第三章 エルフの国 -シャーハンド- Ⅲ
「まず、今回のネフリテスの狙いとしてはこの国を周囲からモンスターに包囲させる事から始まるはずだ。」
「今の状況から見てもそれが狙いよね。」
「本当なら包囲されるよりも前にこの国から戦えない者を逃がしたり色々とできるんだが…」
「エルフは国を出られないわ。」
「あぁ。分かってる。だから外の村に住む人達をこの街に集めるんだ。」
「守りを固めるって事かしら?」
「そうだ。そうすれば村の連中が街の外で何も出来ずに殺される事は無くなる。そして集め終わったらフルズ達や戦える者を街を囲む様に配置して街を守る。」
「防衛戦…防波堤になるのね。」
「もちろん二強と呼ばれるシャーリーとポーチにはしっかり働いてもらうつもりだ。恐らくAランク相当のモンスターも襲ってくる筈だ。証拠はブラッディシャーク。そんなのが現れたらフルズや一介の兵士には苦が重すぎる。」
「そうね。そんなモンスターの相手が出来るのはこの国でも限られるわ。」
「どれだけのモンスターが襲ってくるかにもよるが、キャラにはその時に戦う部隊に入って欲しい。」
「…そうね。一介の兵士よりは強力な魔法を撃てるわね。」
「校長。私はそれ程強くはありません。」
「いや。キャラは俺の授業に出てかなり魔力操作能力が向上してる。とは言え単独で突破出来るのは単体のBランクモンスターくらいだろう。」
「Bランクですか。」
「相性もあるが、それくらいなら倒せる筈だ。ネフリテスの連中が来るまでの時間も、授業でしっかり自力を付ければ可能だ。」
「……」
「頼めるか?」
「任せて下さい。」
「良かった。但し。Bランクモンスターが2体以上、もしくはAランクのモンスターが出た時は素直に逃げろ。そんで倒せる誰かに頼れ。これは約束してくれ。」
「分かりました。」
「私達の動きは分かるけど、マコト達はどうするの?」
「プリネラ!」
「はい!」
「?!」
普段無表情のキャラがプリネラの突然の登場に少しびっくりした顔を見せる。
「俺達は人種だし恐らく顔が割れてる。
ただプリネラはこの国に入る前からずっと姿を隠して貰っていた。つまり相手には悟られていない筈だ。
俺の知識の中からそれらしき場所を当たってもらう。」
「首謀者って事かしら?」
「あぁ。」
「つまりプリネラが首謀者を見つけ出して、マコトがそこに行くのね?」
「因縁があるのは俺だし、今回はバーミルに仇を討たせるって約束したからな。それにもし先に見つけられれば禁術自体を止められるはずだ。」
「もっと人数を集めて行ってはダメなの?先に首謀者を捕まえられれば……いえ、無理ね。」
「あぁ。こちらが姿を見られればその時点で計画が変更になる可能性が高い。」
「どういう事ですか?」
「この禁術はモンスターを呼び寄せるだけの物だからだよ。つまりその術者はその場にいる必要が無いんだ。」
「どこでも行使が可能…という事ですね…」
「つまり誰かに見られる危険性があるなら即座に逃げるという事だよ。禁術を使う様な奴らだし逃げるのはお手の物。もし一人でも逃げて他の奴らに伝われば姿を隠されて終わりだ。次は絶対に見つからない所で禁術を使うだろうな。
だからこそプリネラなんだよ。ハッキリ言ってプリネラが本気で隠れたら見つけられる奴なんてほとんどいない。」
「なるほどね…ネフリテスを捕まえるならその方法しかない訳ね…」
「もちろん禁術を使わせない様に動いてはもらうけど、発動は避けられない可能性が高い。」
「……はぁ……マコト達は昔よりずっと強くなったわ。それでも私には大切な家族よ。簡単には行かせられないわ。」
「姉さん。二強の存在は戦ってくれる人達に勇気を与える存在だ。防衛戦からは絶対に外せない。
見つからない様に近付いて尚且つ禁術を使う相手に勝てる可能性があるのは俺達だけだ。」
「………もう…分かったわよ。でも!絶対に帰ってくること!それは約束して!」
「約束するよ。」
「分かったわ。そっちはお願いするわ。
でもいつ来るか分からない敵にずっと構えている訳にはいかないわよ?」
「この国の偉い所が一箇所に集まって確実に殺せるタイミング。そんな都合の良い日があるだろ。」
「闘技大会…」
「あぁ。その通りだ。つまりネフリテスはその日を狙って来るはずだ。」
「……はぁ…相変わらずマコトには脱帽だわ。」
「凄いです。マコト様。」
「流石は英雄様……」
「褒めるのは上手くいってからにしてくれ。まずはそれまでにする事が山程あるだろ?」
「そうね。忙しくなるわ。あ、それと。ポーチにはこの事を伝えておくわよ。少なくとも私とポーチが真相を知っていればなんとか対処出来るはずだから。」
「まぁ…ポーチなら問題無いか。」
「ボボドルは一応国の機関の一人だし伝えられない事も多いわ。だから私から上手く説明しておくわ。シャーハンド王にも私から説明しておくわね。」
「出処の怪しい情報に兵士を動かしてくれるか?」
「全てとは行かないかもしれないけれど必ずなんとかしてみせるわ。」
「流石は姉さんだな。」
「任せなさい!」
「頼んだよ。
キャラ。そう言う事だから明日からは授業後も付き合ってもらうぞ。」
「望む所です。」
「こんな状況なんだから今からでもマコトに教えを請いなさい。仕事は解決まで必要最低限で済ますのよ。」
「ありがとうございます。マコト様。」
「分かった。じゃあキャラを借りてくぞ。」
「行ってらっしゃい。あ、ちょっと待って。ほら、これを。」
「これは偽りの護石?」
「相手がエルフだと色々とあるでしょ?だからマコトにまたこれをあげるわ。」
「助かるよ。」
俺は首から偽りの護石を掛ける。
前の物は昔壊してしまったらしい。
エルフと出会う機会が増えて購入を考えていたから丁度良かった。
シャーリーの見送りを貰い部屋を出る。
「あ…そう言えばいつもの部屋って今日使ってた様な……まぁマコトならなんとかするわね。」
残念ながらシャーリーのこの呟きは部屋を出た俺には聞こえていなかった。
「真琴様。」
「そうだったな。プリネラ。今回の禁術は離れた一箇所に向けて効果を発動するタイプの物だ。
首謀者は恐らく街の中にはいない。ただ、あくまで魔法であり離れれば離れただけ操作が難しくなる。禁術でしかも一国を落とす程ともなれば使う魔力もかなりのものだ。
恐らくは何人ものハスラーを使って魔力を集めているはず。つまりそれなりに場所が必要となる筈だ。」
「この街から離れていて少し開けた場所という事ですね。」
「もう一つ、街の状況が見える場所だろうな。」
「……効果を見るため…ですか?」
「あぁ。その為にやっているはずだからな。」
「分かりました。情報収集を含めて調べて来ます。」
「頼むよ。」
「はい!」
プリネラが再度姿を消して離れていく。
「凄い人ですね。」
「プリネラか?まぁ違う意味でも凄い奴なんだがな。」
「??」
ガラガラ
「え?!マコト様?!」
「あれ?ラキトリ?なんでこんな所に?」
「私達は闘技大会も近いですし、休みの日も練習しようと…そちらの方は?」
「バーミルだ。」
「誇り高きダークエルフの戦士にお会い出来るとは。光栄です。
私はラキトリ-シャーハンドと申します。以後お見知り置きを。」
「こちらこそ宜しく頼む。第三王女。」
「後ろにいるのは近衛騎士のパーナとピーカだ。健が少し教えている子達だ。」
「なんと?!では一手願えませんか?!」
「こらこら。俺が教えているとはいえ学生だぞ。」
「こ、これは済まない事をした。許してくれ。」
「いえ…」
「それよりどうするかな…シャーリーの所に一度戻るか。」
「マコト様。キャラさんをお連れという事は何かしようとしているのですね?特訓ですか?」
「え?!いやー…ははは…」
「マコト様が鍛えてくれる。」
ピクピクと耳を動かしながら誇らしげだ。
可愛いとは思う。思うが何故こんなにも正直に育ってしまったのか…
「ズルいですわ!!」
突然後ろから声が聞こえてきて振り返るとそこにはプリタニ、ヒュールに加えてビリダグが扉を開けて立っている。
「なんでお前達までいるんだ…?」
「そ、そんな事先生には関係ありませんことよ!」
「ぼ、僕達は3人で練習しようと…」
「ビリダグさん!?それを言ってしまいますの?!」
「え?で、でも本当の事だし…」
「はぁ…いや、なんとなくわかってたから…
それより学校が休みの日に全員が揃っちまうとはな…お前達休めるときは休んでいいんだぞ?」
「そんな暇などありません事よ!」
「ですね。私達もそんな暇は無いと思っていますわ。」
「それよりもキャラさん!ズルいですわよ!マコト先生を独占なんて!」
「秘書特権。」
「そんな特権聞いた事ありませんわよ?!」
「なんだこれは…
いや、待てよ?よく良く考えれば丁度良かったのか?」
バーミルに目をやるとキョトンとしている。
「よし。お前達一回静かにしろ。」
ピタリと声が止まる。最近はかなり言うことを素直に聞いてくれるようになってきた。
「来週の今日。何があるかは知ってるな?」
「もちろんですわ!」
「闘技大会ですね。」
「まぁそれを見越して練習していたんだから知ってて当たり前だが、個人戦は各自好きな様にしてくれて構わないが、クラス対抗戦はここにいる六人を主軸にして構成する。」
「私達全員が出られるのですか?!」
「まぁ俺の生徒ってお前達だけだしな。」
結局最後まで六人のままだったが、まぁ楽でいい。
「他にも一応声を掛けてみてくれ。最高で十人だったかな…だから残り四人の枠は一応残ってる。」
「誰でも良いのですか?」
「んー…正直に言うと多分誰が入ってもあまり変わらんぞ。」
「どう言うことですの?」
「お前達全員に最初、魔法を撃ち込ませたろ?あの時の事を考慮すると多分倍以上にお前達の方が強くなってるからな。」
「そ、それはさすがに言い過ぎではないでしょうか…?」
「そうか?まぁいい。とにかく出たいと言われれば考慮するから2、3日以内には他に出る奴を教えてくれ。名簿に書いて出すから。」
「分かりました。」
「よし。そんで今日は折角だからこのバーミルに一働きしてもらおうと思う。」
「……私ですか?!」
「なんだ?嫌か?」
「その様な事はありませんが、突然でしたので。」
「とりあえずお前達は下がってろ。健とバーミルで模擬戦をしてもらう。」
「ケン様とですか?!」
「せっかく再会できたんだ。どれだけ強くなったか見せて欲しいんだが?」
単純に六人に剣士としての動きを見せたいのはもちろんだが、ネフリテスと対峙した時にどれだけ出来るか知っておきたい。
「…非力な身ではありますが、胸を貸して頂きます。」
「よっしゃ!楽しくなってきたぜー!」
「立ち会い方式はどうする?」
「木剣をお願いします。私の刀は守る為にマコト様から頂いた物。敵以外には抜かないと決めていますので。」
「ま、俺も賛成だ。理由は同じだ。」
「……それだと緊張感が無いからこうするか。」
俺は木剣を手に持つと魔力を込める。
「ほら。」
「な、なんという硬さ…ほとんど真剣ですね…」
「これで緊張感が増すってもんだな。」
「はい!!よろしくお願いします!」
「じゃあ位置についてくれ。」
二人は少し距離を置いて立つ。
剣術に長けたダークエルフの戦士と自分達が教えを乞うている健の戦い。模擬戦とは言え持っているのは真剣と変わらない。
一瞬にして互いのプレッシャーがぶつかり合い部屋の温度が下がった様に感じる。
健は全力では無いだろうがかなり集中している。
それだけバーミルの実力が高いと判断したのだろう。
息を飲むラキトリ達六人。
「始め!!」
俺の声と共に一足で健の前まで飛び込むバーミル。
「速い!」
「はぁぁあ!」
ブォン!
