忘却の魔法使い
ルクラン
魔法との出会い
「くぉーらー!灰崎 真琴(はいさき まこと)ー!」
突然後ろから首に腕を巻き付けられる。
坊主頭でこのうるさい……明るい野球部は俺の唯一と言っていい友達。
「なんだ。人のことをフルネームで呼ぶ我が友、新谷 健(しんたに けん)よ。」
「人の名前をフルネームで呼ぶんじゃねぇ!」
「いや、お前が始めた事だろ?!」
「んー。そうだったか?」
「健。本気で言うぞ。一度病院に行くべきだ。」
「マジな顔で言うな!ちょっと泣きそうになるわ!」
「んで。なんだよ。」
「お前今日も凛(りん)ちゃんに弁当作って貰ってんだろ?少し分けろ!」
「俺は構わんが…後で凛に怒られるのはお前だぞ?」
「ぐ……あのまるで道端のゴミを見るような目…耐えられねぇ!!」
「そんな目するか?」
「お前には分からねぇんだよ!くそー!!
高校一年のマドンナ的存在!神代 凛(かみしろ りん)だぞ?!
そんな見目麗しい女性にあんな目をされてみろ!死にたくなるぞ!」
「大人しいだけで大和撫子的な扱いされてるって事だろ?」
「ちっがーーーう!!イッツ!!ちっがーーーう!!」
「これぞ和洋折衷。」
「そう!俺こそ和と洋を兼ね備えた男!!って違うわーーー!!」
「何がだ?」
「あれ?なんだっけ?」
「健よ。良い医者を知っているんだ。一緒に行こう。な?」
「そ、そうだな……ってやかましいわ!!」
「ただのジョークだ。これぞ まこと のジョーク。」
「〇ね!」
「〇を付けても良くないよ。そう言うの。」
「まったく…凛ちゃんは無口だが、あのキレイな黒髪とそこから覗く美顔に皆心酔しているんだ。分かるか?」
「いや、分からん。」
「あー!もー!これだから真琴わ!真琴はこれだから!」
「そう人の名前を呼ぶものじゃないぞ。もぐもぐ。」
「話の途中から飯を食うな!!」
「うむ。美味だ。」
「かー!羨ましい奴ー!俺なんて毎日コンビニのパンだってのに!」
「分けて欲しいのか?」
「お恵みください。」
「よろしい。ではこの…」
「あれ?なんかこの辺温度下がらなかったか?」
「う、うむ。」
「真琴様?」
「あ、あー……凛。こんにちは!」
教室の端で食べている俺達の背後の扉から入ってきたまるで日本人形のような女性は俺の幼馴染み。
サラサラの黒髪を腰まで伸ばし、蓮を型どった髪飾りがちょこんと乗っている。
小さな鼻に薄い唇。二重のキレイな目。
背は女性の中でも低い方だが、その存在感は確かに大きい。
「はい。こんにちは。
それで?何をしているのですか?」
「え?!あー…そのー…弁当美味しいなーって喜んでいたところです。な?!健!!」
「はい!その通りであります!」
「そうですか。私が毎朝早くに起きて愛情を込めて作ったおかずを人に食べさせようとしている所に見えたもので…」
「そそそそそそそんな事ないよなー?」
「無い無い!全然無い!」
「そうですか。良かったです。それで?どれがお好みでしたか?」
「なんと言ってもやっぱりこのウイン……じゃなくてこの梅ぼ……じゃなくて、この卵焼きがな!」
「まぁ!嬉しいです!」
「サンキュー健。」
「前の2つは素材だバカ!」
「なるほど…」
「何かお話ですか?」
「んー?!いや!なんでもないぞー!」
「うんうん!」
「そうですか?」
「どこが無口なんだ?」
「真琴といない時はってことだ。」
「な、に、か。お話ですか?」
「あー…いや、健が凛は俺といない時は無口だって言ってたからそうなのかなぁってさ。」
