを見ても何も感じない。


私はそれを一目見ただけ。


部屋の本棚がズラされていて、その奥に部屋がある事に気が付いた。

その隠された部屋に入って私は直ぐに、私のしてきた事を悟った。


まるで動物の剥製の様に保存され並べられた死体。


そしてその胸には突き刺された剣。


まるでこれが芸術作品かのように飾り付けられていた。


その中央にあったのは、その中で唯一青い宝石があしらわれた剣を胸に刺した父さんと、赤い宝石があしらわれた剣を胸に刺した母さんの姿だった。


「あ……あぁ………あ゛あ゛あ゛あ゛ーーーーー!!!!」


私は2人の死体から剣を引き抜き、抱き寄せた。


重く冷たくなった2人の感触と温度を今でも忘れられない。


死のう。そう思った。母さんと父さんを殺した剣で私も死のうと。


何日も何日もその場で涙を流し続けて疲れ果てた私は剣を握った。


その時にバタバタと音を立てて入って来たのは鎧を着た狼人種の兵士達だった。皆狼に近い姿をしていた。


「君!大丈夫か?!」


大丈夫…?なにが?父さんも母さんも殺してしまった私がこの先大丈夫な時が来るなんて有り得ないのに。


「……」


「おい!直ぐに連れ出せ!」


私を父さんと母さんから引き離そうとする兵士達。


「父さんと母さんに触るなぁーー!!!」


細い腕で振り回す剣はヨロヨロと力なく振り回された。


「っ?!」


驚いた様に私の顔を見る兵士。


「そ、それは……君の父と母なのか…」


「ふぅー!ふぅー!」


「……すまない。本当に…すまなかった。」


私の前で、剣を振り下ろしたら当たる位置に頭を下げる兵士。


「ビャルジ隊長!危険です!」


「馬鹿野郎!!」


バキッ!