木剣とは思えない音を出しながら振り下ろされるバーミルの一閃。
体をズラして避けた健の鋭い横薙ぎがバーミルの首筋に伸びていく。
それをしゃがんで避け、そのまま健の横腹に剣を向ける。
健は振った手を引き戻すと同時にバーミルの後頭部に肘を打ち付ける。
「ぐっ!」
頭を揺らされ、そのまま健の背後へと一歩踏み出してしまう。
もちろん剣を届かせる事は出来ない。
「はぁああ!!」
しかし踏みとどまったバーミルは振り向きながら健の背中に向かって突きを出す。
「なっ?!消えた?!」
小波。健の歩法によって目の前で見失うバーミル。
健は既にバーミルの背後に回っている。
バーミルの首筋に向かって横薙ぎ。
天性の勘と言うよりは経験から来る危険察知能力と言う方が言葉としては近いだろう。
バーミルは両足を縦に床と水平に開く事で姿勢を落とす。
バーミルの髪の先を健の木剣が触れ僅かに切り落とす。
バーミルはその体勢から左手を床に叩きつけ、逆立ちの様な格好になり、そのまま足を健の顎へと向かわせる。
「また消えっ?!」
小波で消えた健。虚しく空を蹴る。
腕を使い空中に飛び上がり、着地、直立姿勢に戻ると同時に目の前に木剣を突き付けられる。
「ま……参りました。」
「…………」
「…………」
「凄……」
「凄すぎですって!!」
「なんですかあの動き?!」
「バーミルさんの動きだって凄かったですわ!まさか背後からの攻撃を避けるなんて!」
六人が一斉に騒ぎ出す。
「いやー!強いなぁ!バーミルは!」
「なにをおっしゃいますか。まだまだケン様に本気を出させるには至りませんでした…」
「いや、凄いって。正直今まで戦った中で一番強かったよ。バーミルだって魔法を使えばもっと凄かったろ?」
「身体強化に全て使っていましたので同じ事です。」
「バーミル。」
「はい!マコト様!」
「強くなったな。」
「……ありがとうございます……」
はっきり言って期待以上だった。
全力では無いにしても健にあの歩法を使わせ、尚且つ一度避けたのだ。
「さて。どうだった?」
「凄かったですわ!」
「わ、私にも出来ますか?!」
「落ち着け落ち着け。
バーミルはずっとダークエルフの村を守ってきた戦士だ。恐らくその剣術はこの国でもトップクラス。強さは見ての通りだ。せっかくならこのバーミルからも教わりたくないか?」
「マコト様?!」
「良いんですか?!やった!!」
「わ、私にはその様な事は…」
「バーミルさん!よろしくお願いします!」
「ま、マコト様…」
「よろしくお願いします!」
「だってよ?」
「う、うぅ……」
かなり困っていたが無理矢理引き込む。
健の教えは確かに素晴らしいが、もう少し近い実力の奴が相手の方が良いという事もある。
それに毎日同じ相手より良いだろう。
元々はラキトリ達の依頼だが、こうなったら全員に修練させる。
残念ながらヒュールとキャラは剣術を使わないのでそれには当てはまらないが。
その代わりと言ってはなんだが、ヒュール、キャラには別の事をさせる事にした。
「ヒュール。調子はどうだ?」
「あ…はい…少しずつ…」
「そうか。頑張ってるみたいだな。」
「はい…」
「ヒュールはあの中には混ざれないからキャラと一緒に練習してもらおうかと思ってな。」
「魔法……はい。」
「キャラ。魔法の剣を出せるか?」
「はい。」
「安定して出せてるな。」
「ありがとうございます。」
「魔法の剣は、武器として作られる魔法剣と同様に魔法に直接関与する事が出来る。それはわかってるよな?」
「はい。魔法を斬れるという事ですね。」
「そうだ。もちろん相手の魔法より大きな魔力である必要性があるが、それは生成した後に維持する為の魔力量に上乗せして与えてやる事で調節出来る。」
「はい。」
「今のキャラならそれが可能なはずだ。やってみろ。」
「はい。」
手に持った炎の剣に魔力を込めると剣の全体的な大きさが増加する。
「出来ました。」
「よし。魔法で作られた剣の良いところは大きさ、長さ、形など自在に操る事ができる所にある。そして何より手に持たなくても良いという利点だ。」
「はい。」
「これを利用して戦う魔法兵もいなくは無いが多くない。何故か分かるか?」
「魔力の消費が大きいからです。」
「そうだ。だが、今キャラはそれを覆せる程度の魔力操作が可能になった。ならば使わない手は無いだろ?」
「…はい。」
キャラはゆっくりと火の剣を手放す。
宙に浮いた剣はまるで生きているかのように動き出す。
「良い感じだ。次はヒュール。」
「はい…」
「第三位攻撃魔法を使うんだ。」
「は、はい…ストーンっ?!」
「落ち着け。今のヒュールなら出来る。落ち着いてもう一度ゆっくりと魔法を作り出すんだ。」
「はい…………ストーンラッシュ!」
ストーンラッシュはストーンショットを複数個作り出して打ち出す魔法だ。今回の練習にはもってこいだ。
「よし。もう一度。次はキャラに向けて放て。
キャラ。その剣で全て落として見せろ。」
「はい。」
「いきます!ストーンラッシュ!」
「はぁ!」
キャラの剣が空中を舞い、石礫を切り落とす。
が、四つ目を切り落とそうと動いた時、突然ファイヤーソードが消える。
「くっ。」
「どうだ?難しいだろ。」
「…はい。魔法を維持しながらの操作となると…」
「魔力を込めすぎれば腕輪が反応してしまうし逆に少なすぎても消えちまう。これを闘技大会までにマスターしてみろ。」
「分かりました。」
「ヒュールだけじゃ手が足りないだろうから後でラキトリも合流させるからな。気を抜くなよ。」
「はい。」
早速練習を始めた様だ。
ヒュールの魔法はまだ安定して出せていないが、この練習を続ければ闘技大会には安定して出せる様になるだろう。
「くっ!!」
「それではダメだ。確かに一撃を避ける事は出来るが次に繋がらない。常に次に行う行動を頭に思い浮かべ、その行動へと繋げるにはどの行動が最善なのかを考えるんだ。」
「はい!」
嫌がっていたくせに面倒見が良いバーミル。かなり詳細に動きを指摘している。
バーミルに頼んだのは間違いではなかったらしい。
暫く様子を見た後、ラキトリをキャラの方へと移し、その日は一日訓練に明け暮れた。
「はぁ…はぁ……もうダメ……」
「いや。流石はマコト様の教えを受けているだけの事はある。ここまで耐えられる者は私の里にもそうはいないぞ。」
「バーミルさんにそう言われると嬉しいですわね!」
「私も…もう魔力が…」
「キャラ達もよく頑張ったな。よし、それじゃあよく頑張った皆にはご褒美だ。学食行くぞー、」
「あれ?学食は今日はやってませんよね?」
「良いから良いから。」
一団を引き連れて学食まで行く。
「な、なんですかこの香しい匂いは…」
「ちょっと知り合いの料理が上手い奴に頼んで作ってもらったんだ。」
「で、出来たての様に見えますけど…?」
「異空間収納が使えるからな。」
「異空間収納にそんな機能ありましたかしら…?」
「俺のは特別製なんだよ。そんな事より冷める前に食え!」
「良いのですか?!」
「俺の奢りだから遠慮してたら勿体ないぞ?」
「ありがとうございます!!」
いくつものテーブルに並べられた大量の食事を皆で食べる。
これだけ作らせたのだからポーチは灰となっていたが、まぁ金は払ったし許せ。
「美味しい!なんですかこれ?!」
「本当ですわね。」
「どうした?バーミル。お前も食べろよ。」
「良いのですか?」
「何言ってんだよ。早くしろ。」
「は、はい!」
夕食として出した料理は全て綺麗に皆の腹の中に消えた。
しっかり動いたから相当腹が減ってたらしい。
「た、食べましたわね…」
「また…動けば…大丈夫…」
「?!ヒュール?!私の事遠回しにデブって言ったのかしら?!」
「ち!違うよ…プリタニは…可愛い…」
「そ、そうかしら。ありがとうございますですわ!」
「うん…」
「その…ヒュールも可愛いのだから顔をあげなさいな。」
「あり…がと…」
「お前達は付き合い始めのカップルか。」
「ははは!」
「なっ?!うるさいですわ!!」
「まぁ仲良しでいい事だ。
そう言えばお前達は全員個人戦に出るのか?」
「もちろんそのつもりですわよ。」
「もちろん出ますよ。」
「この先の事も掛かってくる大事な行事ですからね。」
「パーナとピーカは?」
「私達は姫様の護衛がありますので。」
「え?わたしは出るつもりよ?」
「え?!姫様?!」
「だってせっかく頑張ったんだしどれくらい成長したのか知りたいじゃない。」
「で、ですが…」
「あなた達も出なさい。」
「私達もですか…??」
「正直気になっているのでしょ?自分がどれくらい強くなれたのか。」
「それは…まぁ…護衛をする者として常に自分の強さには興味がありますが…」
「まぁラキトリ含めて全員の動きを全教員で見てるから大丈夫だと思うぞ。もちろん俺達も見ているからな。」
「わ、分かりました。ではお言葉に甘えます。ですが、空き時間はしっかりと護衛に付かせて頂きますから!」
「それで良いわ。もし個人戦で当たっても手加減なんてしないでよ?」
「分かりました。」
「もちろんあなた達も友達とは言え手加減無用ですからね。」
「と、友達ですの?!」
「え?友達と思っていたのは私だけでしたか…?」
「あー。プリタニがラキトリ泣かせたー。最低ー。」
「なっ?!ちょっと!それくらいの事で泣かないで下さいな!」
「うぇーん!」
嘘泣き下手かよ。
「と、友達に決まっていますわ!」
「ありがとうございます!プリタニさん!」
「なっ?!泣いてなかったのですの?!卑怯ですわよ!!」
「でも本当に悲しかったのですよ?」
「うっ……わ、分かりましたわ!今回は水に流しますわ!」
「プリタニ。友達沢山でよかったな。」
「う、うるさいですわ!いつもいつも私ばかりからかって!マコト先生は意地悪ですわ!」
皆の笑い声が食堂に響く。
いつもよりずっと人気は少ないのに、何故か寂しさを感じないのはきっと彼女達のおかげだろう。
その日からは六人とキャラ、バーミルを含めて修練を行うことになり、バーミルはポーチの宿に一緒に泊まることになった。
そしてラキトリがクラス対抗戦への参加者を募ったところ、ジーゾナとその取り巻き三人が志願してきた。
あのリーシャをバカにした白髪の男子生徒だ。
別に断る理由も無いため受け入れたが、戦力としては見ていない。
恐らくは自分達の強さを見せつけたいのだろうが…正直まったく興味が無かった。
そして遂に闘技大会前日。
「ウッドソード!」
「ウォーターソード!」
「よーし。全員ほとんど完全に剣を作れるようになったな。授業後の特訓もバーミルが驚くくらいに成長した。まぁ最後まで二人には一本も入れられなかったが……ここまで諦めずに頑張った事は全てお前達の体が覚えてる。」
「ありがとうございます!」
「後は明日の闘技大会で悔いのないように全てを出し切るだけだ。」
「はい!」
「それじゃあ今日の授業後の特訓は伝えてある通り無しだ。しっかり休んで明日に備えるんだぞ。」
「はい!」
「じゃあ授業は終わりだ!解散!」
俺の号令で授業が終わると六人は食堂へと向かった。
今日は用事があるからと行かない事を伝えてある。
残ったキャラと共にシャーリーの部屋へと向かう。
「マコトだ。」
「どうぞ。入って。」
「忙しそうだな。」
「そうね。確かに忙しいわ。でもやっとこれで…一段落したわ。
さてと。座って。」
「あぁ。」
「早速話を始めるわよ。
まずはシャーハンド王に頼んでおくと言ってた件についてね。」
「兵はどのくらい出そうだ?」
「四分の一ね。」
「結構出してもらえたんだな。」
「まぁ一応は国の危機に繋がる可能性があるから無視も出来ないという事よね。」
「ならもう少し出してくれてもいいだろうに。」
「これが限界なのよ。」
「まぁ十分か。フルズの方は?」
「なるべく戦力を分散して広く守れるようにしておくとの事よ。妥当な所ね。」
「シャーリー達は?」