「真琴様といない時ですか?………」
シュッとした顎に人差し指を当てて考える様は実に画になる。
「真琴様の美しい黒髪や、切れ長の目を想像しているだけですよ。」
「俺のことかよ…」
「私にとって真琴様以外の事など特に意味がありませので。」
そう言って笑う笑顔には1ミリも迷いはない。
幼馴染みと言うだけなのにここまで言うのは何故なのか俺は未だに理解できない。
「はぁ…凛ちゃん本当に真琴のこと好きなんだなぁ?」
「はい。」
「迷いゼロか。」
「迷う必要がありませんので。」
「凛ちゃんファンが今のを聞いたら真琴は夜道歩けなくなるかもな。」
「勘弁してくれよ。」
「それだけ人気なんだよ。」
「ふーん。」
「そんな事より聞いたか?この付近で起きた事件のこと。」
「事件?」
「あぁ。俺も噂を耳にした程度だから詳しくは知らないけど、最近この辺りで夜中に不自然な火災事故が起きてるらしいぞ。」
「不自然な?放火って事か?」
「それが別に建物とかじゃなくてただの道端とか川辺とかでな。なんでそんな所でって場所で火災事故が起きてるらしいぞ、」
「火災事故って事は被害者とかいるのか?」
「あぁ。全員高校生だってよ。」
「高校生?」
「しかも男ばっかりらしい。」
「男に恨みでもあるヤツの犯行ってことか?」
「そこまでは分からん。なんでも酷い火傷で病院に運び込まれるらしいぞ。」
「物騒な話だな。」
「俺達も気をつけねぇと事件に巻き込まれるかもしれねぇぞ。」
「そうだな。つってもなにをどう気をつけたら良いんだ?人気のない場所を歩かないとかか?」
「まぁそんくらいしかやれる事なんか無いわな。」
「だよなー。……ん?どした凛?」
凛がいつになく真剣な顔で考え込んでいるように見えた。
「……いえ……真琴様。本当に気をつけましょう。」
「え?あぁ。そりゃ気を付けるが……まぁいつも登下校は凛と健と一緒だしなんかあれば2人で凛を逃がすくらいなんとかするが…」
「そうではなく!自分が逃げて下さい!」
「え?お、おう…分かったから落ち着け?」
凛が珍しく…というかこんなに真剣に大声を出したのを初めて見たかもしれない。
教室で昼食を摂っていた他の生徒達が驚いてこっちを振り向く程だ。
「す、すみません…」
「まぁ心配してくれるのは嬉しいしありがとな。」
この時凛が何故それ程大声を出したのかを知るのは少し後の事だった。
その日のカリキュラムが終了し、健、凛、そして俺は3人でいつもの様に下校した。
健とは家が近いわけじゃないが方向が同じなのでいつも途中まで一緒に帰る。
家までは距離があるが、3人で話しながらだと割と短く感じるものだ。
商店街を抜け、辺りが住宅街へと移り変わる。
閑静な場所にあるちいさな公園。
砂場に滑り台にブランコ。
見慣れた光景だ。
時間が時間であり人影は一切なく、静かなものだ。
ふと公園の入口を通り過ぎる時に反対に見える入口に目がいく。
そこに全身を黒い服で固めた女性が立っていた。
何よりその女性の髪が真っ赤な事に驚いた。
赤毛とかそんな話ではない。
本当に真っ赤だった。
染めたりカツラでそんな髪色を見た事があるが、それとは何か違ってその女性の髪はそれが普通の色であるかのように見えた。
それが逆に不思議だった。
あまり見ても失礼かと目を逸らすが、その時その女性の口が笑っていたように見えた。
健と凛は気付いていないらしくいつもの様に軽いノリで喋っている。
チリッ
まるで何かが燃えようとしている音が公園から聞こえた気がした。
