第四章 獣人の国 -ガイストル- Ⅱ

ミミから報酬を受け取り、ディースの忠告を受け、次にどうするかをロビーで話し合う。


「シャルが合流して早々なのに厄介事に巻き込まれちまったな。」


「私は平気。」


「…どうしますか?」


「……まだ俺達の本当の目的を達成してない以上は、ここから出て、どうにかしてテューギに入るしか道は無いだろうな。」


「でも強行突破は下策ですよね?」


「それだけはダメだな。国の中でも中立を保つテューギに強行突破なんてしたら、ガイストル国に大義名分を与えてしまって余計に厄介になる。」


「隠れて忍び込む…とかか?」


「入る事自体を禁止されている以上は同じ事だ。」


「じゃあどうすんだよ?」


「………確かテューギってのは国の中の街同士のバランスを保つ役割を担ってるんだったよな?」


「簡単に言ってしまえばそうですね。相談役としてもテューギは重要な立場です。」


「……プリネラ。」


「はい?」


「ひとっ走りしてくれないか?」


「何をすれば良いのですか?」


俺はプリネラに詳細を伝える。



「分かりました!行ってきます!!」


プリネラが指示通り隠れてギルドを出る。



「さて。あまり中にいたらディースに迷惑掛けるからそろそろ出ますかね。」


「はい!」


ギルドの扉をくぐるとどこから湧いてきたのか獣人種の衛兵達がワラワラと集まってくる。



「グラン-フルカルト!並びにその仲間達を国家に対して重篤な被害を与えた罪でここに捕縛する!!」


「重篤な被害ねぇ。」


「捕らえよ!」


ガチャガチャと全身鎧の音を立てて近寄ってくる槍を持った兵士達。20人近くもよく集まったもんだ。



「さてと。それじゃあ行きますか。」


俺達は両手を上げて投降する。



「潔く諦めたか。捕らえよ!!」


兵士達に囲まれて両手を縛られる。



「はっはっは!行くぞ!」


意気揚々と馬に跨る隊長らしき男が城に向かって移動を開始する。縛られて街中を歩かされるとはなかなかの羞恥プレイだ。



城門をくぐり、そのまま離れにある地下牢へと連れて行かれる。



牢には二グループに分けて入れられる。俺とリーシャとシャル。隣の牢には健と凛が入れられる。



「なんで私とこの筋肉バカなのですか。せめて真琴様と同じ牢に入れて下さい。」


凛がかなり真面目に抗議していたが、全スルーでぶち込まれた。



カビ臭く、何より寒い。一応気持ち程度の窓と言うより隙間が空いてはいるが、完全な石造りで出入口には鉄格子がはめ込まれている。



魔法で吹き飛ばせそうだなぁ。なんて考えていると、それを察知したのか兵士に釘を刺される。



「この鉄格子にはバニルカ鉱が使われてるから簡単には壊せないぞ。下手な考えは捨てろ。」


つまりこの鉄格子は冒険者の身につける上等な防具程の強度と魔法耐性があるという事だ。よく見ると天井や壁、床にも鉄格子が埋め込まれる様に設置してある。



分かりやすく言えばキューブ型の鉄格子という事だ。



牢の入口は重い鉄扉で出来ていて、その付近には兵士が二人常駐している。



「リーシャ。大丈夫か?」


「はい。確かに昔を思い出してしまいますが…今は皆様が一緒なので全然平気です!」


気丈に振る舞うリーシャ。今すぐ破壊して出してやりたい気持ちを抑えて静かに座っておく。



「マコト。なんでマコトは捕まったの?」


「あー。そっか。シャルには話しておかないとな。」


親を殺され追われていること、フィルリア達が助けてくれたこと、その後数年間異世界にいたこと、戻ってきてからのことを要点を掻い摘んで話す。



「……マコトはそんなに大変な中私を助けてくれたの?」


「俺のいる状況が大変な事とそれとは関係が無いからな。それに俺は助けたなんて思ってないぞ。ただしたかった事をしただけだ。」


「……そっか。」


シャルの口角が少しだけ上がり、なにやら嬉しそうだ。



ギィ……


重苦しい音がすると、石畳を踏むコツコツという音が反響する。

牢の目の前に現れたのは獅子人種の男。周りの兵士達より一回り以上も体が大きく、立派な鬣がフサフサしている。黄色い瞳と、獣に近い外見も相まって百獣の王と呼ばれるに相応しい風格を漂わせている。



「誰?」


「貴様!王に向かってその様な口の利き方!」


「あぁ。お前がガイストルか。」


「貴様!」


「ふはは!肝の座った男よ。」


重く低い腹に響く様な声が響き渡る。



「え?!王が来てんのか?!俺も見たい!!」


「止めて下さい。みっともない。」


隣の牢から健と凛の声が聞こえてくる。



「言い直すべきだな。肝の座った者達だと。」


「それで?俺達を捕らえてどうすんだ?」


「お前以外は必要無いからな。さっさと始末する。」


「……」


「お前にはその後傀儡となって存分に働くか、その力を寄越すかを選ばせてやろう。ふははははは!!」


「王!」


「なんだ。私は今…」

「空の都キュリーブ代表、ホーサンク様と海の都ピュチャト代表、グァンクス様がいらっしゃいました。」


「なに?!空のと海のが共にか?!」


「はい。」


「ちっ!この様な時に!こいつらが逃げない様にしっかりと見張っておけ!」


「はっ!」


王は踵を返して来た道を帰っていく。



「上手くいった様だな。」


「プリネラがやったの?」


「あぁ。空と海の都の代表者に王が陰ながらパワーバランスを崩す程の力を得ようと動いている。という話を持っていかせたんだ。

まさかこんなに早く来るとは思っていなかったがな。」


「パワーバランスが崩れてしまうと一大事。」


「そうだろうな。俺達のことがバレてると知った王は恐らくテューギの介入を嫌がって二人に力を山分け、もしくは使い回そうと訴えかけるはずだ。」


「それではテューギには行けないのではありませんか?」


「いや。この規模の街の代表を務めているならすぐに分かるはずだ。そんなに簡単に行くわけないことくらいな。必ずどこかに力が偏り、それが自分達の街で無い可能性があるとな。」


「そんなの了承するわけない。」


「そうなったらどうなると思う?」


「困った時はテューギに…ということですね!?」


「あぁ。そしてテューギで審問を受けるとなればその力がどの様な物なのかを絶対に確認するはず。その力が俺自身である限り俺は直ぐにテューギに連れて行かれる事になる。わざわざプリネラにはその力の正体がなんであるかも伝える様に頼んでおいたからな。」


「私達は大丈夫でしょうか?」


「俺の仲間に何かあった場合は不安定な力が暴走して全ての街を焼き尽くす。って伝えてあるはずだ。」


「そうなんですか?!」


「まぁ真っ赤な嘘とも言えないし良いんだよ。もし皆の身に何かあったら俺は間違いなくこの国を更地にするからな。」


「マコト様の事ですから本当にやりますよね。」


「マコトの力なら簡単に出来る。」


「ま、つまり俺達はテューギへ行くまでここで寝泊まりするだけだ。そう時間も掛からないはずだからゆっくり待つとしよう。」


それから二日間、俺達にはなんの音沙汰も無かった。



「ふんっ!ふんっ!」


「やめてください。臭いです。気持ち悪いです。死んで欲しいです。」


「酷くない?!」


隣の牢からいつものやり取りが聞こえてくる。



「今日は何して遊ぶ?」


「昨日は一日中山手線ゲームをしていたからなぁ…」


「ヤマノテセンという物が未だによく分からないのですが…」


「気にするな。それはただの名称。ゲームの名前で意味は無いという事にしておくんだ。」


「はぁ…分かりました…」


「それで。今日は何するの?」


「よし…満を持してこの禁断の遊びを紹介するとしようか。」


「禁断の…遊び?」


「ゴクッ……」


「名前は野球挙。」


「ヤキューケン……強そう。」


「何か武術に関係するものでしょうか…?」


「おい。真琴様。シャルにそれやらせたら犯罪の香りがするぞ。」


「はっ?!そ、そうか…心は大人でも体は子供…無念…」


「私は大人。」


「体が子供というだけで出来ない遊び…恐ろしく危険…ということですね。」


「その通りだ。故に禁断の遊びなのだ。残念だがこれは封印するとしよう。」


「はい…」


「お前達捕まってる自覚本当にあるのか?」


「何を言う。兵士君。俺達は捕まっているこの時間も有意義に使っているだけだ。」


「有意義ねぇ…」


「おい!来るぞ!」


「やべっ!」


ギィー…


扉が開くとまたあの足音が聞こえてくる。



「やってくれたな。」


「なんの事だ?」


「白々しい。」


苛立った様子のガイストルが牙を剥き出しにして怒りを露わにする。



「お前達全員テューギ行きだ。だが、生きて出られるとは思うなよ。」


それだけ言うと直ぐに振り返り扉から出ていく。



「物凄い剣幕でしたね。」


「まぁ怒るのも当然だろうな。」


「おい!お前達!テューギに移動だ!」


「はいよー。」


またしても縄で縛られ、牢屋を出る。

行く先はテューギ。街中を更に北へと歩かされ、門を出る。



舗装された道の先には大きな神殿風の建物が見える。

建物の外観は教会とは全く異なり、どちらかと言うと日本にあった神社やお寺の様な雰囲気がある。



神殿まで辿り着くと、門前にいたのは兎人種。2人とも女性で人に近い外見で長い耳と小さな尻尾が可愛い。

それ以上に目を引いたのは着ている服装だった。見た目はほぼ完全に日本の巫女服。蒼い袴だ。

まさかこんな所で袴に出会うとは思っていなかった為かなりビックリした。



そんな事は知らない兵士達に連れられて神殿の中へと入っていく。



何本もの柱を横切り、大きな扉をくぐり、更に奥へと進んでいく。



中にいる人はどの人も皆女性で兎人種。何か決まりでもあるのだろうか?