「私とポーチ、ボボドルで三角形になる様に街の端に行くつもりよ。どこにモンスターが来ても対処出来るようにね。
それで?そっちはどうなの?」
「とりあえずキャラは目標まで到達してくれたよ。Bランクのモンスター単体なら一人で撃破出来るはずだ。」
「よく頑張ったわね。」
「ありがとうございます。」
耳ピクピクしてて可愛い。
「それで?肝心の首謀者の話は?」
「残念ながら首謀者の特定までは至らなかったが、プリネラに候補地をいくつか出してもらった。」
「当日に魔法を発動させる為の位置という事かしら?」
「あぁ。ただ重要な情報だしどこから見られてるか分からない以上、場所は言えない。」
「聞いた所で任せるしかないから聞かないわよ。
もし事が起きたらあなた達がそこへ向かうのね。」
「まぁ何も起きずただのモンスターの気まぐれだったって話で終わればそれが一番なんだかな。」
「皆同じ気持ちよ。」
「そうだな…ポーチは冒険者に掛け合ってくれたのか?」
「もちろんよ。他の国とは違ってこの国の冒険者はエルフがほとんど。自国を守る為に立ち上がらない人は少なかったらしいわよ。ほぼ全員が参加。という事らしいわ。」
「それは有難いな…モンスター相手の場合はプロである冒険者の方が役に立つからな。」
「後は闘技大会の事よね。もしもの事を考えて闘技大会当日のこの辺りには、いつもの3倍の兵士が配置されるわ。」
「目立たないか?」
「目立っても良いのよ。それで二の足を踏んでくれればラッキーくらいにしか思っていないもの。」
「まぁモンスターが集まってくる中心地に突っ込んでくるバカはいないか。」
「そう言うことよ。」
「分かった。キャラは安全が確認されるまではラキトリの事を守ってやって欲しい。あれでも姫だからな。」
「分かりました。」
「ラキトリの安全を確保出来たら直ぐに不利な状況の前線まで行って手助け、落ち着いたら次の場所へ移動を繰り返してくれ。少しハードかもしれないが頼む。」
「分かりました。」
「状況に応じて俺達も動くけど基本は街にはいないと考えて欲しい。」
「分かったわ。」
「ふぅ……後は明日を待つのみか…」
「こちらからは何も仕掛けられないなんて凄く歯痒いわよね。」
「だな。待ってるしか無いってのは辛いな。」
「明日は何があっても必ず無事にこの国を守りきるわよ。」
「あぁ。もちろんだよ。」
シャーリーの憤怒とも思える程の強い目を見て、全員が頷く。
宿に帰るとポーチが食事を既に作って待っていた。
「あれ?どうした?」
「明日は大変な一日になるじゃろうからの。しっかりと力を溜めて貰わんといかんじゃろ?」
「気が利くねー!」
「誰にものを言うとるのじゃ。まぁ良い。」
「ポーチも明日は頼むぞ?」
「この国の二強、精霊の魔道士の名がどれ程のものなのかをしっかりと刻みつけてやるのじゃ。」
「頼もしいよ。」
未だにポーチが魔法を使う所を見た事が無いが、シャーリーと同等となると心配は要らないだろう。
素直に頼もしいと心から思っていた。
そして闘技大会当日が来た。
朝起きて支度を整え終わる頃、プリネラが戻ってきた。
「マコト様。おはようございます。」
「プリネラか。おはよう。とりあえず闇人形を渡しておくよ。」
「はい。」
「まだ動きは無いだろうけど気をつけて見ていてくれ。一人にしてすまないが…」
「私はその為にここにいるのですから気にしないでください。」
「するっての。絶対無理はするなよ。偵察だけだ。」
「はい。」
プリネラは俺の闇人形を持って見張りへと向かう。
気を引き締め、学校へと向かう。
いつもであれば学校の周辺に人などほとんど居ないのだが、今日は全く違っていた。
まだまだ開場には時間的に余裕があるのに既に多くの人が集まっている。
生徒達の邪魔にならないようにと兵士達が道を作っている。
「思っていたより凄いな…」
「ですね…驚きました…」
「エルフが楽しみにしている年に一度のお祭りですから。全国民が集まってきていると言っても過言では無い程ですよ。」
「学校の一番大きな闘技場だと裏手の建物だよな?あそこに全員が入るのか?」
「毎年立ち見でも入れるだけ入ってもらうのですが、少し溢れてしまう方々もいますね。ですから早くからこうして集まってしまうのです。」
「新しく大きな闘技場でも増築しないのか?」
「それ程大きな物となると色々と問題があるみたいですよ。」
「まぁそれもそうか…維持費とか人も入れなきゃいかんしな…管理しきれない可能性が高いわな。」
なるべく人目につかないように中に入る。
闘技場へと直接向かうと既に生徒達の半数は集まっていた。
「マコト先生!」
「お前は早いな。」
「しっかり寝たら早く起きてしまいまして…」
「はは。皆調子はどうだ?」
「万全です!」
「最高ですね!」
「そうか。そいつは良かった。バーミルも昨日は心配でなかなか寝付けなかったらしいからな。」
「ま、マコト様?!」
「あ、これは秘密だったか?」
「ありがとうございます!バーミルさん!」
「い、いや。うむ。頑張ってくれ。」
「はい!!」
「まずは個人戦だったな。参加者は全部でどれくらいいるんだ?」
「100人程度だと思いますよ。」
「そんなに少ないのか?」
「ほとんどの人は出場するとは言いましたが、それは最上級生である私達においてですからね。下級生達はあまり出ないんですよ。」
「まぁ相当な自信がないと出られないわな。」
「中には下級生も混じってはいますが数えられるくらいですね。」
「勝負はどうするんだ?」
「半分ずつに別れてこのコートの中で戦います。」
「50人でか?」
「はい。そこで4人になるまで戦って生き残ればそこからはトーナメント戦ですね。」
「なるほど、4人のトーナメント戦を2つ行って勝ち上がった一人ずつで決勝戦って事か。」
「はい。」
「なかなか厳しい戦いだな?」
「だからこそ価値があるのですわ!」
「それもそうだな。お、そろそろ集まるみたいだな。頑張れよ!」
「はい!」
俺達は監督者席に移る。
監督者席は観客席の下にあるのだが、シャーリーの取り計らいでその中でも特に周りの観客から見えにくい位置にしてくれたらしい。
「自分は参加しないのになんかこうワクワクするな!?」
「否定はしないけどいきなり叫んだりするなよ?」
「俺を野生の猿か何かと思ってるのか?!」
「似たようなものですよ。」
「辛辣!?」
「わ、私は分かりますよ!ケン様!」
「だよな?!」
「バーミルさん。良いのですよ。この筋肉バカに優しくする必要は微塵もありません。」
「酷いよー!」
「お、観客が入ってきたな。」
「凄い数ですね。」
ザワザワという雑踏と共に観客席があっという間に埋まってしまう。
暫くすると闘技場中心にある少し高くなったコートの上にシャーリーが登る。
「皆様!ご多忙な中よくいらしてくださいました!」
雑踏が消えてシャーリーの声がよく通る。
暫く定型文的な話が続き…
「それでは!只今より闘技大会を開催致します!」
大歓声が上がりシャーリーはコートを降りる。
次に教師のうちの一人が上がり予定やらルールやらを説明する。
個人戦ではコートから落ちても負け、教師が止めに入ったらその時点で攻撃を中断し勝敗は教師が決める。危ないと感じたら手を挙げて降参してもOK。降参した相手や教師が止めに入った後に攻撃を出した場合は失格で即退場となる。この行為はかなり厳しく見られるので今後の事にも響く。
クラス対抗戦はコートを取り除き最上級生たちのクラス全四組にて行われる。総当り戦で一組計三回の戦闘が行われる。
双方が両端からスタート。
どちらのクラスも旗を一つ陣地に持っていて、それを持ち帰れば勝ち。相手を全員降参させても勝ちだ。危険と判断した場合はこれも教師が止めに入る。
大体の説明はこんなところだ。
「それでは皆様!お楽しみ下さい!」
説明が終わるとまたしても大歓声。
まずは個人戦。
AとBのグループに別れて行われる。
Aグループにはパーナ、ヒュール、ビリダグがいる。つまりBグループにはラキトリ、ピーカ、プリタニがいるということだ。
Aグループの50人近い生徒達がコート上へと移動する。
コート自体はかなり大きめなのだが、さすがにこれだけの人数となると、隣の人とはかなり近い位置に立つことになる。
ビリダグとヒュールはかなり緊張しているらしい。
パーナは逆に全然緊張していなくて目を爛々と輝かせている。
こういう時はパーナみたいな性格は得かもしれない。
「それでは……Aグループ!始め!」
コート脇にいる教師の一人が開始の合図をする。
「ぐあっ!」
「きゃっ!!」
始まった瞬間に端にいた生徒達がいきなり落とされる。
コート脇にいる教師達が魔法で怪我をしないように着地させる。
開始数秒で10人はコート上から消えた。
「はぁあ!!!」
「ぐはっ!」
「うわぁ!」
パーナは近くの奴らを木剣で斬り付けて次々とコートから落としている。
因みに木剣とは言え強化魔法が付与されていて当たると木刀並に痛い。
パーナ無双が始まるかと思いきや、緊張していたビリダグとヒュールも動き出した。
最初を乗り切った事で少し緊張が解けたらしい。
「シャドウボール!!」
「なっ?!くそっ!」
「おらぁああ!」
「?!ストーンシールド!」
「おわっ!?」
ヒュールは受け身気味だが、それが逆に厄介らしい。
無理に突っ込んでストーンシールドに当たれば反動で場外へ落とされる。
ビリダグは積極的に第一位闇魔法であるシャドウボールを放って場外へと落としていく。第一位だから魔力も温存されるしいい手だ。
誰かが落ちる度に歓声や残念そうな声が上がる。
あれだけ居た人数も残り10人となっていた。
数分でここまで来たのだから展開はかなり早い。
しかし、10人ともなるとかなり広くコートを使える様になり落とすという事はなかなか難しくなってくる。
ここからが本番だろう。
見たところパーナ、ビリダグ、ヒュールはまだまだ本気を出していないし余裕がある。
他には青髪の男子エルフが剣術重視で、赤髪の女子エルフが魔法重視でそこそこ強い。
「ヒュール!負けてはなりませんわよ!」
「パーナ!頑張って!」
Bグループの連中も離れた所から応援している。
互いに見合っている状態だが、痺れを切らした一人の男子エルフが青髪男子エルフに突撃する。
「うぉおおお!!」
「甘い!!」
「ぐあっ!」
カウンターで腹に入った木剣で吹き飛ぶ男子エルフ。教師が止めに入り場外へと連れ出された。
「ファイヤーボール!」
「うわっ!」
赤髪女子生徒が打ち出したファイヤーボールをモロに受けた生徒の防御魔法が破れ、これまた教師が止めに入り場外へ。
「良いねぇ。いくよー!」
「?!ウォーターショット!」
「ストーンショット!」
パーナが走り出すと残った生徒のうち二人がパーナに向けて魔法を放つ。
友達同士だろうか。因みにタッグを組んだりするのも戦略のうちと禁止されていない。むしろ歓声が上がる程だ。
しかし、パーナにとってそれは驚異にはならなかった。
ドンッドンッ!!
魔法を華麗に躱して近付いたパーナに反応出来ず、強く押された二人は宙を舞って場外へと吹き飛ぶ。
「くそっ!」
「あー!」
悔しがっているが観客からは拍手も飛んでいる。
残りは6人。
「ちっ…仕方ない、行くぞ!!」
残った男子エルフが走り出し、向かった先はヒュール。
確かに今までの戦いを見ていれば防御魔法しか使っておらず、その防御に弾かれて場外へと落ちた生徒達。つまり場外へと飛ばされない様に気を付けていれば弱い。と思えるだろう。
だが、その考えは間違っている。
ラキトリと同等、もしくはそれ以上の魔法センスを持つヒュールの魔法は防御は見た通りだが、攻撃も尋常ではない。
「ファイヤーボール!!」
「ストーンシールド。」
走りながらの魔法発動。
剣術と魔法を上手く組み合わせている。
ファイヤーボールをストーンシールドで防いだヒュールに一気に近付いた男子エルフはストーンシールドを躱して木剣を突き出す。
ガンッ!