その瞬間に背筋を悪寒が通り抜ける。
咄嗟に俺は凛と健に飛びつく様に前に押し倒す。
俺も倒れるが、最善だと思った。
ドゴォン
その瞬間に公園の垣根か吹き飛び、道路と歩道を遮る柵が無くなり、道向かいの家の塀が真っ黒になっている。
なにが起きているのかまったく理解できない。
柵を見る限り高温で溶けた様に見える。
昼間に健が話していた放火の話を思い出す。
一体何が…
すると破壊された公園の中から先程見た赤髪の女性がぬっと出てくる。
「……見つけた…」
全身の毛が逆立った。
女性の笑顔に恐怖を覚えた。
歪としか言い表せないその表情は俺に向けられていた。
ゴウッ
突然女性の手に炎が燃あがる。
「え?」
手品の類でないことはすぐに分かった。
女性の表情に皆を楽しませようなんて考えがある様には見えない。
むしろその逆。
殺人鬼の顔なんて見た事無いが、きっとこんな顔なんだろうと思える顔をしていた。
「凛!!!」
「分かっています!!」
突然凛に腕を引っ張られる。
「真琴様!!こちらへ!!」
「は?いや、健は?!」
「大丈夫です!」
「いや、大丈夫なわけないだろ?!置いていけるかよ!」
「真琴!!行け!!!」
「健?!」
振り返ると健はどこから出したのか刀を持っている。
しかも真剣。
剣道やってるとは聞いていたが、そんな程度で相手に出来るようなもんじゃないはず。
「無理だ!置いていくなんて!」
「良いから行けって!行って凛に聞くんだ!いや、思い出すんだ!!」
「何を言って…うぉっ?!」
凛に引っ張られてよろける様に走り出す。
「健なら大丈夫です!今はとにかく走って下さい!」
「一体何が?!」
「後で話します!速く!」
わけも分からないまま走り出し、凛の言われる通りに進む。
別に運動が得意では無いし息も切れる。
「はぁ…はぁ…」
「着きました!中へ!早く!」
凛が連れてきたのは街外れにある人気のない工事現場。
ずっと工事中の場所だ。
こんな所に何が?
凛は中に入るとその中の一室に入る。
続いて入るが別に何かある様には見えない。
「………」
凛が何か言ったように聞こえるが、聞き取れない。
パッと何か凛の手元で光った様に見えたがそれはすぐに消えた。
「一体どうなってんだ?」
「……真琴様。申し訳ございません。」
「え?なんで凛が謝ってるんだ?」
「私達がお守りしなければならないはずが、むしろ助けて頂いたど……」
「いや、言ってることさっぱりなんだが?守る?一体なんの話しを…」
ドゴォン
外で大きな音がする。
さっきの女性か?!
「追ってきたのか…凛。お前だけでも…」
「真琴様。」
「なんだ……何してんだ?!」
振り返ると凛は上の制服の前をはだけている。
純白の何かがみえてしまっているのだが…いや、見てない。断じて見てないぞ。
しかしそんな事お構い無しに凛は俺の手を取る。
「おいおい!なんだこの状況は?!」
「真琴様。今こそお返し致します。どうか。お戻りください。」
凛はよく分からない事を言うと俺の手を凛の胸の中心に押し当てる。
柔らかくなんて無い!そうこれはマショマロなんだ!
目を瞑っていたが、突然激しい閃光がまぶたの奥から感じられる。
何事かと目を開くと凛の胸の中心から真っ白なひかりを放つキューブが出てくる。
いや、そんな構造に人はなってないはずだが?!
そのキューブは宙に浮きながら俺の目の前に来ると、パカリと開く。
その瞬間に俺の中に何かがドッと押し寄せてくる。
これは……記憶?
