第四章 獣人の国 -ガイストル-

「えーっと…ここをこうして…リーシャ。そこ持ってて。」


「はい。」


「そんでこっちを……うわっ?!」


「ゆ、揺れますね。」


商船であるこの船には客室という部屋が無く、用意された部屋には簡素なベッドと気持ちばかりの装飾があるだけだった。



ロチャロが言ったように少し前から揺れが激しくなり、暖房制作中の俺と凛とリーシャはさっきから何度も揺れのせいで作業を中断させられていた。



揺れる度に気持ちばかりの装飾がカラカラと音を立てて鳴り、船首に着いている鐘の音が聞こえてくるる。



暖房の制作はそれ程難しい物では無かったが、流石にこの揺れの中だと手間取ってしまう。



既に制作を始めてから数時間が経っており、やっと完成間近まで来たところだ。



「昔からこの海域は波が高いのか?」


「いえ、そんな記憶はありませんが…」


「地形が変わったのか?」


「どうでしょうか…」


「ロチャロなら知ってるかもな。」


「後で聞いてみるか…よし。出来た!」


「完成ですか?!」


「あぁ。リーシャ。少しだけ魔力を流してみてくれ。」


「はい!」


リーシャが箱型の暖房に魔力を込めると横に空いた穴から温風が吹き出してくる。



火属性と無属性の魔石を使う事で温風を吹き出す機構を作り出した簡素だが無いよりマシな暖房魔法具だ。



試作機だし足元を暖める程度の大きさだが、大きくすれば部屋ごと暖かく出来るだろう。魔力を少しだけ流し込むと起動して、もう一度流し込むと切れる様に細工してある。



「わぁ!暖かいです!」


「うむ。名付けて、足元あったまーる君1号!」


「なんだその絶望的なネーミングセンス。」


「え?!ダメか?!」


「私は可愛くて好きですよ。真琴様のネーミングセンス。」


「私も可愛いと思います。」


「私も私もー!」


「いや、どう考えても絶望的だろ。昔から。」


「そ、そうだったのか…」


「そんな事はありません。真琴様の付ける名前はセンスの塊です。」


「だけど健は…」


「ではそのバカに聞いてみましょう。どんな名前だったら良いのですか?」


「え?!えー……

炎風二式。」


「酷いですね。」


「可愛くない。」


「〇ね。」


「ちょっと?!最後おかしな単語あったよね?!〇付けても分かるよ?!」


「まずなんで二式なんですか。一式はどこですか。」


「え?に、二式の方がなんかカッコイイだろ。」


「格好良く無いですね。」


「足元あったまーる君の方が可愛いー!」


「〇モいです。」


「だから〇付けても何言ってるか分かるよ?!なんだよー!格好良いだろー!」


「これでハッキリしましたね。センスが無いのは健の方です。だから真琴様の秀逸なネーミングセンスを理解出来ないのです。」


「く、くそー!」


健は何故いつも負けると分かっている勝負を挑むのだろうか。これが侍というやつなのだろうか…



「おーい。大丈夫かー?」


外から聞こえてきたのはロチャロの声だ。



扉を開けるとロチャロが立っていた。



「お?誰も船酔いしてないのか?」


「今のところ大丈夫だな。」


「こいつは驚いたぜ。船乗りでも酔うやつがいるってのに………??なんかこの部屋あったけぇな。」


「ん?あぁ。さっきちょっと魔法具作ってな。」


「魔法具?そのちっさい箱の事か?」


「あぁ。ここから暖かい風が出てくるんだ。」


「お?!おぉ!!すげぇなこりゃ?!」


「名付けて足元あったまーる君1号だ。」


「な、なんだそりゃ?か、可愛いじゃねぇか…」


「何故だー?!ロチャロは分かってくれると信じてたのにー!?」


「ふっ。」


「くそー!凛のその勝ち誇った顔がムカつくー!」


「姉様!私にも!」


「食いつくなー!」


「こりゃマコトが作ったのか?」


「俺とリーシャと凛で作ったんだ。」


「……なぁ。俺にも作ってくれねぇか?」


「売るつもりか?」


「そんなつもりはねぇよ。人の技術を勝手に売る様なクソ野郎に見えるか?」


「いや。すまない。」


「単純にこの時期の海は骨身に染みる寒さでよ。毎年震えながら乗ってるからな。」


「そう言うことなら作ってやるぞ。」


「おっしゃ!報酬はちゃんと払うからよ!」


「世話になってんだしそんなもんいらないって。」


「ダメだ!そいつは商人として俺が俺を許せねぇ!」


「…商人ってのは皆そんななのか?」


「いい仕事にはそれに見合った報酬。商人たるもの払う時にはきっちり払う!鉄則だぜ!」


「格好良いな。」


「ぬっ?!う、うるせぇ!」


「褒めたんだがな…

出来たら持っていくよ。」


「おぅ!」


何かと気にかけて部屋に寄ってくれている所を見ると面倒見も良いのだろう。きっとこの船で働いている部下達も楽しんで仕事をしているはずだ。



「あ、そういや。この海域って昔からこんなに波が高いのか?」


「ん?いや。荒れ始めたのは最近になってからだな。」


「そうなのか?なんか理由とかは?」


「さぁな。ただ、船乗りの間では水の精霊様がお怒りになったと噂になってるぜ。」


「水の精霊?」


「あぁ。この辺りの海域には昔から精霊様が住んでいると言われていてな、昔から脂の乗った美味い魚が上がるんだ。精霊様を見たって言う船乗りもいたくらいだ。

だが最近波が高くなった時から急に魚が捕れなくなってな。漁師たちも困ってるらしい。精霊様の怒りだとかなんとか言って騒いでるぜ。」


「怒り?なんか怒らせる様な事をしたのか?」


「この海域には昔から一つの掟があってな。絶対に触れてはならない場所ってのがあるんだ。」


「触れてはならない場所?」


「精霊様の住む場所だよ。海の中にある。」


「海の中に?」


「実際に見た奴はいねぇんだが、この海域の海の中には精霊様が住むとされる場所があってな。そこに触れると精霊様が怒り狂うとされてるんだ。」


「……」


「まぁ噂自体もいつからあったのか、誰が広めたのかも分からねぇもんだし本当なのかは分からねぇがな。ま、詰まる所理由は分からねぇ。」


「そうなのか。ありがとう。」


「おぅ!暖房頼んだぜ!」


尻尾を左右に振りながら歩いていくロチャロを見送る。



「……」


「精霊様のお話ですか?」


「あぁ。気になってな。」


「確かに不思議な感じがしますね。自我を押し通す精霊がいるという感覚に違和感があります。」


「どう言う事だ?」


「これだから筋肉バカは…」


「な、なんだよ。分からねぇから仕方ねぇだろ?!」


「はぁ…私達の知る精霊という存在はジャッドの呼び出した下級精霊も、真琴様が呼び出したドライアドも、どちらを見てもこちらの世界を自分達でどうにかしようとしている様には見えませんでした。

召喚という手順を踏んでいるからなのかは分かりませんが、精霊は精霊の世界にのみ興味を持っていて、精霊自身がこの世界に干渉するという意思は感じませんでした。」


「確かに…」


「基本的にはこちら側の自然が起こした事象を、勝手に精霊の起こした物として崇めたり恐れたりしているだけ。って事だ。」


「んじゃ今回の件も何か別の要因が?」


「勿論その可能性もあるんだけどな。これだけ広範囲に広がる影響となると地震だったり噴火だったりかなり大規模な自然の驚異があって当然のはずなんだ。

だがロチャロからそんな話は出てこなかった。となるとこれだけの広範囲に影響を及ぼす存在が何かした。と思うんだが…」


「精霊の仕業には見えないって事か。」


「情報が少すぎて見当もつかないが、バリトンの言う物騒な事件と言うのに関係しているのかも…」


「まーたそうやって首を突っ込みたがる。」


「うっ…気になるだけだっての。首を突っ込む気は無いから。」


「どうだかねぇ。」


健の疑いの目を受けつつもロチャロへ渡す暖房を作る。揺れはまだ酷いものだったが、なんとか作成を終え部屋を出る。



「うわっと。」


なかなか揺れは収まらず、船が大きく傾く度に体が流されてしまう。



船や海に詳しいわけではないが、天候も悪くないのにここまで波が高いなんて事が普通はあるのだろうか…?



シャーリーから聞いた話では全種族の中でも特に獣人種というのは精霊に対する信仰が厚く、かなり神格化されているとの事だし、不思議な事は精霊様の仕業になるのだろうか…?



ロチャロの部屋をノックすると直ぐに扉が開いた。



「もう出来たのか?!」


「あぁ。こいつだ。

魔力を流すと付いてもう一度流し込むと消える仕組みになってる。あまり大量に流し込むと壊れるから気を付けてくれよ。」


「助かるぜ!」


「どういたしまして。そういやさっき貰ったバリトンからの贈り物の中に入ってた手紙に最近物騒な事件が起きてるって書いてあったが、何かあったのか?」


「あー。街でな。俺達はこうやって海に出てるから詳しくは知らねぇんだが、何人か死んでるらしいぞ。」


「そいつは物騒だな。」


「詳しく知りたきゃ街で聞いてみるといい。冒険者ならその手の情報を拾ってくるのはお手の物だろ?」


「それはどうか分からんが、まぁ調べてみるよ。」


「おぅ!よーし!早速使ってみるかー!」


嬉しそうに部屋の中へ戻るロチャロ。



せっかく部屋から出てきたのだし少し外の様子を見てみたくなり、甲板の方へと行ってみた。



揺れは相変わらず酷かったし振り落とされるのは嫌なので軽く様子を見てみただけだが、海は異常な程高い波を発生させ、水飛沫が甲板に打ち付けられ、その度に船首に着いた鐘がカランカランと音を立てる。



前に進んでいるのか後ろに進んでいるのか分からない。



これは流石に異常過ぎる。



健にまた呆れ顔をされるかもしれないが、詳しく調べておいた方が良いかもしれない。



首を突っ込む事が好きなのではない。



ただ、俺達が情報を知らなくても、知っていても事は起きる。そして起きた時に知らないと対処が出来ない。俺の父と母はそうして死んだ。



何かが起きた時に状況を把握出来ないという事がどれだけ恐ろしい事なのかを俺はよく知っているし、出来たことをせずに仲間に何かあったらと思うとじっとしている事は出来ない。