「なに?!二枚目だと?!」
ファイヤーボールを受けたストーンシールドの裏にもう一枚ストーンシールドを隠していて、それを使って木剣を受け止めたのだ。
「ストーンエッジ!」
地面から突き出した尖った石が男子エルフの魔法防御を一撃で粉砕しそのまま首元に伸びる。ストーンエッジは途中で動くのをやめたがその一手が男子エルフにとって決定打となっていたのは誰が見ても明らかだった。
「うっ……降参する。」
素直に負けを認めた男子エルフに観客席から拍手が送られた。
残りは5人。この中の4人がトーナメント戦へと進む事が出来る。
「あれはヤバいわね…」
ヒュールを危険と判断した赤髪女子エルフはヒュールから距離を取る。
まぁ堅実な判断だ。
誰かが動くのを待っている状態だ。
こういう時に動くのは…
「行くよーー!!」
パーナだった。
走って行ったのは青髪の男子エルフ。
「ちっ…」
それを見て構える青髪男子エルフ。
「はぁー!」
青髪男子エルフがパーナの攻撃を受けようと構えを取った瞬間。パーナの姿が全く別の方向へと曲がる。
「え?!きゃっ!!」
青髪男子エルフを狙ったと思わせ、気の抜けた赤髪女子エルフを狙ったのだ。
突然の事に反応出来ず、簡単に押し出されて場外へと落ちた赤髪女子エルフ。
「……やられたーー!!」
「そこまで!」
歓声が上がり4人に拍手が送られる。
「やりましたー!」
「ヒュール!よくやりましたわ!」
「うん…プリタニも…頑張って…」
「もちろんですわ!」
「続いてBグループ!」
教師の号令で待っていたBグループがコートに上がる。
「それでは…始め!!」
「フラッシュ!!」
始めの合図のすぐ後にいきなりラキトリの声が響く。
中心に位置どったラキトリが全員に向けてフラッシュを使ったのだ。
始まる瞬間に目を瞑っている生徒などいるわけが無い。ほとんどの生徒がそれに反応出来ず目を眩ませる。
魔法を使おうというラキトリの気配に気付き対策をした数人のみがコート上で完全な有利に立つ。
「ぐあっ!」
「うわっ!」
一瞬の閃光の後、次々と生徒達が場外へと落とされていく。
ラキトリはもちろんのこと、ピーカとプリタニは察知して対策した方の生徒だ。反応を見る限り打ち合わせの様な狡い手を使ったのではなく単純に反応出来ただけらしい。
他にも2,3人はいるみたいだが、その生徒達が場外へと落としているのだ。
Aグループとは全く違う始まり方。
因みに観客席の人達は少し離れているのでそれ程効果が現れず状況をよく分かっている。
最初の数秒で一気に半分近くが場外へと押し出された。
やっと目が直ったのか目を眩ませていた生徒達も攻撃を始める。
「おらおらぁ!」
「私だって!」
最初から先手を取られた為かなり全員が好戦的になり乱戦状態となる。
ピーカはかなり冷静に周りが見えていて一人ずつ確実に対処している。
ラキトリは最初の行動を隠すために敢えて乱戦の中に入り集中攻撃を避けて戦っている。賢いやり方だ。
プリタニは態度に似合わずかなり堅実に対処している。性格はしっかり者のお姉ちゃんだから合っているのかもしれないが。
「あいたっ!やりましたわね!」
流れ弾が頭に軽く当って声を出しているが、ちょっと抜けているところがきっと憎めない所だろう。
抜けてはいても実力は十分。難なく相手を減らしている。
乱戦に次ぐ乱戦で気付けば残った生徒は5人となっていた。
ラキトリ、ピーカ、プリタニ、黒髪の男子エルフ、そしてジーゾナだ。ガキ大将をやっているだけあって実力はそれなりにあるらしい。
「お前達をやるのは後だ。おらぁ!!」
ジーゾナは黒髪の男子エルフを猛烈に追い込み場外へと落とす。
聞いた所ではジーゾナは俺の授業を受けている6人を裏切り者としているらしく、トーナメント戦で一人ずつぶっ倒すと息巻いていたらしい。
クラス対抗戦でも6人よりいい成績を出し、公衆の面前で恥をかかせたいのだとか。
ガキ大将だ。
「終了ー!」
「早いな!」
「よくやったぞー!」
確かにAグループと比較すると三分の一以下の時間で終わってしまった。
これも勝負だと観客はそれすら楽しんでいる様子だった。そして少ししてトーナメント戦の発表がなされた。
Aグループは青髪男子エルフ対パーナ。ヒュール対ビリダグ。
Bグループはジーゾナ対ピーカ。ラキトリ対プリタニという事だ。
八人中ジーゾナを合わせて七人がエリートクラスである事がヤラセに見えるのではないかと思ったが、毎年そんな感じらしく特に気にしている人はいなかった。
それにしても綺麗に6人とも残る結果となった。
魔力の回復も兼ねて少し休憩を挟む。
「マコト先生!やりましたー!」
「当然の結果ですわ!」
「わ、私が…残れた…」
「皆よくやったな。まだ終わりじゃないんだから気を抜くなよ?」
「分かっています。」
「プリタニさん。全力でいきますよ!」
「もちろんですわ!絶対に負けませんわ!」
プリタニにとっては密かにライバル視していたラキトリとの直接対決だ。燃えないわけが無いだろう。
対するヒュールとビリダグは…
「お、お願いします。」
「こちら….こそ…」
互いにペコペコ頭を下げている。
なんかこういうおもちゃみたいで面白いな。
「それではここからは個人戦Aグループのトーナメント戦へと移ります!」
歓声がより大きくなる。
Aグループのトーナメント戦が始まった。
「まずは、今回唯一のエリートクラス外ランクイン!剣の腕は校内でもトップクラス!ジョリブ-ガードリード!」
青髪男子生徒がコートへと上がる。
どうやらトーナメント戦からは生徒の解説が入るらしい。シャーリーが隣に座っている所を見るとシャーリーも駆り出された様だ。
「良いぞー!」
「応援してるぞー!頑張れー!」
観客席からは応援の声が上がる。
「対するはパーナント-デリトリッヒ!女性でありながら他を寄せ付けないその剣技は見る者を魅力する!」
「皆さんどーもー!」
パーナがコートに手を振りながら上がる。
「シャーリー校長。この戦いをどう見ますか?」
「そうね。二人とも剣術に長けたタイプよね。派手な魔法合戦とはいかないかもしれないけど華麗な剣技の攻防が見所かしら。」
「さて!それでは位置について下さい!」
二人は木剣を構えて定位置に着く。
「始めー!!」
「行くぞ!」
ジョリブが一気に詰め寄る。
パーナの戦闘スタイルは基本的に前へ前へと出るもの。勢いに乗らせない為には仕掛けるしかないと考えたらしい。
確かにそれは正解の一つだ。こういうタイプは調子に乗らせると厄介だ。
「おらおらおらぁ!!」
「良いぞー!」
「いけー!」
何度も何度も繰り出される斬撃。
「ジョリブ選手!これは凄いラッシュだー!」
相手に攻撃させる隙を与えない戦法だ。
確かに以前のパーナならば割と窮地に立たされていたのかもしれない。
だが、バーミルの指導のお陰でかなり冷静に事を見ている様だ。
パーナは猪突猛進なタイプだったから相当バーミルに指導を受けて泣いていた。
バーミルも元々はかなり積極的に前に出る戦い方だったから自分と被って見えてしまい、危なっかしくて見てられないと言っていた。
「な、なんとー!?防戦一方に見えたパーナ選手が避ける!避ける避けまくるー!一撃も当たらなーい!!」
「くそっ!」
「ジョリブ選手苛立ちを隠せず更なる猛攻に出たー!!」
苛立った事でスピードも力も一段階上がったように思える。
それでもパーナは避け続けている。
無理矢理スピードと力を乗せた剣は実に読みやすく、単調な攻撃ほど避けやすい剣は無い。
「取ったぁ!」
焦っていたジョリブはパーナのわざと見せた隙に誘われる様に打ち込む。
誘われたとも知らずに打ち込んだ剣は容易く躱され、空を切った剣の勢いは止まらず体勢を崩すという結果を招いた。
完全に背後を取られ、受ける事も出来なくなったジョリブの首元に木剣が添えられる。
「……参った。」
負けを認める以外に道は無く肩を落として負けを認める。
「くそっ!」
勝負には必ず勝者と敗者が存在する。敗者に掛ける言葉という物はどこの世界でも無いのだろう。
盛大な拍手のみが届けられた。
「さて次の試合はAグループ第二試合目!
まずは超絶腰の低い黒髪剣士!ビリダグ-ストライナ!」
「ど、どうも。よろしくお願いします。」
ペコペコ頭を下げながら登場する。
実況も実況だが、ビリダグの腰の低さに会場から笑い声が響く。
「あはは!良いぞー!」
「やったれー!」
「対するは超絶シャイな女の子魔法使い!ヒュールプロダニカ!」
顔を真っ赤にして下を向きながらコートへと上がってくるヒュール。
「さてさて!消極的な性格の二人による試合ですが、どう見ますか?」
「今は二人とも心臓が壊れるくらい動いていそうね。」
「ビリダグ選手は魔法剣士、ヒュール選手は剣を使わない純粋なハスラーですが、このコート上での試合となるとヒュール選手は分が悪いのではないでしょうか?」
「そうね。普通ならそうだけれど、ヒュールさんは魔法を得意としていて学校でも1、2を争うハスラーよ。きっと皆さんをあっと驚かせるような何かを持っているでしょうね。
ビリダグ君は難しいと言われている闇魔法の使い手。しっかりと魔法を体得しているのであれば剣術と凄く相性のいい属性だから見ものね。」
「なるほど。接戦が予想される第二試合!位置に着いて!始め!!」
「ダークネス!!」
「ストーンシールド!」
開始早々にダークネスを使い相手の視界を奪おうとしたビリダグの魔法をストーンシールドによって打ち消す。
「やっぱり早いな…まだまだ!」
「ストーンエッジ!」
近付こうと足を踏み出したビリダグの足元から尖った石が飛び出してくる。
それを横に飛んで躱す。
「シャドウボール!」
「ストーンショット!」
互いの魔法がぶつかり合って相殺される。
しかしその魔法が完全に消えるまでの数秒間ビリダグがヒュールの視界から見えにくくなる。
一気に近付いたビリダグ。
「はぁー!」
「ストーンシェル!」
ガンッ!
自身の周りに作り出したストーンシェルによってビリダグの一撃は防がれる。
「ストーンエッジ!」
ビリダグの両脇から挟み込む様に伸びてきたストーンエッジを後ろに飛んで躱す。
ほぼ最初の位置と変わらない場所に戻る二人。
仕切り直しだろう。
少しして大歓声が上がる。
「なんという事でしょう!!消極的な二人からは想像も出来ないような攻撃と防御の応酬!激しい攻防が繰り広げられています!」
「すげぇ!なんだありゃ?!早すぎるだろ?!」
「どっちもレベル高すぎだろ!」
「俺はビリダグ選手を応援するぜ!」
「はっ?!何言ってんだこいつ!ヒュールちゃんに決まってんだろ!」
会場から色々な声が聞こえてきてビリダグとヒュールコールが入り交じる。
その間も激しい攻防を繰り返している二人。
どちらも一歩も引かない。
攻撃が繰り出される度に息を飲むような声や、残念そうな声、応援する声が発せられる。
二人だけでなく会場中がヒートアップしている。
「おーっと!いまのは惜しかったか?!ヒュール選手ギリギリで防御したー!」
ビリダグはそろそろ疲れてきている。ヒュールも魔力が減って辛くなる頃だろう。クラス対抗戦の事を考えるとそろそろ決着を付けたい所だろう。
一度離れた二人がそれまでの激しい戦闘を止めてピタリと止まる。
「おっと?!試合が止まりました!どう言うことでしょうか?!」
「互いに体力を考えると次で決めたい所。つまり最高の一撃を互いに出す為の準備。つまり次の一手で勝者が決まるわね。」
「なんという事だー!これは目が離せない!さぁ!どうなる!?」
シャーリーの解説によって会場中が打って変わってシンと静まり返る。
「…………」
「…………」
「ダークバインド!」
先に動いたのはビリダグ。今までずっと攻撃魔法を使っていたのはこの時のためだったのだろう。
敢えて攻撃魔法ではなくバインドを使ったのだ。
攻撃魔法が来ると思っていたヒュールは反応出来ずに捕らわれてしまう。
「はぁーー!!」
一気に距離を詰めるビリダグ。
動けないヒュールに木剣を振り上げる。
ガンッ!
「いつの間に?!」
ビリダグが振り下ろした木剣はストーンシールドに防がれる。
「ストーンエッジ!」
「しまった!」
横から伸びてきたストーンエッジを木剣で受けるが体ごと吹き飛ばされるビリダグ。
なんとか受身を取って無傷で終わるものの、木剣が中程から折れてしまっている。
「参りました。」
「おっと?!ここでビリダグ選手が負けを宣言!!怪我でもしたのでしょうか?!」
「ビリダグ君は魔法剣士。武器を折られた時点で魔法勝負になるわ。ヒュールさんの方が魔法合戦では上。素直に負けを認めたのね。」
「なんという事でしょうか!ここで決着ー!潔く負けを認める様を見て、最早誰も彼が腰の低いだけの剣士だとは思わないでしょう!騎士道に恥じぬ行いに会場からも賞賛の拍手が送られております!」
「危なかった…」
「流石はヒュールさんだ。僕じゃ1歩足りなかったよ。あのストーンシールドはどこから来たの?」
「最初の…シールド…空に浮かせてた…」
「……あはは!全然気付かなかったなぁ!」
「あれが無かったら…負けてた…」
「ありがとう。また挑戦させてもらうよ。」
「うん…」
何故かビリダグってヒュールにはあんまりオドオドせずに話せるんだよなー。意外にもこっちがベストカップルなのかも…?
「ここでAグループの勝者2人が出揃いました!
続いてはBグループの試合に移ります!まずBグループ最初の試合を彩るのは!
猛攻!攻撃こそ我が剣!ジーゾナ-イカルトシ!」
「全員ぶっ潰す。」
「対するは冷静沈着!青い剣士ピーカリシェ-トンドリン!」
「……」
「あの子可愛くね?!」
「だな!俺応援するぜ!」
「あのジーゾナって奴、さっきは凄い気迫で薙ぎ倒してたし期待大だな!」
「えー!私はピーカちゃん推しだなぁー!」
会場がザワザワと騒ぎ出す。
「ちっ。うるせぇなぁ。」
「……」
「まぁ良いか。
おい。トンドリン。まずはお前からだ。八つ裂きにしてやるよ。」
「………」
「ちっ。張り合いねぇな。」
「それでは両者位置について!始め!!」
「おらおらぁ!」
ジーゾナが木剣を片手に一気にピーカに近付き猛攻を仕掛けようと剣を振り上げる。
だが遅すぎる。手を抜いていたとは言え健とバーミルの剣速を延々と受け続けたピーカにそんなスピードの剣では止まって見える程だろう。
ブンッ!
間合いに入ったジーゾナの顎の先に擦る様にピーカの木剣が当たる。
「あ?」
痛みはそれ程無いだろう。だが、脳が揺らされた事で足の自由を奪われてその場に両膝を着いて正座する様に座り込んでしまう。
意識はハッキリしているのに足が動かない。
「そこまで!」
慌てて教師が止めに入る。
ピーカは一礼して外に出る。
「待て!おい!くそっ!まだ終わってねぇ!」
「そこまでだ!君の負けだ!」
「俺は負けてねぇ!」
教師を引き止めにも応じず負けを認めないジーゾナ。次第に会場からブーイングが出始める。
ビリダグとは真逆の、騎士道に反する行いに会場中が敵に回り始める。
それに気付いたピーカは足を止めてコートに戻る。
「……」
「落ち着け!」
「うるせぇ!俺は負けてねぇ!」
「…もう一度。」
「あ?!」
「もう一度…戦う。」
「い、いや。君の勝ちだよ?!」
「このまま騒がれると皆の迷惑。納得出来ないなら納得出来るように戦う。」
「はぁ?!くっそが!」
教師を無理矢理突き飛ばしてピーカの元へと再度向かうジーゾナ。
「おらぁ!!」
振り下ろした剣は虚しく空を切る。
ドガッ!
ピーカはガラ空きになった腹に蹴りを入れる。
「クソがぁ!」
何度も何度も向かってくるジーゾナはその度にピーカに蹴りを入れられる。
何度目か数えられない程蹴られたジーゾナはフラフラになり足元も定まらず、フラフラと左右に揺れ、遂には気絶してその場に倒れる。
「しょ、勝者ピーカリシェ選手!」
「先生。医務室へお願いします。」
「あ、あぁ。任せておけ。」
ピーカは一礼してコートを降りる。
拍手は鳴らなかった。
「良くやったなピーカ。」
「いえ…少しやり過ぎました。」
「あれぐらいやらないと倒れなかったろ。」
「……」
「ピーカ!」
「姫様。」
「大丈夫?」
「??
