第三章 エルフの国 -シャーハンド-

王都シャーハンド。と言っても森と共に生きるエルフ達の街。煌びやかな物は無く、自然と一体化したような街だった。

木々に寄り添うように作られた木製の家々が密集しており、木の幹の上の方にも家が見える。

街灯は無く家々の屋根に取り付けられた魔石を用いたランプがチラチラと優しく光を落とす。

エルフ達が街中を歩き、その傍を小さな精霊が飛び交っている様にも見えてとても現実の風景とは思えない程幻想的だ。


「ようこそ。シャーハンドへ。」


「凄いな…こんなにも美しい景色は生まれて初めてだよ。」


「そう言ってもらえると嬉しいものだな。

おっと。私達はフルズの本部に顔を出さなくてはならないからここまでだ。」


「助かったよ。ありがとう。」


「助かったのは我々の方だ。さっき教えた宿に泊まるといい。私達は気にしないが、街の中ではリーシャさんは辛いと思うからな。その様な者に優しい宿のはずだ。トジャリの紹介で来たと言えば直ぐに部屋を用意してくれる。」


「何から何までありがとな!」


「気にするな。じゃあまた!」


トジャリ達と別れて街中に入る。


トジャリさんの説明ではエルフの街には区画という物が存在しない。

身分の違いはあるらしいが、そもそも街に住む者はそれなりに身分の高い者達らしい。

交易もそれ程盛んでは無いため他種族にはあまり優しくない街になっているらしいが、それでも冒険者ギルドや宿等は一通りは揃っているらしい。


「確か…こっちって言ってたか?」


「いえ、こっちの方ですね。」


「うーん。こりゃ慣れないと訳が分からないな…」


「ほとんどが無造作に作られていますからね。区画整理などは一切していませんし。」


「覚えるまでは大変だな…」


「着きましたよ。」


「ここか。」


宿は大木の根元にあり、苔むした屋根とツタの這う壁が実に……味がある。


「ボロっちいな!あいてっ!」


「筋肉バカもここまで行くと殺意を感じますね。」


「なんだよ。本当の事だろ?」


「ボロっちい宿で悪かったの!」


「え?!なんだ?!どっから声が?!」


「失礼な奴じゃな!こっちじゃ!こっち!」


下を見ると小さなエルフの少女が仁王立ちしている。

赤い髪をポニーテールにしてエプロン姿。

パッチリした赤い瞳。

小さな背で視界に入らなかったらしい。


「お、こんな所に…少女が!宿を借りに来たんだけど、お父さんかお母さんは中にいるか?」


「誰が少女じゃ!儂はこの店の主ポーチュニカ-サイトンじゃ!」


「えぇ?!なに?!シャーハンドでは子供でも宿を開けるのか?!」


「重ね重ね失礼な奴じゃな!!」


健の足を蹴っているが、健は何も感じないのか普通にしている。


「ぐっ…硬い足め……」


「大丈夫か?」


「ガブッ!」


「いててて!!なにすんだよ?!」


「人を子供扱いした罰じゃ!」


「いや、どっからどう見ても…子供だろ?」


「まだ言うか!儂はそこらのエルフよりずっと長く生きておるわ!」


エルフは長命。1000歳を越える者も多く若い体を保つ時期が長いため、見た目が若くても既に500歳とか700歳。とかざらにあるらしい。

ドワーフの国でもそうだったが人を見た目で判断すると良くないな。


「マジかよ…シャーハンドの七不思議か?」


「そうそう。儂は何故こんなにも小さいのか…って誰が七不思議じゃ!ガブッ!」


「あだだだだ!ごめんごめん!ふざけ過ぎた!」


「まったく!

それより宿を探しておるのだろ?!」


「あぁ。うちのが失礼したな。トジャリがここに泊まると良いと紹介してくれてな。」


「む。トジャリの奴め!わざと儂の事を黙っておったな!次に来た時は一発ぶん殴ってやるわ!」


「トジャリって意外と茶目っ気のある奴だったんだな?」


「何を言うか!トジャリはガキの時から言う事を聞かんお転婆娘じゃったわ!」


「そうなのか?!」


「糞ガキじゃよ糞ガキ!

む。それよりここじゃと人目に付きすぎるの。中に入れ。」


「あ…すまないな。」


リーシャに視線が集まり始めたのを察知して中へと通してくれる。


「さてと。四人部屋で良いかの?」


「あ、すまない。五人部屋にしてくれないか?」


「??」


「今はいないけどもう一人仲間がいてな。これくらいの背の変わった黒い服を着た黒髪の人種の女性だ。」


「む。そやつは良い奴じゃな!」


「背の高さか?」


「噛むぞ!がるるるる!」


「健。そのくらいにしときなさい。」


「う、すまん。ノリが良いからついな?」


「儂は年上だからのー!許してやろう!」


「ははー!ありがたき幸せー!」


「うむ。苦しゅうない!」


本当にノリがいいのな。この子…いやこの人。


「飯はどうするのじゃ?うちでは食った分は家賃から差し引いて払ってもらうことにしておるが。」


「サイトンさんが作るのか?」


「ポーチと呼べ。名字で呼ばれるとくすぐったいわ。」


「それじゃ遠慮なく。ポーチが飯は作るのか?」


「勿論じゃ。この辺じゃ有名なんじゃぞ?儂の飯は美味いとな!」


「それは期待しちゃうな。」


「期待してくれて良いぞ!」


細くて小さな腕を曲げて見せてくるが、力こぶは…無い。


「じゃあ少し多めに渡しておくよ。」


「うむ。部屋は2階の一番奥じゃ。」


「ありがとう。」


部屋に入りやっと一息つく。


「さすがに疲れたなー。」


「慣れない山道でしたからね。」


「明日からはシャーリーの捜索か?」


「もしまだ学校の教師やってんならすぐ見つかるんじゃないのか?」


「フィルリアさんも教師辞めたんだし分かんねぇだろ?」


「それはどうでしょうか…?」


「どう言うことだ?」


「この街を久しぶりに見て思ったのですが、閉鎖的で他種族が入りにくいというのは昔と変わっていません。なので、どこかから圧力が掛かったりはしないと思います。

もしマコト様達を追っている人達がエルフだとしたらその範疇にはありませんが…」


「つまりもしシャーリーが未だに教師をやっていてこの街で俺達に関する圧力が掛かってなければ逆にエルフは完全に無関係だって事か?」


「とも言いきれませんが…私はそう思います。」


「…じゃあ取り敢えずは学校から調べてみるか。」


「詳しい話はポーチに後で聞いたらどうだ?」


「だな。じゃあ夕食までは自由!」


俺はリーシャに渡す矢の研究。

健は刀の手入れ、リーシャは弓。

凛は俺の横で見学。

プリネラは屋根裏で周囲を警戒してくれている。


時間が過ぎ、夕食の時間となった為下へと降りる。


「お、来たな。まぁ座れ!」


カウンター席に座らされて食事を待つ。


「客は少ないんだな?」


俺達を含めないと二組の利用者しかいないらしい。


「まぁの。そもそも旅人自体が少ない上に儂は悪い奴じゃ無ければ誰でも泊めるからの。」


フライパンを片手に料理をしながら話をしてくれる。


「悪い奴じゃ無ければ?そんなのどうやって判断するんだ?」


「何年生きてると思うとる。それくらいは見ただけで分かるのじゃ。」


「嘘くせぇー。」


「がるるるる!」


「うわっと!」


「まぁ本当はそやつの魔力を見ておるのだがの。」


「魔力?」


「ポーチさんは精霊の眼をお持ちなのですが?!」


「やはり知っておったか。その通りじゃ。」


「リーシャ。精霊の眼ってのは?」


「エルフは他者の魔力量が分かるというのはお話しましたが、極々稀に精霊の眼という特殊な眼を持っている人がいます。

その精霊の眼を持っていると、魔力量ではなく、その人の魔力自体を視ることが出来るのです。」


「つまり俺達から出てる魔力を見てるのか?」


「はい。」


「魔力というのはその者の影。切っても切り離せぬ物なのじゃ。そして魔力は嘘を吐かぬ。悪い事をしておれば魔力は黒く淀んでいき、逆に心根の良い者の魔力は白く透き通って見えるのじゃ。」


「へぇ。つまり俺達はポーチから見て合格点の白さを持ってたって事か。」


「何が合格点じゃ。マコトの魔力は透明とも言えるほど透き通っておる。こんな輩は見た事が無いわ。」


「さすが真琴様…」


「俺そんな良い奴じゃないぞ…?」


「儂の言うておる悪い奴、良い奴というのはマコトの言うておる者とは違うのじゃ。

時として嫌な決断を下さねばならぬ時が人にはある。ただ、その時に誰かを思い行動出来る者の事じゃよ。」


「あぁ…その点なら真琴様は確かに白いわな。」


「自分の事を蔑ろにし過ぎますからね。」


「そう言うことじゃの。白過ぎるというのも危うく、脆い。マコトにはそれを補ってくれる者達が傍におるでの。あまり心配はしておらぬが、マコトの白さに感化されて他の者も白くなり過ぎぬ様に気をつけることじゃ。」


「確かに…言えてますね。」


「俺ってそんなに影響力あるの?」


「はぁ…だから白過ぎるなんて言われるんですよ…」


「え?!」


「はっはっはっ!リンがおればマコトの事は心配無さそうじゃの!

ほれ!出来たぞ!食うてみろ!」


「うっひょー!美味そー!!いただきまーす!」


「なんじゃその挨拶は?」


「これはかくかくしかじかで。」


「ほう。素晴らしい習慣を持つ故郷なんじゃの。見習わねばならんの。」


「それよりポーチ!これうんめぇ!」


「じゃろ?今後は儂に敬意を払うのじゃぞ!」


「おぅ!」


「こやつ分かっておるのか?」


「馬鹿ですからねー。」


「にしても本当に美味いな。」


「まだまだあるでの。沢山食うのじゃぞ。ほれ。これも食え。」


「おぅ………ってこれ米か?!」


「なに?!米だと?!」


「な、なんじゃ?なんのことを言っておるのじゃ?」


「この白い粒だよ!」


「それはヤルルカと言っての。ここシャーハンドの特産品じゃよ。」


「まさか……まさかこんな所で出会えるとは……うぉおおおお!!」


「き、気持ち悪い男じゃの…泣きながら食うておるぞ?」


「これは私達の故郷で主食として食べられている物でして、少し違いはありますが…」


「それで故郷を思い出して泣いておるのか?」


「これに似た物を探してたり色々と試したが全て失敗してな。諦めてたんだよ。」


「ふむ。それ程ヤルルカを気に入ったか?」


「気に入ったどころじゃねぇ!俺は体を動かす事が仕事だからな!これじゃねぇと腹に力が入らねぇんだよ!」


「はっはっはっ!確かにそれは分からんでもないの!」


「真琴様。これって…」


「ん?」


「一口食べてみてください。」


「……これは?!醤油か?!」


「なにぃ?!醤油だと?!」


「ポーチさん!これに使われている調味料は?!」


「トートーロという豆をあれこれして作ったものじゃよ。」


「って事は…味噌もあるのか?!」


「ミソ…?」


「もっとこうヌチャヌチャしたやつ!」


「ヒョギの事かの?」


「凛。」


「はい!」


「凛にこの国の食物を買い占める事を許可する!」


「お任せ下さい!」


「やめぃ!そんな事されたら儂らが餓死するじゃろ!」


「む……それは本意ではない…本意ではないが…くっ…」


「別に買い占めんでも必要な分だけ買っていけば良かろうに。」


「必要量…となればやはり買い占めなくては…」


「どれだけ好きなのじゃ?!」


「朝は米と味噌汁。これは死んでも譲らんぞ!」


「し、死んでもじゃと…?」


「あぁ。そして醤油。最強にして最高の調味料。数多の料理に使われ人々を魅了し離さない。これ程完璧な調味料が他にあろうか…いや、無い!」


「もうよく分からの。」


「まぁそれくらい俺達にとっては必要不可欠な物なんだよ。」


「ふむ。それならお主達に良い奴を紹介してやろうかの?」


「良い奴?」


「うむ。これらの物を卸しておる奴じゃ。」


「ポーチ。」


「なんじゃ?」


「好きだ。」


「な?!ま、待て待て!頭でも打ったか?!」


「真琴様?!それは怒りますよ!」


「いや、すまない。取り乱した。忘れてくれ。」


「まったく。何を言い出すかと思ったら…」


「それで?その人は?」


「バリトンという男エルフじゃ。」


「バリトン。よし。心に刻んだ。」


「ん?待てよ…マコト達はトジャリにここを紹介されたのじゃったな?」


「あぁ。」


「それ自体もかなり珍しい事じゃが、何かあったのかの?」


「珍しい?」


「トジャリはあまり人には懐かぬ奴での。仲の良い奴と言えば同じ隊におる連中くらいのものじゃ。」


「そう…なのか?割と可愛い奴だったが…」


「そう言えると言う事はやはり懐かれておるのよ。トジャリは自分の認めておらぬ相手には辛辣でしか無いからの。」


「あぁ…まぁ最初は確かに冷たかった…か?」


「真琴様ってそう言うところは気にしないですからね。」


「そうか?」


「どれだけ邪険にされててもいつもの感じで普通にぶっこむからな。」


「考えた事無かったが…そう…なのか?」


「はっはっはっ!そこが良かったのかもしれんの。」


「まぁ来る時にワイバーンと出くわして一緒に戦ったからな。それもあるだろ。」


「というか、それしか無いですけどね。」


「うーむ。言われてみれば。」


「上手く撃退出来たのかの?」


「撃退って言うか討伐したぞ。二匹。」


「なっ?!討伐した?!」


「あぁ。そんなに驚く事か?」


「いや、討伐した事と言うよりはその人数で討伐したという事に驚いておるのじゃ!しかも二匹じゃと?!」


「なんでか知らねぇけど二匹いたからな。」


「マコトの魔力総量は見ただけで感嘆する程のものじゃが、まさか魔法の腕も超一流とはの…」


「真琴様ですから。」


「となると冒険者ランクはSランクか?」


「いや。Bランクだぞ。」


「B?!馬鹿な事をぬかすでないわ!ワイバーン二匹を軽く捻る奴がBランクなわけが無かろう?!」


「いや、一体は健が斬ったしな。」


「斬ったじゃと?!」


「え?そうだけど。」


「あの硬い鱗を斬ったのか?!」


「まぁ硬いって言っても所詮は鱗だしな。」


「はぁ……何故お主らがSランクにおらんのか不思議でならんわ…」


「まぁ俺達としては目立ちたくないしこのままの方が嬉しいけどな。」


「そう言う問題では無いわ!」


「えー…なんで怒られてるのー…?」


「腕の立つ冒険者というのはギルドがいつでも欲しがる人材じゃ!

決めたのじゃ!マコト達は明日はまず冒険者ギルドに来るのじゃ!

