第四章 獣人の国 -ガイストル- Ⅲ

テューギへと向かった俺達を待ち受けていたのは想像を越えた状況だった。



テューギの門前にいたのは兎人種の女性ではなく赤い鎧を着た兵士。そしてその横には打ち捨てられた兎人種の死体。



「あいつら…」


「……赤牙隊の連中が鎧を着て出てきたってことは気にする必要が無かったからなのか…」


「ソーリャは大丈夫か…?」


「巫女を殺したりしたら国中が敵になる。傷も付けないはず。」


「兎人種の人達はその範疇じゃねぇってのかよ…」


「完全に私達を殺す気ですね。」


「マコトの力が欲しいの?」


「だろうな。」


「どんな事をしてもマコトの力は手に入らないのに。」


「なんでも力ずくで奪ってきた連中には理解できないんだよ。」


「…哀れ。」


「激しく同意するが…今はなんとかしなきゃな。他の街の代表とやらはどうなってんだ?こんな横暴見過ごすわけないだろ?」


「……来ていないのか、もしくは既に捕まったか殺されたか…」


「やりたい放題ですね…」


「力が手に入ればどうとでもなるとか思ってんだろ。」


「どうしますか?」


「お兄ちゃん。私がなんとかする?」


「…いや。ウンディーネは暫く戻っててくれないか?」


「良いの?」


「ガイストル王と…生きていれば代表二人は俺が精霊を呼び出せる事を知らないはずだ。代表二人をこっちに引き込む為の交渉の手札にしたい。

ウンディーネが暴れたりしたらギビドって事にされる可能性があるからな。」


「…分かった。じゃあ1回戻るね!」


ウンディーネは一度戻った。



「交渉の手札は良いが…今回は捕まるわけにはいかなそうだぞ?」


「だな。捕まり次第殺されるだろうな。」


「私に任せて。」


「シャル?」


「少し大人しくさせるだけなら簡単だから。」


シャルはそう言うとスタスタと兵士の方へと歩いていく。



「だ、大丈夫なのか?」


「シャルは出来ない事を出来るとは言わないが…どうするんだろ。」


物陰から様子を見ているとシャルがこちらを振り返り手招きする。



「え?なんかやったのか?」


「わからない。行ってみよう。」


シャルの元に慎重に向かう。



「だ、大丈夫みたいだな…」


「シャル。どうなってんだ?兵士達ぼーっとしてるが…」


「簡単な精神干渉。魔力を流し込んだ。」


「精神干渉?」


「相手の魔力の中に私の魔力を流し込んで精神に干渉した。」


「そんなことが出来るのか?」


「数分しかもたないし皆みたいに魔力操作が上手な人やそもそも魔力が多い人にはやっても意味が無い。使い勝手が良い様で良くない。」


「使い所が難しいのか…」


「え。魔力の無い俺って無防備じゃね?」


「ケンには無理。あの変な力で弾かれる。」


「変な力て…」


「それより数分しかもたないんだろ?行くぞ。」


人の精神に干渉するとはなかなか勉強になる。亀の甲より年の………やめておこう。



神殿内にそのままイン!という訳にはいかない。俺達は外壁から屋根裏へと向かう。



神殿の天井は大きな柱がいくつも走っていてその上から下の様子を伺う。この辺はプリネラがよく知っていて言う通りについて行ったら難なくクリア出来た。



階段上の高い場所にはガイストル王が座り、その周りに兵士達。広間には兎人種の女性達が縄で縛り上げられて座っている。



兎人種の一番先頭に座っているのはソーリャ。そして代表二人。ホーサンクとグァンクスも縛られて座っている。



「真琴様?なにを?」


「降りる前にちょっと闇人形をな…よし。」


俺は小さな俺を作って下に下ろす。



「お前達もバカだな。わざわざここに来なければこんな事にならずに済んだものを。

いや、街のバランスを取らねばならぬ代表が来ぬわけにはいかんか。」


「ガイストル!貴様何をしているのか分かっているのか?!」


「分かっておるわ。それより自分の身を案じたらどうだ?」


「貴様……」


「巫女様…我々に戦えと命じてくだされば…」


「ならぬえ。」


「何故ですか?!」


「無駄に命を散らす必要は無い。という事だよ。」


俺達は兵士達の隙を見てソーリャの真横に飛び降りる。それと同時に展開した防御魔法がソーリャ達全員を覆う様に半球状に展開される。



「マコト様!」


「来たか。」


階段の上にいたガイストル王がゆっくりと腰を上げこちらを見下ろす。



「何やってんだよ。」


「お前達が言う事を聞かないから仕方無くだ。それより赤牙隊の奴らをよくも潰してくれたな。」


「仕掛けてきたのはそっちだろ。」


「……ふん。まぁ良い。それより賭けは俺の勝ちだった様だなホーサンク。グァンクス。」


「くっ…」


「賭け?」


「お前達が精霊の所に行くか行かないかだ。俺は行かない方に賭けたのだよ。見事私の勝ちだった様だ。お前が生きている事が何よりの証だ。」


「……」


「そのまま逃げればよかったものを。律儀に戻ってくるからこんな事になるのだ。」


「そんな事を言いながら来る事が分かってたみたいだな。」


「お前は肝が座ってはいても甘い男だ。それくらい読める。」


「否定はしないよ。」


「それで?この状況で何をしてくれるんだ?取り囲まれていることに変わりはない。

それにお前達を取り囲んでいる赤牙隊をさっきの連中と同じに思うなよ。あんな雑魚とは違いずっと俺に従ってきた最精鋭達だ。」


「雑魚ねぇ…」


「この数の兵士に囲まれて出来る事などあるまい。」


「貴様!それでも一国の王か!!」


「何を言うホーサンク。一国の王であるからこそよ。」


「なんだと?!」


「この国はあまりに不安定過ぎるのよ。やはり一つにまとまらねばならぬ。なればこそ俺がこの国を一つに束ねてやる為に必要な事なのだよ。貴様も代表の一人なら分かっておるだろう。」