まるでアルバムを開いてその写真から思い出している様に俺の中に無かった思い出がグルグルと頭を回る。
「な、なんだ…これは……」
「真琴様の過去です。」
「俺の…過去…?」
「真琴様は魔法使い。それも最強になるべき人でした。」
「魔法使い…?」
「ここではない世界で育ち、その膨大な魔力と知識を危険だと考え、体が発達するまで全てを封印する事にしたのです。」
「……」
「私と健は貴方様の従者。守り人です。
今は私の中にあった分しか思い出せませんが…」
「いや、なんとなく分かった。
記憶の箱は全部で11個。俺は自分で自分から魔力と記憶を抜き取ってそれに収めて信用出来る人に託した。」
「その通りです。」
「……魔法の事もなんとなく分かる。
さっきの女性は俺の魔力と知識を狙ってきた奴か?」
「はい。健が抑えていますが…」
「さっきやってたのはこの部屋を魔法から守る為だよな?」
「はい。」
「ぶっつけ本番だが…やるしかないよな。」
「真琴様であれば大丈夫です。」
「頑張らせてもらうよ。」
健の事も凛の事も思い出した。
全部では無いしどんな存在かは分かる程度だが。
「行こう。」
「はい!」
ガチャ
扉を開けると目の前に制服の至る所を焦げ付かせ、刀を構える健の姿がある。
構える先にはもちろんあの女性。
「健。待たせたな。」
「戻ったのか?!」
「あぁ。まだ火の魔法しか使えないしほとんど魔力も戻ってないが、戦えるくらいにはな。」
「それなら安心だぜ。」
「安心するには早くないか?」
「真琴様はそんだけすげぇんだよ。」
「お前が様付けると違和感あるな。」
「俺と凛の主だからな。呼び捨てはできねぇよ。」
「タメ口と合わさると違和感半端ないが…なんか懐かしい感じだ。」
「そいつは良かった。懐かしいついでにあいつに魔法をぶち込んでくれるとありがたいんだが?」
「ちっ…戻ったか…」
「真琴様!」
俺の前に凛と健が立ちはだかる。
「従者のくせに邪魔くさい奴らね。」
「従者の仕事を全う出来て光栄だよ。」
「まぁいい。まだ一つだ。魔力も少ないはず。今のうちに死んでもらう。」
「させるかよ!」
前に飛び出した健、刀を構えて相手の女性に向かっていく。
「はっ!剣士風情が上級魔道士である私に勝てるとでも思っているのか!!死ねぇ!」
「させません!ウォーターシールド!!」
凛が手をかざすと健の目の前に水の壁が出来る。
それに当たった女の火の玉はジューと言う音と水蒸気をあげて消える。
そしてその隙に近づいていた健の刀が振り下ろされる。
「ちっ!」
刀を躱すように後ろに下がった女。
「出来損ないのくせに生意気な。」
「……」
凛が出来損ない?何の話だ?
「まぁいい。私の目的はお前達には関係ないからな。」
ふっと女の頭上に赤い魔法陣が浮き上がる。
「しまった!隠していたか!」
「真琴様!」
「遅い!ファイヤーアロー!」
魔法陣がから一本の大きな炎の槍が出現する。
それが俺の方へと向かってくる。
確かに記憶は多少戻ったし魔法についても割とすんなりと受け止められている。
しかし自分を殺そうという魔法が向かってくる状況が怖いと思わないわけではない。
「逃げて下さい!!」
だがこの女が俺を殺そうというのであればこれから先も必ずこういった状況は何度もあるはずだ。
ならここでビビって逃げ出したら次は死ぬかもしれない。
つぎは大丈夫でもその次は?