そこでSランクになったらバリトンを紹介してやるわ!」


「な、なんだと…?!」


「どうじゃ?どちらを選ぶのじゃ?」


「ひ、卑怯な…」


「因みにバリトンには儂からの紹介で無ければ物を卸してはくれぬぞ?」


「ぐっ……」


「ほれほれ。はよ決めぬか。」


「究極の選択と言うやつか…」


「おかしな事を言うの。本来ならばランクが上がって喜ぶ所じゃろうに。」


「色々あって目立ちたくないんだっての…」


「ふむ。それならば、本来なら公表する所を、Sランクになった事を伏せておいてやろうかの。それならどうじゃ?」


「む、それなら…」


「決まりじゃの!」


「ん?というかポーチが決められる事なのか?それって。」


「まぁの。儂はここの冒険者ギルドのギルド長をやっておるからの!」


「なにぃ?!」


「驚いたかの?」


「さすがに驚いたわ…」


「ふっふっふっ!」


「ここの冒険者ギルド大丈夫なのか?」


「どう言うことじゃ?!ケン!噛むぞ!」


「噛むな噛むな!」


「がるるるる!」


「はぁ…まぁ約束したもんは仕方ない。明日は冒険者ギルドに顔を出すよ。そんでバリトンを紹介してもらって…」


「真琴様。大事な事を。」


「そうだったな…色々とあり過ぎて忘れてたわ。

なぁポーチ。シャーリーっていう眼鏡掛けた緑髪の女性エルフって知ってるか?もしかしたら学校の教師をしてるかもしれないんだが。」


「それはシャーリー-トイナジフの事かの?」


「知ってるのか?!」


「知ってるも何もこのシャーハンドで唯一の魔法学校の校長じゃよ。」


「校長?!」


「うむ。」


「マジかよ…出世してたぜ…」


「シャーリーがどうかしたのか?」


「あ、あぁ。俺達がシャーハンドに来たのはシャーリーを探しに来たんだよ。」


「そうなのか?ならアポを取ってやらんでもないぞ。普通に会おうてしても会えないからの。」


「会えない?」


「そりゃそうじゃろ。唯一の学校の校長じゃぞ?何かあっては国としての大損失じゃからの。」


「ま、まぁ。そりゃそうか。超お偉いさんだもんな。」


「ただし!条件がある!」


「来たかー…」


「タダで儂が動いてやるわけが無かろう?」


「仰る通りで…それで?何すりゃいいんだ?」


「ふむ…ここでは場所が悪いからの。明日ギルドに来た時に話すとしようかの。」


「分かった。じゃあ明日だな…」


「そう暗い顔をするな。悪い様にはせんから。」


「はいはい…まぁ仕方ねぇな。」


結局は年上の女性に手玉に取られて終わった感が著しいが、話は繋がりそうだ。

少し時間が掛かるのは掛かるが、話を通せる相手にいきなり出逢えたと喜んでおくとしよう。


翌日朝飯をポーチの所で食べ終わり部屋にいると、暫くして部屋にポーチがやって来た。


「ほれ。何をしておる。行くぞ。」


「はいはーい。」


「……リーシャよ。」


「はい?」


「ギルドは街の中心部にある。そこまでの道程で不躾な視線を浴びるじゃろうが、大丈夫かの?ここで待っておっても良いのだぞ?」


「大丈夫です。私には既にその様な物など気にならない程の方がいますので。」


「…そうか。良い主人を得たのだな。」


「はい。」


「では行こうかの。」


ポーチに着いて冒険者ギルドへと向かう。


「くっそ!胸クソ悪いぜ!」


「落ち着かんか。リーシャが我慢しておるのにケンが爆発してどうするのじゃ。」


「わかってるけどよぉ…」


「我慢せい。」


「くそっ!」


道中、リーシャに浴びせられる視線は不躾と言うには優し過ぎる言い方だった。

それこそ汚物を見るような目を隠しもせずに向けてくるエルフ達。

中には聞こえる様に暴言を吐く者もいる。


「あと少しじゃ。ギルド内では大丈夫じゃからの。」


やっとの事でギルドに辿り着くと直ぐに中に入る。


「あら。おはようございます。ギルドマスター。」


「うむ。」


「そちらの方々は?」


「アーラには紹介しておこうかの。昨日この街に来た冒険者での。少し儂が預かる事にした。

マコト、ケン、リン、そしてリーシャじゃ。」


「初めまして。私はアーラ-ギャンドラと申します。」


茶髪の長い髪を片耳に掛けた大人な美人さん。

糸目で優しそうな女性エルフ。ニコニコしていて凄く好印象だ。


「アーラに年齢の事を聞くなよ。殺されるからの。」


「あら?何かお話ですか?」


「な、なんでも無いのじゃ!」


「それよりマスター。」


「なんじゃ?」


「昨日確かこちらの書類を仕上げて頂けるというお話でしたよね?」


「はっ?!しまった!隠しておくの忘れておった!」


「マースーターアー?!」


効果音を付けるならゴゴゴゴだな。という感じでアーラさんの目が開きポーチは冷や汗を滝のように流している。

アーラさんは怒らせたらダメな人だ。


ダメ絶対。


「今日中に仕上げるのじゃ!約束するのじゃぁ!」


「分かりました。もし、今日中に仕上げられなければ…分かっていますね?」


「はいなのじゃ!」


「良かったです。」


どうやら噴火は免れたらしい。


「そうじゃ。アーラ。マコト達と話をするのじゃが、アーラも来てくれぬか?」


「私ですか?」


「一人知っておいて貰わねば作業が滞るからの。

マコト。アーラは儂の一番の部下じゃ。安心してくれ。」


「分かった。それでいいよ。」


「ではこっちじゃ。」


奥の部屋へと通される。


アーラは飲み物を用意すると別室に行って、直ぐに用意して戻ってきた。


「これは良い香りですね。」


「お分かりになりますか?!」


「詳しくはありませんが…チキヒリの紅茶ですか?」


「よくお分かりになりましたね?!知っている人は少ないんですよ?!」


「真琴様にお出しするのに紅茶についても少し勉強したので。」


「そうだったの?!知らんかった…美味いなぁとは思ってたが…」


「高級な紅茶の葉ですよ。」


「へぇ。覚えとこ。」


「さて。マコトよ。昨日の話は覚えておるの?」


「分かってるよ。ランクアップだろ?」


「??」


「アーラよ。ここにおる三人。こやつらをSランクに昇格させるのじゃ。」


「同時にですか?!」


「実力は間違いない。昨日ワイバーンを二匹捻ってきたとの事じゃからの。」


「まさかトジャリさん達が話していた?!」


「ありゃ。ここには話が来てるのか…」


「も、申し訳ございません!」


「良い良い。

トジャリ達はフルズの上層部に報告しただけじゃ。フルズとは提携を結んでおっての。情報を共有しておるのじゃ。」


「あぁ!それでギルドの人達は知ってるのか。」


「言うても儂とこのアーラだけじゃがの。」


「別に言いふらしているわけじゃ無ければ構わないよ。」


「それよりランクアップの話じゃが、これだけの実力を持っておってなんとBランクとの事じゃ。」


「Bランクですか?!」


「そうじゃ。」


「勿体ないですね。」


「じゃろ?じゃからSランクに昇格させるというわけじゃ。」


「ですが、BランクからいきなりSランクとなると反感が出ませんか?」


「それなんじゃが、Sランクする条件として公表をしないで欲しいという事なのじゃ。」


「本人達の強い希望がある場合は公表を控えても良いという規約ですが…珍しいですね?」


「目立ちたくないとの事じゃ。まぁ本人達の強い希望という事じゃの。」


「分かりました。」


「良いのか?アーラにはもっと反対されると思っておったが…」


「マコト様の魔力量を見て反対する者はこのギルドにはいないと思いますよ。」


「確かにの。それにまだまだ器は満杯では無いときとる。」


「え?!これでまだ限界値じゃないのですか?!」


「アーラには分からんか。恐らくは半分程度じゃろうて。」


「は、半分?!」


「一言で言えば化け物よ。」


「酷い言われ様だな…」


「それくらいマコトの魔力量は異常なのじゃ。

それを考えてみれば目立ちたくないというのも納得出来るからの。」


「分かりました。では手続きをして参ります。」


俺達は首から下げているタグを渡す。


リーシャは奴隷である為冒険者登録はできず、プリネラは基本的に表には出られない為登録していない。


「確かにお預かりしました。」


手続き自体はすぐに終わる為紅茶を啜っているとアーラさんが戻ってくる。


「登録が完了しました。」


「ご苦労じゃったな。さて、これでバリトンを紹介出来るの。」


コンコン


「良いタイミングじゃの。入れ!」


「失礼致します。」


「…ガナブ?!」


「おや?倅をご存知でしたか?」


「倅…って事はガナブの親父さん?!」


「初めまして。私バリトン-アキシドと申します。」


「まさかガナブの親父さんが出てくるとは…」


背格好も顔もよく似ているが、丸眼鏡をしていてピシッとした格好をしている。


人間の感覚で見てしまうと父親と言うよりは歳の近い兄というイメージだ。


「昨日話をしたマコトじゃ。」


「お話は伺っております。以後お見知りおきを。」


「こちらこそよろしく。」


「大量に買い付けたいとのお話でしたがどの程度を考えておいでですか?」


「んー。欲を言えば一生分と言った感じだが…」


「さ、流石にそれ程となると難しいですね。」


「分かってるさ。ただ、ここを出た後も暫くは無くならない程度には欲しいんだよね。」


「そうですか…それでしたら配達を頼むと言うのはどうでしょうか?」


「え?そんな事出来るのか?!」


「はい。冒険者の方でしたらタグをお持ちですよね?」


「あぁ。」


「そのタグを使い商業ギルドから発注を掛けるとその場所へ品物を届ける事が可能ですよ。

ただ少し割高にはなりますが。」


「マジかよ…知らなかった…皆使ってるのか?」


「いえ。配達は基本的にはしておりませんので。」


「ん?どう言うこと?」


「バリトンはこの街の商業ギルドのギルドマスターでの。その配達機能を使う許可を出せるのじゃ。」


「商業ギルドのマスターさん?!!

す、凄いの呼んできたな…」


「まぁの。」


「他ならぬポーチュニカさんの紹介ですので。これくらいはさせて頂こうかと。」


「どうじゃ?少しは儂に感謝する気になったかの?」


「ありがとう。ポーチ。」


「ぬぉ?!分かった分かった!分かったから!近いのじゃ!」


「ではタグをお貸し願えますか?」


「あ、はい。」


タグを三枚持って部屋を出ていくと数分後に帰ってくる。


「これでいつでも商業ギルドから商品を取り寄せる事が可能になりました。」


「ありがとうございます!」


「いえいえ。

それで…宜しければ少しお願いがございまして。」


「お願いですか?」


「ポーチさんのお話では皆様Sランクに昇格なさったとか。」


「たった今ですが。」


「となればこれから非常に希少な素材を手に入れる機会に恵まれるかと思われますが…」


「なるほど。その素材を商業ギルドに卸してくれって事か。」


「はい。」


「流石は商業ギルドのマスターさんだよ。いい性格してるな。

ここまでしてもらっておいて断れるわけが無いだろ?」


「ありがとうございます。」


「昨日から年上に転がされてばかりだな。」


「はっはっはっ!まだまだ若いもんには負けられぬて!」


「勉強になります。」


「はっはっはっ!」


「それでは私はこれで。」


「あ、ちょっと待ってバリトンさん。」


「はい?」


「お近づきの印…というわけじゃないんだが、これを。」


「これは……?!!!

まさかミノタウロスの角ですか?!」


「ミノタウロスじゃと?!Aランクのモンスターじゃぞ?!三頭分もあるではないか?!」


「ちょっとダンジョンに潜った時にな。」


「こ、これほど立派で状態の良い物は始めてみました…」


「高く売れそうかな?」


「これ程となるとどれだけの値がつくか…流石にこれは頂けませんよ!」


「良いって。その代わりまぁ色々と便宜をはかってもらえるかなぁ。ってさ。」


「……ふ。ははは!マコト様もやり手ですな!」


「まぁ負けたままじゃ悔しいからね。」


「分かりました。出来る限りの便宜を約束いたしましょう。」


「ありがとう。」


「こちらこそ。それでは。」


バリトンさんが出ていく。


「まったく…いきなりとんでもない物を出しおって…」


「ビックリした?」


「Sランクに相応しいとは思っておったがまさか既にAランクのモンスターを討伐しておるとはの…。」


「正直一本くらいはこちらにも卸して欲しかった所ですね…」


「あらま。そりゃそうか。んじゃこれでもどうだ?」


「これはストーンリザードの外殻ですか。ほとんど完璧な状態ですね。」


「それはおまけだよ。こっちが渡したいやつ。」


「これは…??

すいません。私は見たことの無い素材ですね。」


「とんでもない物をポンポンと出すでないわ!