「黙れクズが!!」


「ちっ。これだから頭の固い奴は嫌いなんだ。まぁ良いわ。俺の目的はただ一つ。それのみだ。」


兵士達が構えを取りこちらに刃や杖を向ける。



「抵抗するなよ。俺を殺せばそこの巫女が死ぬ事になるぞ。」


「どう言うことだ?」


「この前は世話になったなぁ。」


「お前は…」


左腕に大きな刺青の様な模様の入った茶髪の人種。確かシャーハンドでの一件の時に左腕を健が切り落としたはずの相手。ネフリテスの一員だったはず。



「左腕は元気そうだな。」


「おかげで貴重な回復薬を使わされたぜ。いきなり人の腕を切り落としやがって。」


「それにしても一段と寿命を削ったらしいな。」


男の左腕はほとんど全て模様が侵食し、首元まで伸びてきている。魔力量は段違いに上がっているだろう。



「この魔法の事を知ってるのか。やっぱりお前は早めに殺しておくべきだな。」


「血の気の多い奴だな。それよりお前がいるってことは…」


「悪いがそこの狐女とこの王には禁術を掛けさせてもらったぜ。」


「握命か。」


「それも知ってんのか。」


「あくめい…?ですか?」


「2人に掛ける魔法で、どちらか一人か死ぬと、もう一人も死ぬという魔法だ。もちろん禁術だ。」


第七位闇魔法。



「なんて事を!?」


「さて。どうするかね。私と巫女は既に一心同体。」


「マコト様。私を殺…」

「嫌だね。」


「マコト様…」


「俺はソーリャを殺す気なんて無い。そんな事をしても解決にはならないからな。」


「ですがこのままでは…」


「そうだな…簡単な解決策を一つ教えてやろうか。」


「解決策だと?」


「簡単な話だ。ガイストル王を縛り上げて延々と地下深くで死ぬ事も自由に生きる事も出来ぬまま残りの人生を過ごしてもらう。とかな。」


「はっ!何を言うかと思えば今の状況が正しく理解出来ていないらしいな!」


「本当にそうか?」


「なに?」


「さっき賭けをしたとか言ってたが、俺達が本当に精霊の元に行っていないと思ってるのか?」


「はっ!怒り狂った精霊を前に生きていられる者など存在せぬ!戯言を抜かすな!」


「……ホーサンク。グァンクス。二人は俺が精霊を使役出来るとしたらどうする?」


「精霊を使役だと?」


「できるわけが無い!」


「もし出来たら二人とも俺に味方してあのクズ王と戦えるか?」


「貴様がおらんでも既に戦う気だわ!」


「いや。二人とも力を合わせてだ。そこに意味がある。」


「こやつと力を合わせて?」


二人は顔を見合わせる。



「もしお主が本当に精霊を使役出来るとするなら我らにとっては神以上の存在。そんな力が本当にあれば…我々は共に戦うぞ。」


「ホーサンク?!」


「グァンクス。争うべき相手を間違えるな。」


「た、確かにホーサンクの言う通りかもしれん…だが!そんな事は起きぬ!」


「ぶっはっは!!戯言を戯言で塗り固めるとわな!直ぐにボロが出て終わりだぞ!」


「さっさと殺っちまえよ。あんな奴生かしといて良い事なんか無いぜ。」


「お前は黙っておれ!」


「俺に指図するんじゃねぇ。殺すぞ。」


「ちっ。短気な奴だ。」


「仲良くしてるとこ悪いんだが。そろそろいくぞ。」


俺の周りにいくつもの複雑な魔法陣が現れる。



「なっ?!なんだあれは?!」


「ちっ。やべぇな…」


「こ、殺せ!早く奴らを殺せ!」


「おせぇよ。」


俺の目の前に現れたウンディーネが瞬時に水壁を作り出し物理的魔法的攻撃の全てを遮断する。



もちろんガイストル王とその横にいたネフリテスの男の顔も見えなくなる。



「お兄ちゃん!」


「ウンディーネ。助かったよ。」


「ま、まさか…本当に精霊様を…?!」


「ウンディーネ様と言えば水の上級精霊様…人が使役出来るものなのか…?!」


「ウンディーネ。早速で悪いんだが…ここにいる皆を外まで連れて行けるか?」


「ちょっと荒っぽくてもいい?」


「構わない。とにかく今はここを離れたい。」


「分かった!じゃあ行くよー!!」


水壁が内側へと倒れてくる。



水の轟音と水流に体が流されていく感覚。俺は咄嗟に凛の体を離さないように抱き締めていた。昔のトラウマという物は消えないらしい。



少しの間流れに身を任せていると水流が穏やかになり体が地面の上にゆっくりと降りる。



「ま、真琴様…」


「……すまん。つい昔の事を思い出してな…」


「いえ。私はいつでもウェルカムです。」


「女の子がそんな事を言うもんじゃない。」


「真琴様以外には言いません。」


「出れたよー?」


「ウンディーネ。助かったよ。」


「でも早く移動しないと兵士達来ちゃうよ?」


「そうだな。縄を解いて一度どこかの街に向かおう。」


「私の街に来て下さい。もちろんグァンクスも一緒にだ。」


「約束だからな。お供します。」


「よし。兎人種の皆も着いてきてくれ。必ず護るから。」


「御心のままに。」


そういや俺は神を使役する凄い人扱いだったわ…



追っ手が来る前にさっさと空の都キュリーブへと向かう。



異常に高い外壁と天空をイメージした門。槍を手に持った兵士達が門前を守っている。



「ホーサンク様?!ご無事でしたか?!」


「あぁ。現状はどうなってる?」


「ガイストルの連中が攻め入って来ようとした所をなんとか我々で食い止めております。

海の都も同じ様な状況が続いていると聞いております。」


「ガイストルの奴め…」


「力を得た時点で即時私達の街を乗っ取る算段だったらしいな。

とりあえず中に入ろう。門番は今後一切誰も通すな。」


「分かりました!」


俺はホーサンクに続いて中に入る。



空の都とはよく言った物で、全ての家が大きな柱に支えられて高い場所に建設されている。

地面には一軒も立っていない。だから外壁が異常に高いのか。



全ての柱には外周をグルグルと回るように階段が設置されていてそこを上がっていくと街に出られるらしい。



話によると3つの都の中で一番人口の少ない街らしいが、それでもガイストルと比べても遜色無い程の立派な街だ。



「我々の様な羽のある者は飛んで上に行くのだが、今回は階段を使おう。中心にある一番大きな支柱から上がれば直接城へと入れる。」


ホーサンクと共に一番大きな支柱の麓まで来ると上にあるという城の方からミスリル鎧を着てミスリル槍を持った兵士数人がパタパタと飛んで降りてくる。



「ホーサンク様。」


「心配を掛けたな。すまないが即刻話し合わねばならない事が出来た。城へ向かうがお前達は引き続き外敵に備えろ。」


「という事はガイストルとは…」


「完全に敵対した。攻め入って来るのも時間の問題だ。直ぐに守りを固めろ。」


「はっ……?!巫女様?!」


「そのままで良いですえ。」


「あ、ありがとうございます。」


「一時的にここで匿う事になった。皆にも伝えておけ。」


「はっ。そちらの方々は…?」


「私の命の恩人であり精霊様を使役されているお方だ。」


「精霊様を?!その様な事が?!」


「この目で見た。お前達にも見えるだろう。そこにおわす御方はウンディーネ様。水の上級精霊様であり、それを使役されている御方はこちらのマコト様だ。」


ザッ!


その場にいた兵士達が片膝を地面に付き頭を深く下げる。



ここまで来たら乗り切るしかない。



「敬意は良い。早く街の守りを固めろ。」


「はっ!御心のままに!」


兵士達が即時その場を離脱して外壁の方へと飛んでいく。



支柱を登っていくと最上部には外壁の門と同じ様な模様をした扉がある。ホーサンクが首から何かを取り出し、その一部にはめ込むとズズズっと石でできた扉が開く。



「さ。中へ。」


ホーサンクの言う通りに中へと入り、階段を上り奥へ進むと城内の庭園へ出る。



城はこれまた縦に長い形をした城で日本にいた時にテレビで見たサグラダファミリアをどこか思わせる作りだ。あれ程複雑では無いが…



そのまま城内に入るとホーサンクの部下らしき人達が頭を下げる。



兵士達は鎧をガチャガチャ言わせてあっちこっちと忙しそうに走り回っている。



「ホーサンク様。」


「フロヒテ。ちょうど良かった。話し合いを始めたい。」


「部屋の準備は整っております。」


フロヒテと呼ばれた男はホーサンクとは違い人の血が強い姿で白髪頭のお爺さんと言った見た目だ。ただ背からは梟の羽か生えている。梟人種だ。



「助かる。こちらの方々は…」


「既に聞き及んでおります。」


「流石はフロヒテだな。」


「フロヒテと申します。」


「この街の頭脳と言っても過言ではない男です。話し合いに参加させても良いでしょうか?」


「もちろんだ。知恵を貸してくれ。」


「微力ではありますが。」


「始めよう。」


フロヒテの用意してくれていた部屋へと向かいテーブルを囲んで椅子に座る。



面子としては俺達とホーサンク。フロヒテ。グァンクス。ソーリャだ。兎人種の女性達はメイドの女性達が別の安全な部屋へと連れていってくれた。



「現状の説明からすると、我々空の都と海の都はガイストル王率いる地の都と完全に敵対した。

マコト様の提案により我々空の都と海の都は手を取り合って地の都ガイストルに立ち向かう。これは決定事項だ。」


「巫女様がいらっしゃられるという事はテューギもその意志に賛成と取ってもよろしいのですね?」


「あぁ。既にテューギはガイストル王によって蹂躙されてしまった。」


「なんと……恐れ多い…」


「兎人種にも被害が既に出ていた為一時的に我々の街に匿う流れとなった。くれぐれも丁重に頼む。」


「承知しております。」


「して、街の状況はどうだ?」


「こちらも少なからず被害が出ております。未だ門前までは迫っておりませんが、既にガイストルの兵士達との小さな戦闘がいくつか起きております。」


「被害はどれくらいだ?」


「数人の死傷者と重傷者に収まってはおります。」


「…そうか。死んだ者の家族には?」


「伝えてあります。非戦闘員の者達の避難は既に済んでおります。」


「やる事が早くて助かる。海の都との連携は?」


「先程兵士から聞き及んだ所で直ぐに人を走らせております。そろそろ返事が来る頃かと。」


バンッ!!


豪快に開いた扉に全員が入口を見る。



「グァンクスの旦那!!」


「おぉ!ギャルドルテか!」


一言で言えば大男。赤髪の大男が豪快に扉を開いたらしい。誰かと思っていると平たい尻尾が見える。

どうやら海馬人種。トドの獣人種らしい。



「良かった!無事だったか!」


「俺がそう簡単にくたばるかっての!」


「そちらは?」


「俺の右腕のギャルドルテだ。バカだが腕は確かだ。なんで来たんだ?街は大丈夫なのか?」


「街は大丈夫だ。下の連中に任せてある。ガイストルのヒョロっこい連中に遅れを取る様な事はねぇよ!