最奥へと辿り着くと、短い階段。その上に薄い絹の様な白布で出来た垂れ幕?カーテン?が見える。



その奥に誰かがいる様に見えるが、影だけしか見えない。



その場には先に来ていたガイストル、その右隣には鷹人種、左隣には鮫人種の獣人が奥の影の人物と対面する形で立っていた。



俺達がその後ろに跪かされると白布の横にいた兎人種の女性のうちの一人が影の人物に向かって何かを伝える。



「……全員揃ったかえ?」


影の奥から鈴の音の様な声が聞こえてくる。



「はい。」


ガイストルが答える。



「話はお伝えした通り、我々のバランスを取るため、この者達の処遇をどうするか。」


「どのような沙汰でしょうか。」


「……」


布の奥にいた人物がスっと立ち上がると布に手を掛ける。



その瞬間に全員が頭を下げる。

俺達はそんな事知らないし、頭を下げなかったら兵士達に無理矢理頭を床に押し付けられた。



「あぃてっ!」


「静かにしろ!」


顔も見えない影の人物が口を開く。



「其方達。顔を見せてくれんかえ?」


「巫女様!それは!」


「……」


「も、申し訳ありません。」


兎人種との兼ね合いで俺達は顔を上げられる様になったらしい。

俺達の頭から兵士達が手をどける。



やっとお目見えだ。凛達の予想が正しければこの巫女様とやらがソーリャその人のはず。



顔を上げた俺の目が布の向こうにいる人物を直視する。



鮮やかな緋袴。美しいとしか言えないストレートの長い銀髪の上にあるのはピンと立った耳。前髪の下に見える水色の瞳。キツすぎないツリ目がその瞳を妖艶に思わせる。

フサフサだがしっかりと毛並みの整った尻尾は複数本見える。



狐人種。しかも妖狐人種。間違いなく俺の記憶にあったソーリャその人だ。記憶の中にいたソーリャより大きくなっているが間違いない。



ソーリャは俺の顔を見ると優しく小さく笑った。その後直ぐに布を下ろし影は再度座る。



「沙汰を伝える。巫女様の声を聴くように。」


「……此方に預けるえ。」


「なっ?!」


「巫女様の身が危険です!」


「巫女様の沙汰は下った。それ以上の進言は不敬となる。」


「ぐっ…」


「発言をお許しください。」


「申せ。」


「私ホーサンクは、この者達を預ける事に異議はありません。バランスを取るためならば仕方の無い事。ですが、この者達の今後の処遇を聞いておかねば我々も安心して引き返す事が出来ません。どうか教えては頂けないでしょうか?」


「………精霊様にお任せしますえ。」


「なるほど…その様に。

理解しました。」


血が出る程強く拳を握るガイストルの顔は憤怒で満ちている。だが、テューギの巫女の出した沙汰。引き返すしか道はない。



ガイストルを含め3人と兵士達はそのまま街に引き返していく。



静かになって落ち着いた所でソーリャが話し始める。



「縄を解いて差し上げるえ。」


「え?!よ、よろしいのですか?!」


突然の解放宣言に周りにいた兎人種の者達がザワザワと騒ぎ出す。するとソーリャが立ち上がり、布の奥から出てくる。またしても兎人種の者達は全員が下を向く。



再度姿を見せてくれたソーリャはスタスタと階段を降りてくると俺の目の前に立ち、その手で縄を解いてくれる。



全員の縄が解けると、ソーリャが俺の目の前に跪き頭を下げる。



「巫女様?!」


「お止め下さい!!」


頭を下げていた兎人種が慌てるように騒ぎ出す。

さっきのガイストル達の反応を見るにかなり崇高な存在としてここに君臨する者がこの巫女という存在なのだろう。



「静まれ。」


兎人種が騒ぎ立てている中、叫んでもいないのにソーリャの声はその場にいた全員の耳に届いた。

ザワザワと騒いでいた兎人種達の声がピタリと止まる。



「分からぬかえ?この方こそ精霊様を従える方ぞ。」


「そ、そんな…ただの人種如き!」


またしてもザワザワと騒ぎ出す兎人種。

するとソーリャが立ち上がり、兎人種達の方へと向き、一言だけ発した。



「死にたい者は前に出よ。」


即座に全員がその場に両膝を付き深く頭を下げ、押し黙る。

声を荒らげたりしないが、ソーリャはかなり怒っている様だ。



「グラ……マコト様。騒がせてしまい申し訳ありませんえ。」


よく分からないまま祭り上げられたが…乗った方が良さそうだ。



「気にすることは無い。」


「深きお心に感謝しまいたしますえ。

しかし、またマコト様の気分を害する者が出てくるやもしれませんので、そのお力の一端をお見せ頂けませんかえ?」


「どうしたら信じられるんだ?」


「我々は今、南の海にて水の精霊様がお怒りになっており、荒れ果てていると考えておりますえ。

なんとかしたいのですが、我々では力が及ばず…どうか水の精霊様を呼んでは頂けないでしょうかえ?」


精霊はドライアドしか呼んだことがない。ドライアドを見る限りあまり呼び出したくない気持ちが大きいからだ。

だがここは呼び出すしか無いらしい。やった事が無いし出来るか分からないが…やってみるしかない。



少し集中して召喚魔法を発動させる。



複雑な魔法陣が幾つも周りに現れ、それが消えると俺の目の前の床に水が湧き出してくる。



その水はどんどんと増え、盛り上がり、少しずつ人の形へと変わっていく。

その大きさがある程度になると徐々に明確な人の形へと変わり、ネネくらいの歳の女の子へと変わる。



水色の肩まである髪が外側に跳ね、水色のワンピースを着ている女の子。



「あ、あれは!?」


「精霊様?!」


皆にも見えているらしい。



ドライアドもそうだったが、上級の精霊はあまり人に見られることを嫌がらない。というかどうでも良いらしい。昔呼んだ時はドライアドの姿が見えなかった健も見える様になったのはドライアドが視認しても良いとしてくれたからに他ならない。