私は攻撃を受けていませんが…」
「ラキトリが心配してるのはピーカがあれだけした理由が分からないからだ。凄く怒ったとでも思ってるんじゃないのか?」
「違うのですか?」
「そう言う事でしたか。私は別に怒ってなどいませんよ。姫様。」
「では何故あそこまでしたのですか?」
「一つは単純に、騎士道に反する行いをあれ以上続けていれば姫様の通うこの学校の品位を疑われかねなかったからですが…」
「他の理由があるのかしら?」
「私は今回ケン様やバーミルさんに多くの事を学び凄く感謝しております。ですが、負けて悔しい気持ちが無いという事はありません。一人の騎士として、姫様の近衛兵としてのプライドがありますから。
ですが、自身の成長の為、相手への敬意のため、自分のプライドを折ってでも負けを認め受け入れなければならない時は必ずあります。それをしなかった彼は騎士とは言えません。
ただのゴロツキならば、上下を分からせるためにある程度痛めつける必要があると思いましたので。」
「簡単に言えばこれから先恨まれてヘタな行動を取られないように予防線を張ったんだ。
ピーカはラキトリの近衛兵だからラキトリへ迷惑が掛からない様にしっかりと芽を潰したに過ぎないんだよ。」
「そういうことでしたか…」
「ピーカが騎士として認められない相手だったから剣は使わなかったんだよ。」
「あれ?!気付いていないのは私だけでした?!」
「まぁヒュール以外は分かってたみたいだな。皆魔法剣士だし騎士としての心構えはあるから、なんとなく察してたみたいだな。」
「私は…びっくり…してただけ…」
「うぅ…私も一応魔法剣士なのに…」
「姫様は姫様ですから気になさる必要は無いですよ。騎士とは姫様を守る為にある物ですから。」
「友達の真意も汲み取れ無いなんて恥ずかしいわよ…」
「姫様…」
「落ち込んでないで、次はラキトリだろ?」
「…そうでしたね。行ってきます!」
「姫様!頑張って下さい!」
「さてさて!先程の試合はなかなか印象に残る試合でしたが!次の試合へと移りましょう!
Bグループ第二試合!!まずはこの人!
ロール髪の高飛車魔法剣士!プリタニ-テジノーラ!」
「誰が高飛車ですのよ?!」
「続いては皆さんお待ちかね!魔法を得意とする魔法剣士!我が国第三王女!ラキトリ-シャーハンド!」
「よろしくお願いします。」
「来ましたわね!ラキトリさん!」
「手加減無用ですよ!」
「もちろんですわ!」
「校長先生!この試合どうなるでしょうか?!」
「そうね。ラキトリさんは魔法が得意なので魔法で、プリタニさんは魔法よりは剣術が得意なので剣術で戦うのかしら?ラキトリさんは近付かれないように、プリタニさんは魔法を掻い潜って近付く、距離の奪い合いになるかしらね。」
「なるほど、魔法対剣術の構図となると予想するわけですね!では実際に見てみましょう!
それでは位置について!始めーー!!」
「行きますわよ!ウッドバインド!」
「当たりません!」
「ウッドショット!」
「はっ!」
バインドを飛んで避けた所に飛んできたウッドショットを木剣で叩き落とすラキトリ。
「ライトショット!」
空中で魔法を発動し、近付いて来ていたプリタニに放つ。
「ウッドシールド!」
「行きますよ!」
互いの魔法攻撃はダメージを与えられず、遂に互いの剣が届く距離へと肉薄する。
「はっ!やっ!」
「負けませんわ!」
互いに剣を避け、攻撃を繰り出す。
「これはー!凄い攻防だー!誰がこの展開を予想したでしょうか!?互いの剣術がぶつかり合うー!互角かー?!」
「お、おい…あれが第三王女か?」
「強いよな…?」
「私正直お姫様って弱いと思ってた…」
「あの相手の子も強いぞ!いけー!プリタニちゃーん!」
「負けるな姫様ー!」
会場がまたしても大歓声に包まれる。
「はっ!」
「っ?!」
やはりプリタニの方が剣術は上手。ラキトリは一撃を貰ってしまったらしい。
「ライトショット!」
「ウッドショット!」
互いがゼロ距離で魔法を放つ。
「くっ!」
「うっ!」
「おっと!!ゼロ距離での魔法行使!!これは互いに避けられない!!」
剣の攻防の最中の魔法。まだ拙い部分は多いがある程度様にはなっている。
その距離での魔法攻撃の応酬となるとまだ二人には防御出来ない。
互いに攻撃を受けながらの攻防。少しずつ魔法防御が削れていく。
かなりの接戦に会場中が沸き立つ。
「はぁ!」
「やぁ!」
互いが木剣を振り下ろす。
バキッ!
重なり合った木剣が衝撃に耐えられずどちらも粉々に吹き飛ぶ。
「なんと!!木剣が二人の気合いに負けて砕け散ったー!!!」
「ライトショット!」
「ウッドショット!」
距離を少し離して今度は魔法合戦。
使っている魔法はそれ程高い威力は無いが、スピードが速い。
「なんという接戦!!今までの闘技大会史上でも記憶に残る一戦となっているぞー!
剣が砕け散ったというのに次は魔法合戦だー!」
「ウッドソード!!」
「ライトソード!!」
互いに再度魔法で作り出した剣を振り下ろしコート中心で鍔迫り合いの形となる。
「魔法合戦かと思いきやまたしても剣術かー?!」
「はぁー!」
ラキトリの持っているライトソードに魔力が上乗せされる。
「っ?!」
ウッドソードごと切り裂かれ今度はプリタニが一撃を貰ってしまった。
「剣術ではプリタニ選手が、魔法ではラキトリ選手が一枚上手か?!」
「負けるなー!」
「頑張れー!!」
会場中が今日一番の熱を放つ。
バーミルに至ってはどちらも応援しているためどうしたらいいのか分からずアワアワしている。完全に見入っている様子だ。
健でさえ少しうずうずしてしまっている。
「はぁ…はぁ…流石はラキトリさん…強いですわ…」
「はぁ…はぁ…プリタニさんだって…」
「負けませんわ!!」
「私だって負けません!!」
「行きますわよ!ウッドランス!!」
「?!」
プリタニの手元にかなりしっかりしたウッドランスが現れる。
密かに練習していたらしい。ここで使ったのは敢えてだろう。
「はぁーーー!!!」
「私だって!!ライトソード!!!」
ラキトリの手元にはライトソードが二本。こっちも密かに練習していたらしい。
互いの距離が縮まる。
「はぁ!!」
プリタニが槍を突き出す。
「っ!!」
ラキトリはライトソードで槍の軌道をギリギリでズラす。
甘かったのか腕を掠め、顔を歪めるが、ランスを弾き、懐に入った。
「やぁーー!!!」
胴にライトソードが当たる。完全なる一本だ。
「くっ!!」
魔法防御が破壊される。
「……ま、負けですわ…。」
「勝者ラキトリ-シャーハンド!!」
会場が揺れる程の拍手と大歓声。
「二人とも見事だった!感動したぞ!」
「バーミルさん!ありがとうございます!」
「プリタニも。落ち込むなよ。凄くいい試合だったんだ。」
「……」
「プリタニさん…?」
「私は…」
「??」
「私はずっと貧乏な家で育ちましたわ…沢山の兄弟達や両親と…そんな家の出ですからいつも見下されないようにと気を張っていましたわ…
ラキトリさんの事を勝手にライバルと決めつけて、迷惑に感じたかもしれませんわね…でも、本当に今日は楽しかったのですわ。負けて凄く悔しいけど…次は絶対負けませんわ!!」
「……私も…私も楽しかったです!凄く!
ギリギリで勝てただけなのは私がよく分かっています。間違いなくプリタニさんは私の友達であり、ライバルです!迷惑なんて有り得ません!
ですが、次も私は負けません!」
「望む所ですわ!」
二人は少し見合ってから笑い、握手をした。
きっとこの二人はこれから先も互いを高め合う良いライバルとして、そして良い友達として続いていくのだろうと思えた。
「さてさてー!それではこれよりAグループの勝者を決める試合へと移ります!
まずは剣術勝負を見事勝ち抜いたパーナ選手!
対するは得意の魔法で勝ち抜いたヒュール選手!校長先生、これはわかりやすい構図ですね?」
「そうね。剣術対魔法。距離を詰められるか、詰めさせないかの試合ね。」
「ひゃー!ヒュールさんと戦うのかー!頑張らないとー!」
「お、お願い…します。」
「こちらこそ!」
「それでは……始め!」
合図とともにコートを素早く駆けるパーナ。
「ストーンエッジ!」
地面から出てくるいくつものストーンエッジを華麗なステップで避けるパーナ。
魔法勝負では勝てないと分かっているからこそパーナは魔法を捨てて近付く選択をしたのだろう。
ヒュールはもちろん近付かれないように惜しみなく魔法を連発する。
多少の被弾は覚悟の上なのか体を掠めても距離を詰める事に集中している。
「っ!!ストーンラッシュ!」
ヒュールのストーンラッシュがパーナに襲い掛かる。
一発でも直撃したら隙を作り、確実に距離を離されてしまう。
「ストーンエッジ!」
しかも逃げ道を塞ぐ様な攻撃。
「上手い!これはパーナ選手絶体絶命か?!」
「はっ!!」
パーナが気合いを入れると、突然パーナの移動スピードが上がる。と言うより前に飛びだしたと言った方が正しい。
木剣を正面に構え、ストーンラッシュを必要最小限で叩き落としながら直進する。
普通ならば後ろへ下がって避けるか防御に徹するか、どちらかだろう。
ここで敢えて前に出るという選択肢はある種賭けだ。
一発でも被弾したら直進しているスピードと合わさって致命的な一打になる。
それを恐れずに前に出るというのは普通は難しい。というかほとんどの人にはまず無理だ。
もちろんヒュールもそう思っていた。
その裏をかいてなのか、それともただの猪突猛進なのか、どちらにしてもヒュールの虚を突いた行動だった事に違いはない。
そして何より決定打を負わずに抜けられる実力を備えていた事が驚きだった。
「パーナ選手抜けたー!!まさかの正面突破だー!!」
パーナの動きを見た観客から歓声が上がる。
「ストーンエッジ!!」
しかしその動きにギリギリで反応したヒュールがストーンエッジを唱える。
ヒュールの目の前に出てきたそれはパーナを倒すには十分な威力。
突進してくるパーナにも効果的な一手だった。
観客が息を飲み、勝負ありだと思っていた。
「ファイヤーボール!!」
突然の火球。
パーナはずっと剣術のみで戦ってきて、誰しもが剣術のみを使う選手だと思っていた。
ヒュールでさえ追い詰められて焦った事でこの攻撃を予想出来なかった。
パーナは剣士ではなく、魔法剣士だという基本的な情報が抜け落ちていたのだ。
「きゃっ?!」
威力は無いがヒュールの体勢を崩すには十分な一撃。
ストーンエッジを掠めながらもなんとか捌き、迫ったパーナの剣がヒュールに突きつけられる。
「……参り…ました…」
「うぉーー!!!」
会場中から拍手と歓声。
「勝者が決まりましたー!!パーナント選手!最後まで押し切ったーー!!」
「ヒュール!大丈夫ですの?!」
「うん…パーナさん…加減してくれた…から。」
「ごめんね。使う気は無かったんだけど余裕なくて!」
「いえ…勝負…ですから…」
「いやー!強かったー!」
「もちろんですわ!」
「なんでプリタニが誇らしげに言うんだよ。」
「うっ…」
「残念…だけど…また頑張る…」
「再戦宣言かー!受けて立ーつ!」
「そ、そんな…つもりじゃ…」
「続いては会場中を黙らせたピーカ選手!