それよかグァンクスの旦那がガイストルの奴と事を構えたって聞いたからな!」


「そうか。ギャルドルテ。とりあえずお前も座って街の事を聞かせてくれないか?」


「おぅ!」


ドカッと座るとギャルドルテの重さに椅子が軋む。



「俺達の街にもガイストルの連中が攻め入って来ようとしてな!とりあえずぶん殴って帰したぞ!」


「被害は出てんのか?」


「数人な。」


「ちっ。ガイストルの奴め…」


「取り敢えず戦えねぇ奴らは避難させたが良かったよな?」


「あぁ。よくやってくれた。」


「旦那!これからどうするよ?!」


「今それを話し合ってんだ。」


「お?そうだったのか?」


「どうする。ホーサンク。戦うにしても地の都の兵士は我々の兵士と比べて数が段違いだぞ。」


「……巫女様がこちらに居てくれる以上我々に大義名分はあるのだがな…」


「兵力差はどれくらいなんだ?」


「俺達海の都とこの空の都を合わせても倍以上違うな。」


「もう少し正確に言えばこちらが合わせて5万。あちらは12万。と言った所でしょうか。」


「下手に飛び出したら数で押し潰されるな。」


「んだぁ?!あんなヒョロっこい連中に俺達が負けるわけねぇだろ?!」


「バカが!おめぇ誰に口聞いてんのか分かってんのか?!」


扉を開けた時よりデカい音がするくらい強く頭を殴られるギャルドルテ。



「い、痛えよ旦那?!」


「おめぇは黙って座ってろ!」


「くー!!」


どデカい体なのに頭を抑えて丸くなっている。



「最早戦争ですね。」


「城を守るか?」


「ただでさえ少ない人数なのに別れて戦うのは危険すぎます。」


「だが街から出れば押し潰されるぜ?」


「……」


「あの…私は戦いに関しては無知ですが…私達テューギの宝である静風護(せいふうご)を使えば多少の足しになりますかえ?」


「静風護?」


「これですえ。」


ソーリャが袖口から取り出したのは小さな金色の箱。箱の側面にはどこかで見た記憶のある模様が描かれている。



「初めて見ますね。その様な物がテューギに?」


「代々巫女にのみ伝えられてきたテューギの宝ですえ。」


「その様な大切な物を?!」


「今こそ使う時と考えましたえ。この箱は魔法具であり、その効果は広い範囲に強力な守りの魔法を展開するというものですえ。」


「守りの魔法?具体的には?」


「聞いた話では、範囲内に入った第四位以下の魔法を全てかき消してくれるそうですえ。」


「それが広範囲に?」


「テューギの神殿を取り囲む程度の範囲を作り出すと聞いておりますえ。」


「凄い性能ですね…確かにその性能であれば戦闘においてかなり有用ですが…よろしいのですか?」


「使っても壊れてしまうわけではありませんえ。

ですが…これを使うには少し時間が必要ですえ。」


「魔法具なのに準備が必要なのですか?」


「いえ。性能が高い魔法具なので、この箱の発動に必要な物を外の人に守ってもらっているのですえ。」


「外の人?」


「はい。バリトン-アキシドというエルフの商人ですえ。普段はその鍵をテューギに入る際の通行証として使って頂いておりますえ。」


「バリトン-アキシド?!」


「そ、それって…確かシャーハンドで色々してくれたあのバリトンさんだよな?」


「マコト様はご存知でしたかえ。」


「色々と世話になってな…まさかこんな所で上がる名前とは思ってなかったが…」


「あの方は我々テューギと直接商いをする事を許された商人家系の末裔ですえ。今でも秘密裏にではありますが、商いをしてもらっておりますえ。」


「あの人想像以上にすげぇ人だったんだな…」


「あぁ…」


「あの方にこれくらいの小さなコインを渡してありますえ。それがこの箱の鍵。それを持ってきて貰うか運んでもらわねば発動出来ませんえ。」


ソーリャが細い指で大きさを示してくれる。



「……ん?あれ?俺なんか知ってるぞ、そのコイン。」


ロチャロの船に乗った時に手紙と共に同封されていたコインを取り出す。Mを上下逆さにして重ねた様な模様の入ったコイン。



どこかで見た事のある模様だと思ったら箱の側面に入っている模様と同じ。



「……それですえ。」


「あのおっさんそんな大切な物人伝に渡したのか?!何考えてんだ?!」


澄ました笑い顔が脳裏に過ぎる。



「いや、待てよ…ならこれ持ってれば俺達普通にテューギに入れたんだよな?」


「あのおっさんなんの説明も無しに!!腹立つー!!」


「物が物だから敢えてそうしたのかもしれんが…リスキーな事するなぁ…」


「商人としての信用ガタ落ちだろ…」


「マコト様ですから託した…のかもしれませんえ。」


「だとしてもやり方もっと他にあっただろ…」


「まぁ、そのバリトンさんの事は置いておいて、これでその静風護の発動に問題は無さそうですかな?」


「はい。」


「これで少しは楽に戦えるが、それでもやはり辛いな。」


「……いや。いけるかもしれないな。」


「どう言うことですか?」


「…俺の魔力量も大分多くなった。おかげでかなり強力な魔法を使える。ガイストル王にもあのネフリテスの男にも俺の魔法はそれ程見せていない。

最高火力の魔法を開戦直後にいきなり敵陣に撃ち込めればかなりの数が減らせるはずだ。」


「お兄ちゃんの最高火力…」


「いくら魔力量が多くてもこの人数差を産められるほどの魔法を放てるのですか?」


「やってみない事には分からない。俺も初めての試みだからな。」


「もし放てるとして…この戦力差を埋める程のものとなると…」


「大量に死ぬな。」


「……」


「真琴様…」


「ここまで事が動いた以上被害は避けられない…戦争は間違いなく起こるんだ。やらなきゃここにいる全員が間違いなく死ぬ。なら俺は…やる。」


「……」


「腹を決めるしかねぇな。真琴様がやるってんなら俺達もやるぜ。」


「真琴様。その後の事は私達にお任せ下さい。」


「皆…

分かった。頼んだ。」


「巫女様の件はどうされますか?」


「ガイストルと繋がってるって話だろ?それならもう解決してるぞ。」


「え?!」


「握命だろ?あれは欠点だらけの禁術なんだよ。」


「どう言うことですか?」


「この魔法は条件を満たした瞬間に発動する。という情報を書き込んだ魔法陣を心臓に対して展開する仕組みなんだ。」


「はい…?」


「発動する魔法は闇魔法の単純なダークソード。第三位の闇魔法だ。」


「発動した瞬間にそのダークソードが心臓に突き刺さる。という事ですか?」


「その通りだ。ただ心臓という場所や条件を決める魔法陣を作り出す難しさから魔力が必要になり第七位というランク付けになってるだけなんだよ。」


「となれば魔法自体は第三位の魔法という事ですね。」


「その通り。その魔法陣に相反する魔法陣を被せても、その魔法陣自体を破壊しても簡単に解除出来るんだよ。」


「巫女様はわかっていたのですか?」


「はい。マコト様が登場される前に小さなマコト様からお話がありましたえ。知らないふりをして欲しいと。」


「あの時の闇人形ですか?!」


「なんだよ!?言ってくれてもよかったろ?!」


「言ったらボロが出るかもしれないだろ?特に健は。」


「俺?!」


「あー。確かに筋肉バカに演技は無理ですね…」


「納得なの?!」


「まぁ解決したんだから良いだろ?」


「釈然としねぇー!!」


「普通に話しているが…魔法陣を壊したり重ねて無効化するなんてそんなに簡単に出来るものではないですよね…?」


「良かったぜ…俺だけじゃなくてホーサンクもそう思ってたのか…」


「まぁ…」


「「マコト様だから。」ですから。」


「ハモるな!!」


「ま、まぁ…よく分からないですがガイストルとの繋がりもありますし間違いなく巫女様の身の安全は確保されているのですね。」


「あぁ。保証する。」


「安全が確保されているのであれば、何故あの場でガイストル王を?」


「あの場で俺が殺してしまったら街の人達がこちらに着いてくれる可能性が低かったからだ。」


「……なるほど…確かにあの時手を出していたら、いくら我々が言ってもガイストルの街の人々は信じてくれませんでしたね。最悪ガイストル王の仇と街の人々が立ち上がる可能性もあった。」


「だがテューギに攻め入った事や俺達の街に攻め入ろうとした事が伝わった今、ガイストルの連中も王を疑いの目で見てるはずだな。」


「そこに来て他の2つの街との戦争となれば…」


「買っても負けても住民はガイストル王に不信感を抱くわな。」


「そこまで考えていてくれたのですね…」


「戦争になる事を避けたかったんだが…その後に街同士が争ってたら意味が無いからな…

だが、そのせいで戦争になり、より多くの犠牲が出る。すまない…」


「いえ。あの王が健在である限りどこかで必ず戦争にはなっていたでしょう。それが早かったか遅かったかの違いですよ。

それにマコト様がいらっしゃらなかったら間違いなく敗戦確実でした。結果としてはそちらの方が被害は甚大でしょう。」


「だな。勝てる可能性があるんだから感謝こそすれ憎むわけねぇよ。」


「そう言ってくれて助かるよ…」


「よっしゃ!そんならあの馬鹿を気兼ねなくぶん殴れるぜ!」


「グァンクス。私の分も取っておいてくださいよ。」


「俺がぶん殴って打ち上げてやるからホーサンクが打ち落とせ!」


「それは良いですね。やりましょうか。」


「おぅよ!!」


「それでは…詳細を詰めていきましょう。」


「フロヒテ。」


「はい。

街への被害を考えるとガイストルとしても街の外で決着を付けたいと考えているはずです。

ガイストルが圧倒的有利な立場でありますが、攻城戦ともなればそれなりに手間と時間が掛かります。

そこへ我々の方から街の外で決着を付けるという提案が持ち込まれればそれがどこであろうと受けると思われます。」


「だろうな。」


「となれば我々の作戦が一番効果的に働く地形であり、その後相手をやり込める場所を指定する必要があるかと。」


「具体的には?」


「北にある双子山。ここが最善かと。」


双子山。ガイストルの北に数キロ行った所にある二つの山。



標高はそれ程高くはないが、ほぼ同じ大きさの山が二つ連なっている。フロヒテの案は双子山のそれぞれに陣地を張り、攻め入るという物だ。



兵士達は山を降り、谷で戦闘を開始、その後山を登り相手の本陣に突入するという流れになるはず。



フロヒテの言うように倍以上の総数差があるガイストルにとっては単純な正面衝突になるこの戦闘こそ望む戦争の形になる。数で押せばあっさりと終わる戦争に見えるだろう。



故にガイストル王は間違いなくこの提案を受けるはず。双子山には木々も少なく雪が積もっている為、事前に罠を仕掛けたりすれば一目で分かる。つまり小細工も出来ないこの地形なら尚更ガイストル王としては受けずにはいられないはず。



「流石はフロヒテだな。この地形。兵士達の走力は落ちる。つまり最初の一撃を避けられる人数は極端に減るはずだ。」


「一気に数を減らし攻め入る。という事だな。」


「ガイストル王はクズだ。形勢が悪くなれば逃げるのでは?」


「それは不可能だ。」


「何故ですか?」


「双子山の東西は共に海。北は凶悪なモンスターが数多く生息し、北に向かう者を尽く阻む龍脈山。これを超えずして北に向かう術はないのですよ。もし万が一抜けられたとしてもその先にあるのは龍人種の国デェトブロス。完全に独立した国で他の国とは一切の関わりを持たない閉ざされた国です。その様な場所に入れる人はおりません。」


「デェトブロスか…」


「デェトブロスがどうかされました?」


「いや。個人的な話だから気にしないでくれ。」


「……??」


「普通にガイストルに戻る可能性が一番高い様に思えるが?」


「だから北の大地を選ぶのですよ。ガイストルへ入るには我々の空の都と海の都の横を通らねばなりません。

地の都の民と違い攻め入られているのですから王が通れば直ぐに見つかります。」


「なるほど…非戦闘員が監視役ということだな。」


「はい。」


「最善策だな。」


「ありがとうございます。」


「日取りやその他の細かい事は任せるよ。」


「分かりました。詳細が決まり次第お知らせ致します。」


ホーサンク達との会合を終了して部屋を出る。



「まさかこんな事になるとはなぁ…」


「あの王の傲慢は度を超えてたらしいな。」


「それよりあのネフリテスの男だ。あいつは放っておいて良いのか?」


「いや。そんな事は無い。下手に禁術なんて行使されたら勝負が一瞬で決まる可能性もある。」


「じゃあ先にどうにかした方が良いんじゃないのか?」


「私が行く?」


「ウンディーネはこっちにとっての神輿だから下手な事するな。それに戦争が始まると決まった以上裏で動いたらいくらネフリテスとはいえ向こうに付け入る隙を与える事になる。

当日までは手を出せない。」


「どうするの?」


「…健。あの男を任せても良いか?」


「任せとけ。」


「すまないが、シャルも健の背中を守ってやってくれないか?」


「うん。一人でも大丈夫だとは思うけど時間を掛けたらそれだけ戦況が悪化する。」


「シャルの言う通りだな。恐らくお前達が前に出ればあいつも出てくるはずだ。今度はきっちり仕留めてくれ。」


「任せとけ!次は逃がさねぇ!」


「私は真琴様の近くにいます。」


「頼むよ。リーシャも俺と後衛にいて遠くから狙撃してくれ。」


「分かりました。」


「プリネラは手を出さなくていいからガイストル王を見張っててくれないか?」


「ガイストル王を?」


「逃げられないとは言ってたがなんらかの方法で逃げる可能性は十分ある。逃がさないでもらいたい。」


「分かりました!」


「一先ずの動きは決まったが、何が起こるか分からない。一応俺の闇人形を全員に持たせるから細かい事は指示するよ。」


「……真琴様。」


「ん?」


「少し休みましょう。」


「え?疲れてないぞ?」


「……」


「な、なんだよ?」


「これは凛じゃくても分かるな。」


「ですね。マコト様の顔怖いです。」


「俺の顔?」


「最初の一撃を打つと言ってからずっと。」


「うっ…顔に出てたか?」


「出てますね。」


「はぁ…分かったよ。皆の言う通りにするよ。悪いなウンディーネ。当日はよろしく頼むよ。」


「はーい!じゃあまたねお兄ちゃん!」


ウンディーネを見送り用意してもらった部屋に入るとベッドに横になる。



強力な魔法を使い戦闘の最初の一撃にするのは作戦としてはかなり有効なはず。ただ、それだけの人が一瞬にして死ぬ。俺の手で。

考えてしまうと身震いする程に恐ろしくなってくる。



それでもやらなければ皆が死ぬ事になる。



「結局木箱の話はどっかに行っちまったな。」


「それ所じゃ無かったからな…聞けるタイミングでもあれば聞いてみるさ。」


ボーッと考えながら虚空を見詰める。



フィルリアがこの話を聞いたら悲しむだろうか…?