これはシャドーランナーの爪じゃ。」


「シャドー……シャドーランナー?!あのワイバーンと同じBランクのですか?!」


「そうじゃ。これも完璧な状態じゃの。」


「満足してくれそうかな?」


「満足どころじゃないわ!これ一本でどれだけの価値があると思っておるのだ。」


「まぁ色々とポーチには世話になったからな。これからも世話になりますって事で。」


「食えぬ奴じゃのぉ!分かった分かった!この街におる間は儂が出来ることはしてやるのじゃ!」


「さ、流石はSランクの冒険者になるだけの事はありますね…マスターをここまでやり込めた人は初めて見ましたよ…」


「うるさいわ!」


「これからもよろしくお願いしますね!」


「こちらこそ!」


なんとも言えないポーチの顔をニコニコしながら見ていると痺れを切らしてポーチが話を戻す。


「もういいじゃろ!次の話に移るぞ!」


「はーい。」


「シャーリーのアポを取る前にやって欲しいことがあるのじゃ。」


「昨日話さなかった事だよな?」


「うむ。実はマコト達をSランクにしたのもこれに関係しておるのじゃ。」


「つまりSランクの依頼ってことか?」


「そうじゃ。一応この国にもSランクの冒険者はおるのじゃが、ちと難儀な奴での。」


「難儀?」


「そやつは討伐依頼しか受けぬのじゃ。」


「た、確かに難儀な奴だな。」


「そこでマコト達に頼みたい依頼があるのじゃよ。」


「つまり討伐依頼じゃないわけだな。」


「うむ。護衛の依頼じゃ。」


「護衛?」


「なんぞ不思議かの?」


「あぁ。護衛の依頼でSランクの冒険者が必要になるなんてどんな場所に誰の護衛で行くんだよ。」


「場所は北の山にある洞窟じゃ。」


「洞窟?」


「正確にはその洞窟内にある地底湖じゃの。そこに咲く月の雫という植物を取ってくることが目的じゃ。」


「月の雫?」


「どんな病気も立ち所に治してしまう薬を作れる植物じゃよ。」


「回復薬とは違うのか?」


「回復薬は外傷のみを治す薬じゃ。月の雫は病気を治すのじゃよ。」


「なるほど。それは分かったが…何故護衛なんだ?俺達が取ってこればいい話だろ?」


「そうもいかんのじゃよ。依頼主が自分の手で摘むと言って聞かないのじゃ。まぁ月の雫は年に一度、森の魔力が最も高まったこの時期の満月の夜にしか咲かない花じゃからの。

とても希少価値が高いのじゃ。誰かに頼んでもそのままどこかへ売ってしまう…という事も起こりうるわけじゃの。」


「なるほど。確実に手に入れるために護衛依頼にしたわけか。まぁ一応は納得しておくよ。」


「歯切れが悪いの…」


「依頼を出したからと言ってそれを受けた冒険者が奪って逃げないとは限らないだろ?考え無しな気もするがな。」


「それは心配無いとは思うがの。何せ相手はこの国の姫様じゃからの。」


「はぁぁ!?」


「第3王女ラキトリ-シャーハンド。彼女が今回の依頼主じゃ。」


「王女かよ…」


「洞窟自体はかなり危険な場所じゃ。Bランクのモンスターも出てくからの。となるとSランクの冒険者にしか頼めぬ依頼となってしまっての。」


「まぁポーチの言いたいことは分かったよ。確かにそれはSランクの冒険者への依頼になるわな…そのラキトリとかいう姫は自分の手下を連れて取りに行かないのか?」


「高ランクのモンスターを討伐となると専門家の方が良いのではと儂が助言したのじゃ。」


「まぁ冒険者と兵士じゃ何から何まで違うからな…」


「綺麗な剣術ではモンスターは討伐できぬ。特に高ランク帯のモンスターはの。」


「まぁなぁ。兵士の剣じゃ討伐出来てCランクくらいだわな。」


「そこで白羽の矢が立ったのが儂の冒険者ギルドの連中という事じゃの。」


「そんで俺達が駆り出されるわけか。」


「すまんの。Sランクに昇格して早々で悪いのじゃが…」


「それはポーチのせいじゃないだろ。気にするな。」


「では!?」


「受けるよ。まぁそれが条件だし選択肢は無いからな。」


「無理を言うておる事は分かっておるのじゃ。報酬は弾むからの。」


「期待してるよ。」


「では依頼受注という事でよろしく頼むのじゃ。」


「それで、その遠足はいつ行くんだ?」


「明日じゃ。」


「明日ぁ?!」


「うむ。満月の夜は明日じゃからの。」


「ったく…急いで準備しなきゃな。」


「その…すまんの…本当に無理なら断っても良いのじゃぞ?シャーリーには取り次いでやるぞ?」


「ポーチ。」


「なんじゃ?」


「任せとけって。」


「む…頭を撫でるでないわ!」


「すまんすまん。ついな。」


「ふん!まぁ良いわ。頼むぞ。」


「あぁ。」


という事で姫様の護衛依頼を受けることとなった俺達はその日のうちに準備を済ませた。


姫様ともなると恐らくは護衛が着いてくる。

そいつらの事も考えておくと回復薬は多めに持っていく必要があるだろうといつもより少し多めに準備した。


そして翌日。


「街の北側に集合だったな。」


「というとこの辺なのですが…」


「おい貴様ら!」


「ん?」


「姫様の護衛とは貴様らの事か?!」


白い軽鎧に細剣。赤い髪をショートヘアにし、ツリ目で黒い瞳の女エルフの騎士が俺達に話し掛けてくる。


「あぁ。そうだ。」


「……ふん。こっちだ。」


リーシャを見て嫌な視線を浴びせた後に誘導される。

人通りの少ない小道に入っていくと、白い軽鎧に細剣。長い白髪にタレ目、青い瞳の巨乳美人エルフさんがいる。

その後ろには同じく白い軽鎧に細剣を腰から下げ、ロングの青い髪を後頭部で纏め、黒い瞳の細目女騎士が付き従う様に立っていた。


「姫様。連れてきました。」


「パーナ。ありがとう。

皆様。初めまして。私はラキトリ。ラキトリ-シャーハンドと申します。」


「これは丁寧な挨拶どうも。俺は真琴。こっちが健。凛でリーシャだ。」


「マコト様にケン様。リン様にリーシャ様ですね!覚えました!今日はよろしくお願い致します!」


「姫様!その様な下賎の者に頭を下げるなど!それに…」


パーナと呼ばれた女騎士がリーシャを睨み付ける様に一瞥する。



姫様とやらは他種族に頭を下げる事を特に重要視していない様だし…それ程悪い人では無いのかもしれない。


「パーナント!」


「は、はっ!」


「あれ程言ってもまだ分からないのですか?!その様な目を人に向けるものではありません!」


「しかし姫様!」


「それ以上言うのであれば送り返しますよ!!」


「ぐっ…申し訳ございません。」


「分かればよろしいのです。

大変失礼をしました。」


「気にしないでくれ。リーシャも良いか?」


「私は気にしていません。」


「という事だ。気にしないでくれ。」


「ありがとうございます。

こちらの失礼をしてしまったのはパーナント-デリトリッヒ。そしてこっちがピーカリシェ-トンドリンです。」


後ろに控えていた女騎士が小さく頭を下げる。


「パーナントはパーナ。ピーカリシェはピーカとお呼びください。」


「ぐっ……よろしく頼む…」


「……」


パーナとやらは嫌々な感じが凄いな。


ピーカは…まだ分からんが少なくとも姫様の言う事に逆らう様な事はなさそうだ。


「分かった。それじゃあ歩きながら今日の事を話そうか。」


「はい!」


姫という事で街中では目立ち過ぎるためとにかく街から出る。

姫も目立ち過ぎるからこんな人気のない所にいたのだろうし。


街を出て北の山へと向かいながら姫と話す。


「それで姫。」


「様を付けんか様を!」


「パーナ。」


「ぐぅ……」


「姫では他人行儀が過ぎます。ラキトリとお呼びください。」


「そんな!姫様!」


「怒りますよ?!」


「うぅ……」


「じゃあ遠慮なく。ラキトリ。今回の依頼では月の雫を取りに行くという事だが、洞窟内ではランクの高いモンスターが出てくる。先に陣形やその他戦闘に関する事を決めておきたいのだが。」


「そんなものは必要ない!私とピーカがいれば事足りたのだ!ポーチさんの助言でなければ依頼など出すものか!行きましょう!姫様!」


「……はぁ…まぁそうなるわな…」


「ご、ごめんなさい…あの子あまり他種族の方は好きでは無いみたいで…」


「好きでは無い…と言うよりは嫌いという感じだが…まぁ良いさ。

話し合いが出来ない以上こちらで出来る限りのフォローをするよ。一応全員守るつもりで来てたからな。」


「貴様らに守られる程弱くは無いわ!」


「聞こえてたか…」


「真琴様。」


凛が他に聞こえない様に俺に耳打ちしてくる。


依頼をこなしていると分かる事だが、共に戦う者の出来ること、得意なこと、戦闘スタイル等を把握しておくことは特に大切な事だ。

互いに邪魔をしてしまったり、思わぬボタンの掛け違いで窮地に陥る事など山ほどある。

だからパーティと言うのは基本的にメンバーが変わらない。

互いに癖等をよく知り尽くした仲間の方が圧倒的に戦いやすく、危険も少ないからだ。その事を知らないのか、それともプライドが許さないのか知らないが、楽観視して情報を共有する気はないらしい。

もちろんそんな奴らと共に戦うという選択肢は俺達には無い。


背中を預けられないのに共闘は無理だと言う事だ。


「そうだな…基本的にはあの二人に好きにやらせる方が良いだろうな。」


「良いのですか?」


「下手に俺達が前に出れば躍起になって張り合おうとするだろ。そんなのは邪魔にしかならない。

それならいっそ任せる方が楽だ。俺達も仕事が減って報酬が貰えるしな。

ただ、危ないと判断した時はあいつらの事は無視して俺達だけで前に出る。無理矢理にでも静かにさせるつもりだ。」


「分かりました。ではその様に伝えておきます。」


凛は俺から離れるとリーシャと健にもその事を伝えてくれた。


健は面白くないという顔ではあったが、リーシャの事を思っての事だ。リーシャが一声掛けたところで納得したらしい。


「姫様!お下がりを!」


洞窟に向かう道中にもモンスターはいる。


グレーウルフやゴブリンの様なランクの低いモンスターばかりだった為二人がさっさと片付ける。


「ふん。他愛ない。見たか!私達がいれば貴様らなどいらんのだ!」


「パーナ!」


「ぐっ…」


「行きましょう。」


「あぁ。」


どうやっても俺達が使えないと証明したいらしいが、まぁ楽させて貰えるなら存分に暴れてもらっても構わない。

二人の実力では高ランク帯のモンスターは難しいだろうが、上手く出会わずに帰れる可能性も十分ある。

好きにしてもらって何もせずに報酬が手に入るのであればそれで俺達は満足だ。


「ここが地底湖のある洞窟か。」


洞窟の入口はかなり広く、尖った鍾乳石の様なものがいくつもそそり立っている。

入口付近は明るいが、中に入れば暗くて何も見えないだろう。


いつもなら凛の魔法に頼る所だが、今回はテイキビで手に入れたランタンがある。


テイキビを出る前に魔法具等で必要となりそうなものは一通り買い漁った。その中の一つだ。


「ふん!軟弱者はこれだから。魔力量が多くても扱いきれぬのであれば宝の持ち腐れだな!」


「パーナ!貴方だって光魔法は使えないでしょ?」


「うっ…」


「まぁ、別に俺達のことを嫌うのは構わないし蔑むのも構わないが、ここから先は強いモンスターも出てくると聞いている。

本当に必要な時は俺達も勝手に動く。一応Sランクの冒険者としての働きはするよ。」


「ふんっ!必要無い!」


「あっ!パーナ!待って!」


「健。」


「んぁ?」


「あの二人の剣術はどの程度なんだ?」


「まぁ騎士としては合格点…ってとこかな。」


「それはどのくらいの物なんだ?」


「Cランクのモンスターならなんとか倒せるって所かな。Bランクのモンスター相手は無理だろうな。」


「魔法もそれ程高い水準ではありませんので…」


「なるほどな。魔法剣士として見てもCランクのモンスターは倒せるけどBランクのモンスターは難しいという感じか。」


「ですね。」


「分かった。じゃあBランクのモンスターの気配があったら動く準備をしていてくれ。」


「あいよ。気は進まねぇけどな。」


「健。」


「…分かってるっての。手は抜かねぇよ。

ただ俺達の事を貶すのは良いけどよ。真琴様の事を言われた時は流石に斬ろうかと思ったぜ。」


「護衛対象を斬ってどうする。」


「分かってるって。ムカついただけだ。」


「……サンキューな。」


「ちっ。毒気を抜かれたぜ。」


健は照れ隠しに頬を掻きながら横を向く。


「さてと。行きますかね。」


ラキトリの後を護るようにして洞窟内を進んでいく。


カンッ!キンッ!


金属音が洞窟内を反響している。


「くっ!ピーカ!」


「任せろ。」


青い体表に細剣が突き刺さる。


「ファイヤーボール!」


ジュッ!


パーナの打ち出した拳大のファイヤーボールは青いトカゲの吐いた水球に掻き消される。


「ちっ!」


「パーナ。ウォーターリザードに火魔法は効きにくい。習っただろ。」


「うるさいな!ピーカは!分かってるよ!」


俺達は洞窟内に入ってからの一本道をひたすら進んできた。

時折横穴が見えるが人の通れるサイズでは無い為迷う事は無かった。

ただ、この洞窟は魔力が溜まっていて、その魔力のせいでモンスターが多く生息しているらしい。

既に数回の戦闘を行った。が、どれもCランク以下のモンスターばかり。ただ、奥に進むにつれてモンスターの数もランクも上がっている。


洞窟内に充満する魔力も濃くなっている気がする。


「はぁ!」


パーナとピーカが戦っているのはウォーターリザード。Cランクのモンスターで水弾を放ってくる青くてデカいトカゲだ。

因みにこの二人が張り切ってくれているおかげで俺達はここまで一度も戦闘しなくて済んでいる。


「はぁ…はぁ…どうだ!見たか!」


「見た見た。凄いな。」


「ちっ!貴様!」


「それより傷。早く治した方が良いぞ?」


パーナの左腕に軽い切り傷があった。


「この程度の傷など!」


「パーナ。ダメよ。治さなくては。」


「姫様…」


「パーナも女の子なのですから。」


「私は姫様に剣を捧げた時に女は捨てました!」


「ダーメ。そんなこと言っても私は許さないわ。

ピーカ。貴方もよ。隠しても私には分かるんですから。」


「……はい…」


「ほら見せて。」


姫様は二人の傷を回復薬を使って治している。


「プリネラ。どうだ?」


「辺りにモンスターはいませんね。」


「助かる。」


聞こえない様にプリネラとコンタクトを取る。


「ラキトリ。ここのあたりで一度休憩を取ろう。」


「貴様!様を付けんか!」


「そうですね。二人とも疲れている様ですしここで一度休息を取りましょう。」


「姫様!我々ならば大丈夫です!」


「いいえ。疲れているわ。黙って休息を取りなさい。」


「……」


そんな目で睨みつけられてもなぁ…一応二人を死なせないようにと考えての事だったのだが…


時間としては昼頃だろうか。ついでに昼食もとってしまうとしよう。


「凛。昼飯そろそろだよな?」


「そうですね。休息のついでに食べてしまいましょうか。」


凛が取り出したのは所謂弁当と言うやつだ。


「どうぞ。」


「に、握り飯だと…?!」


「朝起きてポーチさんと一緒に作りました。」


「凛。」


「はい?」


「愛してるぞ。」


「ありがとうございます。では結婚しましょう。」


「まさかの返しが来た?!しかも全てを通り越していきなり婚姻ですか?!」


「はい。」


「くそー!ボケをボケ返しされたー!」


「ボケではありませんよ?」


「顔がマジ過ぎて怖いです!」


「ふふふ。面白い方々ですね。」


「あ、すまん。騒がしかったか?」


「いえ。そんな事はありませんよ。

冒険者の方々は皆様その様に面白いのですか?」


「いや、面白い奴らの集まりではないからな?!

人それぞれだが、まぁ自由に生きてる奴が多いし楽しんでるのは間違いないだろうな。」


「私はいつも城に押し込められているので少し羨ましいですね。」


「姫様?!」


「あ、勘違いしないで下さいね。嫌という訳ではありませんよ。パーナもピーカも居てくれますし、これはこれで楽しんでいますので。

ですが、どこへでも自由に行けると言うのは少し羨ましいなって。」


「よくわからんけど…第3王女ってなると上がいるんだろ?そんなに自由が無いのか?」


「王位継承権が無いに等しいとしても、やはり王族ですからね。」


「ふーん。なんか大変なんだな。俺なら逃げ出しちゃうかもなー。」


「そんな事をしたらこの二人が黙っていませんから。」


「そうですよ!姫様に何かあったりしたら私達はどうしたら良いのですか?!」


「愛されてんのな?」


「はい!」


「まぁこの国から抜け出した所で上手く生きていけるとは限らないもんな。」


「そう…ですね。」


「そんな厳しい中でよく今回は許して貰えたな?」


「そうですね。月の雫を持って帰るのは誰かがやらねばならなかったので…」


「誰が病気なんだ?」


「貴様らには関係ないだろうが!」


「父です。」


「姫様!!」


「ここで知られなくとも直ぐに分かることよ。」


「……」


「父ってことは国王が?」


「はい。」


「それで身内の誰かが確実に持って帰らなければならなくて…って事か?」


「概ねその通りですね。私が手を挙げました。父には早く治って頂きたくて。」


「姫様は優し過ぎるのです!あいつらのせいでこの様な事を」

「パーナ!」


「も、申し訳ございません!」


「その様子だとあまり身内によく見られていないのか?」


「……はい。私は兄様や姉様とは考え方が違っていまして。もっと他種族の方々との交流を増やして、国抜けという概念を消し去るべきだと考えていますので…」


「そんな考え方じゃ王族の中では浮いちゃうって事か。」


「姫様は立派です!私達が証明してみせますよ!」


「貴方達の意識すら変えられない私が立派とは思えないわ…」


「うぐっ…」


「……王族にもそんな考え方が出来る奴がいるんだな。少し驚いたよ。」


「夢物語ですが…」


「だろうな。ラキトリじゃ何も変えられないだろうな。」


「?!……はい……」


「貴様!!斬るぞ!!」


「おやめなさい。マコト様が仰っていることは間違いではないのですから。」


「姫様…」


「……別に意地悪で言ってるわけじゃない。

ラキトリ。本当に自分はそうしたいと願ってるのか?」


「もちろんです!」


「ならなんでラキトリ自身が俺達のことを差別して蔑んでんだ?」


「え…?!」


「自分じゃ分からんか。だからラキトリには無理なんだよ。」


「私が…皆様を…?」


「少なくとも俺達にはそう見えてるぞ。」


「そんな筈は?!……あ…」


「俺達はそれなりに辛い経験をしてきてる。そんな博愛主義の演技に騙される様な素直さは持ち合わせてないんだよ。」


「貴様!姫様に向かって演技とは!」


「気にするな。下賎な者の言葉なんざどうでも良いだろ?さっさと月の雫を取って帰るぞ。」


「言われんでも!