今回呼び出したこの水の精霊も気にしないタイプらしい。



水が完全に人の姿へと形を定着させると、目を開く。水色の瞳が俺の顔を捉えた瞬間に満面の笑みへと変わる。



「お兄ちゃん!!」


突如抱き着いてくる水の精霊。



「お、お兄ちゃん?」


「お兄ちゃんはお兄ちゃんだよ!ドライアドばっかり呼び出してるから忘れられちゃったのかと思ったよー。」


「す、すまん。」


「ううん!怒ってないよ!こうして呼んでくれたんだもん!」


ドライアドとはまったく違い、どちらかと言うと明るく無邪気な子供というイメージを持つ。



「というかドライアドが呼ばれてた事は分かるのか?」


「精霊は互いの事を感じ取れるからね!」


「へぇ。」


「マコト様…」


「あ。すまん。

えーっと…名前…」


「ウンディーネだよ!忘れられちゃったの?」


「いやいや!そんな事は無いぞ!うん!ウンディーネだな!」


なんか精霊とは言えネネくらいの子が泣きそうになるとついついオドオドしてしまう。



「う、ウンディーネ様?!」


「上級精霊様?!」


「ただの人間如きがその様な方を?!」


兎人種の囁きを聞いたウンディーネの目が見開かれ、突如として振り向く。



「がっ!」


ウンディーネが右手を伸ばすと大量の水が出現しそれが一人の兎人種の首を捕え体ごと中に浮かべる。



「今お兄ちゃんを愚弄したよね?」


完全にキレてしまっている。声のトーンも2段階は下がった。

首を捕らえられた兎人種はなんとかしようと空中でもがき苦しむが、その手は水を通り抜けるだけ。



「ウンディーネ!そこまで!離してやれ!」


「お兄ちゃんがそう言うなら。」


大量の水が瞬時にして消え、兎人種は地面に落ちる。



「がはっ!ごほっ!」


咳き込む兎人種。その場にいた他の兎人種の顔は下を向いているが、それでも分かるくらい血の気が引き、ガタガタと震えている。



「次にお兄ちゃんを愚弄したら…殺すよ。」


「も、申し訳…ごほっ!……ありません……」


「ウンディーネ。少し聞きたいことがあるんだけど。」


「なに?!なんでも聞いて!」


「ここから南に行った所に海があるんだが、そこが最近荒れに荒れてるらしい。精霊が怒ってるからって皆言ってるけど何か知ってるか?」


「えーっとねぇ……あー。確かに中級精霊が一匹いるね。でも…この子ギビドだよ。」


予想していない単語が出てきた。



テイキビで聞いた単語だ。あの時は比喩で用いられていたが、そもそものギビドの意味は普通と違いこの世界に悪をもたらす精霊を指す言葉だ。



「ギビド?!」


「そんな…」


兎人種はザワザワと騒ぎ出す。



「ウンディーネ様。少しよろしいかえ?」


「…確かソーリャだったっけ?」


「覚えて頂けているとは…幸せですえ。」


「妖狐の者は最終的に私達上級精霊と同じ所に来る人が多いからね。でもまだ尾は三本だから先の話だね。」


「はい。」


「それで?」


「私の力でそのギビドを浄化できますか?」


「銀髪…って事は聖属性の魔法を使えるよね。」


「あれ?属性って全部で6個じゃなかったのか?」


「種族や特殊な血縁を持っている人には6属性とは別にいくつかの変わった魔法が使える人がいるんですよ。」


「マコト知らなかったの?私は紫髪だけど少し明るい紫でしょ?だから雷魔法を使えるんだよ。」


「え?!シャルは火と水が得意だから紫なんじゃないのか?!」


「私は6属性全てと雷属性の魔法が使える。一番相性が良い属性が雷だから明るい紫色の髪。」


「そ、そうだったのか…明るいとかあったのか…」


「プリネラは黒髪だけど少し明るい色だろ?真琴様と凛は漆黒。そこで全属性か闇属性か一応分かるんだぞ。」


「そ、そうだったのか?!」


「深く考えていませんでしたからね。」


「まぁ不思議には思ってたけどさ。別に分かっても分からなくても変わらないかなぁ…てさ。」


「真琴様は人を見ますからね。」


「それよりこっちの話だ。ウンディーネ。ソーリャの聖属性魔法でどうにか出来るのか?」


「無理かな。ちょっと力が足りないよ。」


「そう…ですかえ。」


「もっと尾が増えればソーリャでも大丈夫だと思うけど、中級精霊を相手にするなら六本は無いと無理だよ。」


「その尾の話って一体なんだ?」


「妖狐についての話だよ?覚えてないの?」


「え?」


「真琴様に例のものを返せば思い出されると思いますよ。」


「そうだったな。先にそっちを頼んでいいか?話が進まないし。」


「分かりましたえ。」


ソーリャに着いていくと布の裏にある扉を開き中に招かれる。

少し広い部屋になっていてテーブルと椅子が置いてある。ソーリャが右手をヒラヒラと振ると着いてきていた兎人種が扉の外へと出ていく。



「それではお返ししますえ。」


両手で優しく俺の手を取ると大きなスライムさん達の元に招かれる。



いつもの様に胸から出てきた白い箱と黒い箱が開き、視界が白く染まっていく。







「やっと着いたな。」


「シャーハンドから陸路でガイストルっていうのはなかなかに遠いからな。」


「シャーリーさん泣いてましたね。」


「ずっと居てくれていいって言ってたからな。

アサシンの連中が来なければずっと居ても良かったんだが…」


「シャーリーさんに迷惑を掛けるのは違いますよね。」


「あぁ。迷惑を掛けるくらいなら逃げ回った方が良いだろ。」


「でもなんでわざわざガイストルに?」


「海を挟んでるから少なくともジゼトルスの連中は追って来にくいだろ。それに気になる話を聞いたからな。」


「妖狐の話ですよね?」


「その通りだ!会ってみたいだろ?!巫女見習いってのをやってるらしいぞ!」


「そんなに簡単に会える人じゃないと思いますよ?」


「そこは…まぁなんとかなるだろ!」


「なんとかなるのかねぇ。」


俺達はシャーハンドを出て、寒い中延々と陸路を伝いやっとの思いでガイストルへと到着した。



この辺りまで来ると追手の連中もそこまで頻繁には来なくなっていた。



「どの町に行くんだ?確か3つあったよな?」


「テューギに行きたいんだが…」


「いやいや。いきなり行ったら捕まって終わりだろ。」


「だよなー。ならとりあえず地の都ガイストルに入るか。人も物も多いから隠れるにはもってこいだろ。」


滞在する都を決め、王都ガイストルへと入る。

季節は完全な冬。屋根や道に積もっている雪が太陽の光を反射して真っ白に光っている。



宿を探していると、目の前で小さな事故が起きる。



太陽の熱によって溶かされた屋根の雪が少しずり落ち、目の前にいた狐人種の女の子の頭に直撃する。



突然の衝撃に前のめりに倒れた女の子。直ぐに近寄る。



「おい。大丈夫か?」


頭の上に雪を乗せて倒れる女の子は半べそをかいて体を起こす。



「ふぇー!」


泣いているらしいが声があまり大きくなくて思わずツッコミそうになった。



「ほら。泣くな。」


雪を払いとってやる。白髪だと思っていた髪は、雪を退けると銀色に光って見えた。



「へぇ。珍らしいな。お前聖属性か。」


こちらへ振り向き上目遣いで見てくる狐人種の女の子の目は未だ少し潤んでいる。



「もう大丈夫だから。立てるか?」


「…うん…」


俺達より少し年下の女の子だ。モコモコの毛皮の服から雪を払ってやる。



「ありがと…」


「気にするな。俺はグラン。君は?」


「ソーリャ…」


「ソーリャか。いい名前だな。一人で何してたんだ?」


「お買い物…」


手に持っていた小さなバッグの中には果物が入っている。



「お使いか。一人でか?」


「お母さん…家から出られないから…」


親は病気か何かで出られない。可哀想だから自分で果物を買ってあげようという事か?なんて健気で良い子なんだ…



「よし。じゃあ家まで送ってやろう。」


「ううん…大丈夫。一人で行けるから…」


「そうか?」


「うん…でも…また明日遊ぼ?」


「ん?」


「私友達いなくていつも一人…だから…ダメ?」


「良いぞ。じゃあ明日もこの時間にここに来てくれ。」


「うん!分かった!」


なんとか笑顔の戻った女の子はゆっくりと雪の上を歩いていく。



「懐かれてしまいましたね。それにしてもあの歳で友達が一人もいないなんて…」


「親が病気か何かであまり友達と遊ぶ機会が持てないんじゃないか?」


「悲しい話ですね…」


凛の目は未だ一生懸命に雪の上を歩く女の子の背中を追っていた。



その日からソーリャと毎日の様に会うことになった。明日も明日もとせがまれてしまいついつい頷いてしまうのだ。

ソーリャの事は良く思っているし遊ぶこと自体は全然良いのだが、俺達の立場を考えてしまうと巻き込んでしまう可能性があるし凄く不安になる。



その予想は見事的中する事になった。



なりを潜めていた筈の追っ手が俺達の弱味を握ろうとソーリャを攫ったのだ。

言伝を俺達に渡してきたのはソーリャと同じくらいの歳の猫人種の女の子。

どこまで俺達の怒りを煽れば気が済むというのだろうか。



「グラン様。」


「あぁ。行こう。」


俺達は言伝を頼まれた女の子を家へと送り届け、その後指定された場所へと向かう。ガイストルから南へ数キロ行った所にある平野部。



他に隠れている奴らが居ないかが一目で分かる場所だ。俺達の伏兵など気にする必要は無いというのに念入りなものだ。



「来たか。」


指定場所にいたのは赤い鎧を着た者達。全面兜のせいで中の奴の顔は見られないが、声からするに男の様だ。



「その子を離せ。」


「ふん。巫女見習い如きの為に我が身を捧げるとはな。なんとも殊勝な事だ。」


「……」


「まぁいいだろう。」


「きゃっ!」


縛られたまま背中を押され、転んでしまうソーリャ。なんとか立ち上がり俺の元まで走ってくる。



「すまない…俺のせいで巻き込んでしまった…」


「……」


頬に痣が出来ており、目は泣いたのか赤く腫れている。



「下衆が…こんな小さな子に手を挙げたのか…」


「ぎゃぁぎゃあうるさいから黙らせただけだ。死んでいないのだから感謝して欲しいくらいだよ。」


「………」


「さて。それでは私達は私達の仕事をさせてもらうとしよう。」


男が指を鳴らすと俺達を取り囲む様に地面から兵士達が現れる。土の中に隠れていたらしい。

俺を殺す気は無いように感じるが、こちらの怒りは既に頂点に達している。手加減は出来そうに無かった。



「やれ。」


鎧の兵士が指示を出すと周りの奴らが襲いかかってくる。魔法に剣術に弓、40人はいるであろう兵士達からの一斉攻撃だ。健と凛、プリネラがなんとかその攻撃を凌ぎ、抑えてくれている。



「誰でもいいから力を寄越せ。」


俺は召喚魔法を発動させる。すると地面からモコモコと水が現れ、人の形を取ると小さな女の子の姿へと変わる。初めて会った時のウンディーネ。



「ドライアドの言ってた様に偉そうな人間だねー。力を貸してほしいって言うならもっと私に魔力を頂戴よ。」


「お前達の傲慢に付き合ってる暇なんざねぇ。死ぬ気で受け取れよ。」


「はっ?!えっ?!そんな量要らないよ!私壊れちゃうから!だ、ダメ!やめて!いやぁぁーーー!!!あっ……」


「満足か?」


「う、うん……凄かった……」


「ならさっさとこいつらを動けない様にしてくれ。健達が危ないんだ。」


「うん!」


ウンディーネが両腕を開くと俺達の周りにある地面から、染みでるように水が溢れだしてくる。



粘土の高い水の様に見える。その水が兵士達に纒わり付く。



「な、なんだ?!あいつの魔法か?!くそっ!」


もがいて水を剥がそうとするが次から次へと集まってくる水にどんどんと侵食されていく。



「殺すな。」


「うん!」


完全に水に入ってしまった兵士達、どうやらこの水には魔法を行使させない為の特殊な魔法が掛かっているらしく、魔法攻撃もピタリと止む。



顔だけが水から出た状態の兵士達は完全に動きを封じられる。



「上手くできた?!」


「あぁ。」


「へっへっへっ!ありがと!私ウンディーネ!お兄ちゃんは?」


「俺はグランだ。」


「ふーん……お兄ちゃんで良いや!」


「好きに呼べ。」


「ドライアドが言ってたみたいに本当に凄いんだねお兄ちゃんって。」


「そうか?」


「あんなに凄い魔力初めて…」


「その体型で頬を赤らめるな。」


「へへ。ん?珍しい子がいるね。妖狐人種だね、」


「狐人種じゃないのか?」


「うん!違うよ!」


「…その話は後にしよう。取り敢えず今はこっち優先だ。」


俺は健達を下がらせて隊長らしき兵士の前に立つ。



「やぁ兵士諸君。」


「貴様…こんな事をしてタダで済むと思うなよ。必ず捕まえてやる。」


「何を勘違いしているのか知らないが、お前達を逃がすわけ無いだろ?」


「はっ!俺達を殺せばそれこそ逃げられなくなるぞ!」


「だからなんだ。」


俺の中の黒く重いものが大きく膨らんでいく。



母親を目の前で殺された恨み。忘れた訳では無い。



「な、なんなの…その魔力…」


ウンディーネの声が後ろから聞こえてくるが、今はそんな余裕は無い。



「は……ははは!バケモノめ!!お前は必ずっ」


何か言っていたみたいだが、首が無くなっては喋る事も出来ないだろう。



「ぐぁぁ!!」


「ぎゃぁぁ!!」


横を見ると健と凛、プリネラも動けなくなった兵士達の首を飛ばしている。



「俺がやるから二人は…」

「ダメだ。」


「??」


「真琴様が殺すなら私達も殺します。」


「真琴様一人に背負わせるわけにはいかねぇだろ。俺達だって背負うぜ。」


「だねー!兄様と姉様の言う通り!」


「……」


「それよりその魔法えげつないな。死神か何かか?」


振り返ると俺の背中に取り付く様に黒いボロボロのマントを着た骸骨が真っ赤な大鎌を持っている。

こんな魔法を使った覚えはない…いや、使ったのか…



記憶が曖昧だが…闇魔法でも禁術とされる第九位の闇魔法。死神の誘い。

この魔法で殺されると魂までをも死神に喰われると言われている。この死神の鎌によって付けられた傷はどんな魔法やアイテムを用いても治すことが出来ないという特殊な効果のせいだろう。



「やめ、やめてくれぇ!」


「俺達を捕まえようと追いかけ回して自分達は安全だとでも思っていたのか?残念だが諦めて死を受け入れろよ。

その前に一つだけ聞く。誰がこんな事を指示した?」


「言えない!」


「なら死ね。」


「ぎゃぁぁ!!」


「お前は知ってるか?」


「ギョビョルだ!ギョビョルという貴族が大元だ!」


「そうか。よく喋った。」


「た、頼むよ!喋ったんだから殺さないでくれ!」


「何を言っているんだ?誰がいつ喋ったら殺さないなんて言った?」


「こ、このクズやろ……」


俺達の手によって殺されていく兵士達。

一人、また一人と殺される度に兵士達の悲痛の叫びは無くなっていく。



「……」


「お兄ちゃんの魔力凄いねぇ…私達が適わないわけだよ。」


「無理矢理呼び出して済まなかったな。」


「全然大丈夫!私は満足だから!」


「話をしたいんだが、出来れば皆に姿を見せてもらえるか?」


「あー。そっか。私見えない様にしてたっけ。はい!これで大丈夫!」


「ウンディーネって子供の姿だったのか?!」


「馬鹿ですか?精霊にとっての姿形なんてあって無いようなものです。」


「そうそう。私はこの姿が気に入ってるだけ!」


「それより…ソーリャ。大丈夫か?」


ソーリャはポカーンとした顔で俺を見上げている。

まぁそれくらい衝撃的な光景ではあったとは思うが。



「えーっと…まずソーリャって巫女見習いだったんだな。」


「……うん。私のお母さんが巫女様だから。」


「え?!そうだったの?!」


「うん。」


「知らなかった…」


「あんまり人に言っちゃダメだって言われてるから…」


「まぁ確かに問題の種になりかねないからな。俺達以外には言わないようにな?」


「うん。」


「ウンディーネ。さっき言ってた妖狐人種ってのはなんだ?」


「稀に生まれてくる人達だよ。私達みたいな存在になれる可能性を秘めた人達。

その中でも妖狐種はかなり有望だね。魔力の成長と共に尾の数が増え続け、最大で九本になるんだよ。九本になると、九尾と呼ばれる聖獣として私達の仲間に入れる資格を持てるんだよ。」