つまりビビってる場合じゃない。
戻った記憶によれば魔法のとは、想像したものを創造する力。
言い換えれば想像力次第でなんでも出来るような力だ。
属性という概念があり、使える魔法は一人につき基本は一つの属性。
中には二つ三つ使える人がいるが、俺は火、水、木、土、光、闇の六つ全てを使える。
使える魔法の属性により髪の色が決まるらしく、全てを使える俺は黒色というわけだ。
つまり凛も全属性を使える。
魔法を使えない人も普通にいる。
使えない人達は全て黒色の髪になる。
作り出す形状や特性によって魔法同士に相性があったりする。
それを上手く使ったため凛のウォーターシールドが女の攻撃を止められた。
魔力量に依存しない相性さえ掴めればこの炎の槍でさえ簡単に止められる。
俺は飛翔している炎の槍に向かって手をかざす。
今戻ってきた魔法は火のみ。
つまり火の魔法を火の魔法で何とかするしかないわけだ。
魔力量は…比較した事が無いから分からん。
飛んでくる火の槍に火を使って対抗すると考えると…
咄嗟に出した答え、それは実に単純な話だ。
槍の両脇に炎を道のように灯すだけだ。
「はっ!全然関係ない所に炎を出して何してるの!?死になさい!!」
炎の槍はその未知の間を通って俺に向かってくる。
避ける時間も運動神経もない。
どんどんと迫ってくる炎の槍にもうダメかとおもった瞬間。
まさに顔の数センチ先で炎の槍がふっと消える。
炎の槍のすぐ側で火を燃やす事により酸素を使い切ったのだ。
酸素が少ない空間に入ってきた槍は燃えることが出来ずに消滅したわけだ。
「間に合ったか…」
「なっ?!なんで?!」
「次は…こうだ!」
俺は女の周りにドーム状の炎の網を掛ける。
死ぬ事が怖いと感じる様に、もちろん殺す事も怖いと感じる。
直接的な事は出来ない。
「ちっ!こんなもの!」
女は自分の炎で炎の網を突き破ろうとする。
炎の網は脅し程度のつもりだったため簡単に破壊されてしまう。
「こんなものか!!弱い弱……え?」
女の鳩尾から突き出した刀の刃が血に濡れて光を反射している。
「ごふっ……お、お前…」
「悪いな。俺は真琴様程優しくないんでね。」
「このガキがぁーー!!」
ザシュッ
振り返り炎を作り出そうとした女の首がゴロリと地面に落ちる。
ピューっと血が残った体から吹き出し、フラフラと左右に揺れた後、どさりと地面に横たわる。
ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー・ーー
「ここは?」
凛の案内で辿り着いた先はこの辺りの人間もあまり来ない森の奥だった。
全然知らなかったが、その森の奥地にはボロボロで小さな社があった。
「ここは緊急時に逃げ込めるように予め魔法で結界を張ってある場所です。」
「結界?」
「相手の索敵魔法から隠れる事が出来ます。」
「そんな魔法があるのか。」
「はい。」
「叔父さんと叔母さんは?」
幼馴染みと言っているが、凛とは同じ家で暮らしている。
叔父さん、叔母さん、凛、そして俺の四人で一軒家に住んでいるのだ。
俺や凛の事を考えると叔父さんと叔母さんもこの事を知っているはず。
「あの二人は叔父さんでも叔母さんでもありません。
こちらの世界で唯一真琴様の味方となって頂ける方達です。」
「俺が狙われたとなると二人も危ないんじゃないのか?」
「私達が帰ってきていないことで既に気付いて身を隠しているはずです。
二人はこちらの世界の人間で魔法は使えませんし、戦闘能力は皆無なので。」
「無事ならいいんだが…」
「大丈夫ですよ。あの二人ならうまくにげますから。」
「凛がそう言うなら大丈夫なのか。」
「はい。」
「……それで?色々知りたいんだが…」
「そうですね…」
「俺達も真琴様がどこまで思い出しているのか分からんからな。」
「…思い出した事は魔法という存在と、二人が俺の従者である事。そして元々は別の世界にいた事くらいだ。」
「そうですか…
まず、私達がいた世界、便宜上魔法界としましょう。その魔法界に真琴様は元々いました。」
「あぁ。属性によって髪の色が決まるとか魔力が無い人もいるとかは思い出したぞ。」
「その魔法界にいた時、真琴様はおおきな魔力を持っていました。
その魔力が大き過ぎたこと、そして魔法に対する知識や発想が非常に優れていた事から魔法界で危険分子だと判断されたんです。」
「いや、そんな簡単に危険分子扱いか?」
「真琴様の力は一人いるだけで各国のバランスを大きく変えるほどだったんです。」
「お、おぉ…」
「暫くは逃げていたんですが、真琴様自身が自分に封印を施して暫くの間身を隠すことを選んだんです。」