そして壮絶な接戦を勝ち抜いたラキトリ選手だー!」
ヒュールの声はアナウンスにかき消されてしまったらしい。
「校長先生!」
「姫様と本来なら護衛のピーカさんが戦うなんて面白い試合ね。どちらも冷静に周りを見るタイプだからどちらが上手く裏をかけるかの試合になりそうね。」
「それでは位置について!始めー!!」
「姫様。行きます!!」
やりづらいだろうが、ピーカは全力で向かっていった。ラキトリの手加減無用という言葉通り意気込んでいる。
「ウォーターショット!!」
右手に木剣を持ち、左手でウォーターショットを何度も細かく撃ち出す。
手数で押し切る作戦だろう。
恐らくは大きな魔法を打たせない為の策でもある。
しかしそれは単純にして唯一正解の答えとも言える。
ハスラー、もしくは魔法剣士を相手にした時、近付くよりも警戒すべきは相手の大ダメージを出す魔法だ。
剣術は近付けた時に魔法を超える強打を放てるが、近づけなければただの的。
パーナが無理にでも前に出たのは近づけなければ負けると分かっていたからだ。
しかし基本的になんの策も無しに突撃するのはリスクが高すぎる。
トラップ系魔法がある可能性も十分あるし、ここが本当の戦場であれば伏兵も警戒しなければならない。
そんな敵地に颯爽と乗り込んで勝てる奴はまずいない。
実戦を想定して、というより実戦である護衛任務に着くピーカがその状況を想定していないわけがない。
そんな時に取れる策でも効果的でリスクが少ない方法がこれだ。
大きな魔法を使うにはそれだけの魔力を操作しなければならないし時間が掛かる。
だからハスラーは後衛にいてその時間を前衛が稼ぐのだ。しかし、そこに飛び道具や細かい魔法が降り注いだら魔力を操作する所ではない。
それは経験を積んだからといって1ヶ月そこそこで対処出来る様なものでも無い。つまりラキトリにこの状況を打破する手はほどんど無い。
「くっ!ライトシールド!」
「まだまだ!ウォーターショット!!」
「先手を取られたラキトリ選手!防戦一方だ!!」
確かにラキトリは強い。正確には将来強くなるだろう。だが、護衛であるパーナとピーカは恐らくは小さな時からずっと姫様を守る為にあらゆる努力を惜しまなかったはずだ。
それ程の努力を前に少し努力をしたからといって簡単に追いつけるものでは無い。
確かに魔法に関してはラキトリの方がセンスもあるし上手だろう。だが、そんな相手を前にしても姫様を守らねばならない二人には自分より優れた者との対決を想定する事はごく自然なこと。つまりピーカにとってラキトリは想定の範囲内の相手なのだ。
決着はそれ程遅くはなかった。
「ら、ライトソード!!」
「ウォーターショット!」
「うっ!」
「はぁ!」
「ライトシールド!……?!」
「フェイントです。」
ライトシールドを作り出したラキトリの視界から消えた一瞬に背後へ回ったピーカ。
「参りました。」
素直に負けを認めるラキトリ。
「な、なんということでしょう!!あれ程の魔法を使いこなしていたラキトリ選手が手も足も出ないー!」
ラキトリを護衛する。その上でラキトリの性格、癖等本当に些細な事でさえ頭に叩き込む二人から一本を取るのは相当に難しい。
簡単に決着が着いた様に見えるが、ピーカも魔力を相当失っている。
だが、きっと今何度やってもラキトリは負けるだろう。
それ程に二人の姫様への忠誠が厚いものという証拠でもあるのだから。
どこかスッキリした顔で戻ってくるラキトリ。
「負けました!」
「……」
「お疲れ様。やっぱりラキトリの護衛は強かったな。」
「はい!私もまだまだ頑張らないとです!」
「それが分かったなら十分な収穫だろ。」
「はい!パーナもピーカも。これからもよろしくね!」
「もちろんです。」
「任せてください!」
「それではこれより暫く休憩に入ります!」
アナウンスと共に会場から緊張感が抜けていく。
「昼休憩か?」
「はい。昼休憩の後、個人戦決勝。その後クラス対抗戦ですね。」
「じゃあ飯にするかー。」
「またあの素晴らしい料理ですか?!」
「作って貰ってきたぞ。」
「ありがとうございます!」
競技中だし量は少ないが、大丈夫だろう。
「それにしても予想以上の盛り上がりだな。」
「今年は例年よりも盛り上がっている気がしますね。」
「そうなのか?」
「いつも盛り上がるのは盛り上がるのですが、今日はかなり熱狂的に応援してくださっている気がします。コートの上だとそう感じるだけかもしれませんが…」
「まぁ盛り上がる分には構わないし良いだろ。それにしても皆頑張ったな。ラストはパーナとピーカの試合か。」
「ある意味一番戦いにくい相手ですね。」
「毎日手合わせしてお互いに癖やスタイルを完全に把握しちゃってるからねぇ。」
「小細工も何も無いよな。そう言う相手だと思いっきりぶつかるしかねぇだろ。」
「ケン様が仰る通りですね。ただただ全力で戦ってきます!」
「おぅ!……って?バーミル?どうした?さっきから黙って?」
「……よくぞ!よくぞ頑張ったな!皆!私は…私は感動したぞ!」
「まだ終わってねぇから!落ち着けバーミル!」
「こ、これは申し訳ございません!」
「ったく…」
「ははは!」
和気藹々と食事をとり、お腹の具合が馴染んできた頃、アナウンスが再開する。
「皆様!お待たせしました!これより後半戦を行います!!
まずはー!個人戦決勝!!
Aグループを勝ち抜いてきたのは!卓越した剣術が光る情熱の魔法剣士!パーナント-デリトリッヒ!」
「パーナちゃん頑張ってー!」
「応援してるぞー!」
「続いてBグループを勝ち上がったのは!
冷静沈着!会場すら黙らせるその強さに多くの人が虜にされてしまった!
ピーカリシェ-トンドリン!!」
「ピーカちゃん負けるなー!」
「やっちまえー!」
「校長先生!」
「この二人は幼少期から互いに何度も戦ってきた言わば戦友。互いの事を知り尽くしているが故に、小細工は通用しないわね。」
「つまり真正面からのぶつかり合いになると?」
「えぇ。今日一番の決勝に相応しい試合になると思うわ。」
「校長先生も期待する決勝戦!これは瞬きすら出来ない!さぁ!両者準備が整った様だ!
個人戦決勝戦!位置について!始めー!」
合図とともに互いが中央へと走り出す。
カンッ!
互いに打ち付けた木剣が会場内に音を響かせる。
「今日こそ私が勝つ!」
「それはこっちのセリフ。」
カンッ!カンッ!
互いに一歩も譲らない剣術の攻防。
烈火のごとく仕掛けるパーナに対し、着実に攻撃と防御を行うピーカ。
試合開始早々に会場中から大歓声。
この二人はいつも手合わせしているが、勝ったり負けたりして未だにどちらも勝ち越していないらしい。
「うぉおお!!」
「パーナ選手!攻める攻める攻めるーー!!」
「いけぇーー!!」
「はっ!やっ!」
「パーナ選手華麗に捌く!そして鋭い攻撃だー!」
「やれぇーー!!」
「ファイヤーボール!」
「ウォーターショット!」
魔法を出すタイミングもほぼ同じ。
ゼロ距離で出した魔法がぶつかり合い互いの中心で蒸発し爆発する。
爆発から逃れた二人。距離が離れた所で即座に魔法攻撃。
「ファイヤーボール!」
「ウォーターショット!」
互いにゆっくりと近付きながらの魔法合戦。
「凄い!これは凄いー!なんという戦いだ!いつの間にか私まで拳を握ってしまっているー!」
しかしどの攻撃も全てが尽く互角。
二人の間で魔法が何度も弾ける。
その度に会場中がどよめく。
そして互いの距離が再度剣の間合いに入った。
「ファイヤーソード!」
「ウォーターソード!」
木剣を片手に持ち、魔法で作り出した剣をもう片方に。
「ここまで考える事が一緒なんてね。」
「流石は幼なじみだね。」
「ここで両者魔法で剣を創造!どうなるでしょうか?!」
「はぁー!」
「はぁー!」
猛烈に打ち込み合う二人。
「これは激しい戦いだー!」
魔法の剣がぶつかり合い、火の粉と水滴を飛ばし、木剣がぶつかり合い高い音を響かせる。
会場は今日一番の盛り上がりを見せ、観客は総立ち。
互いに防御を捨てた激しい戦いだ。
「っっっ!!パーナ!ピーカ!頑張れーー!!」
バーミルさんは最早この催しの虜になったらしい。
「はぁーーー!!!」
「はぁーーー!!!」
魔法の剣が一層激しくぶつかり合う。
火と水が混じり合い、水蒸気となり爆発する。
二人の姿が見えなくなる。
「こ、これは?!どうなったのでしょうか?!」
水蒸気が晴れてくる。
パーナはピーカの首元に木剣を突き付けている。
そして、ピーカはパーナの首元に木剣を突き付けていた。
「ま、まさかの引き分けだぁーーー!!!」
「うぉおおおおおー!!!」
地震かと言う程の歓声。
「今年の優勝はパーナ選手とピーカ選手のものだーー!!」
「引き分けってあるのか?」
「闘技大会が始まった年に一度だけあったと聞きましたね。」
「やっぱり珍しいのか?」
「実はその試合ってパーナとピーカの父親の戦いなんですよ。」
「……あっはっは!傑作だな!」
「父親の代からずっと引き分けなんて…どれだけ仲がいいのでしょうね?」
「くっくっくっ!」
2人が帰ってくる。
「くっそー!あの時もっと強く押してたらー!」
「それこそいい的。すぐに撃ち落とす。」
二人を拍手で迎える。
「お疲れ様!二人共凄かったわ!」
「流石はラキトリさんの護衛ですわね!」
「あ、ありがとうございます。」
「いやー!凄かったぞ!私まで力が入ってしまった!」
「バーミルはずっとだろ。」
「マコト様?!それは言わないでくださいよ!?」
「あはは!」
個人戦はこれで終わりだ。未だ熱の残る会場からコートが撤去されていく。
「さて。次はクラス対抗戦だな。」
「はい!」
「一応俺が監督者って事になってるけどまぁ好きにやればいいぞ。個人戦とは違う事とか、どうすると良いのか、とかはここまでに十分教えてきたからな。」
「はい!!」
「んー…でもそれだと気合い入らないし…
確かこのクラスってエリートクラスだったよな?」
「は、はい…何か嫌な予感が…」
「エリートなんて言われてるんだし負けるなんて事は天地がひっくり返っても有り得ないだろうけど、もしも、もしも負けたりしたら先生達による地獄のフルコース特訓を全員に受けてもらうかな。」
「み、皆様!絶対に優勝しますわよ!!死んでも負けてはなりませんわ!!」
「そうですね!負けたら死にます!」
「うぉおおおおお!!!」
「今日一番の気合いだな。良かった良かった。
あ、ちなみに横で不貞腐れてるジーゾナとその仲間達。君達も対象だからね。」
「はっ?!なんで俺達がそんな事をしなきゃならねぇんだよ!」
「俺が監督者だからだよ?」
「……ちっ…勝てばいいんだろ勝てば。」
「何あいつ。感じ悪っ。」
「貴様ら…」
「はいストーップ。バーミルは下がってなさい。まったく血の気が多いんだから。
まぁ勝てば問題無いよ。ただ、あんまり皆の足を引っ張らないように頑張ってな。」
「はあ?!」
「それではクラス対抗戦を始めます!」
「ちっ…覚えてやがれ。」
あれだけボコボコにされても折れないってのはある種天才なのかもしれないな。
クラス対抗戦は総当り戦。計三回の戦いで最も勝利数の多かったクラスの優勝だ。
ラキトリ達はAクラス。
最初はAクラスとBクラスが戦うらしい。
両クラスが端にある自陣地の旗に集まる。
「俺が全部ぶっ潰して来てやるから黙って見てろ。」
ジーゾナ君は未だ自信に満ち溢れているらしい。
それとも横にいる取り巻きの子達に対する強がり。かも?
「それではー!始めー!」
ジーゾナが先陣を切って走り出す。
「うぉおおおお!!」
例えばここが戦場だとして、突出した兵士がどの様な末路を迎えるのか。個人戦よりも数段戦場の環境に近いクラス対抗戦の結果を見ればよく分かる事だ。
一言で言えば遠くから魔法を打たれ、防御している間に取り囲まれ、滅多打ち。
「ちっ!この!卑怯だぞ!」
いや。卑怯ではなくこれはチーム戦。一人相手にわざわざ一人で行く必要性は皆無。
「はっ!」
「やっ!」
パーナ、プリタニ、ビリダグがそこへ突撃。
相手は六人。
ジーゾナを囮に……もとい。ジーゾナを助ける為に六人を包囲するように三角形に配置する。
バキッ!べキッ!
「ぐあっ!」
「がっ!」
相手の剣士との実力差は大きい。二人いようと彼女たちの敵ではない。
あっと言う間に六人を倒し、パーナがジーゾナの首根っこを掴んで後ろへと放り投げる。
「邪魔!引っ込んでて!」
「うぉ?!」
「皆様!お願いしますわ!」
「任せて!」
後ろに控えていたピーカ、ラキトリ、ヒュールによって放たれる高密度の魔法。
なんとか展開したシールドをぶち破り全員が吹き飛ぶ。
「そこまでーー!!」
まぁ予想通り圧倒的な勝利になった。
「まったく…まだ分かんないの?あんた弱いから下がってなって。」
「なっ?!なんだと!!」
「ピーカにあれだけボコボコにされたのに言わなきゃ分からないわけ?みっともないよ?」
「っ?!!!」
ワナワナと震えるジーゾナ。
「クソが!!」
遂に手に持った木剣を振り上げた。
ブンッ!
その瞬間に倍以上のスピードで首元に突き付けられる木剣。
パーナの目は完全な殺意を纏っていた。戦場の、護衛としての目だ。
「マコト様を侮辱した時点で皆頭に来てるんだよ。これ以上好き勝手やるつもりなら今すぐ殺すよ。」
「っ!!」
「パーナ。お止めなさい。」
「はっ。」
ラキトリの一言で首元から離される木剣。
「ジーゾナさん。」
「な、なんだよ…?」
「私達には貴方の事などどうでもいい事ですが…」
「なんだと!?」
「ですが。もしもう一度私の友達やマコト様達を馬鹿にする様な言動をした場合は貴方を完全に敵として認識させていただきます。」
「……」
「お忘れなき様。」
ラキトリのあれ程の冷たい目を引き出せる奴も少ないだろう。それでもまだ敵として見られていないなら優しい方なのかもしれない。
俺がフィルリアやシャーリーの事を同じ様に言われてたら既に敵として対処してるだろうし…
「なんなんだ!あの生徒は!まったく!」
バーミルも同感らしい。
「先生!勝ちましたわ!」
「おぉー。よくやったな。」
「次も勝ちますわよ!」
「………」
良い先生ならここでジーゾナを励ましたりするのだろうか?