優しい魔法を教えてくれた彼女は魔法の怖さをいつも教えてくれた。

俺は今その魔法の怖さを自分の魔法で行おうとしている。



「俺じゃなきゃもっと上手くできたのかな…」


口に出した事も気が付かないくらいボソッと呟いた。



ふと目の前に親指くらいの小さな霧の馬が走っていく。この魔法は…



「どうですか?少しは上手くなりましたか?」


「……凛…」


「フィルリアさんに教わって少し練習したんですよ?」


「……」


「まだまだフィルリアさんみたいには行きませんけど捨てた物ではありませんよ?」


「……あぁ。可愛い馬だな。」


「リン凄いな。」


「私達にとって母親の様な方が教えてくれた魔法です。いつも魔法の怖さと優しさを説いてくれました。」


「魔法の優しさ?」


「はい。魔法とは人を殺す事も出来るけど、人を救う事も出来ると。」


「…凄く優しい方なのですね。」


「はい。傷付きこの世と決別しようとさえしていた私達をギリギリの所で、その身に傷を負ってまで助けてくれた恩人です。」


「私にとってのマコト。」


「はい。

真琴様。確かに真琴様の魔法で沢山の人が死ぬ事になります。」


「……」


「それでも真琴様の魔法で助かる人もまた沢山居ることを忘れないで下さい。」


「あぁ。ありがとな。」


「いえ。」


事実は消えないし変わらない。俺が多くの人を殺せばそれは今後ずっと俺に付いて回る。それでも凛達が、皆がいれば何とかなるかもしれないと…そう思わされた。



眠くなど無かったのに横になっていると少しずつ瞼が重くなってくる。皆の話す声が耳に心地よく、俺は眠りに落ちた。



翌日、ガイストル王がこちらの条件を飲み双子山での決着を数日後に行う事を通達してきた。



「ここまでは予想通りですね。」


「ネフリテスの男もいるんだ。気を抜くなよ。」


俺達も来たる決着の時に備えていた。



「リーシャ。こいつは新しい矢だ。数は無いが貫通力に優れた矢で大抵の防御は撃ち抜けるはずだ。」


「どこか普通の矢と違うのですか?」


「鏃の後部に接触と同時に爆発する仕組みを取り入れてある。推進力を一気に高める仕組みだ。普通に撃ち込めば発動する。」


「鏃が捻れてますね?」


「真っ直ぐ飛ぶようにだよ。それだけで遠くまで真っ直ぐ飛ぶ。それに貫通力もかなり上がる。作るのが難しいから数は用意出来なかった。」


「十分です!ありがとうございます!」


「シャル。」


「なに?」


「必要無いかもしれないが、これを。」


「これはなに?」


「ワイバーンの鱗で作った投げナイフだ。爪を尖らせて攻撃したのを見てたけどあれよりは使いやすいかなとね。普通に短剣としても使える強度があるし金属と混ぜ合わせて帯電する様にしたから色々と使い勝手が良いかと思う。」


「凄い。ありがと。」


シャルは口角を少しだけ上げる。焦げ茶色の刃を指でつんつんとしながら喜んでいる。



「プリネラにも渡しておく。黒椿よりは強度が落ちるからあまり過信しないでくれ。」


「はい!」


プリネラは腰に、シャルはスカートの下、太腿にホルダーを巻いて隠すらしい。一応ホルダーも作っておいて良かった。



「いよいよ明日ですね。」


「プリネラ以外は俺の魔法が収束した後各自で戦ってくれ。互いに援護しつつだぞ。」


「はい!」


皆顔には出さないが緊張はしているだろう。特にリーシャは色々とあったのにトントン拍子で戦いに巻き込まれている。もっと上手くできていればと考えない時間は無いが、既に事は引き返せない所まで来ている。

もちろん引き返すつもりも無いのだが。



そしてガイストル王との決着の日がやってきた。



時を同じくして双方の兵士達が山へと入る。



緩やかな斜面に相手方約12万。対してこちらは5万。しっかり見なくても分かり切った数の差が見える。



騎馬隊の数も全く違う。こちらには空の都の空を飛ぶ部隊もいるが、なんの策も無しに正面からぶつかれば即刻落とされてしまうだろう。



「いよいよだな!ホーサンク!」


「腕がなるわ。」


「本当に隊長2人が前に出ていいのかよ。」


「長が引っ込んでおっては兵士達の士気も下がるというものです。それにこちらの総大将は後ろに控えていますからね。」


山の頂上にはソーリャが座っている。本人の希望もあったが、まぁ精霊であるウンディーネは戦闘に参加するわけだし、総大将となるのは彼女しか居ないだろう。



グァンクス率いる海の都の兵士達は体が大きく力の強い者が多いらしく重装兵。空の都は逆に身軽な者が多く軽装兵が多い。



どちらとも言えないタイプが地の都の兵士達だ。



「間もなく時間です。」


「分かった。」


俺は自分の中にある魔力をコントロールし始める。



カンカンカンカン!!



鉄をハンマーで叩く様な音が響き渡る。その瞬間にガイストル勢は一目散に山を下る。地響きの様に足音が近付いてくる。雪が飛び散って白い霧のようになっている。



それに対して俺達は一歩も動かない。



兵士達の足が谷間に辿り着いた時、俺の魔法が発動する。



第十位光魔法。極光。



杖の先に光の凝縮された玉が現れる。大きさはビー玉くらいの大きさだ。



「これが…第十位魔法?」


グァンクスが不思議そうにこちらを見た瞬間。その光の玉から弾けるように幾万もの光の線を放射する。



超高密度に圧縮された光が空へと向かって飛んでいく。



そして放物線を描くようにそのまま下へと向かって落ちていく。



上を見上げて何かを叫んでいるガイストルの兵士達。逃げようとしていたり魔法防御を展開していたり。



だが雪の煙で指示があまり上手く伝わっていないらしく進行を即時止める事が出来ない。



その兵士達へ無慈悲にも振り落とされる開幕の鉄槌。



空から振る光の線は魔法防御を簡単に貫き、鎧を貫き、兵士を貫き、そして地面をも貫く。




ドドドドドドッ


数秒間に渡り振り続ける光の線はあまりにも暴力的であり、そして無慈悲だった。



第十位に分類される魔法というのは実質的には分類できない程強い魔法。という事になる。魔力量も膨大であり、その威力は絶大。同等の魔法でしか防ぐ事が出来ず、魔法の防具だとしてもバターのように溶けてしまう。



光線の温度は凄まじく、兵士達の体中に幾つもの穴を穿ったはずが、血は一滴も流れていない。



そして、俺の魔法の範囲内には文字通りあり一匹いない。完全に地形が変わり双子山とは言えない程の被害となった。



「………」


自陣地の兵士達は言葉を失い、ただ目の前に広がる地獄を見るだけだった。



「……ひ、被害状況は?!」


「こちらの兵に被害はありません!対して相手方の兵士達…死傷者約……6万……」


「ろ?!6万?!な、なんという威力…これが第十位の魔法か…」


「グァンクス。我々にはやはり神が着いておる。先に行くぞ!!」


「な?!ホーサンクめ!おい!全体俺に続けー!」


「旦那に続けー!!」


「うぉおおおおお!!」


ホーサンクとグァンクスが先陣を切って前に出る。



「真琴様!!!」


「大丈夫だ…少し魔力を使い過ぎてふらついただけだ。」


「…」


「凛、リーシャ。すまないが暫く休みたい。健達の援護を頼む…」


「「お任せ下さい!」」


俺はその場に腰を下ろす。



「お兄ちゃん。やっぱり凄いねぇ。」


「ウンディーネ…」


「私も行ってくる。しっかり休んでね!」


「あぁ。頼む。」


戦場にはあまりにも似つかないウンディーネの背中が遠ざかっていく。



魔力を使い過ぎると体から力が抜け怠くなると聞いてはいたが、動けなくなる程だとは…暫くは皆の様子を上から見るしかやる事が無い。



「プリネラ。王達の様子は?」


「慌てふためいていますね。半数近くが一撃で消えたので。」


「逃げる様子は?」


「今のところはありません。必死で兵士達に怒鳴りつけていますね。」


「やはり愚王か。ここで撤退していればまだ取り付く島くらいあったろうに……分かった。引き続き頼むよ。」


「はい。」


「ガイストル王は大丈夫そうだな…それにしてもグァンクスの部隊はなかなか凄いな。」


上から見てもよく分かる。



グァンクスの重装兵は全員が大男であるが、その体を完全に隠す程のいぶし銀の大盾を正面に構え、物理攻撃も魔法攻撃も跳ね除けて一歩一歩と前に進んでいる。

さながらブルドーザーだ。そんな大盾に突っ込んだところで吹き飛ばされて終わり。しかもそれが横一列に並び隙間なく進行している。

まるで一枚の分厚い壁が少しずつ迫ってきている様に見えるだろう。

要所要所で盾と盾の隙間から矢、魔法、そして剣が飛び出して敵を蹴散らしている。



ホーサンクの部隊はグァンクスの部隊を狙う魔法部隊や矢の部隊に対して上空から魔法を放って潰している。

空からの攻撃の恐ろしさをこの世界ではまだ正しく認識出来ていないらしい。

中でもホーサンクは凄い。ミスリル製の三又槍を持ち、下降して攻撃、そして上昇を繰り返しバタバタと敵を倒している。



負けじとグァンクスもいぶし銀の大斧を振り回し、戦鎚をもつギャルドルテと共に快進撃を見せている。



谷間の戦闘は苛烈だ。剣戟と魔法による閃光が絶え間なく続く。



「ソーリャ。」


「はい?」


「相手はかなり焦っているはずだ。多分そろそろここに攻撃を仕掛けてくる。静風護を起動しとけ。」


「はい。」


渡しておいたメダルを箱の丈夫にカチリとはめ込む。



するとカチカチと箱の中で何かが動く様な音、それが止まると箱の中からフワリとベールの様な物が現れる。



それは触っても何も感じないが、ドンドンと大きくなり、ドーム状に伸びる。



「これか……凄いな…」


「私も初めて見ましたが…これで大丈夫なのでしょうかえ?」


「あぁ。大丈夫だ。これは凛の作るマジックネットとよく似た物だ。防御力は保証できるだろう。」


「分かりましたえ。」


ソーリャやその近衛兵達はそのドームの中に入り敵の攻撃に備えている。



双子山という形状であるが故に相手の本陣近くからこちらの本陣を攻撃しようと思えば出来る。狙いは定まらないだろうが、ラッキーショットを貰って終了だけは避けておきたい。