どれだけバカにされても、慎重すぎると言われても、これだけは譲れない。



甲板に打ち付ける何度目かの波を見て、部屋に戻る事にした。



翌日も、更にその翌日も波の高さは変わらず高いままだった。



最早揺れていないと逆に落ち着かないと言える程に激しい揺れは続き、揺れに対応し始めたのか変に体が流されたりしなくなっていた。



そして船に乗って4日目の朝、その揺れはピタリと無くなった。



「嘘みたいに波が穏やかですね。」


甲板に出て外を見ると、昨日までの波が嘘だったかのように水面は穏やかだった。



「落ち着いたか。」


「ロチャロ。」


「最近はずっとこの調子でな。壊れやすい物なんかは運べないんだよ。」


「あの揺れじゃあな。」


「困ったもんだぜ。」


「……この船ってなんで船首に鐘が着いてんだ?」


「こいつか?まぁ役割としちゃ落ちた仲間がどこに船があるか分かりやすい様にって物だ。」


「落ちた仲間?」


「夜の海ってのは月明かりが無いと本当に真っ暗でな。何も見えねぇ。船乗りが海に投げ出されたらどこに戻ればいいのか分からないだろ。」


「それで鐘を鳴らして知らせるのか?」


「船乗りが船から放り出される状況って事は基本的に超悪天候だろ?言わば嵐だ。船の明かりは雨で消されて見えねぇ。でも波が高いと船が揺れて鐘が鳴る。

暗い海でも音を頼りに落ちた奴らは泳ぐんだ。実際に何人かそれで助かってる奴らだっているんだぜ。」


「なるほどなぁ。船乗りの知恵ってやつか。」


「まぁそれ程の悪天候となると助からない方が多いがな。落ちねぇ様に気を付けろって意味での警鐘の方が役割としては大きいだろうな。」


「昨日までその警鐘ずっと鳴りっぱなしだったな。」


「あぁ。嫌になるぜ。

それより、見えてきたぜ。」


ロチャロの目線の先には対岸が見える。



シャーハンド側とは違いガイストル側には港町が作られている。



「あれがガイストルの港町二二ーヒスだ。」


帆船を二二ーヒスに寄せ、やっと大地に足を付ける事が出来た。



「ロチャロ。助かったよ。」


「俺も暖房のおかげで楽になったからお互い様だ。」


「じゃあまたどっかでな!」


「おぅ!」


ロチャロと別れ二二ーヒスの街中へと入る。



港町というだけあって魚介類の出店が多く立ち並び、中には見た事も無いような物も売っている。



街全体の建物が白く統一されていて綺麗な街並みだ。



商人はもちろんだが観光客も多いらしく人種やドワーフも沢山いる。



季節が冬なだけあってバカンスと言うよりは美味しい物を食べに来たという人が多いみたいだ。



寿司を知っている俺達にとっては魚介類は是非とも手に入れておきたい食材の一つ。



米に加えて醤油や味噌も手に入ったのだし、凛に頼んで美味いもんでも食いたいところだ。



「よし。食材を調達しておこう。」


「激しく同意する。」


「真琴様魚介類に目が無いですもんね。」


「うむ。凛の作る料理の中でもやはり魚介類を用いた物は別格だからな。」


「……食材を買いましょう。」


「うむ。では手分けして各自好きな食材を買ってくるのだ。費用はこれだけ渡しておく。」


「真琴様が全て決められてはいかがですか?」


「お前達の金を使う訓練としても必要なのだ。勿論プリネラとリーシャもだ。」


「「はい!」」


「では散開!!」


店先に並ぶのは超新鮮な魚介類。



獲れたてでまだ動いている。



知っている物の二倍くらいの大きさのホタテ、食うところ無くね?っていうくらい細いイカ。ブルドッグみたいな厳つい顔の赤身の魚。



どんな味なのか知りたくなる様な物ばかりでテンションがぶち上がる。



あれもこれもと買い物をしていると…



ドンッ


「あ、ごめんなさい!」


「あ、すまん!」


買い物に集中し過ぎて周りが見えていなかった。



背中をぶつけてしまったのは猫人種の女の人だった。



長い茶髪に真珠の髪飾り。その上にちょこんと乗るように三角の小さな耳。茶色い瞳と細長い尻尾。



小柄な女性で華奢な感じがとてもキュート!



「大丈夫ですか?」


「は、はい!ごめんなさい!余所見してて!」


「それは俺もだから気にしなくて良いけど…何か探し物?」


キョロキョロと落ち着かず焦っているように見える。



「あの!妹を探しているんですが!」


「妹?」


「はい!私と同じ茶髪の猫人種の小さな女の子見ませんでしたか?!」


「いや。見てないけど…」


「そうですか…どこに行っちゃったの…」


「……良かったら一緒に探しますよ?」


「そ、そんな!」


「プリネラ!」


「はぁい!」


どこから来たのか直ぐに俺の目の前に現れる。



「この人の妹が行方不明らしい。同じ茶髪の小さな猫人種の女の子を探すんだが、手伝ってくれ。皆にも伝えてくれないか?」


「わかりましたー!」


「よろしいのですか?」


「まぁ何かの縁って事で。」


「ありがとうございます!」


「妹さんのお名前は?」


「ネネと言います。私はミミです。」


「ネネちゃんか。探してないのは?」


「向こうからずっと探してきました。」


「じゃあこっちだな。一緒に探しましょう。」


「はい!」


俺はミミさんと一緒に街中を駆け回った。



右に左に伸びる道を妹の名前を呼びながら探し回る。



迷子の小さな女の子が街中で姉を見失い途方に暮れているはず。



下手に歩き回れば入れ違いになったり変な場所に紛れ込んでしまったりする。早く見つけなければ取り返しのつかない事になるかもしれない。



そう思っているのはミミさんも同じ。



焦りを隠せない表情に汗ばむ額。



「真琴様!」


俺の元に凛とリーシャが走りよってくる。



「向こうで似た容姿の女の子を見掛けたと!」


「行こう!」


「はい!」


凛とリーシャに着いていくと街の中でも観光客は来ないような奥まった場所へと入っていく。



日も落ちてきて景色が白から赤へと変わっていく。



ネネちゃんらしき女の子を見たという場所を中心に歩き回ったもののなかなか見つける事が出来ない。



「どうしよぉ…私のせいで…」


ミミさんは気が気じゃ無い。そりゃ自分の妹が行方不明になったらパニックになっても当然の事だろう。



「落ち着いて下さい。悪い想像を働かせるより今はネネちゃんを探しましょう。」


「は…はい…」


ミミさんの不安は募る一方だ。



「マコト様!!」


プリネラの叫び声に近い呼び声にを聞き、走ってプリネラのいる場所へと向かう。



家と家の間の狭い道にネネちゃんらしき小さな女の子が倒れている。そしてうつ伏せに倒れたネネちゃんの背中は真っ赤な血で染まり、その奥に犬人種の男が仰向けに倒れている。その男も血みどろになって倒れている。



「ネネー!!」


思わず叫び出し駆け寄ろうとしたミミさんを引き止める。



倒れた男の傍の暗闇に立っていた異様な雰囲気の女性に危険を感じたからだ。



暗闇の中にあってもハッキリと浮かび上がる深紅の瞳。鮮やかな紫色の長い髪。日本でゴスロリと言われたフリフリの黒い服装の女の子。



女の子と言ったのはまさに見た目が女の子だったからだ。背も小さく顔も幼い。



その女の子の手にはベッタリと血がついている。



女の子と最も掛け離れた現状にミミさんは凍りつく。



「わ、私は…」


「いやぁぁ!」


「っ?!」


何かを言いかけた少女はミミさんの声に驚く様に目を見開いた後、何かを諦めた様な顔をして闇の中へと消えた。



「追いますか?」


「いや。良い。今はネネちゃんの様子を見てみよう。」


「ネネ!ネネぇ!!」


「落ち着いてください。」


俺はミミさんをリーシャに任せてネネちゃんへと近づく。



ベッタリと着いた血液。しかし服がどこも破れていない。



ネネちゃんの首筋に手を当てるとしっかりとした脈が感じられる。



全身を見ても特に怪我は負っていない様に見える。



「ミミさん。安心して下さい。ネネちゃんは気絶しているだけみたいです。血は多分そっちの男の物だと思います。」


「…っ?!本当ですか?!」


「はい。」


ミミさんがネネちゃんに駆け寄り抱き上げる。



「良かった…良かった…」


本当に安心したのだろう。腰が抜けた様にその場に座り込んでしまった。



「とりあえずここから離れましょう。」


「はい…」


二人を連れてその場を離れる。二人にこびり付いた血は水魔法で落とした。



「ありがとうございました!本当にありがとうございました!」


「俺達は何もしてないよ。もういいからネネちゃんを連れて帰ってあげな。」


「はい!ありがとうございました!」


これでもかとミミさんは頭を下げてネネちゃんを抱いたまま帰っていった。



「見つかってよかったな。」


「はい。ですが、さっきの女の子は一体なんだったのでしょうか?」


「……分からないが、普通の女の子では無さそうだったな。」


「あの倒れていた男の人は死んでいましたよね。」


「間違いなく息は無かったな。ネネちゃんの背中に血が着いていた事を考えると、ネネちゃんが気絶して倒れた後に上から血が被さった形だろうけど…」


「そもそもなんでネネちゃんは気絶していたのでしょうか?」


「考えた所で推測にしかならないだろ。」


「そうだな。知りたきゃあの女の子を探すしか無いだろうな。」


「探すのか?」


「いや。やめておこう。これ以上踏み込む必要は無いだろ。俺達の仕事じゃないからな。」


「だな。」


「思ったより時間が掛かったな。」


辺りは既に暗くなり空には月と星が見える。



「今日は宿を探して明日ガイストルに出発しようか。」


「分かりました。」


適当な安宿に泊まる事にした。



翌日朝早くに街を出立し、ガイストルへと向かう。



リーシャにとっては辛い事のあった街だし他の街でも構わないがとリーシャに聞いたら…

実際にいたのはあの屋敷の地下室。ガイストルの街には兵士達といた数日間だけだからあまり関係ないと言われた。



強がりなのだろうかと思っていたが、リーシャの表情を見るに恐らく大真面目。数年間いたとしても覚えている記憶が牢屋の中の記憶となれば街に嫌悪感は無い。との事だった。



街同士は近いとの事だったしリーシャに何かあれば街を移そうと考えてとりあえずガイストルへと向かう事にした。



ここまで王都ガイストルに拘るのは冒険者ギルドがガイストルにしかないからだ。



ロチャロが言っていた冒険者ギルドでは種族が入り交じっている理由がここにある。



一応Sランクの冒険者になった俺達が街に入ってもギルドに行かなければ俺達をSランク指定したポーチに迷惑が掛かってしまう。だからガイストルの冒険者ギルドへは必ず一度は顔を出さなければならないのだ。