残念ながら俺にはそんな甲斐性はない。自分の行いが自分を苦しめる結果になったとしてもそれは自己責任。自業自得というやつだ。
シャーリーやフィルリアは俺の事を優しいというが、それは特定の人に向けられた物であるだけだ。
基本的には冷たい人間だと自分でも思うし、ここに来てから何人も殺しているし、そう健達にも言った。
それでも何も思わない。感じない。ただこの世から気に食わない奴が消えただけ。そう思うくらいだ。
きっと昔の事を思い出したから…いや。多分俺はずっとそう言う人間だったのだろう。別にそんな自分が嫌なんて思っていない。ただ、俺が死ぬ時はきっと苦しんで死んでいくのだろうと思う。
「真琴様。」
「ん?」
「私達が着いています。」
「い、いきなりどうしたんだ?凛。」
「いえ。なんとなく…伝えたくなりまして。」
「……そうか。ありがとうな。」
「いえ。」
クラス対抗戦は順調に進んだ。
ジーゾナ達はほとんど何もしていないのに…というかさせずに試合は直ぐに決着した。
人数的不利をものともせずに勝ち抜き、あっさりと優勝してしまった。
「マコト様!やりました!」
「おめでとう。」
「もっと気の利いた事が言えないのですの?」
「ふむ。プリタニはいっつもどっか抜けてるから気をつけないとな?」
「なっ?!そう言う事ではありませんですわ!」
「あはは!」
「……真琴様。」
俺の脳に直接プリネラの声が届く。
「動いたか?」
「はい。街の西側です。」
俺の闇人形は相互交信が可能だ。テイキビでの一件がヒントになった訳ではなく、元々そう言う魔法だと思っていたからだ。
元の世界では声を送れて送られる事の出来る機械を当たり前に使っていたのだから、片方しか送れないという事の方がむしろ違和感がある。
「何人だ?」
「20人はいます。」
「多いな…」
「魔法の行使に入っています。止めますか?」
「……」
止めたいのは山々だが、相手の実力も何も分かっていない状況でプリネラを送り込むのは危険過ぎる。
「いや。ダメだ。」
「良いのですか?」
「その為に準備をしてきたんだ。逃さない様に見張っててくれ。頼むぞ。」
「はい。」
「マコト様…?」
「ラキトリ。すまないが祭りはここまでだ。」
「??」
「シャーリー!」
俺の声にシャーリーの顔が引き締まる。
「どう言うことですの?」
「良いか。よく聞くんだ。一度しか言わないからな。」
「…はい。」
「今からこの国は大混乱に陥る事になる。モンスターがこの国を包囲するように集まってきているからな。」
「ど、どう言うことですの?!」
「悪いが説明している時間はない。校長先生の話をよく聞いて動くんだ。」
「マコト様。」
「キャラ。後は頼んでいいか?」
「お任せ下さい。」
「よし。バーミル。行くぞ。」
「はっ!」
俺達はラキトリ達の疑問の残る顔を残して闘技場を出る。
アナウンスでシャーリーが説明をしている声が聞こえてくる。
観客を含めて避難の手筈は整っている筈だ。
街の事は任せて大丈夫だろう。
西へと走りながらも情報を共有する。
「相手は何人だ?」
「プリネラが確認出来ただけで20人はいるらしい。」
「確かに一人で相手するのは大変な数だが…少なくないか?」
「一国を落とそうと言うのにそれだけの数では足りない気がしますね。」
「恐らくそれだけじゃないだろうな。プリネラは見つけるよりも見つからない方に集中してもらっているしそれ程広くは見られていないだろう。」
「山に広がって配置されているという事ですね。」
「あぁ。つまり、こういうことだな。」
俺達の目の前には黒いローブに身を包む5人の人影が現れる。
「まだ山にさえ入っていないのに…」
「ここから目的地までこの調子だろうな。」
「ちっ!流石に時間が掛かるぞ?!」
「街の事はシャーリー達に任せるんだ。俺達は報告が行かないように誰も逃がさず完全に仕留める事に集中するぞ。」
「はい!!」
「そんじゃ行きますかね!!」
「父の仇…討たせてもらうぞ!!」
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「キャラさん。これは一体どう言うことですの?」
「校長先生が今から話す。」
「皆様!ただいま入った情報をお伝えします!!どうか焦らずにお聞き下さい!」
「なんだ?なんかあったのか?」
「現在この国を取り囲む様に高ランクを含むモンスターの群れが集まってきています。」
「嘘だろ…?」
「どう言うこと?!」
「お静かに!大丈夫です!既に我々の方で避難、街の防衛は行っております!安心してください!」
「安心しろって言われても!」
「それにここには私達がおります!必ず皆様を安全な場所までお守り致します!」
「ま、まぁ…精巧の魔導師様がいるなら確かに他より安全か。」
「そうよね。」
「だよな。他の先生達もいるし、兵士も沢山いるもんな。」
「それでは兵士の案内に従って速やかに安全な場所へ移動してください!焦らず怪我の無い様によろしくお願いします!」
「マコト様が仰っていたのはこの事だったのですか?」
「そう。だから皆も移動する。」
「私達だって戦えますわ!モンスター如き!」
「ダメ。」
「何故ですの?!」
「マコト様の指示。」
「なっ?!私達が力不足とでも仰りたいのですの?!」
「ハッキリ言ってそう言うこと。」
「なっ?!」
「プリタニさん。落ち着いて下さい。」
「ラキトリさん?!ですがこれでは、私達はなんの為に強くなったのか分からないですわ!」
「…そうですね。」
「では今からでも!」
「ダメ。」
「マコト先生達が強いからと言って、モンスターの群れに襲われでもしたら!」
「……プリタニさん。」
「なんですの?!」
「マコト様達は大丈夫です。」
「何故そのような事が言えますの?!」
「私達はマコト様がここにいらっしゃる前から彼らの事を知っていましたよね?」
「え、えぇ。」
「実はここへ来る前に私達と月の雫を取りに行って下さったのです。冒険者として。」
「冒険者?!
え?!僕だけ知らなかったの?!」
「……知っていますわ。Sランクの冒険者…ですわよね。」
「Sランクの冒険者?!どうりで強い訳だよ…」
「ですが、例えSランクの冒険者とはいえこの状況では!」
「普通のSランクの冒険者なら確かに危ないかもしれません。」
「ですから私達も手助けを!」
「普通じゃないのです。」
「え?」
「私は立場上何人かのSランク冒険者の方と顔を合わせた事があります。
ですが、マコト様達と行動して分かったことは、ただただ強過ぎる。という事だけです。」
「…強過ぎるですの?」
「えぇ。普通ならばパーナやピーカが得られる物や弱点となりうる部分が見えます。それは他の方達でもきっと同じ事ですよね。」
「でもあの人達は違うんだよ。強過ぎて何も分からないんだ。私達がBランクのモンスターを前に震えて何も出来ない中、マコト様が手を出さないという制約を付けて、まるで修行の一環だと言いたげに簡単に討伐したんだ。」
「それだけではありません。その後出てきたAランクのモンスターでさえ、マコト様が実験でもする様にたった一発の魔法で簡単に倒してしまいました。」
「Aランクのモンスターを一発の魔法で?!」
「はい。」
「え、Aランクのモンスターって言えばそれこそ国が危ぶまれるレベルのモンスターですわよ?!」
「分かってるさ。それを実力の半分も出さずに倒してしまうんだよ。マコト様は。」
「す、凄すぎですわよ…」
「そんな方達に邪魔と言われてしまった以上。下手に手を出してはその方が困ってしまわれます。」
「た、確かに僕達じゃ役不足だね…」
「分かった?」
「…癪に障りますわ!でも…分かりましたわ。私達はどこに行けばいいのですの?!」
「こっち。着いてきて。」
「皆様とは違う所に行くのですの?」
「これもマコト様の指示。」
「…分かりましたわ!ここまで来たら精々無様に踊って見せますわよ!」
「大丈夫。マコト様は皆の事を信用してるから。」
そう言ったキャラさんはいつもよりほんの少しだけ嬉しそうに見える。
パーナとピーカは私の後ろを守る様に、いつもの様に歩いてくれている。
大丈夫。マコト様の前で晒した無様なあの時とは違う。
私の覚悟は、少なくとも私自身は本物だと今では確信している。
「姫様?」
「なに?」
「いえ…なんでもありません。」
「??…変なピーカね?」
何故か嬉しそうに私の顔を見ているピーカ。
何か変な物でも着いているかな?
「ここです。」
「ここ…って…ただの通りですわよ?何かありますの?」
「本当はマコト様が最初に言っていたのはラキトリさん達を安全な場所に連れていく事だった。
でも、闘技大会を見て考えが変わったって。」
「どう言うことですの?」
「この通りは細くて狭い。エルフなら知ってる抜け道。」
「そうですわね。」
「ここは街を守る兵士達には守りにくい場所。だから私達が選ばれた。」
「選ばれた?」
「なんじゃ。マコトはなんの説明もしとらんのかの?」
「……サイトン様?!」
「うむ。」
「何故このような所に?!」
「お主達に会うためじゃよ。」
「ど、どう言うことですの?」
「マコトがお主達にこの抜け道を守らせると言い出しての。」
「マコト様が?」
「儂も最初は驚いたがの…まぁお主達を見たらマコトの言っておった事も分からなくは無いのじゃ。」
「……??」
「ふむ。儂も忙しい身じゃから簡単に説明するのじゃ。ここは兵士達やフルズの連中が外を守っておっては守り切れぬ場所の一つじゃ。地下水道から繋がっておる場所じゃからの。」
「はい。」
「じゃから儂とシャーリーでここにはある程度の魔力を通さぬ様に魔法防御を敷いておいたのじゃが…それより小さな魔力には無力な魔法防御なのじゃ。」
「つまりその魔法防御に引っ掛からないモンスターは通ってこれてしまう…という事ですね?!」
「話が早いのじゃ。それを止める部隊が必要での。お主達に頼みたいのじゃ。」
「姫様にそのような危険な事をさせる訳にはいきません!」
「姫様の顔はその様には言っておらぬ様じゃが?」
「姫様?!」
「お主達も近衛兵と言うのであれば分かるじゃろ。第三王女ラキトリ-シャーハンド。出来損ないの王族。」
「?!」
「姫様を侮辱するか!!」
「止めなさいパーナ!!」
「しかし姫様!!」
「兄や姉にそう呼ばれているのは事実よ。」
「別に貶した訳では無いのじゃ。そこまで言われているからにはお主達がどこで何をしていても特に気にされる事も無いじゃろ?」
「残念ではありますが…私は居ないものとされています。恐らく今も私が居ないことにさえ父以外は気付いていないかと。」
「嘆かわしいことじゃの。一人の子を守れぬ男が国を守るとぬかしおる。」
「サイトン様?!」
「あやつは儂に教えを受けておる弟子の様なものじゃ。王になったとしても儂はあやつに頭など下げんのじゃ。」
「さ、サイトン様って…おいくつなのですか…?」
「く、下らん事を気にせんでも良いのじゃ!
それより、もし気にもされておらんのであれば、ここでお主達が武功を上げたらどうなるのかの?」
「まさか…?!」
「ここは確かにそれ程重要視されない場所じゃが、モンスターが這い出てきては外と内に部隊を分ける事になるのじゃ。
マコトはそれを気にしておっての。重要度をもっと上げるべきじゃと言って儂達を説き伏せおったわ。
じゃがこっちに回す人手が足らぬ。じゃからお主達に白羽の矢がたったのじゃよ。」
「ここを死守しろと言う事ですの?」
「死守しろとまでは言わぬのじゃ。危なくなったら合図を送るのじゃ。儂が駆けつけるでの。」
「…分かりました。」
「さてと。儂はそろそろ行くのじゃ。増援もそろそろ来るじゃろうしな。
キャラ。マコトに言われた撤退の条件をしっかり守るのじゃぞ。」
「はい。」
「増援…?」
「姫様ーー!!」
「あ、あなた達!」
「白花隊!姫様の元に推参いたしました!」
私の私兵である白花隊。全員が鎧を着て私の前に跪く。
「サイトン様のご指示により戦闘態勢を整えております!」
「……マコト様は本当にどこまで…」
「ここまでしてもらっておいて何もしないのは恥というものですね。」
「……そうですね。キャラさん。」
「この通路に来るのはモンスターでもCランクのモンスターばかり。落ち着いて行動していればまず大丈夫。でも、稀に魔力の低いBランクのモンスターも来る。その時は私が倒す。」
「分かりました。サイトン様が仰っていた撤退の条件とは?」
「Bランクのモンスター3体。それがこの戦力での上限。4体以上出てきたらすぐに撤退して合図を送ること。これが出来なければ他の者をここに呼ぶ。」
「聞きましたね!私達に任されたのはここの防衛です!」
「はっ!」
「ここにいる私の友は皆私達と同等の強さを持っています!連携を取って必ず守りますよ!」
「はっ!」
「なんか姫様っぽいですわね。」
「一応私も第三王女ですからね。」
「なら怪我をさせないようにしなくては。ですわね!」
「言ってなさい!私だって戦えるわ!」
「来ます。」
「総員陣形を取れ!」
パーナの号令で全員が陣形を取る。
地下水道の闇の中からゾワゾワと何かが近付いてくる。
「ダーティラットです!」
前衛にいる白花隊員が声を上げる。
ダーティラット。単体ランクはDランクだけど群れになるとCランクとなる。
1m程度の大きなネズミ型モンスターで2本の長く硬い前歯が特徴。水場に生息していてとても臭い。
魔法は使わないけど素早い動きに気を付けないと。
灰色の体毛と赤い目。ひょろ長い尻尾。ネズミをそのまま大きくした見た目だけど大きくなると気持ち悪い。
「怯むな!!私達の後ろへは一匹たりとも逃すな!」
パーナ、ビリダグ、プリタニが白花隊員達と共に前へ出て抑えてくれる。
「私達の魔法で数を減らしますよ!」
「はい!」
「ライトショット!!」
魔法を教えて貰い、剣を教えて貰い、そして今回は私の立場まで考えて…どれだけ口でお礼を言おうと、どれだけ感謝しようと、多分マコト様達に返すにはまったく足りない恩を受けてきた。
ならば、それを少しでも返す事が今の私に出来るたった一つのこと。
ここを任されたというのなら全力で守ってみせる!
