第三章 エルフの国 -シャーハンド- Ⅱ

「うめぇー!確かにここの学食美味いな!」


「これは勉強になりますね。」


「け、ケン様豪快ですね…」


「ん?ほぉか?」


「食べながら喋らないでください。汚らしい。」


「お、ふまん。もぐもぐ。」


「まぁ俺達は冒険者だしな。食事のマナーなんていちいち守ってる奴なんてほとんどいないぞ。

そんな事より何か話があったんじゃないのか?」


「え?」


「本当に学食だけが目的とは思えなかったんだが…気のせいだったか?」


「…流石はマコト様ですね…実はお頼みしたい事がありまして。」


「頼みたいこと?」


「はい。」


「俺に出来ることかどうかと、後は報酬次第かな。まずはその内容は?」


「私の私兵を鍛えて欲しいのです。」


「私兵?」


「はい。私には私が動かす事の出来る私兵がいます。パーナとピーカもその私兵の一員です。

その私兵を鍛えて欲しいのです。」


「……なんで?」


「何かを成そうとするのであれば、時として力が必要になる。と、考えています。」


「何かを成す。ねぇ。

本気で言ってるのか?」


「はい。」


ラキトリは前に話していた意識改革を成そうとしているのだろう。

もちろん簡単な事ではない。


聞いたようにその思想を持っているからこそ王族の中でも厄介者扱いされているのだし。

つまりその思想をなんとか押し通す為には、自分のみが使う事の出来る私兵を育て、力として行使する必要が出てくる。という考えの元俺に頼んでいるらしい。


「報酬は弾みます。」


「なかなか面倒な事になりそうなんだが?」


ラキトリ達の護衛依頼を受けた時にプリネラにラキトリの事を調べてもらってある程度情報は得ている。

白花隊(はっかたい)。第三王女ラキトリに与えられた私兵であり、その隊員は全て女性エルフ。

白い鎧を着て細剣を使う魔法剣士部隊。

ただ、隊員が全て女性というのは力を付けさせないための措置だ。

魔法だけを取れば男女での力量差は無いが、剣士となると別だ。

そもそも力の強い男性に身体強化を付与すれば女性よりも強い力を発揮出来るのは当たり前だ。魔法剣士と言えど、より魔力消費を少なく抑えて身体強化ができる男の方が基本的には強い。

つまりは全体的に弱くなる様に女性限定の隊を与えられたという事だ。

まぁ自分達と真逆の思想を持っているラキトリに私兵を与えたという事だけでも驚きなのだが…プリネラの話では王とラキトリの仲は良いらしい。

ただ、思想が王族のそれとは真逆である為王も贔屓には出来ない。と言った感じらしい。

そんな針のむしろの中の兵隊に力を与えようと動く奴がいたら他の王族やその周りが黙っているとは到底思えない。


「名目上は講義という事に致します。」


「講義?話が見えないんだが?」


「私が鍛えて欲しいのはパーナとピーカです。」


「ん?」


「他にももちろん隊員はおりますが、全ての隊員に教えるとなると迷惑をお掛けしてしまうことは明白です。なので、パーナとピーカに授業とは別で指南して頂きたいのです。

その後パーナとピーカが隊員の中でも信頼のおける者に教える。という事です。」


「なるほど。つまり俺達としてはこの二人を鍛えるだけってことか。」


「はい。それならば先生と生徒という立場であり違和感はありません。」


「……」


「どうでしょうか?」


「分かった。受けよう。冒険者としての活動は教師をやっている間は時間的に無理があるしな。副業としては丁度いい。」


「ありがとうございます!」


「但し。一つ条件がある。」


「条件ですか?」


「ラキトリ。お前も一緒に受けろ。」


「わかりました。」


「姫様?!」


「マコト様は私の覚悟を試しているのですね?」


「あぁ。もしラキトリが断念して修練を投げたらそこで二人の修練も打ち切りだ。」


「はい。」


「姫様?!よろしいのですか?!」


「私が成そうとしている事は普通にしていては成し遂げられる類のものではありません。

私自身も強くならなければなりませんから…二人だけに押し付けて逃げている様では成し遂げるなど夢のまた夢。」


「姫様…」


「私共々。よろしくお願い致します。」


「分かった。

おっと。報酬はちゃんと貰うからな?」


「もちろんです。」


ラキトリとの交渉に応じる事にした俺達は早速その日から修練を始める事に決めた。


毎日魔法学校が終わった後に学校の中にある修練場を借りる旨をシャーリーに伝えると、二つ返事で承諾してくれた。


学校には大小合わせると10以上の修練場があり、その中でも小さな修練場を借りた。

小さいとは言え縦横10メートルはあるので広さは問題無い。


「さて。早速始めるとするか。」


「「「よろしくお願いします!」」」


「初めに聞きたいんだが、三人は魔法剣士という事で良いのか?」


「はい!」


「俺の見立てだと、ラキトリは魔法重視の魔法剣士、パーナは剣術重視の魔法剣士、んで、ピーカはバランス型って感じか。」


「??」


「ラキトリはあまりこう言うことに詳しくないんだな。」


「申し訳ございません…」


「姫様!姫様は知らなくて当然のことなのですからお気になさらず!」


「パーナ。」


「はい?!」


「言ったろ。俺はラキトリの覚悟を見たいって。

もし本当にその覚悟をしているのならいつか白花隊を引き連れてラキトリの指示の元で戦闘をする事もあるかもしれない。それを考えてお前達を鍛える約束をしたんだろ?」


「…はい…」


「ならラキトリはお前達をどう使えば最も力を発揮するのか。どう戦う事が最善なのかを判断出来る様にならなきゃいけないはずだ。」


「……」


「その為にそれぞれの個性を理解する事は最も重要だと思うが。違うか?」


「……いえ。マコト様の仰る通りです。本来であれば私が覚悟を決めた時に自分で確認しておく必要がありました。教えて頂き感謝致します。」


「姫様…」


「パーナ。ピーカ。お前達の大切な姫様はやると決めてここにいる。お前達が本当にやらなきゃならない事は姫様を慰める事なのか?」


「……いえ。違います。」


「ならどうすんだ?」


「姫様!」


「はい?!」


「私は剣術が魔法よりも得意です!」


「はい。」


「魔法剣士と言っても魔法か、剣術か。どちらを得意にするのかで戦う時の位置関係が決まってきます。例えば私であれば剣の届く敵の目の前。」


「姫様。私はどちらも同じくらい得意なので中間的な位置で状況に応じて魔法も剣術も使える位置です。」


「そしてラキトリは後方で魔法を中心とした攻撃を主とする位置取りだな。」


「なるほど…」


「エルフはそもそもがほかの種族よりも力が無い。だから得意な魔法を鍛えている訳だが、全員が魔法オンリーで戦えば近づかれたら負けだ。

恐らくこの国の戦い方としては、魔法オンリーで火力を出す部隊は後方。魔法剣士は前方で戦う。と言った感じだろうな。」


「確かにその様にしておりますね。」


「魔法剣士も他の種族と違って盾や大剣を使うものはほぼいないだろう。戦い方はスピード重視。受けるのではなく避ける。そして他の種族の剣士とは違い強い魔法を放てる剣士というアドバンテージがあるお陰で前線を維持出来る。」


「はい。」


「その魔法剣士を更に細分化して考えるとさっき言った3人の特徴を基礎とした三部隊に別れるという事だ。」


「つまり白花隊には後衛がいない。という事ですね?」


「その通りだ。はっきり言ってこれはかなり辛い。」


「そうですね。火力を出すための後衛が居ないとなると…」


「ただ、その代わりこの部隊は、足が速い。」


「足…?」


「簡単に言えば突然現れて肉薄してまた一気に撤退出来る。という事だな。フットワークが軽いんだよ。」


「何故ですか?」


「全員が魔法剣士だからだ。後方で戦う奴らは魔法ばかり鍛えていて身体は鍛えていないからな。追え!とか引け!という指示に対して素早く動くための体力が無いんだよ。」


「白花隊は奇襲部隊として優秀という事でしょうか?」


「お。分かってきたか。そう言うことだな。

最大の利点はそこにある。最初から後方支援が無いのであればそれを活かした戦い方をすればいい。」


「その為に私達は日頃体力を付けるための訓練を行っているのですよ。」


「あの訓練にはそんな意図があったのですね。」


「となればやる事は決まってくるだろ?体力の強化。体捌き。男に負けない為の剣術や身体強化。とかな。」


「はい!」


「あのー…ですが、例えばケン様の様な恐るべき男性を相手にした時は…どうしたら良いのでしょうか?」


「まぁ健みたいな化け物はそうそういないとは思うが…」


「おい!化け物呼ばわりは酷いぞ?!」


「少しは俺の気持ちが分かったか?」


「う…」


「まぁ冗談は置いておいて、健程の腕がある奴が出てきたら今のお前達じゃ人数が有利でもまず勝てない。だから、逃げろ。」


「逃げるのですか?!それは…」


「騎士として嫌か?」


「正直に申し上げますと。」


「じゃあ逃げずに戦った事で命を落とし、ラキトリの戦力が減り、成したいことが成せなくなってしまうとしたら?」


「うっ…それは…」


「これはかなり現実的に起こりうる話だぞ。ラキトリの使える兵士はお前達白花隊のみなんだ。一人でも死ねば戦力は極端に下がる。」


「……」


「確かに逃げられない状況もあるだろう。そんな時はなるべく遠くから遠距離で攻撃をする事くらいしか出来ないが、逃げられるならば全力で逃げるべきだと思う。それが騎士道に反するとしてしも、お前達の成すべき事は最後まで姫様を守ること。だろ?」


「はい…逃げます!」


「それに…私の親友が死ぬなんて考えたくもありませんからね。」


「ひ、姫様…」


「誰も死なせるつもりはありません。私の成すべき事の前に屍は必要ありませんからね。」


「姫様!!」


「二人とも死ぬ事は許しませんよ。」


「「はい!!」」


「ま、本当に健と同レベルの奴が来たら逃げる事すら出来ないだろうけどな。」


「マコト様ー?!」


「だから。せめて逃げられるくらいには腕を磨かないとな?」


「「「はい!」」」


「んじゃ早速始めるか。」


「何をするんですか?」


「魔法の事は授業でやってるから、それ以外の事にするか。」


「剣術ですか?」


「いや。体捌きだな。」


「ケン様。その体捌きと言うのは?」


「そうだなぁ…俺は真琴様みたいに説明が上手くないから実際に見せて教えるよ。パーナ。」


「はい!」


「俺に触れてみろ。」


「よよよよよろしいのですか?!」


「何を興奮してるのか分からんが…まぁ触れるならな。」


「行きます!!」


鼻息の荒いパーナが異様な手付きで健に迫る。

しかし、そのどれも健はほとんど動かずに体を捻るだけで避けてしまう。


「な、なんで?!この!はっ!」


どれだけ躍起になっても、というか躍起になればなるほど健へ伸ばした手は空を切る。


「はぁ…はぁ…」


「これが体捌きだよ。」


「ほとんどその場から動かずに…」


「エルフなら分かると思うが俺は魔力を使えねぇ。だから身体強化も使えねぇんだ。」


「や、やはりケン様は身体強化を使っていないのですね?!」


「あぁ。誰を相手にする時も生身のままだ。そんな俺がどうやって身体強化をしている奴らと戦ってると思う?」


「体捌き…という事でしょうか?」


「あぁ。言うなれば俺は子供の力程度しかないのに対して相手はオーガ。みたいなもんだ。そんな相手と戦うのに攻撃を受けたりしたら俺なんて簡単に吹き飛んじまう。なら避けるしかないだろ?」


「そんな簡単に…」


「そりゃ簡単なわけがねぇだろ。俺だって血反吐吐きながら習得したんだ。」


実際健はフィルリアに血を吐くまで鍛えられていた。

まぁフィルリアの場合はそれでも健に回復薬を飲ませて笑顔でぶちのめしてたけど…


「特に俺が使っているこの剣。刀って言うんだがな。こいつは鋭くて軽い。だが刃を合わせたりすると直ぐに欠けたり折れたり曲がったり。それだけで切れなくなっちまう。

だから避ける。全部避ける。隙を見つけて一撃で倒す。これだけを考えているんだ。当たらなきゃ力の差は関係ないからな。」


「理論的には確かにそうですけど…」


「実際俺はやってるぞ。」


「うっ……」


「別にここまでやれとは言わねぇけど、お前達も似たような戦い方をするならある程度体捌きは必要になるはずだ。」


「はい。」


「よし。じゃあ練習するか。」


「あの…私達は?」


「何言ってんだよ。全員だ全員。姫様もこれを体得するんだよ。」


「姫様もですか?!」


「当たり前だろ。なんの為にここにいるんだよ。」


「ですが姫様は魔法主体の戦い方を…」


「パーナ。さっき言った魔法剣士の中での振り分けな。」


「はい?」


「一番理想的な形ってどんなか分かるか?」


「しっかりと得意とする場所で役割を果たす事ですか?」


「いや、違うだろ。全員がどの位置でも高い質で戦闘が出来る。という形だ。」


「それはあくまでも理想論です!」


「姫様が成そうとしてる事は理想論じゃないのか?」


「……」


「理想論を成すと言うならお前達の技術も理想的な物になるべきだろ。」


「パーナ。ありがとう。でも私は強くならなければならないのです。ケン様!よろしくお願いします!」


「よし。じゃあ…真琴様。ボール出してくれ。」


「あれやるのか。」


「ボール?」


「この当たるとちょっと痛いボールを使うんだ。」


「ちょっと…ですか?」


「ちょっとだろ?」


俺が異空間収納から出したのは軽い木を削って野球ボールくらいにした物だ。

健が自分の練習で使っているもので全部で100個以上ある。


「まぁこれを俺が投げてお前達が避ける。そんだけの練習だ。ただし、その円から出たらアウト。」


直径2メートル程度の円を床に書く。


「む、難しそうですね…」


「何言ってんだ。健は足を地面に固定して俺達全員でボールを全力で投げても当たらないぞ。」


「うぇ?!固定ですか?!」


「そんな事までやれとは言ってねぇ。とりあえず最初はその円の中で全部避けろ。出来る様になったらスピードを上げていってそれをクリアしたら次は円を小さくしていく。そんだけだ。」