ガイストルまでは徒歩で三日の距離。さっさと向かおうと門に向かうと予想以上の人通り。



港から各街へと向かう馬車が所狭しと並んでいる。



「こ、これは…予想以上の混雑ぶりだな。」


「出るだけでも一苦労ですね…」


「あ、あの!」


「??」


横から声を掛けられ、そちらを向くとミミさんとネネちゃんが立っていた。



「昨日はありがとうございました!」


「ネネちゃん元気になったみたいだね。」


「お陰様で怪我もありませんでした。」


「それは良かった。それにしても俺達がここにいることよく分かったな?」


「見た所冒険者の方々かと思いまして、それならばガイストルに向かう途中かなと…ここで待っていたのです。」


「…いつから待ってたんだ?」


「さっき来たところです。」


鼻先が赤くなったミミさんとネネちゃん。恐らく結構長いことここに立っていたのだろう。心配を掛けまいとしている様だが…



俺は密かに第一位火魔法ヒートを使う。



温めるだけの生活魔法だ。



「?!…これは…」


突然周りが暖かくなったと気が付いたのかミミさんが驚いた様な顔をする。



「どうかされましたか?」


「……ヒート…」


「なんの事ですか?」


ミミさんの嘘を許容するのなら、こちらからの多少の嘘は許容してもらおう。



「……ふふ。やっぱり私達は凄い人達に助けて貰ったのですね。」


「凄い人達?」


「シャーハンドの冒険者ギルドマスターポーチュニカ-サイトン様が推薦したSランクの冒険者。」


「?!」


「私はこのガイストル支部の冒険者ギルドに務めている者です。」


「なんで俺達だと分かったんだ?」


「この街に観光でも無いのに来てガイストルに向かう。となるとこの街には船で来た事になります。商船に伝手のある冒険者は少ないです。」


「なるほど。ただそれだけじゃ分からないだろ?少ないとは言え。」


「昨日この子を助けてくれた時。私は動転していましたが、よくよく考えると、あの短時間に素早くこの街の半分以上を調べて、助けて下さる様な実力を持った人は他に思い当たらなかったので。」


「あー。そこにダメ押しの無詠唱って事か…しまった…」


「別にとって食べたりしないですからね?!

サイトン様からは、本人達が伏せておいて欲しいと主張している。という事も聞いていますし、なによりネネを助けてくださった恩人ですから。皆さんが嫌がる事はしませんよ。」


「そいつはありがたい。」


「待っていたのはガイストルに向かうお手伝いをしようかと。」


「お手伝い?」


「昨日は私とネネでこの二二ーヒスに食事をしに来たんです。最近忙しくてなかなかネネとゆっくり出来なかったので…」


「とんだ災難だったな。それで?」


「私達もこれからガイストルへと帰るのですが、私に少し任せては貰えないでしょうか?」


「どう言うことだ?」


「このままこの列に並ぶより早く出られますよ。」


どうやって出るのか分からないが、着いていけば早く出られるらしい。



それは願ってもいない事だしという事でミミとネネに着いていく。



「お兄ちゃん達がネネを助けてくれたの?」


「助けたって言えるのか分からないけど…」


「??」


「ネネ。おのお兄ちゃん達がネネを助けてくれたのよ。」


「そうなんだ!ありがとうお兄ちゃん!お姉ちゃん!」


「……真琴様。この可愛い生き物はなんですか?」


「抱き着きながら真顔で何を聞いているんだよ凛。」


「はっ?!いつの間に?!」


「綺麗なお姉ちゃんいい匂いするね!」


「……持って帰りましょう。」


「お姉ちゃんの所に行くの?」


「そうですよ。ネネちゃん。」


「人攫いすな!」


「ですが真琴様!!可愛いのですよ?!」


「うん。それは分かるぞ。確かに可愛いとは思う。

だが、人から奪い取った可愛いは本当の可愛いにあらず!」


「っ?!!!!」


「どんな話をしているんですか…。私の妹を勝手に持っていかないでくださいよ。」


「す、すみません。つい…」


「それより皆並んでるのに良いのか?」


「ガイストルは大きな街が3つ近くにあったりと流通の点で凄く大変なんです。わたしは冒険者ギルドに提出された素材やそこで加工した物を流通させる仕事の総括を行っているんです。」


「商業ギルドに任せておけないのか?」


「もちろん商業ギルドは商業ギルドで動いているのですが、国外との流通に関する商いを主に取り扱っているので、国内。つまりここ二二ーヒスを含めた流通の一端は私達が扱っているんですよ。」


「なんかややこしい話だな…」


「商業ギルドのお手伝いをしている。と考えて頂ければ。

そしてその仕事の総括である私はこんな物を持っているんです!」


「これは?」


「街の出入りをスムーズに行う為の通行証といった所ですね。仕事の性質上街の出入りが激しいので、毎回この列に並んでいては仕事になりません。そこで優先的に出入り出来るようにこの通行証があります。」


「職権乱用だよな?」


「うっ…いえいえ!これは特典というやつです!」


「無理矢理だなー。まぁそれで早く出られるんだから責められないけどな…」


通行証を持って門番の所に向かう。



「あ、ミミさんじゃないですか。出られるんですか?」


「はい!ガイストルに戻ります!あ、この方達はギルドの招待を受けた方々なので一緒に通りますよ?」


「まぁミミさんが責任持ってくれるなら俺達は良いっすよ。」


「ありがとう!」


なんかサクッと通れる。そんな簡単でいいのか門番!せめて荷物検査くらいしろ?!