「じゃあ巫女ってのもあながち間違いじゃないんだな。」


「まぁお兄ちゃん程の強さは得られないだろうけど…」


「ソーリャはその事を知ってたのか?」


「知らなかった。私は自分の事狐人種だと思ってたし…」


「まぁ尾が増えるまでは普通の狐人種と変わらないし仕方ないかもねー。」


「助かったよ。ありがとなウンディーネ。」


「ううん!また呼んでね!」


ウンディーネが手を振るとすぅっと消えていく。



「さぁて。これで俺達は完全に悪者だな。こっから先は大変だぞ!」


「すまない…」


「遅かれ早かれこうなってたろ。別に気にすることは無いさ。そもそもグラン様のやる事に異を唱える奴はここにはいねぇよ。」


「……ありがと。これからも頼むよ。」


「任せとけ!」

「「お任せ下さい!」」


「それより…ソーリャが凄い目でグラン様を見てるけどどうしたんだ?」


「キラキラした目で見ていますね。」


「ど、どうしたんだ?」


「ウンディーネ様って水の精霊様だよね?!精霊様を使役してるの?!」


「え?あぁ。そうなるな。」


「やっぱり!」


この国では精霊は神格化されて扱われている。そしてその精霊を崇めているのは、他の誰でもなくこのソーリャとその母親。

そんな子の前で精霊を使役したどうなるか…彼女にとっては神である精霊を使役するのだから神より凄い人になる。こんな目で見られている理由はそこにあるという事だ。



「凄い…グラン様凄い!」


「あー。いやー。」


怒りに身を任せて精霊なんて呼び出したから…



「そうですよー。グラン様は凄い方ですよー。」


「こら凛。変なことを吹き込むな。」


余計にキラキラした目で見てくるソーリャをなんとか落ち着かせて街に戻る。命の危険に晒されたというのにソーリャはその事を気にしていないと言わんばかりに俺に精霊のことを聞き続けた。



ソーリャは歳の割に頭が良い。俺達の話に着いてこられるし、他人に対する自分の立場をよくよく理解している。

俺達に対してもそうだが、友達として接してくれていた事で気兼ねしない場面も多かった。



しかしこうなってしまうとそれもどこかへ行ってしまうのでは無いかと心配していたが、それを汲み取ってくれたのだろう。嬉しい反面この歳でその様な事が出来てしまうソーリャの生活を心配してしまう。



母親の後を継いで巫女になる為の生活だろう。街に出る事を許してもらえているだけで奇跡に近い。

母親が友達も出来ないソーリャを心配して外に出る事を許したらしいが、こんな事に巻き込まれた事を知ったら二度と外には出してもらえないだろう。



「あの…お母さんには…」


「言わないよ。ただ、これからはもっとよく気をつけてな。」


「うん!」


ソーリャは明るく返事をして走っていく。



「プリネラ。俺達がこの街を出るまでの間、ソーリャの事守ってやって欲しい。」


「任せて下さい!」


プリネラがソーリャの後を追う。



「必要な物を揃えて早めにこの街を出よう。」


「……はい。」


「すまない…」


「グラン様のせいではありませんよ。」


小さくなったソーリャの背中を見て心の中で謝る。せっかく友達が出来たのにその友達が俺だったばかりに…



いや。考えるのはやめておこう。今はまずギョビョルとかいう貴族のクズに挨拶に行かなきゃならない。



遠ざかるソーリャの背中を見つめていると視界が暗転する。



「やぁ俺!」


「過去の俺か。久しぶりだな。」


「ここまで来たなら薄々感じてると思うけどさ。この黒い箱。これ以上開け続けると精神が暴走する可能性がある。」


「記憶の中で死神の誘いを使った時の様にか?」


「その通り。ハッキリって俺の魔力はもっともっと強くなる。魔力を取り返していけばその分暴走した時は怖い。」


「どれくらいヤバい?」


「そうだな。最後まで魔力を集め、そこで暴走したら世界の半分は更地になる。」


「…ヤバいな。」


「そう。だからもう一度ここで選んでくれ。受け取るか受け取らないかを。」


「………受け取るよ。」


「いいのか?」


「お前も俺なら分かるだろ。」


「…そうだな。」


「ここまで来たんだ。最後まで俺の気持ちは変わらないさ。」


「分かったよ。」


過去の俺の手の上にあった黒い箱が開く。



ゾワゾワと体中の毛が逆立つ程の悪寒が走る。








「ぐぁぁ!!」


「真琴様!!」


「いっ……ぐっ…」


「真琴様!」


凛が俺の頭を抱える様に胸に抱く。凛の温もりが顔に伝わり、少しずつ体中の悪寒が去っていく。

そしてそのまま俺は気絶してしまった。






「……ここは…」


「真琴様!」


声を出すと同時に目の前いっぱいに広がる凛の顔。垂れてきている髪がくすぐったい。



「良かった……良かった…………」


凛の膝枕で寝ていたらしい。ポタポタと頬に落ちてくる凛の涙が温かい。



「気絶してたか…」


「数分ですけど……突然倒れたので…」


「すまない。ありがとう。もう大丈夫だ。」


起き上がろうとすると顔を両手で抑え込まれ、体を起こす事が出来ずまた凛の膝の上に頭が着地する。



「まだダメです!気絶していたのですよ?!しばらくこのままで居てください!」


「それには賛成だ。リーシャなんて焦って医者を呼びに飛び出していくところだったんだぞ。」


「す、すまん…」


安堵して泣いているリーシャを見て謝る。



「ソーリャも…驚いたよな。いきなりすまなかった。」


「いえ。無事でなりよりですえ。」


「こんな状態で悪いんだが、早めに次の行動を決めておきたいんだが…」


「では私も床に座りますえ。」


テーブルと椅子があるのに俺の周りに全員が座るというよく分からない光景になってしまった。



「お、落ち着かないな…」


「ダメです!まだこのままです!」


「わ、分かったよ…一応思い出した。ソーリャは妖狐人種で魔力の量に比例して尾が増える。って事だな。ウンディーネ。」


「うん!お兄ちゃん記憶無くなってたんだね?」


「悪かったな…その記憶を集める為にずっと旅をしてるんだよ。」


「そうだったんだ!ドライアドの方が好きだからじゃなかったんだね!よかったー!」


「それで、聖属性の魔法…だったな。

なんか俺使える様になったみたいなんだが…」


「真琴様は特殊な魔法全て使えますよ。というか使えましたよ。」


「え?!マジ?!」


「はい。結局は特殊と言われている魔法も魔法だからと仰っていましたね。私は使えませんが…」


「いやいや…チート過ぎるだろ…」


「まぁお兄ちゃん最強だからね!」


「最凶じゃない事を祈るわー…」


「そんで?確かギビドって精霊の話だったろ?」


「え?!」


「な、なんだよ?」


「覚えていられたのですか?!その脳の中にその様な余地が未だあったなんて?!」


「心底驚くな?!傷付いてるんだぞこれでも?!」


「いつものは良いから話進めるぞ。」


「なんで皆して俺に冷たいの?!俺何かした?!」


「黙って下さい。」


「ぐすっ……」


「確か中級の精霊とか言ってたな?」


「うん。元々はウォーターフィッシュっていう精霊だったんだけど、何かされて怒ったみたいだね。それでギビドになっちゃったみたい。」


「ウォーターフィッシュ?」


「イルカ程度の大きさの水で出来た魚を思い浮かべて頂ければそれがウォーターフィッシュです。あくまでも伝承の上では…ですが。」


「想像よりデカイな…」


「普段なら会話も出来るんだけど…ギビドになって精神が荒れ果ててるから会話出来ないみたい。」


「ギビドを浄化って可能なのか?」


「聖属性の魔法ならギビドになってる精神の汚れみたいな物を落とせるから可能だよ!でも使うにしても近付かないと。」


「水で出来てる魚って…海の中にいて分かるのか?」


「普通見付けるのは至難の業だよ。でも私がいれば直ぐ見つかるよ!」


「流石水の上級精霊だな。」


「えっへっへー!」


「大体状況は把握した。それで?その精霊に俺達を任せるって言うのはどう言う事なんだ?」


「簡単に言えば生贄ですえ。」


「そう言うことか…それで気を鎮めて貰おうとしてるわけか。」


「私達精霊に生贄なんて捧げられてもどうする事も出来ないのにねー。」


「サラッと根幹を覆す話をするのな。」


「精霊も、そこにいる吸血鬼も力が強いからって神格化されて生贄を差し出される事がよくあるんだよ。」


「確かにあった。でもどうする事も出来ない。困る。」


「その精霊に生贄として捧げられた俺達がギビドを浄化してしまえば俺達の事をテューギが保護できる。って流れだな。」


「はい。」


「分かった。じゃあそれは俺達でなんとかするよ。ただ…」


「??」


「あのガイストル王がこのまま引き下がってくれるかは…」


「腸煮えくり返ってたからなぁ。今にも暴れだしかねない形相だったぜ?」


「テューギに攻め入ってくる事は無いとは思いますが…」


「俺達があの海域に向かう事は知ってるんだ。何かしてくると考えて動いた方が良さそうだな。」


「そこまでしてマコト様を…?」


「多分だけどな。こんなモテ方嫌なんだがな。」


「お兄ちゃんの魔力なら仕方ないと思うけどねぇ。」


「……」


「どうされました?」


「いや…」


記憶の中で言われた世界の半分すら更地にする力。それが暴走したら凛達は……



体を起こし凛達の顔を見る。完全に俺の事を信じてくれている顔だ。



「……俺が暴走したら皆…止めてくれ…」


「どう言うことなんだ?」


「今回俺が気絶したのは記憶の中に眠る憎悪や憤怒みたいな感情が原因なんだ。

強い感情だから、それが一気に流れ込んでくると意識を保ってられないんだ。それ程の感情を受け取るって事はこれから先何かあったらその感情が表に出てきて暴走するかもしれない。