「わ、分かりました!」


「よっこいしょ。」


健は床に座る。


手元にボールを置いて投げる準備。


「お願い致します!」


最初に円に入ってきたのはラキトリだった。

やる気は十分らしい。


「行くぞー。」


健がボールを投げる。

最初は放り投げているだけだったが、それを避けられると判断するとスピードが上がっていく。

2メートルと言われると割と体を動かす範囲としては大きい様に思えるが、実際やってみるとかなり小さく感じる。

無駄な動きが多いとすぐに円から出てしまう。

特に健は避けた先にも投げてくるからそれを避けようと体を無理に捻り、体勢が崩れた所にボールが来てアウト。もしくはそれを避けようとして円から出てアウト。となる。


ラキトリも例に漏れずアウトとなった。


「なんだなんだ?まだ軽く投げてるだけだぞ?」


「も、もう一度お願い致します!」


「よーし。」


何度もやれば多少は慣れてくるしある程度反応も早くなる。まぁある程度はだが。


「はいアウトー。」


「はぁ…はぁ…」


「よし。そこまでだな。変われ。」


「ま、まだ!」


「その疲れた状態で出来るわけないだろ。足フラフラじゃねぇか。これは積み重ねが大事な訓練だ。一気にやる事より毎日続ける事を大切にしろ。とりあえず休憩だ。」


「姫様…」


「ダメです!」


「?!」


「私に触れてはなりません!

私はマコト様と約束しました。覚悟を見せると。あなた達に頼る事はしません。」


「姫様…」


手を貸そうと近寄ってきたパーナを止めて自分で円の外に出る。

フラフラとおぼつかない足取りであったが、なんとか外に出て座り込む。


「ラキトリ。」


「…は、はい…」


「水だ。飲んどけ。」


「…ありがとうございます…」


「次はどっちだ?」


「私が行きます!」


「パーナか。よし。やるぞー。」


「お願いします!」


健が投げるボールはラキトリよりも速い。

相手の実力に応じてスピードを変えているらしい。


「くっ!なんの!」


不格好ではあるがなんとか避けれている。


「そんなんじゃ足元すくわれて終わりだろ。ほれ。」


「あいたぁ!」


片足になった所を健に狙われて太腿に当たったボールがその場に落ちる。

スピードが速くなれば当たった時はそれだけ痛くなる。

隠れているプリネラがはぁはぁ言ってる気がするのは…気のせいだろう。


「もう一度お願いします!!」


「あいよー。」


想像通りパーナは割と避けられる様だ。前衛としての経験がある分自分の体の動かし方を体で覚えているのだろう。


「ここまでだな。変われ。」


「はぁ…はぁ…ありがとう…ござい…ましたー…」


ラキトリの横まで行って座り込むパーナ。


「お願いします!!」


「最後はピーカだな。行くぞ。」


パーナよりは劣るもののピーカもそれなりに避けられるらしい。バランス型と言ったのは間違いではなさそうだ。


「よーし。そこまで。」


「ありがとう……ございます…」


「これを毎日やる。今日は遅いからここまでだ。

これは別に自分達でも出来る練習だから暇な時に練習しても良いぞ。早速隊の奴らにもやらせれば良いしな。」


「「「ありがとうございました!」」」


「なんやかんやで健って面倒見良いよな?」


「真琴様の影響ですよ。」


「俺?そうなのか?そんなに面倒見良いとは思わんけど…」


「面倒見てるとは思っていない辺りが真琴様らしいですね。」


「そうなのか…?」


「ふふふっ。」


次の日からは健だけでなく俺、凛、リーシャも投げる側として参加する。

身体強化を使えば女性の凛達にもいいスピードのボールを投げられる。不満は無いだろう。


授業の方でも皆頑張っている。


授業を始めて一週間が過ぎた。

相変わらず授業に参加している人数は変わらないが、参加者に変化が訪れ始めていた。


「ダークネス!で、出来た!」


「フラッシュ!出来ました!!」


ホリントの腕輪を着けての魔法発動が出来る奴が出てきた。

安定して発動できるかは別だが魔力の調節が身につきはじめていた。

未だ苦戦している奴も若干名いるが。


「ウッドぉおおお?!なんでですのー?!」


「ストーンっ?!」


「ヒュールとプリタニはなかなか苦戦してるな。」


「プリタニは元々調節が苦手みたいだからな。

ただ成長してきてるし出来るのも時間の問題だと思うが…問題はやっぱりヒュールか。」


他の奴らよりも厳しい設定にしたとは言え、ヒュールのセンスであれば既に出来ていても不思議ではない。それくらいに魔法のセンスがあるからだ。

それが何故出来ないかと言うと最初に感じていた魔力が不安定という事に繋がるだろう。

わざわざ言いたくないことを聞きたくもないし何も行動しないのであればそのままにしておくしかないかと思っていると…


「マコト先生!」


「ん?なんだパーナ。」


「私、上手くできる時もありますが安定しないんです。どうしたら良いでしょうか?

一人で練習している時になるべく安定して出力出来る様に気を付けてはいるのですけど、いまいち上手くいかなくて…」


「そうだな。パーナはどんな想像をして魔力を出力してるんだ?」


「想像ですか?私の場合は出来上がるファイヤーボールの大きさを一定にする様に想像していますが…」


「それじゃダメだ。それは魔法が完成した時の想像だろ?魔力が大きくても出来上がりの想像をしてたらその大きさになるだろ。」


「あ、そっか……」


「例えばその想像よりも前に魔力を定量的に注ぐイメージをしてみろ。」


「定量的にですか?」


「例えばだが、コップみたいな物に毎回満杯入れてその分だけ注ぐイメージとかな。」


「いつも一緒の量を出すイメージって事ですね?!そっか!魔力の調節なんだから魔法のイメージしててもダメなんだ!」


「やってみ?」


「はい!えーっと…コップコップ……ファイヤーボール!出来たぁ!!!」


「これで少しは安定するはずだ。」


「ありがとうございました!!」


パーナはスキップで席の方へと戻っていく。

何を話していたかは聞こえていなかっただろうが、パーナのこの行動が皆の意識を変えた。

そもそもそれなりに出来ているラキトリやピーカを除いて他の奴らは、最初に俺の攻撃魔法を見ているから怖さがあったのかなるべく目も合わさないようにしていた。しかし、パーナが相談に来て何かを聞いたら上手く出来るようになり、ルンルンで戻っていく。