「あんなんで門番大丈夫なのか?」


「私の日頃の行いが良いので!」


「そ、そうなのか…?まぁ門番の反応からするとそんな感じではあったが…」


門の近くに置いてあったミミ達の馬車ごと門を通過する。



「馬車だとガイストルまでどれくらい掛かるんだ?」


「普通に行けば明日の昼前には着くと思いますよ。」


「来る時は二人で来たのか?」


「冒険者の方に乗り合いで護衛をお願いしたんですよ。もちろん皆さんにも護衛代は支払うので。」


「いらんいらん。」


「ダメですよ!これ以上お世話になる訳にはいきません!」


「…それなら報酬としてたまにネネちゃんに会いに行ってもいいかな?」


「え?」


「凛達が凄く気に入ったらしくてな。」


「私としては嬉しいくらいですけど…」


「じゃあそれで決まりだ。」


「本当によろしいのですか?」


「良いんだよ。それより両親はどうしたんだ?」


「私達に両親はいませんよ。」


「あ、そうだったのか。すまない。」


「いえ。大丈夫ですよ。かなり昔の話ですし、ネネは多分顔も覚えていないと思いますから。」


前に二人で座って話し込む。後ろではネネちゃんと楽しそうに遊ぶ凛達。



相当気に入ったらしい。



「今はどうしてるんだ?」


「二人で小さな家に住んでいますよ。私が働きに出ている時は近くの孤児院に預けています。」


「大変な生活だな。」


「確かに大変ですけど、私達はそれで幸せに暮らせているので全然平気ですよ!」


「まぁ二人を見たらそれは分かるな。」


屈託の無い笑顔で笑うネネ。ミミとの生活が辛いものではなく、幸せなものであるからこその笑顔だろう。



「それに、近くに住んでいる人達も凄く優しくて助けてくださるので平気です。」


「周りの皆が親代わりって事か。」


「ネネには大変な思いをさせているのかもしれませんけど…」


「……」


幸せとはいえ女性と小さな女の子の生活がどれくらい大変な事なのかは見ていなくても分かる。



「この辺りで野営するか。」


「はい!」


ガイストルへと向かう途中、大きな岩のある場所を野営地とした。



ネネもいるしこちらで全て用意しようとしたが、慣れた手つきでミミもネネも野営の準備をする。



夕食を終えて火を囲む。



「日が沈むとより寒いですね。」


月明かりと火の明かりが吐く息の白さを際立たせる。



布に体をすっぽりと埋めたネネはうとうとしている。



「ネネ。」


ミミが手を出すと目を擦りながらすっぽりとその膝の上に収まり、寝息を立て始める。



「ネネちゃんは素直で優しくて可愛いですね。」


「ミミさんの育て方が良かったんだろ。」


「私は何もしてないですよ。日々必死に働いているだけですから。この子の本質なんだと思います。」


「そうか?ミミさんが素直で優しい性格だからネネちゃんもそうなったように見えるがな。」


「……私は…ただの弱虫な臆病者ですから。」


そう言って俯くミミの横顔はどこか悲しそうに見えた。



「私達の両親は…殺されたんです。」


「……」


「別に珍しくもない話です。私とは歳が離れていたネネは、まだ生まれたばかりでした。

夜中。ぐずり出したネネを抱いて家の裏手から外に出て、あやしていました。やっと泣き止んだネネと家の中に入ろうとした時。強盗が入ってきました。

私は父と母が殺されるところを声を殺して見ていただけでした。」


「そんな…」


「飛び込んで行くわけでも、助けを求めるでもなく…足が震えて一歩たりとも動けなかった…

私の臆病のせいでネネから大事な両親を奪ったようなものです…」


月並な言葉ではミミを慰める事は出来ないだろう。多分周りの人達はミミの事を責めないし責められない。逆にそれがミミにとっては辛いのかもしれない。



自分をどれだけ責めたとしても時を巻き戻す事は出来ない。



「すみません。突然変な話をしてしまって。」


力なく笑うミミの顔が火の光に照らされ、寂しさが一層深くなった気がした。



「いや。ミミ達の事が聞けて良かったよ。」


「……」


「冷えるだろ。寝る時はこれを使ってくれ。」


「これは?」


「ちょっとした暖房だよ。ネネが風邪をひかないようにな。」


「…ありがとうございます。」


ネネを抱いたままテントに入っていくミミ。



「やり切れないですね。」


「どこにでも転がっている話なのかもしれないけど、本人にとっては辛い経験だからな。」


「……」


「俺達も寝よう。」


テントに入ったは良いが、暫くは寝る事が出来なかった。



翌日、寒さで目を覚ます。



「さっむ…」


「おはようございます。」


テントの外から朝の挨拶。



「リーシャはいつも早いな。」


「私の役目なので。それより今日は冷えますよ。」


リーシャがテントを開くとふわふわと空から落ちてくる雪が見える。



「雪か…そりゃ寒いわけだ。」


「早めに出発した方が良いかもしれませんね。」


「積もると厄介だろうしな。朝食を摂ったら直ぐに出発しよう。」


「分かりました。」


雪かチラつく中朝食を摂り、準備を急ぐ。



「雪だー!雪ー!」


「こらネネ。早く準備しなさい。」


「えー!雪だよー?!」


「俺達が準備するから遊ばせてやれよ。子供の仕事は遊ぶ事だ。」


「申し訳ありません…」


「気にするな。女性陣が張り切ってくれるから大丈夫だ。」


ネネの為ならと全力を尽くす女性陣。



馬車に乗って出発してもネネのテンションは一向に下がらなかった。



「昼前には着くって言ってたけど積もる前に着けるか?」


「さっきより雪の勢いも増してますので積もる前には難しいかもしれませんね。」


「積もると馬車が滑らないか?」


「この先はずっと平坦な道になっているのでそこまで神経質になる事はありませんよ。」


「そうなのか。地理に詳しい人がいてくれて助かったな。」


雪の降り頻る中、馬車に揺られてガイストルへの道を進む。



ネネの様な明るく元気で純粋な子がいると特に何をしている訳でも無いのに場が和む。



「マコトさんはこの街には初めていらっしゃるのですか?」


「まぁ似たようなもんだな。」


「それでは宿をお探しですよね?」


「まぁ暫くはいるつもりだし宿は必要だな。」


「それならば私の家をお使いになっては貰えないでしょうか?」


「ん?どゆこと?」


「宿代はいりませんので、私達の家に寝泊まりしてもらおうかと。それなら今回の報酬であるネネと会うという条件も満たせますし!」


「いや。満たせますし!はいいんだけどよ。俺達が行って大丈夫なのか?小さな家とか言ってなかったか?」


「確かに少し窮屈かもしれませんが…やはりダメですよね…」


「お姉ちゃん達うちに泊まりに来るの?」


「行きます。」


「おい…」


「ほんと?!やったー!」


「はぅ!か、可愛すぎます!」


「それは良いけど本当に大丈夫なのか?健が言ったように狭くて俺達が邪魔にならないか?」


「大丈夫です!」


「そこまで言うなら…お世話になろうか。」


「やった!お姉ちゃん達と一緒だぁ!」


「ぐふっ!なんという笑顔!破壊力抜群です!」


「まぁ凛達も喜んでるみたいだし。よろしくな。ミミ。ネネ。」


「はい!」


俺達はミミの提案に乗る事にした。宿代が浮くならそれはそれで有難いことだ。



昼前には着くと行っていたが、雪のせいで少し遅くなり、昼を少し過ぎた時間に門前へと到着した。



「はぁ…こりゃすげぇなぁ…」


「ガイストルは地の都。門構えは大地をイメージした模様です。」


「他の街は門の模様が違うのか?」


「空の都は天空を、海の都は深海をイメージした模様になっていますよ。」


「それは一度は見ておきたいな。」


「歩いても行ける距離なので見ようと思えばいつでも見られますよ。」


「今度行ってみるかな…」


大きな門をくぐるとガイストルの街並みが目の前に広がる。



中央に行くにつれて標高が高くなる様に作られた段々の城下町。



頂上にそびえ立つ城は王都と呼ぶに相応しい大きな王城。



街は石造りの家が多く、その屋根には白い雪が積もっている。



「ここが王都ガイストルかぁ。」


「中心に向かうに連れて貴族の家が多くなり、中心に王城がある形の街です。私達が入ってきたのは南門。東門から出ると海の都ピュチャト。逆に西門は空の都キュリーブに繋がっています。」


「って事は北門の先にあるのは聖域テューギか。間違えて北門から出ないようにしないとな。」


「無理に入ろうとしなければ追い返されるだけなのでそれ程心配しなくて大丈夫ですよ。」


「いきなり捕まるって事は流石にないか。」


「捕まるって事は無いですけど何故こっちに来たのかくらいは聞かれますよ。」


「まぁ事情聴取くらいされるか。どちらにしてもあまり近付かない方が良さそうだな。」


「はい。

私達の家は南門と王城の中間地点にあります。ギルドはもう少し奥にあるんですけど、近いので便利だと思いますよ。」


「それは確かに有難いな。」


「では参りましょう!」


ミミの家には直ぐに辿り着いた。



直線的に進んだ場所にあったので迷う事は無い。



家を見ると確かに両隣の家より一回り小さいが、綺麗に保たれていてミミの性格が出ているなと感心してしまう。



「寒いですねー。早く中に入りましょう。」


ミミに着いて中に入るとフワッと良い香りに包まれる。



花の香りだろうか?



「ようこそ我が家へ!」


「ようこそー!」


「お世話になります。」


「どうぞ座って下さい!」


仕事柄、よく人が来るのか椅子は多めに揃えられているらしい。



「綺麗にしてるんだな。」


「まぁ二人暮しなのでそれ程物も多くないですし。」


紅茶の香りが鼻をくすぐる。



床下に備え付けられている魔石によってほんのり床が暖かい。この世界でまさか床暖房に出会えるとは…いや、風魔法が普通に使われていないこの世界ではその方が普通なのか。



「はい。どうぞ。」


「お、ありがとう。」


「雪。まだ降りそうですね。」


「だなぁ。明日は大変な事になってそうだな。」


「ギルド行くの大変だなー…」


「この季節はいつもこんななのか?」


「そうですね。この辺は雪がよく降るので冬になると毎年こんな景色になりますよ。」


「ひぇー。大変だなー。」


「ジゼトルスでは雪は積もらないのですか?」


「積もりますよ。ただここまででは無いですね。」


「私国外に出た事がなくてあまりそういった事に詳しくないんですよね…」


「そんな詳しい訳でもないけど俺達の知ってる事なら話してやるぞ?」


「本当ですか?!」


「あぁ。」


「やった!」


ミミは聞く話聞く話に大袈裟だと思える程のリアクションを返してくれる。本質はネネと変わらない、と言うより本家大元なんだろう。



「凄いですね…葉が落ちても直ぐに生えてくる木なんて見た事ないですよ…」


「俺も初めて見た時はびっくりしたよ。なにこれ?!ってなったからな。」


「ふふふ。」


「ミミはなんで今の仕事を始めたんだ?」


「私ですか?そうですね…両親のいない私でも働けてそれなりに収入が良いというのもあるんですけど、やっぱり色んな所に行って色んな人に出会って色んな話を聞けるから。ですかね。

私の知らない色々な世界のことを聞くと凄く楽しいんです。」


「ネネがもう少し大きくなったら旅に出てみたらどうだ?」


「流石に私達女2人では心細いですよ。かと言って冒険者にはなれませんし、依頼を出せるほど稼いでもいませんし。話を聞くだけで十分ですよ。」


「…そうか。」


ネネもいるしそれ以上言うのは少し嫌な奴だと自重した。



旅は色々な景色や人に出会える。素晴らしい景色はいくつも見たしこの世界にはもっと美しい物が埋まっていると思うとワクワクする。



しかし、旅に出るというのは危険に飛び込むというのと変わらない。世の中には汚い奴らも大勢いるし騙されて人生を狂わせた話なんて腐る程ある。



それをよく知っているからこそ夢として留める事を決めているのだろう。



「私のことより!皆さんSランクの冒険者ですよね?!」


「まぁ。一応。」


「空の都キュリーブにはバイルゼンさんというSランクの冒険者の方がいらっしゃって、ガイストル唯一のSランク冒険者の方なのですが…街が違うという事で特別な依頼が無い限りギルドに顔を出さないのです。」


「まぁSランクとなれば依頼もそんなに多くは無いもんな。」


「はい。」


「それで?そんな話をするって事はSランク指定の依頼があるのか?」


「実は…そうなんです。」


「ミミは流通関係の仕事をしてるんじゃないのか?」


「もちろんそちらを主に行っていますけど、普通に受付もやってますよ。流通の仕事は常にあるわけでは無いので。」


「なるほど。それで?その依頼の内容は?」


「最近この街で起きている殺人事件についてです。」


「……」


「最近路地裏で首元をザックリと切り開かれた死体がいくつか見つかっていまして、計三人の方が亡くなっています。

実は二二ーヒスに私とネネが行ったのも、休養を兼ねた調査だったんですよ。」


「この事件に関係があるのか?」


「まだそれは分かりませんが、ガイストルだけでなく、二二ーヒスにもその様な死体が発見されたと聞いて調査に行ったんです。」


「結果は?」


「確かにここで起きている事件の被害者と同じ様に喉元をザックリと切り開かれた死体でした。」


「………確かネネを見つけた時に見た男の死体…」


「はい。」


ネネを見つけた時に見た男の死体も喉元をザックリと横に切り開かれた状態だった。



「犯人はあの女の子…?」


「…分かりませんが…専門家のお話ではあの様に喉元を切り開くにはかなりの力が必要との事です。女の子にそんな事が出来るとはとても…」


「思えないか。あの女の子が何か知っている可能性は高いとは思うが…追わなかったのは下策だったか……何か被害者に共通する特徴とかは無いのか?」


「被害者は皆さん冒険者の方々でした。」


「それで関係無さそうに見えるのにミミが動いてるのか。」


「はい。他の職員よりも動きが取りやすいので。調査を私が任されたんです。ただ単に二二ーヒスでの事件の確認だけだったんですけど…」


「事件に巻き込まれた…って感じか。報告は明日で良いのか?」


「あ、一応報告はしてありますので大丈夫ですよ。ただ…事件に巻き込まれた事を考えると恐らくは依頼として扱われる可能性が高いですね。それなりにランクの高い方に直接頼む事になるかと思います。」