姫様。お気になさらないで下さい!あの様な下賎な者たちの言葉など気にする事はありません!」


「……」


いかん。良くない。関わらない様にしていたが、つい口を出てしまった。


「真琴様。」


「す、すまん。つい…」


「あっはっは!やっぱ真琴様だなぁ!」


「悪かったな?!」


「俺はスッキリしたからむしろ感謝してるくらいだっての!あっはっは!」


「失態だ…」


「真琴様は私達の事となると我慢が足りませんからねぇ…嬉しい事ですが。」


俺達とは正反対に、後ろ姿からもめちゃくちゃ落ち込んでいると分かるラキトリの前を心配そうに振り返りながら先導する二人。


そろそろ地底湖が見えてくるかと思っていた時の事だった。


先頭の二人の前に水色の毛玉が見える。


「な、なんだあれは?」


よく見ると少し動いている。

大きさはサッカーボールより小さいくらいだろうか?

凝視していると毛玉の上にヒョコっと頭が現れる。

どうやら毛玉の正体は背面から見たウサギだったらしい。

振り返りこちらを見るウサギ。水色の体毛に自身の全長よりも長い耳。

大きさとしては日本で見た事のあるウサギとあまり変わらない。


「も、モンスター…なのか?」


パーナが疑問に思うのも無理はない。


実はこのウサギはウォーターラビットというモンスターだが、発見例が非常に少なく、冒険者でない限りは聞いたことも無いという人がほとんどというモンスター。


俺達も見るのは初めてではあるが、どこの冒険者ギルドに行っても必ず注意されるモンスターに数えられる。

日本にいるウサギはペットとしても人気の高い可愛らしい生き物だが、この世界でのウサギは肉食で、しかもそのモンスターランクはB。

強靭な脚力を持ち、水魔法を使うモンスターだ。

特に壁や天井のある狭い場所では縦横無尽に素早くはね周り、相手を翻弄しているうちにその脚力の餌食とする。

その脚力はオーガの一撃よりも重いと言われ、まともに受ければ全身の骨が砕け散る。


「下がれ!!」


「な、何を…?!」


俺の声がパーナに届く前にウォーターラビットが行動を開始した。


目で追えないほどのスピードで洞窟内を跳ね回るウォーターラビット。

その弾丸の様な勢いのままパーナへと向かってくる。


「……え?」


ギィィン!


リーシャの放った矢がウォーターラビットに当たり、蹴りの軌道が僅かにズレてくれた。

そのおかげでパーナに直撃はしなかったものの、肩口にかすった蹴りは鎧など意味が無いと言わんばかりに粉々に吹き飛ばし、そのまま肩の骨を砕いた。


「ぐぁぁぁああ!!」


ラキトリの足元まで吹き飛んだパーナはその激痛に叫び声をあげる。


「パーナ!パーナ!!」


「よくもパーナを!」


「ピーカ!ダメぇ!」


無理矢理の突撃を試みたピーカ。


そんなスピードでウォーターラビットを捉えられるわけもなく、細剣は虚しく空を切る。


「どけぇぇええ!!」


健がピーカを蹴飛ばす様にその場から弾き飛ばす。


ガキィィン!!


なんとか間に合ったらしい。


ウォーターラビットの蹴りは俺の作り出したクリスタルシールドが受け止めた。


「ぐぅっ!」


地面に転がったピーカ。


健はクリスタルシールドが切れると同時に刀を振るが、口からジェットの様に吹き出した水により軌道から回避。


健の刀は空を切る事になった。


「キュキュッ!」


可愛らしい鳴き声とは裏腹に信じられない攻撃力。

またしても飛び出したウォーターラビットが狙ったのは地面に転がり、やっと起き上がったピーカだった。


「く、くそっ…」

ガキィィン!

「ひっ!!」


起き上がったピーカの目の前にウォーターラビットの蹴り。

なんとかクリスタルシールドで防いだが、ピーカに恐怖心を植え付ける事には成功したらしい。

クリスタルシールドが間に合わなければトマトの様に自分の頭が潰れていたのだから恐怖を感じて当たり前だが。


あまりの恐怖にピーカはその場で漏らしてしまったらしい。


それを見てウォーターラビットが笑った様に見えた。


ガキィィン!ガキィィン!ガキィィン!


執拗にピーカを狙うウォーターラビット。


クリスタルシールドを破る事は叶わないが、それでもピーカの戦意は完全に削がれていた。


「ひ、ひぃ!やめて!助けて!助けてぇ!」


「ぐ……くそ…ピーカ…待ってろ…」


肩を壊されたのになんとか立ち上がろうとするパーナ。


「パーナ!ダメよ!」


「ぐっ…」


しかし立ち上がれずにその場に膝を着いてしまう。


「健!凛!少し時間を稼げ!」


「任せとけ!」


「はい!」


「パーナ。大丈夫か?」


「ぐっ…」


「……肩の骨が完全に砕けてるな。」


「そ、そんな!!」


「姫様…姫様だけでもお逃げを…」


「そんな事出来るわけないでしょ!」


「しかし姫様…私もピーカも…既に………なん…だと…?!」


パーナの目に映ったのは今まで散々バカにしてきた凛と健がウォーターラビットを抑えている姿だった。


「あいつらが抑えてくれてるから大丈夫だ。それより…リーシャ!」


「はい!」


「すまないがパーナとラキトリをピーカの所に連れて行ってくれクリスタルシールドを一つに纏めたい!

回復は後だ。男の俺が連れていくのはピーカが可哀想だからな。」


「……分かりました。パーナさん。少し痛みますが我慢して下さい。」


「ぐぁぁ!」


「ラキトリ様もこちらに!」


「は、はい!」


「健!凛!助かった!」


「こんくらい余裕だっての!」


「それよりパーナさんは大丈夫でしたか?」


「いや、肩の骨が粉々だ。早めに中級回復薬を使ってやらないとまずい。」


「そんじゃこいつをさっさと片付けるかね!」


「リーシャ!爆発矢は使うなよ!」


「はい!」


「リーシャと凛でウォーターラビットの進路を限定しろ!」


「「はい!」」


「健!斬れるよな?」


「誰に言ってんだよ!俺は真琴様の刀だぜ!?」


「よし!じゃあ三人でやってみろ!」


「おぅよ!」

「「はい!」」


「健様!弓で横の進路を塞ぎます!」


「私はさっきの水魔法に対処します。」


「んじゃ俺は真っ直ぐ!だな!」


「いきます!」


「よっしゃ!」


ウォーターラビットがまたしても跳ね回る。


リーシャは三本の矢を指に挟み一気に撃ち出す。

三本の矢は生きているかの様に前にいる健を避けてウォーターラビットへと向かっていく。

着地のタイミングに合わせた射出。

ウォーターラビットは唯一残された健への直線的なルートを飛んでくる。


「しゃおらぁ!!」


健が刀を振り上げた瞬間にウォーターラビットはその刀の軌道からズレる様に口から水を噴射する。

しかしそれを知っていたかのように進行方向に現れたのは凛が作り出した木の盾。

蹴りならば破られていたかもしれないが、口から水を噴射して進路を変えるだけの物なら威力は無い。

生成が早い木の盾にしたのは瞬時に進路を読んで作り出せるからだ。

木の盾に防がれたラビットの体は未だ健の刀の軌道上だ。

悪足掻きなのか、健の刀に向かってその豪脚を振るう。


「お前なんぞにこの刀が折れるかよ!」


確かに豪脚ではあるが、健の刀にそれは意味を成さなかった。

その足ごと胴体を真っ二つにされたウォーターラビットはドチャリと地面に落ちる。


「す、凄い…凄すぎる……」


「これがSランク冒険者の実力…」


「しまったーー!!!」


「な、なんだ?!どうした?!」


「せっかくのBランクのモンスターの素材真っ二つにしちまった!!」


「なんだ、そんな事か…」


「まぁ筋肉バカですからね。」


「くそー!最後の時果敢に蹴りを放ってきたからついぶった切っちまった…」


「まぁ今回はモンスター討伐がメインじゃないから気にするな。

それよりパーナ。」


「は、はい!」


「大丈夫なのか?」


「え?」


「肩。」


「………痛い…です……」


「ほら。中級回復薬だ。飲んどけ。」


「ありがとうございます!」


「リーシャ。凛。悪いがピーカの事は任せる。」


「はい。お任せ下さい。」


ピーカの恐怖心はウォーターラビットを倒した事で無くなった様だが、状況的に俺や健が近寄るべきではないだろう。


ウォーターラビットをアイテムボックスに収納する。


「あ、あの!ありがとうございました!」


「びっくりした!なんだいきなり?」


「あの二人を…パーナとピーカを助けて下さって…

それに、回復薬と、ピーカの事を気遣って頂いたので…」


「いや、そんくらいするっての。俺達をなんだと思ってんだよ。」


「いえ!その…」


「健?」


「あー!もう!悪い悪い!ちょっと意地悪だった!

気にすんな!俺は真琴様の指示に従っただけだよ!」


「それでも…ありがとうございました!」


「姫がそんなにペコペコするもんじゃないだろ?良いから二人の所に行ってあげな。今はラキトリが一緒にいてあげた方が二人も安心するぞ。」


「はい!」


「ったく…真琴様のお人好しが移っちまったぜ。」


「女の子虐めて喜ぶ奴より良いだろ?」


「どうせ俺はクソ野郎ですよー!」


「いじけるなっての。」


「真琴様。」


「お。二人とも。ありがとな。」


「いえ。」


「二人はどうだ?」


「パーナさんは完治しました。」


「ピーカは?」


「その…少し恥ずかしいみたいですが、一先ず大丈夫かと。」


「分かった。」


俺達は少し時間を置いてラキトリ達の元に行く。


「パーナ。傷はどうだ?」


「はい!大丈夫です!」


「な、なんだ?さっきもそうだったがやけに素直だな…」


「パーナさんは排他的なだけで一度認めてしまうと信用しきってしまうタイプですね。」


「な、なるほど…まぁやりやすに越したことはないが…調子狂うな…

剣は振れそうか?」


「はい!」


「よ、良かった。

ピーカ。」


ビクリと体を強ばらせる。


ラキトリが心配そうに見ているが、これだけは確認しておかないと先には進めない。

なるべく優しい声になる様に気をつけて話しかける。


「ピーカ。まだ行けるか?」


「……」


「もし怖くて無理ならここで一度引き返そう。最悪俺達が取ってきて渡すから外で待ってたら良いから。」


「い、行けます!」


「……本当か?」


「怖くはありません!」


「……分かった。無理はするなよ。無理だと思ったら誰でも良いから直ぐに言ってくれ。」


「は、はい!」


「よし。よく頑張ったな。」


ついいつもの癖で頭を撫でてしまう。


「あぁぁあぁあの!」


「あ、すまん。癖でな。気分を悪くしたなら謝るよ。」


「いえ!そんな事はありません!」


「なら良かったよ。」


下を俯いてしまったが…やっぱりさっきの戦闘中の事を恥じているのだろうか?そっとしておこう。


「真琴様。」


「ん?」


「今日は一緒に寝てもらいます。」


「……ん?なんで?」


「断る事は出来ません。」


「なんで?!」


「なんでもです!」


「は、はい…」


なんで凛こんなに怒ってんだ?


「そうだ。ラキトリ。」


「はい?」


「すぐそこが地底湖だとは思うが、こっから先は俺達が先導する。三人とも俺の後ろにいてくれ。」


「分かりました。」


「リーシャと凛で一番後ろを頼む。」


「「はい。」」


「んじゃ、俺が先頭だな。行きますかー!」


健が先に進み始める。

ピーカとパーナ、そしてラキトリはさっきの事があってからかなり強ばっている。

警戒しているのはいい事だ。


「お、見えてきたな。」


「あれが地底湖か。」


洞窟の先に見えてきたのは広く広がった空間。

ランタンの光が無くても薄らと光って見える水面。

天井の鍾乳石から垂れ落ちる水滴が水面に当たると、波紋と同時に水面から小さな光の粒が飛び出して天井に向かって飛んでいく。


「魔力が満ちていますね。」


リーシャの言う様にこの空間は今までの洞窟内で最も魔力が充満していた。


月の雫は魔力の多く溜まる場所に咲くらしく、この閉鎖的な洞窟内だからこそという事だろう。

水面から上がっている光の粒は魔力という事だ。


地底湖の真ん中に離れ小島の様に陸地があり、そこに白い大輪の花が咲いている。しかも淡い光を放っている。

どうやら月の雫が咲いているらしい。という事は外は既に日が沈んでいるらしい。


思っていたよりも時間が過ぎていた。


「月の雫!」


「待て待て。」


飛び出そうとしたラキトリの肩を掴んで制止する。


「??」


「地底湖の中を見てみろ。」


「あれは…?」


「あれはブラッディシャークだな。」


「ブラッディシャークですか?!あのAランクモンスターの?!」


ランクAモンスター。ブラッディシャーク。


水中では他を寄せつけない強さを持つモンスターで、全長は4メートルにもなるデカいサメだ。

透明感のある水色の鱗を持ち、その鱗一枚一枚が鋭利なカミソリの様になっている。

大きな背びれは三枚縦に並び、尾びれはさながら大きな斧。

水魔法で水辺の相手にも攻撃を仕掛け捕食するモンスターだ。

水中ではそのスピードと強靭な歯と顎を使って相手を噛み砕く。


「そ、そんな……ここまで来たのに……」


「姫様…」


「さてと。どうすっかね。」


「え?」


「水中となると俺の刀じゃ難しい気もするな。」


「外に出せたら斬れるか?」


「どうやって出すんだ?」


「あ。あの!?」


「え?なに?」


「ま、まさかとは思いますが…あのブラッディシャークを討伐するのですか?」


「しないとあの月の雫取れないだろ?」


「そ、それはそうですが、相手はあのAランクモンスターのブラッディシャークですよ?!」


「だから?」


「?!」


「俺達の依頼はラキトリ達が月の雫を取って帰るまでの護衛だろ?ならあれ倒して月の雫取らなきゃ依頼は失敗になっちゃうだろ?」


「ですが、ブラッディシャークの情報はありませんでしたし!」


「何言ってんだよ。冒険者への依頼なんて情報が全て揃ってる方が珍しいっての。」


「だな。そんな依頼に出会えたらラッキーくらいのもんだな。」


「な、なんて人達…」


「それに、俺達はSランク冒険者だ。Aランクのモンスターくらい倒さねぇとな。」


「ぐらいって…どうやって倒すんですか?!ブラッディシャークは水中では絶対的強者ですよ?!」


「まぁなんとかなるだろ。」


「ですね。真琴様なら余裕です。」


「相変わらずの過大評価。こえぇ。」


「でも出来ますよね?」


「考え中。」


「どうするよ?斬るのか?魔法でやるのか?」


「んー…バリトンさんにも約束しちゃったしなー。素材は欲しいからなるべく傷付けないように倒したいんだよなぁ。」


「そうなると魔法だよな。」


「だな。リーシャ。水の中に爆発矢撃って当てられるか?」


「やった事が無いので分かりませんが…少し難しいかと…」


「だよな…健も水中にぶっこむわけにはいかんしな…」


「え?!なに?!一瞬でも俺を水中にぶっこむ事を考えたの?!」


「冗談だっての。」


「こえぇ…この人怖すぎるよぉ…」


「下手に地底湖を壊しちゃうとまずいしなぁ。」


「来年から咲かなくなると困りますよね。」


「んー…あ、そうだ!あれ試してみるか!」


「あれ、ですか?」


「俺が一番最初に使って間違われた魔法!」


「一番最初に…」


「よし!行くか!」


「援護します!」


全員が通路から出て湖の方へと進む。


バシャッ


湖の中から三つの背びれが見える。


ビュン!