案の定敵本陣近くから魔法が放たれ、ドーム近くの地面にあたる。

距離が遠すぎて威力も範囲も少ないが、脅し程度にはなる。

ガイストル王は未だソーリャと生死を共にしていると思っているはずだから殺す様な攻撃は避けるはずだ。



散発的に降ってくる魔法はベールに触れると遮られ消える。ベールは一瞬だけ光を放つだけでまた元に戻る。



一安心だが、戦闘はまだまだ続いている。数は相手の方がまだまだ多く遂に最前線は混戦になってきた。



少しだけ下った位置ではリーシャが矢を構えている。普通は山の反対側までは届かないし、下に撃ち込めば仲間に当たる可能性も大きいためこの状況で矢を放つ者はいない。



だがリーシャの矢はその一般には当てはまらない。

相手陣地中腹にいるハスラーや弓兵に対して確実な死を与える。



リーシャの矢が一人、また一人と屠っていく度に相手方陣地の兵士達はあたふたと逃げ回る。

リーシャの存在に気が付き魔法や矢を放ってくるが、リーシャに届くのは遠距離の魔法のみ。

しかも制御が甘すぎてリーシャに届く魔法はほとんど無い。届いたとしても威力もスピードも無い魔法に当たるリーシャでは無い。身をかわして避けてしまう。

その報復に飛んでくる矢の威力はその者を死に至らしめる威力。実質的にリーシャが一方的に撃っている状況だ。



隣にいる凛は下で戦う健達の背後に回り込もうとする敵兵の足を絡めたり、滑らせたりと少ない魔力で最大の効力を発揮している。

凛は俺の事が気になるのかたまにチラっと後ろを見てはまた前を向く。



健達はと言うと、こちら側の右翼で奮戦している様だった。



はっきり言って健の接近戦能力はずば抜けている。そこらの兵士では秒も耐えられないだろう。今までの様に少数同士の戦い方とは全く異なるが、一騎当千とはあいつの様な者の事を言うのだろう。



相手がエンチャントされていない、つまり魔法の武具では無い場合は鎧ごと切り裂くし魔法の武具であっても関係なしに隙間に刃を通してしまう。

敵兵からしてみれば鎧を着ていようが魔法で防御しようがお構い無しに突き進んでくる。しかもこちらの攻撃は全く当たらない。悪夢だろう。



そんな健の背中を守り、自身の背中を預けているのはシャル。



健は完全近接戦闘型なのに対してシャルは魔法も使える。しかも雷魔法という金属製の鎧を着た相手に対して有効過ぎる魔法。



シャルが雷魔法を使うと感電して通常の効果範囲よりも多くの敵が倒れていく。戦場であまりにも浮きすぎるゴスロリの格好。

健は全ての攻撃を避けるのに対してシャルは切っても刺しても焼いても潰しても死なない。まぁシャル自身がかなり強いから擦り傷程度しか受けていないがそれすら直ぐに回復してしまう。



俺が敵なら直ぐに兵を引かせる所だ。



その二人の快進撃を止めたのは例の男だった。

上から見ていても分かるほどの一際大きな音と地面が抉れるところが見える。



健とシャルに渡しておいた闇人形から周りの音と混じって話し声が聞こえてくる。



「よー。随分と威勢が良いじゃねぇか。」


「いきなり魔法なんて撃ち込んできたら危ないだろ。」


「俺の腕を落とした奴があんな攻撃に当たるわけがねぇ。ちょっとした挨拶と場所の確保だ。

俺の名前はアンバー。殺す前にてめぇの名前も聞いておいてやるよ。」


「俺の名は健だ。なんでお前がこんな所にいるんだ?ネフリテスってのは暗いところに隠れてる陰険な引きこもりだと思ってたが?」


「俺達をあんなクズ共と同じにするんじゃねぇ。」


「まぁ真琴様の魔法を見て逃げないあたりは違うかもな。」


「確かにあの魔法はやべぇが連発は出来ねぇはずだ。

それに、俺はてめぇに会いに来たんだ。戦争なんて興味ねぇが特典をくれるって言うから手助けしたまで。勝とうが負けようが俺には関係ねぇ。」


「特典ねぇ。実験体でもくれるって話か?」


「てめぇには関係ねぇ話だ。それよりさっさと掛かってこい。次はてめぇの腕を落としてやるよ。」


健はあぁ見えて状況を冷静に判断するし挑発に乗る事はまず無い。直ぐに斬りかからず情報を引き出したのも俺が闇人形を聞いているからわざわざ話を優先したのだろう。



もし健が勝てない相手だと判断したのであればシャルと攻める、もしくは撤退を選んでいるはずだ。だが健はそのどちらも選ばなかった。つまりそれは暗に一人で十分だと俺に伝えているという事だ。



俺は健の所に行こうか迷っていたが、健を信じて回復に徹する事にした。



遠視の魔法で健とアンバーの戦闘を上から観戦する。



アンバーを見る限り剣や暗器の様な近接戦闘武器は持っていないし杖も装備していない。ある程度動けるハスラー、しかも前に会った時に無詠唱による魔法行使が出来たことから今までに会ったハスラーとは違うだろう。



「…行くぞ。」


「こいゃぁ!!」


アンバーの顔は完全にハイになっている様な異様な圧力を感じる。



健は小手調べとでも言いたげにアンバーに接近する。



「ぬるい!!」


地面から複数のストーンエッジが湧き出し健の行く手を阻む。前回健が切り落とした時の反応速度とは段違い。



黒の契約によって魔力の底上げを行っているみたいだから身体強化もかなり強く行っているのだろう。

現状健の動きに完全に着いていっている。



「オラオラァ!!」


アンバーはストーンランスやストーンショットの様な低位の魔法を連発する。健のスピードを殺す為に数を撃っているらしい。



それでも健はその全てを避けるのだが…あいつ本当に魔法使えないのか?

いつも間近で見ているが、こうして俯瞰してみると健の凄さがよく分かる。



後ろからの攻撃でさえ的確に避けてみせる健はハスラーより厄介だろう。

よくよく観察すると少しだけ健の強さの秘密が分かってくる。



確かに健の動きは速く目で追うのもやっとだが、それ以上に凄いのは速いのは一瞬だけだという事だ。

緩急のある動きで必要な時だけ速くなる。つまり健の動きを読んで攻撃を繰り出しても次の瞬間健はその場所にはいない。という事だ。小波と呼んでいた歩法の秘密の一端だろう。



アンバーから見れば健に撃ち込んだはずなのに全て残像に入れ替わって見えるはずだ。



「はっは!化け物め!!次行くぞオラァ!!」


ストーンサイクロン。石の混ざった竜巻が湧き上がる。地面の雪も混ざり白い竜巻となって健に向かってくる。



この魔法は前回奴が逃げに使った魔法だが、後で確認してみたら風魔法も使わなければ発動しない。つまり奴は風魔法も使えるという事だ。それは健にも伝えてある。



「避けられるなら避けてみろや!!」


「避ける?こんな危ねぇ物真琴様の方に向かわせるわけないだろ。

一ノ型。波紋!!」


健が刀を振ると巨大な竜巻が斜めに斬れ勢いを失った竜巻がそのまま消えてしまう。



「おいおい。こいつまで斬るのかよ…」


「終わりか?」


「生意気な奴だなぁ。遊んでやろうと思ってたが殺す。今すぐ殺す。」


ガラガラと音が鳴り地面からアンバーに向かって石が集まっていく。

第六位土魔法ストーンアーマー。



強化魔法を掛けた石を体に纏わせ鎧とする魔法。魔力量によってはそこらの魔法の防具よりよほど硬い。



そしてその上から更にアンバーの腕に岩が複数集まり長い腕の様になる。



第七位土魔法ロックアーム。単純で強力な魔法だ。振り下ろすだけで複数の岩が頭上から降り注ぐのだから。



「死ねぇ!!」


ロックアームを振り回し健を攻撃するアンバー。



大量の岩が健を巻き込むように飛来する。



健は即座に判断しロックアームの内側、つまりアンバーの方へとへと走っていく。

ロックアームの形状からして離れれば離れるほど飛来する岩のスピードが速い事を察知したからこその動きだろう。言葉にしたら簡単そうに思えるかもしれないが、それがどれ程凄いことか。

車が来ると分かっている道路に走り込む様な危険な真似は普通しない。健のやっていることはつまりそう言う事なのだ。



「掛かったな!!」


アンバーが叫ぶとロックアームの中にある大岩のひとつが破裂し尖った破片が無数に飛散する。



突然の事に健は身をよじるがそのうちの幾つかが健の頬や体を掠めていく。直撃しなかっただけでも十分凄いことだと思うが。



皮膚を裂かれた頬から血が一筋垂れる。脇腹辺りの服が裂けて血が服に滲む。



ロックバースト。第五位土魔法。



「あれを避けるかよ…」


「……」


健が後ろを伺っている。背中を終始守ってくれていたシャルを見たのだ。後方から突如飛来した石がシャルの腕に刺さって血が出ている。



シャルはその石を徐に引き抜く。血のベッタリと着いた石が抜けるとじわりと服に血が滲むが、石に着いた血も服に着いた血も突然ヒュルヒュルと傷口に向かって飛んでいき、体内に戻ると傷口が塞がる。



シャルは健の顔を見て口を開く。



「私は大丈夫。早く終わらせて。マコトが心配してる。」


俺の方を見て言ったシャルに苦笑いを返してやる。



「ちっ。片腕ぐらい落としてやるつもりだったんだがな。」


「……」


「まぁ良い。次はもっと激しく行くぜ。」


またしてもロックアームを振り回さんとしたアンバーを前に健はそれまでと全く違う体勢を取る。



片手を鞘、鯉口に掛け、もう片方の手を柄に置く。

少しだけ腰を落とし、アンバーを見ている。



「何しようが俺には効かねぇよ!」


ストーンアーマーがある限り防御は絶対と信じているらしい。



「オラァ!!死ねやぁ!!」


ロックアームを両方振り下ろし、その上で複数のロックバーストを繰り出す。飛散する石が周辺の兵士達に敵味方関係無く突き刺さる。



俺から見てもロックアームが健を潰した様に見えた。



「はっは!潰れたか!!」


チンッ



微かに聞こえた刀を鞘に納めた音。



健の姿はアンバーの真後ろにあった。



「避けただと?!」


それに気付いたアンバーが後ろを振り返り再度攻撃に移ろうとロックアームを振り上げる。



だが、それは出来なかった。



「四ノ型。居合・朧月。」


背を向けた健が呟くと同時にアンバーは自分の体の変化にやっと気付いたらしい。



「て、てめぇ!!また俺の腕を!!」


振り上げようとした腕は地面に落ちてしまっている。



切り取られた肩口から血が吹き出している。



「この野郎ぉ!!!」


もう片方の腕を振り上げる。



「……」


だがそれも出来ない。



もう片方の腕もボトリと地面に落ちる。



「終わりだ。」


健がアンバーに振り返る。



「て、てめえ…」


恨み節の1つでも言いたかったのだろうが既に遅かった。腰と首が完全に切り離され3分割された体が地面に転がり、ストーンアーマーはバラバラになる。



小波を使った技だとは思うが、正直何をしたのか分からない。



アンバーの攻撃に潰された様に見えたが、それを躱し、アンバーを斬った。俺に分かるのはそれくらいの事しか無かった。



「ケンも十分化け物。」


「努力の賜物と言って欲しいのだが?」


「努力の化け物。」


「どうしても化け物って言いたいの?!」


仲間が増えたとでも言いたげに口角を上げるシャル。



「じゃあ次は私の番。」


そう言ったシャルが健の前に立つ。



攻守交替して次はシャルが前で戦うらしい。



アンバーを殺られた事で兵士達がゾロゾロと集まってくる。



いつの間に取り出したのか俺の渡した投げナイフがシャルの右手に握られている。



バリッとナイフが帯電した様に見えた時、物凄いスピードでナイフが先頭の男の胸に突き刺さる。金属製の鎧とは思えない程すんなりと突き刺さったナイフから湧き出るように電気がバリバリと走る。