「それが記憶と魔力を分配することか。」
「はい。」
「記憶を無くしたのに凛と幼馴染みとか叔父さん叔母さんの事を覚えているのはなんでだ?」
「真琴様自身が用意した代替記憶です。」
「違和感が無いようにしたのか…
さっきの女は魔法界の奴か?」
「そうですね。魔法界から来た人ですね。」
「なんで殺そうとしてきたんだ?」
「魔力と知識を奪う為です。」
「奪う?」
「真琴様の作り出した記憶と魔力を封じ込める魔法は、真琴様が死ぬ事で誰にでも解放できる物に変わると考えられているようです。」
「そうなのか?」
「私達には分かりません。」
「分からない?」
「俺達含めて魔法界では誰も知らない魔法だし作ったのは真琴様だ。」
「俺が作り出した魔法なのか…つまりそれが真実かは俺しか知らないと…」
「はい。」
「あれはどっかの国の刺客って事か?」
「分かりませんが…恐らくは…
こちらと違って魔法界は科学という概念がありませんので、技術面ではかなり遅れています。
ですので世界間を渡ってきたとなるとそれなりの物を持っている後ろ盾がいるかと。」
「へぇ…技術面では遅れてるのか。
こっちのもん持ってけばいいんじゃないのか?」
「こちらから向こうに帰る手段はありません。」
「え?無いのか?」
「はい。」
「じゃああの女の人は?」
「所謂捨て駒ですね。偽りの帰還方法を伝えてあったのでしょう。」
「凄いな…」
「恐ろしい世界です。」
「……なんで今になってバレたんだ?」
「順を追って説明しますと、元々膨大な魔力を持っていましたが、体が成長しておらず魔力を使い切れなかったのです。
つまり体が成長する前に排除しておきたいと魔法界では考えられたわけです。」
「多いのも問題なんだな。」
「真琴様の場合は稀ですよ。
そしてこちらに逃げてきたのですが、体が成長した事で残っていた魔力含めて体内の魔力量が上昇し隠しきれなくなってしまったのです。」
「え?!既に多かったのにまだ増えるのか?!」
「はい。成長と共に増えます。」
「お、おぉう…」
「そして魔力を感知されて見つかったという事です。」
「俺はこっちに来てどれくらいになるんだ?」
「今年で六年目です。」
「かなり前に来たんだな。」
「はい。」
「……これからどうすんだ?
またあんな人達と戦うのか?」
「戦います。しかしここではありません。」
「ここでは無い?」
「魔法界に行きます。」
「はぇ?こっちからは行けないんじゃないのか?」
「真琴様が私に託したこのペンダントで帰ることが出来ます。一度のみですが。」
凛の出したペンダントは凛が肌身離さず身につけていたペンダントだった。
「これを使って向こうに行き、真琴様の記憶と魔力を回収します。
真琴様の体は既に回収しても大丈夫な程成長しましたので。」
「マジかよ…」
「はい。」
「ま、大丈夫だろ!」
「いや、まぁ二人がいてくれたら心強くはあるが…手掛かりとかあんのか?」
「真琴様はペンダントを使えば分かると仰っていました。」
「なんだそれ?」
「なんでも次に会いに行かなければならない人の記憶だけをこのペンダントに移したそうです。」
「そんな特定的なことも出来るのか…」
「本当に真琴様は凄い方なんですから。」
「自分じゃまったく分からんな。」
「覚えてないんだから仕方ないだろ。」
「魔法ってのは凄いな。」
「俺は使えねぇから羨ましい限りだぜ。」
「健は使えないのか?」
「俺の場合は魔力が無いからな。」
「そうなのか。でも剣術は凄いんだな。それだって立派な魔法みたいなもんだろ。」
「……はは!あぁ!その通りだ!」
「なんだ今の間は?」
「ん?いや、なんでもねぇよ。 」
「そうか?」
「あぁ。」
「…真琴様。」
「ん?」
「追手が来ているかもしれませんのでそろそろ。」
「あぁ、そっか。」
「魔法界に行ってしまうとこちらの現界には当分来られなくなりますが…」
「二人がいるなら別にどこでも構わないさ。行こう。」
「はい!!」
何故か凛の機嫌が爆上げになった。
凛はペンダントを首から外し、何やらブツブツと唱えている。
するとペンダントが淡く光り始め、その光は凛の言葉に反応する様に徐々に強く光り出す。
その光は隣に居る凛や健さえも包み込んでき、遂に世界は真っ白となる。
音も無く、見えるのはただ白一色。
「ここは……」
辺りを見回しても何も無い。
前後左右上下が全くわからない。
そして突然脳裏に一人の女性が浮かび上がる。
記憶には全く無いが、何故か懐かしい様な…
その女性は青色の長い髪におおきな杖と魔女さながらのおおきな帽子を被っている。