頭を下げる狼人種の男を止めようとした後ろの兵士を反対の壁まで飛ぶほど強く殴った。


「ぐっ!」


「我々のせいで彼女の父と母は死んだのだ!!それが分からんのか!!」


「た、隊長…」


「すまなかった。私達の責任だ。

君の父と母は丁重に埋葬すると約束する。だから君を助けさせては貰えないだろうか。」


「……」


私は剣を床に起き、父さんと母さんを抱きしめた。


「っ……」


「父さん…母さん……」


「くっ……なんという事だ…」


「……私が殺したの…父さんと母さんを…だから。私も殺して?」


「っ?!!」


本気だった。もう何も見たくない。感じたくない。


そんな私を見ていた兵士達皆が兜を外して胸に手を当てた。


まるで母さんと父さんを見送ってくれている様に見えた。


「……すまない…君のその願いは聞き入れられない。」


「そう……」


私はその兵士達に連れられて屋敷を出た。


父さんと母さんは集合墓地に埋葬され、私も立ち会う事ができた。

頭を下げた兵士さんはビャルジと言い、ガイストルの衛兵の隊長さんだった。

ビャルジさんのおかげでその時に立ち会えたのだと後で知った。

暫くの間はその兵士達の元にいた私だったが、奴隷を置いておく場所は用意されておらず、直ぐに私を追い出せと偉そうな人が来て言っていたのをぼんやりと覚えている。


ビャルジさんが反対していた様な気がするけど、一兵士のビャルジさんの言葉が通るはずもなく、間も無くして私は再度奴隷として扱われる事になった。


既に生きる気も無かった私にとってはそんな事はどうでも良かった。

そして私は犬人種の老夫婦に買われる事になった。

かなり歳を取った老夫婦で、水を汲みにいくのも辛くなってきたからと奴隷を買おうと決め、そこに私が安く売られていたので渡りに船と買っのだ。


私は街の外に住んでいる老夫婦の家に連れて行かれ、パムというおばあさんとジャブというおじいさんに出会った。


パムさんに仕事の内容を教えられ、水汲みや洗い物、料理もした。

この世界での奴隷の扱いというのはどこの誰の元に行ってもそれ程大差は無かった。


ただ、ギョビョルの所と比べたら天国だった。


少ないけど毎日水と食料を食べられるし、牢屋に入れられる事は無かった。

一応雨や風を凌げる場所に寝る事もできた。

仕事をこなす事はそれ程難しくはなかった。

特別辛い仕事があったわけでもない。

ただ、その老夫婦の元にいた数年間は私にとってはある程度心を取り戻す事に繋がる物だったのは確かだった。

殴られたりもしないし何か仕事をこなすとお礼も言われた。


私は少なからず二人のことを好いていたのかもしれない。


そこで数年間を過ごした所でジャブさんとパムさんが死んだ。

理由は近くにあったダンジョンから出てきたモンスターに家ごと破壊されたから。


水を汲みに行って帰ると家が壊されていてその瓦礫の下に2人の死体があった。


その時に悟った。父と母を殺した私にはこれだけの生活さえ許されないという事を。


悲しかったけど、涙は出なかった。


ダンジョンを恐ろしいと感じた。でも震えは来なかった。


宙ぶらりんになった私はまた奴隷として売られる事になったのだが、気の触れた女エルフを買取る人は現れず、普通には売られなくなった。

簡単に言えばギョビョルの様な特殊な奴が好んで使う様な奴隷商に売りに出される事になったのだ。

それでもなかなか買い手が見つからなかった私は奴隷商船でガイストルを出てジゼトルスへと運ばれた。


そこで売りに出された私は直ぐに買い手が着いた。


薄汚い格好の男の人種達だった。

話を聞いているとどうやら私を買ってそれをどこかの貴族に売り付けるという事みたいだったが、別にどうでも良かった。

その頃には体も大人と変わらなかったしそう言う使われ方をするのだろうと思っていた。


ジゼトルスの中でも瓦礫がある様な粗悪な場所で連れて行かれるのを待っていた私の前に、ある三人の人種が現れた。


黒い瞳と黒い髪を持った人種の男の人。


後ろに同じく人種の男性と女性を引き連れた…


大きくなっていたけど私には直ぐにそれが誰だか分かった。


あの時、牢屋の鍵を開けてくれた人だ。


その瞬間に私の頬に触れたあの手の温もりが戻ってきた。


まるで動いていなかった心臓がまた動き出した様な気がした。


私の代わりに私の父と母の無念を晴らし、あの牢屋から出られる様にしてくれた人。


私が奴隷となってから、唯一私に直接触れてくれた人。


薄汚れ、血がこびり付いた頬に汚いとも醜いとも言わず。


もしこれから先も生きていかなければならないのなら。もし誰かに買われるのなら。この人が良いと心の底から願った。

誰かに殺されるならこの人の暖かい手で死にたいと本気で願った。

奴隷になってから初めて本気で父と母の事以外で願った。


そして私を買った男達はその三人に向かっていった。


誰の目から見ても美し過ぎる女性が欲しかったのだろう。


変わった剣を腰に下げる男の人が前に出てくる。


私は恐れと期待が入り交じりその光景を見ていた。

首が飛び、真っ二つにされる男達の事なんかどうでもよかった。


飛び散る血さえ美しいと思えた。


そして美し過ぎる女性が私の元に来てくれた。


「あなたは…奴隷なのですか?」


「……はい。」


「名前はありますか?」


「リーシャです。」


「リーシャさん。私達はこれから別の場所に向かいます。ここで会ったのも何かの縁です。これを持って逃げて下さい。」


いくらかのお金を見せられた。


「私も…」


「え?」


「私も連れて行っては貰えないでしょうか?!」


あの時、あの地下室で言えなかった一言を私は発した。


「…困ります。」


「私の主人としての権利は今、あの方にあります。」


「……なるほど…そう言う事ですか。今無理矢理引き離してしまうとリーシャさんが生きていけないわけですね。」


「はい。ですのでどうか…」


「……わかりました。真琴様に聞いてみましょう。」


そして私は真琴様と出会ったのだ。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「そ、そうだったのか…」