「普通の依頼として出せないってことなのか?」


「出せなくはないですけど、相手が連続殺人犯となると直接対峙して対処出来る方であり、尚且つ調査を独自で進められる腕を持つ方に限られますので…」


「確かにその限りに入るのはAランク以上って所か。」


「殺人事件の概要から察するに相手の殺人犯はかなりの強さを持っています。なのでAランクの方々には少し荷が重い可能性があるので…」


「Sランク。もしくはそのパーティという感じか。」


「バイルゼンさんのパーティにお願いする事も考えているとは思いますが、バイルゼンさん達との連絡手段を考えたりすると都合があまり良くない…というのもあります。」


「そこで俺達にお願いしたい。って事かな?」


「率直に申し上げますと。」


「……」


「恐らく明日ギルドマスターから直接お話があると思います。」


「……考えておくよ。」


「お願いします。」


ミミの言った通り。次の日ギルドにミミと共に顔を出すと直ぐにギルドマスターの部屋に連れて行かれた。



「マスター。失礼します。」


「あぁ。ミミさん。怪我は無かったですか?」


マスターと呼ばれた男は狩猟豹人種。チーターの獣人だ。



細長い目に小さめの丸眼鏡。細長い体付きだが腰に下げた無骨な短剣二本を振るう筋肉は付いているらしい。



黒髪にチーターの鼻と髭。強者の風格を持っている男だ。



先にミミさんから聞いた話では名前はディース。昔Sランクの冒険者として活動していたらしく、二つ名は双剣の殺し屋。



冷静で冷酷。双剣使いのアサシン。相当強かったらしい。



「私もネネも大丈夫です。ご報告通り、こちらの皆様が助けて下さいました。」


「なるほど……」


突如目の前から消えるディース。



正確には消えた様にさえ見える程のスピードで俺の方へと直線的に走ってきた。



腰から抜いた双剣を俺の首に突き付ける為に。



流石は元Sランク冒険者。常軌を逸したスピードだ。だが…



「マスター?!」


「これはこれは…」


俺の前に出た健がディースの首元に刀、背後から逆の首元に短刀を突き付けるプリネラ。凛の作り出した木の棘はディースの腹、そこにはリーシャの強化魔法が掛けられている。



俺の首元を狙った短剣は俺の作り出したクリスタルシールドによって遮られている。



「満足か?」


「はい。とても。」


俺が声を掛けると短剣を腰に戻すディース。



「マスター!」


「ごめんごめん。実力を知らないのに依頼を出す気にはなれなくてね。ミミさんの報告から察するにこれくらいは軽くあしらってくれるかと思ってさ。」


「私の恩人に対して不遜です!」


「良いんだ。ディースの言ってる事は最もだからな。」


「それに、僕じゃこの人達には傷一つ付けられないよ。」


「え?」


「これでも元Sランクの冒険者なんだけどね。」


「マスターでも…?」


「僕なんて赤子同然さ。傷付ける気が無かったとは言えこの人達が本気なら既に三回は殺されてるよ。」


「っ?!」


「持ち上げ過ぎだ。」


「いやいや。ただの真実ですよ。」


「それより話があるんだろ?」


「そうでしたね。ミミさんから大方の話は聞いていますか?」


「あぁ。殺人事件の事だろ?」


「そうなんですよ。困っていましてね。助けてくれませんか?」


「ギルドマスターにしては腰が低いな?」


「自分との実力差が分からないほど腐ってはいないですからね。自分より圧倒的な強者である君達に命令なんて出来ないですよ。頼むだけで精一杯。」


「そんなんで大丈夫なのか?」


「ここには僕とミミしかいないですから。下手なプライドを見せて嫌われるのはごめんです。」


「………それで?具体的には?」


「今回の犯人を生け捕りにして欲しい。」


「殺すなってことか?」


「僕達だけならずこの国の全ての人の目を避けてここまで殺人事件を起こした…色々と聞きたいことがありますからね。それに君達ならそらくらいわけないのでは?」


「買い被りすぎだっての。」


「謙遜ですね。」


「はぁ……

まぁ良いか。なるべく生け捕りにする方向で動くよ。」


「受けてくれるのですか?」


「上手くいくとは限らないぞ?」


「君達に無理なら他の誰でも無理ですよ。」


「…はぁ…分かった。」


「助かります。」


「やるだけやってみるよ。何か他に情報は?」


「報告にあった紫色の髪をした女の子なんですが、実は他の現場でも目撃されています。」


「そりゃいよいよ怪しいだろ。」


「僕達も探しているんだけど一向に見付からなくて困ってた所なんですよ。」


「なんにせよあの少女を見つけなきゃ始まらないって感じだな。」


「事件自体は決まって夜。暗くなってから…探すなら暗くなってからですかね。」


「分かった。あまり期待するなよ。」


ディースはポーカーフェイスなのかほとんどその表情を読む事が出来ない。騙されている訳では無さそう。という事だけは分かるから今は取り敢えず事件の解決を目指すとしよう。



「プリネラ。悪いんだがまた情報を集めてくれないか?」


「もちろん!お任せ下さい!」


「何か必要なものはあるか?」


「今回は急ぎですよね?金銭が少しあるとスムーズにいくと思います。」


「分かった。プリネラの判断で使ってくれ。」


ある程度入った袋を手渡すと、プリネラは街の中に消えていった。



「まさか本当にこの事件に絡む事になるとわな。真琴様のくじ運凄すぎだろ。」


「Sランクの冒険者になるとこうやって頼られるからなりたく無かったんだがな。」


「冒険者というより何でも屋ですね。」


「勘弁して欲しいよ。」


「暗くなるまで情報集めしますか?」


「いや。ギルドが既に動いてるんだ。俺達が動いて手に入る様な情報ならディースから聞けるはずだ。」


「ではどうしますか?」


「ソーリャについて調べようかと。次の箱を持ってる人だし当初の目的はこっちだからな。」


「ソーリャさんなら多分居る場所分かりますよ?」


「……え?!驚きの新事実なんだけど?!」


「ソーリャさんは巫女様なのでテューギ。聖域にいると思います。」


「……入れないじゃん!!」


「ですね。」


「えー……昔はどうやって入ったんだ?」


「入ってませんよ。ソーリャさんが巫女になる前なので外を自由に歩いていましたから。」


「え?じゃあなんで巫女になったって分かるんだ?」


「巫女見習いという立場だったので。恐らく既に巫女になっていると思いますよ。」


「そう言うことか……どうしよ。」


「カチ込むか?」


「どこの悪党ですか。流石は筋肉に支配される脳は考える事が違いますね。」


「凛はいつも俺の心を抉る言葉を何故そんなにポンポンと出せるのでしょうか…?」


「出させているのはそっちです。」


「ぐっ…」


「今回の件を解決したらギルドマスターが口を聞いてくれたりしないかなぁ。」


「難しいと思いますよ。」


「ですよね……はぁ…このことは一旦置いておいて後で考えるとするか…俺達はミミの家で待ってるとしよう。」


「ネネちゃんを迎えに行きましょう。」


「分かった分かった。そんな爛々と輝かせるな。瞳を。」


今にもスキップを始めそうな凛の提案でネネを迎えに行く。



孤児院はミミ達の家から歩いて五分程の場所にある。質素だがしっかりとした造りの建物で、精霊を模した石像が門の上に二体立てられている。



中からは子供達の声がキャーキャーと聞こえてくる。何故小さい子は魔法も使っていないのにあんなに無尽蔵に走り回れるのだろうか。俺にはむしろその事の方が不思議に思える。



「今日はお姉ちゃん達が迎えに来てくれたの?!やったー!」


いつもは遅くまで迎えに行けないという話を聞いていたし俺達に時間のある時はなるべく迎えに行ってあげる事をミミには伝えてある。



ネネも凛達にすっかり懐いたらしく顔を見せただけで笑顔で駆け寄ってくる。



凛が孤児院の人に頭を下げ、ネネと手を繋いで戻って来る。



「ネネより少し大きいくらいの子だったよな。」


「あぁ。」


「なんであんな所に血塗れで…」


「今考えても仕方ない事だろ。」


「…あぁ。」


健はこういう時、必ず俺に冷静さを取り戻させてくれる。やはり俺の仲間は頼りになる。



その日から俺達はプリネラに情報収集を任せ、どうにかテューギに入る方法は無いかを調べる事にした。



ネネを迎えに行くのも慣れてきた頃、プリネラが情報を掴んだと報告に来た。



「マコト様ー!うごっ!」


「だからそうやって直ぐに飛びつかないで下さい。」


「ふふっ…流石は姉様…」


「気持ち悪い笑いは良いから。どんな情報を掴んだんだ?」


「被害者の新たな共通点です!」


「新たな?」


「はい!実は全員ある場所に行った次の日に死んでたんですよ!」


「怪し過ぎるな。どこなんだ?」


「パッタという娼館です!」


「娼館?被害者の共通点に男って話は無かったぞ?」


「被害者の中に女性もいましたからね。ただ、冒険者をやりながら娼館で働いていたんですよ。」


「あー。客じゃなくて持て成す方で…」


「そう言う事ですね。」


「でも冒険者で娼館に行く奴なんて腐る程いるだろ?」


「襲われた人達は、女性も含めて初めてパッタに来た日の次の日に死んでるんですよ。」


「つまり新客って事か。」


「はい。新客自体はそれなりにいるんですけど、その中から何かの判断基準で選別しているみたいです。」


「判断基準は分からなかったか?」


「思い当たりませんでした…歳も性別も見た目も種族も別々でしたから…」


「俺達には分からない判断基準なのかもな…よし。その娼館を張り込むか。」


「いえ!昨日娼館を見ていましたが、冒険者で新客らしき人は一人しかいませんでした。既にその人の身元も突き止めてあります。」


「プリネラ優秀過ぎるだろー…」


「えへへ。」


「よし。じゃあ暗くなる前にその人の所に…いや。少し遠巻きで見張っておこう。」


「近くで守ったらどうだ?」


「いや。犯人の今までの動きを見るに、かなり慎重に動いてるからな。そいつに張り付いてたら現れない可能性の方が高くなる。」


「確実に誘い出したいって事か。」


「その一人が犯人のお眼鏡に適ったなら出てくるだろ。」


俺達はミミに連絡してさっそくその男の所に向かう。



見た目で言えば犬人種の男だが、ランクはCで細々とやっているパーティらしい。



別に悪さをしている訳でもなく普通に冒険者として活動しているパーティだ。



その男の事を少し離れた位置で見守る。いつもの習慣なのかパーティで飲み屋へ行き、しばらく飲み食いした後千鳥足で店を出る。



フラフラと夜道を歩き、家までの道程を消化していく。そんな最中…



「マコト様。あれ。」


プリネラが注視する先に見えるのは紫色の髪をした例の女の子だ。



家々の屋根を伝って男をつけているらしい。



そんな場所を移動出来るような年齢には到底見えないのだが、軽々と屋根を飛び伝っていく。



「あの子は一体……」


俺達の尾行には気が付いていないらしいが、間違いなく彼女は男の姿を見ている。



「話しに行きますか?」


「そうだな。何か起こる前に対面しよう。」


俺達も同じ様に屋根の上に飛び乗り後を追う。



「っ?!」


流石に気が付いたのか俺達の方を振り返る。



「少し話をしたいんだが。」


「……」


男の事を気にしているのかチラチラと下を見ている。



「なんでこんな事をしてるんだ?」


「……私は……」


責められている子供の様な顔をして俯く女の子。



「君が殺人犯なのか?」


「私じゃない。」


「ならなんでこんな事を?」


「それは……っ?!」


女の子の顔が下を向いた時、驚いた顔へと変貌する。



「しまった!」


突然女の子は屋根を降りる。



「あ!おい!」


女の子の後を追って下に降りる。



そこには男の死体が横たわっていた。首はぱっくりと割れ、血が吹き出している。地面に積もった雪が赤黒く染まりそれが徐々に広がっていく。



「いつの間に?!」


確かに今の今まで彼女は目の前にいて男も無事だった。はずなのに。



「また……」


女の子は眉を寄せて男の死体を見下ろしていた。



「どうなってんだ?魔法か?」


「……私じゃ…ない。」


「……だろうな。」


「…え?」


俺の言葉に心底驚いた様な顔をする。



「なんで…信じてくれるの?」


それが不思議で仕方ないという反応だ。状況を見れば直ぐに分かると思うが…



「そいつの首に付いた傷跡は何か鋭い物で切り裂かれたものだ。そんな殺し方をして返り血も浴びずに立っているのは無理だ。それに、あまりにも時間が無さすぎる。いくら速くても今の一瞬で男をこの状態にするには時間が足りなさ過ぎる。つまり犯人は他にいるはずだ。」