そして皆を傷付けるかもしれない。」


「そんな事は百も承知で着いてきてるんだが?」


「だとしても…皆を傷付けたら…俺が耐えられない。」


「分かりました。任せて下さい。」


「だな。」


当たり前だと言う様に皆頷く。それを期待して話した部分が大きい、でも頷いてくれるとやっぱり嬉しいもんだ。



「なら俺は安心して先に進めるよ。ありがとな。」


「今更だろ。それに真琴様に着いていく奴は逆に真琴様にそれ以上の物を貰ってんだ。」


「はは。そんなつもりは無いけど…重ねて言うよ。ありがと。」


俺の隣にいてくれる皆が俺のストッパーになってくれる。ならば何も迷うことなど無い。



「よし。準備を始めるか。」


「つっても海の中なんてどうしたらいいんだ?潜れて数分だぜ?」


「ウンディーネ。なんとか出来るか?」


「もっちろん!私を誰だと思ってるの?」


「心強いな。ギビドに関しては俺の力が必要だからそっちに行くとして…ソーリャ。ガイストル王が手を出してくるとしたらどう来ると思う?」


「そうですね……赤牙隊(せきがたい)を動かすかと思いますえ。」


「赤牙隊?」


「赤い鎧を着たガイストル王直轄の特殊部隊ですえ。王の命令とあらばどんな汚い事も必ず成し遂げる洗練された兵士達ですえ。」


「赤牙隊。」


「昔会った事がありましたね。」


「私がお兄ちゃんに初めて会った時の奴らだ!」


「はい。私を助けて頂いた時に相対した兵士達ですえ。あの時に半数がマコト様に殺された事で更なる修練を行い強化されておりますえ。」


「となると…健とプリネラ、弓は水の中じゃ使えないからリーシャ。それとシャル。頼めるか?」


「任せて。マコトの敵は私の敵。」


「よし。じゃあ凛と俺とウンディーネでギビドの方はなんとかするから赤牙隊の方はよろしく頼む。」


「任せとけ!」


「ソーリャ。事が終わって戻って来たらその後の事は頼んでいいか?」


「もちろんですえ。」


「よし。それじゃあ早速出発しますか!」


兎人種のうちの数人が監視という名目で着いてくる事になっているが、戦闘が始まった場合即時離脱して安全な場所へ避難するように伝えてある。



精霊への生贄として海に向かい、死んでしまったら意味が無い為、赤牙隊が襲ってくるのであれば行きがけ、二二ーヒスに辿り着くまでの道程のどこかだろう。



赤牙隊だということを今回は隠す必要がある為あの派手な鎧は着てこないはずだ。二二ーヒスまでの道程の中で野盗が出没する話を聞いていない以上野盗に化ける事は無い。



ガイストルとの繋がりを極力減らす必要があるし、考えられるとすれば二二ーヒスのゴロツキか海賊に化けるはず。ならば戦闘は二二ーヒス近郊のどこかということになる。



予想は的中し翌日昼過ぎの事、そろそろ二二ーヒスが見えてくる頃だというタイミングでゴロツキや海賊にしては体付きが良すぎる男性獣人種がゾロゾロと集まってくる。



「後は頼んだぞ。」


「おぅ!」


俺と凛はその場を離脱して二二ーヒスを目指す。



「おっと!お前達の相手は俺達だ。連れないことするんじゃねぇよ。」


「ちっ!さっさと片付けて奴を追うぞ!!」


後ろから聞こえてくる声が戦闘開始の合図だ。俺達もさっさとギビドを何とかしなければ健達に笑われてしまう。



二二ーヒスの門をさっさと通過して港へと向かう。









「えーっと…大体五十人くらいか?」


「魔力も無いのにそんな最前線にいて良いの?」


「シャルはまだ兄様の戦闘を見たこと無かったっけ?」


「マコトの魔法を少し見ただけだから。」


「じゃあ仕方ないね。」


「どう言うこと?」


「兄様は魔法は使えないけど魔法よりも強い剣術を使うから。」


「気になる。」


「直ぐに分かるよ。」


「一ノ型。波紋!」


ケンがカタナとかいう変わった剣を振ると魔法では無い変わった力がカタナから飛び出して地面に一直線の傷を付ける。



「別に俺達は殺したくてここにいる訳じゃない。だが、向かってくるならそれは真琴様の敵という事だ。その線を越えた奴から容赦なく殺す。」


「ケン。優しすぎる。」


「あまり真琴様の名前で命を奪いたくないだけだ。」


「……なら理解出来る。」


私なんかよりずっと長くマコトと一緒にいたからこその発言に少し嫉妬する。でもこれからは私も一緒。



「はっ!この人数相手に魔力も無い奴が吠えおる!」


「くっくっくっ!」


敵は完全にケンを舐めてる。近くにいるだけでもピリピリとした殺気と強者が放つオーラを感じ取れないのかな?流石マコトの片腕。リンもそうだけど。



「さっさと殺して奴を追うぞ!」


なんの躊躇もなく線を越えてくる。あまりにもケンに対して無防備過ぎる。さっきの一撃が意味するところをまるで理解していない。



魔法が使えないのに斬撃が飛んできた。しかも地面を抉る程の斬撃。私達の強化魔法の影響かなにかと勘違いしているのだろうか?それにしてもそこに線を付けられたのであれば、最低でもそこまではケンの射程範囲内という事。



構えも何も無しでその領域に足を踏み入れるなんて何も考えていないとしか考えられない。



「波紋。」


当然の如くケンは同じ斬撃をもう一度放つ。構えも取っていない兵士達にその斬撃を防ぐ術は皆無。魔法防御を強く張ったみたいだけどケンの斬撃は根本的に魔法とは全く異なるもの。

魔法防御では防げない。



私の見た限りどちらかと言えば物理攻撃に近い性質を持っている。つまり張るべきは魔法防御では無く物理防御。



とはいえ物理防御でも上質なものでなければ全てを防ぐ事は出来ない。つまり防御出来なかった分は剣や魔法で対処する必要がある。



どちらも出来なかった彼らには当然の結果が追い付いてくる。



ブシュッ


「……あ?血?」


先頭にいた数人の胴が真っ二つに切れ、その血が後ろにいた者の顔にベッタリと飛び付く。



バラバラになった体がボトボトと地面に落ちる。



他の全員が即座に危険を感じて距離を取ったのは流石と言うべきか、遅すぎると言うべきか。



キュン


小さく硬い物が空気を割く音が聞こえると、血で顔を濡らした男の額に赤い矢が刺さる。



私の後ろの更に後ろ。魔法でも狙う事が難しい距離からリーシャによって放たれた矢は寸分違わず全て額を撃ち抜き顔面を火達磨にする。



「ストーンシールド!」


「くそっ!なんであんな距離から!?」


「狼狽えるな!陣形を取って確実に攻めろ!」


やっと自分達の立場が分かった様だ。これは狩りでは無く戦闘だということを。



「ぐぁっ?!」


「くそっ!なんだ?!」


敵陣の後ろから声が聞こえてくる。プリネラの仕業。よく分からない動きでスイスイと人並みを横切るとその線上の者が倒れていく。



「伏兵だ!盾を前に!!」


大きな盾を持った奴が前に出てきて守りの陣形を取る。ハスラーと魔法剣士がシールド類の魔法を展開している。



私の出番。



「それじゃ防げない。」


指先から出た雷が集団の中央を走る。



サンダーペネトレイト。第五位の雷魔法。魔法防御やシールド類の魔法を貫通する魔法。相手の魔法の強度にも影響するけど止められたことはほとんど無い。



「がぁぁあぁぁあ?!」


ビクビクと痙攣しながら煙を少し放ち倒れる。



キュン

ドーン!



その隙間を縫うように後から飛んできた矢が陣形の中心に落ちる。その瞬間に大きな爆音を轟かせ、陣形を内側から吹き飛ばす。



リーシャの攻撃は容赦無い。あんな恐ろしい矢初めて見た。



「ぐっ……」


「うぅ……」


全身に爆風を浴びた奴らは地面に寝転んで苦しそうに唸っている。



それでも半数は立っている。精鋭部隊というのは本当らしい。



「やはり化け物の仲間は化け物か。」


「あ?」


「話は聞いている。あのマコトとか呼ばれている奴の事だよ。」


「……」


「あんな化け物がこの世に存在しているなんてな。」


マコトが私に言った言葉。俺とお前は鏡写し。私とマコトは本質的には一緒。私も言われて直ぐに理解出来た。



私のこの力もマコトの力も、他人からしてみれば畏怖の対象という物に変わりはない。



ならば、この男の言っている化け物というのは即ち私の事。少し前なら落ち込んでしまっていただろう。



また死にたいと願っていただろう。



でも今は思わなかった。それよりも命まで掛けて私を変えようとしてくれたマコトの事を化け物呼ばわりされた事に私は酷く腹を立てている。



ずっと長く忘れていた感情。



バチッ


私の体の周りに電気が走る。



「今。マコトの事を言ったんだよね?」


「だったらなんだ。」


「おいで。サンダーバード。」


私から放出された電気がバチバチと音を立てながら固まっていき、私と同じくらいの大きさの鳥の姿へと変わる。第七位の雷魔法。



私の腕に止まった電気の鳥は睨み付けるように目前でたじろぐ男達へと顔を向ける。



「この子はサンダーバード。先に言っとく。凄く痛いよ。」


バチバチッ


サンダーバードが翼を広げると一層大きな音を響かせる。



人にとっては危険を感じる音。でも許さない。



サンダーバードが私の腕から飛び立つと一直線に集団の元へ飛んでいく。



「魔法防御急げ!!」


「無駄。」


サンダーバードは私の作った魔法。それ程威力の無い魔法なのに第七位である理由は、サンダーバードよりも強い魔力によってしかこの魔法を打ち消せず、魔力を消費しきるまでは永遠に攻撃し続ける。



「ぐぁあああ!!!」


「ぎぃぃぁああ!!」


白目になって倒れていく兵士達。それでもサンダーバードは翼を広げて何度も襲い掛かる。命を奪うまでサンダーバードの攻撃が止むことは無い。



「うおぉぉぉおおお!!」


集団の隊長らしき覆面男が大剣を振り下ろすとサンダーバードを真っ二つにする。



魔法剣。しかも上質な物。サンダーバードはバチバチと音を響かせながら空に拡散していく。



隊長らしき男とその周りにいた三人は無事だったらしい。



既にそれ以外は死んだか少なくとも動けなくなった。あれだけいたのに気が付けば四人。立っている男達の顔には焦りしかない。



自分たちが狩る側だと思っていたみたいだけど、突如として逆に狩られる側に回ってしまった。それでも逃げずに立ち向かおうとしている。

見る人が見れば勇敢に見えるのかもしれないけど、私には愚か。としか言えない。



「悪いがそろそろ終わりにさせてもらうぞ。」


「まだだ!」


男が叫び、木でできた笛を吹くとガイストル方面から騎乗した赤い鎧の兵士達がゾロゾロと集まってくる。



ガイストル王からの手の者とバレない様に鎧を着ていないはずなのに、外聞も何も無くなってしまったらしい。



人数は40人近くまで増え、その半数は馬に乗っている。装備もさっきとは大違い。魔法の武具で固められている。



「さぁ。次は俺達の番だな。」


「はぁ…まだ分からないのか。」


「なに?!」


「俺達とお前達にはそれでは埋まらない程の決定的な実力差があるんだよ。」


「言わせておけば!行け!奴らを残らずバラバラにしろ!」


魔法武具によって強化された事で多少はしぶとくなったはず。マコトの後を追わせないという目的は達成した。後はこの人達をここに釘付けにするか全て処理するか。今の状況から見て後者が濃厚。