聞いても教えてくれる。手助けしてくれると分かればそこからは早かった。


「あ、あの!」


「どうした?ビリダグ?」


「ぼ、僕もやっと出来る様になってきたのですが…その…もっと安定して出来る様に……その……」


「言いたいことは分かるが…ピーカはハキハキした男の方が好みだと思うぞ。」


「ふぇ?!!」


「もっと背筋伸ばして!」


「は、はい!」


「顔上げて!」


「は、はい!」


「うしっ!それでしっかりと相手の目を見て話せ!」


「はい!」


「出来るじゃないか。その方が男前だぞ?」


「ありがとうございます!」


「ピーカに早く追い付きたいもんな?」


「は、はいぃ……」


顔を赤くして萎んでいく風船のようにまた背が曲がっていく。


「ほらほら!萎むな!」


「は、はい!」


ビリダグにパーナと同じ様な説明をすると戻って練習を始めた。

ある程度出来る様になったなら後は練習次第で直ぐに出来る様になるはずだ。


「あ、あの!よろしいですこと?!」


「なんだ?プリタニ。」


「わ、私にコツを教えて下さってもいいことよ!」


「いや、別に教えたいわけじゃないから遠慮しとく。」


「なっ?!この私がここまで言っているのに?!」


「何を勘違いしてるか知らんが、俺はシャーリーに頼まれてここにいるんだ。別にお前達が強くなろうがなるまいがどっちでもいいからな。」


「うっ……」


「なんだ?他に用が無いなら戻って練習に励めよ。」


「……お願いします……」


「なんだ?聞こえねぇぞ?」


「お願い致します!コツを教えてくださいまし!!」


「やりゃ出来るじゃねぇか。教えて欲しいなら最初から素直にそうしろよ。」


「悪かったですわね!高飛車な女で!」


「分かってるなら直せよ。」


「そんな事したら皆にバカにされてしまいますもの……」


消え入る様な声で呟くプリタニ。


「はぁ……お前がなんで皆から煙たがられているか分からないのか?」


「どう言う事ですの?!私は煙たがられてなどいませんわ!」


「そうやって誰にでも上から目線で喋りかけるから煙たがられてるんだよ。たまには素直になれっての。」


「っ!!」


「まぁ俺の知った事じゃねぇけどさ。そんで?コツだったか?」


「そうですわ!」


素直に一度聞いてきたし良いかと教えてやる。


「その…ありがとうございます…」


「そうそう。それでいいんだよ。可愛い所もあるじゃねぇか。」


「う、うるさいですわ!ふんっ!」


また直ぐに元に戻ってやがる。こりゃ大変そうだな。


一番気になっていたヒュールだが、どうやら聞こうか迷ってはいるが踏ん切りがつかないらしい。

まぁ聞くとなると何故魔力が不安定なのかを話さなければならないし迷っているんだろう。

結局その授業中にヒュールが来る事は無かった。


授業を終えていつもの様に食堂へと向かおうと思っていると、問題のヒュールにプリタニが声を掛けているのを見掛けた。


「あなたもマコト先生にコツを聞いたりしないのかしら?」


「その……」


「別に私には関係の無い事ですけれど、あなたが一人じゃ行きにくいなら私が同行してもよろしくってよ?」


「え……?」


「あなたを見てるとイライラしますのよ。」


「ご、ごめん…なさい……」


「ほら。そうやって直ぐに縮こまる。

もっと胸を張って歩きなさいな。誰を気にする必要がありますの?」


「う…でも…私……」


「ほら!行きますわよ!」


無理矢理手を掴んで引っ張るプリタニ。

プリタニはなんやかんや面倒見が良くて一番上のお姉さんって感じなのかもしれないなぁ。

なんて考えていると目の前に二人がやってくる。


「マコト先生!」


「ん?」


「ヒュールさんがお話をしたいそうですわ!聞いて差し上げて下さいまし!」


「……プリタニって下に沢山弟とか妹いるか?」


「きゅ、急になんですの?私が一番上で下に5人の弟と4人の妹がおりますわ。」


「それで面倒見が良いのな。」


「面倒見ではありませんわ!ただ見ているとイライラするからさっさと要件を済ませてあげようとしただけですもの。」


「それを面倒見が良いと言うんだが…まぁ今は良いか。それで?」


「は…はい……あの……」


「ほら!また下を向いていますわ!顔を上げて!話をする時は相手の顔を見るのは礼儀ですことよ!」


「は…はい…」


ヒュールは顔を上げて俺を見る。


「わ、私に…コツを…教えて下さい!」


「よく言えましたわ!やれば出来るではありませんか!」


「あ、ありがとう…ございます…」


「んー……そうだな。コツを教えるのは簡単なんだが…」


「なんですの?勿体ぶるなんてマコト先生は性悪ですのね。」


「勿体ぶってるわけじゃないが、その前にヒュール。」


「はい?」


「口の利き方を教えてやろうか?」


「ひっ!ご、ごめんなさいですのよ!!」


「分かればよろしい。」


「あ…あの……」


「んー…多分だけどコツを教えてもヒュールは上達しないぞ?」


「え…?」


「どう言う事ですの?!そんな事やってみなければ分からないですわ!」


「いや、俺が言ってんのはヒュールの特性についてだ。」


「?!」

「特性…??」


「俺も詳しく分かるわけじゃないからヒュールが全部話せるなら俺の出来る範囲で助言はするぞ。」


「……」


「何か思い当たる節があるみたいですわね。

じゃあ私はこれで失礼致しますわ。」


「ま、待って…」


プリタニの袖を掴んで引っ張るヒュール。


「な、なんですの?!いきなり引っ張ったら危ないですわ?!」


「その……プリタニさんは…助けてくれたから…聞いて欲しい…」


「私が聞いてしまってもよろしい内容ですの?」


「……」


「鈍い奴だなー。ヒュールはお前に友達になって欲しいって言ってんだよ。秘密を明かせるくらいのな。」


「わ、私が友達に?!」


「はい……」


「そ、そうですわね!なって差し上げてもよろしくてよ!」


めちゃくちゃ嬉しそうにしてるくせに上から目線。なんともチグハグで面白い奴だ。


「それじゃあヒュールと呼ぶわ。あなたも私をプリタニと呼び捨てで呼びなさい!それと敬語は禁止ですわ!」


「は…あ、うん。分かった…」


「お前は敬語良いのかよ?」


「私は特別ですわ!」


「それで…良い…」


「ふふふ……友達…」


「プリタニ…?」


「コホン…なんでもないですわ!それより、あまり聞かれたく無い話ならここでは無い方がよろしいですわよね?」


「う、うん…」


「では私のいつも使っている部屋へご案内致しますわ!」


「健。悪いけど行ってくる。」


「あいよー。」


流石に健達をつれてゾロゾロ行くわけにもいかないし、ヒュールは俺を頼ったのだから俺だけが聞きに行くべきだろう。

プリタニに着いていくといくつかある空き部屋、正確には空き教室に辿り着く。


中には誰もいない。

こいつ昼飯いつも一人で食ってたのか。ここで。根は良い奴なのになぁ…まぁ今日からは二人になるし心配いらんか。


「ここなら誰にも聞かれませんわ!」


「うん…ありがとう…プリタニ。」


「と、友達の為なら当然ですわ!」


友達でどもる所がプリタニだなぁ。


「さて。とりあえず話を聞こうか。」


「はい……

私の魔力が不安定なのは…この眼鏡が原因なんです…」


「眼鏡?」


「はい…この眼鏡は…魔力を完全に遮断する様に作られています…」


「魔力を遮断?なんでそんな必要があるんだ?」


「私は…精霊の眼を持っていますので…」


「え?!そうでしたの?!」


「確か魔力を見る事が出来るんだったよな?」


「はい…」


「凄いですわ!」


「喜ばしい事ばかりじゃ無さそうだな。」


「え?」


「はい…魔力を見るという事は…その人の魔力の影響を受けやすいんです…」


「影響…どんな影響が出るんだ?」


「強い魔力を持つ人を見たりすると…頭が痛くなったり…気持ち悪くなったりします…」


「そうなのか…精霊の眼を持ってる奴は皆そうなのか?」


「マコト先生。精霊の眼を持った人なんてそんなにいるものではありませんわ。」


「え?そんな少ないのか?」


「軍事利用されてしまう可能性がありますので、公開はされておりませんが、この国には三人と言われていますわ。

ヒュールが四人目…ですわね。」


「へぇ…」


「その…それで、両親がこの眼鏡をくれたのですが…」


「眼鏡の遮断能力がヒュールの魔法に影響して不安定にさせてるわけだな。」


「え…?は、はい…なんで分かったのですか…?」


「まぁ見りゃ分かるだろ。なぁ?」


「なぁ?って!普通分かりませんわ?!」


「あー。そうだったっけ。まぁそれは今関係無いだろ。

つまり、その眼鏡の所為で魔力の操作が不安定になってるのか。外してしまうと体調が悪くなるから外せないし、で困ってると。」


「はい……」


「…そうでしたのね。大変だったのですわね。」


「う、うん…」


「なんとかならん事も無い。かもしれんな。」


「なんですって?!」


「凄い食い付きだな。」


「そんな事よりどう言う事ですの?!」


「んー。まぁまずは応急処置としてその眼鏡だな。」


「眼鏡…ですか?」


「ヒュール。ちょっと眼鏡借りても良いか?すぐ終わるから。」


「は、はい…」


「あ、目は閉じてろよ。」


「はい…」


ヒュールの眼鏡を外してちょっと弄る。


「よし。終わり。どうだ?」


「どうだって…何かしましたの?」


「え…?!なんで…?!」


「ヒュールに影響しない様に書き換えてみたんだが、上手くいったみたいだな。」


「か、書き換えた?!今の一瞬で?!」


「そんな驚く事か?」


「お、驚きますわよ!!マコト先生のスペックは一体どうなっているのかしら?!」


「俺の事よりヒュールの事だろ。ほら。ちょっとホリントの腕輪着けていつもみたいにやってみ。」


「はい……ストーンショット!

で、出来た……」


「凄いですわ!」


「は、はい…!」


「よし。とりあえずはこれで良いな。」


「あ、ありがとう…ございます…!」


「気にするな。一応今は俺が先生らしいからな。」


一先ず授業に支障が出ない様には出来たが、根本的な解決にはなっていない。上手くいくかは分からないが、もう一人の精霊の眼保持者に解決策でも聞きに行くか…

お礼を何度も言われながらも部屋を出て食堂へと向かう。

既に食事を始めていた皆の所に座る。因みにあれからラキトリ達とここで昼食を摂る事が日課になっている。

食後、いつもはラキトリ達の授業が終わるのを適当に時間を潰して待っているのだが、今日は遅くまで授業があるらしいし一度冒険者ギルドに向かう事にした。


もう一人の精霊の眼保持者に会いに。


「久しぶりー。アーラさん。」


「これは皆様。お久しぶりでございます。」


「ちょっとポーチに会いたいんだけど、大丈夫?」


「今は部屋で書類仕事をしていますので大丈夫かと思いますよ。」


「へぇー。珍しく仕事してんのか。」


「大分。溜まっていましたので。」


アーラさんの笑顔が怖く見えるのは間違いでは無さそうだ。さっさと要件を済ませて帰るとしよう。


「マスター。マコト様達がいらしております。」


「おー!マコトー!入ってくるのじゃー!」


言われるまま中に入るとテーブルに山積みされた書類の数々。

そしてその奥から聞こえるポーチの声。


「な、なんだと…透明化の魔法だと?!」


「たわけぃ!ここじゃ!!相変わらずケンは失礼な奴じゃ!宿で飯を作ってやらんぞ!」


「それは困る!」


「まぁ良いわ。それよりなんぞあったのか?」


「あー。ちょっと話があってな。二人で話せないか?」


「聞かれるとまずいのか?」


「まずい…というか約束….みたいなもんかな。」


「ふむ…アーラ。他の者たちを別室で持て成しておいてくれぬかの?」


「分かりました。皆様。こちらへ。」


凛達が別室に行く。


「さて。それで話とは何かの?」


「精霊の眼についてだ。」


「ふむ。確かにあまり聞かれて良いものでは無さそうじゃの。」


「ポーチが普通に教えてくれたからそんな重要な事とは知らなかったぞ?」


「まぁ儂は立場上ある程度の者は知っておるし、それ程秘密にはしておらんからの。」


「なるほど…認識が違い過ぎてたな…

まぁそれは良い。実はシャーリーの所の生徒に一人精霊の眼を持った奴がいてな。」


「ほう。となると四人目かの。」


「そうだ。そいつが人の魔力を見ると影響を受けて体調を悪くするって言うんだが、精霊の眼ってのはそんな物なのか?」


「そうじゃの。知覚が常に過敏になっている状態じゃからな。制御の仕方を覚えておらんとそうなるの。」


「制御の仕方があるのか?」


「まぁ完全に見ないという事は出来ぬが、ある程度抑える事は出来るのじゃ。」


「やり方を教えてくれないか?」


「ふむ…教えるのは良いが…それより儂が直接そやつに教えた方が良いと思うのじゃが?」


「良いのか?」


「この街におる間は出来る限り便宜をはかると約束したじゃろ。これくらいならばその範疇じゃよ。

それにやり方さえ一度教えられれば後はそやつの努力次第じゃからの。毎日見に行かずとも良いのじゃ。」


「そうか。助かる。いつなら都合が良い?」


「今じゃ!今から行くのじゃ!」


「え?でも…」


「良いのじゃ!マコトの願いとあらばアーラも無下には出来んからの!」


「活き活きしてんなー…知らねぇぞ?」


「行くぞーなのじゃー!」


結局アーラさんに頼んだら渋々OKしてくれた。


一つだけ約束して。


「学校なんぞ久方ぶりじゃのー!ワクワクするのじゃ!!」


「誰かと思ったらポーチじゃないの。」


「おぉ!シャーリー!会うのは久方ぶりじゃの!」


「お元気そうで何よりですわ。」


「お主もの!ちと後輩の面倒を見に来てやったのじゃ!」


「というとさっきマコトが話していた子かしら?」


流石にシャーリーには一言伝えてある。校長だし信用出来るから。


「あぁ。」


「分かったわ。じゃあよろしく頼むわね。」


「分かったのじゃー!」


ポーチを連れてヒュールの所に向かう。

授業中だから人気は無い。ヒュール達は次の授業が無いらしいから多分場所は変わっていないはず。


ガラガラ…


「さっきぶりだな。」


「マコト先生?どうしましたの?」


「ちょっとヒュールの治療に役立つ人を連れてきた。」


「ポーチなのじゃ!」


「サイトン様?!」


「む?知っておったのか?」


「知らない人なんておりませんわ!」


「どう言うこと?」


「儂も有名人なのじゃ!」


「そんな凄い奴には見えんがな…」


「ガブッ!」


「いててて!!噛むな!」


「プリタニ。ポーチは有名人なのか?」


「勿論ですわ!その魔法の才能はシャーリー校長と並ぶこの国の二強と言われ、いくつもの武勇伝を残したお方ですわ!今では冒険者ギルドのマスターとして国を支え、精巧の魔導師としてしられるシャーリー校長に対して、精霊の眼を持っている事から精霊の魔導師と呼ばれていますわ!」


「へぇ。二つ名まであんのか。」


「どうじゃ!見直したかの!」


「いや。全然。俺にとっちゃポーチだし。魔法のこととか分からんし。」


「ガブッ!」


「いててて!だから噛むなよ!」


「この国の二強と知り合いだなんて…マコト先生って何者ですの…?」


「ただのしがない冒険者なんだがなぁ…」


「何を言っておるのじゃ。三人揃ってSランクの冒険者じゃろ。」


「Sランク?!」


「あ、おい。黙ってたのに。広まったらどうすんだよ。」


「そやつらの魔力の色を見れば広めたりせん事は直ぐに分かるのじゃ。」


「広めたりしませんわよ!」


「しませんよ…」


「のぉ?」


「のぉ?じゃねぇよ、のぉ?じゃ。

まぁ広めたりしないなら良いけどさ。それより、健達も同席してさっきの話をしても良いか?」


「はい…大丈夫です…。」


「ありがとな。」


「いえ…。」


「早速話に移るが、ヒュールは精霊の眼を持ってるんだ。」


「そう言う事だったのですね。」


「あぁ。ちょっと本人に確認しないと伝えるには重い話みたいだったからな。黙ってて悪かったな。」


「いえ。真琴様の判断に間違いなどありません。」


「凄い評価だな…。

それより、ポーチに頼んだらその眼の使い方を教えてくれるらしいから教えて貰え。」


「えっ?!…よろしい…のですか?」


「うむ!良いのじゃ!今日は特に気分が良いからの!ドーンと来いなのじゃ!」


「お願い…します…」


「ふむ。」


ポーチはヒュールへと近づき目を見る。

少し居づらいのかヒュールは目を下へ向け、ポーチは顔を離す。


「ヒュールとやら。」


「はい…。」


「お主この眼鏡。どうしたのじゃ?」


「両親が…先程マコト先生が改良してくださいました…」


「まったく…マコトはとことん規格外じゃのぉ…まぁ良い。その眼鏡を外すのじゃ。」


「え?で、でも…」


「大丈夫じゃ。マコトの光は毒にはならんのじゃ。」


「わ、分かりました…」


ヒュールが眼鏡を外して恐る恐る目を開く。


「な、なんて美しい……」


「じゃろ?マコトの魔力を見れんのは損でしか無いのじゃ。」


「俺か?!俺のことを言ってたのか?!」


「そうじゃ。前にも言ったじゃろ。マコトの魔力は格別じゃと。

それより、ヒュール。そのまま魔力を目に集中させるのじゃ。ゆっくりで良いからの。」


「は、はい…」


「そのまま目の表面に膜を作るように意識してみるのじゃ。」


「……」


「どうじゃ?」


「少しだけ…楽になった気がします…」


「うむ。それが眼の制御の仕方じゃ。練習が必要じゃが、魔力自体はさほど使わんからの。慣れれば常に使っておれるのじゃ。」


「む、難しいですね…」


「マコトから聞いたが、魔力操作の授業を受けておるのじゃろ?」


「はい…。」


「マコトとリンの魔力操作の腕は儂以上じゃ。よく聞いてしっかりと身につければ自ずとその制御も出来るようになるじゃろうて。」


「はい…!」


「ま、マコト先生…」


「ん?」


「サイトン様にそこまで言わせる先生って……」


「気にするな。プリタニ。気にしない方向で行こう。」


「気になりますわよ!」


なんとかヒュールの件にはカタがつきそうで良かった。

プリタニとも仲良く出来そうだし大丈夫だろう。

またしてもお礼を何度も言われながら部屋を出る。


「さーて!儂はこの後少し用事があっての!ここでさよならなのじゃ!」


「残念だが…」


「な、なんじゃ?何故儂のことを掴むのじゃ?」


「アーラさん。」


「はいー!」


「アーラ?!何故この様な所に?!はっ?!まさかマコト!!」


「名残惜しくはあるが…ポーチ。さよならだ。」


「裏切り者ーー!!なのじゃーー!!」


「さ、行きましょう。マスター。」


「た、助けてーー!なのじゃーーー………」


「南無!!」


両手を合わせてしっかりとポーチを見送り、ラキトリ達の元へ向かい、修練に付き合う。


そんな事を繰り返して更に一週間が過ぎた。


「皆上手く発動出来るようになったな。」


「私に掛かればこんなもの簡単ですわ!」


「プリタニが一番習得に時間が掛かったのに偉そうに。」


「そ、それは言わない約束ですわ!」


「はははっ!」


「皆様笑い過ぎですわよ!」


教室内の雰囲気はかなり変わっていた。

皆がそれぞれの修練で得たものを共有しながら練習に励んだ事によってかなり仲良くなった。

因みに一番早く安定したのは予想通りキャラ。そもそもシャーリーの秘書を務める程の腕前だから出来て当たり前というものかもしれない。キャラも何故か生徒達に完全に溶け込んでいる。皆からはお姉さん的な存在として頼られ、耳をピクピクさせているシーンをよく見た。