「……」


目を見開いて驚いた顔をしてフリーズしている女の子。



確かに普通にこの現場を見たら彼女が犯人だと疑うだろう。子どもとは思えない動きを見せていたのだし畏怖からそう思い込みたくなる人も多いとは思う。



でも俺の傍にはもっと人間離れした奴らが沢山いるからそれ程驚いたりはしなかった。



「なんだ?疑って欲しかったのか?」


「う、ううん。そんな事は無いけど…変な人達。」


「変とは失礼な。それより、君はなんでこんな事を?」


「……」


「こんな場所じゃなんだし少し移動しようか。」


殺人現場で立ち話は流石に気が滅入る。



女の子は抵抗もせずに着いてきてくれた。



「なんか夜中にこんな女の子を連れてると変態扱いされそうで嫌だな…」


「そんな奴がいたら私が焼却します。」


「凛が言うと冗談に聞こえないって。」


「冗談ではありませんので。」


「……うん。」


未だに降り続ける雪は足元を白く染め足を踏み出す度にギュッギュッと音を鳴らす。



こんな雪の中外にいるなんて誰でも嫌なものだ。悩んだ挙句連れていったのは近くの飲み屋だった。



「ぐっ…大人としての立場が…」


「この時間、他に雪を凌げる様な場所なんて無いですし仕方ないですよ。」


「私はここで大丈夫。」


未だ少し頭の上に雪を積もらせている女の子が俯き加減に答える。



子供に気を使わせるなんて…とも言っていられない。話を始めよう。



「まずは自己紹介から始めようか。俺は真琴。こっちが健。凛にリーシャにプリネラだ。」


「私はシャーロット。ヴィンス-シャーロット-ディストリッヒ。」


「ミドルネームまであるという事はどこかの貴族の娘なのか?」


「貴族の娘じゃない。」


「……そうか。話したくなければ出自まで聞くつもりは無いよ。それより何をしてたんだ?」


「私は…ある女を探してた。」


「女?」


「殺人犯の一人。」


「シャーロットも殺人事件を追ってるのか?」


「シャルでいい。」


「じゃあシャル。君もその犯人を探しているのか?それに犯人の一人って事は…複数犯なのか?」


「どっちの答えも肯定する。」


「……なんでその犯人を探してるんだ?」


「……死ぬ為。」


「…ん?」


「私の残した悪鬼を処理して安らかに眠りたいから。」


「…まったく話が見えてこないな…」


「私が殺人犯を作り出したの。だから私が殺人犯を殺す必要がある。」


「作り出した…?」


「私の失敗だった。でも次で全て終わる。」


「……よく分からないが、犯人はあと一人って事か?」


「そう言う事。」


「…つまりそいつを片せば終わりってことか…ギルドマスターには生きて捕まえろと言われてるんだが。」


「それは多分無理。捕縛は出来ない。」


「強いからってことか?」


「違う。」


「じゃあなんでだ?」


「あいつらは捕まるくらいなら自殺するから。」


「自殺って…」


「自分達はどんな種族よりも優れた種族だと勘違いしてる。だからそんな屈辱を受けるなら死を選ぶ。」


「カルト教団みたいなもんか…?」


「……」


「んー。捕まえるのは無理だとしても、俺達は俺達で依頼を受けてるからな…手を組まないか?」


「え?」


「簡単な話だろ?俺達もシャルもその犯人をどうにかしたいという思いは同じだ。なら手を組んで動いた方がより効率的だろ?」


「……ダメ。私の失敗は私が正すべき。それに他の人を危険に晒す訳にはいかない。多少魔力が強いくらいで相手に出来るような奴らじゃない。」


「魔力…?シャルは他人の魔力量が分かるのか?」


「見える。」


「精霊の眼?」


「違う。でも見える。」


「……なんとも不思議な存在だな…シャルは。

でもこれを付けてれば誤魔化せるのは変わらないのか。」


俺は偽りの護石を首から外す。



「な、なにそれ…?!異常過ぎる…」


「これが俺の本来の魔力量だ。」


「……見つけた…」


「ん?」


「マコト。今回の事件。一緒に動いても良い。」


「お?ほんとか。そりゃよかった。」


「その代わり一つだけお願いがある。」


「お願い?」


「この件が片付いたら……私を殺して。」


「………は?」







昨日の会話を思い出しながらギルドへと向かう。



「私を殺して…かぁ。」


「考えておいてくれって言われてたけどどうすんだ?」


「いや。意味が分からないだろ。いきなりそんな事言われて、ではお命頂戴!とはいかないっての。」


「まぁなんの説明も無しにそんな事言われても納得出来ないよな。」


「それとは別に行動を共にする約束は取り付けられたからまだ良いものの、気が重いって。」


「犯人を作り出したのは自分の失敗だとか言ってたけど…それが本当なら悪い奴って事になるだろ?」


「んー…話をしてみた感じそんな悪い奴には見えなかったんだがな…」


「詳しい話を聞いてみない事には頷く事も出来ないよな。」


「だよなー。」


意味不明過ぎて頭がこんがらがっているのだが、それでも依頼は依頼。昨日の事件の事も含めてディースに報告に向かう。



当然の様にディースの部屋へ通された俺達は昨日の事を分かる範囲で話す。



「なるほど…つまり現場で目撃されていた少女は殺人犯を追っていた。という事ですね。」


「あぁ。しかも殺人犯は複数いて、そのほぼ全てを彼女が殺したらしい。」


「殺した?死体は?」


「それが…死体は残らないってさ。」


「残らない?」


「何かの魔法で跡形もなく消し去った…とかだと思うぞ。その犯人達は生きたまま捕まるくらいならその屈辱を避けて自殺するとか言ってたからな。」


「恐ろしいですね…死兵というやつですか。」


「なんにせよあの子は白だ。そんでもってその犯人達を殺せるくらいの強さを持った子らしい。」


「俄に信じられない話ですが…それが真実であるならば彼女は味方という事ですね。」


「まぁ敵ではないのは確かだな。」


「それで、最後の一人の事は分かったのですか?」


「あぁ。その子が顔を見たらしくてな。今日中にはその犯人に直接挨拶に行くつもりだよ。」


「それは良かったです。やはり君達に依頼して正解だったみたいですね。ここまで早く解決の糸口を掴めるとは思っていなかったですからね。」


「それは解決してから言ってくれ。報告は以上だ。」


「はい。ありがとうございます。後のことはよろしくお願いしますね。」


ディースとの話し合いが終わり、ギルドを出るとプリネラが待っていた。



「マコト様。」


「見つかったか?」


「はい。」


「案内してくれ。」


「分かりました。」


昨日に引き続き雪は降り続け、既に屋根に積もる雪は大変な事になりつつある。



歩く度に頬に当たる雪が少し鬱陶しい。魔法で寒さは緩和されているものの足元の雪も歩きにくくて仕方ない。



「マコト。こっち。」


プリネラと共に居場所を突き止めに行っていたシャルが俺の顔を見て手招きする。



シャルの傍に寄ると、一軒の薄汚れた家を指差す。



手入れがされておらずあまりいい状態とは言えない家で、窓としてはめ込まれているガラスにヒビまで入っている。



こんな所に人が住んでいるのか?と思っていたが、中に人影が見える。



黒毛の猫人種で確かに女性だ。娼館で働く娼婦。だと思っていたのに、見た限りそんな感じの女性ではない。



自分達が最も優れた種族だと思っているのに娼館?と思っていたが、その答えがプリネラの説明によって解きほぐされた。



「娼館の帳簿を任されている人でした。」


つまり娼婦ではなく、雇われの女だ。



いかにも真面目そうな眼鏡と大人しい格好。気も弱そうに見える。



「あれが殺人犯…か?」


「間違いない。」


「人は見かけによらないもんだな…」


「それより、行かないのですか?」


「ここじゃ人が多すぎる。」


確かに薄汚れた家ではあるが、ここは街のど真ん中。家の前を人々が行き交っている。こんな所で戦闘になった日にはどれだけの被害が出るか分からない。



下手をすれば人質に取られて逃がしてしまう可能性すらある。



「夜を待つ。あいつは夜になれば出てくる。人気の少ないところで決着をつける。」


「まぁそれが一番無難か。」


俺達は女が出てくる夜を待つ事にした。



夜になるにつれ雪が少しずつその勢いを緩やかにし、女が出てくる頃にはポロポロと細かい雪が僅かに降るだけとなっていた。



「出てきた。後をつける。」


前の様にシャルと一緒に屋根伝いに女を追う。



娼館への道を慎重に足元を見ながら歩く姿は連続殺人犯にはとても見えない。



娼館への道程も半分を切った所でシャルが動く。



サッと屋根から降り、女の前に立つ。



「え?」


「やっと見つけた。」


「な、なんの事?こんな時間に一人で歩いていたら危ないわよ?」


「そんな芝居はいらない。自分の血が流れる奴のことは匂いで分かる。」


「ま、まさか…」


「私の名前はシャーロット。それだけ言えば分かるはず。」


「貴様が仲間を殺したのか!!」


突然狂ったように豹変する女。



眼鏡の下にあった優しそうな目は見るかげもなくなり、血走って見開かれている。



全身の毛が逆立ち歯をむき出しにしている。上の犬歯だけやけに長い。



「あれは…吸血鬼です。」


「吸血鬼?ってあのヴァンパイアの?」


「はい。」


「マジかよ…そんな奴らもいるのかよ…」


シャルに挨拶は任せて屋根上から状況を見ているが、一触即発の雰囲気だ。



「何故殺したぁ!!」


「人を殺したから。」


「私達吸血鬼は上級種族!劣等種の生殺与奪は我々が持つ特権だ!!」


「中級吸血鬼如きが何を偉そうに言っている。」


「貴様ぁ!」


女の爪が長く伸び、まるで鋭利な刃物の様に変形する。



それを今まで見た死体の様にシャルの首元へと走らせる。



「子が親に勝てると思っているの?」


その手をまるで蚊を落とすかの様に叩き落とすシャル。反対の手は女と同じ様に鋭利な刃物に変わっている。



それを女の顔を目掛けて振り下ろす。



「ぎゃっ!!」


咄嗟に体を引いたのか眼鏡と顔を切られる程度で済んだらしい。



ポタポタとシャルの指先から雪の上に落ちる血が滲んでいく。



「シャルも吸血鬼だったのか…」


「彼女の失敗とはあの女性や他の連続殺人犯達を吸血鬼にした事…という事ですかね?」


「少し違うかもしれないな。直接シャルが吸血鬼にした訳じゃなさそうだし。」


「吸血鬼にした者が吸血鬼にした…という感じですか?」


「だろうな。じゃなきゃ名乗らなくてもシャルの顔に見覚えくらいあるはずだしな。」


激昴する女性の攻撃を軽く叩き落とし、その度に女性はシャルに削られる。



しかし、吸血鬼は再生能力が高いらしく、与えられた怪我がニチニチと音を立てて瞬時に回復していく。



「吸血鬼って不死身なのか?」


「いえ。下級、中級の吸血鬼は単純に再生能力が高いだけです。それでも厄介ではありますが、腕を切り取っても生えてくる。なんて事はありません。」


「大きな怪我は治らないのか。」


「上級吸血鬼と呼ばれる奴らはそんなに甘くないぜ。あいつらは首だけになっても体が再生するから頭を潰さねぇと死なねぇ。」


「マジかよ…」


シャルの口振りからして、シャル自身は上級吸血鬼。つまり頭を潰さないと死なないらしい。



悠長に観戦しているのには理由があった。この状況になり、シャルがあの女を殺そうとしたら、女は逃げるという話だった。



中級吸血鬼だとしても全力で逃げに徹した場合、万が一にも逃がす可能性があるらしい。それを逃がさない様に引き止める、というか閉じ込める事が俺達の役目だ。



吸血鬼についてはもっと詳しく知りたい所だが、なかなかそうも言ってられないらしい。女は自分に勝機が無いと見るや即座に逃げようとする。



ドンッ!