そして、突然世界に色が戻る。
目に入った光景は3メートルはあるであろう大きな水晶の様な結晶とその周りにふよふよと浮くいくつもの光の粒だった。
「真琴様。」
「凛!健!良かった…」
どうやら壊れた神殿の様な場所に居るようだ。
天井や壁が所々崩れ落ち蔦が張っている。
もう一度水晶に目をやると光の粒は消え去っていた。
「魔法界に来たのか?」
「はい。」
「まぁこんな水晶見た事ないしな。」
「魔法界では鉱物が豊富で至るところで色々な鉱物や宝石が見つかりますよ。」
「よくある魔石とかもあるのか?」
「ありますよ。」
「それは楽しみだな!」
「真琴様はそういったもの好きですからね。」
「おぅ!」
「そういや次に逢いに行くべき人の検討は着いたのか?」
「名前は分からないが、青髪ロングでおおきな魔女帽子と大きな木の杖を持った女性だな。後ろ姿しか見えなかったから顔は分からなかったが…」
「その特徴だとあの人しかいませんね。」
「だな。」
「分かるのか?」
「フィルリア-ラルフさんでしょう。」
「フィルリア-ラルフ?」
「真琴様に初めて魔法を教えたこの世で最も先見の明がある方ですね!」
「この世でとは大きく出たな。」
「真琴様の魔法のセンスを見抜いたんですよ?健には分かりません。」
「な?!俺だって凄い人だって分かってるぞ?!」
「どうだか。」
「ははは!」
「あ、申し訳ございません…」
「はははは!いやぁ!良いんだ!
なんか魔法界に来てもあまり変わらないなって思ってさ!」
「そうですか?」
「あぁ!」
「…何か癪ですが…
そうだ!真琴様。この世界にはモンスターという生物がいます。」
「いきなりだな。
モンスターって言うとゲームとかアニメでよく見るあれか?」
「はい。その通りです。」
「へぇ。ステータスとかあるのか?」
「それはありませんよ。」
「な、なんか残念な気がする。」
「ふふ。」
「モンスターは襲ってくるのか?」
「はい。この世界には、我々人間、エルフ、ドワーフ等多くの種族がいます。
国もいくつかあり、現界と大きく違うのは奴隷が居ることです。」
「奴隷制度があるのか。」
「はい。国によっては人間が奴隷にされていたりもします。」
「なかなか辛めの世界だな。」
「そうですね…真琴様はお優しいので少し心配です。」
「大丈夫…とは言い切れないが…凛と健がいれば大丈夫だろ?」
「はい!お任せ下さい!」
「任せとけ!」
「うん。それで?」
「モンスターはそれらの種族全てと敵対する存在であり、常に命を狙ってくる者とお考えください。」
「なるほど。つまり敵だな。」
「はい。中には人間を嫌う種族も存在していますが、モンスターとは戦う機会が多いと思いますので。」
「モンスターがいるなら冒険者とかドロップアイテムとかあるのか?」
「冒険者という職業はあります。私達もその冒険者として行動をして行くことになりますのでまた詳しく分かる時が来ると思います。」
「え?!そうなのか?!」
「私達は命を狙われていますので、自由に動き回ることのできる冒険者が一番都合が良いので。」
「へぇ。」
「ドロップアイテムに関しては…どの様にお考えになっているかにもよりますが、死体から剥ぎ取るという事が普通です。」
「あー、ゲームみたいにポンと消えたりはしないのな。」
「はい。」
「それもそうか。
普通に考えておかしな話だしな。
じゃあよくあるアイテムボックスとかはあるのか?」
「アイテムボックスですか?…申し訳ございません…あまりゲームには詳しくなくて…」
「俺が答える。あるぞ!」
「なに?!あるのか?!」
「まぁ正確には魔法だがな。」
「魔法?」
「あぁ。異空間収納って魔法だ。」
「まんまだな。」
「あぁ。これも真琴様が作った魔法だぜ。」
「また俺が?!」
「そうですね。魔法には第一位から始まり、第十位までに分類された魔法があります。数が増えればそれだけ魔力量も術式も難しいと思って下さい。」
「じゃあ第十位の魔法って凄いのか?」
「使える人はかなり少ないですよ。世界でも数人だと思います。」
「そんなか…」
「因みにその中に真琴様も含まれますよ。」
「昔の俺は凄過ぎないか?」
「今でも凄いです。」
「真顔で言わないで…恥ずいから…」
「異空間収納は魔法としては第二位の魔法です。」
「お?結構簡単なんだな。」
「いえ、これは必要な魔力量だけで見た時の順位で、術式はかなり特殊で難しいものです。」
「……さっきから言ってる術式ってのは?」
「簡単に言えば想像した物を現実に作り出す為の科学的な理論ですかね。」
「ん?なんだ?