マコト。こっちは任せて。








その頃、港に着いた俺達は直ぐにウンディーネを呼び出す。



「お兄ちゃん!」


「ウンディーネ。すまないが頼む。」


「まっかせてー!!はーい!」


ウンディーネが両手を広げると俺達の周りを、拳大の水玉がふわふわと浮くように現れる。



「綺麗。」


「これは一時的に水の中でも地上と同じ様に行動させるための魔法!効果時間は十分だけど、水の中って事は変わらないから忘れないでね!」


「助かるよ。ギビドは?」


「いるよー。まだ遠いけどね!えーっと……よいしょー!!」


ウンディーネが両手を海の方へと向けると水で出来たクジラの様な大きな生物が姿を見せる。



「これに乗っていけば直ぐだよ!」


「これ魔法なのか?」


「魔法とはちょっと違うけど…上位精霊の特技とでも言うのかな!」


「へぇ。乗れる…のか?」


「うん!ほら行こ!」


ウンディーネが俺の手を取ってその背に乗る。水の上に立つというなんとも不思議な感覚だ。



「しゅっぱーつ!!」


ウンディーネの合図とともにゆっくりと動き出す。そのまま海の中へと徐々に入っていく。



ウンディーネに海の中でも行動出来るとは言われていたが、やはりどうしても息を止めてしまう。



「お兄ちゃん!大丈夫だから息してみて!」


恐る恐る息を吸い込む。



「……すぅ……おぉ!!こりゃ凄い!」


「息が出来ますね!」


「それに水の中なのに水の抵抗を感じないな。」


腕を振ってみても水の中という事が信じられない動きが出来る。



「えっへっへー!凄いでしょ?!」


「あぁ!」


「真琴様!見て下さい!」


凛が下を覗き込んでいる。隣へ行って下を覗き込むと色鮮やかな魚達、サンゴ礁の様な物、光るクラゲや海底から顔を出しているフラフラした細長い生き物等様々な生き物が見える。



外からの光が差し込んで海底が幻想的に光を反射している。まるで不思議な世界の空を飛んでいるような感覚だ。



「綺麗…」


「この辺りの海は元々色んな種類の生き物が沢山いるからね!もっと深い所も綺麗だよ!」


ウンディーネが指を指した先には、海底がブツリと切れている場所がある。

まるで崖の様なその場所へと向かっていくと、一気に海底が深くなり、下の方は光が届かない世界になっている。



ゆっくりと下降していく中、後ろを振り返ると水の中だと言うのに崖から水が下へと泡を巻き込んで降りて行く所が見える。

海の中にある滝。そう言われたら納得してしまう光景だ。



あまりにも美しい光景に無言でその滝を見詰めていると、目の前を小さな光がスッと横切る。



「なんだ?」


目を凝らして見るとそれは小指の先程の小さなクラゲの様な生き物。それが全身をほんのりと青く光らせている。



「それはこっちでは海の妖精って呼ばれてる生き物だよ。つついてみて!」


「つつく?……」


凛がチョンと指先でフワフワと漂っている海の妖精をつつくと青かった光が黄色に変わる。



「色が変わった!?」


「不思議でしょ?つつくとどんどんと色が変わっていくんだよ!ほら見て!」


後ろを向いていた俺達はウンディーネに促されるままに正面を見ると真っ暗な海の中に海の妖精が無数に漂っている。カラフルな電飾の様に海の中に広がる光が互いに触れ合う事でコロコロと色を変える。



「す、凄いな…」


「どう?私の住む世界だよ!」


ウンディーネが両手を広げるとその周りにいた海の妖精が色を変えながら流れに沿ってフワフワと飛んでいく。



「これは…控えめに言っても最高の景色だな!」


「えっへっへー!」


ウンディーネが楽しそうに笑い、海の妖精とダンスを踊る様にクルクルと回る。



「皆にも見せたかったな。」


「私がいればいつでも来られるよ!でも、その前にあの子ををなんとかしないとね!」


ウンディーネの視線の先で海の妖精が一気に色を変えながら飛んでいく。

その奥から猛烈な勢いでこちらに向かってきているのはウォーターフィッシュ。水の中なのにそこにいると分かる。



微かに見える輪郭が海の妖精を弾く。



「来るよ!!」


ウンディーネが先頭に立って両手を前に出す。



ボゴッ!


凄いスピードで向かってきたウォーターフィッシュの頭がウンディーネの両手へと当たると付近の水を振動させる程の音を放つ。



「ウンディーネ!」


「大丈夫大丈夫!私はこれでも上級精霊だよ!」


まるで意に介さないとでも言いたげに笑って見せるウンディーネ。



「本当なら精霊同士で戦う事も、上級精霊に中級精霊が挑む事も無いんだけどねぇ。完全に自我を失っちゃってるね。」


「上級精霊でも中級精霊相手はそこそこ辛いんじゃないのか?」


「私達精霊の階級は人のそれとは全く違うんだよ。絶対的な隔たりが階級の差にはあるの。だからどう転がっても絶対に中級精霊は上級精霊には勝てないの。」


「それがわかってるから普段は戦闘にならないのか?」


「ううん。そもそも精霊って言うのは互いにあまり干渉しないし戦闘なんて不毛な事はしないんだよ。」


「そいつは見習うべきだな。」


「人にそれを真似るのは難しいと思うけどなー。」


「残念だがその通りかもな…」


「来るよ!」


ウォーターフィッシュが体をくねらせる。

次の瞬間目で見て分かる程強い水流がこちらに向かってくる。



「きゃっ!」


水流はウンディーネが防いでくれたが、水の動きに体を引っ張られた凛が落ちそうになる。

なんとか腕を掴んで引っ張れたが、ウンディーネの言っていた水の中だと言うことを忘れない様に。という言葉を思い出す。



ここには空気よりずっと密度の高い水に支配された場所。水流があればその周辺にも影響は及ぼされる。



「リン!大丈夫?!」


「大丈夫です!」


「ウンディーネ!このまま一方的に攻撃されてたらいつまで経っても浄化出来ないぞ!?」


「うーん…あまり派手にやるとあの子を傷付けちゃうからなぁ…」


「あの。私がやってみても良いですか?」


「何か案があるのか?」


「はい。少し時間が掛かってしまいますが…」


「じゃあそれまでは俺とウンディーネで何とかするかね!」


「任せて!」


「お願いします!」


凛を後ろにしてウンディーネとウォーターフィッシュに向き合う。

ゴロロロロという唸る様な声が聞こえてくる。



そもそもは話も出来る中級精霊だと言うのに一体何があったのだろうか…考えている時間はなさそうだ。



ウォーターフィッシュの輪郭が二倍くらいに膨れ上がり、一気に縮まる。口から飛び出してきたのは鉄砲水。人くらいの物であれば簡単に貫通する威力だ。



ウンディーネが水流をコントロールしてその鉄砲水の威力を殺し、俺が水魔法でウォーターフィッシュの体勢を崩す。



そんな攻防を何度か繰り返していると、遂に凛の準備が整ったらしい。



「行きます!」


凛が声を上げる。俺とウンディーネが場所を空けると凛が魔法を行使する。



「マジックネット!!」


凛の突き出した杖から出てきたのは魔力を編み込んだ網。魔力特有の淡い光が網目状に広がっていく。



繊細な魔力操作が無ければ形にする事さえ出来ないだろうこの魔法は恐らく凛のオリジナル。というかこんな無属性の第四位魔法を扱えるのはこの世界にもそれ程いないだろう。



「すごぉい!!」


広がった網に絡め取られたウォーターフィッシュはジタバタと体を振り回すが、凛の作り出した魔力の網は強靭でビクともしない。



それでも魔法を行使せんとするウォーターフィッシュ。しかしウンディーネに連れられて近寄った俺が既に魔法を行使していた。



聖属性第六位魔法、浄化。呪い等のデメリットを及ぼす効果を完全に浄化する魔法だ。本来ソーリャの様な巫女や教会関連の高位な者にしか使えないとされる文字通り聖なる力を持った魔法だ。

と言いたい所だが実際は違う。聖属性の魔法とはその者に掛けられた呪いやデバフ等の特性を紐解き解除する力だ。



つまりシャルの様な産まれてきた時から力をその身に宿していたり、理解の及ばない精霊という存在その物に対してはただの光、くらいの物だ。



ただアンデットの様な後付の能力や精神支配等の魔法に対しては絶大な効果を発揮する。



杖の先から広がっていく輪っか状の魔法陣がウォーターフィッシュを何重にも取り巻く。

そして魔法陣から光が溢れ出し、ウォーターフィッシュを包み込む。



苦しむ様に一層暴れるが既に魔法が完成した今ウォーターフィッシュに為す術はない。



ゴロロロロと大きな鳴き声を発すると黒いモヤの様な物が水の中に溶けだし消え失せる。



ぐったりとして水中に漂うウォーターフィッシュ。



「あ、あれ?死んじゃったのか?」


「ううん。死んではいないよ。ちょっと待ってて。」


ウンディーネがウォーターフィッシュに近づいていき、その額に触れる。

すると水色の光がウンディーネの手からゆっくりとウォーターフィッシュの体内へと入っていく。その光が全体に回ると光は失われていき完全に消えるとウォーターフィッシュが正気を取り戻した。



「う……私は……」


「大丈夫?」


「……貴方はウンディーネ様?!」


「ギビドになってたんだよ。君。マコトが助けてくれなかったらずっとそのままだったんだから感謝しないとダメだよ。」


「そ、それは…ありがとうございます。」


俺と凛へ向けて頭を下げる。でかい魚に頭を下げられるという奇っ怪な画だが…



「なんでこんな事になったんだ?そもそも視認されにくい存在の中でも更に見えにくいウォーターフィッシュがギビドになるなんてよっぽどの事なんじゃないのか?」


「……私も記憶が未だ曖昧ですが…

最後に覚えているのは大きな鐘の音と強いいくつもの怨恨です…」


「大きな鐘の音と怨恨?なんだそりゃ?」


「最後の方は記憶が曖昧で…ハッキリとした事は分かりません…申し訳ない…」


「いや。責めてるわけじゃないんだ。病み上がりにすまなかったな。」


「それにしても、人種の方が聖属性の魔法を使いウンディーネ様と懇意にしているとなると…あのグラン様ですか?」


「え?!」


「精霊同士は互いに認知出来るって言ったけど、噂好きでもあるからね。」


「つまり俺の事を精霊はみーんな知ってるって事か?」


「うん!有名人だよ!」


「な、なんという事だ…」


「名前を変えたことも既に皆知ってるよ!この子はギビドだったから知らなかったみたいだけど。」


「名前を…そうでしたか。やはり。」


「なんでだ?」


「いえ。今まで数多くの召喚が行われ、多くの者がこちらの世界に来ましたが、上級精霊様であられるウンディーネ様やドライアド様を呼び出した者はほとんどいませんので。

それに加えてその上級精霊様をいとも簡単に抑え込んでしまう程のお方と聞いておりましたのでどの様な方なのかと。」


「お兄ちゃんは凄いからねぇ!」


「なるほど。ウンディーネ様が兄と呼ぶ程のお方なのですね。」


「うん!」


「な、なんだ?その呼び方に意味があるのか?」


「我々精霊というのは一部を除きそのほとんどが親兄弟という物をもっておりません。」


「親がいない?」


「聖獣の様な者は精霊へと昇華する前に親兄弟がいた者もいますが、それ以外は簡単に説明してしまうと魔力から生まれているのです。」


「魔力から?」


「こちらの世界の魔力とは少し違ってはいますが。」


「それで親兄弟がいないのか。」


「はい。そんな我々でも互いに兄弟姉妹として約束を交わす事があります。」


「精霊同士でか?」


「はい。我々精霊にとって兄弟姉妹というのは互いを完全に信頼し何かあれば命を掛けてでも助けるという契です。」


「そんな意味があったのか?!」


「うーん。まぁ私はそのつもりだったけど、お兄ちゃんは気にしなくて良いよ!だから言わなかったんだし!私が私でそんな気持ちだって確認する為のものだから!」


「マコト様。ウンディーネ様は我々中級の精霊に対しても常日頃から大変良くしてくれる方です。イタズラが過ぎる事もままありはしますが…ですのでどうぞよろしくお願いします。」