「なっ!なにっ?!」


女は自分が透明な物でシャルと一緒に閉じ込められていることに気付く。



第五位土魔法。クリスタルドーム。



クリスタルシールドよりも強度は落ちるものの閉鎖された空間としてクリスタルのドームを作ることが可能だ。



中に閉じこめることが出来ればクリスタルドームを破壊しない限り中からの直線的な攻撃は出来なくなる。まぁこちらからも出来ないのだが。



「誰だぁ!!」


既に元の表情が分からない程の表情へと変わり果て、睨み散らす女はどこからどう見ても人ではない。



「そんな事。今はどうでもいい事。重要なのは、今この空間に私とお前だけしかいないという事。」


「ひっ?!」


先程まで噛み付いていたはずの女はシャルが一歩足を踏み出す度に同じ距離だけ後ずさる。



「や、やめてよ!別に悪い事なんてしてないじゃないのよ!

誰にもバレないように冒険者を狙っていたし新客だから店にだって迷惑は掛けてない!」


「そう言うことじゃない。それが分からないからお前を殺すの。」


「や、やめて!お願い!」


クリスタルドームに背中を擦り付ける様にシャルから離れる。逃げると決めた時点でシャルとの戦闘は諦めているらしい。



「お前で最後。だから終わりにする。」


「いや!いやぁ!!」


逃げ惑う女の背中からシャルが手を突き立てる。



背中から胸に突き出した腕には心臓が握られている。



「あ…ごふっ……わたしの……しん……ぞう……」


口から血を流し自分の心臓を見る女は自分の心臓に手をやろうとして腕を持ち上げるが、途中で力尽きだらりと腕を下げる。



すると女の体がサラサラと砂のように崩れていく。



「死体が残らないと言っていた理由はこれだったのか。」


「吸血鬼は死ぬとあの様に崩れ去るのです。それは上級でも下級でも変わりません。」


シャルの手にあった心臓も崩れ去ると、残ったのは赤黒く染まった雪とシャルの腕。雪は既に降り止んでいた。俺達が最初にシャルと会った時の光景が思い出される。



「終わった…」


「シャル。」


「助かった。私一人では逃がしていたかもしれないから。」


「それは良いけど、詳しく話を聞かせてくれないか?」


「……私は見ての通り吸血鬼。」


「上級吸血鬼か?」


「…違う。私は……始祖と呼ばれる吸血鬼。」


「始祖?」


「生まれた時からこの体質だった。どれだけの傷を負ったとしても死なない。頭を潰されたとしても死なない。そして私が魔力を織り交ぜた血を他人に飲ませると私と同じ様な体質になる。」


「吸血鬼になるのか。」


「吸血鬼と言っても私は他の人の血を必要としない。普通の食事で栄養は取れるし、食事を取らなくても、血を飲まなくても死なない。」


「つまりシャル以外の吸血鬼は血を必要とするのか?」


「そう。血を定期的に飲まないと力を失っていき最後には死ぬ。

でも、血さえ飲めば力は強くなり、再生能力も高くなる。魔力だって増強される。」


「それで今回の奴らは人を襲っていたのか?」


「そんなに大量の血はいらない。本当に一口で生きていける。生き物の血ならなんでも。だから普通は人を殺してまで血を求めたりしない。」


「…殺したくて殺してた…って事か。」


「うん。」


「シャルの失敗って言ってたのは?」


「私の眷属。つまり私が血を与えて吸血鬼にした奴は全部で5人いる。でも、その5人から更に血を与えられ、そいつがまた…って私の血が薄まっていくと力が弱くなっていく。でも全て私の眷属。」


「元はシャルだもんな。」


「下級や一部の中級吸血鬼の行動まではその5人でさえ認知していない。でも眷属のやった事は全て私の責任。それが例え望んで作り出した眷属じゃなくても…」


「どう言うことだ?」


「私は眷属なんて元から作る気は無かった。でもまだ幼かった私の血を無理矢理採取して取り込んだ奴ら。それがその五人。自分達では最上級吸血鬼とか言ってる。」


「……」


「そいつらはこんな風に人を襲ったりしていないけど、今回みたいに下の者のやっている事に興味が無い。だから止めに来た。」


「シャルが止めなければ誰も止めなかったって事だもんな。でも止められたのなら良かったじゃないか。なんで死にたがるんだ?」


「……疲れてしまった。」


「疲れた?」


「私は既に数千年を生きてきた化け物。」


「数千?!」


「死なないし老いない。ずっとこの姿。」


小さな手を自分で見て悲しそうな顔をしているシャル。確かにそれだけの年月を生きてきたとなれば疲れる。というのも頷けるかもしれない。



「人は争う事が好きだ。いつも戦争ばかり。殺した殺された。そんな話はもう嫌。」


「気持ちは分からんでもないな…」


「だから私はずっと探してた。私を殺せる人を。」


「なんでそこで俺なんだ?」


「私の体を瞬時に全て消滅させる事の出来る人はこの世にマコトしかいない。」


「…魔力量を見てか。」


「莫大で強力な魔力の渦。私も魔力は多いけど桁が違う。なによりそんなに美しい魔力に殺されるなら私は本望。」


「……」


「だから殺して。私を解放して欲しい。」


両手を広げるシャルの顔は一種の安らぎを感じさせる表情をしている。



「さぁ…マコト。頼む。」


詳しく過去の事を聞いたわけではないが、大方の想像は着く。無理矢理血を摂られたと言っていたが、普通はそんな事は起きない。シャルの能力に気が付いた誰かがシャルを捕縛して実験まがいの事をしたのだろう。



シャル自身も多くの命を奪ってきただろうし、シャルの言うその五人が増やしていく眷属達。その眷属達が他人を傷つける様を何度も見てきたのだろう。



その処理も今回が初めてでは無いはずだ。



何度も何度も繰り返される争いに心は疲弊しきった。そう言われても反論は難しいだろう。ただ…



「……それは出来ない。」


「なんで…?」


「シャル。世界が絶望に満ち満ちていると思ってるだろ?」


「この世界の本質はそこにこそあるよ。」


「まぁ確かにシャルの言っている事は真実かもしれないな。」


「なら!」


「でも、そんなの悲し過ぎないか?最後に絶望してこの世を去るなんてさ。」


「それでも……私は…」


「他人を信用出来ないか?」


「何度もしようとしたよ。でも…この呪われた力があるとね。皆狂ったように私の血を欲しがるの。最初は友達だとか言って近寄って。信用すると直ぐに裏切る。もう嫌だよ。」


「まぁ寿命の短い種族にとっては甘美な響だからな。不老不死ってのは。」


「あんなに辛い思いはもうしたくない……」


「信じた奴に裏切られるってのは確かに辛いよな。俺だってここにいる仲間に裏切られたりなんかしたら絶望してしまうかもな。」


「人は裏切る生き物。種族に関係なく知恵を持つ者なら。」


「んー。確かにその通りだろうな。」


「マコトが嫌いなわけじゃないよ。でも……」


「ならこうしよう。俺の知ってる禁術の一つに面白いもんがある。彼方の誓いっていう禁術だ。」


「第八位闇魔法。知ってる。互いに約束を決めそれを破った時、相手がどれだけ離れていても、彼方にいても確実にその命を奪い取る魔法。」


「それを俺と交わそう。」


「真琴様?!」


「大丈夫だ。凛。」


「ですが!」


「悪いな…我儘な奴で。」


「真琴様…」


「それはダメ。彼方の誓いでも私の命を奪い取る事は出来ない。フェアじゃない。」


「それでいいんだよ。」


「え?」


「別にフェアじゃなくてもシャルを裏切らないという保証があれば良いからな。」


「な、なんでそこまでして…」


「シャルの生き方は…俺と鏡写しなんだ。

俺はこの魔力のせいで子供の時から嫌な目に遭ってきた。シャルの言葉を借りるなら呪われた力だ。

でも、俺には凛達がいた。他にも信じられないくらい自分を犠牲にして俺達を助けようとしてくれる人達に出会えた。幸運だったと今でも感謝してる。

もし出会えなかったら…俺もシャルと同じ様に死を望んでいたかもしれない。他人事とは思えないんだよ。」


「……マコト…」


「だから放っておけない。いや、放っておいちゃいけないと思うんだ。だから俺の命を掛けるよ。」


「……」


「数千年を生きてきたならあと少し俺達と一緒に生きてみないか?もしそれでも気持ちが変わらなければ俺が責任を持って殺してやる。」


「……狡いよ。私を殺せるのはマコトだけなんだから…頷くしか無い。でも……私を邪険にしないで信じてくれたマコトなら……」


「後悔は絶対にさせない。もっと生きていたいと思わせてやるよ。」


「……うん。」


「良かった。じゃあ彼方の誓いを…」

「いらない。」


「へ?」


「私が信じると決めたんだからそんな物には頼らない。もし裏切られてもそれは私の責任。マコトを信じると決めた私の。」


「良いのか?」


「マコトはもっと自分の命を大切にするべき。死んだら私の気持ちを変えることも出来ない。」


「そうです!真琴様は自分を大切にするべきです!」


「す、すまん…」


「まぁ真琴様の言っていることも分からなくはないですけど…」


「ならこの話はここまでって事で…」


「ダメです!今日という今日はしっかりと話を聞いてもらいますから!」


「勘弁してくれよー!」


「あ!逃げないで下さい!真琴様!」


振り返るとシャルは少しだけ今までよりも優しい顔で笑っていた。



初めて見たシャルの笑顔は少しぎこちない感じがしたけど、多分一生忘れられない顔だろうと思った。



いつかもっと全開の笑顔をしてもらう為にシャルには人生を楽しんでもらおう。








「えーっと……」


夜中にミミ達の家にシャルを連れて帰ると、困った様な顔をしたミミが座っている。



自分の妹の近くに血塗れで立っていた女の子をいきなり家に連れてこられたらそんな顔をして当たり前というものだろう。



「すまん。色々とあってこの子と行動を共にすることにした。」


「……」


開いた口が塞がらない状態だ。



「迷惑になるし宿に移るから荷物を持っていくよ。」


「あ、いえ!迷惑なんてことはありませんよ!ちょっとびっくりしただけですから!マスターから話は聞いていますし、その子は悪い子じゃないことくらいわかってますよ。」


「その寝てる子は…二二ーヒスで見かけた子…」


「そう言えばあの時ネネはなんであんな所に?」


「下級吸血鬼が男性を襲っていた現場に迷い込んでた。見られたからと吸血鬼がその子に襲いかかろうとしたから私が止めた。その拍子に相手の魔法の余波を受けて気絶してしまった。」