付近にいた兵士達がそれに巻き込まれバタバタと倒れていく。

痙攣しながら地面に横たわる兵士達。すると突然ホーサンク達の戦っていた兵士達の数人まで倒れていく。



「シャルのビリビリ借りたよー!」


健達だけで大丈夫だと判断しホーサンク達を助けていたウンディーネがシャルに向かって手を振っている。

ウンディーネとシャルの魔法が合わさるとかなりエグい効果を生み出すらしい。



兵士に刺さったナイフを抜き取るシャル。



「これ。エンチャント強すぎて、投げナイフの領域も短剣の領域も超えてる。」


「真琴様の作品だからなぁ。軽い魔法の武具なら簡単に切り裂くぞ。」


「マコト凄い。」


またしても投げナイフを投げるシャル。



しかし次は兵士に刺さる事は無かった。



バリバリと電気が走るが魔法防御に阻まれたらしい。

赤色の鎧。赤牙隊。

数人で魔法防御を展開してシャルの投擲を防いだらしい。



「いたぞ!吸血鬼だ!殺せぇ!」


「面倒臭いの来た。」


「手伝うか?」


「いらない。」


シャルが魔法を使おうとした瞬間、後方から飛来する赤色の矢が魔法防御に当たる。



もちろんシャルの投擲すら防いだ魔法防御だ。矢くらいで突き抜けるはずがない。だが、防御壁に当たった瞬間に鏃後方から噴射される爆風。



ピシッという音が聞こえると矢が防御を貫き中にいた赤鎧の男二人の体を貫通し地面に突き刺さる。



「相変わらずリーシャの矢は驚異的。」


「あの貫通力はえげつないな。」


目下にいるリーシャがシャルを手伝ったみたいだ。

しっかり矢には凛の強化魔法まで付与されていた。



「くそっ!化け物共が!!

臆するな!掛かれー!!!!」


確かに前回二二ーヒス近郊で戦った赤牙隊の連中よりは強いらしい。シャルの投擲を防いだのだから。



「こっちも忘れてんじゃねぇぞオラァ!!」


横から飛び出してきたのはグァンクスとホーサンク。



どうやら前線はかなり押しているらしい。

確かに赤牙隊の能力は高いが、それ以上の士気でこちらの兵士達が攻め立てている。



「マコト様ー。」


「プリネラか。どうした?」


「ガイストル王が逃げる準備を始めましたー。」


「やっぱりか。

王を逃がすな。だが殺すなよ。それでもってプリネラも怪我するな。そんなところで怪我なんて勿体ない。」


「分かりました!早速使ってみます!!」


ここからでも見える敵本陣。確かにガイストル達が何やら始めた様だ。

見る限り海に向かおうとしている。船で逃げる気だったらしい。これだけ兵士達に戦わせて自分が危うくなったら民衆ごと捨て去るとはなかなかいい度胸をしている。



「ぐぁぁあ!!!」


闇人形からガイストル王の叫び声が聞こえてくる。



どうやらプリネラの投擲した投げナイフが足に刺さったらしい。

近衛兵の連中は敵襲だと王の周りに寄って守りの陣形を取っている。



「シャドウスパイク。」


プリネラが呟くと近衛兵達の足元がスっと暗くなる。



「ぐぁっ!!」


「ぎぃ!」


足元の影から鋭い針が勢いよく生えてくる。それが足を貫通したのだ。固まってくれたお陰で範囲が狭くても全員を傷付けられたらしい。



第四位の闇魔法で殺傷力は極めて低いが機動力をほぼ完全に奪う事ができる。

プリネラの格好からするに超痛い撒菱(まきびし)と言った所か。



「卑怯者!姿を現せ!」


何か叫んでいる様だが、逃げるのは卑怯者では無いのだろうか?

くノ一であるプリネラにそんな事を言っても出てくるわけがないのに。ぎゃあぎゃあとうるさい連中だ。



「よぉ!ガイストル。」


「なっ?!」


どうやら詰みらしい。グァンクスとホーサンクがガイストル王の前に立っている。



眼下では未だ戦闘が続いているが間も無くして戦闘も終了するだろう。遂に俺は戦闘に参加しなかったが、それ程までに呆気なくガイストルの軍勢が瓦解したのだ。



最初の一撃がガイストルの軍勢に数的にも士気的にも多大な影響を与えられたらしい。



「覚悟は良いだろうな?」


「ちょ、ちょっと待て!良いのか?!俺を殺したら巫女は!」


「殺しはしねぇが……うるせぇ!!!」


ドゴッ!!


グァンクスに殴り上げられて大きく打ち上がったガイストル。



バゴッ!


打ち上がったガイストルを上空から地面に向けて頬を殴り付けるホーサンク。



「ぐはぁぁ!」


地面に激突し気絶したガイストル。終わったらしい。



ガイストル軍の旗を掲げ、戦闘中の兵士達に向かってホーサンクとグァンクスが勝鬨(かちどき)を上げる。



ガイストルの兵士達はその場に座り込み下を向き、こちら側の兵士達はそれぞれ街や種族に関係無く勝ちを喜び合っている。健達もこちらに戻って来た。



「真琴様。終わりました。」


「あぁ。皆ありがとな。」


「おぅ!」


「でもアンバーとかいう男。」


「あー…勢い余っちまった…」


「良いさ。あの男は恐らくネフリテスの中でも上位に位置する奴だろうからな。そんな男を殺されたとなれば…ネフリテスからまた接触してくるだろ。」


「お兄ちゃん!私はどうだった?!」


「ウンディーネも助かったよ。ありがとな。」


「えっへっへー!」


「また何かあったら頼むよ。」


「うん!まっかせてー!

じゃあまたねー!」


ウンディーネが消えると後ろから声を掛けられる。



「マコト様。」


「ソーリャ。終わったな。」


「はい…とはいえまだ全て解決とはいきませんえ。」


「だな。さっさとガイストルから話を聞いて今後の事を決めないとな。」


「はい。ですが…ありがとうございましたえ。」


「友達を助けるのは当たり前。だろ?」


「マコト様…」


見た目は大きくなった。尾の数も増えた。それでもソーリャにとって俺達が最初の友達である事に変わりは無い。

巫女という孤独な役割を一人で今までこなしてきた。あの神殿から外に出たのも久しぶりだろう。ならば、せめて初めての友達くらいは彼女の支えになってやりたい。そう考えるのは傲慢だろうか……



俺の言葉に驚いた顔を見せ、そして一言だけ言ってくれた。



「ありがとう。」


そう言って微笑んだ彼女の顔は昔と変わら無い様に思えた。









それから俺達はテューギにある神殿へと向かった。

ソーリャ、兎人種はもちろんだが、ガイストル王、ホーサンクとグァンクス。フロヒテ、ギャルドルテもいる。



他にも主要な人物をホーサンクとグァンクスで選び連れて来ている。



神殿に辿り着いてまず行ったのは打ち捨てられた兎人種の埋葬だった。神殿の隅に無造作に捨て置かれた彼女達を手厚く弔った。



怒りがフツフツと湧き上がってくるが、それは俺よりも強く感じている人達がここには居る。彼女達にその怒りは任せよう。



神殿の中に入ると前とは違い真ん中に大きな縦長のテーブルが置かれていて、人数分の椅子が用意されていた。



聞いた話によると何か特別に代表と巫女が話し合う時はこうして顔を合わせて話をするらしい。巫女は白いベールを頭から被るらしいが、既にガッツリ顔を晒しているソーリャはそんなものいらないと拒否し素顔で椅子に座った。