「あー。それでリーシャって名前に聞き覚えがあったのか!」


「なんで言わなかったんだ?」


「言ってしまえばマコト様の事なので…」


「??」


「真琴様は責任を感じてその話だけで連れていくと言ったでしょう。変に責任を感じさせたくなかったのでは?」


「そうなのか?」


「……はい。それに…私は親殺し。嫌われる事が怖かったのかもしれません…」


「え?リーシャって親殺しなの?」


「え?今の話を聞いていれば…」


「……??なんでそうなるんだ?」


「え?」


「だってリーシャが刺した木箱の中身なんて分からないだろ?リーシャは木箱の中身を確認してから刺したのか?親の顔を見て刺したのか?」


「い、いえ。中身は分かりませんでしたが…」


「それならギョビョルがお前の心を壊す為に後からその剣を使って親を刺したのかもしれないだろ?」


「ですが状況的には…」


「決定的な証拠も無いのに結論出す必要なんて無いだろ。俺はその時のことを覚えないけどそのギョビョルってのは相当に頭のイカれた奴だったんだろ?」


「確か拷問とか人に痛みを与えることで快感を得るタイプの男でしたね。」


「ならリーシャに精神的な苦痛を与える事を考えて死体を取っておいて…とかも十分考えられる。リーシャが殺したかなんて分からないじゃないか。」


「……それでも…誰かを殺している事に変わりはありません…」


「それすらも分からないだろって。中にいたのは本当に誰かだったのか?その証拠は?確たる物なんかないじゃないか。」


「そ、それは…」


「確かに方弁かもしれないが、否定は出来ないだろ。だからリーシャが誰かを殺したのかそうじゃないのかなんて無駄な討論だ。大事なのは今でもこうして生きていて、そのクソ野郎は死んだって事だ。

両親が死んだのは残念だ。でもリーシャは生きてる。

そんでもって俺達の命を守ってくれてる。出会った日からずっとな。ならそれで良いだろ?それ以上を知る必要なんか無いだろ。」


「…あり…ありがと…ござい…」


泣き崩れるリーシャ。


きっと俺達に出会った日からずっと話そうとしていたのだろう。それでも話せず苦しんでいたんだ。

こんなに辛い思いをしてそれでもなんとか生きてきた彼女を誰が責められるというのだろう。少なくとも俺達にはそんな非道な事はできない。したくない。

まだ心の中にはシコリがあるだろうしそれは一生消えないだろう。それでも少しは軽くなって欲しいと願うばかりだ。


泣き止んで少しぼーっとしたリーシャを座らせる。


「す、すいません…力が入らなくて…」


「良いって。気にするな。」


「ありがとうございます…」


「そう言えばリーシャがダンジョンに入る時躊躇うのはその老夫婦の事があったからだったんだな。」


「はい。今でもダンジョンと聞くとあの二人の顔が浮かんできてしまって…」


「辛い思いをさせてしまっていたんだな。」


「いえ。怖がってばかりでは私も前には進めませんので。」


「無理はするな。嫌な時は嫌とちゃんと言うんだぞ。」


「はい。」


コンコン


部屋の扉がノックされる。


「俺だー。ロチャロだ。」


ガチャ


「どうした?」


「ここから先の海域はちょっと波が高くてな。少し揺れるからあまりフラフラ歩き回らない様に頼む。」


「分かった。」


「おっと。忘れてたぜ。バリトンからの贈り物だ。」


「これは?」


「さぁな。」


「…ありがとう。」


手を上げてまた奥に消えていくロチャロ。


部屋に入り受け取った小さな木箱を開ける。


「なんですかこれ?」


「えーっと…マコト様。最近ガイストルにて物騒な事件が起きていると聞いています。要らぬ世話と知りつつ、これが何かの役に立てばとお贈りさせていただきます。との事だ。」


「事件ですか?」


「そんな毎回何かに首を突っ込んでる訳でも無いのに気にしすぎじゃないのか?」


「いや。真琴様は毎回首を突っ込んでるぜ。」


「あれ?」


「ですね。毎回ですね。」


「ん……んー…有難く受け取っておくとしよう。」


箱から取り出したそれは小さなコインだった。


「コイン…ですか?」


「みたいだな。」


コインの裏表両方にMを上下逆さまにして重ねた様な形が刻まれている。


「何に使うのでしょうか?」


「さぁ…?何か魔法的な物も特に無いみたいだしな…まぁバリトンの贈り物だし取っておいて損は無いだろ。」


「そうですね。」


「さてと。今日中に暖房でも作るか!」


「寒いですもんね。」


「……リーシャも手伝ってくれるか?」


「……え?私ですか…?」


「あぁ。頼むよ。」


「……はい!!」

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