「いいよーそんなのー!私は私のやりたい様にやってるだけだし!」


「……分かった。」


「お兄ちゃん?!」


「初めて呼んだ時からウンディーネはずっと俺達を助けてくれてるしな。俺もウンディーネを妹としてこれからは接していくよ。」


「お兄ちゃん…」


「ありがとうございます。」


「そんな意味があったなんて知らなくてな…ごめんな。」


「ううん!大好きお兄ちゃん!!」


「ごぉ!腹に突撃するな。」


「えっへっへー!」


「さてと。仲間が待ってるからそろそろ戻るよ。鐘の音については少し心当たりもあるからな。海の荒れはこれで直ったんだよな?」


「うん!大丈夫!」


「それでは少しばかりのお手伝いとして陸までお送りします。」


「送る?」


「しっかり捕まってて下さいね?」


「ま、まさか…」


ウォーターフィッシュが二倍くらいに膨れ上がる。



俺と凛はそれを見て足元のクジラの背にがっちりと捕まる。



ブォッと大きな水流が背を押したと思ったらウンディーネ共々陸の方へと物凄い勢いで発射される。



「あの野郎ーー!!」


「っ!!!」


「あはははは!!楽しー!」







「はぁ……はぁ……」


「ば、化け物め…」


「化け物化け物って好き放題言いやがって。俺達からすりゃお前達の方が余程化け物なんだがな。」


既に勝負は決しているも同然。赤牙隊は仲間と合流したにも関わらず既に隊長らしき男を含め3人となっていた。



隊長以外は皆息も切れ切れで立っているだけといった感じ。逆にここまでよくもった方。



「うああぁぁ!!!」


恐怖に負けた一人が不用意に飛び出してくる。



「待て!不用意に前に出るな!!」


隊長の言葉を無視し、槍を突き出してケンに突撃する。



いかに魔法武具を持っていても、使う者にこれ程の差があればそれはただの棒切れと変わらない。



刃先を避け槍を素手で掴み取るケン。



「ぐっ!」


どれだけ力を込めてその槍を取り返そうとしてもピクリとも動かない。まるで大岩に刺さった槍を動かそうとしているみたい。



「ひ…ひぃ!!」


どうにもならず挙句には槍から手を離し背を向けて逃げ出そうとする。振り向いた瞬間に兜と鎧の隙間から刃が滑り込み首を貫く。



鎧の間からゴポゴポと音を立てて溢れだしてくる血。そのまま前に倒れる。



「む、無理だ…こんなの無理だー!」


目の前で仲間が殺されて怖気付いてしまったもう一人はその場から逃げようとする。



キュンッ!