次にラキトリとヒュール。二人とも魔法のセンスはこのクラスでも一二を争う物だろう。

その3人が他の人達に教えるという光景になり、仲良くなっていった。

昼食も今では全員で学食に行っている。


ビリダグは一人だけ男子だから心配だったが、それも女子生徒達は気にせずに上手く付き合っているらしい。

未だにピーカには近付けていない様だが…まぁ頑張ってくれ。としか言えない。


「それじゃあ次のステップに進むとするか。」


「遂に来ましたわね!」


「魔力の操作が精密に行える事によって魔力のロスが少なくなる。次に魔力のロスを抑えるにはどうするべきだ?」


「魔法を使う時により明確なイメージを作る事ですか?」


「さすがラキトリだな。」


「やりました!」


「魔法を発動する際に魔法のイメージが曖昧だと、それに対応して魔力も曖昧に形成を始める。そうなると、その部分にロスが生じて魔法自体の威力が下がったり、そもそも発動しない時だってある。」


「イメージは明確に…という事ですわね!」


「そうだ。例えばだが、俺が最初にぶっ刺したクリスタルランス。こいつを曖昧に作ると…」


俺の目の前に出てきたのはただのクリスタルの棒で形も歪だ。


「こんな風になる。これだと弱いし直ぐに折れる。」


軽く力を入れるとバキバキと崩れてしまう。


「だが、明確にイメージすると。」


俺がいつも作り出しているクリスタルランスを出現させる。

柄や刃、装飾に至るまで明確に生成されている。


「す、凄い…」


「というか当たり前のように無詠唱でしかも杖も使わずにポンポンクリスタル魔法なんて使わないでくださらない?!」


「本当に明確なイメージが出来ればこれくらい簡単に出来るはずだ。」


「出来ませんわよ!?」


「ここまでやる必要は無いが、せめて槍の形だと分かるくらいにはイメージを明確な物にする必要がある。もちろん得意な属性だけで良い。皆それぞれの属性で…剣の方がイメージしやすいだろ。剣を作ってみろ。」


「第三位魔法のソード。ですわね!やってやりますわ!ウッドソーいたたたた!!」


「まだ第三位に合わせてホリントの腕輪を調節してないんだから慌てるなよ。」


「そ、そうでしたわ…」


「一人ずつ調節するから持ってこーい。」


「はーい!」


全員の調節を終える。


「よし。じゃあ始めてみろ。」


「ファイヤーソーだだだだ!痛ーいー!!」


「ウォーターソー……痛いです……」


第三位に上がった事で魔力量が変わり掴んでいた感覚がズレてしまう。

そうなる様にわざわざ仕向けたのだから当たり前だが。


どんな魔法でもギリギリの魔力を瞬時に把握して出せなければならない為である。


「ファイヤーソード。………出来た。」


「お!さすがはキャラって所だな。いきなり成功か。」


「………」


めっちゃ喜んでるわ。耳が。


「ただ少し形状が曖昧だな。もう少し正確にイメージした方が威力も増すぞ。そうだな…キャラのイメージだと…こんな感じか。」


キャラのイメージを元にファイヤーソードを生成する。

細剣の形状で持ち手にガードが付いた物だ。

ボヤけていたキャラの輪郭に対してこっちはハッキリと輪郭が現れている。


「練習します。」


「闘争心を燃やしてくれた様で何よりだ。」


「因みに…マコト様のファイヤーソードはどのような物ですか?」


「俺がいつも作るのはこれだな。」


目の前に現れたファイヤーソードこ形は完全な刀。

波紋や握りの部分のしめ縄まで忠実に再現している。


「す、凄いです……」


「満足かな?」


「はい。精進します。」


キャラはぺこりと頭を下げると熱心に剣を作り始めた。


ヒュールとラキトリはホリントの腕輪に弾かれてはいるが、剣を形成する所までは直ぐに辿り着くだろう。

魔法というのはどれだけ大きく強大になろうが、結局はこの二つの能力がどれだけ高いかで脅威度がまったく変わってくる。

俺も昔の事を思い出したことによってより明確に魔法を使う事が出来るようになっている。

もちろん毎日凛に手伝ってもらいながら練習は欠かしていないのも関係しているとは思うが。


授業での内容が一変した日にラキトリ達の修練も変化点へと辿り着いていた。


「はっ!やっ!」


ラキトリ、パーナ、ピーカ、三人共1.5メートルの円内でかなり軽快にボールを避けられる様になってきていた。


「良いぞ。ラキトリ。」


「ありがとうございます!ケン様!!」


「ラキトリもかなり動ける様になってきたしこの練習は欠かさない様に三人で引き続き行ってくれ。」


「で、では!?」


「あぁ。次に移る。」


「「「やりました!」」」


まぁ相当嬉しいだろう。かなり真剣に取り組んでいたし、中でもラキトリはあまり剣術に割いてきた時間が多くなかった分時間が掛かった。


パーナとピーカだけでも先に進めようかと話をしていると、二人が姫様と共に、と強く願ったのでラキトリの成長を待ったのだ。


「さて。そんじゃ次のステップに移るが…その前に真琴様から少し説明してもらうからよく聞くように!」


「「「はい!」」」


「俺達教官みたいになってきたなぁ…まぁいいか…

俺は剣術には疎いからそれ程詳細な説明は期待するなよ。

まずは、体捌きを覚えて3人の動きは格段に良くなった。相手の剣を避ける事に関してはかなりのスキルアップになったと思う。」


「はい!隊の中での練習でもかなり避けられる様になりました!」


「だろうな。じゃあ相手の剣を避けられて、その次は何が必要だ?」


「攻撃…ですか?」


「そうだ。攻撃と言っても突き、払い、薙ぎ、切り上げ、切り下げ等多種多様な攻撃方法があるだろ。」


「そうですね。その組み合わせで相手をいかに翻弄出来るか。それが私達の戦い方です。」


「あぁ。だが健の戦闘スタイルは全くちがう。」


「確か…一撃で仕留める。と仰っていました。」


「その通りだ。そしてそれが出来れば攻撃が全て必殺になる、という事になる。」


「はい。」


「そこでこんな物を作ってみた。」


「そちらは?」


「プーリシャの木で作った剣だ。」


「プーリシャですか?!」


プーリシャの木とは、非常に柔らかく脆い木の事である。衝撃を加えると粉々に砕け散る性質を持っている。

木としての存在意義を聞きたい所だが、生命力が強く、砕けてもその下からまた直ぐに木が生えてくる。


「この剣で組手を行う。相手は健。」


「ケン様と?!」


「健には普通の木剣を持たせてある。三人はこのプーリシャの木剣を使って一度で確実に急所を攻撃出来るようになるんだ。因みに腐るほどプーリシャの剣は作ってきたから安心しろ。

もちろん健はお前達に合わせて手加減するから歯が立たないなんてことは無いはずだ。」


「わ、分かりました!」


「じゃあ早速パーナからやってみるか?」


「はい!お願いします!」


パーナはプーリシャの剣を構えて健の前に立つ。


自分よりも強い相手の前に立つのはそれなりのプレッシャーが掛かる。それで動けなくなる奴も沢山見てきたが、パーナは素直に胸を借りに行くつもりらしい。

始まってすぐに健に向かっていく。


「はぁー!ぐぇ?!」


健に軽く胴に木剣を当てられ、パーナの剣は空振りに終わる。


「あ、改めて見ると凄いですね…まったく初動が分かりません…」


剣術において、武器を振る際には必ず予備動作というものがある。

剣を振る前に一度引き寄せる。足を前に向ける、腰を開く等その動作は身体全体の至る所から発せられる。

相対している者はその予備動作から次に何が来るのかを予測し先に動く事で攻撃を避けたり、カウンターを狙ったりするものだ。しかし、健にはその予備動作がほぼ無い。


これはフィルリアの折り紙付きなのだが、毎日毎日刀を振り続けた事により、その技は達人の域にまで到達し、予備動作がないまま突然切っ先が目の前に来る。

パーナからしてみれば斬りかかっていたはずなのにいつの間にかやられていた。という感じに見えただろう。


「臆さないのはパーナのいい所だ。だが勇気と無謀は別物だぞ。」


「くっ……はい!もう一度お願いします!」


「よし。来い!」


「やぁーー!!!」


結局パーナは健に叩かれまくって体力が尽きた。


「あ、ありがとう…ございましたぁー!」


「次は私が!」


「ピーカか。よし。来い。」


「はぁー!」


ピーカも臆することなく前に出る。

しかしパーナと違い攻撃を仕掛けるのでは無く、近付く事に意識を向けている様だ。


「あだっ!」


「まだまだ足運びが悪いぞ。」


「はい!お願いします!」


ピーカの狙いが俺に分かるということは、もちろん健には筒抜け。接近する前に簡単に一撃を許してしまう。


「ありがとう…ございました……」


よれよれになりながらお礼をしてパーナの所に行く。


「お願いします!!」


「はいよ。」


最後はラキトリ。


剣術が苦手とは言え一通りの基礎は出来ているしそれ程不格好ではない。

しかしプレッシャーからなのかなかなか前に出る事が出来ない。


「どうした?」


「っ!行きます!」


やっと前に出られたが、緊張からか動きにキレが無い。


「うっ!」


「ラキトリ。力を抜け。力み過ぎだ。」


「はい!」


「余計強ばってどうすんだよ。」


「うー…」


「健。」


「ん?なんだ?」


「ラキトリはお前のプレッシャーに負けてるらしい。本当のプレッシャーを教えたら今がどれだけ楽なのか理解できるんじゃないのか?」


「…確かに。」


「パーナもピーカも気をしっかり持てよ。今から健が本当のプレッシャーを教えてくれるぞ。食いしばれ。」


「「はい!」」


健が木剣を片手でラキトリに向けて構える。


「「「っ?!!!!」」」


その場を支配する様な殺気。重くのしかかる空気。ラキトリ達はまるで肺が動き方を忘れたかのように息が出来なくなる。


三人の顔が真っ青になる。

全員が尻餅をついて後ずさる。


「ふぅ。ま、こんなもんだな。」


部屋の空気が一瞬で軽くなる。


「……はっ!はぁ…はぁ…」


「ゴホッゴホッ!……す、凄いプレッシャー……」


「ち、チビりそうでしたよー!!」


「これに比べたら今の練習で受けるプレッシャーなんて大した事ないだろ?」


「確かにその通りですけど!」


「ほらラキトリ。掛かってこい。」


「…はい!!」


ラキトリもなんとか荒療治で組手を行える様にはなった。


結局誰も健から一本取ることはもちろん、触れる事すら出来なかった。まぁこの件に関しては教員をやる事とは無関係なので時間はあるし少しずつ成長すれば良いだけの事だ。


そんな事をしながらまた数日の時が経つと、シャーリーから呼び出しが掛かる。


「マコト。」


「うん。いきなり抱き着くな。」


「し、静かに。」


「………」


「よし。これで補給完了ね。」


「何を補給したのかは聞かないでおくよ。

それより、今日はなんの用だったんだ?」


「キャラ。」


「はい。私の方から説明させていただきます。

一週間後、この学校で開かれる闘技大会についてです。」


「闘技大会?」


「はい。毎年行っている催しで個々人で参加が可能。木剣と魔法を用いた戦闘を行い、そこで優劣を付けます。」


「怪我とか大丈夫なのか?」


「常に私や他の教員が見ていて、危ないと判断したら強制的にストップを掛けるのよ。」


「なるほどな。それで?その闘技大会ってのがどうかしたのか?」


「その闘技大会にあなた達のクラスの生徒も出場するのだけれど、その監督者になって欲しいのよ。」


「監督者?」


「個々人での登録が可能ではありますが、それはあくまでも個人戦の時の話です。クラス対抗戦という形で10人以下のグループ戦があります。そのコーチの様なものです。」


「なるほどね。そのコーチを俺達がやるわけか。」


「そうよ。この催しは国中が待っている年に一度のお祭りよ。その中でも特に注目されているのはあなた達の受け持っているクラス。エリートクラスなのよ。」


「この闘技大会で成績や、実力を見せた者は色々な所からオファーが来ます。」


「就職活動的なものにもなるわけか。」


「本来であれば元々の先生に任せるところなのだけど、まだ完治まで少し時間が掛かるのよ。闘技大会にはコーチとしては出られないわ。」


「その代役をやってくれと言うことか。まぁやらないってなると期待のエリートクラスが参戦出来ないって事なんだよな?」


「えぇ。必ず一人は教員を着けるという事を条件に参加を認めているのよ。」


「分かった。それくらいはやるよ。その代わり表には出ないぞ?」


「分かっているわ。実際に当日やる事なんて見てるだけだから大丈夫よ。それと、闘技大会が終わったらその後数日中には怪我が治って選手交代出来るわ。」


「そうか。分かった。」


「寂しく感じるならずっといてもいいのよ?」


「まぁ知った顔に会えなくなるのは寂しく感じるけどな。俺達にはやる事があるから遠慮しておくよ。」


「そう。残念ね。」


「まだ終わったわけじゃ無いんだからそんな顔するなって。」


「それもそうね。別に今生の別れってわけでも無いものね。ごめんなさいね。

ふぅ…そうだ。数日中には参加者の名簿を提出してね。」


「あいよー。これで話は終わりか?」


「いえ。それとは別件で少し話があるわ。」


「なんだ?」


「ごめんなさいキャラ。外してもらえる?」


「はい。」


キャラは部屋から出ていく。


「人払いが必要な話なのか?」


「えぇ。」


「…それで?何の話だ?」


「あなた達が遭遇したワイバーンとブラッディシャークの話よ。」


「なんでシャーリーが知ってんだ?」


「私もこの国では重鎮だからね。話し合いの場にいたのよ。

それよりも、フルズの子達が集めた情報から、このモンスターの違和感の残る出現には何者かの意図があると結論付けたわ。」


「なんでだ?」


「ワイバーンとブラッディシャークだけでなく、シャーハンドの周りの山々から上がってきた情報を集めると、不自然なモンスターの出現が頻発していたのよ。」


「それは…厄介事になりそうだな。」


「えぇ。そこで、フルズの子達にお願いして今回の件に詳しそうな人をフルズ本部に招いたの。」


「詳しそうな人?」


「ダークエルフの長。バーミルさんよ。」


「それって!」


「えぇ。マコトが探していた人ね。」


「こいつはラッキーだな。」


「もちろん会えるように手配をするつもりだけれど、その前に伝えておくわ。この街の周囲でモンスターが異常行動に出たという報告の中に、そのダークエルフ達の村も含まれているわ。それが詳しく知っていそうな理由だから…」