「きゃっ?!」


ブラッディシャークが放ったのはウォータースライス。しかも特大のやつ。

魔力が充満したこの場所で十分に魔力を貯めてきたからか魔法の威力も範囲も上がっているらしい。


「ラキトリ。大丈夫。俺の後ろに隠れてろ。」


「……は…はい…マコト…様…」


クリスタルシールドでウォータースライスを全て打ち消しながら足を進める。

何度も繰り返されるウォータースライスは地面を切り裂きはするがクリスタルシールドには傷さえ入らない。

さすがフィルリア直伝の盾。


バシャッ!


大きな波が立ったと思ったらブラッディシャークの尾びれが振り下ろされる。


「させっかよ!」


健が刀を使ってブラッディシャークの尾ヒレの軌道をズラす。

ザクッという音ともに地面に綺麗な切断の後が残る。


「次はこっちの番だな!」


俺は杖を振るう。

目の前に現れたのは超特大の炎の塊。

洞窟内ではあるがそれ程出入口は狭くないから酸欠にはならないだろう。


「行くぞ!」


ブラッディシャークに向けてその炎の塊をぶつける。


「これは!フレイムヘル?!」


「第六位魔法ですよ?!」


水が蒸発する音、魔力が飛び出して光の粒が溢れ出す。

フレイムヘルを間近でモロに食らったブラッディシャークはのたうち回り何度も炎に向けて水魔法を放つ。しかし、そのどれもが高熱の炎の前では無意味。

全てを蒸発させ、ついにブラッディシャークは熱に耐えられず動きを止める。

溶かしては素材が取れないのでブラッディシャークが死んだ事を確認して魔法を消す。


「す、凄い……」


「あんなに巨大な魔法見た事ありません…」


「さすが真琴様だぜ….素材に全く傷を付けずに倒すとは…悔しい!!」


「健の場合は刀だからなぁ。どうしても傷が付きやすいよな。」


「上手く斬れたら良いんだが…まだまだ精進が足らんなぁ…」


「よし。ブラッディシャークも回収したし、月の雫を取りますかね。」


ピキピキ


湖から離れ小島までの間を凍らせて足場を作る。


「あ、当たり前のように氷魔法を使うのですね…」


「クリスタルの魔法だけでも驚いていますのに…」


「そんな事は良いから早く摘もうぜ。」


「…はい!」


離れ小島に渡るとそこには一杯に咲く月の雫。


俺達もいくつか採取しておく。


「これで…」


「姫様!やりましたね!」


「えぇ。皆様!ありがとうございました!」


「ラキトリ。まだ街に戻ってないんだから気をぬくな。パーナ。ピーカ。お前達が注意する事だろ?俺に注意されてどうすんだよ。」


「うっ…も、申し訳ございません…」


「はい…ごめんなさい…」


「月の雫が咲いてるってことは外はもう夜だ。最後まで気を抜かずに帰るぞ。」


「はい!」


ダンジョンではないしモンスターが再出現するという事は無いため洞窟内で他のモンスターに出会う事は無かった。

街までの道では何回かモンスターに出会ったが、パーナとピーカが張り切って討伐してくれた。


「よし。ここまで来ればもう大丈夫だろ。」


「今日は本当にありがとうございました!」


「報酬は受け取るから気にするな。」


「あの!」


「ん?」


「申し訳ございませんでした!」


気持ちいい程勢い良く頭を下げるパーナとピーカ。


「私達は自身の実力も分からない若輩者。それなのに、数々の無礼を働いてしまいました!」


「……」


「それなのに…助けて頂いたこと…決して忘れません!ありがとうございました!」


「パーナ。ピーカ。」


「「はい……」」


まるで怯えた子犬のような顔をしている。


「よく頑張ったな。」


「「………え?」」


「まぁ色々あったけどそんな事は気にするな。

怖い思いをしたのに最後までラキトリの傍を離れなかったろ。よく頑張った。お疲れ様。」


「……ぶぇーー!!!」

「……ぐすっ……」


「パーナ?!ピーカ?!」


「「ありがとうございますー!!」」


「お、おぉ。じゃあまたな!」


泣き始めるとは思わなくてさっさと退散しようとした。


「お待ちください!」


「ラキトリ?」


満月に照らされたラキトリの顔は何かを決心した顔に見える。


「私は……私にも出来ますか?!」


「……さぁな。」


「……」


何を言いたいのかはなんとなく分かった。


でも俺に言われても分からん。


下を向いてしまうラキトリ。


「ただ…そんな風に下を向いてたら出来るもんも出来ないんじゃないか?」


「……」


「やってみなきゃ分からんだろ。なんでも。」


「マコト様…………はい!!」


「じゃあな!」


三人と別れて宿へと向かう。



「おー!帰ったか!どうじゃった?!」


「まぁなんとか成功だよ。」


「本当かの?!それはありがたいのぉ!今日は儂の奢りじゃ!たんと食うのじゃ!」


「マジか?!後で泣くなよ?!」


「女に二言は無いのじゃ!」


ポーチが出迎えてくれて飯を奢ってくれた。もちろんギルドマスターに遠慮なんかしない。

死ぬほど食った。


翌日、俺達は詳細な報告のため冒険者ギルドを訪れ、ポーチと部屋で話し合いをしていた。


「なにぃ?!ブラッディシャークじゃと?!」


「あぁ。地底湖の中にいたぞ。」


「……」


「やっぱりおかしいと感じるか?」


「うむ…あの地底湖は北にある海に繋がっていると考えられておるのじゃが……」


「そもそもが海に生息するモンスターなんだろ?」


「うむ。しかもかなり沖の方にの。」


「となると海からわざわざあの地底湖まで来るとは考えにくいよな?」


「そうじゃの。不自然…という他無いの。」


「ウォーターラビットは発見されてるのか?」


「うむ。そっちは以前から何度かあの洞窟内で見つかっておる。」


「となるとやっぱりブラッディシャークか。」


「うむ…ワイバーンの件もそうじゃが、何か良からぬ事が起きておるのかもしれんの…」


「続けてとなるとな…フルズと情報を共有するのか?」


「その方が良いじゃろうな。」


「俺達も行った方が良いか?」


「……いや。その必要は無いじゃろ。何かが起きておるとしても、まだ何も分かっておらんからの。言い方は悪いかもしれんが余所者が首を突っ込むと逆に動きが悪くなるじゃろうからな。」


「そうか。それならそっちに任せるよ。」


「うむ。報告ご苦労じゃった。報酬はアーラが用意するのじゃ。少し待っておれ。」


「はいよ。」


暫くするとアーラさんが部屋に入ってくる。


「皆様。お疲れ様でございました。今回の報酬と、前回納品下さった素材の買取金をお渡ししますね。」


「げ。すげーことになってんな。」


「Sランクの依頼ともなると…それに先方が達成料を増額なされたので。」


「増額?」


「なんでも護衛以上に多くの事を学ばせて頂いたお礼。との事です。何をなさったのですか?」


「あのじゃじゃ馬娘達を手懐けたのじゃ。」


「あら。それはそれは。」


「いや、特に何かした覚えは無いけどな…

あ、それより…よっと。」


「これは!ウォーターラビット?!」


「洞窟内で偶然出会ったらしくての。」


「健が真っ二つにしたから商業的には価値が下がるんじゃないかと思ってな。」


「確かにこれでは毛皮としてはあまり価値が出ませんね。」


「その点冒険者ギルドなら上手く使ってくれるかなってさ。」


「お任せ下さい!ウォーターラビットの肉までしっかり買い取らせて頂きます!」


「ありがと。あと、これもこっちに卸そうかと。」


「………ブラッディシャークの牙ですか?!」


「あぁ。これもどちらかというと武具寄りの品物だからな。」


「こ、これはまた凄いものを…」


「儂もまるっと一匹分を見たのは初めてじゃの。」


「そうなのか?なら高く買い取って貰えそうかな?」


「もちろんです!」


「頼むよ。」


「他の部位も買い取りますよ?」


「悪いな。バリトンさんにも卸さないといけないから。」


「残念です…」


「一応月の雫も持ってきたんだが、数本なら渡せるぞ?」


「ぜひっ!!」


「じゃあこれな。」


「………何故こんなに状態が良いのですか?!昨日取ったのですよね?!」


「あ…」


「そやつらは異空間収納の魔法を使えるのじゃ。バレないように上手く隠しとるがの。」


「凄いですね?!」


「バラすなよー。」


「そんな状態のいい月の雫を出しておいてバレぬとでも思っとる方がおかしかろうて。」


「ごもっともです。

ま、こんくらいだな。また何かあったら渡すよ。」


「毎度ありがとうございます!」


「さて。ポーチ。」


「分かっておるわ。既にシャーリーにはアポを取ってある。

何故か分からぬがお前達の事を話したら今日中に会うと鼻息を荒くしておったぞ。」


「あー…」

.

「なんだ?」


「フィルリアさんと同じでシャーリーさんも真琴様大好きなんだよなぁ…」


「うぇ?!」


「フィルリアさんほど直接的では無いですが、逆にそれが厄介です。」


「ふむ。何か理由があるのかの?」


「ま、まぁ。古い知り合いでね。」


「マコトの歳で古いと言われてものぉ。」


「確かに。」


「納得するでないわ!」


「ポーチが言い始めたんだろ。」


「ぬぬぬ。」


「それで?シャーリーの話は?」


「そうじゃった。昼過ぎに魔法学校の校長室に来てくれとの事じゃ。シャーリー自身は学校があるから出られんからの。」


「分かった。」


「さて。儂は儂の仕事をするのじゃ!」


「マスター?」


「む……な、なんじゃ?書類は出したじゃろ?!」


「これはなんですか?」


「にょ?!そ、それは…」


「少しお話。しましょうね?」


「ま、待て!おい!マコト!助けぬか!マコトーー!!」


「お邪魔しましたー。」


あんな危険空間に滞在する勇気はありません。


頑張れポーチ。骨は拾ってやる。いや、骨すら残らないかもしれんな。


「それにしてもシャーリーさん急な話だな。」


「変なのか?」


「あぁ。わりと相手の事を考える人だから都合が付きやすい日を選んでくれるかと思ってたからな。」


「そうですね。いきなり今日。というのはシャーリーさんらしくないですね。」


「校長だし忙しいんじゃないか?」


「でしょうか…?」


取り敢えずのアポは取れたので昼過ぎにお邪魔することにした。

魔法学校は街の東側にある大きな建物だ。

もちろん木造建築。

大木を取り囲む様なドーナツ状の建物になっていて目につくから直ぐに分かる。


バリトンさんの所にブラッディシャークの背びれと尾ひれ等、鱗以外の素材を卸し、昼過ぎに到着する様に調節して学校へと向かった。

街中では相変わらずリーシャの事で健がイライラしている。


真っ直ぐ学校に向かう。

授業中なのか校舎周りにある校庭には人影が1つもない。


「校長室の場所聞こうと思ってたんだが…」


「誰もいませんね。」


「取り敢えず中に入ってみるか?」


「不審者扱いされませんかね?」


「それは困るな…」


「アポ取ってるし大丈夫だろ!」


「まぁそれもそうか。」


俺達は校庭に足を踏み入れた。


いきなりドカーン。ということも無く校舎に辿り着く。


「遠くで見るより大きいのな。」


「ですね。」


「お邪魔しまーす。」


中に入ると日本の学校とは全く違うのに何故か懐かしい感覚になる。

どこに行っても学校というのはあまり雰囲気が変わらないものなのかもしれない。


「さて。校長室というと一階の端ってイメージだが…」


「端がありませんよね。この校舎。」


「だよな…ん?あれって渡り廊下か?」


「みたいですね。大木を貫通する様に作られてるみたいですね。」


「はー。凄いな。大木をくり抜いて作ったのか?」


「というよりは最初からあった穴を利用している感じですかね。」


「エルフは極力木を傷付けるような事はしませんので。」


「そりゃそうか。自然と共に生きる種族だもんな。」


「あ!あれ!校長室じゃないか?!」


「お。確かに校長室って書いてあるな。」


渡り廊下の中央にある大木の中心点の部屋が校長室らしい。


コンコン。


「アポ取っておいた真琴ですがー。」


ガチャ


「伺っております。どうぞ中へ。」


扉を開けてくれたのは小さめの背丈、赤い髪を肩まで伸ばした女性エルフ。

眠そうな目をした赤い瞳の女性だ。眠そうな目をしている割に動きはテキパキしていて仕事が出来そうなタイプだ。胸がもう少しあればとか考えてると凛が怒るからやめておこう。


「校長。真琴様がいらっしゃいました。」


「通しなさい。」


「はい。」


奥から聞こえてきた凛とした声に反応して扉を開く。


「久しぶりね。マコト。」


肩まであるパーマの緑髪に緑色の瞳。

キツい印象を与える様な切れ長の目の上に細身のメガネを掛けている。クールビューティな女性エルフ。喋り方や仕草を見てもやはりその言葉が相応しいと感じてしまう。


「どうぞ座って。」


校長の椅子から立ち上がり俺達に向かって声を掛けてくれる。

中に入りソファに腰掛けようとした瞬間、目の前が真っ暗になった。

そして顔全体を包むような柔らかい感触。


フィルリアとの出会いを思い出すなぁ。


「………」


「…………」


「………あのー……」


「しっ。静かに。」


完全に胸に頭を抱き抱えられて大きなスライムさんに捕えられる俺の顔。


え。なにこれ。静かにって…どうせぇっちゅうねん!?