リーシャの放った矢が逃げ出した男を追い越し、正面で向きを真逆に変えて男の顔に刺さる。



走っていた体と真逆の力を受け、顔面を真上に向ける。ドサリと膝をつき仰向けに倒れた男の息は無い。



「さて。お前一人になったな。」


「くっ…」


「悪いが容赦する気は無いぞ。お前達含め真琴様にとってどれだけの厄介事だと思っているんだ。」


「ふんっ。そんな事は知った事か。」


「だろうな。お前達は他人の事なんかどうでもいい事だもんな。

話すだけ無駄だったか。さぁ終わりにしよう。」


ケンは今までと構えを変えて相手に対して体を横に向け刀を片手で持った。



「三ノ型。流華線。」


「うぉおおおおおお!!!」


隊長が雄叫びと共に大剣を突き出した。

正直に言えば何が起きているのか私には理解不能だった。



隊長は決して弱くはない。ここまで一人耐え抜き、尚立ち向かってくるくらい。



でもケンの動きはその鋭い大剣をまるで宙に舞う一枚の花弁の様にヒラヒラと避けてしまう。



あんな動きで何故避けられるの?理解不能。



しかも相手が攻撃を繰り出す度にわざわざ部下から貰い着た全身鎧の隙間に的確に通る刃。致命傷にはならなくても全身を少しずつ少しずつ傷付けていく。



近いのは細剣、レイピアと呼ばれる武器の動きに近い。でもそれとは全く別物。



私が見ていて想像させられたのは一輪の薔薇。真っ赤な。



その美しさに手を出すが、花弁はするりと指先を通り抜け、残った棘がその手を傷付け、真っ赤な血を流す。



あまりにも美しい動きにしばし目を奪われてしまう。



その間にも確実に傷を負う隊長は遂に大剣を握る事すら出来なくなってしまい地面に突っ伏す。



化け物。そう呼ばれていた男の剣技はあまりにも美しかった。



「ぐぅ……」


「全身を切り刻まれて悲鳴を上げないことには感心するぜ。」


「……殺れ。」


「……」


最早動くとも出来ず座った隊長は兜を外し、更に覆面を取る。その下から現れたのは狼人種の顔だった。



カラン


後ろで音がしたと思いリーシャを見ると目を見開き両手を口元に当てている。



「そんな……ビャルジ…さん…?」


「私の名をどこで………」


「……ギョビョルの館で…」


「ギョビョル…ギョビョル……まさか君はあの時の?!」


「……はい…」


「は……そうだったか……それは勝てないはずだ…私の罪が相手ではな……」


「どうして…?!」


「命令…だからさ。」


「そんな事!!」


「……君をあの時引き取ると言えていれば…私はここにはいなかったのかもしれない…」


「何があったのですか?!」


「…ギョビョルの件で昇進した私はこの赤牙隊の一員になり、そして隊長になった。

それだけの事だよ…」


「私を助けてくれた貴方がなんでこんな事を?!」


「だから…任務だからだ。

一度だよ。最初の任務。それをこなしてしまったら二度と逃げる事は許されないのさ。」


赤牙隊。王直轄の部隊。汚い事も王命であれば必ず遂行する。

つまりは、その任務を遂行する事によって目に見えない首輪を付けられる。



逃げ出したりしたら死ぬまで追われる。昇進と言うにはあまりにも希望が無い話。



「金も名誉も手に入ったが…妻にも子供にも会えず……遂には一人になってしまったよ…」


「そんな……」


「君を見捨てた罰が…今戻ってきただけの事さ…」


「ビャルジさん!?」


「悪いな。つまらない話を聞かせてしまって。俺はこのままでも死ぬが、最後くらい自分の意思で決めたい。」


「…分かった。」


どの様な関係なのかは分からない…でもリーシャにとって、少なくとも彼女の心を乱す程の人物。



それでもあの出血では数分後には死に至る。

ケンは容赦はしなかったが、痛めつける趣味がある訳じゃない。死には敬意を持って接する心構えがある。



ビャルジの後ろへと周り込み、カタナを構える。



「……君を最後まで救えなかったこと……すまなかった……」


ザシュッ


最後の言葉をリーシャへ送り、ビャルジと呼ばれた狼人種の人生は幕を閉じた。



「そんな…なんで……」


プリネラがリーシャを支える様にしているけど、リーシャの精神的なダメージは大きい。



「どんな人なの?」


「一言で言えばリーシャの恩人だな。」


「そう…」


ガイストル王は予想以上の腐った人物らしい。







「いやー。意外と楽しかったな。」


「うん!!」


「私は二度と嫌です。」


「凛は絶叫系苦手だもんなー。」


「それにしても派手に暴れたなー。」


辺り一面が血の海となり死体がゴロゴロと転がっている。健達は無事そうだ。



「ん?リーシャ。どうかしたのかな?」


「落ち込んでいる様ですね。」


「マコト!!」


「シャル。リーシャはどうしたんだ?」


「それが…」


シャルから話を聞くとリーシャを子供の時にあの館から連れ出してくれた兵士達の隊長が出世して赤牙隊の隊長を務めていたらしい。



そしてその男が何故そんなことになったのか、そしてたった今健の手で命を終えた事を聞く。



「そうだったのか…」


「ごめん。私には何も言えない。」


「そんなもん俺にだって何も言えないっての。」


「これまでの人生を考えるとリーシャの事が心配。」


「……分かったよ。話してくる。」


「お願い。」


シャルに懇願されてプリネラに支えられるリーシャの元に向かう。



「マコト…様……」


「………悪いが気の利いた言葉は言ってやれないぞ。俺はそんなに偉くないからな。」


「……」


「……リーシャはどうしたい?」


「…え?」


「リーシャの周りにはいつも俺達がいるだろ。泣きたい時は泣けばいい。辛い時は辛いと言えばいい。」


「……」


「俺達に出来ることなんてたかが知れてるかもしれないけど俺達に出来ることなら惜しむ事は無いぞ。」


「ありがとう…ございます…

でも。大丈夫です。確かに酷い話だと思います。私の恩人である事も確かです。でもこの道を選んだのは彼自身ですから…」


「……そうか。」


「…はい。」


気丈に振舞うことがいつも正しい事だとは思わない。ただリーシャがそう決めたのならそれで良いのだと思う。



もし本当に辛くて歩けなくなったら皆で一緒に休めば良い。



「そのうちここにも人が来るはずだ。俺達は俺達の仕事をこなそう。」


「何か分かったのですか?」


「ウォーターフィッシュの浄化が成功して情報を聞き出すことが出来た。最後の記憶は大きな鐘の音と怨恨だってさ。」


「大きな鐘の音?」


「海の中にいるウォーターフィッシュに聞こえる鐘の音が鳴る場所はこの辺りに無い。ただあの船なら鐘の音を響かせる事は可能なはずだ。」


「ロチャロの船ですね?」


「あぁ。怨恨という言い回しはよく分かっていないが…ロチャロに話を聞きに行く必要はあるみたいだな。」


「では一度港に向かいますか?」


「あぁ。さっき街中で聞いたらちょうど港に停泊しているらしくてな。直ぐに話を聞けるはずだ。」


「では行ってみましょう。」


「あぁ。」


全員が揃った所で港へと向かう。ロチャロの船。船首に大きな鐘の着いた船は他には無く直ぐに分かった。



「お!マコト達じゃねぇか!」


「ロチャロ。久しぶりだな。」


「いやー!あの足元あったまーる君1号めちゃくちゃ助かってるよ!ありがとな!」


「そいつは良かった。それだけ喜んでくれると作ったかいがあったな。」


他の船員は街に繰り出しているのか船付近には見当たらない。



「あー。今はここで運ぶ品を揃えてるところでな。他の野郎共はここにゃいねぇぞ。」


「そうだったのか。」


「なんだ?誰かに用事でもあったのか?」


「いや。用があるのはロチャロだ。」


「俺に?何かあったのか?」


「出来れば人に聞かれたくない話なんだが。」


「そんじゃ船に乗りな。この中なら誰もいやしねぇ。」


「助かるよ。」


ロチャロと共に船の甲板に上がる。



降りる時に一度だけ見た船の上からの景色はいつもより視点が高くなって不思議と景色が変わって見える。



「それで?」


「実は海が荒れてた原因を突き止めて解決してきたんだ。」


「……は?」


「原因は精霊だったんだが…」


「ちょ、ちょっと待て待て!あっさり言ってるがそんな簡単な話じゃないだろ?!」


「ん?いや。大変だったぞ。」


「いやいや。そう言うことが言いたいんじゃなくてな…」


「そこは今関係ないからどうでもいいだろ?」


「俺はとんでもない奴らを乗せてたのかもしれねぇなぁ…」


「それで。その助けた精霊が原因について少し覚えててな。」


「海が荒れた原因か?」


「あぁ。その内容を聞いてここに来たんだ。」


「どう言うことだ?」


「その精霊が言うには、意識を失う前に覚えている最後の記憶が、鐘の音と怨恨。という話だった。」


「鐘の音…」


「そいつが居たのは海のど真ん中。もちろんそんな場所に陸からの鐘の音が響くはずはない。」


「こいつか…」


船首にぶら下がる大きな鐘を見てロチャロが呟く。



「何か心当たりがあるみたいだな。」


「まさかとは思ってたが…」


「何があったんだ?」


「……俺達の運んでいる荷物の中にごく稀に不思議な荷物が入る事があってな。」


「不思議な荷物?」


「航路の途中で海に捨てて欲しい。という荷物だ。」


「怪し過ぎるだろ。」


「もちろん俺も最初そう思ってな。中身を確認したよ。」


「中身は?」


「ただの錆びてボロボロになった金属を押し固めた物だったよ。多分元々は生活に使う金属製の物だとか鎧だとかだろうな。」


「普通なのか?溶かして使うとかやり方はあるだろ?」


「調理器具や鎧なんかは火炎耐性がついてるだろ。」


「溶けないのか?」


「溶かそうと思えば溶かせるが、付いていない物に比べるとずっと溶かしにくくて厄介な物なんだ。埋めたり海に流したりなんてのはよくある話だ。」


「なるほど…それで?」


「まぁ対外的にはあまり格好の良いものじゃないし俺達に頼んで捨てて貰おうとした。という理解で納得したさ。」


「まぁそこまで聞くと怪しくは無いな。」


「だな。だからその仕事を受けた。不定期に入ってくる物だったし本当にたまにしか来なかったが、荷が来たら航路の途中で捨てる様にしてた。

一つ二つの木箱だったからそんなに大変でもなかったし金も払いも良かったから不満は無かったさ。」


「そんな簡単な仕事なのに金がよかったのか?」


「口止め料も込みなんだよ。こんなゴミを海に捨ててる事は誰にも言うな。ってな。まぁこういう仕事ってのは大体そんなもんだ。」


「なるほど…」


それが本当なら確かにウォーターフィッシュの住処にゴミを投げ入れていた事になるわけだし嫌なのは分かるが…怨恨とは繋がらない気がする。鎧がいけなかったのか?



「実はまだ話には続きがあるんだ。」


「ん?」


「ある時いつもは一つ二つなんだが、十はある木箱が運び込まれた時があってな。俺も作業に加わったんだが、異様に軽くてな。」


「軽い?」


「いや。軽くは無かったんだが中身の事を考えると木箱の大きさに対して変に軽かったんだ。その時は中身が少なかっただけかと深く考えなかったんだが…

後で一緒に運んでいた奴に聞くといつもあの程度の重さだったらしくてな。」


「中身が違ってたって事か?」


「……分からない。木箱は海に投げ入れると沈んでいったし少なくとも重いものである事に違いは無いとは思うが…俺達が何を沈めていたのかは…

その時に作業の合図として鐘を使ってたからな…その鐘の音の事だろうな。」


「……」


「それが今回の件の発端なのか…?」


「いや。分からない。全く別の事があってたまたまこの船が近くを通った時の話なのかもしれないしな。

その木箱の事を頼んできた奴は?」


「この街に住むヲーギって奴だ。たまに仕事を回してくれる。いつも北側にある酒場にいるから行けば会えるはずだ。魚人種の男でいつも店の一番奥に座ってる。」


「分かった。」


「マコト!」


「なんだ?」


「俺は……」


「おい。ロチャロ。気にし過ぎるな。まだ何も分かって無いんだから。」


「……あぁ……」


ロチャロはやり切れないという顔をして俯いた。



掛ける言葉が見つからず背を向けるが、もし本当にロチャロの捨てた荷が全く別のものだったとしてもそれはロチャロのせいでは無いと俺は思う。



全てはその大元に原因がある。とはいえ今のロチャロにそんな正論は意味が無い。今は兎に角原因を突き止めて何を沈めていたのかを明かす事に意識を向けなければ。



俺達はロチャロの言っていた酒場へと向かった。



酷く廃れた酒場だ。あまり良い感じは受けないが別に違法な訳でもないし普通に営業している。



中に入るとそろそろ日も暮れようかというのに数人しかいない。その数人は机に張り付くように酔い潰れている。



どうやら朝から飲んでいる様な連中の集まる場所らしい。



そんな酒場の一番奥に魚人種の男がいる。背からエラを生やし、手足にもエラがある。鱗が体を覆いヌラヌラとした光沢を放っている。



顔は人のそれに近いが、身なりが汚く臭そうだ。



「お前がヲーギか。」


「んぁ?なんだぁ?おれがヲーギさまだぁがぁー。なんかようかぁ?」


テーブルに突っ伏しながら目だけをこちらに向けて呂律の回らない舌で反応する。



「ロチャロに荷を捨てさせる様に頼んだらしいな。その荷物を頼んだ奴は誰だ?」


「ひっく……あぁ?んなもんいうわけないだろう?」


「そうか。じゃあ残念だがお前の命は保証できないな。」


「あぁ?やるってぇのかぁ!?」


ヨロヨロと立ち上がりこちらを睨みつける。



「悪いが付き合ってる暇も無いし、こっちはイライラしてるんだ。時間を掛けるつもりは無い。」


「うるせぇ!」


ヲーギが拳を振り上げた瞬間に健の刀が喉元にピタリと張り付く。



「ひっ?!」


「動くなよ。ピクリとでもしたら俺の手が勝手に動いちまうからな。」


「な、なんだんだお前達は?!」


「さっきから言ってるだろ。ロチャロに荷を頼んだ奴は誰だ?それさえ聞ければお前に関わったりしない。」


「言える訳無いだろ!こっちは客商売やってんだぞ!?」


「商売をこれから出来なくなるかもしれないのにそんな事気にしてていいのか?」


刀が僅かに動き僅かに切れた喉から血が一筋滴る。



「喋ったりしたら俺が殺されちまうよ!」


「今殺されるか?それとも話して直ぐにこの街を出て逃げるか?どっちがいい?」


「か、勘弁してくれよー!」


「…はぁ……じゃあこうしよう。俺が質問する。答えなくていいから違ったら違うとだけ言ってくれ。」


コクコクと頭を縦に振る。



「そいつはガイストルの奴か?」


「……」


「国の機関の関係者か?」


「……」


「王か?」


「違う…」


「……分かった。情報感謝する。少ないがやるよ。逃げるなり隠れるなりすると良い。」


いくらか入った金の袋をテーブルに置いて酒場を出る。



「国が関係してたのか?」


「みたいだな。」


「マコト分かってたみたいだった。」


「ロチャロが言ってたろ。錆びた金属製品の塊って。その中に鎧が含まれてた。鎧ってのはある程度必要のある場所にしか無い。

この国なら冒険者ギルドか兵士達。あのディースがこんな足取りを掴める様なバカな事をするとは思えない。やるなら絶対に足取りを掴めない様にやる。」


「やらないとは言わないんだな。」


「あいつは腹の読めないタイプだ。何をしてても驚かないさ。」


「怖い怖い。」


「残るは兵士。自警団も考えたが、不定期でもバンバン鎧を捨てる程余裕がある様な連中はいないだろ。」


「残るは兵士って事か。」


「大体合ってたが、ガイストル以外の可能性もあったからな。」


「他の街の連中も関わってる可能性は?」


「無いだろうな。代表達の関係性を見た限り手を取り合って頑張ろうという意思が見られなかった。

敵対とまではいかなくても、協力関係には無いはずだ。」


「それが分かったのは良いけどよ…こっからどうすんだ?証拠も何も無いぞ?」


「……一度テューギに戻る。」


「良いの?多分テューギにガイストル王も来てるよ?それにガイストル王は関係無いって言ってた。」


「直接はな。でも何を捨てたにしろ国が関わってるなら知らないでは通らないだろ。それに多分大元はガイストル王だと思ってるしな。」


「何を捨てたのでしょうか?」


「……」


「多分…死体です…」


「リーシャ?」


「マコト様は気付いていますよね?

その木箱。多分私が昔剣で刺したあの木箱と同じ様な物だと…」


「証拠は無い。木箱を見た訳でも無い。」


「……」


「……はぁ……リーシャ。」


「…はい。」


「別にリーシャがやった事でも無ければそもそもその木箱が昔リーシャの元に来ていた物と中身が同じかどうかなんて分からないだろ?」


「ギョビョルはガイストル王に支持する事で成り上がった貴族でした…」


「悪い想像も良い想像もいくらでも出来るだろ。」


「……」


「リーシャは純粋過ぎます。」


「だな。考え過ぎだっての。」


「……そうでしょうか…」


「昔がどうとか関係ない。だってマコトは今の私達を見てくれているから。」


「シャルさん…」


「私も沢山酷いことをしてきた。でもそれを全てひっくるめてマコトは私を見てくれてる。だからリーシャの事も同じ。もっと皆を信じて。」


「流石最年長!言う事が違うなー!」


「ケンのそれは失礼。」


「げ、すまん…」


「もう少し女性に対する態度を改めるべき。」


「は、はい……」


「ふふっ…」


「…リーシャも何か言ってやって。」


「ですね!ケン様は本当に失礼です!」


「う、すまん……」


なんとか元気を取り戻してくれたらしい。まだ棘が抜けたわけでは無いかもしれないが、皆がいれば大丈夫だろう。



それより今はテューギに戻って真相を明かすべきだ。

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