「バーミルの村も襲われたって事か…」


「その時はなんとか事なきを得たそうだけど、何人もの死傷者が出たらしいわ。」


「酷い話だな…」


「本来であれば外との関わりを極力持たないダークエルフ、しかもその長が外に出てきたのよ。その意味は分かるわよね。」


「報復か。」


「えぇ。この事件が人為的に起こされた物であるならば、ダークエルフは全力でその者を血祭りに上げると言っているそうよ。

下手に動けば相手の思う壷だと言う可能性もあるから引き止めてくれているみたいだけど…」


「ダークエルフはエルフには珍しく魔法よりも剣術に特化した種族です。かなり血の気が多いとは聞いていましたが…」


「俺が会いに行っても大丈夫なのか…?」


「マコトの記憶にあるのならきっと大丈夫よ。何を言われるかは分からないけど、マコト達の都合の良い日を教えて貰えるかしら?」


「明日は休みだから大丈夫だぞ。」


「姫様達となにかやってるみたいだけど?」


「学校が休みの日は休みにしたんだよ。だから明日は一日大丈夫だ。」


「そ。分かったわ。じゃあ明日迎えに行くわ。」


「え?いや。俺達が行くから良いぞ?」


「たまには街中を歩きたいじゃない。いつもここで仕事ばっかりだもの。」


「…なら待ってるよ。」


「えぇ。じゃあまた明日。」


思わぬ形でバーミルと会える事になった。嬉しい誤算と言うやつだろうか。いや、状況が状況なだけに嬉しいとは言えないだろう。

とは言え俺達にできる事はそれ程多くはない。部外者であり他種族だ。最悪国から出る事も覚悟しておいた方がいいかもしれない。


翌日、目が覚めて朝食を摂りに下へ降りるといつものようにポーチが調理場にいた。


「おはよー。」


「なんじゃ。朝からあまり元気がないの。ほれ。これでも食って元気をだすのじゃ。」


「お!うまそー!いただきまーす!」


「マコト。」


「ん?」


「今日はフルズの本部へ向かうのじゃろ?」


「シャーリーから聞いたのか?」


「うむ。」


「後でシャーリーが迎えに来るからその後本部に向かうつもりだぞ。」


「例のモンスターの件については話を聞いたかの?」


「あぁ。シャーリーの知ってる事は教えてもらったよ。」


「ふむ…。」


「なんだよ?」


「儂も着いていっても良いかの?」


「ん?いいんじゃないのか?」


「すまんの。」


「なんだよ急に。俺はそのダークエルフと話をするだけだぞ?」


「いや、確かにそうなのじゃが…ただの予感じゃよ。物事が動く気配…とでも言うのかの。」


「なにそれ。怖いんですけど…」


「はっはっはっ!気にするな!儂の勘はよく外れるのじゃ!」


「ほんとかよ…」


「おはよー!」


「シャーリーか。待っておったぞ。」


「マコトー!!!朝からマコト!」


「訳の分からん事を言いながら寄るな!」


「ぐへへへ…ジュルジュル…」


「相変わらずシャーリーは変わり者じゃの。」


「ポーチに言われたくないわよ。」


「儂のどこが変わり者じゃ?!」


「はっはっはっ!ポーチが変わり者なんて誰でも知ってる事じゃねぇか!」


「がるるるる!!」


「危ねぇ!」


「それより、今日は儂も着いていくでの。マコトには了解を取っておいたのじゃ。」


「良いの?」


「ポーチなら別にいいよ。色々と世話になってるしな。」


「そう。マコトが決めたなら私から言うことは無いわ。」


「さて。それでは行くかの。」


シャーリーとポーチに着いてフルズ本部へと向かう。

いつもならリーシャに向けられる軽蔑の眼差しにうんざりする所だが、この二人がいるとそれよりも目立ってくれて正直助かる。

特にシャーリーは学校に缶詰め状態だからほとんど街に姿を表さず、レアな光景に街中が2人の姿に色めきたっている。


「これなら毎度二人を引き連れて歩いてもいいかもなー。」


「今は良いですが、そのうち僻みや憎みの眼差しを向けられてしまいますよ。」


「ぐ…それは困る…」


「人気者も考え物じゃて。それより見えてきたのじゃ。フルズ本部。」


トジャリ達の様相からしてもっと忍んでいる様なイメージだったが、本部は城の様なドデカい建築物だった。

木造ではあるが、数百人がこの建物に集まり仕事をしているのだろう。建物の周辺には忙しく歩き回る人々が見える。


「お待ちしておりました!!」


フルズ本部の前で待っていたのはトジャリ、バリヌ、ガナブだった。

恐らく俺達と面識のある奴を置いてくれたのだろう。


「トジャリ!久しぶりだな!」


「あぁ!マコト!」


「ケン!久しぶりだなぁ!」


「おぅ!バリヌ!」


「久しぶりなのは分かるがせめて中に入らぬか?ここは人目が多すぎるのじゃ。」


「あ!これは!申し訳ございません!」


「良い良い。種族も関係なく再会を喜べる友などなかなかおらんものじゃ。水を差して悪いくらいじゃよ。」


「いえ。ではこちらへ。」


トジャリの案内の元、本部の中に入る。

入ってすぐのホールには受付が設置されており、どこかの大企業の様な印象を受ける。

皆黒い制服を着てピシッと決まっている。


階段を上がり、奥へと進む。

最奥にある部屋へと向かい、会議室の様な場所に通される。


「本部長を呼んで参りますので少々お待ち下さい。」


トジャリ達が出ていく。


「凄い施設だな。」


「フルズはこの街を守るための防波堤じゃ。その仕事は非常に重要であり、最も危険なのじゃ。」


「だからこそ、この様に施設や人員を国は惜しまずに融通してくれるのよ。」


「でも常に危険な仕事なんだろ?殉職者だって絶えないだろ。」


「そうだな。」


「ボボドル。やっと来たか。」


黒く長い髪、眉間に寄った深いシワ、黒い瞳を持つ男性エルフ。状況的に本部長だろう。


「待たせて申し訳ないな。俺はここの本部長をしているボボドル-コーデュラだ。」


「よろしくな。俺は…」

「マコト。だろ。話は聞いているからな。」


「そうだったな。」


「話の腰を折ったようで悪かったな。話が聞こえてきたものでついな。」


「やはり殉職者は多いのか?」


「少なくは無いな。残念な事だが…」


「出生率の低いエルフにとっては割と死活問題になるんじゃないのか?」


「そうじゃの。確かに死活問題ではあるのじゃ。じゃが措置としてはそれ程多くの事を出来ぬのじゃ。」


「……他種族の奴らに頼む…なんて事は出来ないもんな。」


「頭の痛い問題だが、まぁ今はその話は置いておこう。今はそれよりも直近での問題だ。」


「そうだな。」


「ダークエルフの話は聞いているのか?」


「私の方から話しておいたわ。」


「そうか。それなら話が早い。昨日ダークエルフの長であるバーミルさんに話をしたら直ぐにでも会いたいと言ってきた。一体どんな関係なんだ?」


「ま、まぁ…色々とあってなー…あははー…」


色々とあったのかすら分からないのだが。


「まぁ良い。別室で待たせてある。久しぶりの再会と聞いているし会ってくるといい。トジャリ。案内してやれ。」


「はっ。」


トジャリに案内されて別室に向かう。


「この部屋だ。」


「ありがとう。」


俺は扉を開いて中に入る。


ガタッ!


椅子の倒れる音がして、目をやると、長い白髪の両サイドから細い三つ編みを後ろへと流し、後頭部で止めた髪型。

浅黒い肌に、鋭い目付き。髪の白さのせいか、より際立って見える赤い瞳が美しい。少し潤んで見えるのは気のせい…か?


「グラン様!!」


突然床に片膝を着いて頭を垂れるダークエルフ美女。

この角度からだと…その…ビッグなスライムさん達が……


「あ、いえ。今はマコト様と名乗られていましたね。申し訳ございません。

ここの本部長のボボドルから話を聞いて直ぐにマコト様だと分かりましたのでお会いしたいと…本来であれば私の方から赴くべき所を、お手間を取らせてしまい申し訳ございません。」


「な、なんだ…?どうなってんだ?」


「あ、そうでしたね。記憶が…」


「そうですね。とりあえず真琴様にお返ししてから話を致しましょう。」


「はっ。失礼致します。」


何が何やら分からないうちに白い箱と黒い箱が出てくる。

混乱甚だしいが…視界は白く染っていく。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



俺達はシャーリーの家でいくらかの時間を過ごしていた。


外は厳しい寒さとなり、吐く息は白くなる程の季節。

最近はシャーリーに聞いてエルフの中でも他種族にあまり嫌悪感の無い人達との付き合いも広がりつつあった。そんな折、シャーリーの家に一人の男性エルフが来た。


緑色の服に身を包み、口と頭を隠し、目元だけが見える男だ。

そいつはシャーリーと何かを話すと直ぐに消えたが、シャーリーが戻ってくると俺達を呼んだ。


「グラン。ごめんなさい。少し用事が出来てしまったの。」


「用事?」


「大した仕事ではないけれど暫く家を空けなくてはならないのよ。」


「どれくらいだ?」


「そうねぇ…最速でも二週間程度かしら。」


「国の外に行くのか?」


「えぇ。」


「そっか。まぁこっちは大丈夫だから気にしなくて良いよ。最近は買い物も出来るようになったし。」


「少し心配だけど…あなた達なら大丈夫ね。」


「あぁ。行ってきてくれ。」


「じゃあ頼むわね。」


着の身着のまま出ていくシャーリー。

準備という準備をしないという事は言う通りにそれ程難しい仕事では無いのだろう。


「さてと…俺達はどうするかな…」


「グラン様。」


「ん?」


「少し足りなくなって来ました。」


凛が見せてきたのは木で作った入れ物。その中にあるのは木の実やキノコ等の山菜だ。


「そうか…って言ってもこの季節じゃ山に入っても取れないしなぁ…」


この山菜はシャーリーと一緒に冬になる前に西にある山で採ってきておいた物だ。


「シャーリーさんが言ってましたけど、ここの山は他の山と違って冬でも採れますよ。」


「そういやそんな事言ってたっけ。」


シャーハンドの周りの山々は、葉を落としはするが冬でも直ぐに次の葉が出てきて裸になる事が無い。

魔力の濃厚な場所であるからこその物らしいが、その実何故なのかは未だに解明されていないらしい。


「んー。まぁそれじゃあ取りに行くか。」


「はい。」


正直この国にも慣れてきていたし何度か西の山には入っているから気を抜いていた。


この後あんな事になるとは思ってもいなかった。


俺達は西の山に向かい山菜を取っては異空間収納に入れていた。

凛と健とプリネラの事は視界に入れてはいたし変に離れない様に互いに気を付けていた。

だが、山菜を取るのに夢中になって知らず知らず全員が山の奥へと進んでいる事に誰も気付いていなかった。


シャーリーにはあれ程山について注意されていたのにだ。


正直俺と凛は山で生活していた時期もあったし大丈夫だろうとたかを括っていた。

そして気付けばかなり深い場所まで来ていた。


「しまったな…」


「申し訳ございません!」


「いやいや。ティーシャが謝る事でも無いだろ。全員が気付かなかったんだから。それよりこっからどうするかだな。」


幸い度胸だけは付いていたので焦って歩き回るなんて事はしなかったが、方向も分からないしどちらへ行こうか迷っていると、森の奥から足音が聞こえてくる。


こんな所に人が?と思っていると足音の主が近付いてきた。


白髪の女性ダークエルフ。


「お前達。子供がこんな所で何をしているんだ。」


ダークエルフは強い語気で喋りかけて来た。が、ほかのエルフ達とは違い不思議と軽蔑や嫌悪感の様な暗い感情は感じない。


「ここより先はダークエルフの里。それ以上踏み込む事はたとえ子供でも許さんぞ。」


「そうだったのか…すまない。山菜を取りに来たのだが、迷ってしまって…」


「む。そうなのか。子供だけで来るからそうなるのだ。」


「仰る通りで…面目無い…」


「そ、そう気を落とすな。子供とは失敗を重ねてそこから学び大人になるものだ。」


「はは。あんたいい人だな。ありがとう。」


「む…それより今ここは危険なのだ。街まで送ってやるから急いで離れる方が良い。」


「危険?」


「凶悪なモンスターが出てな。この辺りを闊歩していると聞いたから討伐に来たのだ。」


「そうだったのか…知らなかった…」


「ほら行くぞ。」


ダークエルフが俺達を移動させようとした時、冷たい物が通り過ぎた様に感じた。いや、事実冷気が通り過ぎた。


「氷鳥?!」


氷鳥(ひょうちょう)。ランクAのモンスターで羽や尾っぽを氷で覆うデカい鳥。異界のダチョウという生き物と同サイズの鳥だ。

強力な氷魔法を使い、その魔力は非常に高い。

纏った氷もかなりの強度で動きは素早く、特に危険なのは氷魔法による凶悪な範囲攻撃。

恐らくダークエルフが言っていたモンスターとはこいつの事だろう。


「このタイミングで…くそっ!」


ダークエルフは腰から下げた直剣を抜き構える。


「クルルル。」


独特な鳴き声を放ちこちらを睨みつける氷鳥。


「逃げろ!なんとか時間を稼ぐ!」


ダークエルフは俺達にそれだけ言って氷鳥へと向かって走り出す。


「はぁー!!」


ガキィン!