「その後下級吸血鬼をシャルが処理して、そのタイミングで俺達が来たってことか。吸血鬼の死体は残らないから…」


「じゃあその子はネネの命の恩人じゃないですか?!」


「そうなるな。」


「ありがとうございました!」


「あ、いや…私は…」


「ネネが今も元気なのはあなたのおかげです!本当にありがとうございました!」


「う、うん…」


「でも…そんなに小さな体でどうやって…というか吸血鬼ですか?!」


「今更そこに戻るのか。」


「だって吸血鬼ですよ?!下級吸血鬼でもBランク相当の相手ですよ?!」


「あ、そうなの?」


「はい!そんな相手だったなんて…それなら余計になんでこんなに小さな子が…」


「シャルはこうみえてかなりの年上だぞ。数千年を生きてる吸血鬼の始祖らしいからな。」


「………えぇぇ?!!!」


「まぁ驚くよな。」


「驚きますよ!なんでそんな人が?!」


「まぁ…色々とあった。という事だ。」


「あ。真琴様説明が面倒臭いと思いましたね。」


「しっ!そんな事言わない!」


「マコトさん?」


「あー……ははは……

話してみたら良い奴だし仲間にしようと声を掛けたら仲間になってくれたんだ!」


「……はぁ…やっぱりSランクの冒険者の方々はどこか変な人ばかりですね…」


「うるさいやい!」


「分かりました。マコトさんがそう言うのであれば私も信じます。暴れたりしないのであればここにいてもらっても構いません。」


「良いのか?」


「ネネの命の恩人ですから。でも!吸血鬼の始祖ともなれば凄い力を持ってますよね?本当に暴れたりしないで下さいよ?!」


「暴れたりなんてしない。」


「はい!では大丈夫です!」


「ミミって凄いな。寛容さが突き抜けてるぜ。」


「私からすると吸血鬼の始祖を仲間にする皆様の方が余程凄いと思いますけどね。」


「そんなもんか?」


「私に聞かれても分からない。私がその始祖だから。」


「自覚無しですか…」


「「「真琴様ですから。」」」

「真琴様だからな。」


「そこでハモるな?!」


夜中なのに心配で待ってくれていたミミにその後事件の解決を見た事を伝える。



安堵してくれた様で詳しい話は明日ギルドでディースに話してくれと言われ寝ることにした。



暗くなった部屋の中、目が冴えてしまって寝られない。すると俺のベッドがモゾモゾと動くのを感じる。



「??」


「……んしょ。」


「シャル?!」


「静かにしないと皆起きちゃう。」


「自分のベッドあるだろ?!」


「寒い。」


「皆一緒だから!」


「……ダメ?」


シャルの顔は少し真剣な物になる。何か理由があってやっている事なのだろうか?



「理由があるのか?」


「……何千年生きてても、化け物の私なんかの為に本気で命を掛けるなんて言ってくれたのはマコトだけ。そんなマコトの近くにいたいだけ。」


「……」


シャルの言っていることは多分俺の想像よりもずっと重い言葉なのだろうと感じた。



気が遠くなるほどに長い年月を過ごしてきたシャルを、シャルとして見てくれる人はこの世にはいなかったらしい。



自分の血を吸うかもしれない吸血鬼だ。シャルが血を必要としない体質だと知っていても、堂々と背中を見せられる奴が少ないのは何となくだが分かる。でも、それはシャルという人格を考慮しなければ…だ。



あまり他人と喋らなかったのか、シャルの喋り方は拙く冷たい耳障りに感じるかもしれない…でも俺には必死で伝えたい事を言葉にしようとする不器用な一人の女性にしか見えない。実際そうだと思っている。



きっと吸血鬼というフィルターの上からしかシャルの事を見られないのだろう。他の吸血鬼に会ったことが無かったからこそフィルターが掛からなかったのかもしれないが、今ではそれが良い事だったと素直に思える。



「今日だけだぞ。」


「分かった。」


安心してなのか、俺の腕にくっつくと直ぐに寝息をたて始めた。



シャルの体温で俺も眠たくなってきて、そのまま意識が遠のいていった。







「……………重い。」


朝目が覚めると左に凛。右にシャル。シャルを抱くようにリーシャ。腹の上にプリネラ。



「なんとなく予想はしてたが…」


「おはようございます。」


「また皆起きてんだろ。リーシャなんか既に身支度終わってるじゃないか。」


「バレましたか。」


「ほらどいたどいた。」


「はーい。」


既にこの状況に慣れつつある自分が恐ろしい。



「今日はギルドで昨日の事を説明しなきゃならないからな。朝食食ったら行くぞ。」


「分かった。」


シャルもしっかり目を覚ましてやがった。



朝食は凛が作り全員で食べる。もちろんミミとネネもだ。大好評のうちに朝食が終わり、ネネを孤児院に連れていきミミとギルドに向かう。ミミが一緒だと受付スルーでいきなりディースの所に行けるから楽だ。



「お疲れ様でした。」


ドアを開けてから、ディースの第一声はこれだった。



「まだ何も話してないんだが。」


「皆様に失敗などありえませんからね。」


「いや。生け捕りには出来なかったぞ。相手が中級の吸血鬼でな。死んだらサラサラと飛んでった。」


「吸血鬼でしたか…それならば仕方ないですね。前回の話を聞いた時点で生け捕りは難しいとの事でしたし、それは良しとしましょう。

で、その子が例の?」


「あぁ。シャーロットだ。色々あって行動を共にすることになったから。」


「……そうですか。分かりました。」


「何も聞かないのか?」


「聞いて全て話してもらえるのですか?」


「いや…」


「私としては今回の事件の犯人が吸血鬼であり、既にそれらを処理できたという事だけ聞ければそれでいいんですよ。それ以外は必要の無い情報ですから。」


「…助かるよ。」


「いえいえ。報酬はミミさんに伝えてありますので別室で受け取って下さい。」


「分かった。

それと…一つだけ良いか?」


「なんでしょうか?」


「聖域のテューギに入るにはどうしたら良いか分かるか?」


「テューギですか…私の知る限り入ろうと思って入れる場所ではありませんね。」


「そうか…」


「お力になれず申し訳ありません。」


「いや。気にしないでくれ。」


「何故テューギに?」


「会いたい人がいてな。」


「……」


「どうした?」


「いえ。テューギに知り合いがいるという事が不思議でしてね。」


「不思議?」


「獣人種の方以外に、テューギ内の知り合いがいるという人を見た事がありませんでしたので。」


「まぁずっと昔に色々とあってな。」


「そうでしたか。余計な詮索をしてしまって申し訳ありませんでしたね。」


「大丈夫だ。」


「私からも一つだけよろしいですか?」


「ん?」


「…お気を付け下さい。グランさん。」


ディースの口から出た単語に場が一気に凍りつく。



シャルを除く全員が即座に臨戦態勢を取る。



俺の昔の名前を知っているということは、俺を追っている連中との繋がりがある事を示しているからだ。



「何故その名前を?」


「私は冒険者ギルドのギルドマスターですからね。この国に入った皆様を捕まえる様に言われていましたから。」


「ちっ!」


「あ!待って下さい!戦う気はありませんし、捕縛する気もありませんから!」


「??」


「元々はもしここに来たら直ぐに国に突き出すつもりでした。ガイストルに多大な被害を与えた極悪人という話を聞いていたので。」


健が手に力を入れる。



「ですが、ミミさんからの報告で何かおかしいと気付きました。極悪人とは思えない行いでしたからね。そこで色々と試させてもらったというわけですよ。」


「今回の件、解決までの中で俺達を値踏みしてたのか。」


「私はこの冒険者ギルドのマスターですよ?皆を守る義務があります。慎重にもなりますよ。」


「それで?どうだった?」


「どうもこうもありませんよ。人格を含めて皆様素晴らしいとしか言えません。本当に極悪人なのかと何度も聞き返した程ですからね。」


「そいつは良かった。」


「それに僕がここで皆様を捕まえようとしても、それが叶わない事くらい理解しています。返り討ちにあって終わりですから。」


「……」


「ただ、私としては国にも楯突くことが出来ず…」


「どこまで約束したんだ?」


「あなた方がこのギルドから出る前に一報を出す。という事だけです。」


「……ギルドマスターも大変だな。」


「まったく本当にその通りですよ。」


健達は体の力を抜く。



今この場でディースがなにかする事は無いと判断したからだ。



「それを俺達に言ってよかったのか?」


「本当はもちろんいけませんが、この様な非道を行う事は僕の主義に反します。なのでちょっとした意地悪です。」


「ははっ。意地悪か。どこまで調べたんだ?」


「…少しだけですよ。少し調べれば直ぐに分かります。皆様が本当は何もしていないのに狙われていること。そしてその理由がマコトさんの魔力だと言うこと。

あまりにも非人道的過ぎて嫌になりますよ。だから大っぴらには無理ですが、これくらいの手助けはさせて貰いました。まぁ知らなかったとしても衛兵ごときに後れを取る事は無いと分かってはいますが、僕も少し腹がたってしまいましてね。」


「いや。助かったよ。」


「あまり派手に暴れてギルドを壊さないで下さいよ?」


「それは相手に言ってくれ。」


ディースへの言葉を最後に部屋を出る。



どうやらジゼトルスだけが俺達を狙っているわけでは無いという読みは当たっていたらしい。

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