「ふぅ。」


やっと光が戻ってくる。


「いや、俺がため息つくところだから!」


「しっかりと補充しておかないといけないから。仕方ないわ。」


「え?!なに?!なんの話?!ついていけてないの俺だけなの?!」


「安心してください。誰もついていけていませんので。」


「そっかー。安心!ってなるか!!」


「相変わらずですね。シャーリーさん。」


「今はリン…だったかしら。久しぶりね。」


「俺もいるぞー。」


「ケンよね。久しぶり。それに…プリネラもいるのね?」


「げ。バレてる。」


プリネラが姿を見せる。


「まだまだね。上達はしたみたいだけど。」


「ちぇー。」


「あなたは初めてよね?」


「はい!リーシャと申します!」


「………納得してマコトの傍にいるのね?」


「はい。私の願いです。」


「そらなら良いわ。」


「シャーリーさん。早速ですが、真琴様に…」


「少し待ってもらえるかしら。」


「??」


「返すのはもちろん返すわ。でも…マコトにお願いがあるの。」


「お願い?」


「えぇ。私と結婚しましょう。」


「………は?」


「あ、間違えたわ。」


「どんな間違え方?!」


「冗談よ。エルフジョークよ。」


「いや、どちらかと言うとシャーリージョークだろ。」


「少し言い難い事なのだけれど……暫くここで教員をやって欲しいの。」


「………はい?」


「実は一人教員が怪我をしてしまって来られないのよ。でもそのクラスの教鞭を取れる人が見つからなくて…」


「うん。まぁそれは分かるけどさ。なんで俺が?」


「それは…マコトだからよ。」


「出たよこのよく分からい名前の使い方……」


「そのクラスはちょっと人に厳しい子達が集まる、所謂エリートコースのクラスなのよ。」


「エリートコースねぇ。」


「他の人を教壇に立たせても数日で逃げちゃうの。」


「そんなクラスを俺にどうしろって言うんだよ?!」


「その先生が帰って来るまでの間だけで良いから助けて!お願い!ね?」


「可愛く言っても変わらないっての。」


「むー。」


「く…可愛いじゃねぇか…」


「真琴様に取り敢えず箱を返してからにしてみてはどうですか?」


「マコトに箱を返すと色々と思い出すでしょ?

そうすると私に恩があるからー。とか色々と考えて無理に引き受けさせちゃうことになるかもって思うとそれは良くないかなって思って。」


「……」


「だから返す前に答えを聞いておきたいのよ。」


「……何すれば良いんだ?」


「やってくれるのね?!」


「何するかによる。」


「何でもいいわ!」


「は?」


「あなたが教えられると思う事を自由に教えてくれればそれで構わないのよ。」


「そんなんでいいのか?」


「そもそも魔法学校って言うのは明確なカリキュラムがあるとかそう言うものでは無いのよ。

卒業したらこれくらいは出来るようになっている。って言うのはあるけど、あなたが教えるのはエリートクラス。だから大体の子は要件を既に満たしているのよ。」


「じゃあ教える事無いだろ?」


「それじゃあ学校に来ている意味がないじゃないのよ。」


「つまり何か教えておけば良いからその先生が帰ってくるまでの間、持たせれば良いということか?」


「その通りよ。」


「……上手く出来るか分からんぞ?」


「やったー!ありがとう!」


「その代わり皆も一緒に行くぞ?」


「分かったわ。ただ…リーシャはちょっと嫌な思いをするかもしれないわね。」


「私は大丈夫です。」


「なら大丈夫よ。」


「いきなりこんな事になるとは…」


「ごめんなさいね…」


「はぁ…良いよ。やると決めたからにはやるから。」


「さすが私のマコトね。」


「異議あり!!私の真琴様です!」


「誰の物でもないわ!それより…」


「分かってるわ。じゃあ返すわね。」


シャーリーの胸から白い箱と黒い箱が出てくる。

そしていつもの様に視界がホワイトアウトしていく。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



「グラン!」


「フィルリア?!なんでここに?!」


テイキビにいる俺達の元に突如フィルリアが現れた。


「私があなた達の動向を知らないとでも本気で思っているのかしら?最近派手にやってるみたいね?」


「うっ……」


「ジャイル?」


「は、はい!」


「あなたにはグランを守ると私に誓ったわよね?」


「ち、誓いました…」


「その結果が…これ?」


「……そ、それは……」


「まさかとは思うけど。私に言い訳をするつもりじゃ無いわよね?」


「め、滅相もありません!」


「さて。あなた達。行くわよ。」


「ちょっ?!フィルリア?!行くってどこに?!」


「私の知り合いの所よ。」


「フィルリア?!引きずるなって!」


「問答無用!!」


「ジャイル!助けて?!」


「グラン様。すまねぇ。それだけは出来ねぇ。」


「のぉーー!!!」


フィルリア召喚による強制連行が始まった。

フィルリアは俺達を連れてテイキビを出た後、北へと向かった。


「いい加減機嫌直してくれよ…悪かったって…」


「あなた達の事が私にとってどれ程大切か分かってないのよ!」


「ごめんて…」


「これからはちゃんと気をつける?」


「約束する。」


「はぁ…分かったわ。じゃあ今日の夜は一緒に寝てくれたら許してあげる。」


「条件がおかしな事になってるんだが?!」


「はぁーあー!私の心配なんてどうでもいいのねー。悲しいわー。泣けてきゃうわー。」


「分かった分かった!分かったから!」


子離れ出来ない親という感じなのだろうか。まぁ俺達にとっては第二の母。これくらいは親孝行してあげるべきかと承諾した。


それは間違いだったと後で気付くことになる。

何故ならば、眠りに落ちると無意識に俺を手探りで探し出し、完全に胸に抱き寄せて離さないのだ。

大きなスライムさんの間は素晴らしいとは思う。思うのだが息苦しい事この上ない!一度は死にかけた。

まぁそれ以外は順調に北へと進んでいく。


テイキビとジゼトルスの国境を越えて、少し迂回しつつも更に北へと向かう。

そして遂にジゼトルスとシャーハンドの国境まで来た。


「シャーハンドに行くのか?」


「そうよ。私は行けないけど、ここまで友達が迎えに来てくれる事になっているわ。」


「友達?」


「冒険者時代の友達よ。」


「冒険者だった人なんだ。今は何してるの?」


「魔法学校の教員よ。」


「フィルリアと一緒だ。」


「子供が大好きって事で息があった友達だから。

あ。来たわね。」


山の方から歩いてくる緑色の髪のクールな美人エルフ。

凄くかっこいい感じの人でメガネもその切れ長の目も出来る女!って感じだ。

しかし、あの山の中をあんなシャンパンドレスの様な格好でよく歩いてきたな……


「シャーリー。久しぶりね。」


「えぇ。話に聞いていた子ね?」


「そうよ。グラン。この人はシャーリー。今日からあなた達の面倒を見てくれる人よ。」


「面倒?」


「暫くシャーハンドにいなさい。この国なら他国からの手は伸びて来にくいわ。」


「…分かった。」


「偉いわね。」


「フィルリア。この子本当に凄いわね。」


「えぇ。でも凄くいい子で優しい子よ。シャーリー。頼んだわ。」


「任せなさい。子供に手を出す不埒者は全て滅ぼしてやるわ。」


「あなたがいてくれて助かったわ。じゃあグラン。シャーリーの言う事をよく聞くのよ?」


「あぁ。分かったよ。」


別れを惜しむようにフィルリアは俺達を抱きしめてジゼトルスへと帰って行った。


見送りを終えるとシャーリーはその場に屈みこみ、目線を合わせてくる。


「皆。私はシャーリー。シャーリー-トイナジフって言うの。皆の名前を教えてくれる?」


「俺はグラン。こっちがティーシャ。ジャイル。

それで……」


「もう一人いるわよね?」


「わ、私の事バレてる?!」


「当たり前でしょ?フィルリアがなんで気付かない振りをしていたのか分からないけど…ほら。こっちに来なさい。」


「ぷ、プリネラです…」


「そう。いい子達ね。今日から私が皆の事を守ってあげるわ。よろしくね?」


「よろしくお願いします。」


「…………可愛い。」


突然抱きしめて来た。


「な、なんだ?!」


「し!静かに。」


いや、おかしいのは俺なのか?!


「グラン様から離れてください!」


「あら。あなたも抱きしめて欲しいのね?」


「ち、違います!」


「良いのよ。ほら。」


「うぷっ!」


「はぁ…癒されるわ…」


「あのティーシャが手篭めにされるとは…フィルリアさん以外で初めて見たな。」


「ぷはぁ!この!何を!」


「まだ足りなかったの?」


「や、やめ!」


「良いかしら。私はあなた達の味方よ。フィルリアから色々と話は聞いたわ。

難しいかもしれないけど、私の事を信じて?」


ティーシャをじっと見て語りかけるシャーリーの目は、フィルリアが俺達に向ける目と同じものだと直ぐに分かった。

まるで本当の我が子を見るような、母が俺達に向けてくれていた様な目。

愛おしいと語りかけてきているような優しい目だ。


「う…」


「ティーシャ。フィルリアの信用した人だ。信じよう。」


「……はい。」


「ありがとう。ここにいても仕方が無いわ。早速向かいましょう。」


シャーリーに連れられて向かった先は山道。

山道自体が苦しいという事は無かったが、ドレスの様な服でスイスイと歩いていくシャーリーを見て驚嘆したのはそのすぐ後の事だった。そして何より恐ろしかったのは襲ってきたモンスターを全て瞬殺するその魔法のセンス。

フィルリアと同等の力を持ったハスラーというのは観察するまでもなく理解出来た。


「す、凄いですね…」


「私の魔法なんて大した事ないわ。」


「そんなことありません!凄いです!」


「…ありがとう。でも、本当に凄い魔法使いはね。相手を殺すのではなくて生かす魔法使いなのよ。とっても難しい事だけど。」


「相手を生かす魔法…

フィルリアと同じ様な事を言うんだな。」


「ふふ。フィルリアも私も似た者同士だからかしらね。」


どこか嬉しそうに笑って見えたのは俺の気のせいでは無いだろう。


「さぁもう着くわよ。」


シャーリーの言葉通りシャーハンドの街の目の前に来ていた。


「す、すげぇ。」


「こんな綺麗な街は初めて見たな…」


「これがエルフの街、シャーハンドよ。」


「今日から俺達が住む街か…」


「ですが、本当に大丈夫でしょうか…?」


「他種族を受け入れない風習の事よね。」


「はい…」


「大丈夫よ。言われているほど他種族に対して露骨に嫌がる人は多くないわ。」


「露骨じゃないだけで嫌がりはするんだな。」


「そうね…残念だけどそれは事実ね。」


「そうか。別に二度と会わない奴らに嫌われた所でなんとも思わんけどな。」


「……グラン…」


「行くんだろ?」


「……えぇ。」


シャーリーの目が悲しそうに見えたが、事実は簡単には変わらない。

仕方の無い事もある。俺達はそれをよく知っていた。


街の中を通り、シャーリーが住んでいるという小さな家に辿り着いた。

少し古い家に見える。


「ここがシャーリーの家か?」


「まぁあまり良い家じゃないけど、生活していくのには十分だから。さ、入って。」


中に入ると小さな木の丸テーブル、丸椅子が窓から差し込む光で照らされている小さなリビングが見えた。


「寝室は2階を使ってちょうだい。一応掃除はしておいたけれど、まだ少し埃っぽいかもしれないから窓を開けてあるわ。寒くなる前に閉めておいた方が良いわよ。」


「分かった。」


「聞いているかもしれないけど、私は魔法学校の教員をしているわ。」


「フィルリアに聞いた。」


「そう。私の授業がある時は家に居られないけど、好きな様に使ってくれて構わないわ。」


「金はどうすればいい?」


「お金?何か欲しいものでもあるのかしら?」


「いや。ここに住む以上はシャーリーに家賃とかを払わないと…」


「何を言い出すかと思えば…そんなもの居らないわよ。」


「いや、それは…4人もいるのに…」


「私は教員よ?儲かってるの!

それに、教員を始める前はそれなりに活躍してた冒険者なのよ。お金の事なんか気にしないの!」


「………フィルリアもそうだったけど、人を養うってそんなに簡単な事じゃないのに、なんで…?」


「理不尽に晒され続けた子供達が目の前にいて、助けたいと思うのに理由がいるのかしら。」


「俺達の会ってきた大人にはそんな人はほとんどいなかった。」


「じゃあ私は例外ね!」


「………」


「子供がそんな顔しないの。

そんなに私に借りを作る事が嫌なら大人になって、自分で稼げる様になった時に返してくれたら良いわ。それまでは子供なんだから私達大人にしっかり甘えなさい。」


両手で俺の顔を包むように優しく触れるシャーリー。


「フィルリアと同じ触り方…するんだな。」


「そう?嫌だったかしら?」


「いや。ありがとう。シャーリー。」


何故かそうしたくなった。俺はシャーリーに柔らかくそして短く抱き着いた。


「…………くーーー!!グランーー!!」


お返しに強く長く抱きしめられたが…


「や、やめろ!もういいから!」


「やめないわ。」


「真顔で言うな!」


それからはシャーリーとの共同生活が始まった。


俺達は他種族で嫌われているのは確かだから必要の無い限りは外には出なかった。

シャーリーの家の裏には、外から見えない様になっている少し大きめの庭があり、外に出られない分はそこで魔法の練習をしたり作物を育てたりした。

シャーリーは本当になんでもない様に、それが当たり前だと言うように俺達の世話をしてくれた。

少しの恩返しにでもと掃除したり庭の手入れをしたりすると、シャーリーはこちらが困ってしまうくらい喜んでその度に抱きしめられた。

いつもの様に、し!静かに。と耳元で言われると何も言えなくなってしまう。

そして恐らく、最もシャーリーに影響を受けたのは凛だろう。


日々を過ごしていく中でシャーリーという人の凄さが肌で分かった。

フィルリアとは方向性が違うものの、他を寄せつけない程の魔法のセンス。

特に凄いのは魔力操作の緻密さだった。

寸分の狂いもなく最小限の魔力で最大の魔法を唱える姿を見て美しいと思った人は大勢いただろう。


凛のそれが尊敬に変わりつつある時の事だった。

凛が魔力操作を練習していた時に、操作を誤って魔法が暴発してしまった。

魔力量が少ないとは言え、フィルリアに鍛えられた凛の魔法は庭の物を壊すには十分なものだった。


ガシャーーン!