「本当によろしいのですか?我々は構いませんよ?」


「構わないえ。共に戦った戦友に素顔も見せられないのであれば巫女なんてやめるえ。」


「み、巫女様?!」


「ソーリャ。兎人種の皆をあまり困らせるなよ。」


「冗談ですえ。」


心底ほっとした様に胸を撫で下ろす兎人種の女性達。



「それでは始めましょうか。」


フロヒテによって始まったのはガイストルの尋問。



鎖でガチガチに縛られたガイストルが広間に連れてこられる。



「ぐっ!くそっ!なぜ私がこのような!!」


「静かにしろ。往生際が悪いぞガイストル。」


「貴様ホーサンク!許さんぞ!」


「それはこちら側の台詞だ。」


「それでは始めます。まず、何故今回このような事になったかの経緯は皆様ご存知かと思われます。今回のガイストルによる愚行について詳しく聞きましょう。」


「はっ!愚行だと?!俺は国を一つにまとめようとしただけの事だ!それの何が悪い?!」


「国を一つにまとめる為に何故マコト様を襲う必要があったのだ?」


「その化け物の力を奪い武力による統一を行う為に必要だったのだ!」


「力を奪う…か。そんな事が本当に出来るとでも思っていたのか?」


「はっ!これだから平和ボケした連中は!奪えぬのなら飼い慣らすまでの事!」


「はぁ…分かってはいたが、救いようの無いバカタレだな。」


「なに?!グァンクス!貴様俺を愚弄する気か?!」


「愚弄ではなく憐れんでおるのだ。その様な力で統一出来たとて、その後この国が栄える事が出来ぬのは目に見えておろう。

そんな事も分からぬ愚物と化したか。ガイストルよ。王となった時はもっと賢い男かと思っておったのだがな。」


「憐れむだと!俺のどこが憐れだと言うのか!」


「分からぬのか。お前のやった事はただの自己満足。自分の欲求を満たす為だけの行為だと言うことが。」


「俺は国を一つに」

「だから憐れなのだ。」


「なに?!」


「この国はそもそも三つに別れている。それを一つにまとめる為、武力に頼ればどれか一つの種族が他を駆逐するまで国が一つにまとまらない事は明白だ。」


「ホーサンク……ならば駆逐するまでの事。」


「そんな事をすれば民がついてこない事くらい分からないのか。」


「国を一つにするという考えは確かに正しいだろうな。だが手段が悪過ぎる。お前以外誰も納得しない方法など愚策以外の何ものでも無い。」


「その点マコト様はこの国の民でさえ無いのに我々が手を繋ぎ一つになる方法を最初から考えておられた。お前と比較などするだけでも失礼になるほどだ。」


「その化け物がか?!はっはっ!笑わせる!!そんな化け物の言う事など信じた日には国が滅ぶぞ!」


「お前の愚行によってバラバラになるはずだった国をなんとかまとめてくれた方になんという言い草か…」


「ではどの様にしてこの国を一つにまとめるというのだ?!具体的な案はあるのか?!無いだろう!!」


「馬鹿が。既にそれについてもお前との戦闘の前に夜通し話し合ったわ。」


「なにっ?!」


「地の都、空の都、海の都それぞれに別々の務めを持たせ権力を完全に平等に保つ。三権分立という考え方だ。」


俺が考えた訳じゃないけどね。一応伝えたんだが…



「その様な事が本当に出来るとでも思っておるのか?!」


「出来る出来ないでは無い。やらねばならぬのだ。ガイストルは今王を失い、多くの兵を失い崩壊寸前まで来ている。」


「そこの化け物のせいであろうが!」


「お前が始めた事であろう!!」


「なっ!!」


「マコト様が終始話し合いの中で強調したのはガイストルの民と次の代表に選ばれる者にも完全に同等な権力を与えることだったのだぞ。」


「な……なんだと……」


「最初の一撃を放ったのは確かにマコト様であったが、我らが強制した様なもの。我々の愚かな争いを早く終わらせる為に心を殺して行ってくれたのだ。」


「嘘だ!!その様な事は信じぬ!こやつは化け物だ!」


「もう良い…ガイストルよ。本当に残念だよ。」


「貴様ら!地獄へ落ちろぉ!!」


「ガイストル。一つだけ聞いていいか?」


「化け物に教える事など一つも無いわ!!」


「……海にいた精霊がギビドに成り果てた原因はある船が海に投げ入れた荷物だと分かった。そしてそれを指示していた者もな。」


嘘だ。あくまでもこれはカマかけ。



「だったらなんだというのだ?」


「あの荷物の中身はなんだ?」


「ふっ……ははは!!それを知ってどうする?今更何も出来ないだろ?!」


「……お前の案に盾突いた者達だったのか?」


「なっ?!ガイストル!貴様その様な事まで?!」


「さぁな。俺は知らぬ。その様な木箱の事は何一つな。」


「……そうか。」


「ふはは…ふははははは!!!」


意趣返しのつもりだったのだろうか。死ぬと分かった自分の運命を恨み俺に全てを語らず悩ませたかったのだろう。



だが正直最後まで聞きたくは無かった。木箱と言ったガイストルは恐らく全てを知っている。ガイストルが知っていて命令した事ならば、それが例え恨みを残して死んでいった死体で無かったとしても、ウォーターフィッシュをギビドにする程の悪い何かという事は分かる。

それだけで十分だった。



「ガイストルを死刑とする。」


「良いのか?巫女が死ぬぞ。」


「残念だが既にその魔法は取り除かれている。マコト様の手によってな。」


「なに?!」


「お前に残ったのは巫女様の命を狙ったという重罪のみよ。大人しく死を受け入れろ。」


「貴様……うぉおおおおおお!!!!」


暴れながらも鎖に引きずられ広間から連れ出されるガイストル。それが俺達の見た最後の姿だった。



「気分を害されたのなら話し合いを後日に致しますかえ?」


「いや。俺達は大丈夫だ。続けてくれ。」


「…はい。」


「それでは今後の事についてですが…」


その後国を立て直すための話し合いは長時間に渡り続く事になった。



三権分立という概念を導入する事だけでなく今後のテューギの立ち位置等についても吟味する。今回の様にテューギに押し入るなんて事件が再度起こったりしない様にする為の法案も必要だろう。



今まで完全に独立した街として確立してきたこのガイストルという国を一つにまとめあげるのはなかなかに時間と労力が掛かるはずだ。それでもホーサンクとグァンクスの瞳には光が見える。



話し合いは結局3日にも渡り細部まで決められた。



「議題はこれで最後ですね。」


「疲れたなぁ…」


「だ、旦那…俺はこんなに考えたのは生まれて初めてだぜ…」


「おめぇほとんど話に参加してなかったくせに何言ってやがんだ!」


「あぃて!!理解するだけでも大変なんだよ…」


「これからはギャルドルテにも動いてもらう事が増えていくだろうからな。理解してもらわなければならないのだ。すまないな。」


「ホーサンクの旦那!そんなかしこまらんで下さいよ!俺がバカなのが悪いんですから!」


「ははは。

それにしてもマコト様は本当に凄いお方だ。本当に助かりました。」


「頭を上げてくれ。そんな大した事はしてないさ。知っている知識を披露しただけだ。」


「ご謙遜ですな。フロヒテにさえここまでの事は思い付かなかったでしょうから。」


「左様です。私も終始目を白黒させていただけですからな。」


「そう褒められても凝縮するっての。

まぁ話はまとまったし後は皆の努力次第って所だからな。実際動くのはここの皆だ。」


「やってやりますぜ!」


「まずはガイストルの民による代表の選抜からですね 。ガイストルという名も変わるでしょうし…やる事は山積みです。」


「臆したかホーサンクよ。」


「なにを。年甲斐もなくワクワクしておるところよ。」


「ガッハッハッ!」


なんとか話もまとまった所でやっと椅子から開放される。



「くぁー!背中バキバキ!」


「お疲れ様でした。真琴様。」


「皆も付き合わせて悪かったな。俺一人じゃ知識も案も全てはカバー出来なかったからさ。凛が秀才で助かったよ。」


「私のしたことなんて微々たる物ですよ。それより久しぶりに陽を見た気がしますね。」


「だなぁ…」


全員が陽の光を浴びてぽわーっとしている中、ソーリャがやってきた。



「おぉ!ソーリャ!お疲れー。」


「はい。何をしておいでなのですかえ?」


「光合成。」


「こ…?」


「陽の光を浴びてパワーを充電しているのだ!」


「なるほど。それでは私も。」


ソーリャも横に並んでぽわーっとしている。



「ソーリャ。」


「はい?」


「何かあったら気兼ねなく俺達を呼べよ。出来ることがあればなんでも手伝うからな。」


「……はい!」


「うむ。」


「マコト様?」


「ん?」


太陽の光を浴びながら返事をすると左の頬に何か柔らかい物が当たる。



「あーー!!!」


「ソーリャさん?!」


どうやら頬にキスをされたらしい。突然の事だし理由も何も分からない俺の頭にはクエスチョンマークがポコポコと湧き上がる。



少しだけ湿った頬に手を当ててソーリャを見ると、頬を赤くして少しうつむき、笑ってみせた後颯爽とどこかへ行ってしまった。



「な、なんだったんだ?」


「ま、こ、と、さ、ま?」


「いや!今のは俺のせいじゃ無いだろ?!」


「真琴様は気を抜き過ぎなのです!」


「それは凛に同意。マコトは気を抜き過ぎ。」


「えー…理不尽ー…」


まぁ例のごとく朝起きるとベッドが狭かったわけだが、ソーリャが何故あんな事をしたのかは直ぐに分かった。



何故ならその現場を目の前で目撃していた兎人種の女性達が絶叫しながら走り回っていたからだ。詳しく話を聞くと…



「巫女様の口付けは生涯をその人に捧げるという意味を持っているんです!簡単に言ってしまえば死ぬまで貴方以外を愛さない。という意味の物なんですよ!!」


という事だ。当然ビックリしたし慌てたが、当の本人であるソーリャは飄々としていた。



「私の一方的なものですから、私がそんな思いであることを知って下さってさえいればそれで満足ですえ。」


なんて言ってのける。最初はあの一撃を撃った俺を慰めるものかと思っていたのだが、どうやら本気らしい…



気にするなと言われても気にしてしまうっての…



そんな事件があったすぐ後、俺達は次の目的地へと向かう事にした。

ネフリテスの事もあるしなるべく早く動きたかったからだ。



「次は誰なんだ?」


「多分だけど…龍人種の女性だ。」


「ま、まさか…和風の角が二本生えた黄緑色の髪をした女性か?」


「あぁ。その通りだが…」


「のぉー!!!」


「な、なんだ?」


「その女性の名前はキーカさんです。筋肉バカの初めての剣術の師匠ですね。」


「あの人はヤバい…あの人に会ったら俺は…」


「がくがくがくがくがくがく」


プリネラが震えによって壊れている。ドMのプリネラが恐れるとは…



「な、なんだ…?そんなに怖いのか?」


「真琴様は分からない…俺とプリネラにとってはどんな悪魔より恐ろしい存在だ…」


「そ、それほどなのか…」


「がくがくがくがくがくがく」


「でも行かなきゃならないしなぁ…」


「プリネラ。覚悟を決めろ…俺達は真琴様の為に耐えねばならん…」


「マコト…様の…ため…?」


「あぁ…」


「わ、分かった…耐えてみせる!」


明日に向かって涙を流す二人。俺まで怖くなってくる。



「という事は龍脈山だっけ?それを越えていく必要があるんだよな?」


「はい。昔一度越えていますので迷ったりはしないと思いますよ。」


「それは助かる。結構深い山なんだろ?」


「相当険しいですね。モンスターもかなり強いものが出てきますので気を付けていかなければなりません。準備は整えましたが、暫く大変な旅になりますよ。」


「凛が言うんだから相当なんだな…気を抜かないようにしないとな。」


「はい!」


凛はそれ程怖がっていない様子だけど…?