氷鳥は羽で軽くダークエルフの剣を防ぐ。


「ちぃ!」


ガキィン!ガキィン!


なんど振っても届かない剣。


そして氷鳥が口を開く。


ビュオ!


冷たい風が通り過ぎると、ダークエルフの左腕が白くなる。


「ちっ!!」


直ぐに離れるが、左腕が冷気にやられてしまっている。


「動かんか…なら片手でやるだけだ!」


「クルルル。」


誰が見ても絶望的な状況。


「ジャイル。」


「わかってるよ。」


健は刀を抜いてダークエルフの隣へと躍り出る。


「なっ?!逃げろと言っただろう!!」


「悪いけどグラン様の命令でね。」


「くそっ!子供が目の前で死ぬなど見たくないぞ!」


「大丈夫だって。グラン様は強いからな。」


「魔力もろくに持たないガキに何が…」


俺はシャーリーから貰った首飾りを外す。


エルフ達は魔力の総量を見る事ができる為、俺の魔力量を知られないようにと買ってくれたもので、他人に魔力の総量を誤認させる魔法具だ。

確か名前は偽りの護石。だったかな?


「な、なんだその魔力量は…?!」


「悪いが親切なダークエルフさんが怪我してんだ。さっさと片付けさせてもらうぞ。」


俺は杖を振る。


俺の放った魔法は第五位風魔法ランブルカッター。

ウィンドカッターが数個、俺の場合は数十個だが、それがまとわりついて死ぬか消されるまでまで切り刻み続ける。


「クルルルルルル!!」


体中から血を吹きながら羽や尾っぽをばたつかせる。


「ジャイル!」


「任せろ!」


ランブルカッターを解くと同時に氷鳥の懐へ入る健。

刃は氷鳥の首元へと走る。


ザシュッ!


骨ごと肉を断つ音が聞こえると氷鳥の頭は地面へと落ちる。


「な、なんという強さ…」


「おい!大丈夫か!?」


「命に別状は無い…」


「左腕が…」


「あぁ。これはもうダメだな。切り落とすしかないな。」


「そんな事させるかよ。」


俺が手をかざすと暖かい光がダークエルフの左腕へと降り注ぐ。


「なっ?!これは回復魔法?!しかも第六位エクストラヒール?!」


「うし。なんとか大丈夫そうだな。」


「お、お前は一体…?」


「ただのガキだよ。」


「そんなわけ!風魔法を操り、神官でも高位の者しか扱えないという回復魔法まで使えるただのガキがいてたまるか!」


「ちょっとだけ魔法が得意ってだけだよ。」


「なっ?!そんな事……はぁ…分かった。そうしておくとするよ。」


「ありがと!さすが心優しきダークエルフさん!」


「バーミルだ。」


「え?」


「私の名だ。バーミル-トイソープス。」


「そっか。俺はグラン。こっちがジャイルでティーシャにプリネラ。よろしくな!」


「あぁ。よろしく頼む。それより……」


バーミルが空を見る。既に日が落ち始め暗くなりつつある。


「これじゃ街には行けないな…私達の里へ来い。本来であればダークエルフ以外は立ち入り禁止だが、事情を話せば悪い様にはならないはずだ。」


「良いのか?バーミルの立場が悪くなったりしないか?」


「命の恩人をここで放り出したらそれこそ私の立場が悪くなる。」


「そうか。分かった。頼むよ。」


バーミルは俺達を連れて里へと向かった。

本来であれば、里へはいくつかの遠回りをして、更にはいくつもの幻術を乗り越えねば辿り着けない様になっているらしい。最短でも一週間は掛かると言っていたが、ダークエルフのバーミルはその抜け道を知っていた。

流石に暗くなる前に到着とはいかなかったが、それでもその日のうちには着いた。


「待て!バーミル!その者達は?!」


白髪の男性エルフが里の入口でバーミルを引き止める。


顔立ちや赤い瞳がどこかバーミルに似ている。


「父上。いや、長。」


どうやらこの里の長でありバーミルの父らしい。


「無傷帰って来たのは嬉しいが、里の者以外は立ち入り禁止だ。分かっておるだろう?」


「それが、氷鳥を討伐しに行った私が危うく殺される所をこの者たちが助けてくれたのです。」


「なに?!その様な年端もいかぬガキがお前を?!」


「グラン。すまないが偽りの護石を外してもらえるか?」


「あぁ。」


「な、なんだその魔力量は?!」


「グランのみならずこの者たちの実力はこの里の誰よりも上です。私の左腕が無くなる所を魔法で癒してもくれました。」


「回復魔法だと?!」


「はい。」


「……我が娘が嘘を言わぬ事は誰よりも知っておる…事実なのだな。」


「はい。」


「グラン。と申したか。」


「あぁ。」


「我が娘バーミルを助けていただいたこと。ここに深く感謝する。」


「頭を上げてくれ!そこまでされなくても最初に俺達を助けてくれようとしたのはバーミルなんだ。」


「だとしても、やはり感謝する。」


「わ、分かったから…」


「里の中でも最強の戦士と言われるバーミルを救ってくれた事は里を救ったと同義。里を代表し、重ねて感謝する。」


「恐縮するっての…」


「ふはは!流石はバーミルが認めた男だ!ひととなりも好ましい!」


「ち、父上?!なにを?!」


「良きかな良きかな!歓迎するぞ!マコト!」


「お、おう…」


とんだ勘違いをされたらしいが、とにかくなんとかなったらしい。


「まったく!父上は!」


「まぁまぁ。バーミルが帰って来たから嬉しかったんだろ。」


「はぁ…情けないところを見せてしまったな…」


「そうか?俺達にはもう親がいないから羨ましい気もするがな。」


「親が…?!すまない…気を悪くしてしまっただろうか?」


「いやいや。もう慣れたから大丈夫。それに良くしてくれる人達もいるからさ。」


「…そうか。それなら良かった。」


「それにしてもエルフには珍しく皆大きめの武器を持ってるんだな。」


「あぁ。私達ダークエルフは体が普通のエルフよりずっと強くてな。剣術に特化したエルフなんだよ。」


「へぇ。」


「まぁ魔力も普通のエルフ程ではないにしてもそれなりに持ち合わせてはいるがな。」


「ふーん。」


「それよりも……ジャイル!」


「なんだ?」


「その剣を見せてもらっても良いか?!」


「ずっとちらちら見てたもんな。」


「うっ…」


「良いぞ。」


「ありがとう!