物凄い音が庭から聞こえてきた。


「ティーシャ?!」


俺は直ぐに椅子を蹴って庭へ向かって走り出した。

しかし、その横をまるで風のように走り抜けたのはシャーリーだった。

庭への扉を吹き飛ばす勢いで開け、手から血を流し呆然と荒れ果てた庭を見ていた凛に向かって走り寄った。


「ティーシャ!!」


「しゃ…シャーリーさん……あの…私……庭を…」


「庭なんてどうでもいいわ!それよりなんて酷い怪我!」


いつも常備しているのか腰袋から取り出した回復薬を凛の傷に掛ける。


「ご、ごめんなさい。私…魔法の練習してて…

庭もこんなに…」


「ティーシャ。もう痛くない?」


「は、はい…大丈夫です…」


「良かったー……」


足から骨が無くなったかと思う程脱力してその場にへたり込むシャーリー。


「シャーリー…さん…?」


「良かったわ。あなたが無事で。」


「でも…」


「庭なんてまた作れば良いのよ。それよりもティーシャに何かあったら私は明日から生きていけないわ。」


「そんな…」


「良い?ティーシャ。あなた達は私の宝物なのよ。もしあなた達のうちの誰か一人でも大怪我なんかしたら私は辛すぎて死んじゃうわ。」


「大袈裟な…」

「大袈裟なんかじゃないのよ!」


珍しく大声を上げるシャーリー。


びっくりした凛はシャーリーを見つめている。


「大声を出してごめんなさい。でも、本当にあなた達の事が大切なのよ。それだけはわかって欲しいの。」


「……なんでそこまで…私達は種族も違うのに…」


「関係ないわよ。一緒に寝て、一緒に食べて、一緒に笑って。それはもう立派な家族よ。」


「か…ぞく……?」


「私みたいな耳長な女じゃ嫌かしら?」


「そんな…そんな事無い……」


「じゃあこれからは気をつけてね?」


「うん……うん……」


凛は涙を流しながらシャーリーの胸に顔を埋めた。

フィルリア以外にもこんな人がいるなんて正直びっくりした。

多分シャーリーならそれがどんな場所であっても、自分の体がバラバラになろうとも俺達の事を助けに来てくれる。

そう思える程の慌て方だった。

そっと庭への扉を閉める。


それからの凛は驚く程に変わった。

まずはシャーリーに魔力操作の事を教えてくれと自分から頼みに行ったのだ。

今までフィルリア以外の人に自分から話しかけに行って、しかもそれがお願い事なんて事はまず無かった。

シャーリーも、自分の事を見ていたせいで暴走したのだと直ぐに分かった為、二つ返事でOK。

せっかくならと俺もプリネラもシャーリーに習うことにした。フィルリアとは違い実に細かく具体的に説明をしながら魔法について教えてくれる。

俺にはよく理解出来たが、プリネラは目を回してクラクラしていた。

シャーリーは全属性を扱えるハスラーだったが、その中でも得意であり強力なのは木属性の魔法だった。

魔力操作が上達すれば実に多様性のある属性であり、相性が良かったのだろう。

そうまでしてくれたシャーリーへの感情が凛の中で完全な尊敬へと変わるのにはそれ程時間は必要無かった。

その影響なのか、元々なのか、物事を整理して順序よく説明する癖や、木魔法を多用する事、そして魔力操作の精密さもシャーリーに似ていった。

凛にとっては母親、と言うよりは尊敬する姉に近い存在だと思う。


健は毎日手に怪我を負うほど刀を振って叱られていた。


プリネラは、隠れんぼと称してシャーリーの背中を取ろうと必死になっていたが、結局一度もシャーリーの背中に触れる事は出来なかった。


俺はと言うと…


「本当にグランはいい子ね。」


「なんだそれ。急に気持ち悪いな。」


「いつもあなたは皆の事を見ているでしょ?何かあった時に直ぐに反応出来るように。」


「……」


「悪いと言ってるわけじゃないのよ。ただ、私といる時くらい私に任せてくれないかしら?」


「任せてるよ…」


「え?」


「シャーリーがいる時は…その…シャーリー姉さんに任せてるよ…最近は…」


「グラン……」


「抱き着くなー!」


「し!静かに。」


「………」


こんな感じで俺にとっても姉の様な存在になっていた。

視界が白く塗り潰され、そして黒へと変わっていく。


ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー



今回はまた別の禁術に関する知識と、そしていつものあの息苦しさが来る。


「ぐはっ……」


「大丈夫。大丈夫よ。」


「シャーリー…?」


「平気よ。マコトは大丈夫。」


「………ありがと……姉さん……」


「んー!!グランー!!」


「痛い痛い!締め付けすぎ!」


「あ、ごめんなさい。ちょっと昂りすぎちゃったわ。」


「まったく…」


「記憶は戻ったみたいね。」


「あぁ。めちゃくちゃ世話になってるな。俺達。」


「良いのよ!なんたって私はお姉ちゃんなんだから!」


胸を張ってドヤ顔とは…せっかくのクールビューティな美人が台無しだ…


コンコン


「入っていいわよ。」


信じられない速さでシャキッとするシャーリー。


変わり身速っ!?


「お茶をお持ちしました。」


「ありがとう。そうだったわね。この子はキャラ。キャラベリス-コトルフよ。私の秘書をやってくれているわ。」


ぺこりと頭を下げるキャラ。


「キャラとお呼びください。」


「マコト達の事は一通り伝えてあるから、詳しい事は彼女に聞いてちょうだい。」


「分かった。キャラ。よろしくな。」


「はい。マコト様。」


「ん?」


なんか分かりにくいが…キラキラした目で見ているような…


「どうかされましたか?」


「あ、いや。なんでもない。」


「あの校長。」


「なに?キャラ。」


「一つだけお願いがあるのですが。」


「キャラがお願い?珍しいわね。何かしら?」


「私もマコト様の授業を受けてみたいのですが。」


「あら。」


「え?!何故に?!」


「マコト様。」


「は、はい。なんでしょう。」


「尊敬しています。」


「は、はい。………はい?」


「あらあら。キャラったら。」


「異空間収納を初めとする多くの魔法を解明し作り上げた方とお聞きしています。」


「いや、まぁ間違ってはいないんだけど…」


「授業を。聞かせては頂けませんか?」


端的に言葉を発する感じは普段あまり人と喋らないのだろうが…そんな子がここまで言っているとなると…シャーリーとしては…


「もちろん許可します。」


「ですよねー…」


「人に懐かない子なんだけど…まぁマコトだから仕方ないわね。」


「真琴様ですから。」


「ぐっ…訳が分からない…」


「嫌でしたら….我慢します…」


キャラの目が心なしか潤んでいる気がする。


「嫌じゃないけど……詰まらなかったり変でも笑わないでくれよ?」


「はい。もちろんです。」


あ、元気になった。

ちょっとキャラの感情が読める様になってきたかも。


「話はまとまったみたいね。それじゃあ早速よろしくお願いするわ。」


「………今からか?!」


「その為にこの時間に呼んだんですもの。」


「いやいや、普通は準備する時間とかさ!あるでしょ?!」


「他の人だったら確かに必要よね。いきなり呼び出して、さぁやりなさいは可哀想だもの。」


「だよなー。うんうん。」


「でもマコトなら大丈夫!」


「ってなんでやねぇーん!!」


「真琴様なら大丈夫ですね。」


「大丈夫ですね。」


「大丈夫だろ!」


「お前ら……よーし!分かったぁ!やってやろうじゃねぇか!こうなりゃやけくそじゃい!」


ここで反抗しても結局は連れて行かれるのだろうし、開き直ることにしたした。


「じゃっ!頑張ってねー!」


「覚えてろよー!」


「マコト様の担当される教室はこちらになります。」


キャラの誘導の元教室へと向かう。


その間にいくつか質問をする。


「他の先生はどんな事を教えてるんだ?」


「そうですね…あまり見学はしていないので詳しくは分かりませんが…得意な魔法の初級及び中級の魔法の扱い方等をレクチャーしている方が多いですね。」


「ふーん。って事は教室で魔法も使うのか?」


「使います。教室自体にある程度の魔法防御が掛けられていますので、あまり酷い事をしなければ大丈夫ですよ。」


「へぇ!!そんなデカい空間に防御魔法掛けてあるのか?!」


「はい。大きめの魔石を天井と床に埋め込んでありまして、全体をカバー出来るように常時魔法防御が掛けられています。」


「真琴様。壊さないで下さいよ。」


「失礼な!壊さないっての。」


「壊してみたいと顔に書いてありましたよ。」


「ぐっ……ちょっと思っただけだから安心しろってば。」


「ここが担当していただく教室になります。

私は後ろで見学しておりますので。」


そう言うとキャラは後ろのドアへと向かった。

中からはザワザワと日本では聞き慣れていた騒音が聞こえてくる。


ガラッ


俺が扉を開くと騒音がピタリと止んで全員がこちらを向く。


教室は黒板、教壇、そして生徒達が座る席がある。

個々の机や椅子があるのではなく、黒板を正面に見えるように半円形に長い机が固定されていて、それが段々になっている大学の講義室に近い形だ。

噂のエリート君達はこの学校の制服であろうローブを羽織っている。

腰までくらいの長さで真っ白のローブだ。背中に校章なのか統一されたマークが刺繍されている。


それが見えたのは机に座りこちらに背を向ける男子生徒が数人いたからだ。


「新しくこの教室を任された真琴だ。よろしく。」


「おいおい。どうみても人種だよな…」


「ガキじゃねぇかよ。」


「ちょっとあれ見てよ…」


「奴隷?国抜けがなんでこんな所にいるのよ。」


まぁ想像してた反応と概ね一緒だ。


格好のいい先生とか熱血の先生ならここでなんかすげぇ事やったり上手くまとめたりするのかなぁ…と考えるが俺には無理だ。というかやりたくない。


ガヤガヤには完全無視を決め込む。


「確か出席取るんだったか?うーん。めんどくさい。休んでる奴っているか?」


「……」


「まぁいいか。じゃあ始めるぞー。」


「せんせー。」


「なんだ?」


「そこの奴隷目障りなんですけどー。」


「リーシャの事か?」


「名前なんてどーでもいいでーす。」


「お前名前は?」


「人種に教える名前は持ち合わせておりませーん。あはははは!」


白髪短髪の男子エルフ。ガキ大将なのか周りにいた男子生徒も笑い始める。


「じゃあ名無し君でいいか。」


俺は杖も出さずに手を振リ下ろす。


バキバキッ!


俺の生成したクリスタルランスがその男子生徒の頭上から振り下ろされ、テーブルを砕き、床に突き刺さる。


「ひぃ?!」


現状に気付いたのか顔面蒼白になり体を仰け反らせる。

もちろん怪我はさせていない。


「もう一度リーシャを奴隷と呼んだら次は殺す。」


「っ!!」


まぁ来る途中でもイライラしてたのは健だけでは無かったから…この生徒はタイミングが悪かったとしか言えない。


俺の殺気に驚いたのかクラス中の声が消え失せる。


「真琴様…さっき壊さないと言っていたのに…」


「いや…うん。ごめん。」


「修復しておきますから進めてください。」


「凛は頼りになるなー!

そこの名無し君。それじゃ机使えないから別の席に移動しな。」


コクコクと頭を縦に振ってそそくさと席を移動する。


「別に詰まらなかったら寝てくれても良いし出てっても良いからとにかくうるさくはしないでくれ。

少なくともキャラは俺の話を聞きたいらしいし、邪魔さえしなけりゃ何も言わないから。分かったか?」


返事は無い。


やり過ぎたかなぁ…殺気は抑えたんだが…


ガラッ!


「遅れて申し訳ございません!」


突然扉が開いて入ってきたのは…


「…ラキトリ?!」


「え?……マコト様?!」


「びっくりしたー…」


「びっくりしたのは私の方ですよ!ここで何を…もしかして新しくいらっしゃる先生というのはマコト様の事ですか?!」


「らしいな。」


「姫様どうされたのです…か?!」


「パーナとピーカもいるのか。」


「マコト様?!」


「今日から暫くこのクラスを請け負ったんだ。」


「本当ですか?!まさかマコト様の授業を受けられるんですか?!やった!!」


「それより。なんで遅れたんだ?」


「あ、はい。先程体調を崩した学生を見掛けたので保健室まで。」


「お、さすが騎士だな。偉いぞ!」


「あ、ありがとうございます!」


「ね、ねぇ…ラキトリ様と知り合いなの…?」


「パーナ様とピーカ様も知り合いみたいね…」


さっきの静寂は嘘のようにまたしてもザワザワと騒ぎ出す教室。


「取り敢えず座れ。」


「「「はい!」」」


当然の様に最前列に座る。


「あ、あのー…」


「どうした?パーナ。」


「後ろのあれは…?」


「あー。ちょっとリーシャを馬鹿にされてキレちゃった。」


「なるほど。ジーゾナ辺りですか?」


さっきのガキ大将がビクリと体を強ばらせる。


「ジーゾナって言うのか。覚えておくよ。」


ジーゾナ君の顔はかなり引きつっている。


「まぁそれは良い。とにかく始めるぞ。

さっきも言ったが騒がなきゃ別に寝てても出て行ってくれても構わないからな。」


「マコト様の授業を聞かないなんてありえません!」


「パーナ。分かったから少し落ち着け。」


「は、はい…」


「そんじゃ始めるが…取り敢えず皆の実力が知りたいんだが…この中で一番強いのは誰なんだ?」


「一番強い…と言われると難しいですが…

パーナとピーカは剣術ではかなり強いと思います。」


「んじゃ取り敢えず剣術から見てみるか。俺が相手するより健に見てもらった方が力量は測りやすいか。」


「俺の出番か?」


「頼む。パーナとピーカ。前に出てきてちょっと健をぶった切れ。」


「なんか真琴様の言い方に悪意を感じるのは俺だけだろうか…」


「では私から!」


「何言ってんだよ。二人でだ。」


「二人ですか?!」


「なんだ。足りないか?じゃあ健は素手な。」


「はいよー。」


「ちょっ、ちょっとお待ち下さい!さすがに二人がかりの上、素手では危ないですよ!」


「危ない?なんだパーナ。俺に一撃でも入れられると思ってんのか?」


「なっ?!」


「ほれほれ。かかって来いよ。」


「さ、流石にケン様でも舐めすぎですよ?!」


「あのー。木剣は?」


「何言ってんだ?腰に下げてる武器があるだろ。」


「真剣ですか?!流石に危ないです!パーナとピーカは本当に強いですよ?!」


「当たらなきゃ真剣でも木剣でも変わらんだろ?」


「さすがにここまで言われて引下がるのは騎士として許せません!怪我しても文句言わないで下さいよ!」


「言わねぇから安心しろ。」


「はぁぁああ!!」


腰から抜いた細剣を健に向かって容赦なく突き出す。


ピーカも息を合わせて攻撃を繰り出す。


「な、なんで当たらないの?!」


「こ、この!」


「ほれほれ。どうした。」


「このぉ!」


「はぁ!」


「ほいっと。」


ゴンッ!


「いたー!」

「ーっ!」


健がくるりと体を回すとパーナとピーカの頭が豪快にぶつかり合ってその場に蹲る。


「残念だったな?」


「ケン様強すぎですよー!」


「つ、強い…」


「まだまだだな!」


「悔しいぃ!」


「精進する…」


「どうだった?」


「そうだな…基準をどこに設定するかにもよるが…前にも言った通り騎士としてはそれなりに強いとは思う。

基礎はしっかり出来てるしな。」


「さすがエリートコースだな。」


「ただやっぱり綺麗過ぎるな。」


「綺麗過ぎる…ですか?」


「読みやすいんだよ。次はこうくるなーとか。こうしたらこうするだろうなーとかな。」


「読みやすい…」


「基本に忠実過ぎる。といったら分かりやすいか?」


「基本は大切です!」


「もちろんその通りだ。騎士としてやっていくにはそれでもそこそこやっていけるとは思うぞ。」


「まぁ取り敢えず実力を知りたいだけだから後のことはまた時間を作ろう。」


「「…はい。」」


「んじゃ次は魔法だが…ここは魔法学校だしなんかするか。」


「どうするんですか?」


「そうだな…全員全力で俺に魔法打つってのはどうだ?」


「き、危険です!」


「あぁ…確かに下手すると教室壊れるかもしれんしな…」


「いえ、教室の心配ではなくてですね!」


「まぁ壊れた時はシャーリーに謝るか!」


「き、聞いては下さらないのですね…」


「ん?なんか言ったか?ラキトリ。」


「なんでもありません。こうなったら全力でいきますわ!」


「よし!来いや!」


「ライトショット!」

「ファイヤーボール!」

「ウォーターショット!」


全員が魔法を打ち出す。


ドドドドドッ!