一度会ってみなければ答えは分かりそうに無い。



出発を明日に控えた夜の事。突然兎人種の女性が俺達の事を呼びに来た。



「皆様。どうぞこちらへ。」


導かれるまま着いていくと何やらいい匂いが漂ってくる。



ガチャ


扉の向こうに待っていたのは大量の美味そうな料理とホーサンク、グァンクス達やディースやミミにネネまたでいる。



呆気に取られているとグァンクスが口を開く。



「主役の登場だぜ!!」


「ど、どうしたんだこれ?」


「この国を救って下さった皆様をおもてなしもせずに行かせたとなったら国の恥ですからね。ささやかではありますが晩餐を用意しました。」


「ま、マジか…」


わざわざ俺達の知り合いまで呼んでくれたらしい。



ロチャロもちゃっかり隅っこにいる。居所が無さそうではあるが。



「まさかこんな事までしてくれるなんてな…」


「いえ。こんな事しか出来ない我々を許してください。」


「何言ってんだよ。こんな嬉しい贈り物は無いよ。皆ありがとな。」


「さぁ!今日は食って飲むぞー!!」


「あ!グァンクス!主役より先に食う奴があるか!」


「ガッハッハッ!」


「笑い事では無いわ!」


「ははは!」


「お兄ちゃんお姉ちゃん!またネネ達を助けてくれたんだよね?!ありがとう!」


「持って帰りましょう。」


「こらこら。ネネを小脇に抱えるな。」


「解決したなら連絡下さいよー。私もマスターもずっと冷や冷やしてたんですよ?」


「あー。すまんな…色々と忙しくてな。」


「三権分立でしたか?なにやらこれからこの国では凄い事が起こるそうですね。」


「あー。その辺の詳しい話はフロヒテ辺りにでも聞いてくれ。」


「それは良い事を聞きました。」


ディースは飲み物を片手にフロヒテの方へ行ってしまう。



「ネネ。今日はお腹いっぱい食ってけよ?」


「わかったー!!」


「あ!こら!ネネ!走らないの!」


走り出したネネをミミが追いかけていく。



「……よう。」


「…ロチャロ。」


「戦争になるとは思ってなかったぜ。」


「俺もだよ。」


「それで?精霊の件は何か分かったのか?」


「いや。特に何も聞き出せなかったよ。知らないってさ。」


「そ、そうか…」


「ガイストルが知らないなら関係なかったんじゃないか?

まぁ解決した話だし今更ほじくり返す必要も無いだろ?」


「…まぁそうだな…」


「今日は楽しい席だろ?あまり考え過ぎず楽しく飲み食いしろよ。」


「…だな。つってもここは少し俺には華やか過ぎる気がするがな…」


「そうか?ロチャロならグァンクスとギャルドルテ辺りとは仲良くなれると思うぞ。折角のチャンスなんだから話をしてみろよ。」


「…それもそうだな。ちょっくら行ってくるわ。」


「おぅ!」


ロチャロはグァンクス達の元に向かって行く。そのうちこの国の国交を担う可能性もあるな。



「マコト様。食べていらっしゃいますかえ?」


「ソーリャ。食ってるぞ。美味いからな。」


「それは良かったですえ。次は龍人種の国へ向かうとか?あの国に入れるのですか?」


「昔入った事があるから多分大丈夫だと思うぞ。それに、そこに次に会うべき人がいるからな。」


「…龍脈山を越えるのは非常に危険ですえ。十分お気をつけ下さるよう…」


「ありがとな。無理せずしっかり気を張って越えるよ。」


「はい。

あと…マコト様。これを。」


ソーリャが手渡してきたのは例のコインだった。



「ん?俺に渡しても仕方なくないか?」


「いえ。マコト様に持っていてもらいたいのですえ。」


「……分かった。いつか必ず返しに来るよ。」


「はい。お待ちしております。」


俺はコインを受けとる。これはこのコインを二度と使わない。そんな状況にさせない。という決意も篭っているのだろう。

少しだけコインが重たくなった気がした。



それから国の代表者達による宴会とは思えない程にロチャロが加わったグァンクス達がドンチャン騒ぎ出し、なんやかんや言いながらもホーサンクや健も混じり最終的には大変な事になってしまった。



兎人種の女性達が呆れ顔をしながらも笑って見てくれていた事が唯一の救いかもしれない。



そんな晩餐会を終え、翌日。



「頭いてぇ…」


「自業自得です。マコト様を少しは見習って下さい。」


「うー……」


二日酔いの健を罵る凛。そこへ皆が来てくれた。


「それではお気をつけて。」


「皆様の旅に祝福があらん事を。」


「ありがとう。」


皆の見送りを受けながら俺達は北の龍脈山を目指した。街を出るとまず目に付くのは双子山だった。

完全に元の形を失い左手に見える山の内側がべコリと凹み、雪も無く、そこだけ地肌が晒されてしまっている。



この景色を見ると自分を嫌悪したくなる。それが分かっていてなのか皆その風景を見ても誰も、何も言わなかった。



双子山を越え更に北へと向かうと平地が少し続きその奥に深い森と龍脈山が見えてくるはずだ。



雪をかき分けるようにして進んで行くと双子山は直ぐに越えられた。そもそもそんなに高い山でも無い。



戦闘時には気が付かなかったが双子山の頂上付近からは北の大地がよく見える。問題の龍脈山は切り立った崖が多くかなり険しい山だ。雪を被って真っ白になっている。



森の木々には少しだけ緑が見える。



平地へと向かい誰も踏んだ事の無い真っ白な絨毯の上をザクザクと進んで行くき、ガイストルの国境を越えたところで、東の方から馬が数頭走ってくる。



馬の足が雪を蹴り上げ白い粉が宙に舞う。その上には誰かが乗っている。



「あれは…」


「うげ…またあいつかよ…しつこ過ぎるだろ…」


騎馬で駆けてくるのは赤い飾り羽を付けた騎士。そしてその部下であろう数人の兵士だ。



面倒臭いし逃げたいが…周りを見渡しても一面真っ白で何も無い。諦めて対峙するしかないらしい。



雪の上、赤い飾り羽の騎士と対面する。馬を数メートル離して止まった騎士。



「………」


「………」


まるで品定めでもするように俺達を見ているだけだ。今まであれだけ絡んできた騎士の様子が今日だけは少し違う様に感じる。



後ろに控える兵士達も何かを言うわけでもなくただ付き添っているだけ。何かをしてくる気配はない。



ゆっくりと馬から降りた騎士は雪を踏み締めながら俺の前まで来る。剣を抜けば届く距離。健も前に出ようとしたがそれを止める。

戦闘の意志を感じなかったからだ。



「……聞きたい事がある。」


面によってくぐもった声が聞こえてくる。



「なんだ?」


「……お前達は本当に何もしていないのか?」


「昔からずっとそう言ってきたはずだが?」


「この鎧は父の形見だ。死ぬ間際までお前達のことを必ず捕まえると言っていた。私はその遺志を継ぎこの鎧を着ているのだ。

お前達の言う昔…という時の話は私には分からない。」


「中身はあの時と違うのか…」


「恨めしいと死ぬ間際まで言いながら息を引き取ったのだ…」


「そこまで恨まれていたとはな…」


「私にとってこの鎧はジゼトルスにおける最強の騎士たる証。父がそうであった様に。」


「最強の騎士ねぇ…まぁ根性はあったな。お前の父親は。」


「………」


「それで?昔話をしに来たわけじゃないだろ?」


「お前に言われた通り、お前達の事を調べさせてもらった。」


「何が分かった?」


「お前達が城の宝物庫に入ったという証拠が幾つも見つかった。」


「それなら俺達を捕らえに来たのか?」


「……確たる証拠がある。当然お前達を捕らえる事こそ使命だと感じたさ。」


健と凛が武器に手を掛ける。



「だが、お前の言ったように私はもっと詳しく調べてみた。するとおかしな事に盗まれたという国宝の事については一切分からなかったのだ。」


「そりゃそんな物盗んでないからな。」


「だとしてもあの証拠はどうなる?!」


「その証拠ってのはなんだ?」


「ローブの切れ端や血痕があちこちに着いていたという。ローブの切れ端はこの目で見た。」


「本気で言ってんのか?そんな物後でいくらでも作れるだろ。」


「私が心血を注いで仕えるジゼトルス国が証拠を作り出したと言うのか?」


「どれだけの忠誠心があるのか知らないが、それが事実だ。」


「お前達に手足を取られたという人にも会ってきた。間違いなく人相書きの者達だと。」


「証拠をでっち上げる連中だぞ。それくらい簡単にやってのけるだろうな。」


「侮辱するか!」


「侮辱?違う。真実を話しているだけだ。」


「…」


「お前も分かってんだろ。その証拠は適切な物でも俺達を名指しする物でも無いことを。だからこうして話しているんだろ。」


「………私は…分からないのだ…本当にジゼトルスを愛している。その気持ちに嘘は無い。だが証拠があまりにも揃い過ぎている…」


「だろうな。多い方が説得力あるしな。」


「……」


「別に信じて欲しいなんて言わないさ。お前達の様な一介の兵士にとっては証拠云々よりも上からの命令の方が大切だとは思うしな。

ただ俺達の事を知って欲しかっただけさ。お前の父親は卑怯な手は決して使わなかった。どれだけ負けても痛い目にあっても。

そんな男に恨まれるのは気持ちいいものじゃないからな。」


「父が…」


「色んな騎士を見てきたけど、お前の父親は確かに騎士だったと思う。だから知って欲しかった。それだけだ。」


「そうか…やはり………父があれほど憎んだ相手だと言うのに私にはお前達がそんな事をする人間だと思えないのだ…

お前達のその後の足取りを追って色々な人に話を聞いてきた。」


「律儀な奴だなぁ…」


「ジゼトルスではあれ程までに憎まれているのに対しテイキビ、シャーハンドではほとんど英雄として祭り上げられている。」


「そこまでかよ…」


「そしてあの山。」


後ろに見える双子山を指差す騎士。



「あれ程の被害を及ぼした張本人であると言うのに、その事を含めてガイストルでは神に近い扱いを受けている。」


「そ、そこまでだったのか…街中に寄らなくて良かったぜ…」


「何故だ?!私の信じるべきはなんだと言うのだ?!この鎧を着ている限り私はジゼトルスの騎士!私の心が揺れてはならぬと言うのに!!」


「後ろの兵士達は?」


「……彼らは私と共にお前達を調べた者たちだ。彼らもまた信じるものを見失いつつある…」


「簡単な事だろ。信じるものなんて自分で決めるんだよ。お前が正しいと思う事を信じればいい。

不信感があるから揺らぐんだ。」


「私達は揺らいだ事など一瞬もありませんよ。真琴様を信じていますから。」


「……正しいと思う事を…」


「それがなんであれ、お前が決めたのなら揺らぐ事など無いだろ。

……なんで俺は敵に塩を送ってるんだ?」


「真琴様ですから。」


「真琴様だからだろ。」


「便利な言葉だぜ…」


「お前には全てを預け信じてくれる者達がこれ程までにいる…

答えは既に決まっていたのかもしれないな……」


「どう言うことだ?」


「私は……自分の直感を信じてみる事にした。という事だ。」


騎士はそっとその面に手をかける。



「お、お前!!」


「顔を見せて会うのは久しぶりだな。」

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