「パーナ!プリタニさん!」
「はい!」
「分かっていますわ!」
「ファイヤーボール!」
「ウッドシールド!」
「二人に続けー!」
数十匹もいたダーティラットはほぼ全て討伐できた。
もしマコト様がこの地下水道の事を知らずここを守っていなかったらこの数十匹のダーティラットが街中を駆け回っていた。それを考えるとゾッとする。
「来る。」
キャラさんが通路の奥を見つめて呟いた。
目を凝らすと少し小さな魔力反応が見える。
「あれは…!!」
「ウサギ…ですの?」
水色の体毛に長い耳。
私達を苦しめたウォーターラビットが三体。
先頭の一匹が足に力を込める。
「危ない!!」
ウォーターラビットの事を知らないプリタニが気を抜いている所へ物凄いスピードで迫る。
「ストーンシールド!!」
「きゃっ?!」
ギリギリの所でヒュールが作り出したシールドがウォーターラビットの蹴りを防ぐ。
それでも一発の蹴りでシールドが粉々に吹き飛ぶ。
「プリタニ!」
珍しくハッキリと大声を出したヒュールがプリタニへ近寄ろうとする。
「私は大丈夫ですわ!」
気を取り直したプリタニがヒュールの足を止めさせる。
「皆!気を付けて!このウサギはBランク!凶暴で強いわ!」
ピーカの声に皆の顔が緊張する。
「仕留めるのは私がやる。皆は耐えて。」
「一人で突っ込むな!互いをカバーし合うんだ!」
「は、速い!」
「慌てるな!落ち着いて対処しろ!」
ウォーターラビットが出てきて一気に場が乱れた。
単体の強さがダーティラットとは別次元。
パーナとピーカは一度かなり手酷くやられているし、私も同じ。焦りの色が見える。でも、こんな時にこそ私の出番。
「皆さん!落ち着いて!」
「姫様…?」
「怪我人も出ていないのですから焦らなければ十分相手を出来ます!」
「そ、そうですね!落ち着いて互いに守り合う…」
「パーナ!ピーカ!あなた達は一度戦った相手よ!動きは見えているのでしょ?!なら怯えていないで皆を守りなさい!!」
「「?!」」
「あなた達が今までしてきた事を無にするつもりですか?!」
「……そうですね。私達はなんの為に鍛えてきたのか。相手の動きは見えている。」
「行きます!!」
パーナとピーカが前に出て、二人で一匹をなんとか食い止める。
「はぁ!」
「やぁ!」
「私達も二人に習って食い止めるぞ!」
全員が三手に別れてそれぞれウォーターラビットを食い止める。
こうして見ているとケン様達の凄さが分かる。
健様が簡単に反応していたウォーターラビットの動き、それについていけている人は正確には一人もいない。攻撃の瞬間だけなんとかやり過ごしている程度。
魔法の盾は一撃で粉々にされ、魔法は全て虚しく空を切るだけ。
何よりあの時よりも圧倒的に壁が広く、跳ね回ることが出来ない構造。あの洞窟内での異常なスピードでの跳ね回りが無いだけで脅威度は一気に下がっているはず。
それでも尚全員でかかならないと手も足も出ない。
マコト様がBランクのモンスター相手に三体までと言った事がよくわかった。
ここにもう一匹ウォーターラビットが追加されたら恐らく対処出来ない。そしてこのウォーターラビットに対して確実に一撃で殺せる魔法を放てるのはここでは恐らくキャラさんだけ。
悔しいけど私にはあれを討伐する程の攻撃魔法を、あのスピードで動き回るウォーターラビットに当てる自信は無い。
「ファイヤースネーク。」
キャラさんが呟くように言って杖を振ると1匹の火の蛇が現れる。第四位火魔法のファイヤースネーク。
それ程大きさは無いけどかなり緻密な魔力操作によって生み出された魔法だと一目見て分かる。
身体をくねらせてウォーターラビットへと近付いていく。
なんとか抑えているウォーターラビットに飛びついたファイヤースネークがその体に巻き付く。
「ギュッギュッ!!」
ウォーターラビットの身体をプスプスと焦がしていく。のたうち回るように飛び跳ねるウォーターラビット。火の蛇をかき消そうと口から水を吐き出しているが、緻密に組み上げられたファイヤースネークをかき消すには威力があまりにも足らない。水蒸気を生み出すだけでそれ以上の事は起きなかった。
ファイヤースネークがウォーターラビットの首元にガブリと噛み付くと全身を炎に巻かれ地面を転がった後絶命する。
一匹を仕留められたのであればそこに割いていた人員を二手に分けて残りを抑えれば良いので後はそれ程苦戦しなかった。
「とりあえず一時は大丈夫そうですね。」
「今のうちに休憩を取りましょう。」
たったこれだけを戦っただけで皆の消耗はかなりのもの。特にパーナとピーカは最前線にいたし…
「ラキトリさん。私達はまだまだ元気ですわよ。」
「プリタニさん…」
「疲れた人達は一度下がってもらって体力の残っている人達で前線を維持出来ればそれで良いのですわ。」
「…そうですね。分かりました。」
指示をして前衛中衛を上手くローテーションしながら体力を維持する事にした。
方向性が決まったところに早速ダーティラットが来る。
「また来たか。行くぞー!」
街の外周の方からもずっと魔法の明かりが見えている。きっと前線ではもっと多くの人が命を掛けて戦っているはず。
「街の人達の事をここで守りきりますよ!気合い入れてください!」
「「「おー!」」」
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「隊長!」
「どうした。ガナブ。」
「シャーリー様からの伝令で、戦いに備えよと。」
「……そうか。分かった。
皆!よく聞け!!たった今、モンスターの群れがこちらに向かってくるという情報が入った!
だが狼狽えるな!分かっていたことだ!そしてこの時の為に我々は全力で鍛えてきた!今こそ我々フルズがその本領を発揮する時である!」
「「「うぉおおお!」」」
「位置につけぇ!!」
私の号令でフルズのメンバーが位置に着く。
「トジャリ隊長。」
「バリヌ。お前はいつになったら名前を呼ぶなと言う私の言葉を理解するのだ?」
「あ、すいません…」
「それより。なんだ?」
「Bランクのモンスターはある程度任されてますけど、本当に大丈夫ですかね?」
「なんだ?珍しく弱気になってるのか?」
「いえ。そんな事はありませんが…」
「…まぁバリヌの言いたい事は分かる。だが、無いものをねだっても仕方ない。モンスターは確実に来る。ならば命を賭してここを死守する事こそ我々フルズに与えられた任務だ。」
「…まったく…損な役割ですね。」
「そう言うな。私達の働きで誰かの命が助かるのであればそれは誇りだ。」
「……やってやりまかね!」
「頼むぞ。」
「トジャリ隊長に鍛えられてますからね。そう簡単には死にませんて。」
「ふっ。」
背を向けて前線へ向かうバリヌ。
きっと他の隊員達も同じ様に恐怖や不安を抱えているだろう。
それは隊長である私でさえ同じなのだから。
でも逃げるわけにはいかない。シャーハンドの防波堤たるフルズがここで逃げては国そのものが滅びてしまう。
「トジャリよ。」
「サイトン様。」
「気持ち悪い呼び方はよすのじゃ。」
「一応立場がありますからね。」
「要らんのじゃ。そんな立場、戦場ではなんの役にも立たんのじゃ。」
「いつでも変わらないのですね。ポーチは。」
「長く生きていれば人生の谷間なぞ数え切れん程経験するのじゃ。」
「……」
「トジャリがそんな顔をしてどうするのじゃ。下の者たちに示しがつかんのじゃ。」
「……はい…」
「はぁ…昔からここぞと言う時に腰が砕けるのは変わっとらんの。」
「……」
「マコトの奴を見たじゃろ。」
「??」
「あやつは自信に満ちていていつも余裕の表情をしておるのじゃ。何故だか分かるかの?」
「本人が強いから…ですか?」
「マコトが自分を強いと本当に思っていると思うかの?」
「…いえ。」
「マコトは仲間を信用し、そして自分の動揺は仲間の動揺になる事を知っておるのじゃよ。」
「自分の動揺は仲間の動揺……」
「頼られ、期待される事をマコトが嫌がるのは自信が無いからじゃよ。自分が本当に守り切れる者達はそれ程多くはないと知っておるのじゃ。じゃが、守ると決めた者達の前では絶対にブレないのじゃ。自分がブレたらそれが直接仲間の死へと向かう物だと理解しておる。」
「……」
「だからこそ、怖くても、辛くても、マコトは常に余裕を見せておく必要があると考えておるのじゃ。
それが全てとは言わんがの。今のトジャリに足らぬ物じゃ。」
「……」
「分かったらシャキッとせんか。隊長のトジャリがその様な顔をしておっては下の者たちが死ぬぞ。」
「…はい!」
「それで良いのじゃ。」
「ありがとうございます!」
「ガキの頃から知っておるのじゃ。多少の愛着くらい湧く物じゃな。」
「ははは!酷い言われようですね!」
「ふっ。
おっと。そろそろお出ましの様じゃの。」
「はい!
全員!よく聞け!二人一組で必ず動け!余裕のある者は手助けを求めている者達へ即座に駆けつけろ!我々は誇り高きフルズの一員だ!無様を晒すなよ!」
「おぉおおお!!」
「構えー!!」
木々の間からゴブリンやグリーンウルフ等のモンスターがこれでもかと現れる。
「一匹たりともここを通すな!!」
国の兵士達も、冒険者も混ざっている。
皆戦い方が違うが、上手く合わせてくれるだろう。
ランクの低いモンスターは簡単に倒せる。こちらの被害もほぼ無い。だがその数が尋常ではない。
次から次へと湧き水の様に止めどなく森から現れるモンスター達。
「魔法射撃開始!」
後方からの魔法攻撃部隊の射撃。
高火力の魔法が目の前の敵を薙ぎ払う。
「まだまだ来るぞ!生きて帰りたきゃ気を抜くなぁ!!」
「傷付いた奴はすぐ回復だ!」
「このクソモンスターが!!」
大混戦。最前線にいる者達は右も左も無いような戦いだろう。
前に出て手を貸したい気持ちを抑え込む。後方から指示を出す者がいなくなれば戦線が崩壊してしまう。
「デカいの来るぞー!!」
バキバキと木を破壊しながら出てきたのはオーガ。そして同じ様な大きさのトロール。
どちらもCランクのモンスターで攻撃力が高い。
オーガは防御力が単純に高いのに対してトロールは再生能力が異常に高い。
どちらも鈍いが攻撃力は相当なもの。厄介なのが来た。
「弓兵!撃て!」
構えていた弓がオーガとトロールに向けて放たれる。
多少のダメージしか与えられないが無いよりマシだ。
「ぐあぁぁあ!!」
鎧を身に付けた兵士が一人オーガに捕まってしまう。身体を潰されてその場にドチャリと音を立てて落ちる。
「狼狽えるな!相手はノロマなオーガとトロールだしっかり見ていれば簡単には捕まらん!」
「トロールは頭を潰せ!オーガは貫通力の高い魔法を使え!」
冒険者の人がいて助かった。的確に相手の弱点を伝えてくれる。
フルズはモンスターとの対峙も多いが、兵士の彼らはモンスターと戦う事はまず無い。
魔法が飛び、剣の打ち付けれる音がそこかしこから聞こえる。
数は多いがそれ程被害は出ていない。オーガとトロールもなんとか処理出来そうだ。問題は先程からずっと森の奥に見えている魔力。
見覚えのある魔力だ。
「グキャァー!!」
「ワイバーンだ!!」
森の中から出てきたのはワイバーン。
少し前にマコト達に助けて貰った相手だ。
ワイバーンは森から出てすぐに空へと舞い上がり最後に残ったオーガの頭を足で掴むとそのままもぎ取る。
本来であれば共闘等有り得ないタイプのモンスターであるが故の行動だろう。雑魚はほとんど片付いた。だがそんな雑魚の群れよりも遥かに厄介な相手だ。
「全員警戒態勢!!」
「クソッタレ!」
何故ワイバーンは飛んで中に進まないのだろうかと見ていると、上空に薄い膜のような物が見える。
恐らくは上空からの侵入を防ぐ為の物だろう。あんな事が出来るのはポーチかシャーリー様くらいだ。
「上空には防壁が展開されている!羽の生えたネズミ如き、ここで撃ち落とすぞ!」
そんな簡単な相手で無いことは言っている私自身がよくわかっている。それでも隊長は余裕を見せなければならない。
「陣形を崩すな!隊長の言う通り羽の生えたネズミ如き我々の敵ではない!弓兵!!」
ワイバーンに向かって弓兵が弓を射る。
そのほとんどが硬い外皮に弾かれるが、嫌がる程度にはなった。
その隙を突いて魔法攻撃部隊が発射した魔法でワイバーンを撃ち落とす。
地上で待っていた前衛部隊が落ちたワイバーンの元へ走り寄り、一気に叩く。
やはり一匹であればそれ程難しい作業ではない。しかし、事はそれ程上手くはいかないものだ。
一体のワイバーンを処理したと同時に森から出てきたのは5匹のワイバーン。
「ご、5匹?!」
「グキャァー!!」
前衛の動揺を知ったかの様に5匹のワイバーンが暴れ回る。
「ぐあぁぁあ!!」
「やめてくれー!!」
次々とやられていく兵士達。
「陣形を崩すな!一気に持っていかれるぞ!」
私の声など既に前衛には届いていなかった。
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