こ、これ程美しい剣は見た事がない…」


「刀って言うんだ。グラン様が作ったんだぜ。」


「なに?!回復魔法に加えて鍛治までこなすのか?!」


「すげぇだろ?」


「凄すぎて追いつかないな…」


「そんな大した事はしてないよ。」


「これだけの事をしておいて大した事はしてないとは…逆に嫌味に聞こえてくるぞ。」


「そんなつもりは無いんだが…」


「冗談だ冗談。それより、グラン。このカタナという物。私にも一振作っては貰えないか?もちろん報酬はきっちり払う。」


「作るのは出来るが…使うの難しいぞ?」


「だろうな。片刃でこれ程の強度。そして反り。下手に刃を合わせることは出来ないだろうな。」


「そこまでわかっていても欲しいってことか。」


「うむ。欲しい。正直に言うと初めて見た瞬間に惚れてしまった。」


「それ程か?」


「ジャイルなら分かるだろ?これ程美しい剣…いやカタナに出会える事は剣士にとってどれ程の価値があるのか。」


「分かるぞ。俺にとってはそれ以上の価値がある物だが、腰に着けるだけで誇らしくなる。」


「だろう!だから欲しい!」


「分かった分かった!作ってやるから!」


「本当か?!やったーー!!」


「喜び方凄いな。」


「うっ…」


「まぁそれだけ喜んでくれるとは作りがいがあるな。そうだな。暫くこの里に居てもいいか?」


「別に構わないが…何故だ?」


「せっかく作るならバーミルの手や体格とかに合ったものを作りたいだろ?ここにいて色々と話し合いながら作る方が良いからさ。」


「な、なんと…私の特注品という事か?!」


「そりゃバーミルの為に作るわけだからな。」


「これは夢なのか?!」


「そこを疑うのかよ。」


「でなければこれ程の事が起こりうるわけが…幸せ過ぎて死んでしまう…」


「まだ出来てもいないのに喜び過ぎだろ。まぁ居ていいなら早速明日から取り掛かるよ。」


「あぁ!頼んだ!」


という事で暫く里にいて刀を作る事にした。


結果としては一週間が掛かった。

その間にいくつも試作品を作り要望を聞いてはまた作るの繰り返しだった。


「ぎゃぁああああ!!!!」


という声が毎日聞こえてくるバーミルの家はある種の名物になっていた。


試作品だから合わない所を確認し、その度に試作品を鋳潰すのでバーミルが涙を流して絶叫するのだ。


そんな事が一週間続いてやっと出来た物をバーミルに渡す。


「こ、これが……」


「あぁ。バーミル専用の刀。氷雪華(ひょうせっか)だ。」


黒い下色に青い飾り。握りのしめ縄も青色だ。



「長かった…地獄の様な日々だった…」


「あんなに毎回よく飽きずに騒げるよな。」


「あれ程の物をさっと潰してしまうんだぞ?!一緒に私の心臓まで潰れてしまうかと思ったくらいだ!」


「大袈裟な…」


「大袈裟なものか!」


「分かった分かった!分かったってば!」


「む。なら良いのだ。

それより……抜いても…良いか?」


「もちろん。」


スラリと抜いた氷雪華は黒い刀身に淡い水色の波紋。

討伐した氷鳥の素材を用いて作った事で僅かな氷属性の魔力を宿した刀に仕上がった。魔法剣ならぬ魔法刀だ。


「な、なんと美しい……」


「結構な力作になったと俺も思うぞ。」


「まぁ国宝クラスの刀だわな。」


「国宝?!そんなにか?!」


「言っとくけど俺の刀もそのレベルだからな?」


「ま、マジか…」


「ギャンボのオッサンに技術を学んだんだからそれくらい当たり前だろ?」


「た、確かに…」


「美しい……はぁ……」


「あんまり刀身に見惚れると良くないらしいぞ。バーミル。」


「こ、これはすまん…」


「誰かー!!来てくれー!!」


突然の大声が外から聞こえる。


「どうしたんだ?」


気になって外に出ると慌てて里に入ってくるダークエルフ。


「どうした?!」


「長!大変だ!スノウラビットの群れだ!こっちに向かってきてる!」


「ちっ!!厄介な!」


「確かBランクのモンスターだったよな?」


「スノウラビットは群れを作りこの寒い時期にも餌を確保する習性があるモンスターなんだ。

毎年必ずと言っていいほど群れが現れるんだが、幻術のお陰で今までは回避出来ていた。

しかし、幻術はあくまでも認識を阻害するだけだ。里が消える訳では無い。稀にこうして見つかるのだ…」


「前にスノウラビットの群れが来た時は…里の者の半数が死んだんだ。」


「くそっ!今の戦力じゃ全滅しちまうぞ!長!」


「どうすんだよ?!」


「……戦える者は剣を持って集まれ!戦えぬ者と子供達は里を抜けて北へ向かえ!」


「里を捨てるのですか!?」


「命には変えられん!」


「ですがここを捨ててしまえば我らのような少数の民族など生きては行けません!」


「全滅して種が絶えるよりはずっとマシだ!!」


「そ、そんな……」


「……えーっと…スノウラビットだよな?」


「あ、あぁ。しかも群れだ。」


「多少森を荒らすかもしれんけど、それでも良ければ俺達でなんとかするけど?」


「……は?」


「いや。スノウラビットだろ?そんな騒ぐ事か?」


「一匹二匹では無いのだぞ?!何十匹もいるスノウラビットをどうやって?!」


「え?こう…ズバーっと」


「そんなことが出来るわけがあるか!」


「んー……まぁ世話になってるしなぁ。俺達がなんとか出来なかったら逃げればいいんじゃないか?それまでちょっと待っててくれよ。」


「なっ?!行く気なのか?!」


「大丈夫だと思うけど…心配なら着いてくるか?」


「命の恩人にそんな事をさせられるか!逃げろ!街なら安全だ!」


「悪いけどこの状況で逃げるなんてグラン様には有り得ない選択肢だぞ。」


「ですね。」


「お、お前達…」


「どうすんだ?着いてくるのか?やめとくか?」


「……私もこの里の戦士だ。着いていく。」


「バーミル?!」


「父上。私達が戻らなかったら直ぐに逃げて下さい。」


「バーミル?!待て!!」


「すみません。行ってきます!」


長の言葉を断つように背を向けるバーミル。


里を出ると直ぐにプリネラが寄ってくる。


「グラン様!向こうから沢山来ますよ!」


「分かった。ジャイル。ティーシャ。プリネラ。最初にデカいの叩き込むから逃したのは任せるぞ。」


「おぅ!」

「「はい!」」


「デカいの?ってなんだ?」


「良いから黙って見てろって!グラン様の邪魔すんじゃねぇぞ?」


「来ました!」


目の前から大量のスノウラビットが押し寄せてくる。


「行くぞー!」


俺は杖を振る。


氷雪夢幻。第八位の氷魔法だ。

木の下なのに雪が舞い散る。

その雪を邪魔だと言わんばかりに突進してくるスノウラビット。


「お、おい!来るぞ!?」


「黙ってろってば!」


「しかし!えぇい!くそっ!」


「あっ!こらっ!」


「命に代えても私が守ってみせ……る?」


スノウラビットの動きが完全に止まる。

まるで時が止まったかのように凍り付き、降っていた雪は止んでいる。


バキィィン!


時が動き出したと同時にスノウラビットが粉々に砕け散る。


「なっ?!」


「残りは十匹ってとこか?もう少し残してくれても良かったのに。流石はグラン様の魔法だぜ。」


「無駄口を叩かないでください。グラン様をお待たせするのは恥ですよ。」


「分かってるって。」


「お、おい!減ったとはいえ下手に突っ込めばやられるぞ!?十匹はいるのだぞ?!」


「大丈夫だ。あいつらに任せとけば。」


「そんな事無いだろ!早く退かせろ!」


「終わりました。グラン様。」


「はぁ?!」


「うしっ!戻るか!」


「いや!待て待て!何がどうなったんだ?!」


「スノウラビットを全滅させたんだが?」


「………」


この時のバーミルの驚愕した顔は割と記憶に残る驚きっぷりだった。


「か、帰ったのか?!思いとどまってくれたか!!」


「ち、父上…」


「恥ずべき事ではない!里で一番強いとは言え相手が悪過ぎたのだ!」


「ち、違います父上…」


「何が違うのだ?」


「スノウラビットはグラン達が…全滅させました。」


「……はぁ?!!!!」


「ぜ、全滅だって?!」


「あの数をこの短時間でか?!」


「ど、どう言うことだ?!詳しく聞かせてくれバーミル!」


「グランによる第八位オリジナル氷魔法を最初の一撃とし、スノウラビット六十匹を粉々に粉砕しました。」


「ろ?!六十匹?!第八位だと?!」


「はい…その後数秒で残った十匹をジャイル達が屠りました…」


「すっ?!」


「おいおい…マジかよ…」


「命の恩人どころじゃねぇぞ…」


「第八位の魔法を使うなんて大魔道士じゃねぇかよ…」


「俺達そんな英雄みたいな人達にあんな風に接してたのか…?」


「はっ?!そうだ!私はその様な英雄様に武器を作らせて……申し訳ございません!!」


片膝を着いて頭を垂れる里の者達。


「いやいや!まず英雄なんかじゃないしただのガキだろ?やめてくれよー!」


「数々の無礼!この命を持って!」


「バーミル!そなたの責では無い!

グラン様!全てはこの村の長でありながらそれ程のお方と気付かずに里の者達に無礼な行いを働かせた私が悪いのです!どうか私の命一つでお許し下さい!!」


「父上!?」


「バーミル!黙っていろ!これは長たる私の役目だ!」


「ちょっと待ってって!だから俺は英雄なんかじゃないし歳だって」

「歳など関係ございません!分かっております!我々を試されている事は!!」


「あー…いやー…」


「グラン様。ここは乗っておかなければ収集がつかないかと思いますよ。」


「はぁ……」


「っ!!」


俺の溜息にさえ顔を青くするダークエルフ達。


これは…やらなきゃダメっぽい…


「ゴホン。」


「っ!!!」


「やっと気付いたか。」


「も、申し訳ございません!!!!どうか私の命だけで!!」


「お前の様な干からびた命などいらんわ。」


「そんな?!どうか!どうかバーミルの命だけは!!」


「父上!私も戦士だ!英雄様への無礼の対価は自分で払う!!」


「バーミル。」


「はい!」


「命がいらんと申すか。」


「この命一つでこの村の者を許してくださるのであれば、惜しくはありません。」


「……よく言った!!」


「グラン様…?」


「それでこそ戦士だ!武器を作ってやった甲斐が有るというものだ!」


「あ、有り難き幸せにございます!」


「よし。それならばバーミルよ。」


「はい!」


「此度の試練。そなたが突破したと認めてやろう。」


「はっ!!」


「そしてその命。俺が預かる。」


「はっ!!この命!グラン様に差し上げます!!」


「なれば、バーミルよ。この里の者達をその刀にて守ってみせろ。」


「で、では!?」


「誰も死ぬ事は無い。」


「な、なんたる寛大なお心!!有り難き幸せにございます!!!」


「しかし!」


「……はい。」


「お前の命は俺の物だ。勝手に死ぬ事は許さん。絶対に死なず、死なせずこの里を守ってみせよ。それを無礼への償いとする。」


「はっ!!!御心のままに!!」


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「はぁ……どうしよ…」


「まぁあれだけ英雄って信じて疑わないならあぁするしか無かったって。」


「ですね。グラン様の凄さに気付いたのですから見所があります。」


「他人事だと思いやがって…」


「まぁ里から出てこない奴らだし気にするなって!」


「俺は静かーに過ごせれば良かったんだがなぁ…」


「それより街までどうしましょうか?」


「あぁ言った以上戻って道教えて…は流石になぁ…」


「まぁどこかには出られるでしょうから頑張りましょう!」


「ぬぉーーーー!!!」


白くなる視界。暗転した視界はドロドロと気持ち悪い。嫌な感情と共に禁術の知識が雪崩込む。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「かはっ!!」


「真琴様!」


「はぁ…はぁ…」


「大丈夫ですか?!」


「大丈夫だ…」


記憶を取り戻したは良いが、黒い箱の影響が段々と大きくなってきている気がする。いや、気のせいでは無く確実に…


「真琴様…?」


「大丈夫だ。それより…」


「申し訳ございません!!!」


「守れなかったか。」


「……くっ!はい…」


「そうか。」


「この不出来な我が身に降り掛かるどのような罰も全て受け入れます!ですが!ですがどうか!!」


「仇を討ちたい…か?」


「はい!どうか!!」


バーミルは隠すことも無く涙を流した。


「………長が…父が死んだか。」


「くぅ……もし本当に里の者達を殺したのが誰かの仕業だと言うのであれば!この身が引き裂かれようとも!業火で焼かれようとも!必ず償わせてみせます!どうか…どうか……」


「バーミル。」


「……はい……」


「辛い役を押し付けてしまったな…」


「マコト…さま……?」


「これはバーミルに辛い役を押し付けてしまった俺にも責任があると…思わないか?」


「そうですね。真琴様のせいですね。」


「だな。俺もそう思うぜ。」


「ですね。」


「なら、バーミルと一緒に仇を討つべき。だよな?」


「ま、マコト様…」


「今までよく頑張った。自分に責任を感じる必要は無い。体のあちこちについた傷を見ればどれだけその身を粉にしてきたかすぐに分かる。」


「なんと…なんと慈悲深きお言葉……私は…うぅ……」


「立って涙を拭け。戦士だろ。悪い事した奴らにお仕置きするんだろ?そんな事で仇が取れるのか?」


「……はい!!私はマコト様に認められた誇り高きダークエルフの戦士!!バーミルです!!」


「ならば今一度その手に刀を持って戦え。助力はしてやる。必ず父の無念を晴らして見せろ。」


「はっ!!」


バーミルとの話を終えて部屋へ戻る。


「ほぅ。」


「なんだよ。」


「いや。ダークエルフは誰にも従わぬと聞いておったがの…考えを改めねばならぬようじゃな。」


「なんでそんな事を?」


「別に話さぬとて見れば分かるものじゃ。」


「ちっ。これだから精霊の眼とかいう化け物は…」


「誰が化け物じゃ!」


「貴様!!英雄様に向かってその口のきき方!!無礼にも程がある!そこに直れ!!」


「英雄様じゃと?」


「ば、バーミル。良いんだ。この人は。前にも言ったが俺達に良くしてくれた人達だから。」


「そ、そうでございましたか。これは失礼をしました。」


「ほー。英雄様かぁー。」


「もういいから!それより話を始めてくれよ!」


「なんぞ?話とは?」


「とぼけるなっての。俺達に着いてきたって事は今回の件を俺達にも聞かせるつもりだったんだろ?」


「流石はマコトじゃの。バレておったか。」


「君達に隠していた事は謝る。だが、バーミルさんとトジャリ達の報告から君達の実力は聞いている。最早飾る言葉は必要あるまい。頼む。手を貸してくれ。」


「ちょっ!そんな!頭を上げてくれボボドル!言われなくても手を貸そうと思ってた所なんだ!」


「そうか!それは有難い!」


「まぁ手を貸す代わりに条件って訳じゃないけど…」


「なんじゃ?報酬でも望むのかの?マコトらしくないのじゃ。」


「いや。そうじゃなくてな。今回の件が本当に誰かの仕業だとしたなら、その首謀者をここにいるバーミルに斬らせてやって欲しい。」


「……」


「こいつは父や仲間を殺されている。」


「マコト様…」


「気持ちは分からんでもない。うちも少なからず被害を出しているからな。

だが、それに関しては承諾できんな。」


「やっぱりか。」


「どう言うことだ?!私では力不足だと言うのか?!」


「いや。そうじゃないよ。バーミル。」


「では何故ですか?!」


「今回の件が本当に人為的な物ならその首謀者から情報を聞き出す為だよ。どんな事をしたのか、何故したのかはもちろんだがその他にも色々と洗いざらい喋らせなければならない。」


「そうだ。次の被害が出ぬようにな。」


「くっ……」


「ボボドル。承諾出来ないって事は…もし俺達が先に見つけてどうしよも無い状況だった場合。殺してしまったらどうなる?」


「相手は何をしているのかさえ分からん様な奴らだからな。確かにそんな状況になるかもしれんな。

その状況下で殺さず連れて来いというのは酷であるし、そのせいで手助けしてもらっている君達に何かあってはフルズ本部長としては耐え難い失態だ。

それは恐らくフルズの者ならば皆同じだろう。」


「そうか。出来る限り捕まえようとするが、どうしよも無かったら切り捨てても別に罪にはならないって事だな。」


「この国を救ってくれた英雄を罪に問うと?そんな馬鹿な話があるか。」


「マコト様?!」


「だってよ。ま、出来る限り捕まえようと努力しような。バーミル。」


「はい!!」


「まったく…シャーリーとポーチが推薦するだけの事はあるな…度胸が違う。」


「実力はもっと違うわよ。」


「じゃの。」


「なんだよ…全部オヤジたちの掌の上かよ。」


「そう言うな。助けてもらいたいのは本当なのじゃからな。」


「はいはい。それじゃあ期待に添えるように働きますかね。」


「して、今後はどの様に動くつもりじゃ?」


「まだ色々と情報が集まっていない状況だからな。なるべく悟られない様に多くの情報を集める方向だな。」


「つまりまだ動かないのね?」


「動く先が見付からないんだ。動こうにも動けん。」


「分かったわ。進展があったら教えてちょうだい。」


「あぁ。今日はわざわざすまなかったな。」


「国の危機なのだから当たり前じゃ!さーて!帰って甘い物でも……」


「サイトン様。ご友人がお待ちになっております。」


報告に来たトジャリの背後に般若…もとい。アーラさんの姿が。


「あ、アーラ!今会合が終わっての!直ぐに向かおうと思っておったのじゃ!」


「どこにですか?甘い物でしょうか?私が必死になって仕事をしている間にまさか甘い物でしょうか?」


「そ、それは言葉の綾というかの!な?!分かるじゃろ?!」


「分かりません!行きますよ!!」


「にょーーーー!!」


「相変わらずだなぁ…」


「さて。私も仕事に戻るわ。またね。マコト。」


「はいはい!分かったから!寄るなっての!」


なんとかシャーリーを突き放して追い返す。


「さて。そんじゃ俺達も…」


「マコト。」


「ん?」


「せっかく来たのだしトジャリ達に案内してもらってここを見て回るのも良いぞ?」


「……本音は?」


「ここの所今回の件で働き詰めのトジャリ達に息抜きでもな。」


「最初からそう言えっての。」


「俺にも立場があるんだよ。」


「へいへい。じゃあトジャリ達借りてくぞ。」


「俺も休みたいなぁ…」


「働け!本部長!」


「くぅ……」


泣きながら仕事に戻っていく本部長。


「いい上司を持ったな?」


「自分でも思うよ。」


「さて。見学っていってもなに見に行くんだ?」


「そうだな…それ程見せる物も無いのだが…」


「トジャリ隊長!」


「せぃ!!」


「ぶほぉー!」


「名前を呼ぶな!」


「す、すいません……」


「それでなんだ?」


「フルズの部隊を見てもらうのはどうでしょう?」


「そんなもの見てもらってもなぁ…」


「あー。でもそれちょっと気になるかも。」


「どんな事してんだ?」


「俺達は本部にいる時は訓練とか情報のすり合わせとかが主だな。」


「情報の方はまぁ良いとして訓練ってのは?」


「見に行ってみるか?」


「良いのか?」


「本部長のお墨付きだ。行きたい所があれば本部長の部屋だって紹介してやるさ。」


「そいつは流石に可哀想だから遠慮しとくよ。」


「ははは!冗談だよ冗談!」


笑うと八重歯が見えて可愛いトジャリは健在らしい。


「な、なんだその目は。」


「いや。やっぱり笑うと可愛いなって思ってさ。」


「ぐっ…やめろー!」


「やっぱりトジャリ隊長は可愛いよな!ふぶるんぱっ!!!!