つまり科学的に不可能な物は作れないのか?」
「はい。」
「じゃあ俺があの世界にいたのはかなりのアドバンテージなんじゃないのか?」
「ですからあの世界に移ることを決めたんですよ。」
「そうだったのか…」
「科学という概念に気が付いたのは恐らくは真琴様だけでしょう。」
「お、おぉ…」
「異空間収納に必要な科学的なアプローチに成功したのは真琴様が初めてで、そのアプローチを理解出来る人はほとんどいませんでした。」
「つまり使える人も少ないのか。」
「はい。私も教えて頂いて使えますが容量は少ないです。」
「容量があるのか?」
「はい。どれだけ異空間収納を理解しているか…ですね。」
「使えるだけで凄いだろ?」
「…ありがとうございます。」
「俺はどうなんだろ?」
「ほとんど無限に近い収納容量でしたよ。」
「うげ、マジか…」
「使ってみてはどうですか?」
「って言われてもな……異空間……んー…こんな感じか?」
適当に異空間へのアプローチを考える。
次元が一つ上の世界を挟む事によって全く異なる3次元を繋げるイメージ。
トンネル効果とか言ってたか…
「お?なんか出来たっぽい。」
「やはり真琴様は凄いです!」
「こ、こんな簡単に出来ても良いのだろうか…」
「真琴様ですから。」
「真琴様だからな。」
「その納得の仕方に異議を申し立てたい。」
「「却下する。」」
「裁判長ーー!!
ん?なんか入ってるな。」
「なんでしょうか?」
「服だな。」
「あー、確かに学ランじゃ目立つな。」
「セーラー服もダメダメですね。」
「三人分しっかり入ってるぞ。」
「流石真琴様だな。」
「身に覚えのないことで褒められると変な感じがするな。」
「良いから良いから。着替えようぜ!」
全員着替える。
凛の着替えを覗こうとした健がその前に死にかけた事は秘密だ。
俺は魔法使いのローブと地味な感じのゆるっとした服装。
凛は魔女が着るというのか…黒い服にローブ。
健は肩当てがある軽装で割と締まったシルエットだ。
なんかRPGみたいで面白い。
「これなら目立たないな。」
「あ、これもあるぞ。」
異空間収納から出したのは指揮者がもつタクトの様な杖2本。
そして刀1本。
「お、分かってるなー。やっぱりこいつがなきゃな。
先の戦闘でボロボロになっちまってな。助かるぜ。」
「杖もありがとうございます。魔法はこれがあると少し発動が楽になりますので。」
「そうなのか?」
「魔力を上手く伝えるための道具と考えて下さい。」
「へぇ。」
「さてと。ここがどこだか分からんが、出ますかね。」
「ここにいても仕方ないからな。」
「じゃあ行きましょうか!」
俺達は神殿を出る事にした。
ここから、俺と凛と健の魔法界での冒険が始まった。
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