轟音と煙が俺を包み込む。


「や、やべぇ…やっちまった…」


「マコト様?!マコト様ー?!」


「ん?なに?」


「へ…?む、無傷…ですか…?」


「まぁあんくらいの魔法ならな。」


「学校でも最強クラスですよ?!無傷なんて?!」


「え?!このクラス最強クラスなの?!」


「は、はい…」


「うーむ……」


「どうされましたか…?」


「剣術は確かに良いのかもしれないけど…魔法は弱過ぎないか?」


「よわっ?!」


「そうだな。凛。」


「はい。」


「エルフならお前らにも分かるだろ?この凛の魔力総量が。」


「は、はい。」


「この凛に勝てると思う奴。手を挙げてみろ。」


ラキトリ達3人を除いて全員が手を挙げる。


「だろうな。魔力総量が強さの全てだと思ってるだろお前ら。

まぁラキトリ達は多少理解してるみたいだが。」


「流石にそれだけの魔力総量の奴には負けねぇよ。」


「だな。」


「じゃあさっきお前達の誰も貫けなかったこのウォーターシールド。この凛には貫けないよな?」


「そりゃ無理だろ。その魔力量でどうしろって言うんだよ。」


「凛。」


「はい。ファイヤーボール!!」


ジュジュッ!


俺の作り出したウォーターシールドのど真ん中を突き破り壁にぶつかってファイヤーボールが消滅する。


「突き抜けた?!」


「なんで?!」


「お前らの貫けなかった盾を簡単に貫いたが…それでも勝てると思う奴はいるか?」


誰も手を挙げるやつはいなかった。


「だから弱いって言ったんだ。」


「くっ…」


「さてと、今日はこれで時間が来たし終わりにする。次の授業の時にちょっとだけ強くなる方法を教えてやる。気になる奴は来たらいい。」


教室から出ていく。


「お疲れ様でした。」


「ありがと。キャラ。詰まらなかったろ?」


「いえ。凄く楽しかったです。」


声のトーンが変わらないのにテンションが上がってるのはちょっと怖いな…


「あれは魔力操作がカギだと言うことですよね。」


「流石は姉さんの秘書だな。」


「はい。」


「そんでちょっと用意してもらいたいもんがあるんだけど。下手な変換すると痛い腕輪。なんだっけ名前。」


「ホリントの腕輪の事ですね。」


「それそれ。」


ホリントという特殊な木から作られた腕輪で、規定の魔力量よりも多い魔力が流されるとその分の魔力を痛みとして返す腕輪だ。

魔力操作が下手な子供を強制する為に使われるもの。


痛みと言っても静電気が走る程度。


「ホリントの腕輪を使って魔力操作を?」


「まぁ鬼畜設定にはするけどな。」


「面白そうです。私も参加します。」


「お、キャラ。なかなか度胸があるな。」


「頑張ります。」


スタスタと校長室に戻るキャラは何かウキウキしているようにみえる。


「これで良いのか?」


「シャーリーさんは好きにやって良いと言っていたので良いのではないですか?」


「一応生徒の経験は無くはないけど、こっちの世界じゃないしなぁ…どんな先生が普通なのかって分かんねぇよな。」


「ですね…」


「でもまぁ暫くの間だしなんとか乗り切れば良いか。」


「はい!」


なんとか今日は乗り切った…今日はシャーリーと話していて時間を削れたが、明日からは授業を丸々一コマ行う必要があるし、なかなか大変な事を引き受けてしまったなぁと今更ながら思っていた。


シャーリーの事を思い出して恩返しがしたいとも思うし引き受けた以上は半端な事は出来ない。何せ校長直々のご指名だ。シャーリーの顔に泥を塗る様な真似は控えよう。


ちょっと教室壊しちゃったけど…まぁ大丈夫!だよな?

一抹の不安を残しながらも翌日の授業時間がやってきた。


ガラガラ…


「おはよー。」


「マコト先生!おはようございます!」


「ラキトリは朝から元気だな。」


「はい!」


「ん?人数少ねぇな?」


「その…言い難いのですが…昨日マコト先生が来なくても良いと仰ったので…」


「おう!そうか!そいつは良かった!」

「申し訳ございません!私からもう一度皆様に………え?」


「え?」


「良かったと仰いましたか?」


「おぅ!少ない方が教えやすいし、俺の話を聞く気の無いやつに何を話しても意味が無いだろ?なら来なければ時間を互いに有効に使えるしいい事だろ?」


「怒らないのですか?」


「まぁ、先生と言えばそうなんだろうが…俺も聞く気の無い奴に時間を割いて連れてきたいとは思ってねぇからなぁ…あ、でもシャーリーが困るか?いや、でもなぁ…」


「真琴様の有難いお話を拝聴しないという愚行を行う者の事など気にする必要はありませんよ。」


「相変わらず凛は手厳しいなぁ…

まぁなんか言われたら考えるよ。さてと、取り敢えず出席なんだけど…ラキトリ。」


「はい?」


「いる奴の方が少ないしお前が見て出席者をチェックしてくれないか?」


「出席を取ればよろしいのですね?」


「頼んでも良いかな?」


「お任せ下さい!!」


凄い勢いで立ち上がり手伝ってくれる。うむ。良い子だ。


「あ、ラキトリ。ついでにキャラが持ってるホリントの腕輪を今いる奴らに渡してくれないか?」


「ホリントの腕輪ですか?はい。

懐かしい道具ですね。」


「昔はよく使ったよ…姫様付きの騎士になるための訓練とか。」


「そうだったの?」


「はいはい。世間話はそこまで。」


「あ、申し訳ございません!直ぐに!」


パーナとピーカも手伝ってくれて直ぐに準備が整う。


言っても姫様達と他に3人しか居ないのだが。

クラスでも真面目と言われる人達だけは残ったんだろう。

名簿をラキトリから返してもらって名前を確認する。


「えーっと。ラキトリ達3人は分かるから…プリタニ-デジノーラ。」


「私の事ですわ!」


緑色の瞳に緑色の髪。これでもかと髪をロールしている女子エルフ。腰には細剣。

初見で自信家という事が分かってしまうタイプ。

何かにつけてラキトリの方を見ている事から勝手にライバル視しているのか、もしくは友達にでもなりたいのか…いや、両方か?


「皆いなくなったのになんでプリタニは残ったんだ?」


「あら。私があの様な腰抜け達と同じに見えまして?私はあの程度で尻尾を巻いて逃げる様な腰抜けではありませんことよ。」


「おぉおぉ。威勢がいいねぇ。頼もしい。ただ、お前の魔法は効率が悪すぎる。木魔法が得意らしいけど魔力のロスを抑えないとな。」


「なっ?!何故そんな事を?!」


「何故って…昨日全員に魔法打ってもらったろ?」


「ま、まさかあの一度の魔法で全員の…?!」


「腕を見たいって言ったろ?」


「何十人いたと思っているんですの?!そんな事が出来るわけ!」


「別にどう思ってくれても俺は構わんよ。それより一回落ち着いて座れ。」


「……」


「次は…ビリダグ-ストライナ。」


「は、はい!僕です!」


黒髪黒い瞳。直剣を持っているし魔法剣士だろう。


「現状、唯一の男子生徒か。両手に花だな!」


「そそそそそんな?!僕は…」


下を向きながらも、チラチラと後ろからピーカの背中を見ている。


「ほー…そう言うことか。まぁなかなか大変な相手だけど頑張れば可能性はあるかもしれんぞ?」


「なななななんの事ですか?!」


「さぁ?なんの事だろうな?」


「っ?!」


ピーカに目をやると意図を汲み取ったのか顔を真っ赤にして下を向いて黙ってしまう。


ピーカ本人は俺の目線にキョトンとしているが…


「さてと…最後はヒュール-プロダニカ。」


「は、はい…」


消え入りそうな程小さな声で返事をしたのは茶髪ボブで前髪を伸ばし目を隠している女子エルフだ。

前髪の隙間から見える眼鏡の下に茶色い瞳が見えるが、またすぐに前髪で隠れてしまう。

超絶内向的な性格。と言う感じだろうか。目に見える武器を持っていないし完全ハスラータイプなのだろう。


ただ、この子のことはよく覚えていた。


「名前はヒュールか。」


「……はい……」


「ヒュールは土魔法が得意なんだよな?」


「……はい…」


「ヒュールさん!もっとハキハキ喋ってみてはどうですか?!」


「ご、ごめんなさい…」


「こらこらプリタニ。人によってペースってもんがあるんだからそんな事すんな。お前だって喋るなって言われたら辛いだろ?」


「そ、それは…そうですけど…」


「ヒュールは魔法特化で近接武器は持ってないんだよな?」


「はい…」


「そうか。このクラスの中ではかなり強い魔法を打ってきた奴の一人だから覚えてたんだ。」


「そ、そんな!私なんて…」


「ただ、結構魔力が不安定だから気になっててな。それもあって覚えていたんだよ。」


「?!」


「まぁ言いたくない事を聞くつもりはないから安心してくれ。

さて。じゃあ六人…じゃなくて七人だな。」


「七人…ですか?」


「こんだけ少ないならキャラも席に座って一緒に聞けばいいだろ?」


「よろしいのですか?」


「聞きに来てるのにそんな後ろじゃ詰まらないだろ?」


「ありがとうございます。」


堂々と最前列に座るキャラ。


やっとわかってきた。キャラは表情には感情が出ないが耳に感情が出る。

そんなに大きな動きじゃないが、嬉しいとピクピクと耳が動き、悲しいと少しだけ下に垂れるらしい。

最前列でピクピクと耳を動かしている。嬉しそうで何よりだ。


「さてと。それじゃ始めるが、まずはホリントの腕輪を着けてくれ。」


全員がホリントの腕輪をはめる。


「ですが、このホリントの腕輪は恐らくほとんどの人が使った事のある物ですよ?」


「らしいな。だか今回使うホリントの腕輪は俺がちょっとだけ細工した物だ。」


「細工…ですか?」


「昨日見た魔法を元にそれぞれがギリギリ魔法を発動させる事のできる量でしかホリントの腕輪を回避出来ないように設定してある。」


「そんな事が可能なのですか?!」


「シャーリーに聞いたら既にその手法も発表されているって聞いたが?」


「た、確かに不可能では無いのですが…それはあくまでも設定を変更できる可能性があると発表されているだけです。」


「あれ?そうなの?」


「しかもそれを個々人に合わせて設定するとなると…」


「ま、まぁ細かい事は気にするな!

そんで、大事なのはここからなんだが、そのホリントの腕輪は跳ね返す魔力もほとんどロス無く返すんだ。」


「という事は…凄く痛いって事ですの?!」


「そう言うことだな。早く魔力操作を精密にしないとずーっと痛いままだな。」


「教師がそんな事をするなんて!」


「あらあらー?プリタニは怖いのかなぁー?そっかー。怖いよなー。上手く魔法使えないしー。仕方ないよなー。怖いならやめておいても良いんだぞー?

なーんにも恥ずかしいことなんて無いんだからなー?」


「くっ!言わせておけば…いいですわ!受けて立とうじゃないですの!」


「あ、因みに。ラキトリとヒュールは少し他よりも厳しく設定してあるから。」


「えっ?!」


「わ、私も…ですか……?」


「まぁ二人の実力ならそれくらい出来るんじゃ無いかなぁって思ったんだが…やめとくか?」


「やります!!」


「わ、私も…頑張って…みます…」


「あ、キャラは激ムズだからな。泣くなよ?」


「泣きません。望む所です。」


「よっし!じゃあ始めろー!」


「ファイヤーボーるるるる!!!いたぁーー!!」


「フラッーー?!痛いー!」


「ウォーターショッ?!…くっ……」


「ウッドいたたたたた!!なんですのこれ?!」


「だ、ダークネぃぃい?!」


「ストーンショッ?!い…痛い…」


「ファイヤー……………痛い。」


「マコト先生?!これ痛すぎませんの?!」


「おー?一回でギブアップってか?あれだけの啖呵切った割に意外と根性無いのなぁ?」


「痛いと言っただけですわ!見てなさい!ウッドぉぉおおお?!」


「ほらほら。ちゃんと調節しないと何度でも痛いぞ?」


「くー!あなた達はできますの?!自分も出来ないくせに人にやらせるなんておかしいですわよ?!」


「ったく。貸してみろ。」


「私のホリントの腕輪をですの?」


「別に誰のでも構わないっての。ファイヤーボール。」


「なっ?!いっ、一回で……」


「俺達は毎日この数千倍は厳しい腕輪で練習してたんだ。これくらい出来るっての。」


実際シャーリーに教わった魔力操作の仕方はこのホリントの腕輪を使ったものだった。出来る度にどんどんとレベルが上がっていった事で最終的には鬼畜な仕様になっていたが…つまりこのホリントの腕輪の設定を変更する術は元々はシャーリーが使っていた。


「因みに凛はもっと凄いぞ?」


「真琴様とそれ程変わりませんよ。」


「そうだな。キャラの使ってる鬼畜仕様の数千倍は難しいのを使ってたな。」


「………負けない。」


「うんうん。頑張れー。」


俺たちは悲鳴をあげ続ける生徒達を眺めているだけという光景が出来上がった。

因みに魔力が跳ね返ってぶつかっているだけで怪我になったりはしない様にしてある。


「おーし。時間だ。そこまでー。」


「て、手が……痺れていますの……」


「ま、これで自分達がどれだけ魔法を使えていないかわかったろ?」


「きぃー!腹が立ちますわー!」


「これから毎回上手くいくまでこれを続けるからな。早く魔力操作が上達しなければずっとこの授業内容だぞ?

なんて楽なんだ教師ってのは。お前達のおかげで俺は座ってるだけで金が貰えるらしい。ありがとな?」


「きぃーー!!絶対直ぐに上達してやりますわ!!待ってなさい!

キャラさん!これ持っていきますわよ!」


「貸し出しは許可されています。」


「見てなさいよ!!」


ホリントの腕輪を持って出ていくプリタニ。


「さてと。今日の授業は終わりだな!」


「真琴様。ここの学食は美味しいと評判らしいですよ。」


「な、なんだ…と?!」


「お昼を食べに行きませんか?」


「行こう。それ以外に選択肢は無い。」


「あ…あの……」


「ん?」


「私達もご一緒しても良いですか?!」


「ラキトリ達が?

良いけど学食なんて姫が使ってて大丈夫なのか?」


「今までは御遠慮させて頂いていたのですが…実はずっと行ってみたくてですね…学食までご案内するついでに…その…」


「ラキトリが良いなら俺は構わないぞ。」


「私も。行きます。」


「いや、キャラは仕事あるだろ。」


「今日の分は既に終わりました。」


「出来る子過ぎねぇか?!」


「なぁ、なんでもいいか行こうぜー。腹減ったー。」


「健は元気無くなりすぎだろ。」


「筋肉のせいで消費カロリーが大きすぎるのですね。気持ち悪いです。」


「なんでなん?!最後の一言は別にいらないよね?!」


凛の毒舌を聞きながら学食に向かう。


学食はよく陽の当たる場所にあって思っていたよりも人が少なかった。


「いつもこんなもんなのか?」


「そうですね。」


「皆様それぞれ決まった相手と決まった場所でお食事を摂られるみたいなので、学食には人があまりいないのです。」


「ふーん…まぁ少ない分には良いかな。」


各々好きな物を頼んで丸テーブルを囲んで座る。

リーシャも同じ様に座って食べている事を不思議そうに、そして軽蔑の眼差しで見てくる視線を感じたが無視する。

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