た…たいちょう…力かげ………ん………」


「はぁー!もうやめてくれー!」


「悪かったって。案内頼むよ。」


「まったく!マコトはまったく!」


「今日も添い寝確定ですね。」


「なんで?!」


「お…おいて…いかないで……」


トジャリの案内でフルズの訓練所へと向かう。


訓練所は本部の建物の裏にあり、丸太やその他の物でアスレチックの様になっている。そこではフルズの隊員が飛んだり跳ねたりしていたり、開けたスペースでは組手の様な事をしていたり剣を交えていたりする。


「へぇ。凄いな?!」


「この訓練所は今の本部長が就任してから作られた物なんだ。お陰で後輩の育成に実に役に立ってくれている。」


「トジャリ隊長!お疲れ様です!!」


訓練中の内の一人がこちらに向かって挨拶をすると全員がこちらを向いて挨拶する。


「……」


確かにフルズ本部長もそうだったが、フルズの連中は割とリーシャの様なエルフに不躾な視線を送ってくる者は多くない。

ただ、いないかと言われるとそうでもない。

少し残念に思っているとトジャリの腹に来るような大声が訓練所に響き渡る。


「貴様!!今こちらにおられるリーシャ様にどんな目をした?!」


ドガッ!


トジャリの拳が顔面にクリーンヒット。

しかし直ぐに起き上がりトジャリに向かい直立。


「は、はい!!申し訳ございません!!」


「こちらの方々は本部長自らが助力を求め、それに応じて下さった方々だ!!貴様のその目を見て気分を悪くされ、助力を断られたらどう責任をとるつもりだ!!!」


「も、申し訳ございません!!!」


「本部長の顔に泥を塗る様な真似をしてタダで済むと思っているのか!!!」


ドカッ!


「っ?!!」


「トジャリ。リーシャは気にしてないから彼を許してやってくれ。」


「そうか……貴様!リーシャ様がお許し下さるそうだ!!感謝しろ!!」


「ありがとうございます!!」


「い、いえ。大丈夫です。」


「かと言って完全に許されるものでは無いわ!!全員連帯責任だ!その場で腕立て100!!始め!!」


俺達の事を思ってやってくれているのはよく分かるが、怖いわぁ…流石は隊長。


「よし!訓練に戻れ!」


「はっ!!!」


「済まなかったな…」


「いや。ありがとう。流石は隊長だな。」


「一応話はしてあったんだが…認識が甘かったらしい。私の責だ!殴ってくれて構わない!」


「私も殴って下さい!」


「私もお願いします!」


トジャリに並ぶ様にバリヌとガナブが整列する。


それを後ろから、先程殴られていた隊員が見ている。なんともやり切れない顔だ。これも示しとはいえリーシャにそんなことを出来るわけがない。


「そ、そんな!そんな事出来ませんよ?!」


「構わない!やってくれ!!」


「よーし!そんじゃ歯食いしばれ!!」


「なっ?!ケンがやるのか?!」


「バリヌ!黙って立て!!」


「は、はいぃ!!」


「隊長!!」


さっきの彼が走り寄ってくる。


「申し訳ございません!私の責です!どうか私を殴って下さい!!」


「貴様!私に恥をかかさる気か?!」


「いえ!ですが私のした事が原因です!私が責任を取ります!」


「それならば私達も連帯責任です!」


「殴って下さい!!」


最早殴ってくれドM達の大集合状態。


「よーし!お前らぁ!歯食いしばれー!!」


健が肩をグルグル回す。


「こらこら。なんで健はそんなノリノリなんだ。」


「いや、なんか熱くなっちまって…」


「トジャリ達の事を殴るつもりも他の奴を殴るつもりも無いっての。これからは気を付けてくれれば全部水に流すから。

ほら。散った散った!」


「む…そうか?」


「ったく。やり過ぎだっての。リーシャの為を思ってしてくれたのは嬉しいがな。」


「なら良しとしよう。皆!解散!」


「はぁ…死ぬかと思った…」


「あの腕見たかよ…剣をどれだけ振ったらあんな腕になるんだ?」


「首から上が無くなるかと思ったぜ…」


「まったく。だらしない奴らだ。」


「そう言うなって。それに健がトジャリみたいな美人本気で殴れるわけないだろ。」


「びっ?!!」


「ははは!まぁな!その分はバリヌとガナブに分けてやろうと思ってたんだがな!」


「ぬぉ?!本当に死ぬところじゃねぇかよ?!」


「んだよ。死にゃしねぇっての。中級回復薬くらいで治るっての。」


「下級じゃ済まないのか?!なぁ?!そんな拳をこの素晴らしい顔に叩き込むつもりだったのか?!ケン?!」


「さり気なく何を言ってるんだバカが。一発殴られて頭の中身を混ぜてもらったらマシになんじゃないか?」


「お?隊長の許可が出たんだし一発いっとくか?」


「いかねぇよ!!いや、逝っちゃうよ?!」


「トジャリ。ここにいるのは全体のどれくらいなんだ?」


「三分の一だな。残りのうち半分は山に入っていて、残りの半分は完全な休みだ。」


「三交代制って事か。」


「あの山の中を見て回るだけでも大変だからな。隊員達の体調管理は私達隊長の重要な務めの一つだ。」


「………バーミル。お前から見てどうだ?」


「…流石はシャーハンドの守り手たるフルズ。ですが…」


「足りないか。」


「はい。」


「我々に足らぬ所があるのは事実だ。人数も育成も追い付いていないからな…」


「トジャリ…」


「なんだ?」


「この国が好きか?」


「もちろんだ。確かに他の種族とは大きく異なる価値観を持っているとは思うが、それでも私はこの国が好きだからここにこうして居るのだ。」


「そうか…」


「なんだ?そんな真剣な顔をして…?」


「今回の件だが、かなり大規模な話になる可能性がある。」


「大規模??」


「あぁ。恐らくな…」


「何か知っているのか?」


「……いや。勘だよ。」


「マコトが言うと現実味のある勘に聞こえるな。」


「……フルズはこの国の守り手だ。選択を誤るなよ。少数を切り捨てる覚悟も時には必要だ。」


「……」


「いや。そうならない様に願ってはいるが…すまない。変な事を言ったな。」


「……いや。心に留めておこう。」


「あぁ。じゃあ俺達はこれで帰るよ。」


「もう帰るのか?」


「皆集中出来ないみたいだしな。」


さっきの事があったからか皆訓練しつつもこちらを気にしてチラチラと覗き見ている。


「まったく…

おい!集中しないと怪我するぞ!」


「は、はい!」


「すまないな。出口まで送ろう。」


「いや。ここでいいよ。トジャリは皆を鍛えてやってくれ。」


「分かった。ではまた会おう。」


トジャリ達は俺達をその場で見送り、振り返るとまた遠くからトジャリの喝を入れる声が聞こえてくる。


「……一度シャーリーの所に向かう。」


「分かりました。」


「バーミルも着いてきてくれ。ここから出ても大丈夫なんだろ?」


「はい。マコト様の元にいるのであれば自由に街中を歩く許可が出ています。」


「良かった。じゃあ行こう。」


ダークエルフがこんな所に?!みたいな顔で道行く人々が次々と振り返る。

あまり気持ちのいいものでは無いが、イライラしないだけまだマシだ。


学校へ着くと直ぐにシャーリーの元に向かう。


コンコン


「はい。」


「俺だ。マコトだ。」


ガチャッ


言い終わる前に扉が開く。


キャラが耳をピクピクさせながら俺を見ている。


「どうされましたか?」


「少しシャーリーと話をしに来た。」


耳が少し垂れ下がる。


「……キャラ。力を借りる事になるかもしれないから一緒に話を聞いてくれないか?」


「よろしいのですか?」


ピクピクと耳が動いている。

機嫌を取りたかった訳ではなく単純に助力を頼む可能性を考慮したのだが、可愛い子が元気なのはいい事だ。


「校長。マコト様がいらっしゃっています。」


「マコトが?分かったわ。通して。」


「邪魔するよ。」


「貴方達が来て邪魔なんて思うはずないでしょ?それよりどうしたの?さっき会ったばかりじゃない。もう寂しくなったの?可愛いわねー!」


「やめぃ!

それよりちょっと聞いて欲しい事があるんだ。」


「……キャラ、席を…」


「良いんだ。キャラにも頼む可能性があるから。」


「そう。じゃあ話を聞きましょうか。」


対面に腰を下ろし、足を組むシャーリー。


「単刀直入に言う。

今回の件だが、恐らく禁術が用いられている。」


「なっ?!禁術?!」


「マコト様!!それは本当ですか?!」


「あぁ。バーミルと会って戻ってきた記憶の中にこの状況を作り出せる禁術の知識があった。」


「なんで言わなかったのよ?!」


「あの場で言うには人が多かったからな。禁術の知識を披露するには危険過ぎた。」


「た、確かにそうね。懸命な判断だわ。でもなんで私に?」


「姉さんなら絶対的に信用出来るからな。話すならまずは姉さんからだと思ったんだ。」


「可愛い子ねー!」


「撫でるな撫でるな!」


「恥ずかしがらなくてもいいじゃないの。」


「やかましい!」


「それより、思っていたよりも厄介な事に巻き込まれてるわね。禁術の内容は…聞かない方が良いかしら?」


「詳しく話せばシャーリーや他の人にも迷惑を掛けるから…全部は話せないが、簡単に言えばモンスターを引き寄せる魔法だ。」


「アイテムのモンスター寄せみたいな物?」


モンスター寄せは特定のモンスターを引き寄せる香りを放つ匂袋の事だ。


「それの超強力版だと思ってくれていい。

範囲はかなり広くてより多くのモンスターに効果のある物を想像してくれれば分かりやすい。」


「……」


「この情報を提供するべきだとは思ったが、禁術となると説明が難しくてな…判断が出来なかった。」


「いえ。良いのよ。私に言ってくれたのは寧ろ良かったわ。私の方で何とかしてみるわ。他には誰かに言ってないわよね?」


「もちろんだ。」


「……良かったわ。それならなんとか私が説明出来るわね。それで?キャラを呼んだってことは話の続きがあるんでしょ?」


「その通りだ。禁術を使っているという事は恐らくネフリテスっていう組織が動いていると思う。」


「ネフリテス。聞いたことのある名前ね。確か禁術を研究して使いまくっている組織よね。」


「あぁ。俺達はそいつらの一員をテイキビで殺してるんだ。多分その報復で…」


「それは違うわよ。」


「なんでそんなことが言えるんだ?」


「マコトなら分かっているでしょ。禁術には個人や少人数を相手にする事でより強力な効果を発揮する物も沢山あるわ。それくらい私でも知っている事よ。敢えてこの国全体を狙ったこと、そして被害は貴方達がこの国を目指し始める前から出ていること。これは貴方達が原因では無いことくらい思い至るはずよね?」


「……だが、俺達が来た事で計画が早まったのかも…」


「遅かれ早かれ来るのであればマコト達がいる今の方が寧ろ解決出来る可能性が絶たれずに済んだというものよ。マコト達も動いてくれるのでしょう?」


「当たり前だ。」


「なら寧ろ大幅な戦力増強。マコト達が居ない時を狙われた方が怖かったくらいよ。」


「……」


「マコト。あなたの悪い癖よ。全部自分のせいにしないの。」


「そうですよ!真琴様のせいではありません!」


「私もそう思います!」


「……ありがとう。皆。」


「いい仲間を持ったわね。」


「俺には勿体ないくらいだよ。」


「ふふふ。」


「…落ち込んでても仕方ない。これから先の事について考えている事を話すよ。」


「分かったわ。聞かせて。」

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